機動戦士ガンダムSEED  
〜問答無用のストレート〜  
 
 
白銀の騎士と紅の戦士が剣を交える。  
互いの翼は妄念を燃え上がらせるがごとく熱を吹き  
雨水を踏みしめ泥を巻き上げ空を舞って火の羽を散らす。  
一瞬間に時を引き伸ばし切っ先を見据え、  
次手への葛藤ももどかしく時の合間を縫ったように突き出される刃。  
流弾が腹を叩く。盾の飾りが胸に刺さる。  
何度も交えた剣は終には情意を振り払い憎悪に先んじて振り下ろされていく。  
 
――悲しみを湛えた琥珀の瞳が砕かれ  
―薄紅色の甲冑の肩口を引き裂かれる  
 
――切り結んで尚押し出される刃が首に喰い込み  
―咄嗟にひねった頬を削られ  
 
――胸を砕かん蹴撃に腰までがひびを描き  
―返礼の刃が腕を抉る  
 
――焼き剥がれた腹から臓腑が覗けることはない  
―涙を流さぬ顔を貫かれたところで何だというのだ  
 
許せなかった。  
アイツが・・・アイツが!、アイツが!!  
 
紅の巨人戦士を駆る少年・アスランの心を占める激しいまでの憎しみ。  
 
それは白い甲冑の隙間から覗けた少年に向けられている。  
彼と何度手を取り合おうとしたかわからない。  
それが過ちであったと知るからこそ今では何者よりも許せなかった。  
過去からの繋がりはかすかに望めた想いを身勝手な大きさにまでに膨らませていった。しかしその全てが唐突に裏返る。  
握った手の暖かさが信じられたからこそ、交わした言葉の親しみが心地よかったからこそ、  
吐き出す想いは鋭く暗くなった。  
 
オマエガ・・・  
 
オマエガ、オマエが、  
 
「カガリを汚したーーーーーァァッッ!!!」  
 
最愛の少女の顔が脳裏を過ぎったその時、  
 
 
 
後ろから顔面を通すような鈍痛に襲われた。  
それは鼻に粘り気を残しこめかみへと伝い目元を潤わせた。  
涙目になることを回避しようと顔をしかめると、自分を包んでいた世界が急速に別のものへと変わり始める。  
目の前に現れる冷たく無機質なデスク。暗雲渦巻き雷雨が鳴り響く大地は遠のきクリーム色に切り取られた壁で囲まれ色のない光が降り注ぎ乱反射する部屋がやってくる。  
 
夢だったのだ。  
 
色恋沙汰を巡ったあの殺意も夢でしかない。  
最愛の女性は今も目の前で椅子を持ち上げこちらを睨んできているではないか。  
 
・・・・はい?  
 
「だ・れ・がッ、汚れたんだって?」  
 
羞恥の極みで頬から耳から額まで赤く染まった少女。  
照れが口角を吊り上げていてどこか微笑ましい。そんなことを状況の整理も疎かに考えてしまう。  
 
はて、彼女は何を怒っているのだろう  
 
何かわからないかと視線を巡らせると苦笑いを浮かべたキラとディアッカがいた。  
期待を込めてディアッカと視線を合わせると憎まれ口ともいえる助け舟をくれた。  
「お前がいきなりこのお姫様が汚れたとか言うからカンカンになってるんだよ」  
そう言って吹き出しそうなのを堪えてみせるディアッカ。  
 
ああ、なるほど。どうやら俺はこの電算室でうとうとしていたらしい。そしてつい夢の中での叫びが口から出てしまったのだろう。そして怒ったカガリが俺を椅子で殴ったわけか。  
 
状況に納得し、改めてカガリと向き合うアスラン。  
目が合った彼女は今まさに椅子を振り下ろそうとしていた。  
その動きに躊躇いはなく情け容赦ない一撃であることが推して知れた。  
 
魂を狩る死神の鎌をあてがわれた、そんなような悲壮感を抱きつつ  
なんとか宥めの言葉を並べようと口を開くのだが、言葉を発するより椅子で殴られる方が早かった。  
 
 
―――3分後  
 
「さ、こんなみそっかすな奴は置いといて飯にしよう」  
「さんせ〜い」  
何か恋人を頭にして戦友の薄情な言葉が続いた気がしたが散々凶器でめった打ちにされたアスランの意識は真偽を確かめることもできずに深い底へ沈んでいった。  
 
 
―――さらに10分後  
 
 
アスランは重石がつけられた身体を引きずる心地で食堂に向かっていた。受けた痛みが尾を引いているせいだ。  
脳というのは重力子を体の節々に送るものだったんだろうか。  
戸口までたどり着くと中では先程の戦友ご一行が談笑している姿があった。  
 
俺置いてけぼりでそこまで盛り上がるんですか?  
 
入口に立つ自分は周囲の和やかな喧騒から完全に遮断された空間にいる。身の置き場がない。  
何となく押し入りがたかった空気を肩先から掻き分けて入り、自分のトレイを受け取る。まだキラ達は気付いていない。自然としているのかわざとそうしているのかは不明だ。  
釈然としないながらもカガリの隣に陣取った。するとディアッカは口の端をゆがませていやらしい笑みを浮かべ、カガリは目の中の光を消してそっぽを向き、キラはいかにも応対に困っているという顔をした。  
「お、エロの大将の御復活ですか」  
「なんだよ、エロの大将って・・・」  
ディアッカの悪戯を堪えきれないでいるような笑みが腹立たしい。  
「だってな〜」  
「まあ、いくら寝ぼけてても普通はあんなこと大声で叫ばないよ」  
申し訳ないといった態度の親友だがそれでその台詞のキツさが変わるわけではない。それにへこみそうになりつい隣の恋人に何かを期待して顔を向ける。  
するとカガリは無言で席を立った。仏頂面で能面を装っているがこの状況下でそんな顔をしているということは怒っているということだ。  
「機嫌直してくれよ」  
「別に」  
情けない程の猫なで声に返ってきたのはそっけない口調。  
「俺だってちょっと寝ぼけてただけんだから」  
「ああそうか」  
依然視線は合わさず、ちゃんと聞いているのか怪しい口ぶり。  
肩に手を置こうとするも肩先で払われてしまった。  
「だいたいどんな夢を見りゃあんなん叫ぶわけよ?」  
ディアッカの何気ない台詞。気がカガリの方に向いているせいかあっさりと彼の台詞に合わせて答えてしまう。  
「そりゃカガリが●●な目にあったり××なことされてる夢を見たからだ」  
「●●って・・・それはまた随分凄いことを」  
「何言ってんだ、やったのはキラ、お前なんだぞ」  
「え、僕?」  
「そう、禁断のアブナイ関係!しかも俺が覘くと○○の真っ最中!!」  
「それでそれで?」  
ディアッカが身を乗り出してきた。それに釣られて自分も身を乗り出す。  
 
「((ピーーー))にまで大発展!((モニョモニョ))な二人は俺を前に((ゴニョゴニョ))ながら((ピヨピヨピヨ))を!!!」  
ノリが最高潮までにノって拳を熱く握り高らかな声を上げて席を立つアスラン。  
静寂が訪れた。張り詰めた空気に身を捕らえられたかのように固まる一帯の人間達。  
(当人にすれば人一倍)不意に訪れた緊張感の中、自分がもたらしたことにも気付かずに何事かと周囲を見渡す。  
それを見かねたキラは手で招いてアスランの注意を引く。  
「アスラン、アスランってば」  
「ん、どうした?」  
キラは言い難いという表情で自身の横を指した。  
キラが指した方向を見ると、口元を手で押さえて小刻みに震えるディアッカ、そしてそれより向うには半笑いを浮かべたクルー達がいる。  
よくわからずに再びキラを見ると今度はこちらの後ろを指差している。  
振り向くと腹に手をあてて今にも笑い出しそうなクルーの姿があった。  
何となく再度キラに顔を向けると今度はこちらの隣を突付くように何度も指で示す。  
嫌な確信に首のまわりが固くなっていた。筋肉が軋む音が聞こえるのではないかという錯覚を抱きつつ緩慢な動作で横を見やるとこちらを睨み上げるカガリと目があった。  
先程電算室で見せた怒りの顔は羞恥と照れが入り混じっていたためにまだ可愛らしいとさえ思える余裕があった。  
しかし今は筆舌に尽し難い憤りを浮かべておりあからさまになった殺意が読んで取れる。  
その形相は親の敵を見るが如く、殺気は肌に冷たく痛い。  
 
精神を引き裂く悪魔の牙が首元に食い込んだ、そんな焦燥感に襲われつつ  
アスランは言い訳の言葉を紡ごうとするのだが、呵責のない一撃が入る方が早かった。  
 
 
―――10分後  
 
通路を漂っていたアスランは何度目かの壁への接触で目を覚ました。  
吐くもののない腹から胃液が飛び出しそうな蹴り。それを受けて棒立ちになったところを掴まれてあちこちに投げつけられ重心の不明な回転力が入った結果、アスランは食堂から飛び出して遠くの通路を彷徨っていたのだ。  
 
何でこんな目に会うんだ  
 
自分がしたことをさておいてさも不運が招いた結果だとも言わんばかりに嘆いてみせるアスラン。  
 
そもそも悪いのは何か?誰なのか?  
どんな理由で・・・  
 
発端はあの夢だ。  
 
何故あんな夢を見たのか。それは自分が悩みに悩んでいるからだ。キラとカガリ。ふたりはきょうだいだった。それが判明したのはつい最近のことだ。じゃあそれ以前の二人はどんな風だったのか?それとなく聞いて回ったところかなり仲が良かったらしい。  
 
1.とある女性クルーの証言  
けっこう仲がよかったみたいよ。カガリさんもよくキラのところに会いに行ってたみたいだし。  
 
2.とある女性クルー達の証言  
カガリ様いつもキラ君のことを気にしてたわね。  
そういえばキラ君が行方不明になったってときすごく心配して泣きそうな顔してたじゃない。  
そうそう。  
 
3.とある男性クルーの証言  
俺見ちまったんだよ。いやー、実はさ、あの嬢ちゃんが坊主のことを抱きしめてたんだよ。  
 
4.とある男性クルーの証言  
なんかお嬢ちゃんが感極まってキラのことを押し倒したらしいぜ。いやー、若いっていいねえ。  
 
5.とある女性クルーの証言  
カガリさんってキラくんと二人きりになることが多かったわね。砂漠のときも二人して帰りが遅かったし。  
 
 
すっごく気になる内容ばっかりです。ぶっちゃけ何かあったとしか思えないんですけど。  
 
改めて思い起こして焦るアスラン。本当に何かあったのだろうかと何度も頭の中で反問を繰り返したものだ。  
しかしそれで真実がわかるわけではない。じゃあ本人らに聞けたかというと聞けなかったのだ。  
さすがに衝撃の事実を突きつけられた当人らに早々とそんな無粋なことを聞くのは躊躇われた。  
しかしその気遣いのせいでこんな目にあっている。いずれは聞かなくてはならないことだ。  
後回しにするのにも限界があるだろう。なんせ夢に見るくらいだ。  
 
仕方がない  
 
アスランは壁を蹴って反動をつけた。  
 
 
しばらく通路を流離ってみるとキラが見つかった。娯楽の少ない艦内では気分直しに展望台に向かう者も多い。今のキラもそんな一員だったのだろう。一人で壁面に身を寄せて何かを想っているようだ。  
 
「キラ」  
 
アスランの呼びかけにキラは憂いを浮かべた儚げな面持ちを向けてきた。  
「アスラン・・・怪我はもういいの?」  
「キラ、話があるんだ」  
「何?」  
彼の肩を掴んで視線を合わせる。今自分が話そうとしていることがどれだけ重要かを教えるために。  
騒乱の中で流れた安らぎにも似た一時は消え去り、代わりに修羅場という緊迫した空気に包まれる。  
「俺は本当のことを知りたい。どうか嘘偽りのない答えをくれ」  
アスランに応えるようにキラも真っ直ぐな瞳を向けてくる。  
「・・・わかった」  
唇が重い。口内が粘ついて舌を絡めとる。それでも聞くと決めたのだ。  
 
「カガリときょうだいなんだよな」  
「うん」  
戸惑いを浮かべていた。そんな顔をさせたことに胸が痛む。だが、覚悟をしたのだ。  
「お前、カガリと何かシたか?」  
「え?」  
先程までの影が差していた顔はどこへやら、呆けた顔を浮かべてわけのわからないといった視線を向けてくる。  
「えーと、具体的にはどういうことを?」  
「つまり、きょうだいだと知らなかった仲のいい年頃の男女がいた。それなら過ちを犯しても不思議はなかっただろうってことだ」  
それを聞いたキラは胡乱な目つきを向けてくる。緊張に吊りあがっていた肩は下がるところまで下がっていた。  
「真顔でそんなアホなことを言われても・・・」  
「誰が阿呆だッ!俺は本気で言ってるんだ!」  
尚の事性質が悪かった。もしかしていつも割れているのは種ではなく常識とか理性なんではなかろうか。  
対するキラの脳内では打ち上げ花火が華を咲かせていた。親友の狂言に思考が追いついていないのだ。  
「仲のいい男女の間にはそれしかないわけ?」  
濁った目でアスランを非難するキラ。  
「普通に仲のいいだけの男女ならいくらでもいるだろうさ。でもお前らは普通以上に仲がよかったらしいじゃないかっ」  
「そうかなあ」  
首を傾げていかにも腑に落ちませんとするキラ。  
「しょっちゅう抱きついたり押し倒したり二人きりになった挙句帰りが遅かったって聞いてるぞ!!」  
「う〜ん、まあ間違ってはいないけど・・・」  
 
それだけだと正しくないと続けようとしたところでアスランの叫びに遮られる。  
「やっぱりか!?」  
「やっぱりって・・・」  
「やっぱりキラとカガリは禁断のアブナイ関係に走っていたのか、なんてことだぁッ!!」  
「もしも〜し」  
「人目を忍んで『あんなこと』や『こんなこと』や『そんなこと』をッ!!」  
「ねえってば」  
「それでもって『キミのことが忘れられないんだ』『私もだ』『いいだろう』『ああ、そんな、駄目だ』とかアホな作品よろしくやるに違いない!!」  
「今のキミよりアホなものは存在しないんじゃないかなぁ・・・」  
「いかんぞ、そんな不健全極まりない関係は!!」  
「不健全なのはキミのアタマだけだよ」  
「ああ、親友の俺は何もしてやれないのか!?そしてカガリが傷物だったなんて!!」  
 
ホントに僕の親友でカガリの恋人なんだろうか?  
 
暴走するアスランを尻目に腕を組んで悩むキラ。  
「ところでさ」  
「キラの指が妖しく・・・」  
「いい加減カガリに気付こうよ」  
「カガリの・・・ってカガリ?」  
こちらが何を言っても聞かないくせに恋人の名前にだけは反応するらしい。さすがに温厚動物のキラにも少し腹立たしかった。  
キラの視線に合わせて肩越しに振り返るアスラン。するとそこには感情のない人形のような顔のカガリが立っていた。その色のない様は通路の中では浮いた存在に見える。  
 
「お前・・・さっきから・・・何を喚いているんだ?」  
「カガリ、もういい。何も言わなくていい!俺がお前を救ってやるから!!」  
聞いちゃいない。  
「いくらお前がキラに△△されてても俺はお前を見捨てない!」  
その言葉にカガリの頬が引きつった。  
「●●●になってもカガリはカガリさ!」  
きつく結ばれる唇。  
「ああそうさ例え×○●になってても構うもんか!!」  
据わった目が吊りあがっていく。  
「○△×なくらいが何だっていうんだ!!」  
淀みのない殺意。  
見かねたキラはアスランの顎と頭頂を掴まえた。  
「いい加減にしようよ・・・1、2の3」  
テンポよく数えるとアスランの首を90度ほど回転させる。  
何か関節が軋んだようなヤバ気な音がした。さすがに生命の危機を感じたアスランも現実に戻ってくる。  
「ききき、キラ?なんて危ないことを」  
それを聞いてキラは嘆息した。  
「もっと危ないことがこれから起きるんだけどね」  
「え?」  
そこでようやく気付く。目の前の危険に。  
掲げられただけの拳。それに全てが集約されていると言っていいだろう。  
 
心を握りつぶす魔王の指が閉じられた、そんな絶望感に浸かりながら目を閉じた。  
さすがのアスランでもここまでくるとあきらめるしかなかった。  
 
「大人しく寝てろォッ!!」  
問答無用な一撃が顔面に入った。  
悲鳴を上げることもかなわず通路を飛んでいくアスラン。  
 
キラは思った。  
 
もしかしてアスラン、欲求不満なのかな  
 
もしキラがアスランに直接聞いていたら彼はこう答えただろう。  
 
うん、だってカガリ何もさせてくれないんだもん  
 
 
(終)  
 
 

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