「んっ・・・、ふぅっう・・・」  
日本国内某所。  
標高3000メートルを超える、日本随一の山脈の一角にその山はあった。  
妙神山。  
20世紀も終わりを告げた現代において未だ人跡未踏を誇るこの山の頂上に砦を思わせる 
道場が建っていた。  
御山と同名で呼ばれるこの道場は一人の神によって管理されている。  
GSを始めとする霊能力を生業にするものにとって国内最高の修行場として妙神山は名が 
高い。  
その修行場・妙神山も魔神戦争以後はその機能を失っていた。  
たまに修行に訪れる霊能者も門前払いを食わされるようになった。  
それもこれも山の管理神たる小竜姫の状態に原因があった。  
いま小竜姫は自室のベッドの上で全裸で横たわっている。  
全身は紅潮し汗にまみれている。  
表情はうっとりと上気し、小作りな唇の周りはよだれに塗れている。  
その両手は大きく広げられた足の付け根に潜り込み激しく動いている。  
日本最高の霊場・妙神山を管理し、自身も神剣の使い手として名高い竜神・小竜姫は自 
慰行為に耽っていたのだ。  
彼女の口から溢れるのは喘ぎ声と一人の人間の男の名前だけ。  
「よこしま・・・さぁん・・・」  
その名前を呟くたびに一段と小竜姫は浅ましくよがり狂う。  
その経歴と神格はともかく外見はいい所のお嬢さんといった風情の小竜姫の艶姿は、清 
純そうな見かけであるがゆえにひどく猥らがましい。  
 
しかも彼女が自分で責めている場所も問題である。  
彼女が指を使っているのは、普段は汚辱の対象であるはずの肛門であった。  
それまでの酷使を表すように赤く腫れ上がってはいるものの、本来の慎ましやかさを未 
だ忘れていないそのおちょぼ口を小竜姫の細く長い指がゆっくりと出入りする。  
指の周りには少し黄味がかったねとつく腸液と前から垂れてきた白濁した愛液とが絡ん 
でスムーズな出入りを助けている。  
まだ幼いとさえいえるたたずまいの女陰は触れてもいないのに火照りながら無限に蜜を 
吐き出している。  
陰唇のビラビラも顔を出していないのに盛り上がった肉の具合で容易く内味をさらけ出 
して、ヒクヒクと蠢きながら蠕動を繰り返す。  
ときたまに小竜姫が身体を痙攣させながら達すると下の口からは小水かと見まがうほど 
の量の愛液を撒き散らしている。  
それら全ての女体の反応がアナルを起点に発生しているようだった。  
妙神山の小竜姫といえば神界においても有名な堅物で通っており、潔癖な人格は一部の 
不良神族からは敬遠さえされていた。  
そんな戦処女の代名詞とも言える小竜姫がなぜこのようにアナル快感に狂っているのか。  
それはこの部屋を見ればなんとなくわかって来る。  
小竜姫の自室は10畳ほどの広さが有りそれなりに整頓されているのだが、入ってきた 
者の目をまず引くのは壁一面に張られた無数の写真である。  
写真にはいずれも一人の人間、それもまだ年若い少年の姿が映しだされている。  
それが壁全体、一部の隙間無く張り出されているのだ。  
アイドルおたくの部屋などを思い浮かべて頂ければいいかもしれない。  
バンダナを巻いたその被写体の少年は、容姿から言えば平凡極まりない。  
神族の、しかも堅物で有名な小竜姫を虜にするようにはとても思えない。  
しかし確かに小竜姫がこうして自慰に狂っているのは彼を思ってのことだった。  
彼と会えないからこそこうして彼の姿に囲まれて彼のことで頭をいっぱいにして彼に与 
えられるはずの快感を自分で代行しているのだ。  
もう数を数えることも出来ないくらいに無限に達していても、心のどこかに隙間がある。  
満たされない欲望が小竜姫の小柄な体中を台風のごとく駆け巡っている。  
狂っていながら狂いきれない苦しさに彼女は咽び泣く。  
いま、小竜姫は渇いていた。渇ききっていた。  
 
 
 
幾度めかの失神の後、虚脱状態で小竜姫は天井を見上げている。  
もうすでにベッド・シーツはさまざまの体液で濡れそぼっている。  
肛門から洩れた腸液で黄ばんだ個所すらある。  
いつからだろう。  
彼のことしか考えられなくなってしまったのは。  
彼を思うだけで失禁してしまうこともあった。  
今では一日中彼を想っている。  
「壊れちゃったね、私・・・」  
かすれたような声色で、一人呟く。  
しかしその声に悲壮感は全く無い。  
普通に考えれば今の自分の状態がおかしいのはすぐにわかる。  
神としてあってはならない姿だとは思う。  
そしてなお絶望するのは、自分の本心がこの状況を歓喜をもって迎えていることだ。  
絶対に脱け出したくないと強く主張して、それに抗えないことだ。  
抗おうともしていないのかもしれない。  
そう、誰が見ても狂っているとしか思えない当の本人が不幸を感じていないこの状況は 
まるで出来の悪い喜劇のようだ。  
性質の悪いことにこの状況にあっても、小竜姫は誰をも恨むことが出来ない。  
誰のせいでこうなったかは明白である。  
彼と、自分のせい。  
しかし彼を恨むことなど出来やしない。  
自分に至ってはよくやったと誉めてやりたい気分なのだ。  
もしかしたら自分はこうなるために生まれてきたのではないか、そう錯覚するくらいに 
小竜姫は今幸せの絶頂にあった。  
 
「横島・・・さん・・・」  
名前を呼ぶ。  
あたかも自分の隣に彼を呼ぶように。  
次の瞬間確かに彼女は彼の匂いをかいだ。  
そして、小竜姫は再び絶頂を迎えて小水を漏らす。  
今度は弄り過ぎで最近だらしなくなった肛門が決壊する。  
仰向けの彼女のベッドに押し付けられた臀部の辺りから、無様な破裂音が部屋中に響き 
渡った。  
同時に尻の割れ目から潜り込むように、押しつぶされながら茶褐色の物体が溢れ出す。  
やや軟便気味の半固形物は隙間を求めて葛藤してぶつかり合う。  
小水と混じりどろどろと汚泥のように小竜姫を包む。  
快感に身じろぐたびにそれは広がりを見せて彼女の下半身は茶色く染まった。  
その感触に溺れながら白目を剥きながら、もはや声もあげられず癇癪のようにしゃくり 
あげる小竜姫の姿はひどく汚らしくひどく淫猥でひどく無垢であった。  
そのまま彼女は何かを掴まえるように丸まって、赤子のように眠りについた。  
 
 
 
ノックの音で目を覚ました小竜姫は今の自分の姿にも頓着せず入室を促した。  
まだ腰の辺りが重苦しい。  
多分立ち上がるのは無理だろうと上体だけ起こす。  
重苦しい鉄扉を開けたのはヒャクメであった。  
体中に、名前のとおり百の感覚器官をもつ彼女は現在妙神山の管理人代行職にある。  
小竜姫がこの状態なのでその代わりであるのだが、ヒャクメは文官でしかもその力が特 
殊な系統に属するので人間の霊力開発を促すことが難しい。  
そのため妙神山の主要業務とも言える修行援助が出来ないのである。  
人界での妙神山の役割はそれだけではないのだが、基本的に神界は人界に不干渉の立場 
であるのでヒャクメの代行職は閑職に近い。  
もともとマイペースな性格のヒャクメにとってこの職場は天国に近い。  
何も起こらないことで退屈な毎日であるのもヒャクメには苦にならない。  
何故なら彼女の趣味がその体中の感覚器官を利用した覗き行為であるからだ。  
人界にも近いことからこれを機に人間の生活観察に日々励んでいた。  
ヒャクメの妙神山での生活は公私に渡って充実していた。  
只ひとつ、現管理人である小竜姫の世話を除いては。  
「はいるのねー」  
独特の間延びした調子でヒャクメが部屋に入ってくる。  
「あららー、また派手にやったのねー」  
部屋の惨状にまったく動じる様子も無く、椅子をベッドの側まで持ってきて坐る。  
「もう朝なのね・・・」  
小竜姫が呟く。  
この部屋には窓が無い。  
何故ならこの部屋が妙神山の地下にあるからである。  
もうひとつ付け加えるならば他の部屋とは少し趣が違う、この部屋の作られた目的であ 
ろう。  
この部屋で生活するのは小竜姫が初めてではないが、神族としては初めてである。  
出入り口はひとつで中から鍵を開くことは出来ない。  
壁一面には防御結界が埋め込まれており相当強力な霊波攻撃にも耐えられる。  
その上霊力を封じる結界も二重三重にかけてある。  
この部屋を他所で呼ぶときこう呼ばれる。  
「牢獄」と・・・・・・  
 
 
「この部屋はもう慣れた?」  
ヒャクメの質問に少し小首を傾げ考え込む素振りを見せる小竜姫の様子は無垢な赤子を 
連想させる。  
「そうね、もう少し外の空気も吸いたいところだけれど・・・  
でも気に入っているわ、この部屋」  
そういいながら壁に貼られた少年の写真の群れを眺めやる。  
「一応寝巻きも差し入れてるんだからたまには裸以外の寝起きも見せて欲しいんだけど 
ねー」  
苦笑しながら小竜姫の裸体に目をやる。  
始めは目のやり場に困ったが最近はもうなれてしまった。  
そのことにヒャクメはなんともいえない寂しさを覚えていた。  
女のヒャクメから見ても彼女の裸身はまぶしく映る。  
それが例え汚物に塗れていたとしても。  
「朝食の前に体洗ってくるのねー。  
その間にシーツ代えちゃうから」  
「まだだめ。  
立てないもの」  
表情を変えず囁くような小竜姫の言葉に何ともいえない色気を感じて、ヒャクメはぞく 
っと背筋を震わせた。  
小竜姫といえば神族の中でも喜怒哀楽の激しい情緒豊かな性格で知られている。  
その彼女がこれほど感情に乏しくなってしまったのはいつからだったか・・・  
「もぉ、しょうがないのねー」  
動揺を悟られないように、小竜姫に抱きつくとわきの下に腕を差し込んで一緒に立ち上 
がる。  
強烈に立ち昇る汚物の匂いに頭をくらくらさせながらも、半ば抱えあげるように隣接す 
る浴室へ小竜姫を運ぶ。  
身じろぎすらせずされるがままの小竜姫に、ヒャクメの心中を再び去来する複雑な思い。  
(こんなに軽かったのねー・・・小竜姫ってば)  
浴室にはすでに湯が張ってあり、モワッと立ち込める湯気が二人を迎え入れる。  
館に引いてある温泉を新しく地下にも伸ばしたため常時入れるようになっている。  
小竜姫がこの部屋に軟禁されることに決まって増設されたこの浴室は、館内では唯一現 
代調のシステムバスで便器も隣に置かれてある。  
シャワーもついており至れり尽せりだ。  
 
モヤモヤした感傷的な想いを振り切って、ヒャクメは小竜姫を椅子に坐らせる。  
「とりあえず汚れを落とすのねー」  
シャワーのコックをひねり適当な温度になったのを確かめると、小竜姫の足元から湯を 
当てていく。  
「小竜姫って低気圧なのねー・・・あれ?低血圧だっけ?」  
他愛の無い独り言めいた呟きで軽さを装いながら、小竜姫の反応をうかがう。  
ヒャクメの冗談にようやく笑みを見せるようになったのを確認すると、後を任せて自分 
は部屋に戻る。  
浴室の扉を後ろ手に閉めてホゥとひとつため息をついた。  
(濡れてる・・・)  
股間に不自然なぬかるみを感じて視線を下に落とす。  
よく見ると下着を着けていないヒャクメの胸元で二つの突起が自己主張をしていた。  
ヒャクメは小柄な小竜姫に比しても貧弱な自分の体形に少々複雑なコンプレックスを抱 
いていた。  
洗濯板といってもいい胸の微かな膨らみに比べて、標準よりも大ぶりな乳首はその象徴 
だった。  
決して他人に知られたくない反面、誰かに思い切りここだけを苛めて可愛がって欲しい 
とさえ思っていた。  
自慰の対象ももっぱら乳首弄りが主でその所為か彼女の乳首は人一倍感度を持った性感 
帯だった。  
その服の上からでも容易にわかるくらいに尖りきった乳首をしばし見つめた後、頭を2 
・3回激しく振って汚れきったベッドへ向かう。  
「あーあ、今日はまたすごいのねー」  
寝具の惨状を見やりながらまたひとつため息をついた。  
妙神山に配転してきた初期の頃はここまでひどくは無かった。  
毎日敷布団ごと代えなくてはならなくなったのはいつ頃からだったか。  
やはり肛門弄りを覚えてからだろうか。  
もう10年近くの時をこの山で過ごしてきたが小竜姫の状態は年々悪化している。  
さすがにたまに外出する際は小竜姫も服を着るが、今ではオムツが必需品になっている。  
下のだらしなさは今の彼女を見る限り直る見込みは無い。  
おそらく彼女自身が戻ろうとしない限りよくなることは無いだろう。  
(これはあなたの願望なの?小竜姫・・・それとも・・・)  
悲しげに顔を歪めながら、てきぱきともうすっかり慣れてしまった作業に励む一方でヒ 
ャクメは8年前のあのときを思い出していた。  
 
 
 
 
「人魔因子ですか?」  
ヒャクメが目の前の机にすわる女性の吐いた聴き慣れない単語を繰り返す。  
新宿の東京都庁の地下にあつらえられた作戦室の一角。  
魔神戦争の最中には人類最後の砦として機能していたこの場所も、協会本部ビルの完成 
と共にお役御免となり来月には閉められる。  
ヒャクメの前に座る女性は美神 美智恵。  
GSグループの隊長として適確な指揮能力と果敢な行動力で若いGS達を引っ張り、今 
回の戦争を人類の勝利に導いた女傑である。  
この時まだ美智恵は「過去」の美智恵である。  
時間移動能力を有するこの女性は、未来で得た知識を元にアシュタロスの陰謀を未然に 
防いだ功績で特別に未来を変えること、すなわち彼女自身の死を逃れることを許された。  
ヒャクメの予想ではとっくに過去に帰っていてもいいはずの美智恵が、なぜまだ現代に 
とどまるのか。  
神界のタイムスケジュールから外れた行動を敢えてとろうとする美知恵の意図をヒャク 
メを始め神界上層部は図りかねていた。  
今回の招待に応じたのもその辺のところをはっきりさせる為であった。  
「美智恵さん、貴女の功績は衆目の一致するところで、だからこそ神界も多少の無理は 
聞いてきました。  
ですがこれ以上の滞在はさすがに認められません。  
賢いあなたがどうしてこのようなワガママを・・・?」  
ヒャクメの彼女らしくない詰問口調がシビアな現実を伝えていた。  
その問いに答える形で美智恵が告げたのは驚くべき事実であった。  
「人魔因子・・・これは私達が都合上つけた仮称ですが・・・少なくとも有史以来最大 
の発見だと思われます」  
そう喋り出したのは第三の人物、白衣を着込んだ初老の男性だった。  
T大学 遺伝子工学研究所 所長 神坂   
男はそう名乗った。  
美智恵の紹介では世界でも有数の遺伝子研究の第一人者であるという。  
神坂は抑揚の無いしかし聞きやすい綺麗な低音でとうとうと説明を続ける。  
 
「美神隊長に預けられた被験者のDNA調査の結果、非常に珍しい型の染色体イメージ 
が採取できました。  
事前に参考資料として渡された神族・魔族のDNAと比較した上での判断も加味し最終 
結論を提出しました」  
「それが・・・」  
「はい、人魔因子ということです」  
一瞬の沈黙の後再び神坂が喋り始める。  
「人魔因子はそれ自体は人間・神族・魔族そのどれとも異なります。  
しかし染色体の解析結果魔族のものとの非常な近似が見られました。  
おそらくは何らかの過程があって魔族の遺伝子が被験者のものと複雑な結合を遂げた結 
果と我々は考察します」  
「魔族・・・」  
その被験者が「彼」であるなら、ヒャクメにも思い当たる節はあった。  
「ええ・・・ルシオラさんで間違いないでしょう」  
美智恵が補足する。  
「人魔因子のもたらす影響ですが・・・」  
絶句した2人を尻目に神坂は淡々と続ける。  
「いくつかの特徴的な現象が見られます。  
まずは霊力の異常な肥大と身体能力の亢進。  
これが永続的なものなのか一時的なものなのか、それとも現在進行形なのかはまだわか 
りません。  
継続的な調査を要します。  
2番目に寿命遺伝子テロメアの変質。  
減少ペースが魔族と同等かそれ以下に減っています。  
このペースが今後も持続すると仮定すれば彼はあと数回ミレ二アムを迎えられることに 
なります。  
そして3番目、これが最も問題であると思われます。  
フェロモンが特殊な変質を見せているのです。  
彼が我々に預けられた直接の原因でもあるのですが、異性に対する非常な性欲増進効果 
が見られます。  
しかも、これは科学的な説明がとても難しいのですが、対象の本能的な欲求を過剰に刺 
激するらしくしばしば変態的性行動にまで進行します。  
またこの効果は被験者と接触すればするほど増進するらしく同時に非常な幸福感も与え 
ることから、被験者への精神的・身体的依存にまで発展することになります」  
 
 
「私が最初に気づいたのはシロちゃんとタマモちゃんだったわ。  
令子の部屋でみんなで久しぶりに食事を取ったときにね、二人とも椅子に座ろうとしな 
いの。  
どうしたのかと思ったら2人とも彼の足元にうずくまって、・・・彼の食べ残しを食べ 
始めたの。  
私がいくらちゃんと器に盛ってもまったく手をつけようとしないし、彼が一度口をつけ 
たものしか食べようとはしなかった。  
そのうち彼の足までなめ始めたわ」  
神坂の言葉を継いで美智恵が話し始める。  
そのときの事を思い出しているのだろう、辛そうに眉を顰めながら。  
「もっと驚いたのは他の娘の反応よ。  
おキヌちゃんと令子、2人とも何も言わないの。  
それどころか凄い羨ましそうにみてたわ。  
すぐに神坂先生に連絡して、みんな連れて行って・・・ちょっとしたパニックでしたわ。  
神坂先生はアシュタロスとの戦いの後彼を見てくださった先生だったから、まさか遺伝 
子工学の権威だったとは知らなかったけど・・・」  
「公彦君は私の最初の教え子だからね、よく覚えているよ。  
彼から君のことを聞かされたときはびっくりしたよ」  
ここで初めて神坂が笑顔を見せた。  
笑うとなかなか愛嬌がある彼のおかげで重苦しくなった部屋の雰囲気が少し和らいだ。  
「とにかく重症だったのはシロくんとタマモくんだった。  
この二人は獣系の妖怪だそうだね。  
おそらく本能優位のおかげで因子から受ける影響も強かったんだろう。  
もはやこの二人は回復の見込みは無いだろう。  
彼に会わせないことで生じる問題のほうが大きすぎる。  
麻薬中毒なら毒性の低い薬物での緩和療法が有効なんだが、彼の場合は代わりが無い。  
彼を唯一絶対と捉えてしまうから性質が悪い。  
美智恵さんの娘さん、令子さんか、それと氷室さん、この二人はまだ軽いほうだ。  
何とか彼と会わずとも日常生活は送れる。  
どうやら彼への親密度と理性の優位性が影響するようだな」  
神坂が締めてまた室内を沈黙が支配した。  
 
「この問題が厄介なのは彼の影響力が人間限定ではないということと、この力が霊力 
肥大とどうやらリンクしているようだっていうことの二点なんです」  
美智恵の言葉はヒャクメに少なからぬ動揺をもたらした。  
「それじゃ、私達も・・・!?」  
「私が過去に戻らないのはそれがひとつ。  
人外のシロ・タマモが一番ひどい状態っていうのは彼女達が獣に近いということもあ 
るけれど、ヒトではないという要素こそが重要だとも考えられます。  
今の彼は人間よりも神族・魔族に近いと見たほうが自然だし、そう考えると親和性っ 
ていう最も普遍的な法則で前提条件を定義できる。  
・・・って全部先生の受け売りなんだけど。  
何はともあれそれならば、それでやり様はあるわ。  
とにかく神族・魔族とはしばらく接触しない。  
その為にはこの国のオカルト業界を根底から変えていく必要があります。  
今の民間GSとオカルトGメンという対極構造のままではどうしても彼が前面に立ち 
すぎる。  
独占商売と批難されようとGS勢力を一つにまとめなくては」  
「その矢面に立つつもりなんですね。あなたは・・・」  
ヒャクメの確認ともいえる問いにこくりとひとつ頷いてから、美智恵が続けて口を開 
く。  
「もうひとつ過去に戻れない理由がありますわ」  
「もうひとつ・・・戻れない?」  
 
「今の状態の彼に現在の私が会う危険性です。  
夫のいる身の私ですけど、決定的に違うのは妊娠していることなんです」  
「妊娠?!」  
おとなしく聴いていたヒャクメだったがさすがに声をあげる。  
神坂も目を見開いている。  
「ええ、先日たまたま現在の私を知る機会があったので・・・  
本人に直接聞いたわけではないので大目に見てくださいね」  
少しばつが悪そうに美智恵が答える。  
神族との契約では接触を禁じられているのでヒャクメが敏感になるのも無理は無い。  
「それはともかく、妊娠した状態で彼と会うこと・・・非常に危険だと私は判断しま 
した。  
先生によると、彼の変質・・・フェロモンの変化はどうも子孫を残すためらしいので 
す。  
ま、当然のことなんでしょうけれど・・・  
人魔・・・彼のことを仮にこう呼びます・・・それは彼が初めてなんです。  
ということは生物の基本的な生存本能からしても同族の繁栄をまず考えるはず。  
ならばより多くの牝との交配、及び新たに生まれる生命への干渉。  
この二つが最低限必要でしょう。  
特に人魔という種が現状彼一人であることを考慮すれば、数的不利をカバーするため 
にこの二つの能力に偏重するのは至極当然ですわね。  
ということは産褥期を向え胎児を身ごもっている妊婦という存在は、人魔にとって格 
好の獲物ということでしょう。  
今のところこの説を否定する要素は皆無です」  
美智恵の話は理路整然としてその提唱者である神坂自身が感心している。  
いってしまえば自己保身に過ぎないのだが、美智恵が言うと不思議と説得力がある。  
 
 
次から次へと出てくる予想外の事態にパニックに陥りかけながらも、ヒャクメは何と 
か冷静さを装いながら口を開く。  
「・・・わかりました。  
私の一存では決められないことばかりですが、報告はしておきます。  
もちろんその論拠となるべき資料の提出もしてもらいますが、とりあえずこちらでも 
調査する必要はあるでしょう。  
神族・魔族への影響はとても重要なので最優先に最新の報告をお願いします。  
多分最終的には美智恵さんの計画にGOサインが出ることになるでしょう」  
それから、とヒャクメは彼との対面を望んだが丁寧に却下された。  
「今ここでヒャクメさまにおかしくなられては困りますから」  
そんな美智恵の説明にぐうの音も出なかったことを今でも自嘲気味に思い出す。  
 
 
神界に戻り早速報告書を提出するとすぐに呼び出された。  
事実関係を質されより詳細な報告を求められた。  
周到なことに美智恵は既に神界上層部に、より具体的な傍証の数々を提出していた。  
いわば出し抜かれた形だが見方を変えれば人間側もそれだけ切羽詰っているとも言え 
る。  
そこで始めて彼と彼女達を見せ付けられた。  
どうやら神坂も美智恵も事実関係を相当端折って言っていたらしい。  
ビデオカメラで撮られたらしいその映像は、直接彼らに話を聞いていたヒャクメが見 
てもショッキングなものだった。  
ひどいと言われたシロタマはもちろん、あの高慢な美神令子が、あの清純なおキヌが、 
そしてスケベと言われてはいても実際純情で含羞み屋だったあの少年が淫魔もかくや 
と思われる乱痴気騒ぎを繰り広げているのだ。  
享楽的な面が他の神族と比べてやや強いヒャクメでさえも目を背けたくなるような光 
景が延々と続く。  
女達の瞳からは理性の光が失われて久しく性に狂い耽る牝たちの狂宴に胸焼けしたの 
を覚えている。  
日常を映した映像もあったが軽症といわれた令子とキヌでさえ彼がいるのといないの 
とで別人と見紛うほどに全く様子が違っていた。  
これら資料が上層部に与えた衝撃は予想以上であった。  
排斥論すら出たほどだったが、彼の霊力が予想以上の増大を見せていたことで慎重論 
が結局大勢を占めた。  
とにかく調査・監視・研究対象として彼の存在は神界上層部でも一握りのトップシー 
クレットに指定された。  
人界においての人間達主導による研究に危惧を訴える意見も出たが、責任者である美 
智恵の方針に一定の信頼がおかれ現状維持でまとまった。  
そしてヒャクメは人間達とのつながりを重んじる慎重派の手によって妙神山常駐を命 
じられた。  
 
管理人の小竜姫とは知らぬ仲でもなかったからこの決定に喜び勇んで転属指令をうけ 
たヒャクメだったが、・・・それが悲劇に繋がった。  
小竜姫は人界においてはかなり強い部類に入る神だ。  
しかし広い神界にあってはせいぜいが中堅どころの武官に過ぎない。  
彼女の師匠・斉天大聖が睨みを利かせているから軽んじられることこそ無いが、彼女 
の手に入る情報は驚くほどに浅くて狭い。  
それはヒャクメも変わらないのだが分野によって得意・不得意があるように、この一 
連の話を小竜姫は知る立場に無い。  
彼女の不審を煽るきっかけはヒャクメの配転前に既にあった。  
師匠・斉天大聖直々の下山禁止命令。  
そして彼女と親しい人間達との連絡の禁止。  
その他にも彼女の転属指令まででかけていたらしい。  
それには流石に同情論が出てお流れとなったが、ヒャクメが来山した時には既に小竜 
姫は不信の塊であった。  
元来単純で直情径行気味の彼女にとって今の状況は我慢がいかなかったようだ。  
なまじ人間達の、主にあの少年のだろうか、自由な生き方に触れてしまったが為にい 
まさら籠の中の鳥としては暮らしていけなかったのだろう。  
それでもヒャクメが来た折の小竜姫の様子はいつもと全く変わらないように見えた。  
今思えばそれは彼女の一世一代の大芝居だった。  
 
その日の夜、鬼門たちも開放されて四人で夜通し飲み明かした。  
斉天大聖は預かった元魔族・パピリオの戸籍登録で居らず、小竜姫にとってはこれが 
唯一のチャンスであった。  
おそらく薬を盛られたのであろう、酒に強いはずのヒャクメは早々につぶれ鬼門たち 
もそれに続いた。  
朝ヒャクメが目覚めるともう小竜姫の姿は妙神山には無かった。  
慌てたヒャクメはすぐに斉天大聖と上層部に報告をしたが、双方ともすぐには動けな 
かった。  
小竜姫にとっては妙神山に老師・斉天大聖がいることだけが不安材料だったに違いな 
い。  
老師の不在こそが千載一隅の機会だったのだ。  
それから一週間彼女は帰ってこなかった。  
帰還した斉天大聖ですら彼女の居場所をつかめなかったことからおそらく文殊を使用 
したのであろう。  
老師自身、今の彼にあれを使われたらお手上げだと苦笑した。  
流石に師匠だけあって取り乱すことは無かったが、それでも普段と比べると大分落ち 
着きは無かった。  
そして一週間後の朝、小竜姫は自ら鬼門の前に立ち正面から帰ってきた。  
慌てて出てきた老師とヒャクメの前でひどく緩慢に頭を下げ両手を差し出した。  
老師は捕縛錠をその細い両手首に掛けると館の中にいざなった。  
地下の牢獄に連れて行かれる途中、パピリオが飛び出してきて小竜姫に取りすがる場 
面もあったが彼女に優しく諭されてパピリオも諦めたらしい。  
その一連の様子をヒャクメは只じっと見守ることしか出来なかった。  
小竜姫はなにも喋らず只沈黙を守った。  
 
 
 
その後の経過はある意味予定調和的とも言える。  
斉天大聖は管理責任をとって隠居を宣言。  
パピリオを引き取って故郷の大陸五山へ帰っていった。  
ヒャクメはそのまま妙神山に常駐、管理人代行の辞令を受け取った。  
斉天大聖の引退を免罪符に小竜姫は妙神山への無期投獄、管理人の称号さえ取り上げ 
られない温情処分を受けた。  
しかしその処分を聞かされたとたんそれまで大人しかった彼女が猛然と暴れだした。  
官吏によって取り押さえられたが、身動きの出来ない彼女は最後に絶望的な叫びを上 
げた。  
その時の小竜姫の姿をヒャクメは未だに夢に見る。  
髪を振り乱し、鬼女もかくやと思わせる形相を浮かべながらも狂気というにはあまり 
に切ないその姿にヒャクメはどうやら取り憑かれてしまったようであった。  
それは惨めで、不気味で、儚く、そして美しかった。  
今冷静になって考えてみると、あの時小竜姫は神格剥奪・神界追放を望んでいたのだ 
ろう。  
そして永遠に彼のもとで・・・  
小竜姫はあれ以来決して抗わない。  
といって全てを諦めたのかというと、どうやらそうでもないらしい。  
只淡々と日々を快楽で塗りつぶしている。  
そしてもうひとつ、彼女は決して女陰に触らない。  
普段は部屋に閉じこもりきりの彼女だがたまに上に出てくることもある。  
彼女は妙神山の敷地内であれば多少は自由に行動できる。  
牢獄であるはずの寝室も鍵は掛けてない。  
 
それでも一日の大半を自室で過ごしその間は全く衣服を纏わず全裸で過ごすのが常で 
あったが、食事や散歩に出歩くときは流石に服を着る。  
しかしその際も彼女の両手は体中をまさぐっている。  
最近は下履きもつけず上着だけの風体が多くて始終股間に潜り込んでいるが、それで 
も前だけは絶対に触らない。  
幾度かヒャクメも理由を尋ねてみたが寂しく微笑むだけで誤魔化されてしまう。  
今では相当下が緩んできたようで所構わずやらかすので仕方なくオムツをつけるよう 
にしてもらった。  
そのような屈辱すらも小竜姫のなかでは快楽へ変換するらしくだらしない笑みを浮か 
べるのだ。  
ヒャクメにはそんな彼女のだらしなさも眩しく見えてしまう、それが今の目下の悩み 
となっている。  
 
 
終り  

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