昔々……という物語ではありませんが、ある所というかローランディアと言う国にある兄と妹がいました。  
 二人には父親がおらず、また生まれも少々特異でしたが、それでも母親を助け、国を助け、そして世界を救い、今はそれぞれ領土持ちの騎士と宮廷魔術師となりました。  
 そして今も仲睦ましく暮らしていましたが……しかしこの兄妹、これ以外にも世の兄妹と違う所がありました。  
 それは二人は血が繋がっていない事と……妹が、超皆既日食グローシアン的なブラコンだと言う事です。  
 
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」  
 ローランディア王国の王都、ローザリア。城門から歩いて30秒もかからない超一等地にある家の扉を開け中に入ろうとした青年に、桃髪の少女が抱きついた。  
「……ああ。ただいま、ルイセ」  
 一瞬キョトンとした顔をした後、抱きついて胸板に顔をこすり付けている妹、この家の主の娘であり青年の妹でもあるルイセ=フォルスマイヤーにそう言葉をかけ、抱きつかれたまま家に入っていく。  
 カーマイン=フォルスマイヤー。左右の瞳の色が違うという(今現在では)世に一人しかいない特徴を持つ物静かなルイセの兄であるこの青年は、しかに世の中ではローランディアの特務騎士にして救世の英雄、『グローランサー(光の救世主)』と呼ばれる存在である。  
「お兄ちゃん、元気にしていた?ちゃんとご飯食べた?喉とか痛めていない?ランザックは今乾燥が厳しいと聞いてたから」  
「大丈夫だ、ルイセが気にするような事は何もなかったさ」  
 子犬のようにじゃれ付いて聞いてくるルイセに、カーマインはその頭を優しく撫でながら答える。  
「んっ……そうなんだ、よかった」  
 うっとりと目を少し細め、ルイセはカーマインの撫でる手が離れると同時に体を離す。  
「そういえばルイセ一人か?ティピとサンドラ母さんはまだ研究室か?」  
 そうカーマインはここにいない母親とお目付け役として作られた妖精型の魔導生命体についてルイセに訊ね――  
 
「やめてよお兄ちゃん、他の女の話をするの」  
 
 ルイセのその声と共に、フォルスマイヤー宅の近くに止まっていた鳥はいっせいに羽ばたき、城門を守護していた衛兵は得体も知れぬ寒気に襲われた。  
 まるで温度が3度ほど下がるほど空気が冷え、何か狂気的な雰囲気をかもし出し始めたルイセにカーマインは、  
「二人に何か用事でもできたのか?」  
 まったく気にせず、そう訊ねた。  
「ううん。少し前まで一緒にいたんだけど、ただお兄ちゃんが帰ってくるような気がしたから、私だけテレポートで飛んできたの」  
 そして先ほどの恐ろしい気配を消し、ルイセはニッコリとそう答える。  
「いや、俺の為にそこまでしてくれるのは嬉しいが、ルイセには宮廷魔術師としての大事な仕事もあるだろう?」  
「私にとって、そんな事よりお兄ちゃんを迎えるほうが大切だもん」  
 ルイセは少し頬を膨らませたあと、  
「迷惑……かな?」  
 不安そうに、胸の前で両手を組ませる。  
「いや、ルイセがそうしてくれるのは俺も嬉しい。ありがとうな」  
「えへへ。よかったぁ、お兄ちゃんがそう言ってくれて」  
 優しく頭を撫でてくるカーマインに、ルイセははにかんだ笑みを見せた。  
 
「それよりお兄ちゃん、今から何する?わたし?わたし?それともわたし?」  
 流し目をし、誘うようにしなを作るルイセ。  
「そうだな、ルイセのご飯が食べたいな。もう出来ているのか?」  
 だがしかし、カーマインはそんな義妹の誘いを華麗にスルー。と言うかこの男、気が付いていない。  
「えっ?ご飯は出来てないけど……それならお兄ちゃん私が食べたいんだね?う、うん。ちゃんとお風呂入って綺麗にしたから……大丈夫、だよ」  
 そんな義兄の様子に負けじとルイセはその場で服を脱ごうとし――  
「ルイセっ!」  
 
 莫大なエネルギーを秘めた青い光が、振り下ろされる鉄槌のようにルイセの頭に直撃した。  
 
「ぜいぜい……まったく、貴女、は……国王との……謁見中にいきなりテレポートで、いなくなるとは……何事、ですか?」  
 その声とともに玄関から入ってきたのはローザリア魔導服を身に纏った長い紫髪の女性。全力で走っていたのか、顔は赤く口では荒い呼吸を繰り返している。  
「サンドラ母さんか。おかえり」  
 彼女こそカーマインを拾った親でありルイセの実の母親、宮廷魔術師のサンドラ=フォルスマイヤーである。  
「……カーマイン。帰って、きたの……ですか」  
「ああ……大丈夫か?母さん」  
 ぜいぜいと呼吸を荒くしている母親の背を優しく撫でる。  
「ええ。謁見の間からここまで全力疾走して更に魔法を使いましたからね……年かもしれませんね」  
「そんな事はない、母さんはまだまだ若いさ」  
 カーマインはそう言って、そっと頬を手で触れる。  
「肌もスベスベしているし、とても綺麗だ」  
「あっ……ええ。貴方がそう言ってくれるのは、とても嬉しいわ」  
 顔の肌を撫でられ、うっとりと目を閉じるサンドラ。  
「ところでお母さん、実の娘の心配はしないの?」  
「心配するほどの怪我をしていないでしょうが、貴女は」  
 ガン睨みしてくる娘の視線を、涼しい顔で受け流す。  
「手加減無しで本気で魔法をぶっ放しておいて?」  
「私のソウルフォース直撃した程度で、貴女が怪我するはずないのはわかってますから」  
 ちなみにソウルフォースは三国で使える人間は10人もいない、単体系最強の攻撃魔法である。勿論その威力は凄まじく、騎士団長レベルなら半死から即死。かのインペリアルナイトだろうと5発も撃たれれば死を免れないほどであったりするが。  
「ここにコブできちゃったもん。嫁入り前の娘に対して酷い暴挙だよ、お母さん」  
「あら?貴女が他の家の嫁に行くとは思いませんでしたが?行く気があるならいつでも言ってくださいね」  
 至近距離で、互いに目を逸らすことなく火花を散らす親子二人。  
「とりあえず荷物を上に置いてきて、俺が料理を作るから三人で食べよう」  
 そんな二人に動じることなく、カーマインはそう言って階段を上っていった。  
 
 
「ねえ、ウォレスさん」  
「どうした、ルイセ?」  
 ローザリアのメインストリートにあるオープンカフェの一席、流れの傭兵から将軍となったウォレスは紅茶をくいっと飲み、  
「どうやったらお兄ちゃんに近づく泥棒猫達を駆除できるかな?」  
「ぶふっ!?」  
 盛大に噴いた。  
「きゃっ。ウォレスさんどうしたの、汚いよ?」  
 ちなみに一流傭兵としてのとっさの判断によって首を横に振ったので、噴出された紅茶はルイセにかかることなく路面を濡らすだけで済んだ。  
「汚いよ、じゃねえ。何だオイ、さっきの台詞は」  
 じっとルイセを凝視するウォレス。とはいえ魔法の眼があってようやく影のようにうっすら見える程度でしかないウォレスの視力では、表情まで見えることはないが。  
「だってぇ、お兄ちゃん綺麗だし、カッコいいし、強いし、優しいし、地位も名誉もあるし、生肩だから、結婚の誘いとか結構来るみたいなの」  
「いや、生肩は関係ねえだろ?まあとにかく、カーマインに見合いやそれに類する話がよく来るのは確からしいな」  
「生肩も関係あるもん。で、ウォレスさんはどうすればいいと思う?やっぱり単体魔法で狙撃?それとも即死系?ほかにやるとしたらテレポート使っての密室トリック?」  
 ウォレスの空いたカップに紅茶を注ぎながら、真剣な表情を浮かべルイセは尋ねる。  
「ちょっと待て。何だか話が深刻と言うか物騒になってやしねえか?」  
「そんなことないもん。ものすごく大切な話だよ。そうだ、ウォレスさんが付けている魔法の目を改造して、私以外の女からお兄ちゃんの匂いがしたらビームが出る仕様にすればいいかも?」  
 ずいっと身を乗り上げるルイセ。  
「俺に片棒担がせるんじゃねえ。それ以前に、カーマインがどこかの貴族の令嬢を娶るとか有り得ないだろう」  
 妙な気配を漂わせながら迫ってくるルイセに、ウォレスは椅子ごと後ろに下がって間合いをあける。  
「本当?」  
「お前だってわかるだろ。あいつが権力争いに巻き込まれるのをどれだけ嫌っているくらい。とはいえ、未婚である以上は誘いは限りなく来るだろうな。そういや、今日はどこに行ってるんだ?」  
 今度は紅茶をゆっくりと、何か言われても噴かないよう注意しながら飲むウォレス。  
「お兄ちゃんは今日はバーンシュタインに用事で行ってるの」  
「また特使の仕事か。一時期より減ったとはいえ、本来特使は外交官の役割りだ」  
 カーマインが軍の組織系統から離れた存在である特務騎士に任命し、更に王都に近い場所を領土として与えたのは今は亡きアルカディウス王。賢王と呼ばれた前国王の元で生まれた英雄など、今の王座に座っているものから見れば疎ましく思って当然の存在だ。  
「コーネリウス王も本当は特使の仕事など出したくないだろうに」  
「エリオット君からの指名だって。でも、もしかしてジュリアンさんとかも一枚噛んでたり。ジュリアンさんったら『マイ・ロ……ごほん、特使であるカーマインの護衛は私がする』とか言っちゃって。いい加減身の程を……」  
 と、何やら物騒な事を言い出したルイセのだが、話の途中で城の方向から大きな鐘の音が鳴る。  
「あっ、私そろそろグランシルに行かないと。お茶、ごちそうになりました」  
 ルイセはそう言ってペコリと頭を下げ、城のほうに向かって歩き出した。  
「女は魔物……か」  
 ひょこひょこと結った桃色の髪を揺らしながら小さくなっていくルイセの後姿を見ながら、傭兵団に所属していた20年以上前、そのような事を酒の席で団長や仲間が言っていたことをふと思い出し、残った紅茶を一気に飲み干した。  
 
「ところでゼノスさん、ちょっと聞いていいですか?」  
「どうしたんだルイセ?」  
 グランシルでの用事も終わり、出会ったラングレー兄妹の家で食事をいただいているルイセは、兄のほうのゼノス・レングレーに声を掛ける。  
「えっと、この前お兄ちゃんやゼノスさん達が行った異世界のことについてだけど……」  
「ああ、キルシュラーンド大陸の事か?俺達がいなくなったこと、こっちじゃかなり大きな事件になってたらしいな」  
 2月前にカーマインとゼノス、それとバーンシュタイン関係者数名が突如、しかも一斉に姿を消すという怪現象が起こった。3国はすぐに調査を開始したが、時空制御装置に一瞬異常が起きたということが判明しただけで、結局原因の究明も失踪者の発見も出来なかった。  
「当たり前です。兄さんなんか料理中に私の目の前で急に消えたじゃないですか。どうしていいかわからなくなって、カーマインさんに頼ろうと向かったら、カーマインさんも消えたって聞いて……本当に心配したんだから」  
 そういったのはゼノスの隣に座って同じく食事を取っている妹のほうのカレン。ちなみにこの兄妹、カーマインとルイセの関係と同じく血は繋がっていない。  
「わかったわかった、その話はもう勘弁してくれ。で、別に向こうの世界についてなんだが、俺に聞く必要あるのか?あった出来事についてはもうずいぶん多くの奴等に聞かれたし、細かい事ならカーマインにでも聞けばいいだろ」  
 涙目になるカレンを宥めようとゼノスは椅子から立ち上がり  
「お兄ちゃんは答えてくれないから……向こうでの、女の人の話」  
 肩に置こうとした手が、ピタリと止まる。  
「お兄ちゃんにそれとなく聞いてみたんだけど、何だかうわの空みたいで……ゼノスさんの様子見る限り、やっぱり何かあったんだ?」  
 ニッコリと、本当にニッコリと笑みを浮かべ、ルイセも椅子から立つ。  
「な、何のことだかさっぱりだぜ!そっ、そうだカーマインの奴に闘技場に来るよう言っておいてくれないか!最近ハンディキャップ戦ばっかりで、まったく面白みが……」  
「兄さん。嘘を付いたり誤魔化そうとするなら右手を握ったりと開いたりする癖、治した方がいいですよ?それにカーマインさん相手なら兄さん接近して一太刀与える前に、魔法で倒されますよ。魔法無しの素手でようやく互角なんだから」  
「えっ……はっ!?い、いや何にもなかったんだぜ!いやマジ、ホントホント!って、カレンあまりにアレな事言わないでくれよ。まあ事実だが」  
「ゼノスさん……ちょっと教えてくれませんか?」  
 一度右手のほうに視線を流し、汗をだらだらと流すゼノスにルイセはテーブルをぐるりと周り、  
「ちょっと待ってください、ルイセちゃん」  
 カレンが立ち上がり、二人の間に入る。  
「どいてくれませんかカレンさん?わたし、ちょっとゼノスさんに聞かなきゃいけないんです」  
 そっと右手の掌をゼノスに向けながら、ルイセは感情の篭らない声を出す。  
「駄目です。兄さんから力尽くで、無理やり聞こうだなんて」  
「か、カレン……」  
 庇うカレンの後ろで、ゼノスは健気な妹の姿に感動し、  
 プスっ  
「こういう話は、兄さんから自主的に聞かないと」  
 注射器をゼノスの腕に刺し、中身の液体を入れながらにこやかにカレンは言った。  
「カレンが……死んだ(俺が知っているという意味で)」  
 瞳から光が消えたゼノスは、そう呟いて力なく椅子にもたれかかった。  
 
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」  
「そこにいるのは、ルイセ君かい?」  
 所変わって魔法学園、虚ろな目でぶつぶつ呟きながら食堂でパフェを食べて……いなく、ただスプーンでぐちゃぐちゃとかき回しているルイセに遠くから男の声がかかる。  
「あっ、アリオストさんこんばんは。研究、順調ですか?」  
 顔を上げるルイセ。その瞳はいつもの光を取り戻し、先ほどの狂気じみた面影は微塵もない。  
「まあまあ、かな。多くの人間がグローシアンになって、今まで魔力的な問題で途中で放棄した沢山の発明品がようやく役立つようになったからね。おかげで毎日が大忙しだよ」  
 いつもより若干汚れが目立つ研究服を身に着けた男は、この魔法学園に研究室を持つ魔道研究家のアリオスト。  
「それで、カーマイン君がどうしたんだい?」  
「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが私という女がいるのに、この前行った世界で私より三つほど若いツルペタ幼女と乳繰り合っていたって知って……くっ」  
 ちなみに情報源は勿論自白剤を盛られたゼノスである。更に言えばゼノスは別にツルペタ幼女とか乳繰り合っていたとかは言わず、ただ向こうの世界でカーマインに一番近かった少女のことを話しただけだ。  
「つ、ツルペタようじょ?ま、まあ……一緒に行った中にカーマイン君の女性はいなかったからね。男の生理現象というか何と言うかストレスや欲求も溜まるだろうし、きっと魔がさしたんだよ。それに年齢差5年ちょっとじゃ十分射程――」  
「おかしいなぁ……ロリコンのアリオストさんの意見なんか聞いていないんですけど?」  
 ルイセの右手の人差し指がアリオストに狙いを定め、しかもその先に紫電の球体が浮かんでいた。  
「えっとルイセ君?サンダーは洒落にならないんじゃないかな?」  
「洒落じゃありませんから。それとも、サンダーストームのほうがいいですか?」  
「いやいや!ただでさえHPが低い僕がそんな攻撃受けたら本当に死ぬから!最近運動不足だから腕も鈍ってるし!」  
 じりじりと後ろに下がるアリオスト。とはいえ少しくらい距離をとったところでまだ十分魔法範囲内だが。  
「とにかく、ウチのお兄ちゃんをアリオストさんのようなロリコンと一緒にしないでくださいね、命が惜しかったら」  
「うん、命が惜しいからそうさせてもらうよ」  
 色々言いたい事も突っ込みを入れたいこともあるが、それらを押し殺して頷くアリオスト。  
「それに、お兄ちゃんは悪くないもん。きっとそのツルペタ幼女がものすごい腹黒で、人の良いお兄ちゃんをあの手この手で誘惑したに違いないもん」  
「あ、いやそうかなぁ?カーマイン君は天然だけど超が付く無自覚的な女誑しだから、そうなるようにフラグを……いえ、ルイセ様の言うとおりですからその王女的な魔法カードは仕舞ってくださいませ」  
 ルイセがポケットからカードを取り出すと、アリオストはすぐに意見を放棄し土下座をする……ちなみに今回ばかりはルイセの言っていること『も』正しかったりするのだが。  
「あっ、ところでアリオストさん。お兄ちゃん達がいた世界に移動できる発明品とかありますか?」  
 瞳を輝かせ、身を乗り出すルイセ。  
「時空移動か……興味はあるけど難しいね。向こうで出来たってことは、こちらでもできる可能性はあるとは思うけど……ところでそんな発明品があったとして、何に使うんだい?」  
「勿論、身の程知らずにもお兄ちゃんを誘惑したツルペタ幼女をサクっと。フェザリアンハーフとも聞いているから、その羽を全部もぎ取ってやるものいいかな?あと――」  
「カーマイン君達が飛んだ先は今よりはるか昔のようだし、未来から過去には無理だと思うね、うん!じゃあルイセ君!僕はブラッドレー学院長に呼ばれているからこれで失礼するよ!」  
 羽は付いていないがフェザリアンの血が半分流れている者の本能的に背中を両手で庇いながら、アリオストは逃げるように食堂を離れていった。  
 
 
「お風呂♪お風呂♪お兄ちゃんとお風呂♪」  
 バスルームにスキップしながら向かっているのルイセ。バーンシュタインでの仕事が終わったカーマインを迎えにいって、そしてすぐさまローザリアに連れ帰ったのがつい一時間前。  
 本来なら片道で一週間はかかるであろう距離を僅か数分で往復できるのは、当然ルイセのテレポートのおかげである。テレポート自体の使い手は三国に数人いるが、数時間かかる準備を無し、しかも数人をまとめて移動できるほど使えるのはルイセ(とあと一人)だけだ。  
「早くいってお兄ちゃんを洗ってあげないと。お兄ちゃんの背中洗って、お兄ちゃんの頭洗って、お兄ちゃんの手足洗って、お兄ちゃんの胸洗って、それでお兄ちゃんの……きゃっ♪」  
 フルフルと首を振り、それにつられ桃色の髪が揺れる。  
「あとお兄ちゃんにわたしの体も洗ってもらっちゃお。髪の毛洗ってもらって、背中洗ってもらって、腕とか足とか胸……あっ、お兄ちゃんそんな所まで洗わなくてもっ。うん、でもお兄ちゃんがしたいなら、わたしの身体隅の隅まで洗っても、いいよ」   
 更衣室に入り、スポポーンと衣装を脱ぎ、ガラリと風呂場の戸を開ける。  
「……ちっ」  
「そんな顔しない。あの子なら少し前に上がりましたよ。とりあえず、貴女も入ってきなさい」  
 露骨に舌打ちをして戻ろうとするルイセを、風呂に入っているサンドラが止める。  
「たまには親子水入らずもいいでしょう」  
「むー。まあ、お母さんがそう言うなら……」  
 そうルイセは言って体と髪を洗ったあと、湯船に浸かった。  
「もう、お母さん勝手に入らないでよ。お兄ちゃんが入った後なら、お兄ちゃんが入ったお風呂の水を飲んだり毛を捜したりとかできるのに」  
「いつもそういう事をしていたのですか、貴女は……今更兄離れをしろとは言いませんが、もう少し節度を持つ事を心がけなさい」  
 フォルスマイヤー家の風呂場は広い。足をばたばた振りながら首まで湯に浸すルイセにサンドラはたしなめるが、  
「お兄ちゃんを自分好みに教育した挙句、お兄ちゃんの初めてまで食べたお母さんには言われたくないよ」  
「ごほん!それはそれ、これはこれです」  
 娘に痛い所を突かれ、サンドラはわざとらしく咳払いしたあと視線を逸らす。確かに言われるとおり、夫がいなくなってから拾った息子を自分の好みに合うように育てたのは事実だし、初めての女になったもの事実だ。  
「私だって、ここまで入れ込むつもりはなかったのですよ。その……ゲヴェルを倒して、そのせいで憔悴していったあの子を見ていると、ついキュンとなって。慰めるとかそういう心算ではなかったのですが、えっと……あう」  
 顔の前で両手の人差し指の先同士をつんつんと突き合わせながら、真っ赤な顔でサンドラは言う。あまり似ていると言われない親子だが、こういう仕草はそっくりである。  
「全く、お母さんも年を考えてよ、もうすぐよんもごっ!?」  
「ル・イ・セ。私はまだ30代ですよ。それに、私だってまだまだ肌も中身も若いんです。その証拠に、あの子だって十分若いって言ってくれているんですから」  
 額に青筋を浮かべ、ルイセの頭を思いっきり掴んで湯の中に突き入れるサンドラ。確かにあと少しで……なのだが、それを感じさせない瑞々しさが今のサンドラにはある。流石に10代半ばの娘には負けるが。  
「もごっ!お母さんギブ!ギブギブっ!」  
「ふう。とにかく、貴女はもう少し落ち着きというものをもちなさい。解りましたね?」  
 サンドラはそう言って、湯の中で暴れる娘の頭から手を離した。  
 
 
「お兄ちゃん、起きてる?」  
「どうした、ルイセ?」  
 カーマインが明日も朝から城に用事があるという理由で自領地にある屋敷には戻らず実家の部屋で寝ていると、ガチャリと扉が開き隣の部屋で寝ているはずのルイセが丸いモコモコとした枕を片手にパジャマ姿で入ってきた。  
「久しぶりにお兄ちゃんと一緒に寝たいなって……駄目?」  
「別に構わない。ただ……眠たいから色々話すことは出来ないぞ」  
 本当に眠たいのか目を擦りながら、カーマインは体をベッドの端に寄せる。  
「う、うん……じゃあ失礼するね、お兄ちゃん」  
 瞬間、ずささささっ!と、まるで獲物に飛び掛る豹のような敏捷さでベッドに潜り込むルイセ。  
「でもお兄ちゃん、こうやって二人っきりで寝るのって、久しぶりだよね」  
「……そう、だな」  
「小さい頃は一緒の部屋だったからいつも一緒に寝てて、私の部屋ができてからも10になるまでほぼ毎日お兄ちゃんのベッドに潜り込んで」  
 ぎゅっと、カーマインに包まれるかのように体を預けるルイセは、もじもじしながら話を続ける。  
「……だな」  
「その後も怖い夢を見たりしたら、こうしてお兄ちゃんの部屋に枕もってやってきて、一緒に寝て」  
「…………」  
「それで、それで……あの夜から、今までと違う意味でも一緒に寝ちゃって……お兄ちゃん?」  
 返事が無くなったのでルイセはじっとカーマインの顔を見て、  
「もう寝ちゃったんだ。本当にお疲れなんだね、お兄ちゃん」  
 少し寂しそうにそう呟き、ルイセは少しカーマインから体を離した後、その右手を両手で掴む。  
「お兄ちゃんの……おっきぃ。それに、やっぱりあったかいよ」  
 カーマインの手をそっと己の頬に当てるルイセ。昔から一緒に寝る時にしている習慣。寝つきのいいカーマインがこのくらいで起きることはないのは、とっくの昔から証明済みである。  
「お兄ちゃんの手……私の大好きなお兄ちゃんの手から……」  
 酔ったようにすりすりと瞳を閉じたまま頬で手の感触を味わったあと、  
「私以外の女の匂いがする」  
 冷めた目でカーマインの手の平を見た後、そっと鼻の先に近づける。  
「そっか。これ、ティピの匂いだ。夏に咲く花の香りのような、ティピの体臭だ……なんで、お兄ちゃんの手にそんなのが付いてるのかな?」  
 嗅いだ後、じっと穴が開くかのようにじっとカーマインの手を凝視する。  
「このかすかに見える赤い痕……ああ、ティピに指関節でも極められたんだ。もう……ティピったら」  
 ルイセはそう言って大きく口を開け……  
「はむっ、お兄ちゃんを傷つけるなんて許さない。お兄ちゃんを苦しめる相手も許さない。んっ、そういうことをする悪い人は、全部私が……消しちゃうんだから」  
 指を咥え、中でゆっくりと舌を這わせる。  
「わかってるよお兄ちゃん。お兄ちゃんは優しいし、んんっ、それにティピはお兄ちゃんの大切なパートナーだから、いなくなったら悲しむよね。お兄ちゃんの悲しむ事は、ちゅぶっ、私もしたくないから。ティピのことは、許してあげる。ぷはっ」  
 咥えていた指を口から離し、かすかに赤くなっている部分にそっとキスをする。   
「でももし、ティピの事が邪魔になったら……いつでも言ってね?すぐに何とかするから」  
 ルイセはニッコリと邪気の無い微笑を浮かべたあと、掴んでいるカーマインの手を自分の胸にへと導いた。  
 

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