谷口にチョコレートを渡し終えた監督子は他の部下を捜して校内を歩いていた。  
 
「あれは竹内君、か」  
 
竹内は、はぁ、今年も誰にも本命チョコは貰えないんだろうなぁ。  
等と考えながら歩いていると監督子に声を掛けられ足を止めた。  
 
「竹内さん」  
 
「え、はい」  
 
「受け取ってください、私の気持ちです」  
 
「あ、ありがとうございます!」  
 
やった!春が来た!  
 
「あの、お名前を聞いても良いでしょうか?」  
 
「小島航と言うんだ」  
 
「……隊長…はははは……ああ、もう冬か…」  
 
竹内は、灰となった…真っ白な灰となり、雪と共に青森の空を流離うのだ。彼のその身と心は  
我らの知らない何処かで新たなものと成るだろう、願わくば、次の世も共に御国の盾と為らん事を  
―ゴッドスピード、竹内―  
 
「ゴッドスピード、竹内」  
 
監督子は、散りゆく竹内を見事な最敬礼で送り、悲しげに翠の眸を伏せる。  
倒れ伏した竹内を放っておくか保健室へ連れて行くか悩んでいると、野口が声を掛けてきた。  
 
「おっ?どうしましたお嬢さん、とついでに竹内君」  
 
「いや、チョコあげたら白目剥いた、よほど嬉しかったんだろうな」  
「同志レジェンドか?お前、なんでそんな格好してんだ?」  
 
「幸せは周りにも振りまかないとな、そういうわけだ、はいチョコレート」  
 
「サンキュー、でも野郎に貰ってもなぁ…」  
 
「ふ、同志アトランティス…この俺がハンター同志にただのチョコレートを渡すと思うてか?  
 隠し味は俺と兄の1週間物だ、靴下の芳醇な香り、まろやかな味わいをたっぷりと濃縮してある…」  
 
「ソ、ソックスエキスだと!?ブラボォォォォ!ビバビバレジェンドォ!!」  
 
野口は監督子にウインクすると、これ以上無いほどの笑顔で去って行った。  
 
「そのチョコは確かにすばらしい味だろう…だが食った者を滅ぼしかねん、無事でいてくれよ…同志」  
 
そう言うと、監督子は走り去る野口の背中を不安げな眼差しで見詰めた。  
やがて野口の絶叫が学校中に響き渡る。  
 
「ハアァァァァァァァァァァァイルソオォォォォックゥス!!!!」  
 
「駄目だったか…さらば、同志ソックスアトランティス…愛に殉じたお前を、我らハンターは、永久に語り継ごう」  
 
―ゴッドスピード、野口―  
 
一筋の涙が、監督子の頬を伝った、戦友の立派な最期に、涙を流さずにはいられなかったのだ。  
 
「こうしては居られない、同志の死、無駄はせんぞ、竹内君、君は必ず救ってみせる」  
 
よいしょ、と掛け声とともに竹内を小脇に抱えて保健室へ連れて行く。  
 
「誰も居ないか…」  
 
ついでに岩崎君にチョコ渡しておこうと思ったんだがな、ま、机にメモと一緒において置けばいいか。  
竹内君は適当な布団に寝かせて他の奴等にチョコ配りに行こう。  
 
―数時間後―  
 
『岩崎さん、いつもありがとう。日頃の感謝の気持ちを込めて、  
チョコレートを贈ります。これからも私と仲良くしてくださいね。』  
 
メモを見た山口はとたんに笑顔になり、岩崎は全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じた。  
 
「俊君?」  
 
「いやいやいやいや誰なんだろうね?あはははははは」  
 
―ゴッドスピード、岩崎―  
 
 
校庭に出た監督子は訓練に励む上田とペンギンを見つけ、チョコレートを渡す。  
 
「これでも食べて頑張れよ、上田君」  
 
「うん、ありがとうコウ、でもなんで女装?」  
 
「工藤さんの趣味だよ」  
 
返答になっているような無いような返事をする。後日この発言は上田を問い詰めた菅原により  
中隊に知れ渡り、工藤は百合っ娘と実しやかに囁かれる事になった。が、これはまた別の話である。  
 
「ペンギン、餌だ。受け取ってくれ」  
 
「ああ…」  
 
「じゃあ、またな、ペンギン、上田君」  
 
「じゃあ…あっ、菅原さん?そんな顔してどうしたの?」  
 
見ると、頬を引き攣らせた菅原がこちらに近づいて来ている、目が、怖い。  
 
「ト〜ラ〜?今のは誰なのよ〜」  
 
「え、誰ってコウ、うわあぁぁ!」」  
 
「問答無用!」  
 
彼女は上田に目掛け飛び掛る、上田は顔面蒼白となりながら逃げる。  
 
「若いな……」  
 
ペンギンは雷電も食いそうに無い痴話喧嘩中の上田と菅原を眺めて  
呟き、おもむろに監督子の手作りチョコレートを口にした。  
 
「クエッ!あ…鯵入りだと……クケエェェ…」  
 
監督子に悪意があったわけではない、筈、彼女はただ、  
あの鳥類はチョコも魚も食うんだからまとめても食えるだろう、  
俺でも食えたんだし、と思っただけである。  
 
―ゴッドスピード、ハードボイルド―  
 
「やめて菅原さん!助けてペンギン!」  
 
「捕まえた、もう逃がさないわよ?おとなしくいいことしましょうね〜」  
 
菅原の眼が何故か妖しく光る。そしてその手は上田の―  
この世は常に強い者が弱い者を喰う…とは誰の言葉であっただろうか。  
 
―ゴッドスピード、上田―  
 
「あと渡していない奴は、速水君、瀬戸口君、佐藤君か、  
しかしこいつら恋人居たな、どうしたものか…ま、ただの礼なら問題は無いか」  
 
大蟻、もとい大有りだった。速水と瀬戸口は壬生屋とSM(壬生屋が鬼しばきで攻め)に、  
佐藤は鈴木、渡辺と3Pに発展するが、今回は割愛させて頂く。そのうち書けたらいいなあ。  
 
―ゴッドスピード、速水、瀬戸口、佐藤―  
 
監督子は一仕事を終えて満ち足りた笑顔を浮かべ、弾薬補充の陳情の為通信室へ向かう。  
そこでは工藤が通信販売を見ていた、監督子はその横に腰を下ろし今日の事を話しかける。  
工藤は内心恋人がチョコを配るのが面白くなかったのか、聞き終えると不機嫌そうに口を開く。  
 
「こんなに楽しかったのは久しぶりだな、また来年もやるか」  
 
「そうかい、さ、俺の分」  
 
「え」  
 
「私の分、くれないんですか?まさか忘れてないよな?」  
 
「あははははは」  
 
「そうか、お前の身体くれるのか、そうかそうか、大丈夫だ、ここ防音だから」  
 
工藤は立ち上がり、扉まで行き鍵を閉ると、監督子に振り向きうっすらと微笑み、  
獲物を狙うかのように彼女を見詰めて眼を細めると一歩一歩確実に近付いて来る。  
 
―ゴッドスピード、監督子―  
 
2月14日 3241小隊 戦死者十名 死亡一柱  
 

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