ある日の放課後。  
「結城さん、話があるんだけどいいかい?」  
牧原倖は春風のような微笑みを浮かべながら結城火焔に話しかけた。  
「えー、これから美少女帝国の美少女をスカウトしにいくところなんだけど〜」  
「いやそのことなんだけど、昨日妹をスカウトしてたとき君が言ってた  
『そんなこと言うと貴方の寝言を兄貴に聞かせちゃうわよ』っていう脅し、いや勧誘の言葉…」  
「火焔ちゃんはひかるちゃんと同室だから録音可能なんだよ! エヘヘ、うらやましい?」  
「その寝言、ちょっと僕に聞かせてもらえないかな?」  
「ダメダメ、せっかく脅し…いや勧誘が成功して  
ひかるちゃんが帝国の一員になってくれたんだから。正義の味方は契約を守りマース」  
「そこをなんとか、ね? もし聞かせてくれたら輝春の小学生時代の写真見せてあげてもいいよ」  
「……え……小学生のひかるちゃん……」  
「ちなみに水着姿だよ」  
「……美少女……水着……つるぺた……」  
倖は湿気を帯びた生ぬるい春風のような微笑みを浮かべながらダメ押しした。  
「あと僕が買った週刊セクシー最新号プレゼントしてもいいよ」  
「わーユキも週セク愛読者だったんだー」  
「えーと僕は単に表紙の女の子がちょっと目にとまってたまたま買ってみただけなんだけど…」  
火焔は15秒ほど考え込んだ後、口を開いた。  
「美少女の兄の頼みとあっては正義の味方として無視できないわね。半分だけ聞かせてあげる!」  
 
「うっわ〜カッワイイ! なんかニコニコ笑ってるし!   
お花とリボンがいっぱいのふりふりワンピースだ〜。  
今のひかるちゃんってセクシービキニ派だよね?」  
「うん…それも肩ヒモなしのきわどいデザインが好きみたい。  
体型的にズリ落ちる危険性が高いから僕はやめたほうがいいと思うんだけど」  
「小さい頃のひかるちゃんってすごく女の子女の子してたんだね!」  
「そう、幼稚園のときは、『将来の夢は?』って聞かれると  
即座に『お嫁さん!』て答えるような子だったんだよ」  
(そして小学生になって兄妹では結婚できないと知って輝春のヤツ大泣きしたんだよなぁ)  
「にしてもこの写真結構ボロボロだね〜。  
クククク…さては妹の水着写真をいつも持ち歩いているのだね、変態シスコン兄貴め!!」  
「いやだなぁ、持ち歩いてないってば」  
(ラボにはこっそり持ち込んでたんだけどね…)  
 
 ラボでの倖の唯一の楽しみは夜こっそりこの写真を眺めることだった。  
そして誰かの幸せな花嫁になった輝春を想像することだった。  
輝春はきっと家庭的ないい奥さんになる。  
たぶんその結婚式に自分は出られないだろうけれど。  
 実験や改造を重ねるたびに感覚が鋭くなり、  
成長した輝春の姿を想像することはどんどんたやすくなった。  
たぶん背は高めになるだろう。でもやせっぽちのまま。  
胸もあんまり大きくならないんじゃないかな。  
ブーケを手に真っ白いドレスに身を包み恥ずかしそうに微笑む輝春の夢を  
ラボで何度も見るようになった。  
 
「じゃ、いくよ! 火焔ちゃんスイッチオーン!」  
「……寝息らしきものしか聞こえないよ?」  
「お楽しみはこれからよ、せっかちねー」  
 
 そうだ。誰かがせっかちに輝春の白いドレスの背中のファスナーを下ろしたんだ。  
大人の男の手だ。  
『いやぁ…』全然嫌そうじゃない大人の輝春の声。ベッドの上に倒れ込む二人。  
 僕はドキドキしていた。そうだこれは夢なんだ。  
輝春が誰かと送るであろう幸せな生活の夢。  
男の顔がぼやけて見えないのは、  
輝春の結婚相手が誰なのか全然予想できないからなんだろう。  
でも僕はこんなところまでのぞき見たいわけじゃないんだけれど……たぶん………。  
『だめぇ…』輝春がダメって言ってるのに男がどんどん彼女の衣服をはぎとっていく。  
輝春の白い背中があらわになる。腰からお尻にかけてなだらかなカーブを描いている。  
ラボに来るまでずっと一緒にお風呂に入ってたから輝春の裸なんて見慣れてたはずなのに、  
全然フォルムが違う。  
男は輝春の肩と腰に手をかけて、彼女をあおむけにする。  
思わず小ぶりの乳房に眼を奪われてしまう。輝春の顔は上気している。  
『…バカ、見ないで…』僕だってこれ以上輝春のこんな姿見たくない。  
男は輝春に覆いかぶさった。  
 
「はいここまで! 火焔ちゃんストーップ!」  
「……えっ、これだけ? もっと聞かせてよ」  
「半分って約束だったじゃない。欲張りねー」  
 
 そうだ。その男は欲張りだった。  
男は輝春のいろんなところに触っていろんなところにキスをした。  
僕が小さい頃お医者さんごっこで輝春に診察してあげたところ以上にいろんなところをだ。  
輝春は男のされるがままでずっと喘いでいる。そして輝春だって欲張りだ。  
『もっと…もっと……』だって。これ以上どうしようというんだ。  
僕は目を閉じたけれど夢の中だからかその先のことも見えてしまったんだ。  
男は仰向けに寝ている輝春に足を開かせて細い腰を持って少し浮かせた。そして……  
『だい…すき……』なんであんなに激しく腰をパンパン打ち付けてくるヤツに  
『大好き』なんて言えるんだろう。僕はわけがわからなかった。  
「ひかる…」男が初めて輝春の名を呼んだ。ちょっと高めの優しげな声、  
今まで聞いたことはないけれどどこか覚えのあるような大人の男の声。  
男の声に答えて輝春が口を開いた。  
『…お兄ちゃん…』  
 
倖はハッと目を覚ました。すぐに下半身の違和感に気づいた。  
生まれて初めての違和感だった。  
こんなことは忘れてしまおうこんなことは忘れてしまおうこんなことは忘れてしまおう、  
と倖は呪文のように小声で唱えながら、下着を取替えるためラボの固いベッドから下りた。  
 
「『いや』とか『だめ』とか『バカ』とかって……誰かにいじめられた夢でも見たのかなぁ」  
倖は首をかしげてみせた。  
「ま、そんなとこじゃない?」  
「この後に妙なあえぎ声とか『もっともっと』とかとか言うんなら話は別かもしれないけどね」  
くすっと倖は笑った。  
「え。そそそそそんなことひひひかるちゃんいいいい言ってなかったよ!」  
結城の顔が青くなった。  
「そう? 『大好きお兄ちゃん』とか言ってなかった?   
ま、そんなこと夢でだってあの輝春が言うはずないか」  
「そそそそうだよ! ああああ甘えん坊というかええええええHだよそれじゃ」  
結城の顔が赤くなった。  
「じゃ、約束の週刊セクシー。  
僕、いろいろ用事とかその他もろもろ思い出したからこれで失礼するよ」  
倖の顔はさっきの結城よりもさらに青白かった。  
(思い出したくなかったんだけどなぁ………輝春もアレを見たのか……?  
まさかなぁ………)  
 
(しっかしさっきはあせった〜。やっぱユキのカンのよさは異常だわ。  
アレが大地の声受信ってヤツ? ま、そんなことより週セク週セク!   
あれ、この表紙のモデル、どことなくひかるちゃんに似てるような?   
目つきが妙にキッツイところとかひんぬーなところとか。エヘヘヘ、この娘カッワイ〜!)  
結城はそんなことを思いつつ鼻歌まじりで倖からもらった週刊セクシーを開いた。  
 
おわり  
 

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