曇りのち雨、そして晴天。
いきなり頬を抓られ――あまりの痛さに厚志は顔をしかめた。
「は、はひっ…」
「なんだ、その顔は。」
授業終了後、整備テント2階に踏み込んだ直後に冷たい雰囲気が辺りを満たした。二人の少女が同時に
厚志の顔を必死の形相で見つめた刹那、数回の問答を繰り返し――厚志が逃げたのだ――争奪戦、という
奴だった。女同士で自分を奪い合いだなんて男冥利に尽きるが、それ所ではない。
そして数分後――目の前には怒りで顔を真っ赤にしている、追いかけてきた恋人――舞の姿が。
「ひ、ひはいよ、はい〜。」
「…全く…そなたという奴は…っ!これで何度目だ!?」
“はい、4度目です。”
――そう答えたら、彼女が隠し持っている拳銃が火を噴いていた所だろう。ヤキモチ妬かれるのは嬉しいが、
それは頂けない。彼は済まなそうに眉を寄せて、彼女の怒りを鎮める他無かった。
「い、痛い〜〜っごめんなさいぃいたい!!」
「痛いが何だ!?私の気にもなってみろ!」
「ごめんってば〜」
「五月蝿いっ!何?今度は田代と森?…しかも私は蚊帳の外か!」
「ごめん、わ、悪気は無かったんだよ…ただ色々教えて貰うことが…」
ぎゅ、と更に手の力が入ったようだ。痛い。
「ててて…僕が本当に想っているのは君だけなんだって…」
「信じられるか、そんな台詞。」
「本当だよ…。」
「では言わせて貰う…もう既にこの問答を4度程繰り返しているのだが、一向にそなたは約束を守らんな。」
「うっ…」
蛇に睨まれたカエル状態…厚志は鋭い、殺気溢れる舞の視線を受けて金縛りになっていた。
半殺しにされてもおかしくはない雰囲気だ。
男ならここで大人しく半殺しになった方が良いのだろうと(穏便に済むならばそれに越した事は無いが)、
ほんの少し覚悟を固めていた。
――しかし、予想は外れた。
舞は一瞬だけ表情を歪めて顔を伏せた後、頬の肉を離してその手で厚志の胸をどんと突き飛ばしたのだ。
「ま、舞…?」
「………………もう、良い。」
それだけ言った後、舞は踵を返して厚志に背を向けた。いつもならビンタの一つは飛んでくる筈なのに、
あまりのあっけなさに拍子抜けした。
立ち去る舞を追いかけて弁解しても、あの状態から察するに人の話を聞きそうもない。落ち着いた後に
謝りに行くべきだろう。そして田代と森にも――彼女らに嫌われたとしても、舞の誤解を解く為には
仕方のない事。
そう、厚志は舞の背中を見送りながら考えていた。
――私は、芝村だ。
呪文のように言葉を繰り返しながら、舞はその課せられた重い使命を思い出す。
芝村でない者と接した機会が、1ヶ月前まで殆ど無かったと言っても良い舞にとって、自分がいかに
特殊な人物か理解するのに時間はかからなかった。しかし直そうとは思わない――特殊な能力を持つ者へ
向けられる恨み嫉みを引き受けるのも使命の内だと、そう言われ続けて育ってきたからだ。
他人の目を気にするなど愚かなことだと。
しかし、影響されつつあるのか――厚志に限り、自分がどの様に見られているのか非常に気になっていた。
好きな異性に対してその様な念を抱くのは、女性としては至極普通の反応。しかし、舞にとってはこれが
調子を狂わせているのだと思っていたのだ。
芝村らしくない、と頭を振る。
――色恋で浮かれる程、私は暇ではないのだ。
どんよりとした鈍色の空の元、赤い光が妙に目立っている。
地上の星の様に散らばる光は、幻獣達の瞳。猛り狂う人類への憎悪が炎となって燃えている。
戦況を確認する――敵幻獣の数は多い物の、戦力的には此方の方が上だった。ただ、1匹だけスキュラが
出現していた事以外は。
士翼号をあてがわれた壬生屋が先陣を切って敵の真っ直中に飛び込み、刀を振るった。既に一撃で倒せる
ほどになった小物の幻獣を切り伏せる。
「壬生屋機、ゴルゴーン撃破。」
「1号機二時方向にスキュラが居るな、あれでは一撃で片づくまい――速水。」
とうとう厚志の呼び名まで名字に戻った舞に、取り付く島は無いと胸中でぼやく。何故ここまで頑なに
厚志を拒むのか、彼自身にも分からなかった。だがどうしても彼女の怒りを鎮めたいし、これからも恋人で
居て欲しい。
「分かったよ、僕らが援護しながら囮になれば…。」
「さっさとしろ。――狙撃シーケンス起動。」
士魂号と接続している多目的結晶から、彼女の作業状況が流れてくる。それが終わる頃にスキュラを
此方のレンジ内に収めて攻撃しなくてはならない。厚志は急いで行動の入力を済ませ、ヘッドセットの
マイクに向かって叫んだ。
「壬生屋さん!スキュラを引きつけるからその隙に君の射程内に収めて!!」
「了解しました!」
壬生屋の返事を聞いた刹那、士魂号が行動を開始する。大地を蹴る度にコックピットが大きく揺れ、
ヒトと全く同じ動きをする機体が障害物を避けながら幻獣を狩る為にビルの谷間を駆け抜ける。
士魂号内部の振動は相当で、脳が直接揺さぶられる様だった。いくら(本来の目的ではないが)振動対策にウォードレスを着込んでいたとしても、それだけはどうしようもない。
その振動の中、厚志は醒めていると自覚していても何処かでくらくらと意識が遠退いていた。
――原因は兵士達が戦闘前に打つ薬物が、切れかかっていた為だった。いつもより早いのは、免疫が
出来た為か。
「くっ…」
それは脳内麻薬――の分泌を促進するための薬。
芝村一族がこの戦争に取り入れた物で、常習性も副作用も皆無と言い切っていた。原料が何なのか、
製造過程などは全てトップシークレットとなっていたが、それを追求しようなど誰も思わない――その
薬の出現で、多少なりとも人類が優勢になったからだ。
その上、戦争中に兵士の意識を麻痺させて戦いに赴かせるのは、少なくない話。薬の種類が変わった
だけと言ってしまえばそれまでだ。
厚志ら5121小隊の兵士も例に漏れず、この薬を使っている。
「速水、ビル影から出るぞ。」
上空のスキュラが此方に気付き、此方を射程内に捉えられたのが分かる。赤い目が薄笑いを浮かべた様に
細まって見えた。
「見えた!――舞!!」
士魂号が立ち止まり、アサルトライフルを構えた。これからは舞の仕事で、照準を合わせて引き金を引く。
繊細な狙撃は彼女が最も得意とする分野だ。恐ろしい事だが、実生活でもそれは証明されている。
士魂号のボディにドン、と音と衝撃が走り、その次にコックピット内に火薬の焼けた匂いが充満した。
見事命中――スキュラの底の部分に弾痕が見える。咆哮を上げて苦しんでいるが如く、
被弾したスキュラが上空でぐらついた。びちゃり、とアスファルトの上にスキュラの血がこびり着く。
空から降ってきたのだ。
「1号機!!」
「分かっていますっ…!!」
舞の鋭い声の次に、壬生屋の怒声が飛んできた。――刀を構えた士翼号が鮮やかにスキュラの身を
切り裂いたのだ。仮に一瞬でも遅れていれば、幻獣兵器で最も破壊力を持つレーザーが厚志達の乗る
士魂号を焼いていただろう。
「壬生屋機、スキュラを撃墜。」
ののみが舌足らずの声で懸命にアナウンスする。それを確認しながら、厚志は必死に身体の震えを
押さえていた。
「は、は…ちょっと、今のは危なかった、ね…」
がちがちと歯が鳴っているのがみっともないと、抑えようとしたがそれは逆効果だった。こういう
部分にだけ妙に聡い舞に、それを隠しきれるとは思わなかったが。
「…速水、戦闘終了まで適当に保たせろ。敵は後4体居る。逃げられる前に狩るぞ。」
「…それ以外、僕に何か言う事無い…?」
「今は戦闘中だ。――強いて言うなら喋るな。」
苦し紛れに冗談を言ってみたが、舞には通じなかった。だが彼女を怒らせたのは自分で、素っ気ない
返事をさせたのもまた自分だ。
厚志はそう言い聞かせて、幻獣の集団から外れたゴブリンリーダーに向かって走る。彼のコンソールを
触れる手が震えていた。
「何で、そこまで怒るんだよ…それは、僕も悪かったけ、ど…。」
「五月蠅い。」
「許してくれるまで、黙らない、よ。」
「黙れ、舌を噛み切りたいのか?」
「……君の事が好きだから、誤解を解くまで黙らない。」
薬の副作用で厚志の身体が震えているのを、彼の声が舞に伝えていた。士魂号の内部の騒音は
かなりの物だったが、厚志の言葉は鮮明に聞こえる。戦中の告白に、舞は目を見開いた。
「………黙れ…!」
一瞬、舞は唇を噛みしめる。
身体の熱が顔に集中した様に熱くなるが、すぐに頭を振ってシニカルな笑みを浮かべた。
――それがどうしたと言う様に。
心当たりがある、こんな感情を全て否定する通説が。
「…面白い話をしてやろう。」
士魂号内部から外へ向ける通信を全て切って、舞は厚志に語りかけた。顔を見た状態で話せるような
内容では無かったので、彼女はこの状況に感謝する。
「知っているか?戦場での恋愛感情は勘違いが多いという話を。」
「…どういう、事?」
士魂号がゴブリンリーダーを捉えた。アサルトライフルの構え直し、照準を定める。ビルの屋上に立ち、
逃げる幻獣の背中を狙った。
「動物には自分の子孫を残したいという本能がある、ヒトも同様に…。だがヒトは厄介でな――自分の
命が危なくなれば、己の子孫を何としても残す為、好きでもない異性に有りもしない愛を感じると言う。」
「…それで?」
――引き金を引く。
ゴブリンリーダーは風船のように破裂し、肉片があちこちに飛び散った。
「お前は恋愛感情を勘違いしていると、思ってな。…言ったまでだ。薬も使っているんだ、我らも…お互い
勘違いかもしれぬな。」
「な…っ!!」
「――指令。」
厚志の反論を待たずに、舞は全ての通信回線を善行に繋ぐ。中の音が筒抜けでは、下手な会話は出来ない。
「戦闘中に、勝手に回線を切らないで下さい、これは命令です。罰は後日受けて貰いますのでそのつもりで。」
「…了解。敵幻獣は?」
「貴方達ので最後です。――速水、芝村両名、撤収を開始せよ。」
「了解、撤収を開始する。」
抑揚のない声で終了シーケンスを組み込む舞は、至って落ち着いていた。何事も無かったかの様に、
撤収を始めた士魂号。
「――何をしている。とっとと帰るぞ…士魂号の舵取りはそなたの仕事だ。」
そんな事務的な言葉で厚志は我に返る訳もなく、ただ反射的に作業をする。
もしかして、別れを告げられたのではないか――それだけが、厚志の心に重くのし掛かっていた。
結局、戦闘は人類側大勝だった。
出撃から8時間後、彼らは戦場からプレハブ校舎に帰ってきた。戦死者も大した怪我も無かったという、
運の良い戦績だった。
戦闘が終わって一旦教室に戻り解散の号令がかかった頃、怪しかった雲行きは予想通り大粒の雨を降らせた。
雨など一言も言っていなかった朝の天気予報に、文句を言いながら皆は帰っていく。しかし傘など持っている者は
少数で、身を寄せて帰るか潔く濡れて帰るかの2つしかない。
――舞は後者を選んだ様だった。
普段から水なんて流れているのかと思っていたどぶ川に、大量の雨水が流れ込んでいる。濁流と言っても
差し支えない流れを橋の上から見つめ、舞は雨に打たれて呆けていた。靴も服も下着もずぶ濡れになっているのに、
帰りたいとは思わなかった。落ち込んでいるらしい己の頭を冷やしたかったのだ。
――僕の事、好きになってくれないかな…ダメかな…?
「愚か者…あんな台詞に踊らされるなど、末代までの恥…私ともあろう者が…」
ぽつりと呟いた台詞は、降りしきる雨の音で掻き消されていた。自分を叱咤する言葉だと言うのに、
後悔よりも悲しさの色の方が強い。
あんな人懐こい笑みを浮かべられて、世辞にも上手く出来たと言えない手作り弁当を「おいしいよ」と言われれば、
誰でも踊りたくなる。映画館で抱き寄せられた事も、プールでお互いの水着姿に恥ずかしくなった事も、
何もかも錯覚だったと思えば胸が苦しくなった。
ごく普通の少女らと話している厚志を見る度、舞は言いしれぬ不安を覚えていた――舞にも今の暮らしをしている内に、彼女らの少女性がいかに魅力的か理解出来たからだ。
厚志を――異性を掴んで放さない手段など、舞は一つも知らない。
それが不安で溜まらなかった。
「…馬鹿者。」
気配を感じて、舞は振り向かずに言い放つ。
ぴしゃん、と水が跳ねる音が聞こえた。次に靴底と砂が擦れる音が。
「やっと、見つけた。」
想像していた男の声が、背後からかかった。少し高い少年らしい音に安堵する自分が嫌でたまらない。
「探したよ。…話が、したいんだけど。嫌だって言っても聞いて貰うよ。」
「速水…メールでも良いだろう、馬鹿な奴だな。」
「直接じゃないと意味がないんだ。」
振り向かないまま、舞は背後に立つ厚志に対して大きな溜息を吐いた。呆れた奴だという彼女の無言の
嫌味を無視し、それを了承の意味と受け取って厚志は口を開いた。
「舞…この間のことは謝るよ。誤解されても、おかしくなかったんだから。君が怒るのも無理なかったと思う。」
女々しい構図だなと、舞はいつか暇つぶしに読んだ陳腐でつまらない小説の内容を思い出した。女の尻を
追いかける男の話だったか。
「――それで。」
「君とは…ずっと付き合いたい。他からどう思われても構わないけど、君に嫌われるのだけは絶対嫌だ。」
「…頑固な事だな。」
冷えた雨が、少し火照った頬を濡らした。春の雨は、予想以上に冷たい水を降らせる。
舞は厚志に向けていた背を返し、振り向いて彼を見据えた。
「いい加減、目を覚ましたらどうだ?」
「バッチリ覚めてるつもりだけど。」
「では聞く。――その覚めた目で私を見てどう思う?」
突然の質問に、厚志は意図が全く読めなかった。固まったままの厚志を見つめて、舞は自嘲気味に唇を
歪めて見せた。――目は全く笑っていなかったが。
「今までお前を慕ってきた女の様な長所は私に無いぞ?淑やかでもない、家庭的でもない、可愛げも無い。」
「そんな事…」
彼女自身は上手く笑っているつもりだっただろうが、厚志には今にも泣き出しそうな顔に映った。
その証拠に、舞の顔は徐々に赤くなっていく。
厚志の手が舞の肩を掴み、言葉を続けるのを止めろと無言で語ったが、舞の言葉は止まらない。
「言っただろう、戦場に恋愛は無いと。そなたが私を好きだという気持ちは、同じ士魂号に乗って何度も
死にそうになっているからだ…」
舞は顔を真っ赤にして、俯きながら声を吐き出した。雨音の中、舞の甲高い叫びが妙に木霊する。
「――田代も満更ではないし、森も石津も私よりはそなたに尽くすだろう…速水、そなたは私の何処に
惹かれた?私ではなく背後…芝村という巨大な組織力か?戦力か?財力か?――そなたを惹き付ける物など
何一つ持っていないぞ、私は!言って見ろ、私には何も無いだろう!!?」
料理も家事も女性らしさも、”芝村”には必要ない物ばかりだった。ただ、人類を仇となす幻獣を狩る
一族として、生きていく為には戦いの手段しか教わっていない。言い換えれば、生有る物を確実に葬る方法だ。
そして舞は、自分は戦場でしか生きて行けないと知っている。
「それでも私を好きだというのなら…それは、完全に勘違いだ…。特別な誰かなど、足手纏いだと言うのに…
そなたが悪い、私に勘違いなどさせて…っ!一瞬でも、こんな気持ちを持ち出した私が馬鹿だった…!」
肩を掴まれたまま、逃げ場のない舞は項垂れて表情を隠した。小刻みに震えている肩が、舞の表情を物語っている。
「舞……」
厚志は激しい嫉妬の感情を露にした舞を目の当たりにし、呆然とする。
何て自信に溢れる少女だろうと思っていた。そしてそんな彼女をここまで不安の固まりにしたのは自分だと。
まさか、恋愛感情を勘違いと言われるとは思いも寄らなかった。――だが、逆に嬉しくも有る。
掴んでいた肩を解いて、厚志はずぶ濡れの舞を抱き寄せた。身長が差ほど変わらないために格好は付かないが。
「っ…は、離せ!」
身を離そうとする舞を抱き込んで、手で軽く舞の背中を叩く。
「僕は、勘違いでも良いよ。」
「…何?」
「君が僕の事を好きだって言う気持ちが勘違いでも、別に良いって言ってるんだよ、僕は。」
抵抗する舞を押さえ込む様に、逃がさないと厚志は腕の力を強めた。
「僕は一生勘違いし続ける――誓うよ。それでも、君への気持ちは本当だから。」
言葉は落ち着いては居るが、身体に伝わる厚志の鼓動は早鐘のように鳴っていた。舞の頭がゆっくりと
言葉の意味を理解し、そして赤面する。
「…後悔するぞ、折角後腐れ無く別れてやろうと言っているのに!!」
「後悔?望むところだよ。そのうち、勘違いから本気になって貰わないと困るけど。」
――こっ…この男は〜〜〜っ!!
「ばっ…ばかめ!臆面もなくそんな台詞を言うな!恥ずかしい奴め!!ばか者!!」
「――あはは、やっといつもの舞に戻った。」
抱き締めたままじたばた暴れる舞が余りにも可愛くて、厚志はののみが良くする”ぎゅー”を真似してみた。
反応が面白い――舞は耳まで茹で蛸になる。
「や、やめろ、道の往来でななな、なぬを…」
刹那、真剣な眼差しをした厚志が舞の頬に手を添えた。舞の心臓がとくんと跳ね、あまりの変わり様に
躊躇する間もなく――舞は唇を奪われる。
「…風邪、ひくから…僕の家においで。」
優しく微笑んだ厚志は、夜の外灯に照らされて青く染められていた。冷たい色に映し出されている筈なのに、
どこか暖かい。
差し出された手が、舞には酷く嬉しくて泣き出す前にその手を取る。
――この手を絶対離すまいと…離せないと思いながら。
薄い暗闇の中――安っぽいパイプベッドが軋んで音を立てた。外は相変わらずの天気で、雨音が夜の
静寂を打ち消していた。
舞の髪がシーツの上で解けて広がり、漆黒の波を作る。
羞恥に頬を染めて目を伏せた彼女がいかに魅力的か、何も無いと言い切った彼女自身――舞には
分からないだろう。厚志もまた顔を赤らめながら、ベッドに横たわった恋人に口付けた。ぴくりと肩が跳ねる。
舞の歯列が厚志の舌を拒む事無く受け入れる。互いの舌がもつれ合い、ぴちゃりと音が漏れた――舌同士が
触れ合えばじんとしびれを伴う快感が身体を駆けめぐり、気が付けば二人は夢中で互いの動きを追っていた。
「は、ふ…っ」
いつもなら恥ずかしいだの文句を言う舞が、何も言わない。微かに震えているだけだった。身体を暖める為に
お互い風呂に入ったが、湯冷めをしてしまっては意味がない。
「…寒い?それとも…」
「――聞くな、ばか者。」
怖いのか。
そう聞く前に言葉を遮られた。初めての経験なのだから仕方ない、男の立場から言わせればそれは期待に
似た物なのだが。
身体を覆っていた舞のバスタオルを解き、白い肌が露になる。――抵抗は、流石にしない。されるがまま、
厚志の挙動を見るのが怖いのか顔を逸らしているだけ。
「ぃ…や…」
抱き締めて肩口に顔を埋め、厚志はその肌に唇を落とした。舞の小さな拒絶を聞いたような気がしたが、
それを繰り返している内に彼女の声の意味がすり替わる。
「は…ぅ……んん…っ」
愛撫が首筋から(本人がとても気にしている)小さな胸まで伸び、頂を舌でなぞればあからさまに
甘えた声を上げた。
「うう、んっ…!」
彼女の声を聞いただけでぞくぞくと背筋を走る感覚。もっと見たいし聞きたい。強がりな舞が自分だけに
さらけ出した姿で、自分が与えた刺激にどんな反応をするのか。
刺激を与える内につんと硬く立ち上がった胸の先を、舌と唇で押し潰したり挟んだりしながら舞の
表情を盗み見た。恥ずかしそうに長い睫毛を震わせて、うっすら涙さえ浮かべて声を抑えている。
「んん…く…ひ…っ」
「気持ちいい?」
「そんな恥ずかしい、事…きく、な…っ!」
胸から腰、腹を通って舞の身体を隅々まで撫で、徐々に肝心な箇所へと進んで行く。厚志は指を
薄い茂みにまで延ばして舞の奥を探ろうとすると、びく、と分かるくらいに身体を震わせた舞が、
厚志の肩口に爪を立てた。
「や、いやだ、待て、カダヤの癖に、ちょっ…やっ!」
「カダヤだからだろ…?肩、痛いから、ちょ、っ…力抜いてってば…」
怯えた舞の姿が、厚志の目にはやけに煽情的に写った。いつもとまったく違う少し恐怖の浮かんだ舞の面に、
自制など利く訳がない。強引で、不躾で、あまり表情を見せなかった彼女がこんな顔をするなど、知らなかった。
「やぁああ…っ」
熱く、ぬるりとした感触を指先に感じられて、何とも言えない感情が沸き上がる。今、舞を翻弄しているのは
間違いなく自分なのだと、厚志はぞくりと背筋を震わせ、何とも言えない快感を味わった。
女性の身体の仕組みは知識としては知っていた。猥談は友人達とたまにしていたし、何よりも経験豊富な
瀬戸口が居た。ちゃんとエスコートしてやれ、というのが彼のアドバイスだったか――そんな余裕など、
これっぽっちもない。
好奇心と熱い蜜に誘われるまま、指は孔を穿ち奥を目指す。
「やぁ…くぅぅ…」
ちゅ、と閉じられた脚の間から漏れた音。
「うわぁ……熱い…」
中を探れば探るほど、愛液が溢れて微かな水音が立った。
初めて触れた舞が余りにも柔らかくて、くらくらと甘い目眩を覚える。有る意味神秘だったここにいきり立った
アレを埋めるのかと思うと胸が締め付けられ、期待のためか武者震いが走った。
舞の脚の間に厚志は身を割り込ませ、身を密着させて間近で舞を観察する。指を動かせばそれに合わせて
背を跳ねさせ、しっとりと汗を浮かべた肌は誘うように厚志の肌に吸い付いてくる。
「すご…溢れてくる…ほら…」
舞の中を指を増やして悪戯をすればする程、彼女はくぐもった悲鳴を上げる。口を手で覆い、遮っては居たが
それよりも大きな嬌声は止められなかった様だ。
「やっ、やー…っ!」
幼児退行した舌足らずな口調。
気を良くした厚志が、調子に乗って舞の膣を掻き回す。じゅぶじゅぶと空気を含んだ音が恥ずかしいのか、羞恥のあまり舞は顔を隠した。そんな彼女の僅かな抵抗は、厚志の隠れた嗜虐心を刺激し続ける。
内部にざらりとした部分の小さなしこりを見つけ、そこを擦った刹那――舞の表情が驚きに変わった。
「?…なんだろ、ここ…ね、舞?」
ぴくんぴくんと電気が走ったような反応。
「や、あぅっだめ、だ、そこっ!!」
「感じてる…んだよね?」
「うくぅっ…バカ、やめろっ…なん、か…きゃぅっ!!」
先とは違う、大きな反応。きゅうと厚志の指を締め付け、子犬の様な悲鳴を上げた後、彼女の身体がわなわなと震えた。面白がって、指の腹でこりこりと撫で回し、押さえつける。
「ひゃ…っ!あ、あ…っ」
びくびくんっ!と跳ねる細い腰、強張る身体。
粘液ではなく、今度はさらりとした水のような分泌液が跳ねて、厚志の手を濡らした。突然の事にあっけにとられた厚志はちゅるっと音を立てながら指を引き抜き、その感触を指でこすって確かめた。
そして、おずおずと息を荒くして脱力している舞の顔を見る。
「――あ…もしかして…」
「〜〜〜っ言うな、ばかものっ…!!」
暗闇でも分かるくらいの赤面されれば、男冥利に尽きる。何とも言えない可愛さのあまり、舞に覆い被さる
ように抱き締めた。
太股の辺りにひた、と何か硬い感触を感じて、更に赤面する舞。
「ぁ、あああつし…っ!な、何やら当たって…!」
恐ろしくなったのか――背中でよじよじと逃げる舞を厚志は押さえ付け、手を掴み――己の昇ぶりに触れさせた。
熱く脈打ったそれに触れた後、驚いて手を引っ込めようとする彼女に構わず触って、と囁く。
「いいから…僕ばっかりじゃ不公平だからね。」
「いいいいいらん世話だっ…恥ずかしいっ…!!」
舞にとっては恐怖でしかない。一瞬しか触れなかったが、知ってしまった。硬く大きく膨れ上がった厚志の欲を、
本当に受け入れられるのかと。
「行くよ…?」
そんな気も知らず、厚志は舞の膝の裏を抱える。もう限界と言わんばかりに散々先に弄んだ舞に亀頭を当てて、
躊躇することなく身を進めた。
「ぃっ…っ」
「舞、力抜いて、全部、入らない…」
「痛っ…いた、いっ…!!!」
舞の中が、異物の進入を拒む。恐怖と緊張で硬くなった舞の身体が厚志を拒んだ。
――理性など残らない、繋がりたいという欲望とその先にある快楽に気を取られて、厚志は舞に構わず自分の為だけに猛った杭をねじ込む。
「ひぎぃっ…!」
「舞……痛い…?」
「き…くな、ば…く、うぁっ!」
舞は爪の先が白くなる程、シーツを握りしめて耐えた。今すぐ逃げ出してしまいたかった、だが本気で
逃げたいとも思っていなかった。どこかでこうなる事を自分で望んでいたからかもしれない。
「ごめんね…」
酷い事をしている感覚が厚志には有った、だけど何故か口元が緩んでいたのに本人は気付いていただろうか。
「ここまで…来たら、僕も後戻り…出来ないからね…?」
「…っ!ぃた…はぁっ!!」
「こう見えても僕は一応…男、なんだ、し…」
ずるずると押し入られ、中を抉り擦られる。徐々に厚志の腰が近づき、ぶつりと何処かが音を立て、
舞の最奥を貫いた。
「――――あ、つし…ぃっ!」
瞑った目を一瞬だけ開き、自分を組み敷いている厚志を映す。その表情は、舞が見知っている彼と
あまりにもかけ離れていた。雄の顔で、荒い息を整えながら舞を見下ろしている。
お互いの視線がぶつかり――どくん、と心臓が跳ねた。
「ああっ、あんっあ、ああ、あふっ!」
じゅ、じゅ、と腰を打ち付ける度に粘膜が立てる音と肌がぶつかり合う音が響いた。雨の音に混じって
聞こえるのは、厚志の荒い息づかいと、戦慄いた舞の唇から漏れる甘い、すすり泣きのような声。生々しく
ぎゅっぎゅっと肉が擦れ合う音。
「いい…っ!すご、キツ…っ!舞の、中…っ」
「ひぁ、っ!あ、ああ、あぁあぅっ!」
苦しそうな舞を見ている内、もっと泣かせてやりたいという暗い欲が厚志に囁きかけた。それに従って、
舞の胸の先を痛いほど抓り、悲鳴を上げたところで更に奥をきつく抉った。痛みからなのか涙を流しながらも、舞は気付かぬ内に自ら腰を揺さぶって厚志に応えている。
舞の片足を持ち上げ、下敷きになった足を跨いでもっと深く交わる。先と違う膣内を先で擦られて、シーツが破れる位爪を立てて引っ掻いた。
沼地と化した舞の中を抉り、掻き回す。穿つ度にぐしゅぐしゅと音を奏で、うねり――ねっとりと包み込む舞の熱に夢中になって、厚志は荒々しく腰を突きたてた。ぽたりぽたりと血の混じった愛液が、シーツに染みを作っていく。
「あ、つしっ…あつしぃっ…!も、くるし…ぃ!!ゆる、せ…っ!」
また大きく震え出す彼女の膣がきゅうと厚志を締め付ける。
その刺激は背筋を駆け抜け、欲を吐き出させようと熱を集中させた。
「うっ…くぅう…っ!!」
低いうめき声を上げ、厚志は舞の熱い膣の中で射精した。がくがくする腰で二度三度扱き、断続的に吐き出される蜜で舞の中をいっぱいにする。
後に残ったのは嵐が過ぎ去った様な、沈黙。
「…舞……?」
返事は無かった。ただ浅い息を繰り返して、薄く瞳を閉じている。厚志はまだ固さの残っている己を引き抜いた。
ぴくん、と舞が反応した後、そこから血の混じった精液がこぼれ出てくる。厚志は無理をしたかなと少し後悔したが、舞の表情を見てその考えを消した。
「ねぇ、舞…まだ足りないんだけど、いいかな…?」
だから、こんな台詞が出たのかもしれない。舞の身体をうつ伏せにし、腰を引き上げる。舞は何も言わず、のろのろと従った。
「は…あぁっ………あつ、しぃ…っ!」
ぬぶっ!という空気を含んだ音を立てて挿入する。先より難なくくわえ込んだ舞は、厚志を迎えて包み込んた。
先ほど放った精液が中でかき回す度に泡立てられ、結合部から滴り落ちた。
体位を変えて何度となく果てる。くたくたになるまでお互いで抱き合った。
雨はまだ降り続いていた。
「「どっち!?」」
いつもの、何の変哲もない屋上での昼下がり。
昨日の雨は嘘のように晴れ、気持ちの良い空だった…が、人間関係に嵐が吹き荒れている。――またまた
修羅場と言う奴だ。
「えっと、えっと…」
「「はっきりして!!」」
ここに、優柔不断気味な男が一人。目の前でめくじらを立てている女が二人。そして――背後に、烈火の
如く怒りのオーラを放つ彼女の姿有り。
またか、と下の教室で会話を聞いていたクラスの連中があきれかえる。誰も止めに行かないのは、
己の命が惜しいからだ。
八方美人も甚だしいと、むっとした少女達。しかし、その内の一人――ポニーテールの少女が彼の元へと
歩み寄り、襟首をねじり上げた。
「…いい加減にしないと、私の得物が火を噴くぞ、厚志。」
ぎりぎり、と音を立てて絞められる首…ピンチ。更に銃鉄をセットする音まで聞こえた。
「ご、ごかいでふ、こんかいは…」
「誤解って何!?酷いわよ二股なんて!!」
「そうだ、テメェ俺を裏切ったらどうなるか…!」
「言わせて貰うが…こやつは二股出来るほど甲斐性は無いぞ。」
そう言うや否や、少女は絞めていた襟首を自分の元へ寄せ――唇を、奪った。
「し、しばむら――――――っ!?」
彼女らの悲鳴を無視して、それは続けられる。――これ見よがしに舌まで差し出して、深く長――――――――いキスが。生々しい唾液の音まで響かせて。
――ひゅう、と春一番が吹き荒れる。
「…と、言うわけだ。残念だったな。」
返事は帰ってこない。…二人の口付けの最中に、少女達は呆れて退散したのだった。適うはず無いと思ったのか、馬鹿馬鹿しいと思ったのか。恐らく後者の方だろう。
ようやく彼女は掴んでいた襟首を手離す。どさりと音を立てて、呼吸困難に陥って顔が少し青い男が着地した。
「ふん…これで皆、我らに横恋慕をするまい。全く、私の物に手を出すなど行儀の悪い…」
ぶつぶつと文句を言う舞に隠れて――口付けに刺激され、股間を押さえる超最低な男がほろりと胸中で涙を流した。
尻に敷かれそうだ、と己の未来を予想しながら。