美神令子と横島忠夫が結婚した
二人を知る者達の反応は意外にもあっさりした物だった。
総じて『やっぱりなぁ』である。
式は滞り無く進み、多少のハプニングを経て、二人はハネ
ムーンへと旅立って行った。
それを機に周囲の環境は一変する事となる。
氷室キヌは二人に気を使い(心情的に耐えられなかったとい
ふ説有り)学校指定の寮へ入る事となった。
妖狐のタマモは何処かへ姿を消した。
六道冥子は鬼道政樹と結婚宣言をした。
小笠原エミはピエトロ・ド・ブラドーへ以前よりも猛烈なアタック
を開始した。こちらも遠からず結ばれるだろう。
そんな中、犬塚シロは悩んでいた。
「はぁ……」
夕方の公園で、ブランコを占領して溜息をつく彼女を見ている
者は居なかった。
「拙者、これからどうすれば良いのでござろう……」
新婚の、況してやその片割れが自分が憎からず思っていた
人物となれば供に暮すには些か気が重い。
かと言って、一族の代表として無理を言ってここに居る以上里
へ逃げ帰る訳にもいかない。
しかしながら、人狼である彼女が受け入れて貰える場所など
他に心当たりが有る訳が無かった。
「はぁ……」
このままここで夜を明かすのも悪くない
そう考えに至ったた頃、公園の入口付近から声が掛かった。
「おや? キミは令子ちゃんの所のシロ君じゃないか」
「西条…殿?」
「どうしたんだい? こんな時間に」
「拙者は、拙者は……」
深く思い悩んでいた所に知っている人物が現れた。
それは心の防波堤を容易く崩壊させることとなる。
泣き崩れ、思いの丈をぶつけた後気絶するように眠ってし
まった彼女を自宅へ連れ帰る事にした。
それは、彼も又新婚の片割れに思いを残す者だったから。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、ふみさん」
出迎えた妙齢の女性―家政婦に挨拶して屋敷に入る
「こちらの方は?」
「ああ、令子ちゃんの所の犬塚シロ君だ。今日は泊める事になると思うからよろしく」
「かしこまりました」
「う、ん……」
「やあ、起きたかい?」
「ここは……どこでござる?」
覚えの無い暖かな布団と見慣れない部屋に、少し警戒しながら声の主を探す。
「……西条殿?」
「ここは僕の家だよ。あのまま寝ちゃったから失礼ながら連れて来させてもらった」
「あのまま…そうか、拙者は……」
「帰り辛いんだろう? 今日はここに泊まっていくといい」
「……かたじけないでござる」
先程の失態を思い出し、気恥ずかしさに赤くなる。
「食事の用意をさせているから一緒にどうだい?」
「そこまでお世……」
くー、きゅるるるー
「…………お、お願いするでござる」
赤い顔がさらに赤くなった
「さあ、遠慮せずに食べたまえ」
目の前に、美神宅ではめったに見られない豪華な食事が並
べられる。
いつもなら一心不乱に食べるところだが、生憎そのような精
神状態ではなかった。
「僕もね、令子ちゃんの事それなりに好きだったんだ」
俯き、食事に手をつけないシロに話し掛ける。
「だから、キミの気持ちも多少は分かるつもりなんだ」
言葉を切り、ワインを一口飲む。
「忘れろとは言わない。だけど、気持ちを切り替える必要があ
るのは分かっているだろう?」
「それは……分かってはいるのでござるが……」
「まあ、直ぐには無理だろうからゆっくりと時間をかければい
いさ。お互いにね。」
「……そうでござるな」
「さあ、そうと決まれば先ずは腹ごしらえだ」
「了解したでござる」
先程までの様子とは打って変わって勢い良く食事を開始する
シロだった。
「そうだ、こんな時にちょうど良い酒だある。一緒に飲もうじゃ
ないか」
「酒でござるか? しかし拙者はまだ……」
「年なら気にする必要は無い。キミは人間じゃないから人間の
法律は適用されない。だから全然問題無しさ」
持ってくるからと言い残し、西条は部屋を出ていった。
「う、ん……あれ? 拙者は……?」
周囲を見ると、先程目覚めた時の部屋だった。
「たしか、西条殿がワインを持ってきて……」
記憶の糸を手繰りながら少し体を動かそうとする。
が、その意思に反して彼女の体は動いてくれなかった。
「……? 体が動かないでござる」
酔いが抜け切らず少し朦朧とした頭で考えていると、部屋の
扉が開いた。
「おや、起きてたのかい」
「西条殿、あれから拙者は……?」
「ははっ、ワイン3本も一気に空けて倒れたんだよ…覚えてな
いだろう?」
「……とんだ失態を見せてしまったでござるな」
「いやいや、令子ちゃんと同等くらいの気持ち良い飲みっぷり
だったよ。」
大笑いしながら語る西条もまた、酔いが抜けきってはいない
ようだ。
「ところで、拙者、何故か体が動かないのでござるが……」
「うん、そうだろうね」
「……? なにかご存知なのでござるか?」
シロの寝ているベッドに近付きながら答える。
「さっきのワインに、魔鈴君特製の魔法薬をいくつか入れさせ
てもらったんだ」
「魔法、薬……」
「霊体に直接作用して一時的に金縛りの状態になる物……と
かね?」
「なんて、ね。冗談だよ」
「……へ?」
一瞬、身構えていたシロの頭が真っ白になる。
「はっはっは、そんなの入れる分けないじゃないか。キミだっ
たら臭いとかで分かるだろう?」
「え、と……だったら拙者の体が動かないのは?」
「疲れと飲み過ぎって所だと思うよ。ここの所ゆっくり休んでな
かったんじゃないかい?」
「そ、それは……」
「シロ君、良ければここに住まないかい?」
「と、突然なにを言うでござるか」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気から一転、真剣な表情でシロ
の顔を見る。
「キミの今の気持ちは公園で十分に聞かせてもらったからね。
もちろん、打算もあるけど」
「打算で、ござるか……」
「うん、キミがオカルトGメンに常駐してくれるとかなり助かる」
「Gメンに……しかし拙者は……」
コンコン
突然、部屋のドアを誰かが叩く音が響いた
「失礼します、大変な事が起こりました」
少し焦った様子で入ってきたのは家政婦だった。
「どうしたんだい? ふみさんがそんなに慌てるなんて」
「はい。先程、横島様と令子様が搭乗された飛行機に雷が直
撃して消息が分からなくなったとの報せが入りました」