今日の任務は、エリオット陛下主催の表彰式典及び、昼食会の警護だ。  
表向きは日頃尽くしてくれる臣下に、功労にあわせて勲章を与え激励するだけ。  
が、意図は別のところにある。  
バーンシュタイン城の正門に、待ちかねた隣国よりの客人の到着を告げる声が響いた。  
 
「ローランディア王国より代表の、フォルスマイヤー卿がご到着されました。」  
「フォルスマイヤー卿……か。よし、あとは私に指示された通りに行え。」  
「は!」  
公用馬車から降りたカーマインは、ここ半年以上の間に見慣れた、ローランディア特使の衣装を纏っていた。  
彼はゆったりとこちらに瞳を向け、極上の微笑を浮かべては優雅な、そう、とても優雅な仕草で歩いてくる。  
何度見ても私が見惚れてしまう程見事なものだ。  
特使としてこちらに訪れたときに、初めてこの仕草を見せつけられて声をかけそびれたことを思い出す。  
何時の間に、彼はこんな品格を身に付けてしまったのだろう。  
彼にはいつも驚かされてばかりいる。  
 
「ようこそ、バーンシュタイン城へ。お待ちしておりました。」  
「お招きに預かり感謝する。早速エリオット陛下にご挨拶をしたい。」  
「は! どうぞこちらです。」  
今回、国王名代として訪問したカーマインに、いつものような軽々しい言葉はかけられない。  
カーマインも当然のように、一国の王の威信を示すために遜色ない、貫禄に満ちた口調で答える。  
兵士たちが整列して見守るなか、私は警護を全任されたIKとして礼節をもって出迎えると、式典会場へと案内する。  
待ちかねていたせいか、既にエリオット陛下は途中の回廊でリーブス、いやオスカーと待っておられた。  
先導を私が後衛をオスカーがついて、合流した陛下とカーマインを誘導する。  
 
「ようこそ、バーンシュタインへ。お元気でしたか。貴方が代表と聞いてほっとしていましたよ。」  
「俺は参ってる。」  
「ご免なさい。僕も正直どうしたらいいか悩んでいて、貴方に相談できると思ったら嬉しかったんです。  
勝手にはしゃいじゃって……貴方の気持ちも考えずにすみません。」  
「わかってる、エリオット。俺もできる限りのことはする。」  
「わあ、やっぱり頼もしいですね。貴方に会うと元気が出ます。僕も頑張らなきゃ。」  
このようにエリオット陛下の甘える声を聞くのは久しぶりだ。  
有言実行の彼だから、その励ましが誰の言葉よりも心強く感じるのは私も同じ。  
エリオット陛下がたびたび城を抜け出してしまわれるのは、私たちの接し方が窮屈で、ご不満なためかもしれない。  
でも所詮は臣下の身。  
対等に接することはできないのは、仕方がないことなのだ。  
あのリシャールと、オスカーやライエルのような間柄は、規律を重んじる我が国では本当に特別だったのだから。  
 
「僕も君に期待しているんだよ。お偉方をそのやけっぱちな似非面で懐柔してもらいたいね。」  
「オスカー、俺が形式ばった会食は苦手だって知ってるよな?」  
「もちろん君だから選んだのさ。まだご婦人方がいない分気楽なはずだよ。違うかい?」  
……ということは、オスカーもエリオット陛下も彼が来るとご存知だったということか。  
何ということだろう。  
私は自分の服を見る。  
今日もいつもと同じだ。  
もちろん身だしなみに気を使うのは当然だけど、それはIKとしてで。  
先月贈っていただいたミスリル銀の白百合のペンダントとか、ピンクゴールドのアーモンド花のイヤリングとか……  
 
ああ、別宅になら色々置いてあったのに!  
 
表彰式典は早々に終わり、昼食会に移る。  
予想通り、現在進行中のローランディアの新国王についての議題が持ちあがる。  
アルカディウス王崩御の知らせを受けて、ここ二ヶ月の間、あちらではあわただしい動きがあったのは知っていた。  
こちらからもそれなりの身分の国王代理を葬儀に参列させ、新王コーネリウス戴冠式にも列席し祝賀を送っている。  
しかしここにきて、雲行きが急激に怪しくなってきているのだ。  
噂は告げる。新王は争いを好む――と。  
 
警戒を怠らない。  
それにしてもローランディア側の国情を説明にきた王代理が、カーマインだったとは意外だった。  
もっと政治向きの、大臣クラスの文官を送り込んでくると踏んでいたのだ。  
軍人にあたる救世の騎士を寄越したのは、彼がこの国でも人気が高いことを利用したあちらの策だろうけど。  
彼は時々剣と誓った私にも告げないで、今回のように突然舞い降りることがあるのが、少し嫌だ。  
 
カーマインの表情が曇ったのに気がつく。  
とても微妙な変化なので、私のように彼と長い間過ごした者でなければ見抜けない。  
目配せされて近寄ると、口元をハンカチで押さえて俯いた。  
 
「どうされましたか?」  
「来る途中で馬車酔いをしてしまったようだ。」  
「わかりました。こちらへ。」  
「では休憩室まで誘導いたします。」  
「いや、私一人で十分だ。お前たちは引き続き警護を怠るな。」  
警備兵に断りをいれると、彼をかばいつつ、好奇の視線を向ける客たちに笑みを返しながら会場を出る。  
回廊を曲がったところで、さっと彼が駆け出して、少し先の茂みの陰に入ると激しく吐きはじめた。  
血も混じっている。  
 
「マイロード!?」  
「静かに。」  
はっと振り返れば、先程我々がいた回廊の角に、貴族の衣装に身を包んだ男の姿が現れた。  
その無様な挙動は、洗練された我がバーンシュタイン軍人貴族にはありえない。  
 
「毒を……盛られた。あいつだ。行け。」  
「は、ですがマイロードの御身が……。」  
「任務を優先させるんだ。」  
とっさに解毒の魔法ファインを唱え、彼にかけたあと指示に従う。  
招待状こそ持っていたが、男は案の定どこの貴族でもなかった。  
正体がばれると、刃物を振り回して逃げようとしたので捕縛する。  
武術の心得はあったようだが、我々IKの足元に及ぶ者などそういない。  
私が直接王城地下の牢屋に投げ込んで、牢番に尋問官を呼ぶように手配した。  
引き返すとオスカーに事情を話し、昼食会場の警備から外れる。  
 
それから急ぎ彼のもとへ。  
彼は休憩室でぐったりと長椅子に横たわって休んでいた。  
 
「大丈夫ですか。」  
「ああ、ジュリアのファインのおかげだ。」  
私は肩膝を落とし、臣下の礼をとる。  
毒を受けたにもかかわらず、笑みを浮かべて心配するなと、優しい瞳で安心させようとしてくれる。  
伸ばした指先で、乱れた私の髪を整え労ってくれるその態度に、私は不甲斐なさで胸が痛くなる。  
IKの白手袋をはめた手で、食い込む程自分の肩膝を握り締めた。  
 
「申し訳ございません。マイロード。私がついておりながら、このような失態。いかなる処罰もお受けいたします。」  
「……ではこれを、調べてくれ。」  
カーマインは懐から持ち出してきていたのであろう、中身が少し残ったティーカップを差し出した。  
私は眉をひそめる。  
今回、茶葉の種類ごとにカップの柄も違え、配る相手によってもソーサーを変える等して、識別をおこなった。  
これも私が一度検査をしたはずだ。  
 
この意味するところ。  
我々IKの目をかいくぐり、厳重な式典や昼食会に、刺客や毒物を送り込める程の奴が我が国にいる。  
それもこのバーンシュタイン王城内に。  
 
「深刻ですよね。ジュリアさん。」  
「……エリオット陛下。」  
「王主催の昼食会ですよ。即効性を見ると、混乱を狙ったものか、彼自身の暗殺を狙ったか。  
彼が機転を利かせてくださって、本当に良かったです。」  
「いずれにしても、先の戦争の再来を狙ったかのようなこの事件。  
隣国との争いを望む不届きな輩は、厳罰に処すべきです。」  
王の私室で、私は怒りに震えながら、エリオット陛下に進言する。  
 
判明した毒は無色無臭。しかし口に入れればすぐわかる代物。  
だけど、もしカーマインが注意せず、一気に飲み干してでもいたら……!  
誰かがカーマインの命を狙った。  
私の目の前で彼を傷つけた。私は気がつきもせずに――  
あの知恵の浅そうな男単独の犯行ではあるまい。  
内部で手助けした者は誰か。  
必ず見つけ出す。私自ら処断しなければ、彼に申し訳が立たない。  
そこへにオスカーが入ってきた。  
 
「エリオット陛下。」  
「何事ですか?」  
「それが……。」  
「かまいません、報告を。」  
「はい。先程ジュリアが捕らえた曲者ですが、牢屋にて何者かに暗殺されました。」  
「え……?」  
「何だと!? オスカー、それは本当なんだな?」  
「残念ながらね。牢番が外の物音に呼び出された隙に、一突き……だったらしい。」  
エリオット陛下は溜め息をつかれて、椅子に深く座り込んだ。  
無理もない。  
隣国の動向だけが悩みの種ではないのだ。  
最近国内のあちらこちらで事件が頻発している。  
 
小競り合いも数を増せば、負担が募る。  
先週もロッテンバーム村に、去年たった二人だけ騎士叙任出来た内の、片方を送り出したばかり。  
いや、士官学校を卒業して騎士職にいるのは、もう彼だけだから、一人というべきなのだろう。  
もう一方は、先程の昼食会でカーマインに食い下がっていた立身出世の鏡、シュナイダー大臣だ。  
陛下はカーマインを呼び、事態は悪化したことを詫びつつ、最後にこう言った。  
 
「貴方の警護を厳重にさせていただきます。」  
 
無表情だったカーマインが、その言葉を聞いた瞬間に険しい顔になる。  
今までの特使在来中、彼は非常にこちらに気を使って行動してくれてたし、我々も信頼しているので、  
目立った警護はつけていなかった。  
接待という建前で、私が……彼のお相手を申し付けられていたのだ。  
私以外の供がつくということは、今回は望めない、と宣言されたも同じ。  
 
落胆する。  
彼に愛されることがない、という残酷な現実が、私のなかで胸を締めつけ重みを増してゆく。  
私のせいで、彼に負担をかけてしまったのだから、当然の罰かもしれない。  
彼のあのぬくもりを味わえる次は……何時になるのだろう。  
 
彼はいつもの特使用の貴賓室を望んだけれど、説得して、より厳重な警備の敷ける特別室に移ってもらう。  
あの新王が来るとは思っていなかったけれども、王族専用の華美なこの部屋は用意されていたものだ。  
二人で室内に入り、部屋の間取り警備体制を説明している最中、彼に遮られる。  
 
「先程怪我をされたばかりでは。」  
「もう直っている。」  
「ん……っ。」  
私の唇を優しい指先がなぞり、暖かい手が私の頬を包み込んだ。  
熱く唇を重ねられる甘い瞬間……  
が、ノックで妨げられる。  
 
「ジュリア様。今夜の警備体制の確認をお願いします。」  
「わかった。すぐ行く!」  
今は職務を優先させなければならない。  
 
彼がこのまま引き下がるとは思っていなかったけれど、案の定彼はエリオット陛下に自ら危険に飛び込む策を申し出る。  
陛下がどういう説得を受けたのか分からない。  
だけど結局彼の提案を受け入れて、私は補佐を命じられた。  
城門から遠ざかっていくカーマインの後姿をじっと見つめる。  
いつものように問題がなければ、私も供として城下町で二人楽しい時間をすごしているはずなのに。  
 
彼を狙う敵に、暗殺の機会を与え、泳がせて黒幕まで案内させる。  
その上で軍を動かし一網打尽にするのが、彼の計画。  
網にかかったら、一人でも捕縛して尋問に回せば早いのでは。その提案は彼に蹴られた。  
「失敗した刺客を城内で消し去ることの出来る奴が、俺たちの動きをどこまで掴んでいるか分からない。  
裏をかくしかない」と――  
彼は気まぐれで、城下に遊びに抜け出したふりを。  
私はそれにあとから気づき、慌てて追いかける役を。  
 
計画に必要な人員を確認するだけの、無駄に時間が過ぎていく嫌な時間。  
私も今動かせるのは、側近の部下数名だけ。  
ようやく彼が待ち合わせ場所で、識別用のマントを受け取ったと知らせを受ける。  
彼の予想通り、獲物がかかったらしい。  
カーマインはこの二時間程、王都内を派手に走り回ってくれた。  
おかげで、別の意味で都は凄い状況になってしまい、各地域を担当する守備兵が右往左往している。  
まったく自分の世評を自覚してくれているのか、いないのか。  
 
「私も出撃する。指示を待て。」  
「は!」  
髪を結い上げ、やや派手めな化粧を施し、身なりは地味な幅広ロングスカートにブラウス。  
それからすっぽりとフードをかぶる。  
これで私をIK、ジュリア・ダグラスとすぐに気づきにくくなったはずだ。  
 
城門を抜けると、待ち合わせの場所、王都東の路地裏に急ぐ。  
現地に控えていた部下から状況報告を受け、さらに彼の現在位置を確認する。  
敵は既にカーマインに仕掛けているとのこと。  
王都の要所要所で部下たちが、彼の救命要請に備えているが、まだお呼びがかからないらしい。  
私も敵に気づかれずに、彼の跡をつけなければ……  
 
表通りに出ると、行く手を塞ぐ程の大きな人垣が出来ていた。  
覗いてみれば、一人の派手な衣装の女性が喚きたてて、治安回復に懸命な兵士らの行動を邪魔しているようだ。  
私は溜め息をつく。  
 
「何事だ?」  
兵士たちは最初いぶかしげに私を見つめたけれど、馴染みの上級仕官が気がついたようで慌てて敬礼した。  
私は事情を説明するように言いかけたところ、いきなりその女性に掴みかかられる。  
 
「あ、あんたでしょ。グローランサーの愛人って自称している女は!」  
「な、何……だと?」  
 
愛人――  
 
言われてみれば、世間一般にはそう見られてしまうのかも、と考えて私はぎくりとする。  
カーマインの話題でなければ、私は一笑にふしていただろう。  
彼にまつわる噂は絶えないけれど、女性関係ではデマばかりが横行し、彼が醜聞まで発展させたことはない。  
これは彼が女性に礼儀正しい割には、慎重すぎるくらい注意深く行動をしているせいだと思う。  
きっと本命の彼女を心配させないために――  
だけど事実、私は横恋慕して、彼とは……  
嘘とも言えず私は戸惑ってしまったのを、その騒がしい女性は図星と見てさらに騒ぎ始める。  
 
「こら、その方を離すんだ。」  
「下らない詮索もそこまでに……あ痛てて、噛みつくのをよさぬか!」  
「うるさいわね。あんたたちもこの女にたぶらかされているんでしょ。これだから軍……は、離しなさいよ。」  
国に絶対忠誠を誓ったIKが、他国の騎士である彼にも密かに忠誠を誓っていることを話せるわけがない。  
ここにいる兵士たちは皆、私が見習うべき軍人の頂点に立っていることを敬服し信じている。  
さらに揉み合いになってしまった彼らに、答えあぐねたとき、中央の大教会の鐘が鳴りだした。  
我に返る。もう午後四時を回る時計台。  
ここで余計な上官精神を出して、声をかけてしまったのは大失敗だった。  
 
慌てて、胸元より携帯装置を取り出す。  
『カーマインレーダー』と皆が言うこの装置は、彼の独特の波長を捕らえることができる大切な絆。  
単独行動をとりたがるカーマインを、皆が心配して作り出した、互いに持ち合っているかつての仲間の証。  
先程路地裏で画面を確認したときにはあった、彼を示す赤い点滅は消えていた。  
 
敵を油断させるために、彼は今この広い王都で、たった一人で戦っている。  
私はまた……  
動揺する心を切り替えて、私は側近に指示を出す。  
我が王都の中心部の出来事なら、彼を狙っている者たちより、私の部下のほうが探索能力は遥かに上だ。  
 
南に続く長い階段を一気に駆け降り、下町に入る。  
情報によれば、ここまでは王都の高見台の見張り兵が、彼の動きを捕らえていたとのこと。  
下町は相変わらずごみごみしていて迷いやすいし、一度奥に入り込まれると見つけるのは難しい。  
レーダーは、半径一キロ内に同じレーダーがあれば明確に表示するけれど、今の画面は暗いまま。  
 
カーマインも、今頃はレーダーに私の反応がないことには気がついているはず。  
彼のことだから、私がいなくても一人で済ませようとするだろう。  
早く彼を見つけださないと、どんな危険に飛び込んでいくか分からない。  
 
私はスイッチを切り替える。  
このレーダーのもう一つの能力、時空干渉値を頼りに彼を見つけ出すために。  
平時はほどんど感知できないレベルまで押さえ込む彼も、今ならきっと出し始めている。  
「やはり戦いになると、内なる血が騒いでしまうみたいだな」と以前この装置を見て、彼は切なげに哂ってみせた。  
昔のグローシアン階級が、民衆を支配するためだけにこの世に生み落とした、戦闘兵器ゲヴェルの血が――  
 
下町の要所のひとつ、西南側の大広場に出る。  
レーダーに淡い、時空の乱れを示す青い点が所々映し出されている。  
間違いなく彼がここを通って戦ったのだ。  
慎重に辿りながら、路地を曲がりかけて、はっとする。  
その路地の奥から、「……サーを殺し……見つけ……」と続く物騒な言葉が漏れてくる。  
かまわずその袋路地に飛び込んだ。  
数人の、武装した男たちがこちらを向く。  
 
「ち、聞かれたみたいだぜ?」  
「どうせさっきの馬鹿騒ぎで、英雄様を追いかけてきた馬鹿な女だろ。」  
「会わせてやってもいいぜ。お優しいグローランサー様にあの世へのエスコートしてもらいな。」  
これは少々危険な賭けだけれど、あえて乗ってみるか。  
私は脅えたように彼らを見つめて、立ちすくんでみせた。  
 
拘束された私は歩かされる。  
彼らはバーンシュタイン王都南よりさらに外れ。  
朽ち果て忘れられた地域を根城にしているようだ。  
私には賛成できない方針だけれど、どこでも兵を入れればいいというものではない、とオスカーは言う。  
下町には下町の、村には村人の、領地には領主の、傭兵には傭兵たちの自治権があるからと、  
王の軍隊と言えども、要請や大義名分がなければ、手を入れられない領域が我が国には数多くある。  
治安悪化は地方の村々だけの話ではないのだ。  
かつての戦乱を乗り越えて、彼が命を投げ捨ててまで手に入れてくれた平和のはずなのに、  
人の世は何故こうも容易く壊れてゆくのだろう。  
 
薄汚い通りをしばらく行き、比較的まともな酒場に入る。  
すでに店としては機能していなかったけれど、いかにも癖のある傭兵らしき者たちが数十人雑談している。  
獲物がいるといった高揚も、緊張も感じ取れない。  
カーマインはまだここまで辿りついていないのだ。  
奥のほうで酒を煽っていた、肉付きがいいだけの男の前に突き出される。  
事情を聞かされて、私をやらしい目つきで嘗め回したあと、薄笑いを浮かべた。  
 
「なんだ、娼婦か。悪りぃな、ちょっと協力してくれれば礼ははずむぜ。」  
「ほう、美味しい話か?」  
「まあな、上客がいい仕事を俺たちに寄越してんだ。お前も乗らないか?」  
「相手はあのグローランサーと聞いたが、巻き込まれて殺されるのは遠慮したいものだな。」  
「何、手引きするだけさ。あとはその男爵を強請れば、上手い汁がいくらでも吸えるぜ。」   
この男がここの連中の親玉か。  
抜けた男だ。口も軽い。  
私をただの女と見くびっているのか、後ろ手に括った縄の絞め方がゆるいし、身体チェックもしなかった。  
女としての魅力はない私だけれど、この男からなら簡単に聞き出せそうだ。  
 
今回の首謀者を聞き出すことに成功すれば、もうカーマインを危険な目に遭わせないで済む。  
我が国の情けない内情に、私の不手際による失態に、彼を巻き込む必要がなくなる。  
剣ならば、主君を守るために、いかなる手段も躊躇うべきではないのだ。  
だから……  
 
私は男に取り入ろうと、笑みを浮かべてみせる。  
あっけなく男は誘いに乗り、奥の個室に二人きりになろうと言い、その酒で汚れた手を伸ばしてきた。  
尋問に自信はある。  
個室の扉を閉めた瞬間、声もあげさせず一撃で沈める。  
周囲の仲間にも気づかれずに、私は悠々とこの男を締めあげ、黒幕を吐かせてみせるだろう。  
そのための一歩を踏み出したとき、出入り口の扉が荒々しく開かれ、小男が転がり込んできた。  
 
「お頭!」  
「なんだ。」  
「や、奴が……すぐそこに。」  
「何!?」  
たむろっていた連中が一斉に動き出す。  
外の様子が室内にいても伝わってくる。  
動揺渦巻く連中とは対照的に、微塵の隙も感じさせない氷刃のような――戦いのときだけ見れる懐かしい気配。  
 
彼がもう来てしまった。  
もうあのレーダーを使わなくても、彼が分かる。  
ヴェンツェルを倒すため、時空制御塔のパワーストーン生成装置の間で、私たちは皆グローシアンになった。  
といっても、彼の義妹ルイセのような生粋のグローシアン程の感知能力はないけれど……  
私はまぶたを閉じ、彼を感じとろうとする。  
暗闇のなかに気高く立ち昇る、揺るぎのない力強い白銀色の波動。  
周囲の時空のかすかな揺らめき。  
 
彼の身に何も起こっていなかったことを感謝する。  
本当は私の手助けなど、必要としないと分かっていた。  
仲間がいなくても、一人でもすべてを切り抜けられる程、彼は強くなってしまっていたから。  
私はもう……剣としての価値はなくなってしまっているのかもしれない。  
側に置いてくれているのは、親しく付き合ってくれているのは、彼が優しいからなだけ。  
 
連中は彼にかなわないと見ると、私を表に引き出す。  
か弱い女性を盾に取り、相手の良心を煽るずるく意地汚いやり方だ。  
だが今回は、相手が悪かったと後悔するだろう。  
 
「おい。次に足を出したらこの女ぶっ殺す。いいな? 逃げるのもなしだ。」  
彼の瞳を見る。  
相変わらず微妙な変化だけれど、少し動揺しているみたいだ。  
彼らしくない。  
何を躊躇っているのだろう。  
カーマインならこんな戦況は何度も体験しているはずなのに。  
切り札の武器リングウェポンを使うことさえ、彼はぎりぎりまで拒んでみせた。  
間髪の差で彼が大鉈をその剣で受け止めたとき、私は気がついた。  
まさか、私のことを……?  
 
「手は禁じられていないよな。」  
「この女の命が惜しくはないようだな?」  
「……。」  
男たちが彼に悪態をついている間から、私のことなど気にしないでさっさと始めて、と必死に目で訴える。  
私の縄はとっくにほどけているのだから。  
 
彼は私に目配せをすると動いた。  
私も同時に、まずは背後から私を押さえていたこの親玉らしき男のわき腹に肘鉄首を打ち込み、  
怯んだ隙に、首に巻きついていたやらしい腕を払いのける。  
そして右スリッドを探り、反対のガーターベルトに挟んで隠し持っていた鞭スタンウィップを抜くと、  
押さえにきた男四人に全周囲攻撃をお見舞いする。  
これは雷獣の皮から作られたため、相手に電気ショックを与えられる。  
麻痺し呻いている彼らに再び鞭を振るい、完全に沈黙させる。  
 
「さすが、ジュリア。」  
「お褒めの言葉、このジュリア嬉しく思います。さあ、この者たちに正義の裁きを下してやりましょう!」  
久しぶりの彼との力を合わせた戦いに胸が躍る。  
だけど相手には恵まれていなかったこの戦いは、すぐに終わりを告げた。  
 
カーマインはしゃがみこんでいた一人の女傭兵の元へ行く。  
さっきの戦いで彼に何度も矢をはじかれ、弦を切られ、小刀もかわされ続けてすっかり戦意を喪失しているようだ。  
彼が膝を折り優しく肩に手をかけた。  
うつむいているその女性と視線を合わせるために覗きこんでいる。  
私の胸がずきりと激しく痛んだ。  
 
「黒幕は誰だ?」  
「……。言うわけないだろ。これでもこの仕事で食っているんだ。」  
「頼む。女性に……無体な真似はしたくない。」  
「……。」  
「足を洗う気はないか。望めばローランディアでもバーンシュタインでも手配する。」  
「……なんであんた、裏でもかこうって言うのかい?」  
「傭兵以外の道もある。もう一度やり直してみないか。」  
「馬鹿だよ。さっきだってあたしはあそこで殺る気だったんだよ!?」  
「ためらったのを知っていた。」  
見上げた彼女とカーマインとの間は数センチもない。  
あと少し、どちらかが動けば口づけができそうな状況だ。  
彼は基本的に女性に優しい。  
そして親しい人には平等に接してくれる。私にも同じように……  
これは、私にとって――拷問だ。  
 
彼女が自供した屋敷は、王都の東北貴族たちが屋敷を並べる一角にあった。  
カーマインを背後にして、私は苛立ちを隠さない。  
 
「何もお前自らが乗り込まなくてもよいではないか!」  
「確実に証拠を掴みたい。」  
「僕も同意見だね。しらを切られる恐れがある。」  
「この王都でこれ以上の悪事を働かせはしません。」  
「陛下まで!」  
「抜け駆けは許しません。僕も戦います。」  
カーマイン以外は、皆武装した兵士を偽装する。  
私たちは女傭兵の誘導で、すんなりと屋敷に入り込めた。  
広間で待つと、多数の雇われたらしい傭兵たちを従えて、二階から一人の小太りの男が顔を出した。  
カーマインを見つけると、汚らわしいモノでも見つけたかのように顔を醜くしかめる。  
 
「これはどういうことだっ。私はこやつを殺せと命じたはずだ!」  
「は……い。しかしこの男が死ぬ前にどうしても聞きたいことがあると。」  
「聞きたいことだと!」  
「昼食会で俺に毒を盛ったのは誰だ?」  
カーマインの気配が、また静かに荒れ始める。  
私も彼に負けないくらい、怒りの眼差しを向ける。  
この男が例の男爵――  
我がバーンシュタイン王国貴族の名折れ。  
悪戯に王の威厳を傷つけ、国家を窮地に貶めようとしている輩。  
 
「ははは。そんなことも見抜けぬとは成り上がりの英雄気取りが。貴様を憎む者はわし以外にもいるということだ。」  
「……。」  
「わざわざこのわしに頼ってな。これでもわしの素晴らしさを理解し、敬服する者には寛大なのだよ。」  
「名は?」  
「言うと思うてか。馬鹿な奴よ。皆共やってしまえ!」  
この男は黒幕ではなかった。  
内部にまだ手引きしたものが別にいたと知り、私は考える。  
この事件はどこまで根が深いのだろう。  
我が国の未来を思う多くの兵士や民が、どれほど切なる平和を願っても、こんな輩が跋扈している。  
 
屋敷を取り囲んでいた守備兵たちが、私の指揮の下一斉に突入し、傭兵たちを鎮圧した。  
問題の男爵は、カーマインが追い詰め蹴り落とす。  
一階に転がり落ちてきたところを、私の側近が捕らえて連行する。  
この泡を吹いている無様な貴族には、これから先、ガルアオス監獄で終わりのない責め苦が待っているだけだ。  
 
オスカーが屋敷内をしらみつぶしに探索を行い、証拠固めを始める。  
エリオット陛下とその進み具合を確認している最中、私はカーマインがいないことに気づき青ざめた。  
 
「彼は? フォルスマイヤー卿はどうした!?」  
「はあ。伝言を賜っています。先に行っている、とのことでした。」  
「先に……では一人で城に戻ったというのか!」  
「城とは言っていませんね。ダグラス卿。心当たりはありますか?」  
「はい。おそらく……。」  
「まだ危険です。貴方が直接探しに行ってください。期限は……。」  
エリオット陛下が一呼吸置いたあと、私の目を見て笑みを浮かべた。  
 
「明日の正午までです。」  
「は!」  
私は敬礼もそこそこに、走り出す。  
王都の東の門を抜け、暗い夜道を全力で走る。  
少しの甘い期待と、次第に大きくなってくる不安。  
いつもの風車小屋の側の小川で、ぼんやりと空を見上げていたカーマインを見つける。  
 
「マイロード! ……お探ししました。陛下や皆が心配しています。」  
「ジュリア。俺は……。」  
少し落ち込んでいるような後姿。  
あの貴族はカーマインの真実を知らないだろうけど、偶然にも一番嫌う言葉を使った。  
「ひぃぃ、や、やめろ。来るな、化け物め!」と広間に響き渡ったその声に、私が上を向いたとき、  
怒りのなかに少し悲しい表情を浮かべて、カーマインがその男を追い詰めていくのを見た。  
彼は人間でないことを誰よりも悩み、今もこうしてゲヴェルの呪縛に苦しみもがき続けている。  
彼の闇が、彼自身を飲み込んでしまわないように。  
私が、その闇を深く沈めるための歯止めの剣であるように。  
 
「すぐ戻るようにか?」  
「いえ、明日の正午までにと陛下のお言葉です。」  
彼が優しい微笑を私に向けた。  
私は誘われるままそっと肌を寄せる。  
カーマインは深く抱き寄せながら私にささやいた。  
 
「ジュリア。今日は頑張ったな。褒美をしないとな。」  
 
この壊れた水車小屋は私を育ててくれた乳母の弟の持ち物だ。  
年に数日、魚釣りを泊まりこみするときにだけ利用しているらしい。  
テーブルに置いてあった携帯ランプに、彼が火をつける。  
私は奥の二山程ある藁を平らに整えると、シーツを広げて寝床を整える。  
淡い光のなかで、私たちは互いの服を脱いでゆく。  
振り向いて彼のたくましい背中を見て、これから与えられる官能を感じて、ほうと溜め息をついた。  
 
「ん……ふぅ、んっ。」  
「……もっと俺を求めてこい。」  
「ん、んっ!」  
始めから強烈な洗礼が私を襲う。  
いつもになく息がとまるような長く深い濃厚な口づけに喘ぐ。  
初戦に負けた私は彼の弱い耳元に歯を立てる。彼は私の首筋へと。  
そしてしばらく互いの肌を絡めあう。  
不意に気分を変えた彼が、私を反転させるといきなり被さってきた。  
 
「マイロード! ど、どうかお許しください。背中からは苦……手で、っあ、ああ……っ!」  
「俺が愉しみたいんだ。」  
後ろに回られたら、彼の表情を見れなくなるのが嫌だから。  
私は逃げ出そうとするけれど、簡単に上半身はその腕に押さえ込まれ、恥部には太ももを差し込まれてしまう。  
首筋を耳元を荒く彼の舌が這い、熱い吐息がかかる。  
そのたびにぞくりと鳥肌がたつような感覚が私を襲う。  
彼は乳房を弄びはじめる。  
 
「ああ……くっ。あ……ん。はぁ、ああ。」  
「少し大きくなってきた気がするが、まだ成長するかな。」  
「あ……戦いでは邪魔になりますので、その……あんっ。」  
「俺はもう少し大きいほうが好み。さらしは形が悪くなるからなるべくしないほうがいい。」  
動けない。動こうものなら挟み込まれた彼の太ももが、私の高まりきった恥部を過激に攻めたてる。  
いつもより時間をかけて、私の乳房は揉みしだかれる。  
優しくときに荒く、今夜は執拗なくらい彼は首筋や乳房に固執している。  
私は抱きすくめる彼の腕をつかむことだけは許されて、ひたすらその快楽に耐え続ける。  
 
「ああっ、あ、あん……あ。はあ、あ!」  
気持ちがいい。  
意識が混濁してきてもう何も考えられなくなる。  
力を失った口元から唾が垂れかけると、笑みを浮かべた彼が顔を寄せてその雫を舐めとる。  
弄られすぎて、紅く染まってしまった乳首が、またつまみあげられる。  
耐えられず私が悲鳴をあげて跳ね上がると、愛液で濡れきった恥部が彼の太ももに深くえぐられた。  
逃げ出そうと腰をひねったところで彼が許さず、両乳首をつぶしながら太ももを激しく何度も揺り動かす。  
私は限界を向かえ、カーマインの腕のなかに崩れ落ちた。  
 
カーマインはやっと納得してくれたのか、私をベッドの上で解き放つ。  
私はぐったりと力を失いしばらく絶頂の余韻に浸り続ける。  
同じように横たわりながら、優しく髪を整えてくれる彼の指先が心地いい。  
捕まえると、彼が苦笑して握り返してきてくれる。私の手のひらで遊びはじめた。  
 
カーマインとこの半年の間交わり続けて、どんどん自分が官能に弱くなってきていると自覚している。  
もちろんこれは私が望んだ彼からの寵なのだから、ちっとも不満はない。  
むしろ私は色々な感動を教えてくれるこの関係が待ち遠しくてたまらない。  
いつまでもこうしていたい、彼と――  
 
少し回復したところでだるい体を起こすと、今度は私が責める番になる。  
彼のたくましい胸元を、引き締まったお腹を降って、彼の勃ちあがったモノに口づける。  
 
「うふふ。」  
「……くっ。」  
素直な彼のモノは、舐め跡に軽く息を吹きかけるだけで、激しく脈打ち限界まで硬く膨らみあがる。  
見上げると、彼のモノを弄っているときだけは無表情を装えないみたいで、連動する反応が可愛い。  
そんな弱りきった表情のカーマインを見るのがたまらなく快感で、毎回夢中になってしまう。  
彼がまた私を強引に抱き寄せようと指先を伸ばしてくる。  
今度は上手く逃げ出せた。  
 
「ふふ、そう簡単には捕まったりいたしませんよ、マイロード。」  
「……そんなに俺の本気が見たいのか。」  
藁のベッドのなか、鬼ごっこをしながら私は思う。  
どうやったら彼を引きとめ続けることが出来るのだろう。  
本命の女性からねだられれば、こんな虚ろな関係など、彼はきっと躊躇せずに切り捨てる。  
だからこそ、彼が与えてくれるこの一瞬は愛しくて悲しい。  
 
「あ……っ。」  
「ジュリア!」  
不安定な藁山にふらつく足を捕られて、視界が揺れる。  
カーマインに抱きしめられながらベッドを転がり落ちた。  
彼の腕のなかで、私は荒れた息を整える。  
荒い息遣いと、間近で熱く視線を送られているのを感じて、思い出したくないことを思い出す。  
 
あの女傭兵とはどういう関係だったのだろう。  
こんな風に鼻筋をあわせて見つめあって、私が側にいなかったらどうなってしまっていたのだろう。  
私が預かり知らぬところで、二人はどうやって知り合い、何を交し合ったのだろう。  
胸が痛くなる。  
彼からしたら、たいした出来事じゃないかもしれない。  
だけど彼女はカーマインの言葉を信じた。  
この贅沢な苛立ちは、しばしば私の心を乱しては、彼の眼差しを拒みたくさせる。  
彼を知る前はこんな程度で泣きたくなる様な弱い人間ではなかったのに!  
 
嫉妬に押しつぶされそうになったとき、彼が唇を寄せてきた。  
彼を取り巻く女性たちから奪い取れるものなら、このまま二人墜ちるところまで墜ちてもいい。  
彼女以上に近いまつげが重なりあう距離で、優しい彼の瞳の奥に私が映っているのを見つけて、甘い口づけに酔う。  
 
カーマインが私を抱きあげてベッドにまた入りなおす。  
右手で左ももをすくいあげると、甘く唇を這わせる。  
次に来るのは恥部への愛撫。  
ももから降ってまずは付け根を攻めて来る。  
優しい彼の指が、繊細な動きをする彼の舌が、私を何度も絶頂に導いてくれる。  
だけど今夜はそうすることなく、彼はそのままモノをあてがってきた。  
 
「マイロード、その……いきなり?」  
「ふっ。今夜はなしだ。」  
「えっ。あの、せめて、そのもう少……あああ!!」  
今日はしてくれないなんて。  
彼をからかいすぎたのが原因?  
考えをめぐらす暇なく彼が私を貫いて私の心を蕩けさせた。  
 
「……ジュリア。」  
「な、何でしょうか?」  
「せっかくだからあの豪勢な部屋で、してみたかったのかな?」  
「いいえ。その……気兼ねなく走り回れるベッドのほうが貴重かと、思います。」  
「やはりそう思うか?」  
「はい、弟と喧嘩するたびに、スプリングが痛むと母にたしなめられました。  
マイロードにはそのような体験、ありませんでしたか?」  
「くくく。やっぱりジュリアだな。」  
「え? あ、ああ! マ、マイロード。私を――謀られたのですか!」  
私の性格を知った上でからかったのだと気がつき、その胸元を叩いて抗議したけれども、  
彼は私を強く抱きしめて誤魔化した。  
 
本当はこんな声をあげているところなど、他の人には聞かれたくないから――  
彼にだけにしか見られていないと思うから、こんな淫らな姿になれるのに――  
いくらあの扉の防音が完璧でも、あんな見張りだらけの特別室で、出入り時間も計られるのに、  
こんな行為出来るわけがない。  
その怒りも動き出されてしまえばどうでも良くなる。  
 
「ああ! あぅ。んん。はあぁん!」  
「ジュリア……気持ちいい……か。」  
意識が再び混濁してくる。  
彼に抱かれてしまうと、すべてが真っ白に染まるのが、心地良いけれど怖い。  
その間のことは何も思い出せなくて、彼がどんな表情をしてくれていたのかすら覚えていないから。  
このとき私はどんな風に見られているのだろう。  
どんなことを考え感じ思ってくれているのだろう。  
もっと彼の弱いところを知りたい。  
彼の恍惚とした表情をたくさん見たい。  
そう思うのに、途切れることなく続く快楽の荒波に揉まれ続けていく内に、また心が砕けてゆく。  
 
「ああ、はあ、もう……駄目で……す。ああぅ、くぅん、ん。許し……ん! あ、あ、ああっ。あう!」  
「ジュリア……俺のジュリア。」  
「ああああ――――っん!」  
今夜の彼はいつも以上に情熱的で、絶頂を迎えても、彼は私を離してはくれなかった。  
私の様子を伺うために、彼が腰を少し揺り動かすだけで、意識が飛ぶ。  
 
もっと名前を呼んで。私を感じて。  
好きだから、愛してるから、もっと、もっと私を攻めて!  
今日一日貴方を守りきれずに、足を引っ張り続けた愚かな私を、罰するように――  
 
のちにカーマインに執拗に刺客を差し向けていた黒幕の名前が判明した。  
シュナイダー大臣の下した命令を各方面に伝える使者として、王城仕えの立場にあったエルロイ。  
もっともこれは偽名で、十数年前に我が国に仕え落命した外交官の名を悪用したらしいのだ。  
 
奴は傭兵国のスパイだった。  
シュナイダー大臣の補佐にすり替わって我が国深く潜入し、動向を探り、建国のために布石を打つことを狙った。  
推薦され、来るはずだった補佐官は死体で発見された。  
 
一国の代表として来たカーマインに、我が国内で何かあれば、両国に亀裂を入れることが出来ると踏んだ。  
それに失敗すると、大臣の偽者を使いローランディア側の貯水池の堰を破壊した。  
さらに自分の身が追い詰められていると知るやコムスプリングスへ逃走、新人の騎士に罪をかぶせようとして、  
失敗している。  
目下行方を捜索中なのだが、おそらく今頃傭兵国領内に逃げ込んでしまっていることだろう。  
 
先程のウォルフガングという男の独立宣言が耳に残っている。  
傭兵国などというならず者の国など蹴散らしてくれよう。  
カーマインを手をかけようとした罪は重い。地の果てまでも追いかけて必ず引きずり出してみせる。  
 
私、ジュリア・ダグラスの名にかけて――  
 
fin  
 

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