GS美神極楽大作戦!! 『横島忠夫独壇場!!』  
 
 
青年は星の見えない夜空を仰いだ。夜空に星が見えないのは雨や、雲のせいではない。  
大都会の汚れた空気、人を惑わす下品なネオン光、これらは星を見るのには不要すぎる。  
青年は叫んだ。仰いだ夜空のそのはるか遠くに存在するはずの星にも届くかのように。  
 
「煌くネオン!そこはかとなく妖しい雰囲気!そして何より美しいお姉様方ッ!!  
ああッ……こうして目を閉じればまるで桃源郷のように芳しい香りが……!」  
「はーい、一名様ごあんないねー」  
「ああっ何故だ、体が勝手にお姉様のほうにッ!!」  
化粧の濃い女性が、しめたとばかりに腕を絡め、青年を店にひきずりこもうとしている。  
 
「着いて早々何をしとるかオノレはーッ!!」  
がこんっ、慣れ親しんだ衝撃が後頭部に走る。  
噴出す血液といいくも膜下に達する裂傷といい、まったくいつものことながら  
遠慮というものがない。  
「なんだ、美神さん、痛いじゃないですか。」  
「なんだ、って…横島くん……あんた、日に日に頑丈になっていくわね……。」  
神通棍が後頭部にめりこんだままで青年が振り返ると、そこには青年の雇い主である  
GS(ゴースト・スイーパー)、美神令子が呆れ顔で立っていた。  
スイカ並みに豊満なバスト、くびれにくびれたウエスト、これでもかと突き出たヒップ、  
スーパーモデルばりのスタイルは日本人離れしている。  
人が彼女を目にしたときには、まずその容姿の美しさに目がいってしまうだろう。  
そして並み外れた美貌の持ち主でありながら、その実力――除霊能力――も  
日本随一である。  
 
自らの美貌と実力を売り物に、美神除霊事務所は連日大繁盛なのであった。  
 
忙しければアルバイトを雇わなければならない、その場合、支払うバイト代は  
できるだけ安いほうがもちろん望ましい。  
ふつう都内の激務バイトならば、時給が1,000円を超えることはけして珍しくない。  
しかし払う側からしてみればバイト代とはそれそのまま人件費である。  
純然たる出費なのである。払いたくないのである。  
そういった理由で、後頭部に神通棍をめり込ませている青年――横島忠夫――の時給は  
わずか250円に抑えられているのだった。  
 
「ふっ……美神さん、ここを一体どこだと思ってるんですか……。  
 右を向けばソープ!!左を向けばトルコ風呂!!正に男の夢と浪漫がぎっちぎちに  
 詰め込まれた治外法権の街、吉原ですよ(実際の吉原とは多少異なる場合が  
あります)!!多少の傷なんか怪我のうちに入りませんっ!!」  
聖地を訪れた回教徒はこういった表情をするのではなかろうか、この例えは多少  
問題があるんじゃあなかろうか、横島は、とにかくそういった感極まったという  
表情と動作で自らの興奮を力説した。  
後頭部裂傷、頭蓋骨骨折、くも膜下出血が「多少の傷」と言えるのかどうかは別にしても、  
この横島忠夫の霊力の源は煩悩であるから、確かに吉原の街はこの男にとって都合のいい  
場所ではあるのだ。  
 
「あーら素敵なお兄さん、ちょっとよってかなーい?」  
「おおっと言ってるそばから美しいお姉様ぁ!不肖横島、あなたのためなら  
どこへでもーっ!!」  
「うふふ、ありがと。ねえ、ところでお兄さぁん、今、いくら持ってるの?」  
素早く横島の左腕に絡みついた客引きは、単刀直入に尋ねた。  
横島は不敵な笑みを浮かべながら、  
「ふっふっふっ、金か、金ならなぁ……」  
右手をジーンズのポケットに突っ込みごそごそ引き出すと、ゆっくりと開いた。  
 
にじゅうごえん。  
手のひらに置かれた銅貨三枚。正真正銘、これが現在の横島忠夫の全財産であった。  
 
「ふざけんな貧乏人が。あー、こび売って損したわー。」  
左手に絡めていた腕を、ぱっぱっと払いながら客引きの女はさっさと行ってしまった。  
 
「……うう……貧しさに負けた……いや、世間に負けた……」  
一人残された横島はむせび泣いた。Gジャンの袖に染み付いた安香水の香りが  
やけに目に染みた。  
 
「泣かないでくださいよ横島さん、一体何をしたかったのかはわかりませんが、  
 お金を貯めてまた来たらいいじゃないですか。」  
「おキヌちゃん…こんな俺に慰めの言葉を掛けてくれるのか…この、負け犬に…。」  
涙と鼻水を勢いよく流す横島の背後に、いきなり女の子が現れた。  
人が彼女をみた時に驚くポイントは二つある。一つは現代の普段着としては  
全くありえないであろうハカマ姿、巫女姿であること。そしてもう一つは、彼女がいつも  
ちょっと浮いていることである。つねにちょっと浮いている人物など、ドラえもんのほか  
に誰も知らない。  
「何言ってるんですか、ちょっとダメだっただけで諦めるなんて、いつもの  
横島さんらしくありませんよ!!元気出してください!」  
「ううぅ……あんた、ええ子や……死んでても、えっ子やでぇー!!」  
おキヌ、そう呼ばれた巫女姿の女の子は、細かい説明は省くがもう300年ほど前に  
おもいっきり死んでおり、成仏もせずに美神所霊事務所で雇われているのだった。  
ちなみに日給30円である。現代日本社会、デフレ・スパイラルのせいではない。  
美神のがめつさのせいである。  
 
「ええい、いつまでも馬鹿やってないで、さっさと仕事しに行くわよ!!」  
先頭を行く美神が振り返り、二人を促す。  
そう、三人が吉原にやってきたのはちょっと遊んでいくためでも、物見遊山でも  
出征前の思い出作りでもなく、まっとうな除霊の仕事――ゴースト・スイープ――  
のためなのであった。  
 
「しっかし美神さん、こんなところに悪霊なんているんすかー?」  
現場に向かう途中の道、色とりどりのネオンに囲まれた道は確かにある意味妖しい雰囲気  
ではあるのだが、陽はとうに落ち真夜中、子の刻であるがまるで昼間のように明るく、  
霊が存在できるような暗く陰湿な場所は無いように見えた。  
 
「ええ、多少電気で明るくても、人が集まるところには霊も集まりやすいわ。  
でもまあ、そんな霊はほとんどが低級霊で除霊の必要もないようなものなんだけど……  
どうも一匹、強力なのがいるらしいのよね。」  
自分で説明しておきながらいまいち納得がいかない、そんな様子の美神に横島は  
質問を続けた。  
「ふーん……そいつ、どんな奴です?」  
「依頼者の話によれば、こいつは……淫魔――サキュバスよ。  
本来はヨーロッパの悪魔で、日本には存在しない筈なんだけど……。」  
依頼者からの情報をまとめた書類を改めて見直しながら、美神はぽりぽりと頭をかいた。  
「美神さん、以前にそういうの除霊したことあるんですか?」  
「ないわ。」  
 
しばらくの沈黙が流れた。  
「それって……平気なんですか?」  
「ええ、確かに初めてやりあう相手ではあるんだけど……  
美神はいったん言葉を切って  
「横島クンもいるし、大丈夫よ。」  
夜空に目を向けて言った。  
「はは、そんなこと言って、どうせまた人間の盾にでもしようって言う……」  
除霊に関しては大体のことが美神にお任せであるから、それはそれで仕方のないことかと  
横島は思っていたのであるが、美神は少しうつむいていた。  
 
美神の意外な悩み顔に、横島はごくりと生唾を飲み込んだ。  
「……横島クン、あなたがいないと……ダメなの。」  
美神は横島に向き直り、上目遣いで言った。  
「…………!!」  
(おおっ……これはっ……俺が頼られる日がついに来たかっ……!?  
そうだ、今まで闘った経験のない相手に美神さんも不安なんだ……!  
そしてその不安な心は自分より強い男に頼ることでしか慰められない……!!  
ということはっ……)  
「その不安な心を解きほぐすためにも今から二人でしっぽりとッ!!」  
「なんでそうなるッ!!」  
パンツ一丁で飛びつく横島の顔面に、美神の裏拳がクリーンヒットした。  
「ああ……見事な……ロシアン・フック……」  
横島は鼻血を出しながらアスファルトに崩れ落ちた。  
 
(まったく……今回のキーマンだって言うのに、大丈夫かしら?)  
だらしなく地面に横たわる横島に、一抹の不安を感じずにはいられない美神だった。  
 
 
「依頼書によれば……ここのこの角を曲がって……このビルとビルの隙間を通って……」  
複雑に入り組んだ路地をすり抜け、ようやく少し開けた場所に出ると、眼前には  
立派な屋敷が確かに建っていた。  
「こ、これが悪霊のいる屋敷ですか……。確かに、こりゃあ単なる屋敷っていうより  
 『幽霊屋敷』って言った方がしっくりくる感じの建物っすね……」  
崩れたかわら屋根、割れた窓ガラス、ぼろぼろになったしっくいなどが、長い間建物に  
人が住んでいないことを教えており、屋敷とその周りにはいかにも異様な雰囲気が  
漂っていた。  
玄関には大きな木の看板が掲げてあり  
『極上館』  
とあった。それがこの売春宿の名前だった。  
 
「なんでも、明治時代に建てられたらしいわよ。まあ、その、『春』を売るお店としては  
由緒のある店だったらしいんだけど、昭和に入って女店長が病死、閉店したけれど  
土地も建物もそのままで、乱立する高層建築にちょうどかくまわれる形で現在まで  
残っていたらしいわ。」  
「残ってた……って、そんな、ちょっと他の建物に囲まれてるってだけで  
見つからないで、そのまま現在まで残っちゃうなんてもんですか?」  
「もちろん、他にも理由があるからウチに依頼が来たわけでしょう?」  
「……そりゃ、そっすね。」  
除霊事務所に依頼が来る理由、それは亭主の浮気調査でも迷子の犬探しでも  
ラーメンライスの出前でもなく、そんなもの  
「悪霊が取り付いてにっちもさっちもいかんからどうにかしてくれぃ」  
以外にはない。  
 
「ちなみに、今回の依頼者は吉原商工議会青年部よ。青年部つったって働いてるのはまあ  
 みんな女の子なんだけど……」  
美神の説明は横島の叫びに遮られた。  
「んなあにぃーー!!それは……つまり除霊を成功した暁にはそこらのお店ご利用し放題  
っつーことですね!?……あぁ、神は我をお見捨てにならなかった……!!」  
涙を流し喜ぶ横島を、美神は冷たい目で見ていた。  
「ああっ、美神さん!これは決して浮気ってわけではその!!もちろん一番は美神さん  
ですから安心してください!!」  
 
横島は弁明した。自分でも弁明になってないなこりゃ、と思いつつもしないよりはまし  
だろうというのは浅はかな考えだとわかっていながらも弁明した。  
どうしてこう自分は思うことをすぐに口に出してしまうのだろうか、と、身構えながら  
軽率な発言を後悔していると、美神の口が開いた。  
「……そう、今回の除霊はあなたを頼りにしてるわ……。がんばって。」  
またしばかれるかと身構えていた横島は、予想外の言葉に目を丸くした。  
(……あれ?俺、マジで頼りにされてる?……お、俺の時代が、来たかっっ!!)  
横島が今までにない時代の到来を予感しているところに  
「美神さんっ!!」  
上空や二階の窓から様子を探っていたおキヌが急に叫んだ。  
「急に霊気が強くなって……っ!」  
「ええ、わかっているわ。」  
神通棍を取り出し、身構える。屋敷からの霊気が急に強くなった。悪霊が戦闘態勢に  
入ったようだ。  
 
(ほほ……そう、身構えないで……歓迎いたします。どうぞ中へ……。)  
 
どこから声がしたのかでどころがよくわからない、壁が、屋敷全体が震えたような音、  
それがそっと響いた。  
「かか、歓迎いたします、ですって……美神さん。」  
「……そうね……怪しいけど、入ってみるしかなさそうね。虎穴にいらずんば、  
…とも言うしね。」  
「ま、まじっすか……。うう…」  
 
屋敷に近付くと、入り口の扉が音を立てて開いた。すると美神はおもむろに立ちどまり、メモ帳にペンを走らせ、書き終わると一枚破いて、一万円札と一緒におキヌに渡した。  
「なんですか、美神さん?」  
「おキヌちゃん、あなたには今から別の仕事を頼むわ。ここに書いてあるものを  
事務所に集めておいてちょうだい。」  
「……ニンニクに黒ヤモリ……他にも…。これ、どうするんです?」  
「ん、まあ、あとで使うの。大丈夫、除霊は私と横島くんで終わらせちゃうから、それ、  
よろしくね。」  
「は、はい、わかりました。どうかお気をつけて。」  
一万円とメモを持ち、おキヌは飛んでいってしまった。  
「美神さん、あのメモ、何が書いてあったんです?今から準備しても……」  
「ああ、除霊には使わないわよ。使うのは、その、あと。」  
(場を清めるのに使うのか……?それにしては『陰』の素材ばかりだったし…)  
あごに手を当て考え込む横島を見て、  
「ほら、今は除霊に集中!いくわよっ!!」  
美神はせかすように邸内へ入っていった。  
 
「暗いわね……」  
屋敷の中は真っ暗で一緒に入ったはずの横島の姿も見えない。  
ほこりっぽく黴臭い空気と、身体にまとわり付く蜘蛛の巣がうっとうしい。  
「横島クン、懐中電灯。」  
「はい」  
(その必要は御座いません……)  
再び、出どころのわからない声が屋敷に響き、一瞬あって部屋がぱっと明るくなった。  
 
「!」  
急に光量が増えると瞳は驚き、瞳孔をしぼめる。  
瞳のピントが合い、最初に美神の目に入ってきたものは、女の姿であった。  
汚れたボロ屋敷には不釣合いな、整った和服姿。長い黒髪は後ろできれいに  
まとめられている。控えめなおしろいに薄く引いた紅。黒髪と対をなす大きな黒い瞳。  
格好は若干、時代錯誤的ではあるが、十分に美人であった。  
「あんた……」  
「う、美しいー!!」  
美神が口を開きかけた直後、横島が女に飛び掛った。  
「やあ、初めまして美しいひと!ボク横島忠夫って言います!あなたのお名前は!?  
年齢は!?スリーサイズは!?」  
素早くもしっかりと手を握っている。  
「ああっ!!あなたの手はひどく美しいっ!白くまるで透き通っているような――!」  
「あほかいっ!!欲情する前に少しは怪しめっ!!」  
美神が握っていた神通棍は悪霊よりも先に、横島の後頭部へと振り下ろされた。  
「つうっ……美神さん…それじゃあ、このひとが――?」  
「ええ……。あなたが、この『極上館』の主人ね?」  
美神は視線を女から外さずに尋ねた。  
(ええ……そうでございます。一時の『極上館』と言えばそれは大したもので  
ございました……しかし、時代の流れと申しましょうか、その栄華も今は昔、  
でございます……。ああ……あの頃が、懐かしい……。)  
女は霊圧をこめた美神の視線を意に介さず、目を伏せたままで答えた。  
 
「ふーん……なるほど。」  
「なにが、なるほどなんですか?」  
何かをつかんだらしい美神に、隣の横島がそれを尋ねる。  
「霊としての力は強いけれど、こいつは厳密には西洋のサキュバスとは別物よ。  
淫魔と言えばまあ、そうなのかもしれないけど、彼女が執着しているのは  
性の快感と言うよりは、生前の職業意識だったのね。それが凝り固まって  
……サキュバス並の力を持つようになったのかもしれないわ。」  
「へえ……死んでまでこんな仕事したいなんて、すごいプロ意識っすね……。  
……しかも美人っ!!」  
「オノレはそれしかないんかっ!!」  
 
(私はただ……ここを訪れる殿方に、喜んでいただこうと……)  
「あんたのその思いは認めないでもないけどねー、あんたはもうとっくに死んでて、  
 現代の日本に悪霊を住まわせておく土地なんてどこにもないのよ。  
素直に成仏できないなら、この美神令子が極楽へ行かせてあげるわ!!」  
美神は一足飛びに間合いを詰め、霊の頭をめがけ全力で神通棍を振り下ろす。  
 
「!?」  
とらえたと思ったが、あるべき手応えはなく、女主人の霊は霧消してしまった。  
(ふふ……乱暴なお方……)  
「しまった!これは、ヴァンパイアと同じ能力――!?」  
(ねえ、そこのかっこいいお兄さん?私と、遊びましょう……)  
広がった霧は横島の目の前で再び女主人の姿に戻った。  
 
女主人は細く優美な腕を横島の首に回し、もたれかかる。  
「ああっ……いい香りが!?しかしいくら美人さんでもこいつは悪霊……!!  
でも美人……!!でも悪霊……!」  
「横島クン!」  
(何も恐れることはありません……目を閉じて……)  
「美神さ…むぐっ!」  
女主人のたっぷりとした唇が、血色の悪い横島の唇に重ねられた。  
 
 
(どど、どぇえええ……き、気持ちいいっ!!キスがこんなに気持ちいいものだった  
なんて……あ、みかみさん…こっち見てる……これは、おれの意思じゃ……)  
横島のまぶたは次第に下がってゆき、閉じられた。  
 
 
                      ※  
意識がとろけて消えかけた横島の瞳に次に映ったのは、女主人に神通棍を振り下ろす  
美神の姿であった。  
「くたばれ悪霊ッ!!」  
(!!)  
振り下ろされた神通棍は女主人の脳天を確実に捉え、女主人の霊は頭から股下まで  
分断され、真っ二つになった。  
 
「!!……ひぇ、ひぇえっ!!」  
「横島クン、正気に戻った?」  
美神は神通棍を肩に担ぎ、二つになった女主人の向こうから横島に尋ねた。  
「は、はい。……でも、なんで今度は霧状になんなかったんですかね?」  
「狼が無防備になるのは獲物をとらえる瞬間だ、って話、しらない?」  
「は、はぁ……ってまさか美神さん、『頼りにしてる』ってつまり……囮として……  
ってことで……?」  
「うん。あんた、モノノケに好かれやすいし。」  
美神はこともなげに答えた。  
なんじゃそりゃあ、横島がそう言いかけた瞬間、二つに割れた女主人の断面から  
霧が勢いよく噴き出した。  
 
「きゃっ!何これ!?」  
霧は一面に立ち込め、美神と横島は完全に霧に取り囲まれてしまった。  
(ゴーストスイーパー……よくもやってくれたな……ただでは成仏なぞ……し、まい……)  
屋敷が震えて出す声は、最後には弱々しくなり、消えてしまった。  
 
「ごほっ、えほっくそっ……油断したッ……」  
眼前一メートルくらいの距離で美神がせき込むのが聞こえる。  
「美神さん!美神さん!!大丈夫ですか!?」  
(なんだ……?美神さんはせき込んでるけど、俺は霧の中でも息は吸えるし、  
大声も出せるぞ……?霊能力の高い、美神さんだけに効く毒霧……?)  
時間が経つにつれ霧は晴れ、横島の眼前に美神の姿が現れてきた。  
 
「美神さん、大丈夫ですか!?」  
「えほっ、げほっ……なんであんたは平気なのよ、こんな気持ち悪いの吸い込んで……」  
「いや、俺にもよくわかんないんですが……、とりあえず、水です。」  
「ありがと。」  
美神はペットボトルを横島から受け取ると、一度に半分ほど飲んでしまった。  
「ふぅ……やっと一息ついたわ……。霊気も消えたし、単なる最後っ屁だったらしいわね」  
「んな、イタチじゃあるまいし……」  
と言って、再び美神から受け取ったペットボトルの水を、横島は最後まで飲み干した。  
 
「ふぅ……はっ」  
美神がこちらを睨んでいた。  
「あ!いやその!水はこれっきゃないってわけじゃないんですけどその美神さんの唇が  
触れた飲み口に自らも触れてみたいなどということではなくてこれはつまりそのただの  
日本的もったいない精神であってけっしてこの間接キスの思い出を家に帰ってから  
今晩のオカズにしようとかそういうアレではいえそのごにょごにょ……」  
殴られる、そう思って横島は反射的に腕を前に出したが、いつまで経っても殴られる  
気配がないのでおそるおそる目を開けてみた。  
「……なによ、別に睨んでなんかないわよ。間接キスなんてそんな、気にするほどの  
もんじゃないでしょ。」  
「へ、そ、そうですか?まあ、そうですよね…?」  
てっきり殴られるかと思った横島は、拍子抜け、といった感じで肩の力を抜く。  
「横島クン……今日は、なんだかごめんね?囮なんかやらせちゃって……。」  
「いや!?いっすよ、別に。実際そんなでもないと役に立てませんし……。」  
(な、なんだ……?美神さん、なんか変だぞ……)   
「ううん、そんなことないわ。いつもすごく助かってるもの。だから……」  
不意に美神の体が横島に預けられた。急だったので横島は少しよろけてしまう。  
「……ごほうび、ね」  
美神は少し顔を上げ、横島の唇に自らの唇を重ねた。  
 
(…………?)  
(…………………?)  
(…………………………!?)  
(はっ!あまりのことに意識が飛んでいたっ!!み、美神さんの唇が俺の唇にっ……  
 ゆ、夢じゃないよなっ……!!)  
美神は唇をゆっくりと離し、じっと地面を見つめている。  
しばらく横島が放心状態で何も言わないでいると  
「何とかいいなさいよ……ばか。」  
美神はうつむいたまま頬を赤らめた。  
 
「み、美神さんっ……!ついに、ついに、俺の愛が通じたんですね!やはり最後には愛が  
勝つんだーっ!!」  
叫びながら横島は美神の身体を押し倒す。  
「きゃっ!」  
「えっ、あっ、ごっ、ごめんなさ……」  
普通の女の子のように小さく叫びをあげた美神の反応に、横島は驚いてつい謝ってしまう。  
「もう……あせりすぎ、よ。」  
美神はそう言って、再び横島の唇に口付けた。  
「夜はまだ長いんだから……ね?」  
そう言って美神は片方のまぶただけをつむって見せた。女主人の霊力は消え、  
屋敷の明かりも徐々に暗くなり、壊れた窓から差し込む月とネオンの明かりが  
二人に降り注いだ。  
 
 
 
「んんっ……んぅ……んっ…!…はあ…はぁっ……」  
確かにいま自分の体の下で喘いでいるのは美神さんだよな、何度目かわからない問いを  
頭の中で唱える。一糸まとわぬ姿の美神は、目もくらむような美しさで、  
一も二もなく飛びついた横島だったが、あまりに展開が速いために自分でも驚いていた。  
 
驚いていてもやることはやる。自分の腰を打ちつけるように動かすと、  
「ううんっ……!!っあああ……!!」  
美神の口から声が漏れる。  
豊かな乳房に右手をそっとあてがい、すっかり硬く立ち上がっている先端を指でつまむ。  
「よ、横島、くんッ……!!」  
美神は呼吸も乱れ、単語の後に言葉が続かない。  
 
自分の腰の動きに合わせて上下に揺れる胸は、やはり大きく、手で包み込むようにしても  
まだ余る。右乳首を右手で弄びながら、空いている左乳首をほおばる。  
 
まず舌の表面、味蕾細胞が集まってざらっとしている部分全体で乳首を舐め上げる。  
「ひゃあ、んっ!!」  
ぴくん、と美神の体が震えた。  
次に舌の側面や裏面、粘膜のように滑らかでぬめついた部分を乳首にまとわらせる。  
「やぁ……んん……ッ……」  
鳥肌が立つような快感に、美神は身悶え、肢体をのけぞらせる。  
舌の先端と乳首の先を合わせて、ぺろぺろぺろっと乳首を弾くようにして舐める。  
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、んん……」  
動きにあわせて美神の口から嬌声がリズミカルに漏れた。  
 
(うーん……あの美神さんがこんなにも淫乱に……。やっぱり、あの最後の霧を  
吸い込んだせいやろーなー……あれの効果が『人を淫乱にさせる』だったら  
おれが平気だったのもうなずけるし……)  
 
「……正直……ありがとうっ!!あの、あの美神さんがついに俺のものにっ!!  
 いくら妖怪のおかげとは言えこれは嬉しいっ!!理屈抜きに嬉しすぎる!!」  
感謝の気持ちと感激で横島の動きは更に激しくなった。  
「うぅんっ……!!横島クンッ……好きっ…好きッ……!!」  
美神は両手を伸ばし横島に抱きつき胸を押し当てる。  
横島があぐらをかいた上に美神がだっこするような体勢になった。  
「ああ……んっ!奥まで、奥まで届いてるッ……!ダ、ダメ……!!もう……  
 い、イっちゃうぅ…………。」  
「み、美神さん、俺まだ全然……」  
 
「ふぁ、あ、あああああああやあああぁっ!!」  
美神の全身がびくびくっと大きく痙攣し、果てた。美神はがっくりとこうべを落とし、  
横島にもたれかかった。  
「………はぁあ。」  
美神は大きく息をついて、横島の貧弱な胸板によりかかった。  
「……すごかったぁ……」  
「あの……美神さん、余韻に浸ってるとこ悪いんスが……」  
横島が少しきまり悪げに呟くと、美神は上目遣いに横島の顔を見つめた。  
「分かってるわよ、横島クン……まだ、イってないんでしょう?」  
と言うと、美神は横島の体から降り横島の前に四つんばいになった。  
 
「ちょ、美神さん、何を――!?」  
美神はまだ元気満々な横島のペニスを大きく口にくわえ込み、頭を上下に動かし始めた。  
「ばびぼっべ、べらびおびゃびゃい。びらばいの?」  
何をって、フェラチオじゃない。知らないの?と美神は言ったつもりだったのだが、  
口にモノを含んだ状態ではうまく喋れなかった。が、  
「ああっ…そんな状態で喋られるとっ……!すごく気持ちいいっ……」  
むしろよかった。  
 
さっきのお返し、とばかりに美神は横島のペニスを責める。  
亀頭にたっぷりつばをつけ、尿道から裏スジを攻め、右手で袋をもてあそびつつ、  
カリの部分をよわあく噛む。  
「おうっ!美神さんっ……俺、もう……」  
極上の舌技に横島は身を任せていた。  
横島からは当然見えなかったが、美神の唇の端がにやあっと上がった。  
 
「ぼのばばビっべびいばよー(このままイっていいわよー)」  
横島がもう少しでイキそうだとわかり、美神は上下運動を激しくする。  
「うわっ……気持ちいい……美神さん……」  
もうイキそうだ、という時になって、横島の胸に疑問が浮かんだ。  
(そうだ……これはあの美神さんだぞ……。いくら妖怪の毒気に当てられたからって、  
 こんな、男に(特に俺に)尽くすようなマネ、するか……?)  
 
「美神さん……?」  
横島がおそるおそる顔を持ち上げると、  
「……気付かれましたか……」  
美神のひたいの真ん中、ちょうど横島の親指をあたりから、ぱきぱきぱきっと  
卵の殻のように割れ、中から現れたのは美神が一刀両断したはずの淫魔であった。  
 
「お、お前――!?わっ!館が崩れる!?」  
横島の周りの風景も音を立てて崩れ始めた。  
「仕方ありません……続きは現実の方で……」  
「な、なんだとー!?」  
 
 
※  
 
 
「横島クン!!」  
美神が横島に向かって叫んだ。  
「あれ?みかみさん…なんで服なんかきて……?」  
「馬鹿!幻覚よ!!」  
「幻覚?そんな!だってモノローグだって三人称で……!!」  
「そんなもん知るかっ!!そいつは獲物に都合のいい幻覚を見せるのよ!」  
「幻覚……って、じゃあ今も続くこの快感は……?」  
横島が不思議に思って視線を下に移すと、淫魔である女主人が横島のペニスに  
むしゃぶりついていた。  
(半世紀ぶりの殿方の精気……いただきます……。)  
「ああ……こっちでも巧い……って、美神さん、何で助けてくんないんスかーッ!?  
 ……っていうか恥ずかしいから見ないでーっ」  
「なんでって……」  
「いかん!このままでは確実に精気を吸い取られてよぼよぼのじーさんみたいに  
なってしまうッ!!……よぼよぼのじーさん……?そうだっ!」  
 
(!?)  
女主人のくわえていた横島のモノの硬さが急に失われていく。  
(そんな、私のテクニックを受けて、どうして――!?)  
女主人が横島に目をやると、横島は目をつむり必死で何ごとか呟いていた。  
「カオスが一人!カオスが二人!!ううっじじむさいっ……!わははーっ!どうだ、  
悪霊ごときに俺の精気は吸わせはせんっ!!」  
どうやら横島はドクターカオスを思い出しているようだ。  
「き……緊急時とは言え、最悪の解決法ね……。」  
遠くで美神がずっこけた。  
 
(そ、そんな馬鹿な……!……では私も全力を以ってお相手いたしましょう!  
 極上館奥義、吸引式口唇地獄極楽責めっ!!)  
「ううっ……!!こ、これはかなりっ……ええいっ、カオスが十人、カオスが十一人!!  
さらに、タイガーが一人!二人!!タイガーとカオスがあわせてたくさん!!」  
美神が再びずっこけた。  
「もう少しましな方法はないんかーっ!!」  
「あんたが助けてくれんからでしょーがっ!!おーっとタイガーとカオスに唐巣神父も  
乱入だーっ!!」  
「私の恩師を巻き込むなッ!!」  
 
(そ、そんな……!うちの奥義が効かないなんて……)  
「どうだ、この精神力の強さ!負けんぞっ!!」  
このハイレベルな攻防を、美神はかなり冷めた目で見ていた。  
「はーっ……低レベルな争いねー……そろそろ終わらすか……」  
 
「わははーっ!どうじゃ、だいぶ萎えてきたぞー!!」  
(そ…そんな……)  
美神は横島の背後に回り  
「よ・こ・し・ま・クン」  
やわらかな胸をぐいぐい押し付けながら耳元で囁いた。  
「そのまま除霊できたら……ご・ほ・う・び、あげちゃおっかな?」  
「み、美神さん、何を……?ああっ、胸が!吐息がっ!?」  
(!?また硬くなってきた!今度こそ……奥義っ!!)  
「うう……あぁ……も、もうダメかも……み、美神さぁん……」  
「うふ、横島クンを、ごくらくに、イカせてあげる。みたいな感じの?」  
 
美神はとどめに、耳にふぅーっと息を吹きかけた。  
 
「あ」  
横島に臨界点が来て、凄まじい快感の濁流が横島を(特に下半身を)襲った。  
(殿方の、精気ーっ!!)  
女主人はみるみる生気を取り戻し、幽霊らしからぬ健康的な顔色になった。  
一方横島は、どんどん精気を吸い取られ、目に見えてやつれていく。  
(あなた、なぜ、横島様を……?)  
どうして最後に自分に味方するようなことをしたのか、不思議に思った女主人は  
美神に尋ねた。  
「ふ、あなた、横島クンの精気を吸い尽くそうとしてるみたいだけど……  
 甘いわね!!」  
(あ、甘い!?確かに、横島様の精気は今までになく甘美なお味……)  
「なるほどね……あなた、自分の姿をよくみてみなさい!!」  
美神は女主人をびしぃっと指差した。  
(私の姿……?はっ!ふ、太っている!!)  
女主人の姿は最初に現れたときよりふた周りか三周りは大きくなり、和服美人も  
いまではただの関取にしか見えない。  
一方横島は目に見えてやせている。頬骨は浮かび、着ている服はぶかぶかだ。  
 
「横島クンの霊力の源は煩悩……いいえ、煩悩は、横島クンの命で、存在意義で、  
アイデンティティで、つまり人生そのものなのよっ!!  
そんな男の精気を全部吸い取れるつもりっ!?はっきり言って無理よっ!!」  
美神は言い切って高笑いした。勝利宣言である。  
そんなに長い付き合いというわけではないが、横島の煩悩の強さにだけは  
全幅の信頼を置いていた。  
どんな信頼の仕方だ。  
 
吸い取るにつれ女主人の表情は徐々に苦しそうになり、ついに終結のときを迎えた。  
(も、もうだめ……おなか、いっぱい……!)  
 
ぱぁん。  
 
はちきれんばかりに太った元和服美人の関取は文字通り、はちきれて消えてしまった。  
横島の精気を吸い取りきることが出来なかったのだ。  
 
「除霊、完了っ!!いやー、それにしても、今回は最後までほんとうに横島クンの  
独壇場だった(つまり私は全く働かなくてよかった)わねー。ありがとう、  
これも横島クンの(煩悩の)おかげね!こんなに計画通りにいった除霊、  
久しぶりよー。」  
   
美神が嬉々として横島の肩を叩くと、横島はゆっくりと振り返った。  
「!?ず、随分痩せたわねー……。大丈夫?」  
横島は無言で右手を差し出した。  
「勝利の握手、ってわけね?」  
美神はそれに答えようと手を出し返したが、横島はその手を握ることなく、  
床に倒れこんだ。  
「横島……くん?それじゃあまるで、どっかのボクサーみたいよ?」  
横島を抱き起こした美神の頬に冷や汗が一筋、流れていった。  
(し、死相が出てるッ……!!)  
 
美神は急いでポケットから携帯電話を取り出し、事務所の番号を押した。  
「はい、美神除霊事務所です。……あ、美神さん、紙に書いてあった通りの物  
……にんにくに、黒ヤモリに、ユンケル皇帝液に、うなぎパイに……  
一通り集めましたけど、これ、どうするんです?」  
「うん、はじめはそれで料理してもらうつもりだったんだけど、そんな暇が  
なくなっちゃったみたい。悪いんだけど、さっきの場所に持ってきてくれる?  
……できるだけ急いで。」  
「は、はいっ!」  
 
 
必死の看護の甲斐あって、にんにくとヤモリとすっぽんを口の中に詰め込まれたところで  
横島は蘇った。  
晴れて横島は吉原商工議会青年部から、吉原全店フリーパス券をもらったのだったが、  
とても使う気にはなれなかった。アルファベット二字の病気になりかけたのだ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美神除霊事務所事後報告書No.381  
 
「最近、夢枕にペレが立つんスよねー……」  
ボソッと横島さんは呟きました。  
しばらくは、私がスタミナ料理を届けてあげようと思います。  
「そしたらそのうち治ってまた元気にセクハラしだすわよ」と美神さんは言いました。  
早く横島さんに元気になって欲しいです。  
 
                          おキヌ  
 
 
 
 
めでたしめでたし。  
 

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