「はぁっ…はぁっ…あ、ああっ…!」  
薄暗い部屋に灯りも点けず、まだ昼間だと言うのに女の淫らな嬌声が響いた。  
否、本当に昼なのだろうか?そう思っているのは、自分だけでは無いのか。  
不思議な場所だ、と思う。  
神と人間の接点の一つだと言われる霊格の高いこの山には、  
そこかしこに異空間へと繋がる入口が存在している。  
この部屋も、例外ではないのだとしたら――そこに時間感覚や、昼だの夜だのと  
言う概念は皆無であるのだ。  
もう、二日もこんな事を続けている。  
けれど、二日目だと思っているのは自分だけかもしれない。  
本当は、一時間と経っていないのだとしたら。  
そう考えると妙に空恐ろしくなり、快楽に身を任せる事でそんな考えを払拭する。  
本当は、この役目は自分に相応しくは無いはずだ。  
相応しいとすれば、それはあの煩悩の塊のような親友位のものだろう。  
たまたま、その場に居合わせただけ。  
たまたま、タイミングが悪かっただけ。  
全ては偶然。けれど、偶然が重なれば、それは必然となり、結果がこれだ。  
「あ、ああ…も、ぁあ…っ!」  
淫らな喘ぎ声に合わせ、キシキシと軋むベッドの音。  
そして粘る水音。  
淫靡な旋律は互いの耳に響いて、その激しさを物語る。  
結合された部分は、既に幾度も吐き出された自分の白濁と女の蜜が混ざり合って、  
出入りの度に纏わりつき、掻き出されるように弾け飛ぶ。  
もう見飽きる程その光景を見てきたと言うのに、何故かはわからないが  
やはりそれを見て、また身体が熱くなっていくのを感じずにはいられない。  
これが本能というやつなのだろうか。  
――呆れるぜ、全く…――  
自嘲気味に、口元だけで薄く笑んで。  
四つん這いにして、腰だけを持ち上げて、女の胎内を犯し続ける。  
いや、犯されてるのは自分なのだろう、きっと。  
限界が来て、気を失うように眠っていても、一時間と経たずに起こされて――  
「はぁっ…あ、雪っ…あああ!!」  
びくん、と女の背が弓なりに仰け反って、絶頂に達した事を伝える。  
「っ、く……!」  
絞り取られそうな締め付けに、抗う事無くそのまま中にぶちまける。  
……何度目だよ、これ。  
ずるりと引き抜けば、たちまち収まり切らなかった白濁が溢れ出て、腿を伝う。  
力を失い、ぐったりと崩れ落ちた女の横に倒れこんで、霞んだ目で天井を見上げて。  
そのまま目を閉じて、襲い来る睡魔に身を任せる。  
繰り返し繰り返し、同じ事やって、いつまで続くのか、果たして今度こそ  
ゆっくり休ませてもらえるのか。  
 
「――雪之丞…さん……」  
自分の名を切なく呼ぶ声に、再び重い瞼を開ける。  
……まだ三十分経ってないのではないか。  
「………またかよ……」  
ちょっとは休ませてくれねぇと本当にぶっ壊れちまうかも知れねぇな……。  
怖い想像に背筋が寒くなる。  
そんな自分に、女――いやまだ少女と言ってもいいかも知れない――は  
苦しそうで熱っぽい吐息を漏らしながら、自分の顔を覗き込んでいた。  
頬は朱色に染まり、瞳は潤み、涙で滲んでいて。はぁはぁと荒い吐息の合間に、小さく呟く。  
本当に、申し訳なさそうに、  
『ごめんなさい』――と。  
これも何度目だろうか。謝罪の言葉。多分性格的に、本当に申し訳ないとは思っているのだろう。  
それがわかっているだけに、怒る事も、拒絶する事も出来ず、選ぶ道は一つになってしまう。  
因果な性質――成長した竜神族特有の、生理現象らしきもの。  
それもわかっている。  
だから――また繰り返す。  
「っ、んっ…!」  
少女――自分よりも千七百歳も年上だが――の顎を掴み、強引に唇を奪う。  
恍惚とした表情で淫猥な口付けを受け入れる少女の顔は、酷く淫らで――しかし苦しそうに見えた。  
元々身長が余り高いわけでは無い自分よりも、更に小柄で華奢な少女を再び組み敷いて。  
 
 
 
 
 
時々頭を掠める恋人の存在を打ち消しながら――また、その行為を繰り返した。  
 
 
 
 
 
*****  
 
その日は、明らかにいつもと違っていた。何もかもが。  
 
眩暈がした。  
身体は重く、酷く熱を持っている。  
篭った熱をやり過ごすように、吐息は荒く、切なげで。  
身体が震えるのは、寒さの所為ではない。  
足りない何かが――決して一人では満たされぬ想いに、気が変になってしまいそうだった。  
 
それはあまりに突然の事だった。  
何の兆候も無く、昨夜まではいつもと全く変わったところもなくて。  
けれど、本当にそれは突然で。  
もっと、先だと思っていた。  
いつかは来るものと思ってはいたものの、それはまだ百年も二百年も先の事だと、勝手に信じていたのだ。  
朝から、もう二時間――いや、彼女にとってはまだ二時間しか経っていない――  
も、ベッドの中で蹲り、シーツを強く掴んでその苦しみに耐えていた。  
そうしないと、負けてしまいそうだった。  
己の強大な霊力を、何かの拍子に一気に解放してしまいかねない。  
そんな不安もあった。  
 
しかし、彼女の元々の性格故に――気真面目で堅く、清廉さも備えたその性質が、  
本能よりも理性を選択し、彼女を踏みとどまらせていた。  
けれど、もし今自分の側に他の者が居たならば――彼女は恐れた。  
日本の霊山、妙神山の管理人にして、霊能力を持った者達の修行を執り行う身の  
自分に、もし今誰かが尋ねてきたとしたら。  
おそらく、いつものようにまともに修行を行う事は不可能だろう。  
そう思い、鬼門に修行者が訪れても断って欲しい事を告げる為に、寝台から  
けだるい身を起こし、ふらふらと覚束ない足取りで歩き始めた。  
これから己が身に起こる異変に、耐え切る為に。  
 
*****  
 
「二年振り……位か?」  
妙神山の巨大な門壁を見つけ、男はそう呟く。  
黒のスーツと黒のネクタイ、その上に黒のロングコートを羽織り、  
目は鋭い三白眼で、歳は二十歳前後というところだろう。  
背は165センチ程の、小柄な男だった。  
その門の左右対称の入口に鬼の面を見つけ、そこに詰め寄っていく。  
その男が近づくや、鬼の面の眼に妖しく光が灯り――男を認識すると同時に、  
野太い声を放った。  
「――おお!お主は!」  
出てきたのは拒絶や脅しの科白では無く、むしろ歓迎の色さえも含まれていて、  
男の口元に微かな笑みが浮かぶ。  
「――よぉ。久しぶりだな。」  
 
 
彼女の寝所は、この妙神山の頂きの敷地内に存在する  
修行場よりも更に奥――彼女以外は、鬼門位しか立ち入った事が無い小さな屋敷だった。  
とは言え、人一人が住むには十分な広さであり、中華風の装飾で彩られていて、  
彼女の几帳面な性格も手伝ってか埃一つもたっていなかった。  
鬼門が言うには、いつもならばとっくに起きて、何かしら動いているはずの管理人が  
今日は一向に顔を見せないとの事だ。  
何かあったのではと思いながらも、修行者を試し、または外敵の侵入を防ぐ  
役目がある鬼門達は、管理人の指示が無い限りはうかつにその場から動けないそうだ。  
動けても三分……インスタントラーメンみたいだな、おい。  
そう心で突っ込みを入れながら、黒ずくめの男――伊達雪之丞は管理人――小竜姫の居る筈の  
屋敷に足を進める。  
何かあったのではって……あの小竜姫だぞ?何を心配する事があるってんだ?  
人間ならまだしも、神様が病気になるなんて話、聞いた事も無いではないか。  
単なる寝坊じゃないのか――雪之丞はそう高をくくっていた。  
だが確かに自分としても折角修行に来たのだから、ただ小竜姫の起床を待つのに  
時間を無駄にするのも勿体無いという思いもあった。  
寝ているなら早く起こして修行を――彼がわざわざ彼女の屋敷に出向いたのはその為だった。  
 
「………」  
上品な雰囲気が漂う小さな庭園を通り越して、玄関の前に立った。  
「…いいんだよな、開けても」  
ここに来て、何となく躊躇いがちになるのは、やはり相手が女である為か。  
よく考えたら、竜神とは言え女の部屋に入ると言うのはやはりまずいのではないか。  
いや、邪な事などは特に考えてはいないのだが。  
むしろ寝ている間に彼女にそんな事をしようものなら殺される。間違いなく。  
ただ横島ならば後先考えずに煩悩のままに襲い掛かりそうであるが。  
だが、折角ここまで来たのだ、とりあえず覗いてみるだけでも――そう思い、  
竜の紋様が刻まれた取っ手を握り、引戸を開けた。  
「………」  
やはり、眠っているのだろうか。  
物音一つせず、あたりは静まり返っている。  
或いは、鬼門の心配していた通り、小竜姫の身に何かあったとでも言うのだろうか。  
そう思うと、このまま引き帰すのもどうかと思い、雪之丞は覚悟を決めて小竜姫の寝所へと向かっていく。  
幾つかの部屋を通り越し、最も奥に存在するその部屋が、どうもそうであるらしかった。  
彼はその部屋の前に足を止め、一息ついて――ドアを開ける――と。  
「!!きゃっ!?」  
「うわっ!?」  
ドアを開けたのは雪之丞だった。そして目的の人物は、すぐに目の前に現われた。  
互いの驚く声が響く。  
小竜姫は突然の事にその場から数歩引き下がり、信じられないものでも  
見たかのように雪之丞を見詰めた。  
「な、な…!何…で…!?」  
何で、雪之丞がここに?と言いたいのであろうか。  
雪之丞は雪之丞で――  
んだよ、元気なんじゃねぇかよ!?余計な心配させやがって…!  
等と、自分も僅かながらも心配していた事を悔いていた。  
「ご、誤解すんなよ!俺は鬼門に言われてお前を起こしに来ただけでっ!  
俺はただ修行を受けに来ただけなんだからなっ!?」  
それは決して嘘では無い。第一、なかなか起きてこない小竜姫が一番悪い。  
雪之丞には言い分があった。  
こんな事で誤解を受けて小竜姫を怒らせてしまったのでは修行どころか自分の命が危ない。  
てっきり、何か切り返してくるだろうと思っていたが、小竜姫の反応は雪之丞が想像していた  
のとは全く違っていて。  
「……そう…だったんですか……修行…に……」  
言いながら、小竜姫はぺたり、と崩れるように床に座り込んだ。  
その様子に、ただならぬものを雪之丞は感じ取り、まじまじと小竜姫を見た。  
よく見ると、頬は紅く、身体は震え、目は潤み――まるで…。  
「おい…お前まさか本当に病気か!?鬼門が心配してたぞ?」  
「っ!ち、違うんです、これは……で、でも申し訳ないですが…  
今日は修行は……ごめんなさいっ…!」  
何が違うと言うのか。どう見ても体調がいいようには見えない。  
「お前…熱があるんじゃないのか?ちょっと見せてみろよ。」  
言いながら雪之丞が近づくと、小竜姫はびくっと身体を強張らせ、嫌々と首を振る。  
「だ、だめっ……私に近寄っちゃ…!」  
「な、何だよ……何でそんなに脅えてるんだよ。」  
病気の所為か?何かいつもの小竜姫とは違う気がする。  
嫌だと言う割に、雪之丞が近づいても逃げようとはしない。――余程体調が悪いのだろうか。  
雪之丞が小竜姫の前でしゃがみ込み、小竜姫の額に触れると。  
 
「やっ…やぁぁっ!」  
「いっ…!?」  
電流が走ったようだった。思わず雪之丞の手を払いのけた。触れられた箇所から、  
びりびりと電流が身体全体に流れたような感覚に襲われ、小竜姫はぽろぽろと涙を流す。  
「ふっ…ぅ…!」  
身体が震える。触れられた感覚が、小竜姫の身体の奥に切ない疼きをもたらした。  
「……悪い。」  
驚いたのは雪之丞の方だ。額に触れるや小竜姫は悲鳴を上げ手を振り払われるし、  
そうかと思えば今度は泣き出す始末。  
確かにだめと言われながら近寄った自分も悪いが――やはり、何かが違う。  
病気って…わけじゃなさそうだな…。  
一瞬触れただけだが、決して高熱がある感じでもなかった。  
「はぁっ…っ…は…っ…」  
荒い呼吸を、小竜姫は繰り返していた。  
しかし、それはひどく切なく、どこか艶のある響きで。  
まさか、な?  
小竜姫に限って。このお堅い神様が、まさか。  
「っ…んっ…」  
身体が震えていた。何かに耐えるように、自分の身体を掻き抱いて、切なげに眉を顰めた。  
「…………」  
小竜姫の様子をしばらく眺めていたら、その違和感の正体が何となく見えてきた。  
けれど、曲がりなりにも神様に対し、こんな言い方をしていいものかどうか雪之丞は迷っていた。  
間違ってたら、その場合殺される。多分。  
けれど、多分その考えは間違ってはいないことを、何となくだが確信していた。  
何故かと聞かれると――多分、それは本能と呼べるものではないだろうか。  
「おい…大丈夫か?」  
雪之丞の声に、小竜姫ははっと我に返ったように、彼を見た。  
「あ…ご、ごめんなさい、雪之丞さん…っ……私…ちょっと今日身体の調子がおかしくて……  
折角ここまで来てもらって申し訳ないですが…今日は本当に……」  
「『身体』、がか?」  
「はい……ごめんなさい……!」  
申し訳なさそうに言う小竜姫の顔を、雪之丞はまじまじと眺めて――  
「……発情期か?」  
「―――――――っ!!!」  
小竜姫の顔全体が、火が付いたようにぼっと紅く染まって。  
雪之丞から逃れるように、がさがさと壁際まで後ずさった。  
「な、な、な…んで…!」  
口元を押さえながら、小竜姫は雪之丞をまたもや信じられないと言った顔で見詰める。  
………………図星かよ……。  
何故わかったのか、とでもいいたいのだろうか。  
そりゃわかるさ。そんなに色っぽい顔されちゃ、な。  
とは言え、やはり自分の考えに間違いが無かった事に、雪之丞は少なからず鬱になった。  
…横島なら、さぞ喜ぶんだろうけどな…。  
そんな親友を、少し羨ましく思いながら。雪之丞は大げさにはぁ、と一つ溜め息をついた。  
 
「成る程、な」  
「はい……」  
恥じらうように頬を染め、俯いたまま、小竜姫は雪之丞にぽつり、ぽつりと事情を話し始めたのだ。  
年頃になったほとんどの竜神族は、千年に一度、このような状態に陥るのだそうだ。  
それが、小竜姫も例外ではなかったと言うだけの事。それだけだ。  
「お前は、今回が初めてなのか?」  
「…私は、まだ千七百年しか生きていないんです。最初の七百年から千年の間に、  
角が大人のものへと生え変わります…。それから段々と身体が成長して…  
千年周期で、こんな事に…」  
「じゃあ、お前そろそろだってわからなかったのかよ?わかってりゃ、何か対処法でも  
あるんじゃねぇのか?」  
「だ、だって…まだ先の事だと思っていたんです!私は角が生え変わるのが遅かったから…それで…」  
「他の竜族は、どうしてるんだ?こんな時…」  
「ほとんどの竜神達は私くらいの歳になるまでに決まった相手を見つけているんです…。  
でも私はずっとここに篭りっきりだし……それに…抑える薬は天上界に行けばあるんですけど…」  
「じゃあ戻って薬飲んでくりゃいいじゃねぇか。何でそうしねぇんだよ?」  
「……それは、…こんな状態に、なる前じゃないと効果が無いんです……」  
「はぁ?!じゃ、今からじゃ対処のしようがないって事かよ!?」  
「……はい……」  
小さく頷く小竜姫を見て、雪之丞は思わず溜め息をついた。  
…これじゃ修行どころじゃねーな……。  
完全に当てが外れた事に、雪之丞は落胆の色を浮かべる。  
そんな雪之丞を上目遣いでちらりと一瞥し、再び目を伏せながら小竜姫は申し訳なさそうに小さく呟く。  
「……ごめんなさい……」  
小竜姫の謝罪の科白が雪之丞の耳に届く。  
つられるように小竜姫を見ると、肩は小さく震え、頬は真っ赤に染まって、自分の身体を掻き抱くように、  
或いは己の身を守るようにして、ぺたりと座り込んでいた。  
いつもの小竜姫とは違い、その姿は酷く扇情的で、儚げに見えた。  
そんな彼女を見て、雪之丞はまた溜め息をつく。  
今度は落胆のそれではなく、諦めの色を含むそれであった。  
…仕様がねぇよな……。  
小竜姫を責めても仕方がない。責めるならば、恨むならば己の運の悪さの方だろう。  
そう思い直し、雪之丞は立ち上がり、小竜姫に告げる。  
 
「…わかった。今回は修行は諦める。俺は帰るけどよ……大丈夫なのか、お前は?」  
雪之丞の言葉に、申し訳ないような、けれどどこか安堵したような表情で、  
小竜姫は答える。  
「……どうにかします……力を、…解放するわけには、いけませんから……」  
「……力の解放?」  
……今何だかとてつもなく不吉で危険そうな言葉を彼女は発しなかったか?  
「……私の竜神としての…力が…暴発、してしまうんです…」  
「!!?おいっ、何だそりゃ!?暴発するとどうなるんだよ…!?」  
何となく予想はつくのだが、その予想が外れていればいいのに、と雪之丞は願った。  
「逆鱗に……触った時と…同じように………竜に、戻ってしまうんです……」  
けれど、やはりこれも予想通りの答えであった事が、この上ない衝撃を雪之丞に与えた。  
ちょっと待てよ、そうなったら今俺がここに居る事自体危ねえじゃねぇか…!  
小竜姫が竜になった時のいきさつは横島から聞いた事がある。  
辺り一面焼き尽くすまでは元に戻らないとか何とか言っていたような……。  
雪之丞はたらり、と冷や汗をかいた。背筋に冷たいものが走る。  
一刻も早くこの場から立ち去りたい衝動に駆られた。  
「そ…そうか……大変、だな……じゃ、じゃあ俺は帰るから、後はがんばれよ?!」  
巻き込まれでもしたらたまったものではない。  
雪之丞はそう言い残し、足早に小竜姫の寝室を後にしようとドアを開けようとする――と。  
「「このまま帰すわけにはいかんぞ、雪之丞殿っ!!」」  
「うわっ!!?」  
「き、鬼門!?」  
ドアが勢いよく開く場合に生じる激しい効果音と共に、今度は先にドアを開いたのは鬼門達であった。  
左右の鬼門の突然の登場に、雪之丞が驚いて後ずさる隙に、逃げられぬようドアの前に立ちはだかる。  
「話は聞かせて頂き申した!小竜姫様もとうとう大人の竜神に…!ああ何と感慨深い…!」  
と、右のが言う。  
「しかしながらおいたわしい…!このような場所で一人篭られるが役目故に……くぅぅ!」  
と、左のが嘆く。  
「――って、おい!!お前らいつから居たんだ!?えらい詳しいじゃねえかよ!?」  
「お主が小竜姫様の所からなかなか帰って来ないから見に来たのだ。来てから二十分程経つか?  
右の?」  
「うむ、正確には二十二分程だな、左の」  
「……お前らあそこから離れるのは三分が限界だとか何とか言ってなかったか…?!」  
「細かい事は気にするな。このような重大な話をしていると言うのに門番などしておれん!」  
「アバウトすぎるぞお前ら!?」  
「そう怒るな。小竜姫様が大変な時だと言うのに、我らもおちおちしておれん。」  
すると左右の鬼が、寝室の中にずかずかと入り込んで来たかと思えば、  
床の上で雪之丞に向かって膝をついて頭を下げる。  
 
「そこで雪之丞殿を男と見込んで頼みがある。どうか聞き届けてくれい!!」  
言いながら土下座する鬼門達に、雪之丞は嫌な予感がひしひしと込み上げてくる。  
「な…なん…だよ…?改まって……」  
…まさか…な……?  
いくら何でも、人間の自分に。そう思ったが、これまで何度も何度も人間の  
自分たちに頼ってきた神々及び魔族の面々を思い出した。  
そして次の鬼達の言葉が、その予感を決定的にしたのだった。  
「「どうか小竜姫様のお身体をお鎮めし、慰めて差し上げてくれい!!この通りだ!!」」  
「「なっ!!?」」  
鬼門の申し出に、雪之丞と小竜姫両方が同時に声を上げた。  
予想の範囲内ではあったものの、まさか本当にそれを言ってくるとは。  
「ちょっと待てよ!!お前ら何考えてんだ!?俺は人間だぞっ!?  
てめえらの主人の事はてめえらでどうにかしろよ!」  
「我らには無理だ。我らは小竜姫様に仕える身、恐れ多くて手など出せぬ。  
それに身体の造りにしても、我らは竜神族や人間のようにはいかぬゆえ、  
どうにも出来ぬ。今、小竜姫様を抑えられるのはお主だけなのだ。頼む!」  
「小竜姫様が万が一暴走すれば、我らの手には負えんのだっ!!  
まだ死にとうない!!我らを助けると思って引き受けてくれい!!」  
「結局本音はそれかっ!!?てめぇら自分の事だけじゃねーか!!」  
「頼んだぞ雪之丞殿!言っておくが小竜姫様をお鎮め出来るまでは  
この屋敷からは一歩も外には出さんので、そこらへんは肝に銘じていてくれ!  
これよりこの部屋は異世界空間へと繋げる故。では御免!!」  
「おい、待てよっ!?待てって…!……………。」  
言いたい事だけ言って、一方的に頼み込み、雪之丞の意見も聞かず、鬼門達は消え去った。  
それは、本当にその直後の事であった。  
「っ!?」  
空間のひずみが出来たかと思えば、今度は自分達の回りの空気の流れが変化する。  
今まで何度か経験した事のある感覚。  
――間違いなく、異世界空間へ閉じ込められてしまったらしい。  
「…何なんだよ……あいつらは…!」  
雪之丞は怒りを通り越して呆れにも似た感情が湧き上がる。否、そんな事よりも。  
 
――『頼む』、と言われてしまった。それはつまり、小竜姫と――神と交われ、と言う事だ。  
ごく、と生唾を飲み込み、肩越しに小竜姫をちらりと見ると。  
「「!」」  
小竜姫も自分を見ていたらしく、気まずさから即互いに目を逸らした。  
ちくしょう、神様とやれってのかよ……!  
鬼門達から無理矢理に押し付けられた頼みに対し、雪之丞は酷く惑う。  
どう考えても、これは自分向きの依頼では無い。  
どうすればいいのかと途方に暮れていたその時。  
「…あの…雪之丞さん……」  
「!」  
突然声を掛けられ、雪之丞ははっと我に返り、小竜姫に目を向ける。  
相変わらず小竜姫は目を背けたまま、けれどはにかんだような笑みを薄っすらと浮かべて言葉を紡ぐ。  
「ごめんなさい……鬼門の言っていた事は…気にしないで下さい……私は、大丈夫ですから……」  
はぁはぁと、言葉言葉の合間に切なげな吐息を漏らし、身体に篭った熱を追い出そうとしている。  
そんな苦しげな様子が見て取れて、雪之丞は複雑な気持ちになる。  
「……とてもそうは、見えねぇけどな……」  
「いい、んです……私の為に……雪之丞さんに迷惑は掛けられませんし……  
暴走させてしまったら、本当に大変な事になってしまいます……だから、どうにか抑えてみます……  
鬼門に……貴方を外に出すよう…言って来ます………」  
言いながら、よろよろと立ち上がり、――ずっと背けていた目を、雪之丞へと向ける。  
瞳は潤んでいて、苦しげで、けれど、精一杯の微笑みで以って。  
その微笑みが酷く儚げに、不安げに見えて。  
「――………」  
雪之丞は迷っていた。迷う理由があった。  
これが数年前の自分なら――きっと迷う必要も無かったのだろう。  
俺は、そんなに器用じゃ無いからな……。  
けれど…、けれど。  
再び顔をふい、と背け、覚束ない足取りで雪之丞の横を通り過ぎようとする小竜姫の目には  
大粒の涙が、溜まっていて――  
 
「――俺で、いいのか?」  
 
そう、雪之丞は問うた。  
「…え…?」  
問われた意味がわからず、小竜姫は訝しげに雪之丞を見る。  
雪之丞は横目で小竜姫を見詰めながら、照れくささをひた隠しながら小竜姫にもう一度、問う。  
「だから……お前初めてなんだろうが。それなのに、俺が相手でいいのかって聞いてんだ。」  
「っ…ゆ、雪之丞さん…!?」  
思いも寄らなかった雪之丞の問いに対し、小竜姫はただでさえ火照った頬を更に  
紅潮させて、うろたえたように彼を呼んだ。  
「嫌なら一人で耐えてりゃいいけどな。けど、こんな事で暴走してここ破壊しちまったら後が大変なんだろ?  
どっちでも構わねぇぞ、俺は。」  
「…そ、そんな、私は……」  
私は…、……。  
口元を握りこぶしで押さえながら、小竜姫は考えた。  
――どうしたいのだろう…――  
一人で耐える事に、不安があったのは事実だった。  
正直言って、身体は既に気が狂いそうな程の切なさを訴え、奥の疼きはますます激しくなるばかりだった。  
今、そこに雪之丞が居る事で、どうにか理性を保っていられる状態だ。  
自分でどうにかする、と言ったものの、まだこのような経験をした事の無い彼女にとって、  
それはとてつもない屈辱を伴うものでもあった。  
雪之丞の事は、決して嫌なわけではない。  
相手が付き合いの長い彼であるならば、この際恋愛感情は抜きとしてでも、嫌悪感と言うものは  
今のところ感じられない。  
けれど――  
「……何だよ。はっきり言えよ、お前が決める事だろうが。」  
彼には――  
「私……は……、嫌なわけじゃ……でも……貴方には……居るじゃないですか……」  
大切な、人が。  
「……嫌じゃ、無いんだな?」  
「っ……で、でも雪之丞さんはっ…んっ!?」  
言い終わらぬ内に。  
 
唇を、塞がれる。強引に腰を引き寄せられて、甘い痺れが彼女を襲い、身体から力を奪う。  
「…んっ…は…っ…っ…!」  
がくん、と崩れそうな小竜姫を支え、彼女の唇を貪るように深く交える。  
「ふっ……ぅ……!」  
口腔に舌を差し入れると、小竜姫は拒む事無くそれを受け入れ、  
舌を絡ませるとくちゅ、くちゅと唾液の交わる音が淫らに響き、互いの耳を犯した。  
溜まった唾液を小竜姫に流し込んでやると、こくん、とそれを飲み干し、収まりきらなかったそれは  
口端から流れ出る。  
「はぁっ……っ…」  
唇を離すと、力を完全に失いくたりとした小竜姫の身体を抱きかかえ、  
寝台に組み敷いて、黒のコートを脱ぎ捨てた。  
「…どーでもいい事は忘れろ。俺も忘れる。」  
「…っ…でも……」  
涙目になりながら、小竜姫はまだかろうじて残っている理性で雪之丞に反論する。  
「でも、じゃねぇよ。しょうがねぇだろうが、俺ももう限界なんだよ……」  
「え……?」  
何の事だかわからない、と言った表情の小竜姫に、雪之丞は思わず苦笑う。  
千七百年生きていると言っても、たかだか二十年と少ししか生きていない自分より  
余程清らかで、世間知らずで無垢な竜神の姫君に、雪之丞はネクタイを解きながら再び口付ける。  
「んっ…ふ……っ!」  
男から与えられる狂おしい程の感覚と熱に、小竜姫の潤んだ瞳から涙が一筋頬を伝う。  
雪之丞と、彼の本当の相手に対する申し訳ない気持ちと、初めての経験と感覚に対する不安が入り混じり、  
胸が押しつぶされてしまいそうだった。  
口を塞がれている為に言葉に出来ない想いを精一杯心の中で叫んだ。  
――ごめんなさい――と。  
そんな小竜姫の心に気付かぬふりをしながら、雪之丞は唇を繋げたまま、小竜姫の衣に手を伸ばした。  
「―――っ!!」  
にわかに、小竜姫の身体に緊張が走る。  
彼女の中華風だか和風だかわからないような着物の上から、彼女の胸に触れる。  
「ひぁぁぁっ!!」  
喉を仰け反らせて、たちまち悲鳴にも似た嬌声が上がり、小竜姫の身体が引き攣る。  
布越しで触れただけだと言うのに、ここまで扇情的な反応を示す彼女に、雪之丞の身体も熱くなっていく。  
ふつふつと湧き上がってくる衝動と、本能が、彼の理性を蝕み始めた。  
やべー、な……。  
まだ、理性を完全に呑まれるわけにはいかない。そう己自身に言い聞かせ、衝動を抑え込みながら、  
彼女の衣の中に指を差し入れて、わざとゆっくりと肌蹴させていく。  
 
「あ……っ…!」  
雪之丞の手が、指が、ほんの微かに触れただけで、小竜姫からは酷く艶めいた声が漏れる。  
同時に、小竜姫の白い肌が――柔らかな曲線を描く膨らみが、露わになっていく。  
「っ……やぁっ…!」  
胸元を晒され、羞恥に思わず顔を背ける。  
胸は既に随分と張っていて、先端の淡い彩りは固く尖り、その存在を主張していた。  
誘われるように、その膨らみに手を伸ばす。  
「ああんっ…!」  
掌で包み込むように触れると、たちまち甘い声が小竜姫から漏れる。  
その声に、雪之丞は背筋がぞくりと粟立った。  
既に反応を示していたはずの己の芯が、更に強張っていくのを感じる。  
俺の方が、もたねぇかもな……。  
まだ大した愛撫も施していないにも関わらず小竜姫の身体は既に熱く、  
甘く響く嬌声と悩ましげで艶めいた表情は、まだ少女のような幼さが残るその容姿とは酷く不釣合いに  
見えて。それがより男の情欲をそそり、劣情を昂ぶらせていく。  
めちゃくちゃに、してやりてぇ。  
そんな願望が、首をもたげた。  
いつもの彼女ならば、決して見せる事の無いであろうその艶めかしい姿。  
もっと乱れさせたい。  
もっと淫らな声で啼かせたい。  
雪之丞は、小竜姫の尖りきったその突起に口付ける。  
「―――ああぁっ!!はぁ、んっ!ふぁ…!」  
突起を舌で転がすように舐め上げながら、その柔らかな膨らみを揉みしだくと、  
小竜姫の唇から火が付いたような嬌声が漏れる。  
引き離そうとしているのか、それとも抱きかかえようとしているのか、小竜姫の  
腕が雪之丞の頭に絡みつく。  
柔らかい乳房に顔を埋めると、その滑らかな白い肌が得も知れぬ心地よさを  
雪之丞に与える。  
その肌に少し力を込めて吸い付くと、鬱血した部分がまるで何かの刻印のように  
小竜姫の白に映えた。  
その度に小竜姫が甘い声を上げる。  
その声がもっと聞きたくて、幾つもの血の刻印をその白に浮かばせた。  
「はぁっ、んぁぁっ…!雪之、丞さ…っ…あぁっ…!」  
快感から逃れるように、ずり、と身を捩る小竜姫に対し、雪之丞は段々と興味を  
下半身へと移していく。  
小竜姫の袴越しに、その部分に触れてみると――  
「――ひぁっ…!!!」  
びくん、と小竜姫の身体が跳ね上がり、身を強張らせた。  
まだ、誰にも触れさせた事の無いその部分が。  
切なくて、熱くて、疼いて止まなかったその部分に、布越しではあるものの、  
ようやく待ち望んだ刺激を与えられ――身体の奥から、熱いものが込み上げる。  
 
「すげぇな……」  
思わず、雪之丞は感嘆の声を上げた。  
それは、小竜姫の袴越しでもわかる――否、袴にさえも微かに染みこんだ液体の  
存在の所為で。  
しっとりと湿り気を帯びた其処を撫ぜながら、雪之丞は小竜姫にその存在を伝える。  
「すげぇ、濡れてるな……相当、我慢してたんだろ、お前。」  
「――――っ……ちがっ……!」  
頬をかぁっと朱色に染めながらも、小竜姫は否定の言葉を紡ぐ。  
確かに、苦しかったのは事実だった。我慢していたと言うのも、自らの身体に  
起こった現象を考えれば、本当は否定する意味もなさないほどに明らかで。  
けれど、認めたくなかった。  
こんな事は初めてで、それを認めてしまえば、自分がとてつもなく淫らな女に  
なってしまいそうで、嫌だったのだ。  
成長した竜族の――短い生を刹那的に生きる人間とは違い、長い生を半永久的に、  
しかも少数の種族で生きていく為の――子を成す為には必要な儀式であるはずなのに。  
「…今更、何言ってんだよ。こんなにしといて、違うも何もないだろうが。」  
「っ……」  
そう言われてしまえば言葉も無い。その身は明らかに男を求め、男を受け入れる為に  
こんなにも淫らな蜜を垂らし、その瞬間を待ち望んでいるのだから。  
雪之丞の顔をまともに見ていられなかった。  
こんな自分を、彼は一体どう思っているのか――恥じらいながら、顔をふい、と背けた。  
全く、随分と意地っ張りなお姫さんだな……。  
どこかのお高くとまったお嬢様といい勝負だ、と雪之丞は苦笑する。  
けれど、そんなところが――雪之丞には好ましく思えて。  
「っあっ…!?――っ……!」  
雪之丞の手が、小竜姫の袴の腰紐にかかる。それに気付き、小竜姫は湧き上がる羞恥と不安に、  
思わず息を呑んだ。  
けれど。  
「…どうやって解くんだよ、これ……」  
腰紐に手を掛けたものの、結び目がわからず雪之丞は右往左往に手を彷徨わせる。  
几帳面な小竜姫らしく、結び目さえも傍目からは分からぬように隠してあるようだった。  
いっその事強引に引き裂いてしまおうか、等と物騒な考えが雪之丞の脳裏を掠めた、その時だった。  
 
「――…小竜姫…?!」  
小竜姫の、しなやかで白い手が雪之丞の手首をそっと掴む。  
「…………」  
目には薄っすらと涙を浮かべ、あまりの羞恥に、消え入りそうになりながらも。  
雪之丞の手を、帯の結び目へと導いた。  
「ここ、か?」  
導かれた先を弄ると、幾重にも巻かれた細い腰紐の中に蝶々型の結び目を見つけ、  
それを引っ張る。  
シュル……と衣擦れの音と共に、その結び目が解かれ、徐々に腰紐を緩めていくと――  
「――っ……雪之丞…さん……!」  
不安げに雪之丞の名を呼んで、彼を見上げる。  
潤んだ目は、切なげに何かを訴え、まるで懇願するように雪之丞を見詰めていた。  
「…怖い、か?」  
「…………」  
無言のまま、小竜姫はまた雪之丞から目を背ける。雪之丞はそれを肯定の意と捉えた。  
「へぇ……神様でも怖いもんがあるんだな…」  
からかいを含んだ雪之丞の科白にも、小竜姫は何も言わない。  
雪之丞はそんな小竜姫に対し、――らしくない、と思いながらもその言葉を耳元で囁いた。  
「…心配すんな、酷くはしねぇよ。――いくぞ?」  
「――ぁっ…!」  
すっかり緩くなっていた袴を掴み――それを下へとずらしていく。  
「いやっ…ぁっ…!!」  
まだ誰にも見せたことの無いその部分が――雪之丞の目に晒されていく。  
「っ……!」  
まだ誰にも触れさせた事の無いその部分を――雪之丞の指先が弄る。  
「あああっ!!ひっ…ぁ……いぁぁっ…!」  
どれだけ、待ち焦がれただろう。  
熱くて、切なくて、身体の奥が疼いて疼いて、狂おしい程に恋焦がれて。  
「へぇ…初めての割に、すげぇ量だな………どんどん、溢れてくるぞ……」  
「や……言わない、でっ……ああっ…!」  
あまりにも艶めかしく、生々しい量の蜜に指先を絡ませると、  
べとべとに汚れた手をわざと小竜姫に見せつけ、舌で舐め取る。  
小竜姫は泣きそうな顔でそれを見つめ、恥じらいからか目を背ける。  
そんな小竜姫の反応が、酷く可愛らしく見えて。  
けれど、下半身に目を落とすと、そこは小竜姫自身の反応とは裏腹に、  
淫らで、たまらなく卑猥で、――しかしどこか、神聖なもののように思えて。  
敬虔な気持ちも加わり――まるで壊れ物でも扱うかのように優しく――濡れた割れ目に唇を這わせた。  
「―――ああああっ!!あっ…やぁぁっ!!」  
くちゅ――  
粘る水音と共に、小竜姫の高く甘い嬌声が部屋に響く。  
 
その声に魅入られながら、雪之丞は次々に溢れる蜜を、吸い取るように舐め上げる。  
しかし、その甘い蜜はぬぐってもぬぐっても止まることなく溢れ続け、その蜜源はより強い  
刺激を求め、ひくひくと意志を持っているかのように轟いた。  
男を求め、奥へといざなうかのようなその襞の動きに、雪之丞は思わず息を呑んだ。  
そして、自らの熱も同様に――彼女を求めて止まない事を、悟った。  
否、身体は当に熱を持ち、反応を示していたのだが、だからと言って初めての相手に対し  
大した前戯も無いままに欲望をぶつける程、今の自分は青くはない。  
だから、本当はもっと慣らしてから――そう思っていた。  
けれど、目の前の女を見ていると――そんな想いなどどうでもよくなってきている己に気付く。  
「はぁっ…はぁ……はっ…」  
顔を上げて、荒く熱っぽい呼吸を繰り返す小竜姫を見下ろすと――  
未だ満たされる事のない情欲に、身体がびくん びくんと引き攣り、瞳からは涙が一筋頬を伝って。  
淫らで、悩ましげな――しかしそれがまた彼女の美しさを引き立たせていて――表情で、  
雪之丞を見上げる。  
決して口には出さない想いを、身体全体で表現しているように見えた。  
「雪之丞…さん……!」  
その美しさに――自分に向けられた縋るように眼差しに射抜かれて。  
雪之丞は言葉をなくしてしまったかのように絶句した。  
しかし、次の瞬間、何かを思い立ったかのように身体を起こし、無言のまま  
些か乱暴な仕草で以って、己のシャツを脱ぎ始めた。  
シャツのボタンが、一つ二つ外れてしまったようだった。  
勢いに任せ、弾け飛んだそれらはカツン、と音を立てて床に転がり落ちていく――ような音がした。  
けれど、そんな事はもうどうでもいい事なのだ――と。  
己の衝動が、本能が、そう告げていた。  
衣服を脱ぎ始めた雪之丞から、小竜姫は思わず顔を背け、目蓋を閉じた。  
衣擦れの音が耳について、小竜姫は刻々とその時が近づいている事を悟る。  
こんな事になるなんて、思いもしなかった。  
まさか、雪之丞と――そんな思いが彼女を掠めたが、しかしそれはそれだけの思いであり、  
不思議にも嫌悪感というものを感じないのは何故なのだろうか。  
もし、彼以外の男が相手だったとしたら、その時自分はどのような想いを抱いたのだろうか。  
――そんなとりとめの無い思考ばかりが頭の中を駆け巡っては消えていくが、  
それは雪之丞の自分を呼ぶ声によって、打ち消された。  
「――小竜姫……」  
 
名を呼ばれ、小竜姫は恐る恐る目を開いた。  
そこには、服を脱ぎ捨て背中からシーツを掛けている雪之丞の姿があった。  
男は小柄ながらも、肩幅は広く、引き締まった身体をしていて、二年前に最後に  
会った時と比べると、顔つきに若干少年らしさが失われ、大人のそれへと変わりつつあるように見えた。  
そこまで思い至って、小竜姫は身体の奥が一際強く、切なく疼くのを、感じずにはいられなかった。  
――欲しい――と。切に、願う。  
伴うように、熱く潤んだその入口が、ひくり…と引き攣れた。  
もうこれ以上耐えるなんて、出来そうにない。  
上半身を僅かに浮かせ、初めて自分から雪之丞の身体に触れて、背中に腕を絡ませしがみついた。  
「っ……!」  
雪之丞の身体が強張るのを肌で感じ取り――小さく、囁く。  
「お願い、です……私、もう……」  
その言葉が――雪之丞の最後の理性を奪う。  
心拍数が上がる。全身の血液が逆流したのでは無いかと思うほど、身体が熱い。  
こんなにも淫らな願いを耳元で切なげに、熱っぽく囁かれて。  
これに抗える奴がいるかよ…!  
耐え切れずに、雪之丞は小竜姫の細い腰を引き寄せて。  
己の張り詰めた性器を、小竜姫の入口にあてがう。  
「――あっ…!」  
くちゃり――と粘る水音と共に――背を仰け反らせた小竜姫の胎内を、一気に貫く。  
「あっ…ああああ…っ!!!」  
「う…ぁ…す、げっ……!」  
胎内に自身を突き入れたと同時に、内部がぎゅんぎゅんと雪之丞を締め付け、  
溢れる愛液が更に熱を増して、雄芯に絡んでいく。  
精を根こそぎ搾り取られるかのような膣壁の圧迫に、眉を顰め、唇を噛み締め、  
いきなり絶頂に達しかけたのを必死に堪えた。  
「っ、く……!」  
短く息を詰めた後、はぁ、と一つ息を吐いて、小竜姫から与えられた激しすぎる快感を  
どうにかやり過ごす。  
その間も小竜姫の熱く窮屈な秘唇はひくりと収縮を繰り返し、雪之丞を締め続け、  
全身からじわりと汗が滲んだ。  
「はっ……あ…熱……んっ……」  
「…っ、それは…こっちの、台詞だぜ…っ…」  
互いの熱が、互いの混ざり合った部分から身体全身へと伝わり、溶けていきそうになる。  
 
包み込む小竜姫の秘裂は酷く熱をもっていて、その熱がより雪之丞自身を昂ぶらせていく。  
膣内で更に硬く膨張する楔に圧迫され、快感なのか苦しいのかさえもわからない。  
じくじくと内部で脈打つ熱が、愛しくも切なく思えて、小竜姫の瞳からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていく。  
「…!?おい…大丈夫か…?」  
促される射精感をどうにか堪え、微かな余裕を取り戻した時、小竜姫の涙に気付いた  
雪之丞が心配げに声を掛ける。  
彼女は何も言わなかった。痛いとも、苦しいとも。  
彼女の身体はあまりにも素直に自分を受け入れ、何の抵抗も感じなかったように思う。  
だから、大丈夫だと思っていた。  
けれど目の前の彼女は、苦しげに眉を顰め、溢れる涙はシーツに幾つもの染みを作る。  
初めての身体に無理をさせてしまったのかと、今更ながら罪悪感が込み上げてくる。  
女が泣くのは苦手だった。  
横島に以前そう話してみたときに、『お前がか!?』等と言われ、本気にはしてもらえなかったが。  
――泣いている女を見ると、幼かった自分を抱いて泣き崩れる母親と被って見えて。  
だから女を泣かすのは、苦手だった。恋人に対してでも、何だかんだと言いながら  
激しく言い争いをしたところで、彼女が泣く手前でこっちから折れる。それが常だった。  
「小竜姫……痛い、か?」  
小竜姫の目に光るものを指先で拭いながら問いかけると、小竜姫はふるふると首を振って、  
それを否定する。  
「違う…んです……っ…は…ぁ……!」  
内部に収まったものの鼓動が、小竜姫の身に更なる情欲を宿す。  
それに伴い湧き上がる愛しさは情欲故であるのか、それとも――  
「雪之丞、さん……っ………」  
「!」  
男の名を呼びながら、男の首筋に腕を絡ませ唇を合わせる。  
まるで子供が甘えるような小竜姫からの口付けに、雪之丞は戸惑う。  
しかし、恐る恐る舌を差し入れ誘ってくるのに、雪之丞は自らの舌を絡ませてそれに応えた。  
「ん……はぁっ…ふ……」  
熱い吐息の合間に甘い声が漏れ、それに触発されたように、ゆっくりと腰を動かし始める。  
「――ひぁっ……!」  
雪之丞の雄芯に胎内を擦られ、身体がびくんと強張り、重ねていた唇が思わず離れた。  
求めてやまなかった快感をようやく手に入れた悦びに、身体が打ち震えた。  
きゅう、とまとわりついてくる肉襞の貪欲な動きに耐えながら、はぁ、と荒く息をつくと、  
雪之丞は小竜姫の細い腰を両手で掴んで――ぎりぎりまで引き抜いて、再び奥まで突きたてる。  
「あ、あっ、あっ……ああっ…っ…あっ!」  
幾度も幾度も、それを繰り返し、繰り返し。  
子宮の奥壁に先端を叩きつけるような腰の動きに、小竜姫の嬌声が絶え間無く部屋に響く。  
自分でも、止めようが無かった。  
漏れ出る声を、艶めいた、まるで自分のものでは無いような淫らな声を、抑えようと思っても抑える事も出来ない。  
繋がった箇所から与えられる激しい衝動が、もはや止む事は無く。  
 
「あ、ああっ……!っ、んっ…あああっ!!」  
雪之丞は肉欲の求めるままに――しなやかな肢体を揺さぶり、膣内を犯し続ける。  
激しい抽迭に、小竜姫の身体は痺れたように強張って、雪之丞の成すがままに耐えるしかない。  
男の首筋に絡めた腕に、更に力を込めてしがみ付き、気付かぬうちに彼の背に爪を立てながら衝撃を  
受け止める。  
「っ…!」  
ちり、と背に鋭い痛みが走り、思わず眉を顰めると、初めてそれに気付いた小竜姫が、慌てて手を離す。  
「っ…ご…めんなさっ……私っ……あっ…!?」  
おどおどと謝罪の言葉を口にする小竜姫の手首を掴み、そのまま押し倒してシーツに縫い付ける。  
「や、…雪之丞、さんっ……っ…!?」  
掴んだ手首はそのままに、雪之丞はそれを下半身の繋がった部分へと導く。  
「わかる、か?」  
薄く口元だけで笑いながら、からかうように小竜姫に問う。  
――熱い――  
それが、小竜姫が最初に抱いた感覚だった。  
「あ…あ……!」  
わからないはずがなかった。  
生まれて初めて触れる男の肉欲――それにまとわりつくぬめった液体の存在。  
導かれるままに、指先を更に上へと動かすと――自分自身の秘唇に触れ、身体がびくり、と強張る。  
「はっ……や、…ぁっ……!」  
互いの性器が。  
結合し、交じり合ったその部分に、指先が触れる。  
指先をそこに添えたまま――否、雪之丞の手によって固定されたままに、  
中をゆっくりと擦り上げられる。  
「やぁっ…!あ、あ、っ…いやっ…!」  
「嫌、じゃねぇだろ…?すげぇ…食いついてくるのによ……」  
雪之丞が内部を貫く度、肉壁は彼自身を食い締めるように伸縮する。  
引き抜こうとすれば、結合部は更に収縮し、ごぷり、と派手な糸を引いて、  
雪之丞の肉茎を離すまいと食い下がる。  
否定の言葉とは裏腹に、小竜姫の身は雪之丞を求め、焦がれているのは明らかで。  
己が身体の淫らな反応を指先で感じ取り、小竜姫は目蓋を閉じて顔を反らした。  
指先を微かに動かすと、結合部より僅かに上に存在する膨張した肉芽に触れて、  
思わず高い喘ぎが漏れる。  
そんな小竜姫のあられない姿に――雪之丞の身体は更に熱を帯びていく。  
込み上げる熱を押さえ込むように、更に深く、最も奥を、幾度も貫いた。  
「ひっ…!ああっ…アっ…ああっ…雪之、丞さっ……アぁっ…!」  
もう、余裕などはどこにも無かった。  
甘く高らかに響く嬌声。  
ぐちゅ、ぐちゅ、と淫靡な水音が耳について、混ざり合う体液が出し入れの度に白い糸を引いた。  
柔らかな乳房が律動に合わせ揺れ、その度に小竜姫の目からは大粒の涙が弾け飛ぶ。  
 
――泣くな、っても、無理なんだろうな……――  
荒い息の下、苦笑いながら小竜姫の身体を抱き寄せた。  
不安げに揺れていた華奢な身体は、縋りつくものを得た途端、たちまち腕が  
絡みつき、小竜姫の表情が微かに安堵したものへと変わる。  
同時に――雪之丞の心に複雑な想いが絡みついて――  
「くっ…ああっ…雪之丞っ…さん……っ…あ、はぁっ…!」  
「はっ……小…竜姫っ……!」  
女の柔肌を抱きしめながら、女の淫らな啼き声を聞きながら、女の熱に浮かされながら。  
この湧き上がる感情は本能故と己に言い聞かせるように、小竜姫の胎内を激しく突き上げる。  
休む間も無く攻め立てられて、その激しさを受け止め耐えるだけだった小竜姫の身体が、  
次第にびくびくと痙攣を始める。  
それに伴い、男を搾り取ろうとする貪欲な胎内の動きに、雪之丞の限界も一気に近づく。  
かろうじて残った理性で以って、込み上げる熱を押さえ込む。  
「っ、イク…ぞっ……!」  
そう警告し、雪之丞が小竜姫から身体を離そうと身を起こす。  
しかし小竜姫は雪之丞から離れまいとするかのように身体をぴったりとくっつけて、それを阻む。  
「なっ……!おいっ、何やってんだ…!?離れねぇと…!!」  
「ダメ……っ……このまま……お願い……!」  
雪之丞に必死ににしがみ付きながら、切なげに懇願する。  
「このままっ…て……、お前、発情期って事は…っ…、やばい時じゃねぇのかよっ…!?」  
いくらなんでも、神様を孕ますわけにはいかねぇだろうがっ!  
例え種族が違ったとしても、現にヴァンパイア等は人間と交わればハーフの子が生まれるのだ。  
それは自分のヴァンパイアハーフの友人が存在する事で証明済みだ。  
竜神族が人間と交わっても大丈夫だと、保証でもあるのだろうか。  
「あっ、はぁ、っ…いいん、です……おねが…い…っ…」  
自分がどれ程淫らな願いを彼に託しているのか、わからないわけではなかった。  
しかし、自分自身ではどうしようも無かったのだ。  
彼の全てが欲しくて欲しくて、たまらなくて。  
自分を満たしてくれるものが、まだ足りなくて。  
離れたくない。離したくない。そんな想いばかりが溢れ出て、彼に全身で訴える。  
小竜姫の言葉に、雪之丞の不安が消え去ったわけでは無い。  
今の小竜姫の状態を見ていると、どこまで本当の事を言っているのか、わかったものではない。  
けれど…けれど…!  
「っ…どうなっても、知らねぇからなっ……!」  
小竜姫の言葉に、雪之丞は引き抜くのではなく突き入れる事に神経を集中させる。  
小竜姫の華奢な身体を抱きしめながら、雪之丞は最奥を思い切り突き上げた。  
「雪っ……アっ…あぁぁぁっ……!!」  
一際高い嬌声を上げて、小竜姫は弓なりに身体を反らし、雪之丞をきつく食い締める。  
「―――く…っ…!」  
あまりに刹那的な快楽が、眩暈にも似た感覚を雪之丞にもたらした。  
二つの重なり合った影が固く強張る。  
痙攣を繰り返す膣内に、ドクッドクッと脈打ちながら、熱い欲望を吐き出した。  
「んっ…は……っ…あ……ぁっ……!」  
注ぎ込まれる熱と、膣奥を押し上げられるようなその感覚に、小竜姫の身体の震えは  
治まらず、雪之丞を締め続けた。  
「っ……ん……っ…はぁ……っ…」  
「っ…は……!」  
吸い付くような収縮に、最後の一滴までもを吐き尽くすと、未だ痙攣を繰り返す  
小竜姫に、ぐったりと覆いかぶさる。  
はぁはぁと、互いに荒い呼吸を吐き出しながら、快楽に堕ちた身体を鎮めようとする。  
 
 
しばらくの間無言で抱き合い、激しい呼吸がようやく落ち着きを取り戻した頃、  
雪之丞は上半身を僅かに起こし、小竜姫を覗き込む。  
「…小竜姫……」  
呼びかけると、重い目蓋を薄っすらと開けて、雪之丞と視線を合わせる。  
未だ恍惚の表情を浮かべ、瞳は今にも涙が溢れそうな程に潤んでいる。  
そんな小竜姫の姿は酷く妖艶で、淫らで、美しくて。  
「雪之丞…さん……」  
「…大丈夫か…?」  
雪之丞の問いに、こくん、と頷きながら。  
しかし、小竜姫はどこか不安げで、物憂げで。目線を下へと逸らし、そのまま黙り込んだ。  
何事かを考え込んでいるようにも見えて、どこか不自然さを感じる。  
そんな小竜姫の態度に、全く余裕を欠いていた己の行為に、何か問題でもあったかと不安になる。  
「…どうした、どっか痛いとこでも…」  
「――違う、…んです……」  
雪之丞の言葉を遮り、小竜姫からようやく出たのは否定の意。  
重々しささえも感じさせる小竜姫の言葉に、雪之丞は戸惑いの色を浮かべた。  
「…じゃぁ…何なんだよ?」  
「…、雪之丞さん……私……その……」  
「何だ?」  
訝しげに言う雪之丞に、小竜姫は何かを言い惑っているように、息を詰めた。  
言葉に出そうと口を開くが、それは決して音にならず、また口を噤んで目を伏せる。  
「…何だよ、はっきり言えよ。言わなきゃわかんねぇだろうが」  
少し苛ついたように雪之丞が次の言葉を催促するが、小竜姫の次の言葉は  
雪之丞を更に戸惑わせた。  
「――……ごめんなさい……やっぱり…いいんです……大した事じゃ…ないですし……」  
「はぁ?何言ってんだよ、気になるだろうが!いいから言えよ。」  
そんな雪之丞の言葉に、小竜姫は恥じらうように目を背けた後――。  
「その……実は……――」  
雪之丞の耳元へ躊躇いがちに唇を寄せて――小さく、しかしはっきりと答えた。  
「――…マジ…かよ…!?」  
雪之丞の背が、一気に凍りつく。  
絶句した雪之丞に、小竜姫は申し訳なさそうに、泣きそうな声で。  
「……ごめんなさい……!」  
そう、呟いた。  
聞かない方がよかったのかもしれない。  
否、それよりもやはり自分ではこの役目に相応しくなかったのだと、後悔した。  
頭の中を、小竜姫の言葉が幾度と無く反復する。  
約三日間、こんな状態が続くのだ――と。  
「――っ………!」  
「――!?うぁ…っ!」  
ようやく落ち着いていたはずの小竜姫の胎内が、未だ繋がったままだった雪之丞に  
再び熱を与えようとするかのように、収縮を始めたのだ。  
「はっ……っ…――」  
熱く甘い吐息を漏らし始める小竜姫に、雪之丞はごくりと生唾を飲み込んだ。  
…大丈夫なのか、俺。生きて帰れるのか、俺。  
嫌な汗がたらたらと全身に流れるのを感じ、にも関わらず己の意志とは無関係に  
再び熱を帯び始める自身に対し、自嘲気味に引き攣った笑みを浮かべた。  
 

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