夜――午後十時。  
 灯火管制の暗闇の下で、学校はどこか廃墟じみていた。見慣れているはずの教室が静けさと器物の陰とで不気味に変異し、よそよそしい無機質さを帯びる。いや……むしろ、昼間は隠されていた”有機的な気配”が、闇の中密やかに蠢き出すような感触があると言うべきか。  
 隠されたものの気配。  
 オバケ? 精霊のささやき? ……いいや、まさか。そんな可愛らしいものは戦争の激化とともにどこかへ逃げていった。  
 今の青森では、闇の中で蠢くのはむしろ生きた人間の絶望と悪意と無関心だ。この教室にも、その痕跡はかすかにあった。  
 たとえば、心無い落書きの消えない机。脚が壊れたまま直されない椅子。ゴミと使用済み薬莢が散らばったままの床。黒板が清拭しないまま放置されるようになったのはいつからだったか。黒板拭きが誰かに盗まれて以来かもしれない。  
 菅原乃恵留は、ぐらつく机におしりをよっ、と乗せて、割り箸のように細い両足をぶらつかせた。  
「……なんだか、人心が荒廃してるって感じ」  
 内容のわりに、妙に明るい口調で呟く。菅原は唐突に振り向いて、傍らの椅子に座る吉田に微笑みかけた。  
「ハルと二人っきりで話すなんて、いつぶりかな?」  
「……覚えてない」  
「私も」  
 カーテンのない窓から月光が差し込み、菅原の頬を青白く照らしていた。栄養不足で痩せたその横顔には、不思議と病的さはない。少女らしい健康な色気さえある。……その一方で、いつ死んでもおかしくないような儚さもつきまとっていた。  
「雪、きれいだねー」  
 外を見て、ぽつんと言う。  
「……来年は見られない、か」  
 それから妙に熱心に、不思議な輝きの瞳で風景を観察し始める。雪が積もるというのはこういうことなんだ、と記憶するように。吉田はそれを、ただ黙って見つめていた。  
「ハル」  
「……ん」  
「話って何?」  
 恬淡とした笑顔が、少し悲しげに見える。  
「菅原……。病気、悪いって聞いたけど」  
 ずばっと切り出す吉田。  
「……。ま、ね。それは、ほら。……治らないって諦めてるし」  
「ほっとくと、死んじゃうって」  
「うん」  
 このぶんじゃ戦争を生き残るほうが難しいかもだけど、と菅原はからっと笑った。  
「でも、この前、夏になったら自殺するって菅原言ってた」  
「うん」  
「……どうして?」  
 んー、と首をかしげる菅原。  
「一言でいうと、歳をとるのが嫌」  
「……わがまま」  
「だぁって。十六歳を過ぎたら、人間はつまらない存在になっちゃうんだもん」  
「意味、わからない」  
 吉田の即答に、菅原はぷっと吹き出した。吉田はなんで笑われたのかよくわからない、という顔で首をひねっている。それを見て、菅原がさらにくつくつ笑う。  
「あはは。変な感じ。ふだん葉月の家にいるときは、こういうこと全然話さないもんね」  
 山口葉月は、菅原と吉田、ついでに岩崎とも一緒に一つ屋根の下、共同生活を営んでいる。犬猫も馬やら牛やらも一緒に飼っているらしい。普通のマンションで。  
「うちは賑やかだからなー。……賑やかすぎるっていうか」  
 はー、はー、と笑いすぎて出たらしき涙を拭いつつ、菅原が言う。  
「みんなでワイワイやってると楽しいけど、でも、なんか後で落ち込むんだよねー……。あ、これ葉月には内緒ね」  
 こく、と吉田がうなずく。それから五秒ほどじっと考え込む。  
 しばらくしてから、ぽつんと言った。  
「……怖いの?」  
 
「え? 何?」  
「死ぬの、怖い?」  
 菅原はちょっとびっくりしたような顔をした。ぱちくりと瞬きをして、ふいと窓の外に目を移す。明るい月と、その横にぽっかりと開いた黒い穴のような天体。表情の読めない、透明な横顔。  
「……うん。怖い、かな」  
 確かめるように言った。  
「最近だんだん怖くなってきた。自分がいなくなるっていうのは別に悲しくないけど、なんだろ……いろんなものを残していかなくちゃいけないのが……ちょっと困るっていうか。岩プーがさ、」  
 少しだけ早口に、小声になる。  
「多分、淋しがると思うんだよね……。外にあんまり出さない人だけど、こっそり泣いちゃったりするんじゃないかと思って。自分が、何にもできなかったっていうことに、すごく傷つくんじゃないかって……。それが……怖い」  
「怖いの、なくなる方法知ってるよ」  
 吉田の言葉に、菅原はハッと振り向いた。  
「裸になって、肌と肌をぴったりくっつけ合うの。すごく安心して、怖くなくなる」  
「は、裸って……」  
「百華さま、いつもしてくれるから。だから私、怖くない」  
 吉田がうつむいて顔を赤らめる。  
「なんか……えっと……。それは、その」  
 声を潜める菅原。  
「あのね、前から聞きたかったんだけど。ハルと工藤って、つきあ、ってる、……の?」  
「ううん、違うよ。私、百華さまのペットだから」  
 菅原が絶句して硬直した。  
「ぺ、ペット」  
「うん。私、百華さまの命令ならなんでもするの。どんなエッチな命令でも服従する」  
 少し自慢げな様子で呟く。  
「エッチな命令? ふ、服を脱げとか?」  
「うん。オナニーしろとか、股を開けとか」  
「ちょ……」  
「他にもいろいろ……おしりの穴いじっていつでも使えるようにしておけとか、おまんこにバイブ入れたまま一日過ごすように、とか。あと、口に精子含んだまま授業に出ろっていうの……すごく、興奮した」  
「え、っと……」  
「知ってる? 百華さま、女の子なのにおちんちんついてるの。すごく気持ちいいおちんちんだよ。ラボの実験の影響なんだって」  
「そう……なの?」  
 にわかに信じがたい話だが、吉田の口から出た言葉なら信じざるを得ないのも確かだった。そもそも、吉田遥という個体に嘘をつくという機能はついていない。  
「それで……ハルは、工藤に、その、……調教? っていうのかな……されてるの?」  
「うん。私、百華さまに命令されるの、好きかも。突っ込んでやるから自分で濡らして待ってろって、メールされるの、ドキドキする。口マンコで射精するまで咥えてろって言われて、頭押さえられながらズボズボされるのも、ちょっと苦しくて好き」  
 菅原の顔が、面白いようにさあっと青ざめた。  
「そんな、こと、……してるんだ」  
 それは怒りだったのか、戦慄だったのか。あるいは羨望や嫉妬だった、というのはさすがに言い過ぎかもしれない。  
 
「ねぇ……、菅原は、処女のまま死んじゃってもいいの?」  
 心から不思議だ、と言わんばかりの吉田の口調。  
 吉田がにこにこと笑いながら、菅原の座る机に近づいていく。その悪意のなさに、菅原はあっけにとられたような表情のまま固まっていた。  
「あのね……、私、菅原も百華さまのペットになったらいいと思う」  
 そっと手を伸ばし、菅原のふとももに手を載せる。菅原が怯えたようにビクン、と身をすくめる。脚の壊れた机がギシギシと軋んだ。  
「私、菅原とならセックスしても嫌じゃないから」  
「は? え、ちょっと、な、何? 何言って……ひゃ!!」  
 吉田の両腕が巻きつくようにして菅原の身体に密着する。指がサワサワと動いて服をまさぐる。ひだのないスカートに手がもぐりこむ。  
「わっ、やっ、ばかっ! な、何するの――うひゃあああ」  
「暴れないで……」  
 パンツがどうとか、と叫びながら菅原がもがく。勢い余って、机から転がり落ちそうになる。  
「うわっ、うわっ、落ちっ……!!」  
 ――と、後ろからその腕を捕まえて、支える手があった。  
 細く白い、女の手だ。  
 綺麗に整えられた爪が薄闇に光っている。月光を反射する金色の髪が一房、制服の袖に絡み付いていた。  
 菅原の肩越しに吉田が、はにかむような微笑を向けてくる。菅原は振り向きながら言った。  
「あ、ありが……」  
「どういたしまして、乃恵留。……ウフフ」  
 隠れて近づいていた俺の腕の中から、菅原が見上げてくる。  
 ――酷く青ざめた、ぞっとした顔をしていた。  
 その淡い空色の瞳に俺の顔が映りこんでいる。残虐な女悪魔のような暗い笑みを浮かべた、赤い瞳の美女が。  
 その瞳を愉快げに見つめながら、俺は無針注射の先を菅原の首に当てた。鎮痛剤が血管に押し込まれ、菅原は断ち切られるように意識を失った。  
 
 
 そして次の日曜日、市街地にて。  
 岩崎仲俊は朝から、ハンバーガーショップの前でぼんやりと誰かを待っていた。待ち人はなかなか現れない。五分過ぎ、十分過ぎ……二十分経ってもやはり、来ない。  
 ちらちらと降る雪が彼の灰色の髪にうっすらとかかっている。視線がぼんやりとさまよう。たまにメールを確認する。何の連絡もないことだけわかって、少ししょんぼりする。  
 俺はその様子を、暖かいハンバーガーショップの中からガラス越しに眺めていた。美少女も好きだが、見た目のいい男子を鑑賞するのも嫌いじゃない。相手の性別を選ばなくてもいいというのは、この身体の数少ない長所だった。  
 俺は店内の視線を集めながら、見せびらかすように脚を組みかえる。今日の俺は大胆なスリットの入った黒のチャイナドレスだった。フェイクファーのコートを肩からはおり、髪をシニョンに結っている。コーディネートのテーマを述べるなら、扇情的、の一言だ。  
 岩崎の様子と周囲の視線をたっぷり愉しんだ後で、そろそろ頃合かと席を立つ。腰骨が見えそうなスリットから白いふとももをちらつかせながら、俺は店を出て、岩崎に近づいていった。  
「……待ちぼうけですわね、色男さん」  
 声をかけると岩崎はわざとらしく驚き、  
「おやおや、誰かと思ったよ。これは朝からゴージャスな美女と遭遇したね。うんうん、今日の僕はラッキーだ」  
 とか抜かした。ずっと前から俺に気づいていたくせに、白々しい奴だ。  
「それにしてもどうしたんだい、その格好は」  
「休日にどんな格好をしても、私の自由でしょう?」  
 俺は岩崎にホットコーヒーを差し出した。岩崎は礼を言って受け取る。  
「それより、誰かと待ち合わせでしたの? ひょっとしてすっぽかされちゃったとか」  
「うん、どうもそうみたいだね。どうしたのかな……。何かトラブルに遭ってなければいいんだけれど。……おっと、悪い想像はよしておこう」  
 軽くかぶりをふって、岩崎は熱いコーヒーに口をつけた。  
「想像したら、現実になってしまうとでも?」  
「そうじゃないさ。だったら、明るい想像だって現実になってくれなきゃおかしいものねえ。……ただ、僕は気分が落ち込むのが嫌なだけなんだよ。悪く考えて落ち込んだって、現実はどうにもなりはしないんだからね」  
 岩崎は普段べらべらと埒もないことをくっちゃべっているが、時々、ごくまれに、真面目な顔をして深いことを言うときがある。今がその数少ない瞬間だった。  
「つねに最悪の想定をして備えておく必要はある。だけど、それに囚われるべきじゃない。先行きの暗い想像とか、物事の悪いところばかりを見て絶望するのは、愚か者だよ。人は絶望するべきじゃない。絶望に酔うべきじゃない。たとえ、過去にどんなことがあったとしても」  
 ……なんだそれは。説教か。くそったれ。  
「いつだって、明日はきっと良くなると思ってるべきさ。現実に対処するのとは別のレベルで。僕はねえ、工藤さん。そのほうが人生は楽しくなると思うんだ。きっと、ね」  
 きっぱりと言って柔らかな微笑を浮かべる。その横顔を見て、俺は、乃恵留が岩崎に惹かれた理由が少しわかるような気がした。  
「よく、わかりませんけど。……男の子って、時々抽象的なことを言いますよね」  
 とぼけてみせると、岩崎は睫毛の長い瞳を伏せて、なごやかに苦笑した。  
「そうかもね。コーヒー、どうもありがとう。助かった。身体が冷え切っちゃってたんだ」  
 俺も微笑を返す。  
「あの。もし時間が空いてるんでしたら、これから私と……。どうです?」  
「うん……? そうだね、」  
 岩崎が目を上げる。――静かに、視線が交錯した。  
 凝縮したような瞬間が訪れる。  
 お互いに息を止めて探り合うような、緊張を孕んだ瞬間。  
 カッターナイフの上に素足で立っているかのようなその時間の中、ほんのわずか、岩崎の本質が――冷たく剣呑な気配が顔を出す。だがそれは、穏やかな笑顔の奥にすぅっと溶けるように消えた。  
「……じゃあ、チャイナドレスの素敵な女性と、ご一緒させていただこうかな。色々と話し合ってみたいこともあるしね」  
 
 俺は岩崎の先に立って、学校への道のりを歩き始めた。  
「実は、渡したいものがあるんです」  
「うんうん、それはいったいなんだろうなあ。楽しみだ。工藤さんにそんなふうに言われたら、僕ならずとも誰だって期待してしまうよ。これはきっと衆目の一致するところだと思うんだけど、ところで工藤さん……」  
 岩崎が後ろからひたすら話しかけてくる。遠目から見ると、まるで見込みのない女をナンパしてしつこく食い下がってるみたいに見えなくもない。本人はまるで気にしていないようだが。  
 岩崎が仰々しい、だがまるで中身のない美辞麗句を俺の容姿や服装、髪型などについて述べ、さらに敷衍して世の女性すべてを称揚しはじめた頃、裏門のあたりにたどり着いた。  
「おや、これは僕らの通う学び舎にしてわが小隊の駐屯地であるところの学校じゃないか。ここで工藤さんがこの僕にプレゼントを……? うんうん、何かな、何だろう」  
 俺はさすがに辟易しながら、岩崎を連れて運動場を通り抜け、体育館へ向かった。  
 休日ということもあって校内にはひと気がない。体育館の中もがらんとして、冷え切っていた。  
 俺と岩崎は広い空間を横切って歩いていく。  
 ふと、そのど真ん中で立ち止まって、俺は聞いた。  
「……単刀直入に聞きますけど。乃恵留のこと、どう思ってるんです?」  
「もちろん、僕の大事な人だよ」  
 照れひとつ見せずに即答。  
 俺はさらに踏み込む。  
「女として、愛してるのかどうか聞いてるんですけど」  
「そうだね。そうなのかもしれない」  
 ごく真面目な顔をして、岩崎は答えた。  
「でも、まだ、そうではないのかもしれない。いずれ愛してしまいそうな予感はある。だけどそれは、僕には……僕にとって……、」  
 そこであの岩崎が、言葉を濁した。息をついて、仕切りなおす。  
「……夜ね、時々泣いているんだ。菅原さんさ。声を殺して、忍ぶようにして。それ自体は珍しいことじゃないし、驚くようなことでもない。なぜならここは戦場だから。戦場で生きる人間は誰しも、精神が壊れていってしまうんだ」  
 だけどね……なぜなんだろう、と岩崎は言った。  
「彼女の泣き声を聞いているうちに、堪らなくなる瞬間がやってくる。それも、何度も。何度もだ。数回までは、僕はどうにかやり過ごした。見て見ない振りをしたんだ。僕には他にやるべき仕事があるし、彼女を慰める資格はないと思ったから」  
 岩崎は、淡々と、まるで台本でも用意しているかのような口調で語った。  
「だけどある夜、僕はついに屈した。その瞬間をやり過ごすことができなかった。そうすべきだという理性ではなくて、そうしたいという欲求に負けたんだ。何のことはない、僕もただの、ひとりの未熟な男に過ぎなかったということさ……。これで、答えになっているかい?」  
「ええ」  
 俺は微笑した。――とてつもなく底意地の悪い気持ちで。  
「それを聞いて安心しましたわ」  
 再び歩き出す。やがて、体育館の隅にある埃っぽい木戸に行き当たる。  
 体育館用具室だった。  
「では、どうぞ」  
 俺は木戸を引きあけて、岩崎を手招いた。  
 ……さあ。はじめよう。クスクスクス。  
 
 体育用具室の奥。  
 薄闇の中で、何かが蠢いていた。  
「うぐっ……あ、ああぅ……!! ひぐっ、ヒグッッ!! んああっ!!」  
 ヒーターのオレンジ色の光がぼんやりとその影を浮かび上がらせる。女の……雌の姿を。  
 黒く艶のあるラバーのボンテージ。肋骨を締め付けるコルセット、腿と尻を飾るガーターベルト、膝上まで覆うヒールブーツ。だが乳と局部は曝け出したまま、むしろ全裸よりも卑猥な姿態で、菅原乃恵留は這いつくばっていた。  
「ひぐぅっ! あぐ、あがぁ、ひぐぅぅっ!! はん、あぁ、ふぁああああ……!!」  
 二段だけ積んだ跳び箱の最上段に腹ばいにさせられ、淫らに尻を突き出して悶えている。バスケットボールを入れるための重い金属かごに片手ずつ手錠で繋がれ、逃げることもできない。  
 その姿勢のまま、菅原は尻の穴を双頭ディルドーで犯されていた。  
「ひぐぅ、はぁっ!! いぐ、いぐ、いぐぅっ……!!」  
「菅原……可愛い……はぁ、ぅ、あぁ……」  
 ディルドーのもう一つの先は、吉田の股間へともぐりこんでいた。旧式の体操服を着た吉田は、ブルマの横から男性器の模型を生やして、じわじわと腰を使っている。  
 ――グチュ、グチュ、クチュリ……。  
 菅原の丸い尻と、吉田の蒸れた股の、そのすきまの空間で、ねっとりと熱く執拗な行為が延々と続けられていた。ゆっくり、ゆっくり、手間暇をかけてこね混ぜるように。  
「もうお尻の穴、ぐにゅぐにゅ……。菅原のアナル、すごくエッチ」  
 大きめの帽子から覗く吉田の頬が上気し、愉悦に染まっている。  
「はぐぅ、あぁあああ、おひり、もうらめ、ひぐぅ……。あっ! あっ! あぐぅっ……!!」  
 菅原の肉の薄い身体は可哀想なほどに細く、白い。虐待じみたボンテージに身を包んだ今は、まるで酷使される奴隷のように凄惨で淫靡だ。  
 ヒィ、ヒィ、と苦しげに息をつくたびに小さな頭が揺れる。襟のあたりで切り揃えたショートボブが汗で乱れ、艶かしい赤い唇に張り付く。髪にさした薄紫色のカチューシャだけが普段のままで、それが一層、菅原を狂おしく見せていた。  
 
「……どうです、お気に召しましたか?」  
「これは、いったい……」  
 岩崎が茫然としていたのは一瞬だけだった。鋭い目線で周囲を確認する。退路を確保しようとする動き。だが、俺はすでにバリケードで出口を塞いでいた。  
「言ったでしょう、プ・レ・ゼ・ン・ト」  
 媚態を込めて、俺はぺろりと舌を舐める。ファーのコートをするりと脱ぎ捨て、ピンヒールをカツカツ慣らしながら、岩崎の横をすり抜けて用具室の奥へ進んだ。  
 ディルドーでまぐわい続ける吉田と菅原の前に立って、艶然と微笑む。  
 俺は、菅原の首に嵌めたエナメルの首輪を無造作につかみ、犬のように頭を上げさせた。  
「えぐっ、か……はぁっ」  
「岩崎さん。”これ”、あなたに差しあげますわ」  
「な、何を言って――」  
「可愛がってあげてくださいね」  
 上半身を起こした菅原の乳首に、銀色の錘が連なってぶらぶらと揺れていた。  
 かつては桃色のつぼみのようだった乳の先端には、今や金のピアスの輪が貫通し、紫色に内出血している。その傷もまだ癒えきらないまま、乳首が錘に引っぱられて痛々しく変形していた。  
 ひび割れた瘡蓋から美しい血が滲んで、金の輪に赤いものが点々とこぼれる。  
 ヒーターの光でキラキラと光るそれに俺は挑発されて、錘をぐいと乱暴に引っ張った。  
「えぐぁぁあああっ! ひぐっ、ひぎぃぃぃいいいいっ!!」  
「や、やめろ! やめてくれ――」  
「クスクスクス……心配ないですわ。この”穴”は変態のド淫乱ですもの」  
「ああ……あああ……はああああぁん……!」  
 普通なら耐え難い痛みを感じるはずの菅原は、だが甘い悲鳴を上げて涎をたらしていた。快感に悶えているのだ。ひぐ、ひぐぅ、と壊れたように悦ぶ菅原。生気に満ちていたはずの青い瞳は快楽に染まり、朦朧と濁っている。  
 岩崎が何かに気づいたようにハッと息を呑んだ。  
「まさか……ブレインハレルヤ……?」  
「あら。お詳しいのね」  
「なんて――ことを……!!」  
 岩崎は猛然と掴みかかってきた。目にも留まらぬすばやさで俺の手首をつかむ。  
「っ!!」  
 痛みが走り、俺は動けなくなった。おそらく何かの技で関節を極めているのだ。  
「ちょっと! やだ、離してくださいっ」  
「言え。何時間やったんだ!?」  
 有無を言わせぬ剣幕で、岩崎が睨んでくる。その瞳には真摯な怒りが浮かんでいる。俺は逆に冷めた気分になって、乱れた髪を耳に掛けながら、静かに言った。  
「……三十時間ほど、どっぷりと」  
 ちなみに、ブレインハレルヤの十二時間以上の連続使用は中毒や常習性を引き起こす可能性が極めて高いとされている。これだけ長い時間ぶち込み続けたら、頭が壊れないほうがおかしかった。  
「き、さま……!!」  
「フ。……クク。ウフフフフ」  
 岩崎が面白いように青ざめた。噛み締めた奥歯がゴリゴリと音を立てるのが俺にさえ聞こえた。きつく握られた手首が骨折しそうなくらいだった。背筋の凍るような殺気が吹きつけ、ああ、これは殺されるかもしれないと俺は思った。  
 だが、……なぜだろう、俺は発作的に笑い出した。  
「クッ! ハッ! アハハハハハ!!」  
 胸の奥がまっ黒いドロドロした何かで焼けつくようだ。気管を爛れさせるような毒が胃の腑からせり上がってくる。目の眩むような憎悪。苦しくて涙がにじむ。死にそうだ。きっと岩崎に殺されるより先に、俺自身の毒が俺を殺すだろう。  
 ざまあみろ、と心のどこかで思った。  
 ざまあみろ……。これが世界の闇の部分だ。思い知れ。全部、全部、全部、何もかも汚れてしまえ。  
 俺は笑った。苦しがりながら、俺は笑うしかなかった。  
「――何がおかしいッ!!!」  
「知ってたくせに」  
 キスするみたいに顔を近づけ、俺は岩崎に囁いた。  
 
「私が陰で、遥にいやらしいことさせてること。狂うくらい犯しまくってグッチャグチャにしてること」  
「なんだと……?」  
 赤い舌をちろりと出し、岩崎の耳たぶを愛しげに舐めた。岩崎の刺し殺すような視線を感じて、なぜかマンコが濡れた。興奮していた。  
「ねぇ……? 知ってたくせに。ウフフフフ」  
 チャイナドレスのスリットから脚を伸ばして絡め、胸をこすりつけるように抱きつく。発情したしぐさで岩崎の頬を撫で、髪をかき混ぜ、くちゅくちゅと耳の穴に舌を入れる。  
「なぜ、自分の大事な人がそうされるかもしれないって考えなかったんですの? 私がアブない女だってことはずっと前からわかっていたのに。ウフフ」  
 男の唇に指を這わせ、物欲しげに目を見つめる。クスクス、と蕩けそうな女の媚びた艶笑が響く。俺の声だ。  
「どうして守ってあげなかったの? なぜ彼女から目を離したりしたの?」  
「僕は――」  
「わかってますわ、他に大切なことがあったんですものね? 乃恵留なんかそれに比べればどうでもいい女ですものね。好きだと思ったのも一時の気の迷い、ちょっとした庇護欲を満たしたかっただけ。それか、ただの性欲」  
 俺の唇は、美しい女の唇は、卑劣な言葉を次々に吐いた。それが岩崎の心をねじって絡めとっていくのがわかった。詰め将棋のように、一手一手追い込んでゆく。  
「違う、僕は」  
「違わないのよ。だいたい貴方、遥の時にはそんなに怒らなかったじゃない。だけど乃恵留のことでは怒れるの? どうして? 遥は貴方にとってどうでもいいの?」  
「それは……吉田さんなら、君の事を救えるかもしれないと思った、だから……」  
「『救える』?」  
 失笑した。  
「よく言うわ。口ばっかりですよね、岩崎さんは。本当は誰にも無関心なくせに……。何も愛してなんかいないくせに。愛せてなんかいないくせに」  
「…………」  
 俺は手首を振り払った。岩崎の手からは力が抜けていた。垂れ目がちの瞳を大きく見開いて、岩崎は絶望を滲ませていた。  
「ウフフ。可愛い」  
 俺はその唇に口づけをした。  
 下唇を甘噛みして、ねっとりと舌を絡ませ、唾液を吸って、ごくんと飲み干す。岩崎はその間、目を見開いたまま、何の反応も見せなかった。  
 唯一つ、その右手が腰の後ろに回され、拳銃を探っていた。  
 
「あら、野暮なモノ出さないでくださる? 今使うべき道具は、ほら……こっちでしょう?」  
 俺は岩崎の股間に手を這わせた。岩崎のモノはガチガチに勃起していた。  
 ああ……男ってのは救いがたいよなあ?  
「ウフフ。硬ぁい……」  
「……撃ち殺してやる」  
 それが岩崎の敗北の台詞だった。俺はにっこりと笑った。そして、噴き出した。  
「プッ! アハハハ! 脅しても何にもならないわ。拳銃で何ができるの? 私を殺すの? 私を殺せば乃恵留が元に戻るの? アハハハハ!!!」  
 岩崎なら、ここで「君を殺す」とでも言うべきだったのだ。私情を交えずに、仕事として処理すると。だが、彼はそれができなかった。個人的な感情が勝ってしまった。  
 それが、敗因だ。  
「もう遅いわ。もう手遅れなの。ウフフフ……」  
 俺は舌なめずりしながら、岩崎のソコをねちっこく撫で回した。男根は岩崎の意思とは無関係に激しく勃起し、制服のズボンを押し上げていた。  
 俺は慣れた仕草でジッパーを下げ、熱いモノをするんとつかみ出す。  
 やわやわとしごきながら、言った。  
「ねぇ、葉月がこの二人のこと知ったら、どう思うでしょうね」  
 葉月の名を出した瞬間、岩崎の瞳がはっきりと絶望に染まった。  
「貴方に残された選択肢は二つだけ……。すべてをぶちまけて葉月もろとも全員不幸になるか、それとも私たちに染まって仲良くやるか」  
 拳銃を握った手がだらりと垂れた。ガタン、と一歩退がる。  
「仲良くしてくれるのなら、葉月にだけは秘密にしておいてあげる。……私、個人的にあの女は仲間に入れたくないから」  
「工藤さん……君は……」  
 岩崎は一度、目を閉じた。  
「――もう、壊れているのかい?」  
「どうでもいいじゃない、そんなこと。クスクス……」  
 俺は岩崎の背後に回り、しなやかな両腕を絡みつかせるようにして上半身を撫で回した。首筋を淫らに舐め回しながら、誘惑するように囁く。  
「さぁ、もっと愉しいことしましょうよ。素敵なこと。いやらしくって気持ちいいこと……」  
「あは……岩ぷぅー……いわぷぅーだぁ……」  
 いつのまにか、菅原が岩崎の脚にすがりついていた。アナルでイッた直後なのだろう、ディルドを引き抜かれた肛門がぱっくりと大きく口を開けていた。  
「菅原、さん……」  
「いわぷぅ……おちんちんぼっきしてるぅ……」  
 手錠を掛けられた細い手が岩崎のペニスを触る。  
 びくん、と岩崎の身体が震えた。  
 岩崎と菅原の視線が絡む。菅原の口がペニスを咥え、飲み込んでいく。「あぁ」と岩崎が呻いた。頬が朱に染まる。  
 ――ゴトン、と拳銃が床に落ち、沈黙した。  
 なだれ落ちるようにセックスの宴が始まった。  
 

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