昼過ぎのハンガー前。
谷口は見慣れない女性と向き合っていた、肩まで届く濡れた様に艶やかな黒髪。
長身の部類に入る身長、どこか冷たさを感じさせる瞳と切れ長の眼。
学兵用のネルのダッフルコートを着た、物静かな雰囲気の美女だ。
以前どこかで見た気もするが、思い出せず困惑する。
「あの、谷口さんですね?私、貴方のファンなんです、受け取ってください」
「あ、ああ、すまんな、ありがとう」
その女性は谷口にチョコを渡し、礼を聴いて微笑むと走り去ってゆく。
彼女の後姿を眼で追いながら彼はある可能性を思い浮かべ怪訝な表情になった。
「もしかして航か…?一体何の冗談なんだ」
「谷口……」
「竜馬……」
突如後ろから怒りを押し殺した低い声が聞こえる、谷口が振り向くと、
石田、横山が悪鬼羅刹もかくやという表情でこちらを見上げていた。
谷口の背筋が凍り、全身を冷や汗がつたう、足が竦み、動悸が激しくなり、
何故だか知らないが人生の楽しかった思い出が脳裏をよぎる。
「な、何ですか、今のは、こ…」
谷口が何かをいい終える前に二人は殺気を漲らせて彼の息の根を止めに掛かった。
監督子は背後から響き渡る谷口の断末魔を聴いて、薄く笑いながら十字を切る。
「ははは…家族には立派に戦った末名誉の戦死を遂げたと伝えよう、竜馬」
2月14日 3241小隊 戦死者一名