私の名はジェノサイド。コードネームだ。  
 本当の名前は……何だったかな。忘れてしまった。  
 ペンタとして生まれ、それ故に迫害された私がたどり着いた安住の地は、  
本来忌むべき敵であったはずの幻獣達の中にあった。  
 彼らは私のいう事をよく聞き、よく戦ってくれる優秀な兵士であり――仲間である。  
 如何に半実体形成機によって構成された半実体であり、本当に死ぬ事が無いとはいえ、  
仲間である彼らをむざむざと殺させるわけにはいかない。  
 それ故に、私は率先して自らの身を最前線へと置いた。  
 強力な同調能力ばかりが警戒されているが、ペンタの真価はそれだけではない。  
 キメラ以上の射程と熱量を誇るレーザー。取り付いた対象を侵食するウィルス。  
 最初から私の中に備えられていたそれらの武器は、並の幻獣では及びもつかない威力であり、  
私は並の幻獣では及びもつかない戦闘力を保持している。  
 さらに、硬質化した皮膚はウォードレスの装甲を軽く凌駕し、生命力は幻獣のそれを遥かに超える。  
 それ故に、私は最前線に立つ。  
 最前線に立とうとも、私を落とせる人類など存在しないからだ。  
 何よりも、敵は――人類は私をQ目標に指定している。私が最前線に立てば、  
それだけ他の幻獣が……仲間が狙われる事がなくなるのだ。  
 それ故に、私は最前線に立つ。  
 いつからか、私は今の名を得た。  
 ジェノサイド。  
 殺戮の名を。  
「……きたか」  
 そして、今日も私は戦いの場へと――自らの居場所へとやってきた。  
 敵を倒す為に。仲間を守る為に。  
 念を込め、私は自らの体を戦闘形態へと移行させる。  
 背中には、第六世代の力翼のごとき翼が生じ、身に纏う服は硬質の鎧へと変化していく。  
 ――身に纏う服。  
 私はペンタだ。幻獣に変化する事ができるようになり、人である事を心の上では捨てたとは言え……  
私が人間であった過去は――人間であったという証、この体は――消えはしない。  
 故に、人間の姿をしている時は、服を纏っている。  
 当然、下着も履けば、靴下も履いている。  
 それが、悲劇の始まりだった。  
 それが、裏切りの始まりだった。  
 新たに得たはずの友が、仲間が――  
 信じていたはずの友が、仲間が――  
 その日、豹変した。  
 
「……こ、ここは……?」  
 目を開け、私は自らが暗闇の中にいる事に気づいた。  
 体中が痺れ、思うように力が入らない。首を巡らせようとして、体が束縛されている事にも気づいた。  
 手械、足枷が、ただでさえ力の入らない私の体を戒めている。  
「………………」  
 冷静になれ。そう言い聞かせ、私は記憶を辿った。  
 戦いに出て、いつものように敵を倒し、そして――  
「……後ろから?」  
 そうだ。後ろから強烈な一撃を受け、昏倒したのだ。  
 敵の気配は感じなかったが……相当の手練か?  
「我が身は既に虜囚となったか……我ながら、情けない話だ」  
 自嘲を込めた笑みも、見るものはいない。  
 そう思っていた。  
「……?」  
 気配がした。普段は意に介していない……介する必要の無い気配が。  
(ジェノサイド)  
「ゴブリン234号、か?」  
(そう)  
 幻獣は、己を語る口を持たない。故に、同調能力でのテレパスが唯一の意思疎通手段だ。  
「助けに来てくれたんだな!」  
(助け?)  
「私は、敵に捕まったのだろう?」  
(敵に捕まった? 違う。捕まえたの俺)  
「……なんだと?」  
 予想外の答えが、淡々とした念で送られてきた。  
(俺……俺たち、欲しい)  
 俺、達。その言葉に、初めて気づいた。  
 気配は、複数ある事に。  
「欲しい?」  
(そう)  
 そして、気配の数だけ、赤い光が――赤い、瞳がそこにある事に。  
(俺たち――靴下、欲しい)  
「……く、靴下ぁ?」  
 
 思いもしない言葉に、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまっていた。  
 声に反応したか、闇の中に隠れていた赤い光が、姿を現す。  
 後方から射撃支援をしていたはずのキメラ達。  
 最前線で肩を並べて戦っていたミノタウロス達。  
 偵察に、浸透にと頑張ってくれていたコボルト、ゴブリン達。  
「な、何故なんだっ!」  
(靴下、欲しいから。それだけ)  
 ざわざわと、同意の念が伝わってくる。  
 信じられない、それは裏切りだった。  
「何を、靴下って、なんで……」  
 私は混乱していた。靴下が欲しいから、私を背後から一撃し、ここに監禁した、だと?  
(靴下……靴下……)  
(靴下……白い、レア物……)  
(三日変えてない靴下……)  
「……っ!」  
 同調能力を持っていた事を、この日程疎ましく思った事はなかった。  
 ざわめきのように周囲から注がれる念が、私の頭の中を駆け巡る。  
「ひっ!?」  
 やがて、私の足をゴブリンの手が掴んだ。  
 その感触に、背筋を悪寒が走る。  
「靴下……ソックス……ソックス、ハント!」  
 そうだ。思い出した。まだ私が人間である事を捨てていなかった頃に聞いた事があった。  
 ソックスハント。至高にして最低の趣味。  
 ありとあらゆるソックス――靴下を蒐集する事を目的とした嗜好。  
 それを行う人間を、ソックスハンターと呼ぶ――そんな知識を、思い出した所で今のこの状況は  
何ら変わらない知識を、私は思い出した。  
 まさか、幻獣達の間にも、その嗜好が広まっていたなんて……。  
「くっ……やめろっ!」  
 私は身をよじって何とか逃れようとしたが、手足が戒められた状態ではそれも叶わない。  
 数匹のゴブリン達が、私の足を持ち上げるように担ぎ、撫で回すように靴下を触っている。  
 さわさわと、靴下の上から足を撫で回される感触が気持ち――  
「あっ……」  
 ――気持ち、いい、だと?  
「やめっ、やめろぉっ!」  
 自分の唇からこぼれた、喘ぎとしか言えない声を信じたくなくて、私は声を荒らげた。  
 だが――  
「やめ……んっ!」  
 背筋を走っていた悪寒が、全身を包んでいく。  
 次第にそれが、快美感へと変わっていき、頭の中に白い霧をかけていく――。  
「……んぁっ……やめ、てぇ」  
 同調、しているからか――この私を裏切った幻獣達に?  
 これは、彼らが覚えている、快感?  
「あっ……ふあっ……ひっ、くぁっ……なに、これっ……」  
 頭の中にかかった霧が、その白さを増して行く。  
 何も――何も――何も、考えられなく――  
「あ……だ、めぇ……それ、とっちゃ……だめ……だめっ……んあっ!」  
 遂に、靴下が引き降ろされ始めた。  
 靴下が下に降りて行くのに比例して、私の中の何かが天辺へと近づいていく。  
「あっ、あっ……駄目っ……だめぇ……も、ぅ…………」  
 靴下が、取られた。  
「あはぁぁああああああああああああっ!!!」  
 私は――自らの絶叫と痙攣をどこか他人事のように感じながら、意識を手放した。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「これがペンタの靴下ですか! イィ! 実にイィ!」  
 ……あ。  
「芳しい香り……それでいて見た目はチャーミングなスクールソォォォォックス!」  
 ……なんだ、この……耳に障る声、は……。  
「おや、気づいたようですね、第五世代」  
 ………………。  
「何だ、お前は」  
「『誰だ』ではなく『何だ』ときました! 貴方は実に冷静ですね!」  
「………………」  
「その汚らわしい者を見るような目付きもイィ! 実にイィ!」  
 ……どうやら、私は悪夢を見ていたようだ。  
 そして今現在も、悪夢は続いているらしい。  
「夢などではありませんよ、第五世代」  
 ……っ。  
 まるでこちらの思考を読んだかのごとく、その奇妙な男は言った。  
「貴方は、ここで数え切れない程の幻獣に囲まれ、靴下を強奪されていました。  
 それは紛れもない事実です……フフフ」  
 ……そうか。そうだった。  
 
「じゃあ、悪夢は今見ているこれか」  
「No no no ノー! 今貴方が見ている私も現実です。リアルです。リアル岩田裕、  
 もとい、イワッチなのです!」  
 目の前で奇妙な動きをするアイシャドウの男。  
 確かに、こんな夢を創造できる程、豊かな想像力を私は有していないだろうから――  
「……そう、か」  
 ――今更ながらに私は認めた。これは現実だと。  
「仲間に凌辱され、靴下を奪われた気持ちはいかがですか、第五世代」  
 そして、先までの悪夢も、また現実だと。  
「………………」  
「まったく、紳士でないハンターばかりでしたね、彼らは。このようなやり方でしか  
 靴下を得られないと思っている……まあ、彼らの中には、靴下そのものが少ないですから、  
 仕方がなかったのかもしれませんがね……ククク」  
「………………」  
 私は、沈黙する事しかできなかった。  
 自分がされた事を思い出しはしたが、それを信じられなかった。  
「……皆、は?」  
 そして、今更ながらに気づく。気配が消え去っている事に。  
 暗闇の中には、白衣をまとったアイシャドウの男――岩田と言ったか?――の姿しかなかった。  
「殺しましたよ。私が」  
「……っ!」  
「おっと、この距離でやりあえば、戦闘形態でもない貴方では、勝機はないですよ?」  
「………………」  
 ハッタリでは、なさそうだった。  
「とはいえ、貴方が今この瞬間本気で私を殺そうとしていたならば……私は消し炭だったでしょう。  
 備長炭が一丁あがりというわけです!」  
 男のギャグは詰まらなかった。  
「……岩田とやら」  
「なんですか、第五世代」  
 どうやら……この男が、私を助けてくれたという事は、間違いなさそうだった。  
「何故、私を助けた。ペンタである私は、お前たちにとっては最優先目標のはずだ。  
 それとも、お前は共生派なのか?」  
「No no ノー! 私は歴とした第六世代。愛を愛し、ギャグに恋する岩田裕、通称イワッチ!」  
 何故か衝動にかられ、私は拳を突き出した。  
「ぐふっ」  
 岩田は血を吐いて倒れた。  
 ……さっきのは、やっぱりハッタリだったのか?  
「……で、何故助けた?」  
 ピクピクと痙攣している岩田を引き起こし、改めて尋ねる。  
「……貴方から、紳士な方法でこれを貰い受けたかったから、ですよ……フフフ」  
 ――靴下を、つい先刻まで私の足を包んでいた靴下を、岩田は私の顔面に向けて突き出した。  
「……っ」  
「助けた礼と言ってはなんですが……これをお譲りいただけませんかね?」  
 靴下。  
 仲間だったものを、狂わせたもの。  
 忌まわしい、物。  
「……お前も、ソックスハンター、という奴なのか?」  
「その通りっ! 愛称イワッチとは仮の姿! その真実の姿は、暗闇をかける靴下の使者、  
 ソックスバット! 風紀委員だってぶん殴ってみせますよ!」  
「………………好きにしろ」  
 私は、突き出された靴下から顔を背けながら、言った。  
「そぉぉぉぉですかぁ! それは良かった! あ、そうそう」  
「なんだ?」  
「お礼と言ってはなんですが、替えの下着は用意しておきましたので」  
「なっ……!」  
 その時になって気づいた。あの頂点に達した瞬間だろう。  
 噴出した愛液で私の下着はしとどに濡れ、秘部に張り付いていた。  
「……この、セクハラ男ぉぉぉぉぉぉ!!!!」  
 腰を入れた正拳が、岩田の顔面をとらえる。  
 
「この右なら世界をとれますぐぉぉぉぉぉぉ!!!」  
 岩田は星に――  
「ぐふっ」  
 ――まあ、なるわけもなく。派手にぶっ倒れて血を吐いた。  
 やっぱり、さっきのはハッタリか。ハッタリなのか。  
「……これからどうするのですか第五世代」  
 倒れたまま、口から血を吐き出しながら問う岩田――少しキモイ――に、私はかぶりを振る。  
「……わからない」  
 靴下に狂わされたとはいえ、裏切られたのには違いが無い。今更、戻れない。  
 だが、人間達のもとに戻るなど、もっと今更だ。  
「九州の南部。そこに共生派の集落があります」  
「九州……?」  
「はい。そこでなら、きっと貴方も安心して暮らせるでしょう……フフフ」  
 不気味な笑みが些か不安だったが、その言葉くらいしか、今の私にすがれるものは無かった。  
「……感謝は、せんぞ」  
「もとより要りませんよ」  
 倒れたままの岩田に背を向け、私は歩きだした。  
「……九州か」  
 ここからは少々遠い。だが、道中、心の整理をしながら進めば、程なくしてつくだろう。  
「………………私は、一体これからどうなるんだろうな……」  
 呟きを残し、私はその場を去った。  
 
 
 
 
 
 
「……貴方も人が悪いですね」  
 自分以外は誰もいない。にも関わらず、岩田は口を開いた。  
「いるのでしょう、Mr.B」  
 ゆらり。  
 何も無かったはずの空間に、大柄な人影が現れた。  
「……ペンタの、靴下か」  
 人影は呟く。その視線は、岩田の持つ靴下に注がれていた。  
「……これは、報酬ですよ、私の」  
「そう、だったな」  
「で……どうなのです? 目処は立ちましたか?」  
「うむ……」  
 Mr.B――世を忍ぶ仮の姿として、全国の学兵達を束ねている男は、頷いた。  
「靴下の戦略兵器化……恐ろしい発想だったが、実現の目処は十分立った」  
「ソックスの魅力が幻獣にも通じるとは……流石の私も思いもしませんでしたがね……フフフ」  
「今回、ペンタを落とした。うまくいけば、ペンタである以上、幻獣使いすら落とせるかもしれん。  
 そうすれば、幻獣使いの靴下すらも、我らが手に入るかもしれぬ……!」  
「……恐ろしい男ですね、貴方は」  
「今更だろう?」  
 白と黒。二つの影は、声を立てずに笑いあった。  
 
 西暦1999年某月。幻獣戦争は大きな転機を迎えようとしていた。  
 オペレーションコードネーム「二十四時間ハント〜靴下は多分地球を救う〜」発動まで、あと――――――  
   
 

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