「んはぁ……お兄ちゃんの……指気持ちいぃ……」
「ルイセちゃん?」
「んっ……そこっ……切ないの……」
「ルイセちゃんったら!」
「駄目っ……これ以上やったらお兄ちゃんが起きちゃ……」
「ルイセちゃんが起きてって!」
その声とともに、ガクガクと肩を揺らされる。
「……あれ?ミーシャ?」
「おはよ、ルイセちゃん。というか、立ったまま寝ちゃ駄目だよ」
起きたルイセの目の前にいるのは愛しの兄であるカーマインではなく親友であるミーシャ。ついでにいえば場所もローザリアのカーマインの部屋ではなく、魔法学院の入口である。
「えっと、わたし寝ていた?」
「もうバッチシと。涎たらしながら寝言まで言ってたよ?」
「ええっ!?ご、ゴメンねミーシャ!」
ルイセは慌てて袖で口元を拭く。
「ルイセちゃん、昨日そんなに眠れなかったの?」
「うん。その、お兄ちゃんと一緒に寝て、熟睡しているお兄ちゃんの手で一晩中……」
思い出したのかうっとりとした表情を見せるルイセ。
「いーないーなぁ。アタシもお兄さまと毎日一緒に寝たいなぁ……この前なんて終わってから2時間くらいしかベッドにいてくれなかったし」
「ミーシャ?それってどういうことかな?」
途端、ルイセの眠気は完全に吹き飛び、ミーシャを睨みつける。
「どういうことって、3日ほど前にお兄さまと偶然コムスプリングスで会っちゃって、折角会ったんだから一緒にご飯食べて、温泉入って、それで……ああもう最高だったなぁ。温泉の女将さんには夫婦みたいだって褒められちゃったし、お兄さまと食べるご飯は最高だったし」
「ミーシャ?」
ガチリとミーシャの両肩を掴むが、ミーシャはうっとりと虚空を見上げルイセのほうを見ようとしない。
「温泉では一緒に洗いあいっこしてぇ……お兄さまったら、アタシの胸優しく洗ってくれてぇ。やっぱり大きな胸が好きなのよねぇ。『ミーシャの胸は大きいし、それにとても柔らかいな』って褒めてくれたしぃ」
「わ、私は小さくないもん!それに『貧乳はステータスだ!希少価値だ!』ってローザリアの流行雑誌にも書かれていたもん!」
言われていない事に反応し激昂するルイセはガクガクとミーシャの肩を掴むが、妄想の深さに定評があり妄想少女という異名を持つミーシャがこの程度で戻ってくるはずはない。
「それでそれでぇ。お兄さまはお姫様抱っこで私をベッドまで運んでくれてぇ。それでそれでぇ……ああーん!ミーシャはずかしぃー!」
「…………」
ミーシャが首を横に激しく振ることでぶんぶんとお下げが揺れ、それがべちべちと能面のように無表情となったルイセの顔に当たる。そしてルイセは――
「……ファイアーボール」
少し離れたあと、ミーシャに向かって火球をぶち当てた。
「もう、ルイセちゃんったら、ちょっと酷くない?」
「私のお兄ちゃんに手を出すミーシャが悪いんだよ」
軽く焼かれて涙目になったミーシャがルイセを追いながら抗議をするが、ルイセは冷たい目のまま前に進む。
「これだからミーシャにお兄ちゃんを会わせるのが嫌だったのに……」
「あー。だからルイセちゃん、お兄さまに会うまで家族の話でサンドラ義母さまの話しか出なかったんだ。でもでも、リンゴの花の花言葉は『選ばれた恋』。だからあの時会わなくとも、きっと――」
「ちょっと待て、さっき私のお母さんのことを『義母さま』ってほざかなかった?」
ぐるりと振り向き、ルイセは不穏当な言葉を使いながらミーシャを睨み付ける。
「だってぇ、お兄さまの義母さまは私にとっても義母さまだもんね。あっ、それならこれからルイセちゃんが妹になってぇ、アタシもルイセちゃんにお姉ちゃんって呼ばれちゃったり?」
「ミィ・イィ・シャァァァァァ!」
グローシュ的でかつ破滅的な何かがルイセの体から溢れ、そして――
「おーい!二人ともー!」
必滅の魔法を唱えようとした瞬間、遠くから声がかかる。
「あれ?この声は……」
「こんにちは。ルイセ君にミーシャ君」
「おっ、お久しぶりです!」
やってきたのは紫髪の優男に黒髪の溌剌とした少年。どちらも色が多少違うものの同じ煌びやかな服を着ている。
「あっ、リーヴスさんに……えっと、誰でしたっけ?」
「ミーシャ、ほら半月前にバーンシュタインに呼ばれたじゃない。インペリアルナイトになった……」
「新米インペリアルナイトのウェイン・クルーズです」
ウェインと名乗った少年は元気よく挨拶すると、ペコリと頭を下げる。
「まあ、お披露目会が半月前だっただけで、正式には3ヶ月ちょっと前にインペリアルナイトになったんだから、ウェインも新米というわけじゃないけどね」
「あっ、いやでもまだオスカー先輩やジュリアン先輩には敵いませんし。御二人相手には実績も、それに実力も足りないですし」
「先輩?はぁ……ウェインはアーネストの事は呼び捨てにするくせに、僕相手には先輩とか言って他人行儀な呼び方をするんだね、しくしく」
とたん、リーヴスと呼ばれた優男はハンカチを目元に当て、すすり泣くように声を上げる。
「って、嘘泣きしないでくださいよ!それになんというか、アーネストのほうは……」
「ところでオスカーさんにウェインさん。どうして二人がここに?」
バーンシュタイン最強の守護者、インペリアルナイト。三国一の精度を誇るバーンシュタイン軍人の中でもっとも真に優れた、一握りの者だけがなる事ができる最高名誉の役職。今現在も、インペリアルナイトは彼らを含め3人しかいない。
「いや、ちょっと水晶鉱山で気になる事件があったって聞いてね」
「あっ、それって鉱山で高純度のグローシュ結晶が見つかったってことですよね。アタシ、今からそれを調査しに行くんです」
「なら丁度いい、僕達も連れて行ってくれないかな?」
「「えっ?」」
リーヴスの頼みにルイセとミーシャは顔を見合わせた。
「どうしてインペリアルナイトが、それも二人が態々?」
「いや、報告書を見る限り、あれだけのグローシュ結晶が一度に見つかったのは20年くらい前に一度だけだからね」
テレポートを使い鉱山街ヴァルミエまで飛び、そこから水晶鉱山までの山道を通りながらリーヴスはルイセとミーシャに説明をする。
「20年前……あっ、まさか」
水晶鉱山に、20年前……その二つの言葉を聞き、ルイセは表情を硬くする。
「だから、採掘前に僕らが行くんだよ。まあ、流石にまたゲヴェルが出てくるとは思えないけど、念の為にね。奴の戦闘能力は単体でも途轍もないものがあるけど、目覚めたてなら僕らでも何とかなりそうだ」
「元になったゲーヴァスなら俺も見たことあるんですけど、あれより強いんですか?」
そう聞いてきたのは時空管理塔地下室でゲーヴァスと遭遇した事があるウェイン。
「僕はゲーヴァスもゲヴェルも実際会った事なかったからわからないけどね。でもアーネストが言うには、復活したてだから比較的楽に倒せたって言ってたよ」
「楽って……まあアリエータ助けた瞬間、アーネストとカーマインさんがさくっと倒しましたから俺も実の所奴がどのくらい強いかよくわからないんですけどね。他の皆はゼノスも含め死に掛けてたから、かなり強い部類に入るとは思うんですけど……」
「だいじょーぶですよ、ウェインさん!ここにいるルイセちゃんは真のグローシアンなんですから」
「真のグローシアン?ルイセさんが皆既日食のグローシアンという事は有名だから知ってますけど……」
ミーシャが言った言葉に首を傾げるウェイン。
「ああ、そう言えばそうだったね。ならゲヴェルが相手だろうが恐れるに足らないね。やっぱり君達を連れてきて正解だったようだ……とっ」
「…………」
先頭を歩いていたリーヴスはそこまで言って急停止し、隣を歩いていたウェインはすぐさまルイセとミーシャの後ろに移動する。
「あれ?どうしたんですか二人とも?ってああ!?もしかして囲まれちゃってる!?」
「……ミーシャ、流石に大声でそんなこと言うのはやめようよ」
ミーシャが叫んだ瞬間、4人めがけてスリング弾や矢が飛んでくるが――
「ふっ」
「はっ!」
瞬時にリーヴスとウェインの手に現れた大鎌が全てそれらを弾き飛ばす。
「ふぅ……やれやれ、君達は盗賊かい?どんなに世間に疎くても、僕たちが着ている制服の意味を知らないとは思えなんだけどね」
「インペリアルナイトが二人……この『アドン盗賊団』の名を点に轟かせるには丁度いいじゃないか」
リーヴスにそう答えたのは、崖の上に現れたいかにも山賊の親玉のような服装をしたひげ面の男。
「……ルイセちゃん、何だかアタシ達の物語がメサ○ア年代に出ていたら、隠しステージに登場しそうな名前だよね」
「うん。きっと鉄アレイとかワセリンとか拾っちゃうかも」
「いや二人とも、そんなメタな話はいいから……数は50人くらいかい?最低今の4倍は用意しないと僕たちのウォームアップにはならないよ。ウェイン、君はルイセ君とミーシャ君の護衛に専念して。あれだけの数なら僕1人で十分だ」
「あっ、オスカーさん。私たちも戦いますよ」
「そうそう、盗賊くらいアタシ達問題なく倒しちゃえますって!」
ルイセとミーシャがそう言って魔法を――
「ストップ!マジストップ!いや、ホントに僕たちだけでこいつらぶっ倒すから!ルイセ君やルイセ君は攻撃魔法使う必要はないよ!特にルイセ君は!」
途端必死な顔で止めにかかるリーヴス。元より白い顔は真っ青で、まだ激しく動いていないのに関わらず顔に汗が流れている。
「って言うか、オスカーさんルイセちゃんの名前しか言っていないんですけど……」
「ああゴメンゴメン、とにかく君たちが魔法使ってまで戦う相手じゃないよ。補助魔法ちょっとかけてくれるだけで十分さ。ね、ウェイン?」
「えっ?ま、まああれくらいの数なら……」
なにやら必死な表情のリーヴスに不審がりながらもウェインは頷いた。
ちなみにこの間にも盗賊団は遠距離攻撃をしているのだが、全てインペリアルナイトの二人が話しながらも叩き落している。
「じゃあ……行くよ!」
リーヴスは崖の上に行く道を走り出す。途中4名ほどの盗賊が道を塞ぐが、大鎌の2振りでそれを倒し、再び駆け――
「なっ!?」
途端、リーヴスの周りをモンスターが囲みこむ。
「モンスター!?くっ、何でこんな所に……」
インプ、グレムリン、ゲル……どれも低レベルのモンスター。リーヴスは襲い掛かるそれらのモンスターを複数体まとめて切り払うが、斬っても斬ってもどこからともなく沸いてくる。
「ルイセちゃん、これって……モンスター使いの仕業かな?前シャドーナイトでそんな敵がいたような……」
「でも、本当にリーヴスさんに集まってくるだけだよね。統一感というか……何か違う気がする」
――もしこの場にウォレスがいれば、察する事ができたかもしれない。盗賊団が放ったスリング弾の中に特殊な匂いが出る薬を丸めた玉があり、それらを武器で払ったリーヴスにその匂いが強く付いていることに。
「オスカー先輩!くっ、こっちにも来たか!」
そして当然、リーヴスと同じく匂いが染み付いたウェインにもモンスターが迫り寄る。ウェインもそれらのモンスターを薙ぎ倒していくが、すぐに数に押され身動きを封じられた。
「ルイセちゃん!とりあえず攻撃魔法でモンスターを!倒キャ!」
「ふはは!捕まえたぜ!」
つい先ほどまで誰もいなかったミーシャの背後に、突如大男が姿を現しミーシャの腕を掴む。
「ミーシャ!?」
「……おっと、お前も動くな。動くと刺すぜ」
驚くルイセの背後にこちらも急にやせた盗賊風の男が姿を現し、首筋にナイフを突きつける。
「なっ!?ルイセ君!ミーシャ君!」
「そんな!?確かにさっきまでいなかったはずなのに!?」
ようやく迫るモンスターを全滅させたリーヴスとウェインは驚きの声を上げる。
「えっと……もしかして透明化薬?」
「がはは!知っていたか。少し前に魔法学院から頂いたのさ!さてインペリアルナイトの二人……リングウェポンを棄ててもらおうか」
勝ち誇った盗賊団のリーダーがこちらに迫ろうとしたリーヴスと、ルイセとミーシャに駆け寄ろうとしたウェインに声を掛ける。
「くっ……」
「……仕方がないね」
ため息を付いたあと、二人は大鎌を消して指にはめていたリングウェポンを地面に捨てる。
「卑怯だろうがなんだろうが勝てばいいのさ。インペリアルナイトまとめて二人ぶっ殺せば超有名人になれるし、そこの魔法学園の小娘達は金になる。魔法学園に身代金要求するのもよし……餓鬼だがいい女達だから、薬漬けにしてうっぱらうのも良しだ」
「えー、それはちょっとやだなー」
「…………」
腕をひね上げられ爪先立ちになっているミーシャは不満そうに声を上げる。一方首筋にナイフを突きつけられたルイセはうつむき、黙ったままだ。
「怖くて声も出ないか、お嬢ちゃん?」
ルイセにナイフを突きつけている男はルイセの耳元でせせら笑う。
「私に、何をするつもりですか?」
「決まってるだろ。犯して犯して、狂うまで犯し尽くしてやるんだよ。俺達は50人いるから一日中やりまくってやるぜ」
はぁ、はぁ、と痩せた盗賊の男はそういって、舌を伸ばしルイセの……頬をベロリと舐めた。
「あっ!?」
「ああ……」
「あ〜あ」
ウェインは怒りの声を上げ、
リーヴスはまるでこの世の終わりのような絶望の呻き声を上げ、
ミーシャは何かを諦めたような力が抜けた声をあげ、
次の瞬間、痩せた盗賊の男の姿を光が消し去った。
「「なにいっ!?」」
驚きを上げるウェインと盗賊のリーダーと盗賊達。
「……汚された」
不気味な静けさに包まれた空間で、ルイセが呟く。
「お兄ちゃん以外に……体を、汚されちゃった」
地面に転がっている腕。手にナイフを掴んでいるその腕をルイセは屈んで両手で持つ。
「私を汚していいのはお兄ちゃんだけなんだよ?私の顔を手を、足を、体を、中を、心を……」
ポンと音が鳴り、ルイセが持っていた腕も消える。
「私の全てを汚していいのは、私を滅茶苦茶にしていいのは、お兄ちゃんだけなんだよ?お兄ちゃんだけしか、この世に許されていなんだよ?お兄ちゃんだけが、私の存在を好きにできる権利を持っているんだよ?」
小さく、低い声がこの場にいる者の耳に響き渡る。
「あちゃー……ルイセちゃん、完全に切れちゃった」
「ヤバイ。ルイセ君ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。ルイセ君ヤバイ」
深くため息をつくミーシャに、頭を抱えだすリーヴス。
「一瞬で、跡形もなく……まさか、あれはソウルフォース……!?一瞬で、しかもアリエータが使うソウルフォースより、もしかして強い……!」
「馬鹿な!ただの女学生じゃなかったのか!?」
驚愕しているのはウェインと盗賊団のリーダー。そして、ルイセは――
「……今のはソウルフォースじゃ無いよ……マジックアロー……」
「「……!?」」
ルイセの言葉に、2名を除いて凍りつく。
「……同じ魔法でも使う者の魔力とグローシュの絶対量によって、その威力は大きく異なるの。つまりわたしのマジックアローとアリエータさんという人のソウルフォースなら、わたしの魔法のほうが威力が大きいということになるかな」
「あー、ウェイン?信じられないかもしれないけど。まあそれだけルイセ君はとんでもないんだよ。マジで。皆既日食のグローシアンな上に、更に真の力に覚醒しているからねぇ」
ゆっくりリングを拾い、指にはめ直しながらリーヴスは言う。
「それにいくらわたしでも、近くに居る人に悟られないようこっそりすばやく唱えられるのは最初級魔法のマジックアローだけなの。中級魔法や上級魔法はそうは行かないし。それはそうと……盗賊団さん」
顔を上げたルイセはニッコリと、本当にニッコリとした笑顔を見せる。
「死んじゃえ」
そして、惨劇は幕を上げた――
「こっ、殺せ!魔法使いの小娘1人、撃ち殺してしまえ!」
盗賊団のボスが叫ぶと同時に、茂みの中にいた複数の弓兵とスリング持ちの盗賊がルイセに攻撃を仕掛ける……が、その攻撃は全てルイセに当たる瞬間に、何かに弾かれ無効化される。
「そんな威力の低い攻撃、わたしには通じないよ?ウインドカッター」
ルイセの両手の小指の除く指先から風の刃が飛ぶ。8つの風刃はそれぞれ攻撃が飛んできた茂みに突き刺さり、次の瞬間にはルイセに対する攻撃なくなった。
「くっ!?ならば……いけっ!」
ボスの掛け声とともに姿を現したのは……
「あっ、あれは……鎧兵!?ウォルフガングが使っていた!」
全身を包む巨大な鋼の鎧に2メートルを越える巨大な斧。間違いなくその姿はウォルフガング傭兵王国が戦力で使っていた魔法兵器だ。
「こいつなら例えインペリアルナイトだろうが、一撃では――」
「サンダー」
ルイセの手の平から放たれた極太の電撃で、まとまっていた3体がガシャリと行動不能。そして残った鎧兵はルイセに向かい、その大斧を振り下ろす……前に、
「えい」
ルイセの懐からカードを取り出したカードから光が放たれ、それによって鎧兵は真っ二つに両断される。
「はぁ……ルイセちゃん手加減ないなぁ」
ミーシャはため息をつき、自分の右腕をひね上げている大男の腕を左手で掴む。
「おい!勝手に動く……ぎゅえ!?」
「えっとゴメンなさい!アタシったら手加減できなくて」
投げ飛ばされ白目を向いている大男にミーシャは頭をぺこぺこ下げる。
「ひぃっ!?」
「……に、逃げろー!」
「こっ、こんなインペリアルナイト以上の悪魔に勝てるわけねぇ!」
「タスケテー!」
「お、お前ら逃げ……くっ、覚えていろ!」
悲鳴を上げながら逃げて行くアドン盗賊団。リーダーも止めようとはしたものの、すぐに自身も逃げようとする。
「……あはは。今更逃げられると思ったんだ?……わたしからは逃げられない、これで終わりにするね」
ルイセは冷めきった瞳を閉じ、詠唱を始める。
「えーっと、ルイセさん、なんだか魔法の詠唱を始めたみたいだけど……って、リーヴス先輩!しっかりしてください!」
「ルイセ君やばい。まず魔力高い。もう高いなんてもんじゃない。超高い。高いとかっても『一般グローシアン20人ぶんくらい?』とか、もう、そういうレベルじゃない。何しろ皆既日食。スゲェ!なんか単位とか関係無いの。数とか質とかを超越してる。皆既日食だし超強い」
いまだ訳のわからない言葉を呟いているリーヴスの肩をがくがく揺らすウェイン。
「えっと、ルイセちゃんが態々詠唱集中するってことは、上位魔法……この場合アースクェイクやメテオを唱えるんだろ思いますけど」
「その二つの魔法を……ルイセさんの魔力で……」
そう言ってウェインはルイセが今まで見せた魔法の威力を思い出し――
「ってやばいじゃないですか!盗賊団全滅するだけじゃなく、街や鉱山まで被害受けるんじゃ!?」
「ですよね―……止めた方がいいです?」
「もっ、もちろん!」
「じゃ、止めに行きますね……よいしょっと」
ミーシャはそう言って近くの鎧兵の残骸から大斧をひょいと片手でつかみ、
「消えちゃえ、アースクエ」
「せーのっ。あーっ!手が滑っちゃった!」
ミーシャは勢いよくルイセの後頭部に大斧の刃の付いていない部分を叩きつけた。
「エリオット陛下。お久しぶりでございます」
「そういえば貴女と会うのは前のウチのウェインのインペリアルナイト任命式以来ですね。それと……もう人払いは済ませていますから、陛下と呼んだり敬語とかは使わなくていいですよ」
バーンシュタイン城にある王族がくつろぐために存在るす庭園、そこにルイセとバーンシュタイン国王であるエリオットがいる。
「それにしても、凄い瘤ですね」
「ミーシャに思いっきり叩かれたから……そういえばウェインさんとオスカーさんは?」
「ええと、オスカーがまだ『とにかく貴様ら、ルイセ君のヤバさをもっと知るべきだと思います。そんなヤバイルイセ君を妹にしてるカーマイン君とか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ』とかぶつぶつ言っているみたいですが……まあ、大丈夫でしょう」
まあ、このままショックから治らなければラシェルに連行するだけの話なのだが。
「ところでルイセさん。この前の話、返事聞かせてもらえませんか?」
丸テーブルの上に置いている菓子を抓みながらエリオットは話を変える。
「あれ?エリオット君、本気にしてたんだ?色々問題があると思うけどなぁ……お兄ちゃんがバーンシュタインに行く話」
「ああ、もちろん半分は冗談ですけどね」
朗らかな笑みを浮かべながらも、エリオットはティーカップを持ち少しだけミルクティーに口をつける。
「独立でもいいですよ?その場合勿論援助はしますから。対等な関係として同盟を結んでもいいです。正直、バーンシュタインとしてはローランディア王国の動きを、どうしても牽制しておきたいのです。領土拡大、まだ諦めていないようで……」
「えっと、わたしもそのローランディアの人なんだけど?」
「ルイセさんはいいんです。何があろうとローランディアよりカーマインさんのことを優先するに決まってますから。カーマインさんのことだから話に乗らないとは思いますけどと、皆さんもいますし直ぐに領土があるローランディア西部から北西部まで制圧できるでしょう」
戦力はフォルスマイヤー兄妹に加え仲間達5人。それぞれがインペリアルナイトに匹敵する実力の持ち主ばかりだ。
「えっ?お兄ちゃんが国欲しいというなら、私1人でもローザリア城制圧してくるよ?」
「はははルイセさんも冗談を……冗談を……冗談……」
エリオットの笑い声は次第に潤いをなくし、乾ききり……
「冗談じゃなく、本気で出来そうですね」
何せ最初級の魔法であるマジックアローですら騎士クラスまでは即死。数で押そうにもアースクェイクを撃てば将軍クラス以外全滅。その将軍クラスだろうとも、魔法無しの接近戦ですらルイセにかすり傷を与えるのが限界という始末だ。
正直、カーマインを除くローランディア軍の中でルイセとまともに『戦える(勝てるとかの話ではない)』のは、将軍であるウォレスとルイセの母親でこの前宮廷魔術師長となったサンドラくらいだろう。
更にテレポートの魔法がルイセの危険度を更に跳ね上げる。今のルイセの魔法力ならどんな危機からも瞬時に脱出できるし、場所さえ把握していればどんな所にも行く事が可能だ。
「深夜コーネリウス王の寝室に飛んでそこでマジックアローで完了するし、殺すだけなら部屋がある場所に遠くからメテオを撃てばいいだけだから……ね、エリオット君も気をつけてね?」
ニッコリと、いきなりルイセはそう言ってきた。
「知ってるんだよ?エリオット君がジュリアンさんやシャドーナイツの女性を使ってお兄ちゃんを篭絡しようとしているのは」
「え……あっ……いや、ぼぼっ、僕はそんなつもりはこれっぽっちも、あくまでカーマインさんの魅力がジュリア達をそうさせるのであって……ぼっ、僕な何も関与してませんです、ハイ」
期待はしてるし、それとなく彼女達に指示を出したりカーマインに接触できるよう便宜を図ってはいるのだがそれを言うわけにはいかない。言ったら今夜あたりベッドの上で蒸発するか、部屋ごと隕石で潰されかねない。
「ホントかなぁ……?」
「ほっ、ホントですって!どにかく、もしカーマインさんがコーネリウス王に何かされそうになったら、すぐに言ってきてくださいね。カーマインさんが入ればすぐさまインペリアルナイトマスターに――」
「陛下!」
と、庭園に女の張り上げた声が響く。
「この声は……ジュリアンさん?」
姿を現したのはバーンシュタイン王国史上初の女性のインペリアルナイトであるジュリア・ダグラス。ちなみに勿論彼女もカーマインを『マイ=ロード』と呼び慕っている女の1人である。
「はぁ、はぁ……ルイセもいたのか」
「ええ。ちょっとルイセさんとお話を……それよりどうしたのです、ここまで急いでくるなんて」
インペリアルナイトであり女でもあるジュリアはいつも身だしなみに気を配っている。そんな彼女が主の前に息と髪を乱した状態のまま姿を現すことなど今まで一度も無かった。
「えっと、バーンシュタインとして大切な話なら、席を放したほうがいいですか?」
「いや、むしろルイセにとって一番大切な話だ。先ほど、魔法による緊急連絡があった」
ちなみに『魔法による緊急連絡』とは転移魔法テレポートを使った書簡である。殆ど全ての者がグローシアンとなった今でもテレポートを使える人間は数少ないが、それでも書簡程度の大きさのものを飛ばせる魔術師はそれなりにいる。
もちろん手間もかかるし正確性も高くないが、それでも馬や伝書鳩、狼煙より確実に速い。したがって何か急な事態が起きれば使うようにはしていたのだが……
「バーンシュタイン関所・中央付近にて、ローランディア特務騎士カーマイン・フォルスマイヤーが――」
「お兄ちゃん……?ジュリアンさん!それ寄越して!」
言うより早くルイセの手が伸び、ジュリアから強引に書簡を奪って、
「……う……そ……」
「ルイセ!」
「ルイセさん!?」
顔を真っ青にしたルイセはそのま倒れ掛かり、ジュリアは慌てて体を支える。そして書簡は地面に落ち、書かれていた文字が晒された。
『バーンシュタイン関所・中央付近にて、ローランディア特務騎士カーマイン・フォルスマイヤーが突如光に包まれ、同行していた妖精型魔法生命体とともに姿を消す。周辺を探したが消息は不明。同時刻に魔法学院屋上にある時空観測機にて大規模な歪みを観測』
この日、ルイセにとってこの世界でもっとも大切な存在であるカーマインは、再びこの世界から姿を消した。