その指は何度も自分を追い詰めるのに、どこまでも冷たい。  
 
「っは……あ、ふッ」  
 
 小さな声は、自分のものではないような温度を持っているというのに。  
 深夜の事務所には、誰もいない。  
 幽霊以外は、誰もいない。  
 おキヌはひたすらに自分を慰めていた。  
 
 天地が意味を成さない彼女の体は今、自身の夢中を示してかくるくると宙を舞う。  
 足は時折虚空を掻き、深く曲げられたかと思うと爪先まで強く張り詰め、忙しない。  
 人魂もまた、呼応するかのように明滅する。  
 緋袴を肌蹴て右手は自身の泉を探る。  
 左手は乳房に添えられて頂を摘み弄るが、その指はしばしば背筋を走る甘い痺れに刺激を忘れた。  
 長い黒髪が乱れ、羞恥と快楽にほんのりと染まれども白い頬を覆う。  
 それを首の動きで振り払うと、鎖骨をなぞり落ちた一束の感触に奇妙な快感が生まれる。  
 
 自分で「する」にはどうしても、快楽に限界があることを知ったのは、つい最近のことだ。  
 意図できぬ動きが与える感触というのは、何故か心地よさと嫌悪を併せ持つ。  
 先日、訳あって借りた生きた体の感触。正確には、その時に触れてしまった男の感触を思い出す。  
 自分とは違う、しっかりとした指の節、広い手のひら。  
 
 体温。  
 
 他者と触れ合う、それだけのことがあれほどの快感を生むと何故生前には気付けなかったのか。  
 生者とは違う指先の冷たさが、今ほど憎いことはない。  
 決して熱を持たない身体はそれでも、細い指に喰らいついて離さなかった。  
 
 胎内の疼きは刺激をもっと深くに求めて止まないというのに、届かないことのもどかしさ。  
 今一度足を曲げ背を丸め、奥深くへと潜り込ませようとする少女の姿は、卑猥な胎児のよう。  
 窓から差し込む月の光を羊水に、己の誕生を嬌声で祝福せんとする。  
 僅かに粘性のある液体でしとどに濡れる花弁にうごめくのは二本の指。  
 
「……ぁ、やあぁ……もっと、もっと一杯……」  
 
 空洞の物足りなさに、もう一本でも入らないかと指を広げる。  
 くぷ。くちゅ。  
 蜜壷を掻き回す音は淫らで、誰かに聞かれているような気がしておキヌの羞恥を高める。  
 こうしている間にも、ドアが開いて、誰かが入ってくるのではないか。  
 本当はもう、ドアの向こうにいて、聞き耳を立てているのかもしれない。  
 そんなことを想像するだけでも、恥ずかしくて恥ずかしくて、いたたまれなくなる。  
 
 いや、本当は、聞いていて欲しいと思っているのかもしれない。  
 見て欲しいと思っているのかもしれない。  
 あの人に。  
 
「恥ずかしい、です……横島さん……ッ、あっ」  
 
 ごめんなさい。私はこんなに、えっちなんです。  
 横島さんのことを思うと、止まらないんです。  
 おキヌは声にならない懺悔の叫びを上げ続ける。  
 指先は懺悔とは裏腹に、衝動に正直に貪欲な動きを止めない。  
 
 だが彼女の泉はまだ、三本目を飲み込めるほど開発されていなかった。  
 諦めて抜き出す。その時、充血した陰核にその指が触れた。  
 
「ひあぁ!」  
 
 以前その場所に触れてみたときは痛くて仕方なく、そのまま弄ったことは一度もなかった。  
 だが今は、指に塗れた体液が刺激を柔らげ、欲しがる体には新たな麻薬のように感じられる。  
 ぬるりとした刺激が体中を駆け巡る。頭の中が、今までと比較にならない速さで白濁していく。  
 
「あ、やっ、ぁは、これ……すご、くてへぇ……ひぃん!」  
 
 胎内を蠢く指の甘い刺激と、今まで知らなかった痺れるような強い刺激。  
 脚を抱えるような体勢で、ともすれば弓なりに逸らしてしまいそうな身体を押さえる。  
 
「あぅん、ん、っは、は、アア、あん、ん、はッ」  
 
 身体は刺激から逃げたがっているのに、もっとその快楽が欲しいと願っている。  
 快楽を限界まで押さえ込んで、我慢して、口が閉じられなくなるほど貪って。  
 そうしてから自分を解放してしまえば、とても気持ちがいいことは知っている。  
 それならば、この、強い刺激から解放された時、どれほどの快楽になるのだろう。  
 
「や、やだぁ、ああ、あ!あっ、はぁ、あーっ!」  
 
 怖い。怖い。怖い。  
 知りたい。気持ちよくなりたい。もっと、もっと。  
 
 許されるなら、あの人の、腕の中で。  
 
 そう思った瞬間、何かが弾けた。  
 目を強く見開きながら、それでも視界には何も映らず、乾ききった唇は酸素を求めている。  
 白い喉を逸らし、痛いほどに硬く張り詰めた胸を、左手が無意識のまま強く掴む。  
 足の先から頭の先まで、よくしなる棒になったかのように錯覚する。  
 白くかき乱された頭で、おキヌは自分がまるで獣のような悲鳴を上げているのを聞いた気がした。  
 
 彼女自身が知ることはなかったが、それはとても美しい獣の咆哮だった。  
 
 
 
 
   了  
 

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