「――竜気を授けます……って、あら?」  
 
確かに、気が流れていく手ごたえは感じたのに  
目を開けてみると、バンダナには、竜気は一欠片も宿っていなかった  
 
え? もしかして、失敗しちゃったんでしょうか?  
 
背中に冷や汗が流れるのを感じる  
そう言えば、武術と違って、こういう技巧系の術は少し苦手だったかもしれない  
横島はというと、ちょっと引きそうな目で何かを呟き続けている(……さまが額にキス小竜姫さまが額にキス小竜姫さまが額にキ……)から、何も聞かなかったことにしよう  
 
「ほら、横島クン、いつまでもぼけっとしてないで せっかく小竜姫さまが祝福してくれたんだから、あんたも一生に一度くらい、びしっとキメてみせなさいよ!」  
「そうですよ、横島さん 私も精一杯応援しますから」  
 
どうやら美神たちは、今のを単なる祝福儀礼と捉えてくれたらしい  
 
ええと……とりあえず、横島さんもやる気になってはくれたんですよね  
だったら、これでよかったのかも  
 
 
 
……小竜姫がバンダナに竜気を注いだのは、そこに擬似的な『第3の目』――所謂『心眼』――を授けようとしたから  
元々額のチャクラは、解放されればそういう力が宿ると言うこともあって、相性もいいだろうと思ったのかもしれない  
ただ、その手段が非常に第一次接触に類似していたために、あの瞬間この男の霊力は、小竜姫が思ってもいなかったところに集中してしまったのだな……恐らく、それに巻き込まれる形で、本来ならバンダナに宿るはずだった私も……  
 
『要するに……これは、そういうことか?』  
 
冷静になろうとしているけど、上手くいっているとは言いがたい  
これはむしろ、逃避と言った方が正しいだろう  
『心眼』の属性を与えられていながら、まったく違うところに宿ってしまったために、今まで気絶に近い状態だったのだ  
それゆえに、小竜姫も横島も気づくことができなかったのだが  
なぜこうして今ごろになって覚醒したのかと言うと――  
 
ぐぅ……むにゃ……げへっ……姫さまぁ……  
 
健康な男子には極普通に起こりうる生理現象に、背中?を突き上げられる形で無理やり叩き起こされたのだ  
できるだけ直視しないようにしているが、完全に密着しているのだから意味がない  
それどころか、かえって意識してしまって、頭の中が大変なことになっていたりする  
 
『ま、待て、いくらなんでも、それは(グリッ)……やだ……強すぎ……(グググッ)……うそ……そ、そんな まだ増大するの?……』  
 
ぐふふっ……そんなにされたら……ぼかぁもう……  
 
何しろ無意識の煩悩だけに、手加減などあろうはずがない  
しかも、心眼は、そういったことには全くの未経験だったのだ  
当然の結果として――  
 
『きゅぅ……』  
 
オーバーヒートして、再び気絶してしまった  
 
 
誰も知らないところで、毎朝こうしてばかばかしくも切実なやり取りが繰り返され  
結局、心眼が横島の前に自分の姿を現すことができたのは、試験前日の夜になってからだった  
 
 
 
『童貞――心眼は眠れない』 プロローグ 心眼覚醒?  
 
 
 
「どわあぁぁっ! てめえ一体なんじゃあぁっ!」  
安普請のアパートの一室に、あまり聞いても嬉しくない男の絶叫が響き渡った  
明日の試験に備えて、さーて一発抜いてすっきりするか とズボンを下ろしたところで、  
いきなりパンツと目が合ったのだから、叫ぶのも無理はないが  
『落ち着け 私は心眼――お主をサポートするために、小竜姫さまに授けられた者だ』  
「はぁ? そんなこと、俺一言も聞いてないぞ?」  
『まぁ、そうだろうな 本来なら私も、こうして表に出てくるつもりはなかったのだ』  
苦しい言い訳だということは分かっている  
だが、まさか毎朝叩き起こされては気絶させられるというのを繰り返していたせいで、  
出て来るのが今日になってしまったとは言えないではないか  
『お主が霊力のコントロールを身につけられなかった以上、私がサポートするしかないの  
だが 本番でいきなり話しかけたりしたら、その方が混乱するだろう?』  
「む 確かに にしても、どうしてパンツなんだよ」  
キスしてもらったのは、額だったぞ?  
『き、気にするな そう、バンダナでは、他の人間にも分かってしまうではないか  
だからここに宿ることにしたのだそもそも元はと言えばお主が余計な所に余計な煩悩を集  
中させるからこんなややこしいことになったのだ私だってこんなことになるなんて思って  
もみなかったんだものそれに毎朝毎朝あんなものを押し付けられて最初どんなにびっくり  
したかあなたに分か――』  
「だあぁっ! やかましい!」  
はぁはぁ  
二人して、自分が何を口走っていたのか、よく分からなくなっている  
まずは落ち着こう  
「あれ? そう言えば、俺ちゃんと毎日パンツ履き替えてるぞ? どうしてお前ここにい  
るんだ?」  
こほん 咳払いを一つ  
……いけないいけない、頭を冷やさなきゃ  
『私も最初不思議に思ったのだが、どうやら特定の…パンツではなく、『お主の履いてい  
る…パンツ』という概念に縛られていると言った方が正しいのかもしれん』  
「げ ということは、お前ずっとそこにいるってことか?」  
勘弁してくれと天を仰ぐ横島は、パンツという言葉を口にするたびに、心眼がほんの少し  
口ごもっていることには気がつかなかった  
……私だって、もっと違う形になりたかったもん……  
当然、そんな呟きにも  
「はぁ まあいいや とりあえず、明日はよろしく頼むわ」  
随分と物分りがいいように思えるが  
何、他にもっと気を取られることがあっただけのことだ  
話している間にも少しも静まろうとしない己の息子を眺めながら  
こんな状況で、どうしろって言うんじゃ  
『私に性別はない だから気にすることはない』  
「あのなあ 見られてるってことが大事なんだよ」  
男っていうのは、デリケートなんだ お前だって分かるだろ?  
どうやら横島は、心眼を男扱いすることに決めたらしい  
『なるほど そういうものか……では私は眠ることにする それならお主も気にならない  
だろう』  
言うなり、すぅと目を閉じて  
「心眼? おい、本当に寝ちまったのか?」  
ぺちぺちと(あまり強く叩くと、シャレにならないので)叩いても、ぴくりともしない  
まるでさっきまでのは、ただの幻だったとでもいうかのように  
 
見ている者がいなくなった以上、その後部屋で何が行われていたか、確認のしようもない  
のだが  
 
……う、うわぁ……すごい……きゃっ……ええっ こ、こんなになっちゃうの?……  
 
誰かさんは、狸寝入りが得意だったかもしれない  
 

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