「王様ゲーム……?」  
 なんだそれは、と石田は噛み付くような目つきで言う。  
「面白い遊びですよ……。隊長」  
 俺はちらりと流し目をしてクラスの連中の顔を盗み見た。菅原や野口、竹内といった面々がさりげないふうを装って「あー、それいいんじゃないかなあ」「面白そう」などと賛成する。  
 もちろん、俺のペットである吉田には反対する権利も意思もない。  
「あー、工藤。それはだな……」  
「たまには息抜きも必要ですわ。そうでしょう、谷口さん?」  
 何か小言じみたことを言おうとした谷口を、先をとって制する。  
「じゃあ、籤が必要だよね!」  
「飲み物とかも調達したほうがいいだろうなあ……。うん、まあ、俺に任せて」  
「あ、僕手伝います!」  
 クラスメイトたちが口々に言って、勝手に動き出す。石田が明らかにわくわくしつつ、「じゃあしょうがないな。許可する」と追認。  
 と、そこでやおら、  
「――ふざけすぎです!」  
 黒髪のポニーテールを振り乱し、大声で叫んだ奴がいた。……横山だ。  
「そんなことをしている暇があったら、もっと訓練をするべきです! 座して死を待つより、必死で生きる努力をしましょう! 隊長!」  
「横山、お前……カラオケやったことあるって言っていたよな」  
 半眼になって腕組みする石田。  
「それなのに、横山は私にはするなっていうのか。ずるいぞ」  
「そっ……そういうことではなくて! 隊の現状を考えてですね……っ!!」  
「もういい。お前は参加しなくていいぞ」  
 横山は、うっ、と息を詰めて一歩あとずさる。  
「…………。そこまで言うならばもう、もう止めません! お好きになさってください!」  
 だだだっ、と駆け去り、ばたーんと戸を締める横山。  
 その場にいた面々が生ぬるい表情で肩をすくめる。微妙な沈黙。隊長がふん、と鼻息を漏らした。  
「――ふう、静かになったな。工藤、準備はできたか?」  
「ええ、隊長」  
 淑やかに微笑みつつ、俺は片手で様変わりした教室を示した。  
 机をくっつけて周囲に椅子を並べ、お菓子とジュース、それに割り箸に色を塗った籤を用意。どこから持ってきたのか、タンバリンやら花吹雪やらが準備されているのは野口の仕業だろうか。  
「さあ、乾杯しましょう」  
 
 宴が始まった。  
 始まったばかりの今は、まだ狂ってはいなかった。それは……これからだ。  
「我が部隊の生存に」  
「かんぱーい!」  
 小隊長が音頭をとり、ジュースの入ったコップを掲げて一息に飲みほす。ただそれだけで、意外と盛り上がるから人間ってのは単純なもんだ。  
「ん!? んんんっ!?」  
「ゲホッ、ゲホッ! おい工藤、これ変な味がするぞ!?」  
 石田は目を白黒させている。谷口が凄い顔をして「かはーっ!!」と息を吐いた。  
「おい馬鹿野郎! こいつは、酒じゃないかッ!」  
「そうですけど? それが何か」  
 いつの間にか合流していた村田が、「ぷはー☆ おかわりー」なんてのほほんとした顔で言っている。竹内と野口がつまみの菓子の袋を開けつつ、  
「闇で買ってきた合成アルコールですけど、ジュースで割れば意外とイケますね」  
「案外度数高いから回るぜー、皆気をつけろよー……って聞いてないか。いいけどね」  
 舌がしびれて目がぐるぐるするぞ、とか言いながら石田がぐいぐい飲んでいる。  
「ろうりゃ……そうじゃなくてだな、俺たちは皆未成年だろ!」  
「あら、アタシはもうオトナよー」  
 村田がアップルジュースとパインジュースを調合して合成アルコールを足した新種の飲み物を作りつつ言う。  
「はい、谷口。おかわりよ」  
「あ、これはどうも……じゃなくて! どうして誰も止めないんですか!」  
「そんな堅いこと言わないでさ、もらえるものは笑顔でもらっておけばいいんだよ。もちろん、感謝を忘れずにね。それが食客の道なのさ」  
 どこか陰のある含み笑いをした岩崎が、小島弟のコップにどんどん角砂糖を入れている。あ、やばい、こいつ既に酔ってないか?  
「さあ、飲むんだ。飲んで浮世の辛さを忘れよう。ふははははは」  
「あ、ああ……うん、ありがとう……甘そう……」  
 菅原は皆の周りをくるくる歩き回りながら、あっちこっち、いろんな飲み物を一口ずつ試していた。  
「あ、トラ。それ何、一口飲ませて」  
「あ、えっ? ああ、うん……」  
「トマトジュース味? あ、意外とウマい! ね、トラこっちのおいしいよ」  
 ほら、といいながら飲み物を交換する。上田は浅黒い顔を赤くしながらどぎまぎとそれに口をつけている。  
「ふあー……ももかさまー……なんかきもちー……」  
 あ、吉田――。  
 ほんの少し飲んだだけの癖に、吉田はヘロヘロだった。目はうつろになり、顔は耳まで真っ赤だ。足をふらふらさせながらへたりこむようにすがり付いてくる。  
「からだあついよぅ……」  
 とか言いながら、制服を半脱ぎにして首に腕を巻きつけてくる吉田。なにやらエロい手つきで鎖骨を撫でようとしてくる。  
「おい、吉田……? ちょっと」  
「えへへへへももかさまだいすきー……。ぃっく」  
「…………」  
 しかし、開始十分でこれか……。軍隊ってのは宴会ってーとハメはずすからな……。  
 俺は混沌の坩堝と化した教室をにやにやしながら眺め渡し、すっくと立ち上がって宣言した。  
「さあ、盛り上がってきたところで、そろそろ始めましょうか……」  
 もちろん、俺の手には王様ゲームの籤があった。  
 
 
「王様だーれだっ」  
「は……はい。僕です……」  
 おずおずと手を上げたのは、上田だ。いつも自信なさそうにぐずぐずしながら、でも人の話にひたすら割り込もうとしてくるというキモい性格のやつだった。絵本好きで、動物と話したとか言い出すから、クラスじゅうにアホだと思われている。  
「あ、あの……」  
「トラ、命令何ー?」  
 ただ、菅原だけは別に気にしないで普通に付き合っているようだ。……まあ、性格がわりと大雑把だってのもあるんだろう。  
「い、1番と5番が……、あ、いや、1番が5番の耳に……息を吹きかける……とか」  
「はーい。私、5ばーん。1番の人だれー?」  
 谷口だった。  
 じゃあ、といって菅原が谷口の横に移動し、髪を耳にかけて小首をかしげる。はらり、と後れ毛がこぼれるのが清潔感があってなかなかそそる。  
「……ん」  
「んー、あー、……それじゃあ、な」  
 谷口が顔を赤らめて、ごくりとつばを飲み込む。石田隊長が半目になって谷口をにらんだ。  
「……なんか、助平な顔してるぞ谷口」  
「し、してないっ」  
「いやしてるよ」「してるよね」「うん、してる」  
 女子たちが口々に責めるように言う。俺も、わざと蔑んだ目で「……うわぁ、やらしい」とか言ってやった。  
「う、うるさぁい! お、王様の命令は絶対だ! 覚悟しろ、菅原」  
「もう、いいから早く済ませちゃって」  
 谷口がタコ口になって菅原の耳に顔を寄せる。数秒、躊躇いつつ、「ふぅっ」と妙に優しく息をかけた。  
「ひゃう」  
 ぞくっとしたような甘い声で鳴く菅原。谷口が熱いものに触れたみたいにビクッと飛び退る。  
「おおおおおお、おい、これでよかったんだよな!? な!?」  
「あ、はい……いいです」  
 上田がぼそっとつぶやく。  
 ふん……なんだ、これだけか。つまらん。もうちょっとこう……。ま、いいか。先は長いしな。面白くなるのはこれからだ……。  
 俺はぱんぱんと手を叩いて、盛り上げるように元気な声で言った。  
「はい、次。次行きましょう! 籤集めてー。はい、王様だーれだ!」  
 
 野口だった。  
「フフ……。俺の見たところ、皆は王様ゲームというものの何たるかを理解していないようだ。いいだろう。俺が真の王様ゲームの命令というものを見せてやる! ムッホー」  
 嫌な予感がした。  
 なんだ、ムッホーて。  
「おお! 野口は士気が高いな! よし、手本を見せてみろ!」  
 誰もが口元を引きつらせる中、石田隊長だけが空気を読まずに煽り立てる。  
「大王が命ずる! 奇数番号の者は、偶数番号の者に――靴下のニオイを嗅がせるのだ! ビバクツシタッ!!」  
 全員がイヤそうな顔で野口大王をじっとり見つめる。本人だけがギラギラした目でみなぎっていた。……うわ、信じらんねえ、アイツひょっとして勃起してないか? どんな変態だよ。  
「ククク……。平民ども、王様の命令は?」  
「ぜった〜い……」  
 教室の半数が片足を上げて、半数がそれを顔の前に持ってくる。野口が「十秒! 十秒嗅げ! 本能のままに! い〜ち、に〜い……」などと鼻息荒く叫んでいる。何だこの光景。意味不明過ぎる。  
 俺は思わずたじろいで一歩引いた。すると、足首を掴む誰かの手。  
 振り返ると、酔眼の岩崎がじいっと俺の爪先を凝視していた。その手がすばやく動き、そうっと俺の上靴を脱がす。  
「ちょ……、やめ……!」  
 岩崎はふうぅ〜、と大きく息を吐くと、その鼻を俺の靴下にぐっと押し付けた。  
 ――二秒後。  
 くらっ、と頭を大きくかしがせた岩崎が「なるほど……」とつぶやく。何がなるほどなのか。ていうか何だ、その、やめてくれ。変に恥ずかしい。もうやだ。何これ。何なの、この妙な陵辱感は。こう、背中をかきむしりたくなるような生理的不快感が……。ぞぞぞっ。  
「ええい、もうやめっ!!! 禁止! クツシタ禁止っ!」  
 なぜか顔が熱くなるのを自覚しつつ、俺は急いで籤を拾い集めた。周囲には悶絶する者、しょっぱい顔をしている者、なぜか恍惚としている者、頭を抱えている者……。ああ、もう。一気に雰囲気がおかしくなった。  
 こうなったら俺がどうにかするしかない……。いざというときのために仕込んだイカサマも駆使してやる。くくく。見てろよ。  
「さあ! 王様だ〜れだっ」  
 
 獲った。俺が女王様だ。  
「……ウフフ……。一気に巻き返すわよ」  
 ――3番と9番。  
 俺は吉田と石田を名指しするように言った。  
「……を、他の全員でくすぐりなさい。私がいいというまで休んじゃダメ」  
 吉田が怯えたようにびくっと背中を震わせる。だがその表情には、どこか陶酔した期待に似たものも混じっていた。  
 石田隊長は、なんだかよくわかっていないみたいな顔で背中を押されて前に出てきた。皆の輪に取り囲まれて、きょろきょろしている。  
「おい、……なんだよ。こ、こら谷口っ。くすぐったいぞ。ひ、うひっ!」  
「すみません、隊長。これも命令なので」  
「な、なんだとっ! あひゃひゃひゃ! や、やめろって、やめろって言ってるだろ! 上官命令だぞ!」  
 谷口と小島航に脇をなぞられてバタバタともがく石田。その顔を覗き込んで、俺は冷徹に言った。  
「王様ゲームには上官も部下もないんです。ただ、王様の命令は絶対。それだけがあるのみ――野口平民、竹内平民、押さえつけなさい!」  
「やれやれ。女王様の命令なら仕方ありませんね」  
「隊長、お覚悟を。御免!」  
「わっ、わぁっ! ……ん、んんんぅっ! ひゃひゃひゃ、ひっ、ひぅっ!!」  
 二人の周りを取り囲むように隊員たちの手が伸びる。無数の触手となった両手の指が、女体の敏感な部分――脇とか足の裏とかへその周りとか首筋とか――を蹂躙する。  
「や、やめ……っ!! あははは!! うひっ! うひゃひゃひゃひゃ! ……ひっ! も、もうほんとにやめろ……っ!」  
 目の端に涙を浮かべて脚をばたばたさせる石田隊長。だが両手両足を男子にガッチリロックされた状態では抵抗の仕様がない。  
 一方、吉田はずっと唇をかんで我慢していた。が、執拗な責めに耐え切れずじりじりと身をよじり、やがてブフッと激しく息を噴き出してもがき出す。  
「…………んぅ……くぅ、んっ! ひぅっ! ……ひゃ、……にゃあああああっ!」  
 手の空いている岩崎平民や上田平民に吉田を拘束しろと命令。そして石田と並べて存分にくすぐらせる。  
「はっ……ひっ……ふひゃひゃひゃ! ひううううんんんっ!!」  
「こらっ! もう、ひゃははは! ……工藤、私は怒るぞっ! あひっ、いひひひぃっ!!」  
「女王様、このようなことを申しておりますが」  
 菅原が粛々とした、かつわざとらしい声で報告する。俺は冷厳な口調を作って断言した。  
「却下。総員、続行せよ!!」  
「――ひぁぁぁ! ひっ、うひっ! ひぐぅぅぅぅぅっ!!!」  
「はッ、はぁッ……! ひぅうううぅぅぅぅぅ……」  
 だんだん頬が上気し、息も絶え絶えになる隊長と吉田。  
 脇腹をこちょこちょされるだけでビクビク震えて悶えるのが可愛くてたまらない。  
 
「も、もう限界……工藤、ひぐぅ、ひひゃははああああ! もうやめろってばぁっ!」  
「まだよ、まだまだ全然余裕あるみたいじゃない? これは最終兵器の投入を早める必要があるわね」  
「さ、最終兵器だと!? いひ、いひひひひぅっ!」  
 俺はわざとらしい憐れみの表情を浮かべて生贄二人の前に立ち、おもむろに両手を掲げた――その手中には、羽箒。  
「も、ももかさまぁ……!! ひぎぃっ! いひゃひゃうひゃうぅぅぅぅ……っ!!」  
「ま、まさか……。はぅっ! ぎにゃぁぁぁぅぅぅぅ……ッ!!」  
「しっかり押さえつけて。ほら、隊長……? どこをいたぶって欲しいですか? 首筋が弱いですか? 耳ですか? 足の裏? それとも……」  
「やめ、やめろ! ……ひぅッ! た、谷口、航! 工藤を止めろ!」  
 二人は困ったような笑顔で首を振る。  
「どうしようもありませんな」  
「ルールだから……ほら、今だけ我慢すればいいんだよ」  
「う、裏切り者ぉッ! 後で覚えてうひゃひゃひぎぃいぃぃぃっ!」  
 俺は両手に持った羽箒を静かに石田の耳元に近づけていった。  
 石田がぎゅっと目を閉じて体に力を入れる。もう、頭の中ではくすぐったさを想像してしまっているのだろう。ふわふわとした、微妙で絶妙な感触の毛の先が神経を優しく撫で、刺激し、いたぶり、苦しみに近いほどの痒さとモジョモジョ感に襲われる。  
 たまらなくて掻きたくて、なのに手も足も捕まえられていてどうにもできない……。  
「アハハ。ねえ皆、見てあげて。隊長ったら、もう泣きそうになってる。かーわいい」  
「な、泣いてなんかいないぞっ!」  
「ウフフ。……どうしましょう隊長、私ちょっと興奮してきました」  
「この悪魔めっ! お前なんか、お前なんか……あふぅぅぅぅんんッッ!!」  
 羽箒の先で耳の下を少しなぞった。  
 それだけなのに、石田は体をのけぞらせてのたうつ。そして、驚愕と恐怖の表情で俺の手の中のものを見た。  
「な、……なんだ!? 今の何だ? ちょっとまて、それ……そんな……は、はぅぅ」  
「キクでしょう? たっぷり可愛がってあげますからね、隊長……」  
 
 俺はまず、石田の手首をとった。そして、優雅に羽箒をかざすと、指の股から手の甲にかけて、静かに毛先でなぞるように動かす。  
「うひゃうっ……!?」  
 暴れる腕を力ずくで固定。触れるか触れないかの微妙さで、飽くまでもソフトにタッチしていく。手の甲から手首――皮膚の薄い腕の内側――と、そこでいったん休んで、ぎゅっと指を丸め、息を潜めてくすぐったさをやり過ごそうとする石田の表情を鑑賞する。  
「……ぁ……」  
 ふっと力を抜いたところで再開。二の腕の内側を遡るようにこちょこちょと攻め立てる。  
「あんっ! ひぁ……ひぁぁあああああぅぅぅぅ」  
 鳥肌を立ててピクッと震える石田。雪のように白い肌が耳からほっぺたまで真っ赤に染まっている。はぁはぁと息を荒げて悶える姿に、クラスの男どももごくりと生唾を飲んだ。  
 谷口が囁き声で言う。  
「な、なんだ……その……。工藤? 隊長はもうそろそろ、ヤバいんじゃないのか?」  
「あら。これからが本番ですのよ」  
 二の腕から脇への戦線を警戒する石田の隙を付いて、俺はもう一方の羽箒を襟元から背中へと侵入させた。  
「んぁ!!!」  
 石田は過敏に反応し、身体全体を伸び上がらせるようにしてブリッジした。だがそれで逃げられるわけもない。俺は石田に馬乗りになって押さえつけ、襟足あたりを入念に撫でてやった。  
「はぁっ……ひぃ……!! ひぅぅぅぅぐぅっ」  
 息も絶え絶えになって、瞳を潤ませ、半開きの口から透明なよだれを垂らす隊長。ああ……もう、本当に可愛い。いつもこんなふうに素直なら、俺のお気に入りにして可愛がってやるのに。  
「く、どう……もう、やめ……!! ひぬぅ……」  
 石田がか細い声で言った。  
「ひぅ……!! わかった工藤、今度シュークリームおごってやる! だからもう私には……はぅぅぅ」  
「忠実な兵士は買収には応じませんよね、隊長」  
「やあああっ!! へそ、おへそはやめろおおぉぉぅぅぅんんぅっ!!」  
 俺は石田の上に跨り、容赦なく制服をの下に羽箒を突っ込んだ。芋虫のようにもがきまわる石田をニヤニヤしながら押さえつけてくすぐり続ける。  
 どうしてこんな目にあうんだよぅ、と石田はめそめそとつぶやく。  
「もうやめろよぉ……ソレ……ひぐっ!! やだぁ……! もぉやっ、ひぅぅぅあああああ!! もう!! どうして吉田じゃなくて私にするんだよぉ……!!」  
「あら? それはどういう意味ですか隊長? 貴方の代わりに吉田をいたぶれと、そういうことですか?」  
「なんで私ばっかり……!! ひぅ! ん、くっ!! 吉田にもしろよぅ……」  
「隊長は拷問に屈して部下を売るんですか? そういう人だったんですか?」  
「うぅぅぅぅ」  
「もう王様に生意気な口利かないって約束するなら、終わりにしてあげるかもしれませんよ」  
「うん、うん……もぉ……生意気な口きかないからぁ……ひぁ!」  
「終わりにして欲しかったら、『女王様おねがいですお赦しください』と言うんです」  
 
「そ、…………ひぐぅ……」  
「言うんです」  
「ごめんなさいゆるしてぇ……ひぁ、うぅぅぅぅぅ……っ、か、はっ!!」  
 か細い声で悶える石田には、普段とは違う匂い立つような色気があった。くすぐったさを我慢しすぎてわけがわからなくなっている。まるで性的に感じてイキ続けてるみたいにびくびくと反応して、可愛いったらない。  
「ウフフ……。隊長、苦しいですか? それとも気持ちいいですか……?」  
「くすぐっ……うぅ……もう、くるひぃ……」  
「アハハ、気持ちよさそうにしてるくせに」  
 そもそも、苦痛とくすぐったさと快楽は同一のベクトル上にある。すべて神経への刺激であり、結局それらは薄皮一枚隔てたほどの差しかない。頭の中でそれらが混戦したところで不思議でもなんでもなかった。  
 その昔、ある頭のおかしい作家は”快楽とは苦痛を数万倍に薄めたものだ”と言った。それに習うなら、五十倍ぐらいに薄めたのがくすぐったさだろう。  
「隊長、本当にやめて欲しいですか?」  
「うん……もう、やめ……っ! ……やめてぇ……ぐす……」  
「『おねがいです、お赦しください』ですよ」  
 手の中で羽箒を転がすように見せびらかして、石田の耳に囁く。  
「そ、そんなこと……お、お前、私はた、ひぁぅ!! ……た、隊長、なんだぞぉ……」  
「ふぅん。もうちょっと続けて欲しいってことですね? わかりました」  
「やみゃっ! ぃや、やめっ……てぇ……っ、く、んんんぅ!!」  
 俺はへその周りを優しく撫でながら、石田の太股に毛先を走らせる。  
「ひぁ!?」  
「ウフフ……そんなに暴れたら、パンツが見えちゃいますよ?」  
 実際、もう手遅れなほどにスカートはまくれ上がって膝が開いていた。男子どもの中には、こっそり中を覗いている奴もいただろう。いや、覗かなくたって見えちゃってるか。  
「遙? どうやって王様に服従するか、隊長にお手本を見せてあげなさい」  
 ――はい、ももかさま。  
 甘く弾む吐息にまぎれつつ、吉田の返事が聞こえた。  
 
 吉田は菅原と村田に大きく脚を広げた格好で押さえつけられ、スカートのひだを震わせながらその奥に羽箒を受け入れていた。嗜虐的な笑みを浮かべた菅原がこちょこちょと絶え間なく腿の内側を責め立てている。腕は男子に後ろ手に捕まえられ、身をよじることさえ難しい。  
 そして吉田の瞳は、よってたかって悪戯されるシチュエーションとくすぐり責めの快楽にとろけきっていた。  
「なんれも……いうことききますぅ……ひぐぅ……!! ひ、ひぐぅ、……っ!! ももかさまぁ……ぜんぶいうとおりにしますぅ……!! くるひぃのぉぉぉっ、ゆるひてぇぇぇ……おゆるひくださぃぃ……おね、ひぐぅ!! お、おねがいれすぅぅぅぅ……っ!!」  
 まるで、もっとしてくれと言わんばかりの口調だ。  
 ほら、ああいうふうになるんだよ、隊長。  
「よ、吉田……」  
「そうね、やめてあげなさい、乃恵留」  
 えぇ〜、とつまらなそうにいう菅原。いいから、と俺は強く言って従わせた。  
「隊長、ほら。何でも言うことききますね? どう言えばいいかわかるでしょう?」  
「きく、きくからぁ……」  
「『お赦しください』は?」  
「おゆるしくださぃ……おねがい……です……うぅ……」  
 石田が言葉を搾り出しながら、屈辱に顔をゆがめる。だが、俺が静かに石田を解放したとき、隠しきれない感謝と安堵の気持ちが表情ににじんでいた。  
「ま、今回はこんなところにしておきましょうか……ウフフ」  
「おぼえてろよ、工藤めぇ……」  
 ふらふらと床を這いながら衣服を整えつつ、なけなしのプライドを振り絞ってつぶやく石田。生意気な口は利かないと言ったのに、もうこれだ。俺は残りの理性も根こそぎにしてやることに決めた。ククク……アハハ。覚悟しろよ。  
「でもルールですからねー。遊びのルールくらいは守らないといけませんよね、隊長?」  
「うぅ……まだ膝がカクカクする。まったく、誰なんだこんなルール考えた奴は……」  
「でも隊長が王様になれば、復讐できるかもしれませんよ。続けますか?」  
 石田は一瞬、躊躇した。それだけの醜態をさらしてしまったという意識はあるようだ。だが、悔しさのほうが勝ったらしい。  
「……くそ! やってやる!!」  
 俺は薄く微笑んで、籤を集めた。  
 
 
 
 
 

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