気づいてしまったからには、注意せざるを得ない。  
 それは、よほど耳をすますか、気配に敏感な者しか気づけなかっただろう。  
 場所は校舎の倉庫。  
 
 扉を開けると、そこに森がいた。  
 いきなり踏み込んできた速見をみて、固まっている。  
「森十翼長。ここで何をしている?」  
 速水は強い口調で詰問する  
「はい、いいえ、司令。別に、何も……」  
 敬礼しながら答える森だが、明らかに何かを隠している。  
「そうか。僕は奥に用事がある。下がりなさい」  
 咄嗟のことで、何をすればいいのか迷う表情を見せる森。  
 彼女が、速水を奥に入れては拙いと思っているのは明白だったし、  
速水は奥に入らねばならない理由があった。  
「下がりなさい。これは命令だ」  
 その言葉に観念したのか、素早く身を引いて通路を空ける。  
 
 奥には、速水が想像していたものとあまり違わない光景があった。  
 整備班長の原。二番機整備士の新井木。  
 そして。  
 全裸で呆然と立ち尽くす、衛生官の石津。  
 速水の心を、怒りが支配し始める。  
「原百翼長!」  
「はい!」  
 背筋を真っ直ぐ伸ばし、直立不動の姿勢を取る。  
「説明して、もらえるな?」  
「はい、司令」  
 詰問しながら上着を脱ぐ速水を怪訝に思いながら、原はもっとも穏便に事を済ませる  
ことができる言葉を捜していた。  
 そんな原を半ば無視する形で、速水は石津に歩み寄ると、そっと自分の上着をかけた。  
石津の服は、石津の足元に置いてあるバケツの中で、水に浸かっていたからだ。  
「石津戦士の職務態度について、指導をしておりました!」  
 
 原の返答に、速水の表情がさらに冷たいものに変わる。  
「指導?」  
「はい、司令」  
 原の目の前に、速水が立つ。  
「これは」  
 石津を指差しながら。  
「指導とは言わない」  
 もはや、速水という名の嵐を乗り越えるには、沈黙するしかなかった。  
「頭の悪い兵隊に、頭ではなく身体に覚えさせるためには、多少の暴力を行使するのは  
仕方の無いことかもしれない。それは認める。だが」  
 石津を何度も指差して。  
「これは、指導として、適切な方法ではない」  
「はい、いいえ。司令」  
 何か反論をしようとした原の声を遮って。  
「そもそも、出撃直後で士魂号の整備が必要なこの状況下にあって、整備士たる諸君らに、  
このような"指導"をしている余裕があるのか。僕にはまったく理解できない」  
「はい。司令」  
 すでに、反論しようとすること自体が、速水の怒りを増幅させるに違いない。  
 そう悟った原は、「はい」と答える以外の選択肢を失っていた。  
「僕は、このような方法でしか"指導"できない士官を心から軽蔑する。これはまるで、  
"私的な感情から行われている制裁"にしか見えないからな」  
「はい、いいえ、司令。決して私的制裁などでは……」  
 その行為が"指導"ではなく"私的制裁"と受け取られれば、軍法会議ものだ。原は再度、  
速水の言葉を遮って反論するという行為に出ようとしたが、速水はそれを受け付けない。  
「原百翼長」  
「はい」  
「僕は、このような行為を心から忌み嫌っている。そして、僕が指揮する小隊で、  
このような行為を二度と見たり聞いたりすることは無い。と思っているが?」  
 次は無い。という冷酷な宣言。  
「……はい、司令」  
「よろしい。森十翼長と新井木戦士にも、よく言い聞かせておいてくれたまえ」  
「はい、司令」  
「では、仕事に戻りたまえ」  
 速水と石津を残し、三人は逃げるように倉庫から立ち去って行く。  
 
 石津は、完全に心を閉ざしていた。  
 そうすることで、つらい現実から逃げているのだろう。  
「石津さん?」  
 速水は、自分の出せる限り優しい声で、石津に呼びかける。  
 反応は無い。  
 倉庫の中に積んである毛布をひとつ取って、石津の肩にかける。  
 とにかく、ここから連れ出した方がいいだろう。  
 それにしても、俺もずいぶんと優しくなったものだ。  
 速水は石津をひょいとお姫様だっこで抱きかかえると、倉庫を後にすることにした。  
 石津の服は、後で回収するしか無さそうだ。  
 
 倉庫から出ると、そこに善行と若宮が立っていた。  
 速水と石津を見て、直立不動で敬礼する。  
 無視するように立ち去ろうとした速見が、善行の前で立ち止まり。  
「君は、彼女の友人だったかな?」  
「はい、司令」  
 ため息。  
「責任を感じているなら、向こうの面倒を見るように。原因は、多分、君だろうから」  
「はい、司令。おそらく、そうなのでしょう」  
 善行も、ため息で応じる。  
「あと、彼女の服が、倉庫のバケツの中でずぶ濡れになっている。回収しておいてくれると、  
大変ありがたいのだが」  
「了解しました」  
 そう答えたのは、若宮だった。  
 それだけ言うと、立ち去ろうとする速見に。善行が声をかける。  
「司令」  
「何だ?」  
「彼女は、その、大切な友人です」  
 その言葉に、速水の目が鋭くなる。  
「ならば」  
 一呼吸。  
「自分が原因で、大切な友人を傷つけたりしないように、十分に気をつけるんだな」  
「……はい、司令」  
 敬礼する二人を残し、速水は石津をお姫様だっこのまま連れていく。  
 
 石津の仕事部屋に入ると、石津をベッドに横たえた。  
 そして、紙に赤マジックで大きく「使用中・立入禁止」と書いて、扉に貼り付けた。  
 時間も遅いし、今からこの部屋を利用しようという人はあまりいないと思うが。  
 ただ、5121小隊に与えられた数少ない情報端末はここにしかないので、  
電子妖精やブレイン・ハレルヤを作りたい人間が、いつ訪れるとも限らない。  
 扉にしっかり鍵をかけると、ベッドに横たわる石津のもとに歩み寄った。  
 ベッドの端に、そっと座る。  
 石津の目は、虚空を見つめていた。  
 あまりの痛ましさに、速水は石津の髪をそっと撫でる。  
 ふわふわしていた。  
 ふと、石津の目が、焦点を取り戻し始めて。しばし逡巡した後、石津の視線が、  
速水の視線と重なった。  
 そこで、止まる。  
 笑顔、笑顔。と、自分に言い聞かせながら。  
「大丈夫?」  
 と、問いかける。  
 焦点を取り戻した視線が、じっと速水を見つめて、自分が置かれた状況を把握するのに  
十分な時間が過ぎたあと。  
 石津は、声を出そうとした。  
「あ…………あ、あっ……………………う…………!」  
 何かを言おうと、必死に努力している。  
 その努力が実を結ばないとわかると、石津は自分の喉を掻きむしり始めた。  
それこそ、出血しそうな勢いで。  
 速水はあわてて止める。  
「大丈夫。大丈夫だから。落ち着いて、ね。石津さん」  
 そう呼びかけながら、石津を腕ごと抱きしめる。  
 喉に手が届かなくなって、石津の動きが止まる。  
 そして。  
 石津は、ずっと速水を見上げていた。  
 速水は、精一杯の笑顔を見せる。  
「落ち着いた?」  
 しばらく固まっていた石津は、小さくうなずいた。  
「よかった」  
 
 石津は、速水の問いかけに思わずうなずいてしまった。  
 だが、正直に言えば、落ち着いてなどいなかった。  
 いつになく、胸がドキドキしている。  
 速水に、抱きしめられているからだ。  
 石津も年頃の女の子だから、5121小隊の男性陣ならば誰がいいか。なんてことを  
考えたりもするわけで。  
 
 瀬戸口は、他の女性に接するのと変わらない態度で、自分に接してくれる。  
 来須は、あくまでも無口で、会話もまったくしないのだが、彼の側にいるときは、  
いじめられる心配はない。  
 そして、速水。  
 初対面で、気持ちの悪い物を見たかのような態度を取ることもなく。  
いたって普通に接してくれた、数少ない男。  
 彼は、自分に優しかった。  
 いつの間にか、医務室から消えている救急箱の補充を手伝ってくれたり。  
 なかなか言葉を紡げない私に、しゃべる練習でもしようか?などと言いながら、  
他愛もない話に根気よく付き合ってくれたり。  
 意識して、そうしているのかはわからなかったが。  
 そんな速水を、石津は、いいなぁ。と思っていた。  
 恋心。とは言えないかもしれないが。  
 あこがれ。くらいは言ってもいいだろう。  
 その速水が。  
 いじめの現場に飛び込んできたかと思えば、あっという間にその場を収束させてしまった。  
 救世主。  
 囚われの姫を助けに来た、白馬に乗った王子様。  
 それに類する行動を取った、あこがれの人に抱きしめられているのだから。  
落ち着いてなど、いられない。  
 だから。  
 胸に、頬を埋めてみた。  
 頬から伝わる温もりが、心地よい。  
 いつの間にか、速水の手が、石津の頭を子供をあやすように撫でている。  
 
 ゆっくりと。だが、確実に。言葉を紡ぐ努力をする。  
 いつも、二人で練習していたときのように。  
「は…………や、み………………く……ん…………」  
「ん?」  
「あ、り…………が……と……」  
「どういたしまして」  
 さらっと言ってのける速水を、石津はかっこいいな。と思った。  
 まるで、太陽のように輝いている。  
 闇の中にいることを好む私とは、違う。  
 そんな思考に沈む石津を、速水は呼び戻す。  
「石津さん?」  
 石津が見上げると、そこには微笑を浮かべる速水がいて。  
「困ったり、助けが欲しいときは、ちゃんと言わないとダメだよ」  
 石津はわかっていた。速水からは、来栖と同じ雰囲気を感じる。  
 だから、この人は、誰かを心から好きになったり、愛したりはしないと。  
 でも。  
 私が好きになるのは、別の話。  
 
 じっと見つめられて。いじめられていた小隊の仲間を保護した。という立場にあった  
はずの速水は、ちょっと困っていた。  
 思っていたよりも、可愛い。  
 このまま、食べちゃいたい。  
 こんなとき、速水の心には悪魔と悪魔がささやいてくれるのだが。今日はそれがない。  
 どうしたものかと悩む速水に、石津はそっと目を閉じて、おとがいを少しだけ上げる。  
 それは、おねだりかな?  
 そう思ったので、素直に唇を重ねてみる。  
 石津は、速水の唇を受け入れた。  
「萌」  
 名前を呼ぶと、石津の頬は朱に染まっていく。  
 よろしい。ならば、美味しくいただいてしまおう。  
 
 倉庫から連れ出すときにかけてあげた毛布と、自分の上着とをそっと外す。  
 かけてあげたときは見ないように努めていた萌の身体は、とても華奢で。  
ただ触れるだけで、もろく壊れてしまいそうだ。  
 そして、肌が、とても白いことに気がついた。  
 とても、綺麗だ。  
 思わず見とれてしまう。  
 じっと見られていることに気がついた萌は、自分の身体を腕で隠そうとする。  
 その腕を、そっとつかむ。  
「う……」  
 怯えを見せる萌の頬に、唇でやさしく触れてから。  
「すごく、綺麗だから。隠すの、もったいないよ」  
 萌の頬が朱に染まっていく。  
「き……れい?」  
「うん」  
 素直にうなずく速水に、萌は今にも消えそうな笑顔で答えた。  
「……好きにして……いいの……よ……」  
 速水は思う。言われなくても。今は、そのつもりだ。  
 
 限りなく唇に近い頬に、唇をよせる。  
 ついばむようにしていると、萌が首をわずかに傾けて。その結果、  
唇と唇が触れ合うこととなった。  
 触れるだけの、ソフトなキス。  
 それを幾度か繰り返した後、速水はおもむろに萌の口内へと舌を侵入させる。  
 萌は驚きの表情を見せた。それ以上に驚いているとわかるのは、彼女の舌だ。  
奥の方に引っ込んでしまい、固まっているそれを、速水は舌でつついてみる。  
 何度かつついてみると、萌の舌が恐る恐る動き始めて。  
 速水の舌に、触れようとする。  
 そんな萌の舌を、速水は存分に味わった。  
 口がふさがれているので、呼吸は鼻でするしかないわけで。  
 徐々に呼吸が乱れてきた萌の息は、舌と同じくらい甘く感じた。  
 
 サイズは控えめだが形のととのった双丘を、手のひらで包み込む。手のひらにピッタリ  
おさまったそれを、円を描くように弄ぶと、硬くなってゆく部分を感じる。  
 手をはずすと、そこには可愛らしいピンク色の小さな突起がある。  
 抗いがたい魅力に引き寄せられて。速水は、その突起を口に含む。  
「ん……」  
 萌は、自分がそんな艶のある声を出したのが信じられない。という表情を見せてから。  
それを抑えようとするかのように、指を噛む。  
 それを見とがめた速水が、味わっていた胸の先端に別れを告げて。  
萌が噛んでいる指をくわえて、美味しそうにしゃぶり始める。  
 萌がくすぐったさに手を引っ込めると、速水は素早く萌の唇を奪った。  
「萌」  
「は、やみ……くん……」  
「せっかくだから、声を出してみようよ」  
「……え?」  
「これも練習だよ」  
 そんなことを言いながら、速水は萌の首筋から胸へとキスの雨を降らせながら、  
そのまま萌の身体を下へ下へと移動してゆく。  
 唇と舌が這い回った跡が、ひんやりと冷たい。  
 
 速水は萌の足の付け根に顔を動かして、薄い茂みの奥にある谷間の香りを嗅いでいる。  
 萌は、顔を両手で覆い、いやいやと首を振る。  
 恥ずかしい。  
 そんな萌の様子を見ながら、速水はほのかにメスの香りが漂う場所を味わうために、  
秘所に舌を這わせた。  
 香りと同様、味も薄め。だが、それがたまらない。  
 少しでも長く味わっていたいかのように、襞のひとつひとつを丹念にかき分けていく。  
「ふ……あ?」  
 好きにしていいと言ったものの、そんな場所を舌で愛されるとは思ってもいなかった  
萌の身体は強ばって、その行為を拒絶しようとする。  
 
 入り口に舌を侵入させると、奥から味と香りがより濃くなった愛の証があふれてくる。  
それを、わざと音をたててすする。  
「い……や。はず…………しい……」  
 だが、とろとろとあふれてくる蜜の量は、増える一方だ。  
 
「あ……んッ!」  
 今日、一番大きな声が出る。自然とは言えないが、いつも努力して出している声よりは、  
いくらか鮮明で、聞き取りやすい声が。  
 そんな萌の様子を見た速水は、萌の入り口に自分の先端をあてる。  
 その意味を悟った萌は、小さくうなずくと、速水にその後の行動をうながした。  
「大丈夫、かな?」  
 心配そうにたずねる速水に、萌は再びうなずいた。  
「き、て……」  
 その返答に、速水は奥深くにゆっくりと侵入することで応えた。  
「あ……う…………」  
 つらそうな声に、速水は動きをとめる。  
「無理しないほうが、いいよ」  
 そう言いながら、髪をなでて香りをかぐ。  
 
 萌は、初めてではないが、初めてだった。  
 厳密に言うと、いじめの度を越した行為によって、幾度か強制的に経験させられた  
ことがある。  
 もっとも、心を閉ざしている間に行われているから、そういうことをされていると  
不鮮明に感じる以外は、意識を取り戻したときに、自分の奥から白濁液がこぼれてくる  
ことで知るのだが。  
 だから、初めてではない。  
 だが、意識があるうちに男女の営みをするのは。  
 これが、初めて。  
 萌は、人生で初めての経験にとまどっているのだ。  
 自分の中の奥深くに侵入しているものがあって。それが、とても温かい。  
 それに。  
 萌の閉ざされた記憶の中で、行為に及んでいる男たちは、自分の欲望を満たすため  
だけに動いているのだが。  
 速水は、違う。  
 萌の反応を見ながら、少しでも喜んでもらえるように努力しているのがわかる。  
 それも、初めての経験だ。  
 
 速水の動きに合わせて、萌は可愛らしい小さな声を漏らす。  
 自分が喜びを感じていることを証明する、淫らな声を。  
 
 萌は、自分の身体が喜んでいることに驚いていた。  
 こういうものなのかと。  
 心を閉ざしているうちに、一方的に行われる気持ちの悪いものではなく。  
 お互いの肌と肌。心と心。喜びと喜びを重ねるものなのだ。  
「ふ……う、うッ…………」  
 結合部からは湿った音が挿入の動きに合わせて響き、荒い吐息が、頬と頬を寄せあう  
二人の耳元でささやかれ。  
 身体から発散されるほのかな香りが、鼻の奥をくすぐる。  
 恥ずかしい。  
 でも、それが気持ちいい。  
 
 萌がどこまで耐えられるのか、探るような動きだった速水のペースが、徐々に速く、  
強さを増してゆく。  
 特に、萌が奥の奥をつつかれたときに一際反応することがわかった後、速水は、  
その刺激を中心に行為を組み立てることで、萌の快楽を極限まで引き出そうとしていた。  
 奥を押さえたまま、ぐるぐると円を動くような動きをされて、萌の頭の中は真っ白に  
なっていた。感じる喜びが大きすぎて、他に何も考えることができない。  
 自然と、背中が反ってしまう。  
 喉の奥が、声にならない声で震える。  
 その感覚が急に怖くなって。萌は、速水にしがみつく。  
 だが、速水は動きを止めない。  
 今度は前後に大きく動きながら、抜けんばかりに下がったかと思うと、奥まで届けと  
突き入れる。  
「あ…………あッ!」  
「萌。い、いく、よッ!」  
 抱きしめた背中にうっすらと汗が浮かんでいる速水が、萌につぶやく。  
「い……いわ……。お、ねが……い…………」  
 速水の動きはいつになく激しくなり、一気に萌に突き入れたかと思うと、急に動きを止める。  
 逆に、結合した速水のモノが、ぴくん、ぴくんと脈動して、萌の奥を汚してゆく。  
 萌は、速水の唇を欲した。  
 それに気づいた速水が、萌と唇を重ね、舌をからめて貪りあう。  
 たっぷり余韻を楽しんだ後、速水が萌から引き抜く。  
 萌が速水を受け入れた場所から、白濁液が少しずつ漏れ出してきた。  
 
 萌は速水をじっと見つめていた。  
 きっと、誰かを好きになったり、愛したりすることは無い人。  
 でも。  
 少しだけ、優しい。  
 だから。  
 私が、胸の内に淡い想いを抱いていても、きっと許してくれるだろう。  
 そんな萌の気持ちを知ってか知らずか、速水は萌をそっと抱きしめながら。  
「困ったときや、誰かに助けてもらいたいときは、迷わず僕に言ってね。それから……」  
 少し、照れた表情で。  
「また、一緒に。しゃべる練習、しようね」  
 そう言いながら、萌の頭をなでる。  
 その言葉が、とても嬉しくて。  
 思わず、涙がこぼれる。  
「あ、こ、今回みたいなのじゃなくて、次は普通に――」  
 萌の涙の意味を取り違えた速水が、あわてて慰めようとする前に。  
 萌は、なけなしの勇気をふりしぼった。  
 自分から、速水に唇を重ねる。  
 驚いた表情の速水は、それで急に冷静さを取り戻した。  
 そして。  
「じゃあ、また、練習しようね」  
 素敵だな。と、素直に思える笑顔を見せてくれる。  
 萌は、こくりとうなずく。  
 恋人ではないが、何かお願いしたり、頼ったりしてもいい人ができた瞬間だった。  
 
 
 三人目、陥落。  
 
 

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