早朝、
「……なあシャロ?」
「なんですかウェイン隊長?」
「何でシャロがここにいるんだ?」
「私は今でも隊長の部下ですから」
バーンシュタイン城にある、
「……なあアリエータ?」
「はい、なんでしょうウェイン?」
「何でアリエータはここにいるんだ?」
「テレポートで来ちゃったの」
ある一室で、
「……それで二人とも、何で俺は縛られてるんだ?」
インペリアルナイトであるウェイン・クルーズは椅子に縛られていた。
恋するルイセは切なくてお兄ちゃんの想うとすぐに暴走しちゃうの外伝の外伝『ウェインの危機』
「何のつもりかは分からないが、とにかくほどいてくれないか?」
その日、ウェインは椅子に座った状態で目を覚ました。それだけなら問題ない。戦時中ではないとはいえ、インペリアルナイトの仕事は多い。ローランディアとの外交問題、ランザックの内戦問題、傭兵王国の残党問題、国内での反乱分子問題……など、仕事は山ほどある。
特に同じインペリアルナイトであるジュリアが国王直々の指令を受ける事が多くその分の仕事が残り二人のインペリアルナイト、つまりオスカー・リーヴスとウェインに回ってくるのだ。
(カーマインさんを引き抜こうとするのは別に反対じゃないけど……あの二人はやっていること、どう見ても公私混同じゃないのか?)
仕える君主と尊敬する先輩がやっていることなので、心ではそう思っているが口には出さない。ともかく、そのおかげで徹夜で仕事を片付ける事もあり、その結果椅子に座ったまま寝てたという事もそれなりにあった。
(いや、でも昨日はちゃんと風呂入って、パジャマに着替えて寝た)
その証拠にウェインが着ているのはインペリアルナイト制服でも私服でもなく、きちんとした寝間着だ。寝た時と違う事といえば、はめていたはずのリングウェポンが外されていることくらい……
(武器さえ出せれば強引に逃げれるんだが……無理だな)
しかも上半身と脛辺りをぐるぐる巻きで縛っているので、ほどくために指を動かす事も出来ない。
(とにかく、二人に事情を聞かないと。見たところ洗脳されているとかは無いみたいだ――)
「さて、そろそろ覚悟はいいですね、アリエータさん?」
「覚悟だなんて……覚悟するのはシャルローネさんのほうじゃないんですか?」
鋭い言葉とともに火花を散らすシャルローネとアリエータ。
「こわっ!?って言うか二人とも、一体どうしたんだ!?何故俺にこんな真似をする!?」
「隊長が悪いんです」
「そうです、ウェインが悪いんですからね」
ウェインがわめくと、アリエータとシャルローネが同時に椅子に座らされているウェインを見下ろしてくる。
「隊長!いい加減アリエータさんに言ってあげてください!『俺が一番好きなのはシャロだ』って!」
「ウェイン!『俺がこの世で愛しているのはアリエータだけだ』ってシャルローネさんに言ってあげて!」
「…………はい?」
「私は10年前ウェインに会ってから、ずっと彼の事を思っていたわ!」
「時間よりも距離です!私は第二師団に配属され、隊長の部下になってからずっと一緒にいました!」
「えーと、二人とも?」
「一緒にいただけなんてそれこそ無意味です!ウェインは私の命を助けてくれました!私が大切だからこそしてくれたんです!」
「隊長は私の為に無理をしてくれたんです!ユニコーンナイトの試験の時、私の為に一生懸命になってくれました!」
「おーい」
「それに隊長は私のお父様に認めてもらうために、インペリアルナイトになったんです!」
「なったのは私との思い出があったからよ!そもそも、シャルローネさんはウェインが好きで飲んでいるコーヒーを飲めないじゃない!そんな人、ウェインに相応しくないわ!」
「なっ!?飲み物の嗜好なんて関係ないじゃないですか!それを言うなら、アリエータさんは民間人なんですから、インペリアルナイトである隊長に相応しくないです!」
「あのー」
「そっ、それに私もう隊長と……き、キスしたことあるんです(←注:間接)!何度も何度も(注:カップ越しに)!」
「きっ……ききキスぐらい私だって!10年前からした事があるわ(←注:オカリナ越しに)ずーっと長い間(←注:オカリナ演奏中)!」
「そ、そうか。シャロもアリエータも二人で積もる話があるようだから、俺はこれで失礼するよ」
体に悪い汗を背中に流しながら、ウェインはガタガタと体を揺らしながら何とか縛られ座らされている椅子ごと外に出ようし、
「師匠〜!おきて……」
「あっ」
扉が開き、仲間であり弟分の部下でもあるハンス・バードが出ようとしたウェインの前に姿を現す。
「……はっ、ハンス!俺を助け――」
「オイラは何も見なかった。オイラは何も見なかったんだ。縛られているお師匠も、怖い目で睨みつけているシャロやアリエータさんも……そう、オイラは何も見てないんだ」
ガチャリと無常にも扉が閉まる。
「隊長?どこに行こうとしたんですか?」
「ウェイン、勝手に外に出ようとするなんて、酷いです」
「ハンスー!後生だ!頼むから俺を助けてクレー!」
ガタガタとウェインは暴れるが、がっちりとシャルローネとアリエータに肩を掴まれ少しも逃げる事が出来ない。
「モウ師匠ッタラ朝カラ女ノ子二人ニ迫ラレルナンテ幸セ者ダナー。オイラモ師匠ヲ見習ッテ温カイカテイヲ作ロウカナー……弱いオイラを許して師匠!」
その声を最後に扉の向こうから人の気配は無くなった。
今更ながら言っておくが、ウェインは二人の事が嫌いではない。むしろ好意を抱いていると言ってもいい。それも仲間というだけでなく、男としての女に対する好意だ。
ウェインももうしばらくすれば18歳、平民出身とはいえインペリアルナイトとなれば何もせずとも縁談が山ほど来ているが全て断っている。当然それは、好きな相手がいるからであり……
「さあ隊長。選んでください。当然、私ですね?」
「ウェイン。勿論私ですよね?」
ずいっと迫るシャルローネとアリエータ。
「いや、その……選ぶって言われても」
好きなのだ、二人が。とても大切な人なのだ、二人が。
(いや、だからどっちを選べと!?)
問題は、この二人に差をウェインはつけられないという事態だ。どちらも同じくらい好きで、どちらも同じくらい大切なのだ。ちなみにウェインが好きな相手はもう1人いるが、今ここにはいないので割愛する。
「隊長♪私のほうがアリエータさんより好きなんでですよすね?」
「ウェイン♪そんな事無いですよね♪私のほうがシャルローネさんよりいいですよね?」
頬を染め、顔を寄せてくる美少女二人。
「そっ……その、そう言われても、俺は」
「ウェイン♪」
「たいちょう♪」
息がかかる距離までよってくる二人。そしてウェインは――
「……ゴメン二人とも。どちらかなんて、俺には選べない」
そう言って頭をガクリと下げた。
「今の俺に、どちらかを選べなんてでき――」
と、
「大丈夫ですよ隊長。そんな事もあろうかと」
「選び方、私たちがちゃんと考えてます」
そう言ってシャルローネとアリエータはニコリと笑い、
「よく言うじゃないですか、体は正直だって」
「ちょ!?ちょっとそれはまて!?」
「大丈夫よウェイン。その、ちゃんと本で勉強したから」
「隊の方やジュリア様から詳しく聞きましたから、大丈夫です」
そう言って二人はそっと手を伸ばし、ウェインのパジャマのズボンをずらす。
「れっ!冷静になってくれ二人とも!はっ、話し合おう!」
「勿論、ちゃんと語り合いますから」
「体同士の語り合いを」
そして二人の手がウェインの下着にかかり、そして――
「とぉうっ!!」
ウェインの下着がずらされる直前。ガシャンと、大きな音を立て部屋の窓が破られる。
「誰っ!?」
「聞こえる、聞こえる。愛に悩む乙女の叫びが、悪に苦しむ友の嘆きが……」
ガラスの破片と共に部屋の中に入ってきたのは――
「誰が悪です!?」
「愛と正義の使者、インペリアル仮面参上!」
仮面をつけた、長身痩躯の白髪の男だった。
「…………」「…………」
「……えっと」
ウェインの下着に手にかけたまま動きを止めるシャルローネとアリエータ。ウェインは取り合えず入ってきた男に声を掛ける。
「何で態々窓を破って来たんだ、アーネs」
「違う!俺の名前は愛と正義の使者、インペリアル仮面だ。双剣使いの元インペリアルナイトの男など知らん」
「いや、俺はそこまで聞いていないというか……なあ、シャロにアリエータ」
先ほどまでの危機とは違う意味で額から汗が流れ、ウェインは二人に話しかけるが……
「インペリアル仮面!?くっ、一体何者なの!?」
「こんな所まで賊が入ってくるなんて、警備の人は一体何をしているのです!?」
「って二人とも気が付いてないの!?マジで!?」
ウェインの下着から手を離しリングウェポンを出す二人にウェインは突っ込みを入れる。
「このインペリアル仮面、悪は許さない……斬る」
そう言ってインペリアル仮面はリングウェポンを発動。その獲物は勿論ウェインも見たことがある双剣であった。
「だから、私たちは悪じゃないわ!私達はウェインを愛しているもの!」
「貴方がどなたかは知りませんが、これは私たち3人の問題です。部外者は立ち去ってください。今から私たちはヤルことがあるのですから」
「ならば俺から言っておこう……お前達がやろうとしている行為は愛ではない!」
そう言ってインペリアル仮面は剣先を3人に向けてビシッと突きつける。
「なっ、何を!」
「身動きの出来ぬ者を無理やり欲望のまま襲う。それは決して愛がある行為ではない!愛というのは、互いに想いあい、慈しみあうものだ。愛する者は体で釣るものではない。心で釣るものなのだ!」
「想いあい……慈しむ」
「体ではなく……心で釣る」
インペリアル仮面の言葉に衝撃を受けるシャルローネとアリエータ。
「いや、アーn」
「愛と正義の使者、インペリアル仮面!」
「あー、うん。じゃあもうそれでいい。インペリアル仮面、助けてくれるのは嬉しいんだけど、二人にそんな事言ったって」
寝込みを襲い既成事実をしようとした二人に、今更そんなこと言っても効果はないとウェインは思い……
「……そうだわ。確かに無理やりだなんて、よくないわ」
「私達、大切なことを忘れていました」
「ありがとうございます、インペリアル仮面様。それと、ごめんなさいねウェイン」
「隊長、すみませんでした」
何か吹っ切れたような表情をしたシャルローネとアリエータはそう言って部屋から出て行った。
「えっ?あれ?あれで止まっちゃうの?」
「そうか、二人とも分かってくれたか」
あっけない展開に呆然とするウェインに、腕を組みうんうんと頷くインペリアル仮面。
「二人とも分かってくれたならそれでいい。では、さらばだ!」
インペリアル仮面はそう言って身を翻し、窓を突き破って部屋から出て行った。
「ってここ三階!というかなんで破った窓と違う場所から出ようとするんだよ!?」
ウェインは二枚も破れた窓と部屋の状況に頭を抱えようとして……
「で、俺のこの状況は誰が助けてくれるんだ?」
そして2時間後に、ようやくウェインは部屋にやってきた新人メイドに助けられることとなった。
「おや、そこにいるのはアーネストじゃないか」
昼、訓練所に向かおうとしたオスカーは途中で親友であるアーネスト・ライエルの姿を見つけた。
「よく来たね、アーネスト」
「リーヴスか……やはり、反逆者である俺は来ない方がよかったか?」
元インペリアルナイトであるアーネストは1年半ほど前の大戦に、国外追放の刑を受け、迷いの森で自給自足に近い生活をしていた。
「それはもう過去の話だろう?恩赦を受けた今の君を誰も咎めはしないさ。僕がさせない」
だが、ゲーヴァス事件と傭兵王国戦争、そしてバーンシュタイン大臣反逆事件で活躍した結果恩赦を受け、今はバーンシュタインの王城まで入れるようになったのだ。
「ところでアーネスト、なにやら機嫌がいいようだけど……何かあったかい?」
「むっ、分かるか?」
アーネストはそう言って微笑を浮かべ、
「大きな借りを少し返せたからな」
アーネストはウェインの部屋に飛び込む少し前、バーンシュタイン城門にいた。親友であるオスカーやウェインに会おうと思ってきたのだが、しかし本当に入っていいのか直前で気になり、不審者のごとく門前でウロウロ歩いていたのだ。
そこに涙を流しながらハンスがやってきて、アーネストはハンスを捕まえて事情を聞き……
「へぇ、そうだったんだ……」
「ああ、ウェインには返しきれないほどの恩がある。俺がここに来れる様になったのも、剣をふるうことができるのも、全てウェインのおかげだ……奴のおかげで、俺は本当の意味で罪を償うことができたんだ」
もし、あの時ウェインに会わなかったら、ウェインの言葉から逃げ、篭り続けていたら今の自分はなかっただろう。
「そうかそうか……アーネスト」
オスカーは腕を組んで何度か頷いた後、うしろに下がっていき――
「こんのお馬鹿ーっ!!」
「がふぅ!?」
アーネストの腹に、オスカーのIKDKが炸裂した。
(IKDK:インペリアル・ナイト・ドロップ・キックの略。効果:インペリアルナイトがドロップキックをする、相手は弱ければ死ぬ)
「どーしてそんな美味しい場面を邪魔するんだ!この大馬鹿野郎!謝れ!僕とどろどろの三Pを期待していた読者に謝れ!大体あの台詞はなんなんだよ!これだからホモ童貞とか言われるんだ!」
「だっ!誰がホモ童貞だ!?俺はホモではない!」
蹴られた腹を押さえながら、白い顔を真っ赤にしてアーネストは怒鳴る。
「どうだか!君がホモだって言う噂は仕官学校時代から大変だったんだよ。おかげで僕やリシャール陛下も同類扱いされかかったんだからね」
「……どうやらカーマインだけでなく、お前とも決着をつけなければいけないようだな」
その後、訓練場で繰り広げられることとなった二人の戦いは、ジュリアとカーマインが止めるまで周囲に多大な被害を与えながら続くのだった。