「珍しいな、ウィスキーか」
セルゲイが呟いた。
「お嫌いではないと伺ったので。たまには良いかと思いまして」
言いながらピーリスは身をかがめて、
運んできたトレーをテーブルの上にそっと置いた。
長方形のトレーには丸い氷の入ったグラスに
ミネラルウォータとソーダ水の小ビンが一本ずつ。
シングルモルトのベビーボトルの脇には、
金色の包み紙のカレ8枚とミックスナッツを盛った
四角い小皿が添えられている。
「いただこう。中尉もどうかね?」
「いえ、私はこれで。…明日も早いので」
「そうか」
カレを一枚つまんだセルゲイは、
そそくさと立ち去ろうとするピーリスの背中に
声をかけた。
「中尉、」
ピーリスがドアの前で立ち止まる。
「チョコレートありがとう」
「……いえ」
一拍おいて後ろ姿のまま短くそう答える彼女の瞳の表情が、
セルゲイには容易に想像がついた。
「おやすみなさい、大佐」
「ああ、おやすみ」
耳だけを真っ赤に火照らせて、
ピーリスは静かに退出していった。
セルゲイは手にしたカレの包装紙を剥がすと
正方形の薄いチョコレートを口に含んだ。
歯を立てて噛んでしまわずにそっと、舌の上に乗せる。
そうして時間をかけて溶かしながら、
控えめで遠回しな方法で彼女がくれた、
ビターチョコレートの甘さと苦みを味わった。
この穏やかな日々ができるだけ長く続く様にと
心の内で願いながら。
愛おしむかの様に、ゆっくりと。
---(終)---