*  
 
 
 ――何かが俺の中で蠢いている。  
 俺の裡で黒いモノが日毎大きくなっていく。それが、今やはっきりとわかる。  
 黒いモノ。  
 何でもいいからメチャクチャにしたくなるような気だるい気分。  
 この苛立ちに似た感情に突き動かされて、俺は吉田遥を遊び半分に陵辱した。だが、あの夜はきっかけに過ぎなかったのだと今になって思う。  
 どれだけ吉田を虐めても、弄んでも、この気分はまるで収まらず、むしろ深みへと引きずり込まれていくようだ。  
 ……壊したい。ああ、ブチ壊したい。綺麗なモノをドロドロに汚したい……!  
 今の俺はもう、気分任せで何だってやれそうな気がする。自分がどこまで行ってしまうのか、自分でも想像がつかない。どうにもならない衝動が、欲望が、情念が、たえず轟音を立てて渦を巻き、俺自身を飲み込もうとしている。今まさに、この瞬間ごとに。  
 いや、もしかして……俺は本当の所、”それ”をこそ望んでいるのかもしれなかった。  
 崩壊を。  
 ちっぽけな自我を消し飛ばすほどの、圧倒的な狂気を。  
 生だとか、死だとか、男だとか、女だとか、戦争だとか、恋だとか、陰謀だとか、嫉妬だとか、そういう面倒くさいすべてを黒い月の彼方にブッ飛ばしてくれるような――快楽を。  
 ……あぁ。  
 誰か。  
 誰か、俺を壊れるまで犯してくれないかな。  
 
 
*  
 
 
 俺はハンガー奥の物陰で待っていた。やがて、整備班の野口がコソコソとやってくる。視線を投げてやると、ヤツは眉を八の字に下げて微笑んだ。  
「やぁ、工藤さん。……例の話なんだけど」  
「ええ。準備できてますわ」  
 俺はよそいきの淑やかな顔を作って答えた。  
 野口が「あ、そう」とかニヤつきながら頭を掻く。その後ろから、整備兼ヘリパイロットの竹内がひょっこりと現れて、人のよさそうな顔を突き出した。  
「ちょっと、野口さん。こんなこと……本当にいいんですかぁ?」  
「何言ってんだ。お前だって、興味あるからついてきたくせに」  
「……ふぅん。竹内さんも、お好きなんですね」  
 俺は優雅な仕草で長い金髪を肩に流し、艶然と竹内に流し目をした。航空学校上がりの竹内は女慣れしてないようで、面白いように赤面する。  
「――五千円。もちろん、誰にもないしょですわ」  
「ああ、それね。……ほんとにそんな額でいいわけ?」  
 野口があっけにとられた顔で聞き返す。ケチのくせに、変なところで律儀な男だ。  
「クスッ。……学兵価格ということで。もちろん前払い、現金のみ」  
 野口と竹内が、辺りをはばかりながら紙幣を握らせてくる。お札をスカートのポケットにくしゃっと突っ込むと、俺は了承の意味でうなずいた。  
「じゃ、失礼して」  
 野口が早速と肩に手を伸ばしてくる。  
 だが俺は、それをサッと躱した。  
 案の定、ケチの野口が「金は払っただろ」という顔で睨んでくる。  
「勘違いしないでくださいね。私がお相手するわけじゃないですから」  
「く、工藤さん? それって、どういう……」  
 俺は秘密めかして微笑み、指先で誘って、二人をシミュレーションルームまで導いた。  
 
 シミュレーションルームはハンガーに付随する設備で、主に戦闘のチュートリアルや模擬訓練、整備実習のために使用される。  
 だが普段はあまりひと気がない。何しろこの隊は寄せ集めで、士気も低く、はっきり言ってまじめに訓練をやってないからだ。そもそも実戦を想定してない学兵の警備小隊なので、無理もない話ではあるが。  
 でも折角ここにあるんだし、使ってやらなきゃ勿体無いというものだろう? たとえ、ちょっと違う用途でも。  
「……それでは。”人体の構造に関する特別講習”二時間コースに、二名様ご案内ですわ」  
 俺はそう言って、シミュレーションルームの扉を開けた。  
 正面に大きなモニターを備えたコンソールがある。  
 その席に、少女が後ろ向きに座っていた。  
 小柄なせいで、その身体はほとんど背もたれに隠れてしまっている。目深にかぶった大きめの帽子だけが、ちょんと突き出して見えた。  
「あれ……吉田さんっ!?」  
 竹内がすっとんきょうな声で叫んだ。しー、と俺は人差し指を立てて注意する。  
「講習中は静粛にお願いいたしますわ」  
 沈黙する二人を立たせたまま、俺はコンソールへ歩み寄った。椅子をぐるりと回転させて、今の吉田の姿を見せてやる。  
 ――吉田は衣服を奪われ、丸裸にされていた。  
 正確に言うと、俺が剥いたのだ。帽子と靴下だけの格好にして、親指錠で後ろ手に拘束し、猿轡をかませてある。ついでに、両乳首とクリトリスにローターを貼り付けて、股を閉じるなと命令して小一時間ほど放置した。  
 おかげで吉田のマンコはすっかり出来上がって、瞳の焦点が合わなくなる程度に頭が蕩けている。猿轡の端からはよだれがたらたらと垂れ、陰部からはいやらしい液がとめどなく溢れて、椅子のシートがしっとり濡れていた。  
「ほら、遥。ご挨拶なさい。今日、お前を性欲処理の穴として使ってくれる方々よ」  
 何度もイき続けて敏感になったのか、俺が首すじに少し触れただけで、吉田は背中をビクビク震わせた。  
「……うぁ……あぁ……えぅぅぅ……」  
 猿轡をされたままの吉田が、何かをねだるような調子で呻く。俺は「もう欲しいの? 堪え性がないのね」と嘲笑い、野口と竹内に視線を向けた。  
 竹内は明らかに狼狽していた。「野口さん、何が起こってるのか理解不能です」とか寝ぼけたことを言っている。野口のほうはというと、逆に感心したように俺を尊敬のまなざしで見つめてきた。  
「ほう……。素晴らしい。素晴らしいよ」  
 野口が興奮に息を荒げながら椅子へにじり寄ってくる。  
「工藤さん。君はわかっている。とても、よくわかっている。特に靴下を脱がさない辺りが天才的だよ……」  
 わななく野口の両手が、吉田のくるぶしを執拗に撫で回しはじめる。  
 吉田はいやいやをするように首を振った。ローター責めで朦朧となった瞳に拒否の感情が浮かぶ。俺はそれを見て舌なめずりをした。  
 ――ああ、壊したい。もっと、壊してしまいたい。  
「ほおおお……」  
 野口は靴下の上から吉田の足に頬ずりして、感極まったように呻いた。激しい音を立てて爪先に吸い付く。  
「夢みたいなシチュエーションだ……最高だっ」  
 女の足にこだわる性癖の変態なのかもしれない。野口は普段のひょうひょうとした態度をかなぐり捨てて、目を血走らせ、獣じみた欲望を露わにしていた。  
「ぅぐっ、……ぉえぁ、っっふ……!!」  
 吉田の苦しそうな息づかいに恐怖の匂いが混じる。帽子の下から見あげてくる目が「もう嫌……、もう赦して」と俺に懇願しているのがわかった。  
 俺は優しく微笑み、その目じりに浮かんだ涙を舌を伸ばして舐めとる。  
「野口さん、遥が『早くマンコハメて』って言っていますわ」  
「ああ、おれだってもう我慢できないっ」  
 焦ったような仕草でガチャガチャとベルトをはずす。赤黒く太い男のソレが、のっそりと現れた。なかなかの逸物だ。亀頭の張り出しが逞しくて、あれで入り口をヌプッとやられたらさぞ気持ちいいだろう。  
「ウフフ。素敵」  
「――っ! ……んぅぐっ……ぇぁうっ!」  
 身をよじって暴れる吉田を、俺は椅子の後ろから抱きしめるようにして押さえつける。膝を持ち上げてM字に開脚させ、刺さるところが吉田自身にも見えるようにしてやった。  
 野口が吉田の靴下を口に詰め込んで、フゴフゴ言いながら腰を突き入れてくる。大きなカリが吉田の幼いマンコにあてられ、ズプッと一気に侵入した。  
「――――っ!! ……ぁむ、ぇ……ぅぐ……っ!」  
 野口に尻をつかまれ、一方的にズコズコと犯される吉田。猿轡のせいで悲鳴も上げられないでいる。ボロボロと両目からこぼれてくる涙を、俺は丁寧に舌で拭った。  
「クスクス。可愛いわよ、遥」  
 
 一方、竹内は少し離れた場所から、その狂った痴態をぼんやり眺めていた。目の前で行われていることに唾をのみながら、逃げ出すことも止めることもできないでいる、といった様子だ。  
 俺は竹内にそうっと忍び寄り、耳元で囁いた。  
「あら、竹内さんは参加なさらないの?」  
「え、ええっ!? いや、お、オレは……」  
「遠慮しないでもよろしくってよ。”講習費”は払っていただいているのだし……、それに、ほぉら。こんなに硬くしてるじゃないですか」  
 俺は背後から手を回し、細い指で竹内の股間を撫で上げる。  
「ひぇっ! ……うわ、工藤さん、そんな、エロ……」  
 服の上から棒を指で包んで、しこしこと上下させてやると、竹内は顔を真っ赤にして前屈みになった。  
「ウフフ。凄く熱くなってる」  
「か、からかわないでくださいよ……!」  
「からかってなんかいませんよ。興奮したんでしょう? 遥のこと、犯したいんでしょう?」  
「え、そ、そんな……」  
 耳もとに熱い息を吹きかけながら、俺は竹内を少しずつコンソールの側へ誘導する。椅子の上で吉田が野口に激しく犯されているのを、間近に覗き込めるように。  
 そして、竹内を目で促す。竹内の喉仏が、ゴクリ、と鳴るのが生々しく聞こえた。  
「す、すごい……!」  
 吉田はほとんど椅子から崩れ落ち、野口にもたれかかるような形で抱かれていた。野口のごつごつした腕が吉田の可愛らしい白いふとももを掴み、固定して、グッチャグッチャと突き上げるように腰を叩きつけている。  
 裸足のつま先が床に触れるか触れないかの状態で吊り上げられ、自由にならない両腕をよじりながら、弓なりに反ってエグエグと呻く吉田の様子は、まさに性的虐待と呼ぶにふさわしかった。  
「だ、大丈夫なんですか、これ……?」  
「アッハハハッ。遥なら平気ですわ。ほら、こんなドロドロにして悦んでる」  
 俺は吉田の尻の間に手を入れ、べっとりとした愛液を手のひらに掬い取った。攪拌されて白く泡立った汁がどんどん垂れてきている。  
「竹内さんも是非、遥の淫乱な穴を犯してあげてください。……ほら、こっちの穴を」  
 尻たぶをぐっと割り裂いて、肛門を大きく晒してやる。竹内が見ている前で、俺は吉田の後ろの穴に中指を突っ込んだ。  
「――ぇぐぅっっ!!! ぁむぅ、ぇあぉぁぁっっ!!」  
「ウフフ。そんなに気持ちいいの、遥?」  
 グニグニと強めにマッサージし、入り口を拡げてやる。……実は今朝からたっぷり虐めて、お尻の穴はほぐしてあった。  
「竹内さん、アナルセックスって、知ってます?」  
「あ……ええ、はい……?」  
 竹内は茫然自失の態で、こくこくとうなずくだけだ。  
「してみたくないですか? 遥のお尻で」  
 締まりがよくって気持ちいいんですよ、と誘惑するような声音で囁く。俺は相手の答えを聞かないうちにベルトを掴んで引き寄せ、滑らかな手つきでカチャカチャと解いた。  
「あ、えっと、……あの、ちょっと、工藤さん」  
「まあ! 立派な道具をお持ちなんですね」  
 下着をずり下げると、純朴そうな顔に見合わぬ巨根がぶるんと飛び出してきた。カリに半ばまで皮がかむっているが、両手でそっと引き下げてやれば綺麗な血の色の粘膜が顔を出す。  
「は、恥ずかしいですよ……!」  
「クスクス。じっとしててくださいね……」  
 俺は竹内の前にしゃがんで、唇をぺろりと舐めた。コンドームを取り出す。でかい逸物を前にして、なんだかドキドキしていた。元は俺も男だったはずなんだが……なんだろう、このうっとりした気持ちは。  
 指先を使って亀頭から輪をくぐらせ、ゴムの皮膚で覆う。  
「……ウフフ。これはサービスですわ」  
 その上から、俺はぱくんと口に含んで唾をまぶしてやった。  
「……あ、ああっ。き、気持ちいいです」  
「んっ……。本当に気持ちいいのはこれからです」  
 野口が俺の意図を読んで、膣にハメたまま尻を持ち上げるようにしてくれた。俺は竹内のモノを手で導いて、吉田の後ろの穴にあてがう。吉田が悲鳴を上げるが、猿轡に遮られてモガモガとしか聞こえなかった。  
「さあ、人体の構造、ちゃんとお勉強しましょうね」  
「こ、これ……本当に……」  
 竹内が口元を引きつらせる。俺はクスクスとほくそえんだまま、竹内の後ろから体重を乗せて、吉田の中へ一気に突きこんだ。  
「――ッッ!! ぇ、ぁむ……っ!!」  
 
 ぐにゅり、という感じで竹内の太いモノが吉田の尻の穴に差し込まれる。竹内が鋭く息を吸って呻いた。  
「……っく! す、凄いです……! どんどん呑みこまれてく……ああ、メチャクチャ気持ちいい……!!」  
 吉田の括約筋が凄惨なほどに押し広げられていた。狭い穴が竹内の巨根をずぶずぶと、何の抵抗もなく飲み込んでいく様は、圧巻の一言だ。アハハ。本当にこれ、壊れるんじゃないのか?  
「ウフフ……。ねぇ遥、凄いわよ。ぶっといの、二本も挿っちゃってる」  
「……ぁ……ふぅぅ……あぅ……ぇふ……」  
 ほとんど白目を剥いたようになりながら、吉田はビクンビクンと震えた。  
 大きめの帽子がゆらゆらとかしぐ。薄い胸をぬめるような汗が滴り、肋骨から腰のくびれへと伝い落ちる。可愛らしいおへその下、細くたおやかな腰の内部には、怒張した硬い杭が前後から深く打ち込まれていた。  
「気持ちよさそう……。ねぇ遥、気持ちいいって言ってもいいわよ。口のやつ、取ってあげるから」  
 俺は吉田の頬にチュッと口づけると、猿轡を解いた。吉田の口から、あぶくのような唾液が大量に垂れ落ちる。  
「あ……うぅ……。んぐぅ……く、苦しい……の……」  
 吉田はせわしなく息を吸いながら、んんんっ、と甘い声で呻く。開きっぱなしの口から物欲しそうに舌が伸び、艶かしく腰をくねらせては意識が飛びそうな顔で全身を痙攣させる。  
「うぐ……ひぐ……うぐぅぅぅ……あ、あああ、はぁああぁああ……」  
「う、動いてもいいですか……動きますよ」  
「ウフフ。いいわよ。ズコズコ犯してあげて。グチャグチャにして」  
「……やぁ、やめ……ふぁ、んむっ」  
 俺は吉田の舌を口で捕え、有無を言わさず強く吸った。激しく舌を絡めてくる。完全に思考力を喪った瞳が俺の顔をぼんやり見つめる。透明なよだれが糸を引き、唇の間を垂れ落ちて何かの液と混じる。何の汁かなんてもう区別がつかない。  
「あ……! ッ……! ひぎ……ッ! あぐ……っ!」  
 野口が前から突き、竹内が後ろから腰を使う。マンコと尻を同時に犯される。その度に吉田は息がつまるような、声にならない声で喘いだ。穴と言う穴を蹂躙されながら、吉田はなすすべもなく感じ続ける。  
「きもひいい……ッ、あふ……ッ、きもひいい、まんこぉ……おひり……きもちいッ……!」  
「アハハッ。そう、気持ちいいんだ。遥はマンコとお尻、一緒にズボズボされるの大好きなのね」  
「ひぐっ、あっ、んんんっ、ひ……っ、いぐっ、ぇぐっ、あ、ああ、あああああああ、ああああああああああああああああああああ……」  
 細く尾を引くような呻き。吉田の帽子ががくがく小刻みに揺れる。クックック。イきっぱなしになってやがる。こいつは癖になるかもしれないな。アハハ。  
 野口が前の穴にドクドクと精を放った。吉田はぐったりして、もう声も出ない。だが竹内がラストスパートに激しく尻穴を突き上げると、半ば失神しながら、「ひぐあああああ」と高い声を上げて呻いた。  
 竹内が射精して引き抜くと、吉田はバタンとオモチャのように床に倒れる。  
 なんて可哀想な扱いだろう。このいやらしい精液便所が。俺は不意に愛しくなって、帽子の上から吉田の頭を撫でた。  
「可愛い……。凄く可愛いわ、遥」  
 朦朧とした吉田は答えない。もっと犯させてやろうかと野口と竹内を見たが、二人ともスタミナを使い切ってへたり込んでいた。  
「あら。……二時間にはまだ早いですわよ」  
「はっはっは。……はぁ。……うん、ちょっとハード過ぎたかもねえ」  
 野口が言い訳がましく呟いた。竹内のほうは、ぜえぜえ息を切らしていて喋れないようだ。  
 まったく、兵隊の癖に体力が足りない。牛乳でも飲め。  
 俺は情けない男どもを尻目に、タオルで吉田の身体を丁寧に拭い、毛布でくるんでやった。……風邪を引かせるのもつまらないからな。  
 ついでに椅子のほうも色々ついていたので、綺麗に後始末する。  
「……ん? これって……」  
 何の気なしに椅子の裏を探った時に、指先に触れるものがあった。  
 ――集音マイク、か。  
 誰の仕業かは見当がつく。憲兵まがいの真似をする奴なんて、この小隊には一人しかいなかった。あちこちに盗聴器を仕掛けているという噂、本当だったのか。  
 ……妙な邪魔をされると厄介だ。早めに対策をとるべきか……。  
「にしても、盗み聞きとはいい趣味ですわね」  
 口の中で呟いて、俺はマイクをむしりとると、床に投げ捨てた。  
 靴の裏で踏みにじる。  
 パキリ、と小気味いい音が響き、それが俺の暗い衝動を、ほんの少しだけ満たした。  
 
 後のことを野口と竹内に任せ、夕食の時間まで、会議室で吉田の勉強に付き合ってやった。面倒くさいが、どうしてもと頼むので断りきれなかったのだ。  
 さして進捗ははかばかしくなかった。だいたい、当の吉田がどうでもいいらしく、俺の隣で携帯ゲーム機で遊んでばかりいた。……何がしたかったのやら。  
 無駄に時間を潰したあと、帰る段になった。今夜は叔父の世話をしなければならない。吉田で遊んでばかりもいられないのだ。  
 会議室を出て、昇降口へ向かう。……なぜか、吉田がうっとうしく後をつけてきた。  
「あの、遥。いったい何なの?」  
 冷たく吐き捨てる。  
「別に。……いっしょに、いたいの」  
「あのね、遥。私は貴女のことなんて――」  
 俺はイラッとして振り向く。そこで、ようやく気づいた。  
 ――下駄箱の陰で、岩崎が待ち伏せしていた。  
「…………!」  
「やあやあ。元気かい、工藤さんに吉田さん。うんうん、僕はね、今君たちが仲むつまじく一緒に勉強しているところを眺めて一人和やかな気分になっていたところなんだ、うんうん、なぜ和やかな気分かというとだね、」  
 岩崎はクラスメイトの一人で、天性の食客と名乗るクソふざけた男だった。だが、今は明らかに気配を絶って俺に近づいてきていた。  
「それはやっぱり、仲良きことは美しき哉、だと思うんだよ、僕は。うんうん、友情、すばらしいよね。友情は人生の宝とも言うね。ところで人生の宝といえば、」  
「あの。……用件は」  
 この男、口を挟まないと半永久的に喋ってるからな。  
「ああ、そうだったね。うんうん、用件というのはね。つまり僕はある情報を掴んだわけなんだけど、これは実に微妙な問題でね、つまり――」  
「つまり、なんです?」  
 絶妙なタイミングで、相槌を打つというよりも打たされるようにして言葉が出る。  
「…………」  
 だが、岩崎は珍しく口を閉じて黙っていた。  
 俺は少し吃驚してまじまじと相手を見つめた。正直、こいつが一秒以上言葉をとぎらせた所など見たことがなかった。  
 
「――心配してるんだよ、僕は」  
 ニコッ、と笑って口にする。小さな、俺にだけ聞こえる声で。  
「こんなことバレたらどうするつもりなんだい?」  
 うすっぺらい笑顔の仮面の下から、軍用ナイフのような実用的な鋭さを帯びた目線が、俺を観察していた。  
 ――やっぱりな。  
 と、俺は思う。あの盗聴器。こいつの仕業だ。  
 俺はすぅっと息を吸い、背すじを伸ばした。  
「別に。全員、自ら望んでやってることですもの。趣味の範囲で愉しんでるだけ。何の文句がありまして?」  
「本当にそうなら、僕は何も言わないけれどね」  
 岩崎が静かに一歩、踏み出す。吉田が緊張した様子であとずさる。俺は吉田を背中にかばうように移動して、岩崎に視線を投げた。  
 睨みつけるのではなく――微笑する。色気を込めて、くすぐるように。  
「何が言いたいんですの? この覗き魔。貴方も混ぜて欲しいのなら、そう仰ったら?」  
「僕は、僕の大事な人たちに幸せになってもらいたいだけさ。そのためならなんでもするよ――なんでも、ね」  
 岩崎の笑顔は崩れなかった。壁に描いた絵のようだ。感情のブレがまったくない。それは、覚悟が決まっていること、付け入る隙がないことを意味する。  
 危険な相手だった。  
「あら、そうですの。大事な人たち、ね……少なくとも、遥は幸せそうですけど。ウフフ」  
「それで傷つく人がいるのは、いけないよ」  
「葉月のこと? ……さすがに、家主には気を遣うんですのね。さすがは食客といったところかしら。クスクス。それとも……別な含みがあるのかしら。そういえば、貴方と葉月も男と女の組み合わせですものね?」  
 俺のあからさまな挑発に、岩崎は反応しなかった。  
 一歩以上接近してくることもなく、決定的な一言を突きつけてくることもなかった。  
 できるのにしなかった、のだ。  
 おそらく警告の意味で。次はないぞ、と言いたいがために。  
「ちなみに……その大事な人たちには、いちおう、君も入ってるんだよ。工藤さん」  
 まったく感情のこもらない淡々とした声で、岩崎は言った。それを捨てゼリフに、奴はスッと気配を絶ち、姿を消した。  
 廊下を遠ざかっていく静かな足音。それが少しずつ小さくなり、やがて完全に聞こえなくなる。  
 吉田がふぅ、と息をつく小さな気配が、背後からした。  
 俺はすっかり気圧されていた自分に気づき、忸怩たる思いだった。……いちおう、君も入ってるんだよ、だとさ。まったく。  
 ――ふざけろ。  
 俺は乱暴な足取りで外へ向かった。吉田がまた、うっとうしく後をついてきた。  
 吉田の指がコートの裾をそっとつまむ。それを見もせずに、俺は後ろ手でパシンと振り払った。  
 
 
(つづく)  
 

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