バーンシュタイン王都へ向かう公用馬車の中で、肩肘をついては溜め息をつく。
ついて事態が好転するものなら、いくらでもついてみせる。
それくらい厳しい。
先々月、アルカディウス王が享年四十一で世を去った。
即位したのはその甥にあたるコーネリウス。
この王が好戦的な思想家で、現在軍備拡張を主張して文官と激しいやり取りをしている。
この動きに隣国であり、過去幾度もこのローランディア王国と戦火を交えてきたバーンシュタイン王国も、警戒を強めはじめている。
今回招かれているのは、ローランディア側にはまったく無関係に等しい表彰式典。
国代表の役目は、我が国にも多大な貢献をしてきたという彼らに労いの言葉を述べるだけ。
それをあえて受けるよう強くあちらが要請してきたのは、両国間の疑念を払ってほしい、というエリオットの必死の努力ゆえだ。
「ようこそ、バーンシュタイン城へ。お待ちしておりました。」
「お招きに預かり感謝する。早速エリオット陛下にご挨拶をしたい。」
「は! どうぞこちらです。」
城門で出迎えてくれたジュリアが、いつもと違ってドレスを着ていないのも当然か。
警護を指揮するIK(インペリアルナイト)が、この状況で浮ついた服で現れたら、これ幸いに、
普段から彼女をよく思わない連中が攻め立てるだろう。
途中で俺に嬉しそうに駆け寄ってきたエリオットに苦笑する。
オスカーも合流し、式典会場の中庭へ向かう。
「ようこそ、バーンシュタインへ。お元気でしたか。貴方が代表と聞いてほっとしていましたよ。」
「俺は参ってる。」
「ご免なさい。僕も正直どうしたらいいか悩んでいて、貴方に相談できると思ったら嬉しかったんです。
勝手にはしゃいじゃって……貴方の気持ちも考えずにすみません。」
「わかってる、エリオット。俺もできる限りのことはする。」
「わあ、やっぱり頼もしいですね。貴方に会うと元気が出ます。僕も頑張らなきゃ。」
さすがに王の頭を撫でるわけにはいかないので、肩を叩いて励ましてやる。
エリオットも相変わらず苦労が絶えない宮廷生活を送っているようだ。
「貴方たちの前ではただのエリオットでいたいから」か……
はたから見ると、騎士風情が偉そうにと言われそうだが、それでエリオットが満足するなら我慢してやるか。
「僕も君に期待しているんだよ。お偉方をそのやけっぱちな似非面で、懐柔してもらいたいね。」
「オスカー、俺が形式ばった会食は苦手だって知ってるよな?」
「もちろん君だから選んだのさ。まだご婦人方がいない分気楽なはずだよ。違うかい?」
会場に着くと、俺が最後の客だったらしく、すぐにエリオットが壇上に立ち簡単な挨拶を述べた後式典が始まる。
ジュリアが俺の背後に着いた。
警備側である彼女に、必要以上に話しかけられないのが辛い。
それも一時間足らずで終了し、いよいよ今回の本題。
すなわちコーネリウス王の真意について知りたがっている連中、この国の重鎮たちに取り囲まれた。
すっかり板についた愛想笑いを浮かべた俺と、彼らとの腹を探りあいが始まる。
特に俺と同じ年というマクシミリアン・シュナイダーが熱心に話しかけてくる。彼の戦争嫌いはよく聞いている。
「……しかし、新しい王の本意はどこにあられるのでしょう。」
「我が王は先の大戦で失われた兵数を補充するよう命じたにすぎない。二年前に戻るだけのこと。
我々のゆるぎない友好の前に、障害などあろうはずもない。そう思われないか、シュナイダー大臣殿」
「カーマイン殿のおっしゃるとおり。しかし、この先はわかりません。
果たしてこの国の先の王、今や名を口にするのも憚られるあのお方のように、愚かな過ちの繰り返しは避けられるのでしょうか。」
「過去二十年間に起きた戦争のうち、我が国から一度たりともしかけたことはない。
この事実、よもや貴公が知らぬわけがあるまい。それとも我が国にそのような意思があったほうが、良いとでもお思いか?」
「とんでもない。グローランサーがここまでおっしゃられるのを疑うことなどと。ただ……。」
馬鹿げている。
一国の代表という立場など形式だけだ。
俺が何の決定権を持っているとでも思っているのか。
前王アルカディウスのお気に入りの騎士だった。それだけにすぎない。
コーネリウス王について俺はほとんど知らない。
次期王の人柄を知らなかったとは、国に仕える者なら恥じるべきだろうが、それくらい想定外の人物だったと言うことだ。
継承権順位や国民人気を無視して、一部の貴族や役人どもが勢力争いを繰り広げながら推し進められた王選定会議。
この国には特例で女王も認められているはずなのに、直系が蹴り飛ばされ、先々王の庶子の、これまた庶子が王位につく。
国民乖離も甚だしいのはどこの国でも同じか。
アルカディウス王が、なぜか後継者を選んでいなかったことも災いした。
本当に指名していなかったのか、と言われれば信じるしかない。
一人娘のレティシア姫が、せめて優秀な婿をとっていれば、もう少し上手く立ち回れたのでは……と思いかけて苦笑した。
俺もその候補だったよな、と今頃思い出す。
注文していた紅茶を給仕より差し出され、俺はそれを口にする。
舌に強烈な焼きつく痛みが走った。
給仕の動きや表情におかしな点は見られない。
俺はハンカチをさりげなく口にして、周囲の様子を伺った。
始終見られているのはいつものことだが、そのなかに一人俺の動向を凝視している男が目にはいる。
脇に控えていたジュリアに目配せする。
「どうされましたか?」
「来る途中で馬車酔いをしてしまったようだ。」
「わかりました。こちらへ。」
「では休憩室まで誘導いたします。」
「いや、私一人で十分だ。お前たちは引き続き警護を怠るな。」
会場を抜けしばらく歩いたところで我慢出来なくなり、草陰に入ると激しく吐いた。
かつての戦いで嫌というほど毒を食らった身だ。
顔色ひとつ変えずに我慢できる特技はありがたかった。
「マイロード!?」
「静かに。」
ジュリアは機転が利く。
意味を悟り、その鋭い瞳は追いかけてきた男を映す。
「毒を……盛られた。あいつだ。行け。」
「は、ですがマイロードの御身が……。」
「任務を優先させるんだ。」
躊躇うジュリアをせかす。
彼女は俺に毒消しのファインを唱えたあと、奴を探してこの場を後にする。
俺もキュアを唱えて口の痛みを癒す。
まだふらつく体を引きずって、通りすがりの兵士を捕まえ、休憩室に案内をさせた。
体を緑の長椅子に預けて、しばらく放心していると、ジュリアが戻ってきた。
「大丈夫ですか。」
「ああ、ジュリアのファインのおかげだ。」
俺の側にかしずくと、切なく雫を溜めこんた悲しい瞳を向けてくる。
そんな表情で自分を攻めるなジュリア。
俺は大丈夫だからと、その柔らかいプラチナブロンドの髪を撫でてやる。
「申し訳ございません。マイロード。私がついておりながら、このような失態。いかなる処罰もお受けいたします。」
「……ではこれを、調べてくれ。」
ジュリアが警備についていた以上、彼女に非が生まれてしまうのは仕方ない。
責任感旺盛な彼女を不問にすれば、逆に追い詰めてしまう。
俺は先程持ってきたカップを彼女に差し出した。
「貴方の警護を厳重にさせていただきます。」
俺たちは互いに顔を合わせる。
俺たちの関係は一部の奴らしか知らない。
オスカーにはすぐばれた。
エリオットにも俺から事情は一応話してある。
ジュリアの仕事優先を第一にしているため、という理由で交際は表ざたにできないと――
異国の騎士との交流があるだけでも波紋を呼びやすい。
まして初の女IKだ。
まもなく新設されると聞いている、女のみの騎士団の団長にも推薦されている。
働き盛りの彼女の足を引っ張ることだけはさけてやりたい。
それに俺は……付き合っているのかと問われれば、違うと答えるしかない身だ。
本当の恋人でないのが辛い。
部屋が替えられる。
いつもの貴賓室よりさらに奥、王が寝室に、より近い棟の一室。
出入口に、各階の廊下に、衛兵が十数メートル置きに配置されている。
これでは内部から死角を見つけることなく出入りは無理そうだ。
さらに俺があてがわれた部屋の入り口の左右に新たに兵士が加わり、窓を見下ろせば五名の見張りが見えた。
先に部屋に入って点検をしていたジュリアが、その作業を続けながら、俺に警備体制の説明をはじめる。
それを遮って、強引に抱き寄せた。
先程の出迎えの時とは違い、ほんのり薄紅色の口紅が添えられているのを認め、それを指先で愉しむ。
「先程怪我をされたばかりでは。」
「もう直っている。」
「ん……っ。」
口直しがしたかった。
身も蓋もない言い方をすれば、俺はこの国にジュリアを抱きに来ている。
彼女の体目当てと言ってもいい。
ティピに言ったら即蹴り殺されそうだが、男なんてそんなもんだと思う。
現にローランディア側から特使として派遣されるようになったこの半年あまりの間に、ジュリアとは相当な数肌を重ねた。
コムスプリングスでの逢瀬で、ジュリアから忠誠の報酬という理由を引き出せた俺は、何かにつけて彼女を抱くことができた。
彼女もそれを拒まない。
唇を重ねあっているうちに、愛する女とする快楽を覚えてしまった俺の体が、忘れられないその味を求めて沸き勃ち始める。
扉を叩く音がした。
「ダグラス将軍。今夜の警備体制の確認をお願いします。」
「わかった。すぐ行く!」
やはり物足りない。
面倒な公務や立場に邪魔されて、一度も愉しめずに帰るなんて真っ平ごめんだ。
俺はジュリアが戻ると、エリオットにもう一度面会を頼んだ。
「提案がある。」
「何でしょう。」
「俺が外に出て、犯人をおびき出す。」
「危険です! 今回は貴方はコーネリウス王の代理として来ているのですよ?
万一貴方の身に何かあれば国際問題になります。既に捕まえた人は何者かに殺されてます。」
「だからこそ奴らは仕掛けてくる。背後の敵を叩かなければ、次はお前を狙うかもしれない。」
「でも……。」
「俺を誰だと思ってるんだ?」
俺は悪運が強いだけが取り柄の男だ。
午後の日差しのなか、城の正門から堂々と外に出る。
特使の服ではなく、ジュリアが用意してくれた普段着に近いもの。
もちろんジャケットは半脱ぎに限る。
顔は隠さない。
身内以外の黄色い声は苦手だが、笑みを返してさっさと歩き出す。
まずは大通りで人ごみに紛れ、ついて来る奴を確認しながらふるい落とす。
さらに下町に行って撒く。
うざい女たちの追っかけが一番厄介だ。
新たに加わる者ふるい落とされる者、二時間程たっぷり王都内を引っ張りまわしてやった。
そろそろいいかと考え、王都東の階段を全力で駆け上がり、つけている者を一旦撒く。
路地裏で待ち構えていたジュリアの部下から、用意されていた薄茶けた旅人のマントを受け取る。
それを頭からかぶり、また通りに出た。
ここまでで城からつけてきた奴らは三人。
一人はケバイ女……
これはもういい。これだけ執念深いなら、いい男の一人くらい捕まると保障する。
次の男。
これも以前、とある貴族の令嬢に言い寄られたときに見た。下男あたりか。
そしてもう一人の男。
明らかに二人と違う機敏な動作。
傭兵か、どこかに所属する兵士の類か。
さらに歩を進めると、俺を違えることなくついて来るのはそいつだけではないと気がついた。
かなり遠くから輪を描くように少なくとも六人はいる。
連携を取りながら、俺が人気のない場所に行くのを待っているようだ。
これは少々手がかかるかもしれない。
細い裏通りを登りかけたとき、正面の方角に弓による殺気を感じた。
いよいよ始める気か。
身構えたとき、俺の後ろを歩いていた子供がこけたらしい音がした。
刺客の位置が悪い。俺が避ければ延長線上のこの子にあたる可能性があった。
「大丈夫か。」
「……。」
俺は少年を庇える位置まで引き返し、わざと後ろを向けてみた。
刺客の気配を探る。
身なりは貧しく、すった跡や泥がついている少年だ。
具合を診る。
捻りどころが悪く、捻挫をしてしまっているようだ。骨折はしていない。
魔法を詠唱する。
詠唱防御は未修得だが、俺も唱えるのは早くなったし、遠距離攻撃ならこの少年ごと避けられる自信はあった。
右手より溢れ出した光が陣を描いては、少年を上空から包みこんで傷を癒していく。
「兄ちゃん。魔法使い?」
「専門じゃないが使える。」
「魔法教えて!」
「何故?」
「俺を虐める奴らを退治してやるんだ。戦争で俺の村の皆が死んじゃってさ。そいつらにも復讐する。」
復讐――俺は首を振る。
あの戦乱のなかで、耳が腐る程聞かされてきた恨みの言葉。
「うちの子を……うちの子を返しておくれよ! 聞いておくれよ。この城の馬鹿な騎士が……。」
今でもこびりついているローランディア王城前で門番に縋っていたあの婦人の声。
大切な人たちを守るという名目で、俺はどれだけの人を泣かせ苦しめ屠ってきたか。
もしかしたら、この少年にとって俺がその復讐の相手かもしれない。
覚悟は出来ている。
だが、怒りのままに力を振ったその先に待つ地獄をこの少年はまだ知らない。
失望した少年は俺に罵声を浴びせて走り去ってしまった。
弓をつがえていたはずの刺客の気配も、いつの間にか途絶えていた。
再び連中との攻防が始まる。
遠方よりの魔法攻撃がたいして効かないと見るや、物理攻撃に切り替えてきた。
俺はなるべく人がいない方向へ、奴らが望む方向へ、その陣地へと足を踏み入れていく。
王都南の下町に入ると、地の利もあるのか、彼らの動きは次第に先を読むようになり、行き止まりに追い込まれる。
俺は周囲に視線をめぐらすが、誰の気配もなかった。
背後から、俺を追い掛け回してきた男たちが一斉に襲ってくる。
二、三回強めに蹴りを食らわせて、全員気絶させる。
シャドーナイト程ではないにしても意外に強情な奴らで、一度自白に失敗し一人自害された。
それが訓練による忠誠心の表れだったのか、傭兵に時折見られる独特の自尊心だったのかまでは分からない。
だが奴らは所詮手先だ。
黒幕を吐かせないことには次に進めない。
俺はズボンのポケットを探り、カード型の装置を取り出す。
『カーマインレーダー』などという、ふざけた名前のこのアイテムは、アリオストが開発したものだ。
俺の波動、時空干渉能力で生じる歪みを拾い上げ、数値化し表示する。
外出が絶えない俺の居場所を突き止めるためと、はた迷惑なことにティピが提案し、皆が一斉に賛同。
かつて戦った仲間たちがそれぞれ手にしている。
半径一キロ。レーダー同士も範囲に入れば互いに反応する。
通信は出来ない。
俺も時空干渉能力を押さえる基準に、精神力の鍛錬に使えると、一応持っている。
これがいずれ鎧兵を探り当てるための魔力波レーダーの基になるのは、それ程遠くない未来の話だ。
今回はこれをジュリアとのつなぎに使ってみた。
作戦ではまずは俺が敵をおびき寄せ、網にかかり次第、ジュリアが密かに援護にくるはずだった。
起動させるが、城を出たときと違い、反応がない。
想定外の問題でも発生しているのか。
彼女には複雑な責務や立場があるからそちらを優先している可能性が十分ある。
こういうときは単独行動が仇になる。
ティピがいてくれれば……いや無理をしたがる彼女だ。
寿命が縮めるような真似だけは、絶対にさせたりしないと決めている。
一年前の大戦以後、危険が伴うと分かっている任務を受けたときにはいつも彼女を巻き続けてきた。
こいつらのレベルを考えれば、ジュリアのことだから問題はないだろう。
俺を、互いを見失った場合は、必ず一度は王城に戻ると約束しているから、今頃あちらに向かっているはずだ。
かなわないと判断し、逃げ出そうとした一人の男を追って走り出す。
そうだ、このままねぐらに案内しろ。
「一人で来るとは、いい度胸だな。」
王都に隣接する寂れた地域に乗り込んだところで、お約束の雑魚どもが大量出現してきた。
どうやらここが奴らのアジトらしい。
無言でひょいと避けては蹴る。仕掛けてきた八人は選抜隊だったようだ。
野郎の尻を蹴り続けるのは不本意だが、奴らを挑発して表に全員引き出してから始末しようと考えた。
口々に悪態をつく奴らを冷ややかに見つめていると、ようやく奴らの垣根が割れて、野太い声が響いた。
「おい。次に足を出したらこの女ぶっ殺す。いいな? 逃げるのもなしだ。」
ジュリア!?
後ろ手に縛られた女が引き出されてきたのを見て息を呑む。
地味な衣装に派手な化粧と、おおよそ彼女らしくない下町の女。
だがどんな変装をしようとも、愛する女を見間違えたりしない。
一瞬で喉がからからに干あがる。
着衣の乱れはないか?
俺の知らない間に、彼女の身にいったい何が起こったんだ?
連中の頭らしい男に、後ろから抱き寄せられた状態で、こちらを見ている。
ありえないはずの事態に、俺は足元から崩れそうな恐怖に駆られる。
大丈夫だ、奴らは彼女の正体に気づいてはいない。
バーンシュタイン軍最高仕官であるIKが、自分たちの手中にあると知れば何をするか分からない。
悟られないように平常心を装う。
一人の男が俺に向け大鉈を振るった。
咄嗟につけていた指輪に意識を集中する。
金色の光が揺らめいて左手より片手剣が出現し、その攻撃をはじいた。
リングウェポン――
最近になって我が国にも情報がもたらされた新種の武器、いや古代の遺産というべきか。
誰にでも出せるわけでもなく種類も選べないため、我が国では骨董品の扱いになりそうだ。
俺も一応片手剣の類を出せる。
精神力を相当要するため、長時間出現させたままにしておくのは厳しいとわかった。
いずれ十分使いこなせるように実践の機会が欲しいと思っていた。
「手は禁じられていないよな。」
「この女の命が惜しくはないようだな?」
「……。」
俺は動いた。
両手剣を上段に構えたまま、動きを止めていた大男のわき腹をまずは掻っ捌き、
振り向きざまに、背後から迫っていた男の槍をかわしながら、剣を下段より振り上げる。
これはヒットしなかったが、よろけたところを袈裟斬りにする。
続いて連投されたナイフを身を沈めてやり過ごし、走りより一刀。
ついで後方に下がりかけていた弓使いに追いつくと、背後からその心を突き通す。
その足で、数メートル先で魔法を発動寸前だった魔術師の元へ向かうと二人続けて葬る。
隙をつこうと振るわれた鎖鉄球を飛びのいてかわし、懐に飛び込むとそのすねを蹴った。
怯んだところに止めをさす。
うめき声をあげて絶命し、俺側に崩れかかってきたその男を蹴り払うと、あたりを一瞥する。
そこへ苛烈な鞭裁きで全周囲攻撃を与え続けていたジュリアが、敵の間を縫って俺に近寄ると背中合わせに立つ。
連中はまだ俺たちを囲んではいるものの、動揺がありありと見えた。
ほんの数秒で一気に半減させられたのだ。今更自分たちと格が違うと自覚したんだろう。
今の俺たちなら、シャドーナイトクラスが何十人束になって襲って来ても負ける気はしない。
「さすが、ジュリア。」
「お褒めの言葉、このジュリア嬉しく思います。さあ、この者たちに正義の裁きを下してやりましょう!」
平然と俺の後ろに控え、鞭を構える変わらないジュリアに、安堵の溜め息を漏らす。
さっき彼女の意味深に、強く光を放つ金の瞳を見たときに、信じて判断した。
彼女を人質扱いはできない。
俺と同じ、仲間の足を引っ張るくらいなら躊躇うことなく死を選ぶ側の人間だ。
だが事故はいつでも起こりうる。
現に俺は不覚にも、彼女を蹂躙されかねない失態を犯した。
今背中に感じているぬくもりを、穢し消し去っていたかもしれないこいつらに、もう容赦する気など生まれなかった。
俺たちは先程の刺客だった弓の女一人を残して全滅させた。
「黒幕は誰だ?」
「……。言うわけないだろ。これでもこの仕事で食っているんだ。」
「頼む。女性に……無体な真似はしたくない。」
「……。」
「足を洗う気はないか。望めばローランディアでもバーンシュタインでも手配する。」
「……なんであんた、裏でもかこうって言うのかい?」
「傭兵以外の道もある。もう一度やり直してみないか。」
「馬鹿だよ。さっきだってあたしはあそこで殺る気だったんだよ!?」
「躊躇ったのを知っていた。」
彼女は観念した。
「あのなぁ。
坊ちゃんのお前と違って、俺たち孤児同然の奴らが、生きてゆく手段なんか選べる余裕あるわけねぇだろ!
俺はまあ、腕力があって、グランシルでも色んな奴らに目をかけてもらえていたから、カレンを養えたけどよ。」
ゼノスの言葉だ。
国からの支援も受けられず、すがる相手もおらず、居場所すらない。
そんな人間がなれる職業など限られている。
戦争や大乱のたびに、家を焼かれ、町を村を廃墟にされ、大切な家族を失って、路頭に迷う人々が溢れる。
「ブローニュ村でもたくさんの孤児を引き取ってきたけどね。焼け石に水だよ」とアリオストが嘆いていた。
俺も自分の領地を通じて支援を続けているが、果たしてどれだけの力になれているというのだろう。
あの少年も、戦火がなければ復讐など考えもせず、彼の村で豊かな一生を送れたかもしれない。
戦争を起こさせない。
それが俺が特使の道を選んだもう一つの理由だ。
女傭兵が自白したのはバーンシュタイン城下町北東のとある一角。
夕刻、取り囲んでいた屋敷の様子を確認したあと、ジュリアが眉をひそめてこちらを見る。
俺のほか、オスカー、それにエリオットも同行してきた。配置した部隊は突撃の合図を待っている。
「何もお前自らが乗り込まなくてもよいではないか!」
「確実に証拠を掴みたい。」
「僕も同意見だね。しらを切られる恐れがある。」
「この王都でこれ以上の悪事を働かせはしません。」
「陛下まで!」
「抜け駆けは許しません。僕も戦います。」
説得するだけ無駄な奴らと諦め、女傭兵に誘導されて俺たちは屋敷に堂々と正面から入る。
皆一応傭兵らしく変装を……
先程の反動か、ジュリアのスカートがやたら短すぎるのが大問題だ。
俺以外に軽々しく見せるな。
「これはどういうことだっ。私はこやつを殺せと命じたはずだ!」
「は……い。しかしこの男が死ぬ前にどうしても聞きたいことがあると。」
「聞きたいことだと!」
「昼食会で俺に毒を盛ったのは誰だ?」
小太りの男を見上げた。
男爵……か。
先祖の功績を寝床に、民を食いつぶすためだけに存在する害虫。
こんな下種のために、俺は愚かにもジュリアを危険な目に遭わせる作戦を取ってしまったのか。
「ははは。そんなことも見抜けぬとは、成り上がりの英雄気取りが。貴様を憎む者はわし以外にもいるということだ。」
「……。」
「わざわざこのわしに頼ってな。これでもわしの素晴らしさを理解し、敬服する者には寛大なのだよ。」
「名は?」
「言うと思うてか。馬鹿な奴よ。皆共やってしまえ!」
俺は奴に続く蒼の絨毯を敷いた階段をゆっくりと登る。
途中で襲ってくる手下どもは一刀に臥す。
奴は俺に最強魔法ソウルフォースを幾度も唱えたが、総合的に耐性の高い今の俺には大きなダメージにはならない。
醜い薄笑いを浮かべていた奴の表情が次第にこわばっていく。
弱い者にしか己の力を示せないお前らに、何の魅力や価値があると思っているんだ。
俺は作られた英雄の仮面を脱ぎ捨ている。
血塗られた剣をそいつに向け残虐な笑みを浮かべて見せた。
「ひぃぃ、や、やめろ。来るな、化け物め!」
そう俺は人間ではない。
化け物の端くれだ。
だから敵と見なした人間に容赦はしない。
振り回していたそのヴィトの杖をむしり取る。
逃げようとした奴を壁際に追い詰めると、それで両手足の骨を全部折ってやる。
悲鳴をあげて転げまわるそいつの丸々太った腹を思い切蹴り飛ばした。
奴はへどを振りまきながら階段を、大音響を立てつつ転げ落ちていった。
痙攣しているが息はあるようだ。
もう少し強めに蹴るべきだったか。
昼食会で吐かされた返礼としても、彼女を窮地に陥れてしまった憂さ晴らしとしても、まったくもって物足りない。
ジュリアが突入してきた兵士たちに、奴の捕縛を命じたところで諦めた。
「グローランサー様。どちらへ?」
「ダグラス将軍に伝言を。先に行っている。」
街の灯りから遠ざかる。
王都の東門を出て右手、脇道に反れて少し歩くと壊れた水車小屋がある。
側の小川に立ったまま星空を見上げていると、しばらくして背後に待っていた気配を感じた。
「マイロード! ……お探ししました。陛下や皆が心配しています。」
「ジュリア。俺は……。」
先程のジュリアが人質として引き出されてきたときを思い返す。
彼女は強い。
あのとき俺が剣を捨てる真似をすれば、彼女から失望の罵りと、激を飛ばされてしまったことだろう。
しかし、俺は……
臆病だ。
守られる側より守る側が合うし何倍も楽だ。
大切な人には安全な場所にいて欲しい。
危険を冒さないで欲しい。
何かあればすぐ駆けつけられるところにこの身を置きたい。
横に来た彼女の瞳を見つめる。
心はこんなに多弁なのに、口に出すのが苦手だ。
偽りの戯言は自分でも呆れる位言えるようになったのに、いざ本気の会話になると言葉が空回りする。
過去何度かジュリアと口論したときも墓穴を掘ってばかりいる。
「すぐ戻るようにか?」
「いえ、明日の正午までにと陛下のお言葉です。」
エリオットも気を利かせてくれるな。
何か言おうとして言えずに戸惑っているジュリアを優しく誘い抱き寄せた。
「ジュリア。今日は頑張ったな。褒美をしないとな。」
水車小屋にはいると携帯ランプに火を灯す。
互いに服を脱ぎ捨てそのまま強く抱き合った。
しばらくそのままそのぬくもりを確かめたあと、見つめあい、そして唇を重ねた。
始めからむさぼるように求める。
歯列をなぞり、彼女のなかに逃げ込んだ舌を追いかけてはちろちろと誘っては絡める。
薄目をあけて見れば、頬をうっすらと染めて瞳を閉じたジュリアの顔。
今日の化粧はややきつめだがそれがまたいい。
「ん……ふぅ、んっ。」
「……もっと俺を求めてこい。」
「ん、んっ!」
ジュリアがもっとも苦手とする舌の裏側を念入りに攻める。
少し刺激が強引過ぎたのか、いつもより早めに耐え切れなくなった彼女が顔をそらす。
唾の糸を引いて逃げては、優しく俺の耳を甘噛みしはじめた。
俺も彼女の感じやすい首筋に場を移し、両手で腰や背中を撫で回したあと尻に手を伸ばす。
その感覚に一度は逃げかけた彼女も、また唇を求めては乳房を押しつけてきた。
しなやかな指先で俺の体を這い回るのを好きにさせる。
尻の張り具合をたっぷり愉しんだあと、乳房に狙いを変えようと、彼女をはがして後ろから被さる。
馴れ馴れしく抱きつくようにジュリアを拘束していたあの汚らわしい野郎。
俺が手を下す前に、ジュリアが先につぶしてしまったので、俺の怒りは解けていない。
特にあの男に触れられていた背後から、念入りに俺の体を塗りつけて上書きし穢れを払い落としたくてたまらない。
「マイロード! ど、どうかお許しください。背中からは苦……手で、っあ、ああ……っ!」
「俺が愉しみたいんだ。」
逃げようとした彼女を捕まえて羽交い絞めにする。
さらに内股に俺の片ももを突っ込んで泉を守るひだを少し擦る。
一瞬感じすぎてしまったのか、びくりと反応し抵抗を止めた。
諦めたのを見計らって乳房に手を伸ばす。
両手のなかで転がしては揉みはじめる。
下から持ち上げて離すと、弾力を持った乳房が元の形に戻ろうと跳ねる。
横から包み込むこむように揉みこんで離せば左右に揺れる。
俺の手のままに柔らかく変えてゆくその胸の谷間を肩越しに見下ろしては、首筋から耳元へ、
ゆっくりと何度も舌を這わせるては、強く吸いついて、彼女の柔肌に無数の斑点を刻み込んでいく。
まだ乳首には手を触れない。
じっくりと愉しみたいなら順番に攻めるのがいい。
彼女の密接した肌が次第に熱くなり、息が一段と荒くなるのを感じた。
重ねた太ももに彼女の愛液が染み出してくる。
「ああ……くっ。あ……ん。はぁ、ああ。」
「少し大きくなってきた気がするが、まだ成長するかな。」
「あ……戦いでは邪魔になりますので、その……あんっ。」
「俺はもう少し大きいほうが好み。さらしは形が悪くなるからなるべくしないほうがいい。」
俺たちは若さもあって性欲も強いし、戦場で走り回ることを職業にしているだけに、並の男女より遥かに体力はある。
だからこちらの関係はかなり強い部類に入ると思っている。
互いの休暇がうまく合えば、一週間程この小屋で浸りあったりした。
その間に俺もジュリアを知り尽くす努力はしたし、彼女もどんどん開花していった。
「ああっ、あ、あん……あ。はあ、あ!」
乳首を苛め抜かれて歓喜に悶えさせていたジュリアが、頂点を迎えて、俺の腕のなかでのけぞっては崩れた。
俺はベッドに転がり込んで、息があがった彼女を正面から抱きすくめたあと一度手放してやる。
ようやく開放されたジュリアは、艶を帯びた幸せそうな表情で俺を見つめている。
やがて気だるげに体を起こし、ゆっくりと俺の額に優しく口づけを落として、そのまま下部へと唇を這わせてゆく。
俺の硬く勃ちあがりきったモノに口づけをしたあと、舐め始める。
そのうち指も加えて弄びはじめた。
俺にはたまらない刺激だ。
「うふふ。」
「……くっ。」
俺のモノをからかう癖を覚えたのは少々困る。
毎回散々焦らすだけ焦らす。
そのままモノが絶頂寸前まで反応している様子を、面白げにじっとひたすら見守り続けるから参らされる。
おかげでぶっかけたくて仕方がない俺のモノを、押さえるのがどれ程大変なことか。
最初に経験した味が酷かったのが相当応えたんだろうな。
当時は俺も性に関する基礎知識が不足していた自覚もあったから、この特使に任命されるための勉強と一緒に、
そっちのノウハウも調べた……アリオストの実地研究成果ノートが一番役に立ったかな。
おかげで初めての夜や、コムスプリングスでの彼女への扱い方が、いかに間違っていたかを思い知らされた。
しかしそれ以上にその過程で俺自身の大問題が発覚し、その衝撃の方が遥かに大きかったのを覚えている。
床惚れって一、二回程度でもありえるのか?
まあ、今のところは大きな障害にはなっていないのが救いか、と楽しそうにモノと戯れているジュリアを見る。
今ならかなり不味くはない精を出せるようになった、ということを教えてあげたいが……まだ無理か。
先走りが出る前に引き剥がそうとしたら、すばやく逃げた。
俺は追いかける。
藁の山にシーツをかぶせて整えただけの簡単なベッドのなかで二人追いかけあう。
藁が散る。
彼女がからかうような悪戯な目線を俺に送る。
互いに息を弾ませて静動を繰り返しては転げまわる。
「ふふ、そう簡単には捕まったりいたしませんよ、マイロード。」
「……そんなに俺の本気が見たいのか。」
奴らには簡単に捕まってみせたくせに――か?
俺は先程まで忘れかけていた事実を思い出し、むかついて顔が引きつる。
聞けば、単に俺との合流に失敗したために、わざと捕まってみただけだと?
水車小屋に入りかけたときに、自信満々にジュリアからこの回答を聞かされて、俺の思考は完全に停止した。
俺は追いかけながら、しなやかにかわし続ける彼女の裸をじっくり鑑賞する。
動きまわるたびに揺れる乳房がまぶしい。
悩ましい腰つきも俺の欲情を一層そそる。
プラチナブロンドの髪も汗で体に張り付いては、上気した肌をより美しく浮かび上がらせる。
太ももの先、付け根の銀糸の茂みの奥には欲情の沼地が潜んでる。
愛らしい微笑みを浮かべて、じっと俺を興味津々の眼差しで見つめている。
初めて抱いた頃よりも、数段も女として成熟しはじめているジュリア。
何より今彼女が漂わせている濃厚な色香は、この半年以上かけて俺が教え込んだものだ。
だが、あまりにも無防備すぎる……!
装えば、滅多にお目にかかれない程魅力に溢れた美しい女になると、自覚していないことに不安がこみあげる。
捕まってから十分足らずで俺が来たからいいものの、もし俺との合流に失敗したり、時間が経ち過ぎてしまえば、
――自分の身に何が起こってしまうのか――
男装している間、君は男たちの一体何を見てきたんだ?
状況さえ許せば、欲望のままに見境なく襲いかかりたくなる男の性を、ジュリアは全然理解していない。
俺たちは国も立場が違うから、四六時中お前の側にいて護ってやれるわけじゃない。
「あ……っ。」
「ジュリア!」
俺の伸ばした指先から逃れようとして、バランスを崩しかけたジュリアが転がり落ちかける。
それを止めようと抱きしめたまでは良かったが、その勢いで俺も一緒にベッド脇に落ちた。
互いに息を整えあい、また瞳を交わらせる。
もう一度熱く口づけをかわしたあと、俺はベッドにジュリアを抱きあげて入りなおす。
彼女を仰向けに降ろすと、その足を広げて俺の体を深く割り込ませた。
俺の太ももやモノに泉から溢れた愛液が絡みつく。
「マイロード、その……いきなり?」
「ふっ。今夜はなしだ。」
「えっ。あの、せめて、そのもう少……あああ!!」
ぐっと腰を落とし、卑猥な音をたてて俺のモノが彼女を突き通す。
泉は待ちかねていたかのように俺に食らいついた。
逃げようともがく彼女の体を、強引に抱きこんでそのまま体勢を整える。
「……ジュリア。」
「な、何でしょうか?」
「せっかくだからあの豪勢な部屋で、してみたかったのかな?」
「いいえ。その……気兼ねなく走り回れるベッドのほうが貴重かと、思います。」
「やはりそう思うか?」
「はい、弟と喧嘩するたびに、スプリングが痛むと母にたしなめられました。
マイロードにはそのような体験、ありませんでしたか?」
「くくく。やっぱりジュリアだな。」
「え? あ、ああ! マ、マイロード。私を――謀られたのですか!」
俺とルイセは四年前まで同様のことをしていたと……
居間の長椅子の底をぶち抜いて、母に尻叩きを食らってみたなんて、彼女を喜ばすような昔話は教えてやらない。
これから俺のこの体で、その体験談をじっくり伝えてやろう。
ジュリアは自ら過去を暴露してしまった恥ずかしさに、顔を真っ赤に染め、恨みがましく涙目で睨んでいる。
俺はそのまぶたに口づけを落とすと、今夜初めての交わりを開始する。
彼女のしなやかな腕が俺の肩にぎゅっとしがみついてきた。
一人一人性感帯は違う。
共通もあればまったく意外なところで反応することもある。
ジュリアの場合は、交わるときの体勢によって、ひだがこすれる感触に弱いことがわかった。
特に芯が一番感じることはグランシルで確認済みだ。
そこに両乳房を優しく揉みあげ、親指で敏感な乳首を転がすと、身をこわばらせては必死に耐え忍ぶ彼女が愉しめる。
さらに滑らかな首筋に歯をたてて滑らせると、悲鳴のような歓喜の声を漏らしては、鳥肌をたてて激しく反応しはじめる。
あとは腰使いを意識しながら、彼女の泉の奥に眠っている快楽を揺り起こしつつ、
完全に俺のペースに持ち込んでゆくだけだ。
これでジュリアは簡単に墜ちる。
「ああ! あぅ。んん。はあぁん!」
「ジュリア……気持ちいい……か。」
甘い声が小屋のなかに響く。
俺のささやき。彼女の喜びの涙。
銀糸の豊かな波が俺の目の前でゆれ、彼女は激しく俺のなかで快楽に鳴き乱れる。
蕩けそうな程恍惚としきった表情で、俺だけを愉しんでくれるジュリアを何時までも見ていたい。
「ああ、はあ、もう……駄目で……す。ああぅ、くぅん、ん。許し……ん! あ、あ、ああっ。あう!」
「ジュリア……俺のジュリア。」
「ああああ――――っん!」
モノへの締め付けが増し、彼女が絶頂を迎えたことを知る。
今夜は絶対に眠らせたりなどしない。
彼女の回復を待って、再び攻めて可愛がる。
俺たちの激しい行為で、壊れることのない藁のベッドの上。
その夜何度も抱き合った。
互いに汗を交わらせながら、本能のまま欲望に身をゆだねあえる幸せがここにある。
明日には引き裂かれる宿命の女を、俺は全身全霊を傾けて愛しんだ。
帰途にラージン砦に寄る。
そこで不在のブロンソン将軍からの託を受け取った。
アグリス村上流の堰が何者かに壊されて、下流の村々が被災、多数の死傷者が出たそうだ。
そのなかに貴族も含まれているらしい。
これより私やウォレスをはじめローランディア王国の主要なメンバーが召集され、御前会議がはじまる――
そこで内容は途切れた。
受け取った日時から逆算して、はじまる直前だ。
俺はこの会議に間に合わない。
手元の書状はエリオットによると式典の返礼が述べられているだけだそうだ。
ならば一度現場の貯水池だけでも調べてから、ウォレスに報告しその先を検討しよう。
好戦的な新王に、まき餌のような堰破壊。
大陸各地で度々起こる小規模の動乱。
バーンシュタイン王国内で、俺を暗殺しようとした黒幕はまだ割れない。
アルカディウス王を失ってから始まったこれらの出来事が、見えない一本の糸を映し出す。
俺の感が、何者かに仕組まれている、急げと警告を鳴らす。
どうか早まらないでくれ。
乗ってきた公用馬車の御者に王への託を頼み送り出すと、
砦を任されている副官からの助力も丁重に断って砦を出る。
今度こそ一人だけで。
もう誰の手も、いや、誰も俺の危険に巻き込みたくない。
少なくともある程度、その正体を探り出すまでは――
時代はまた、きな臭い道を歩み出そうとしていた。
fin