ウェイン・クルーズ、と彼は名乗った。  
ジュリアと同じ瞳の色、だが黒髪の間から放つ光は、どこかで見た覚えがある。  
記憶をたどるが途切れた。後ろの従者らしき男女を見れば、嘘をついているのは瞭然。  
 
気に入らない。  
何故か、それが彼に対する第一印象だった。  
 
それから事態の流れ上、行動を共にするようになって、やっとその謎を解き明かしたとき、俺は笑った。  
片色こそ違えども、普段鏡越しに見ていた俺の目。諦めを知らない黒豹が、上目遣いでこちらの隙を窺っている。  
同類嫌悪という奴か。  
もっとも彼の場合、こんな俺を疑っていないどころか、顔を合わせれば尊敬丸出しで苦笑しっぱなしだったな。  
うらやましいことに、俺と違って彼には闇がない。  
俺が決して歩めない道を、彼は……自由に選んでいける、似て異なる者。  
 
そして今。  
その彼が、隣のジュリアの執務室で、彼女と話をしているのを聞いていた。  
 
どうやってか。  
面会待ちに宛がわれたこの宿直室にも、コムスプリングスの温泉宿と同じく覗き穴があったからだ。  
この大陸の奴らは、こういった趣向がお気に入りらしい。  
あちらこちらと、大陸中を回るうちに飽きれるくらい見つけた。  
宿であれ、客間であれ、知らぬ部屋に通されたら、まずは状況を把握するのが、戦いに身を置く者の基本。  
もっとも今の俺はそんな無粋なものに頼る必要もなく、望めば愛する女の裸を、堪能できる立場にある。  
 
「それにしても私服で来いというから、デートにでも誘ってくれるのかと思いましたよ。」  
「そんなことを言っていいのかな? お前には似合いの者がいるだろう?」  
隣室の俺に、筒抜けだとは気づいていないジュリアは、彼の意味深な誘いを矛先を変えてすませる。  
何故否定しない。  
どうしてお前には気がないと言わない。  
こいつに過剰な期待を抱かせる危険さに、気がついていないのか。  
この男の本性を甘く見過ぎている……!とジュリアの態度に舌打ちをする。  
 
隠し穴があるということは、ジュリアは誰かに監視されていたわけだ。  
あの部屋を、彼女の執務室に当てたのはリシャール。  
しかしエリオット治世に入って、王城の大改修や人事異動に伴う部屋の割り当て変更があり、  
一時的に場所を変えた時期が幾度かあった。  
そのどれにも、こうしてジュリアへの監視が用意されていたことを、本人も他の奴らも知っていたのだろうか。  
 
エリオットが王座について、二年あまりの歳月が過ぎた。  
先王リシャールと比べるのは酷だが、王としてはまずまずの滑り出しを見せ、国内外で人気は高い。  
だが十六を過ぎたばかりの少年王に、バーンシュタイン王国全土を把握するには、まだ無理があるのだろう。  
お気楽さが売りの、他人任せのローランディアと違って、階級制度や身分差を強調するこの国では、  
貴族間、軍人同士問わず、下克上や権謀術数が渦巻き続けている。  
 
ジュリアが退室しかけたのを確認し、素早くソファーに座る。  
時をおかずノックが響き、返答をすると、扉を開けて彼女が入ってくる。  
俺はいかにも待ちくたびれたかのように、素っ気なくジュリアを出迎えてみせる。  
 
「申し訳ありませんでした。ウェインをランザックに派遣する手続きをしておりまして。」  
「へえ。ウェインがね。それでもう暫く彼の側にいたかったというわけか。  
彼と違って俺は根暗だからな。お前に楽しい話をしてやれないし、する気もない。」  
「マイロード。あの……。」  
「年下も悪くないだろ。会う奴らが異口同音で言うには、俺と彼は似ているそうだ。  
どこが似ているか俺にはさっぱりわからないが、お前もそう思う口か?   
なら縁遠い余所者の俺に、無理して仕えなくてもいい。俺の代わりにしてもいいんじゃないか?」  
「そ、それは……ありえません!」  
IKの白手袋をはめた細い指が、俺の特使服の裾をつかむ。  
信じられないといった表情のジュリアが、俺の目に映る。  
無防備なその瞳が、俺のいらだちを加速させる。  
 
「貴方は貴方でしかないのです。ましてマイロードの代わりになるような……。」  
その愛らしい唇から紡がれる言葉を、指先でさえぎってみる。  
じっと俺に澄んだ瞳で訴えるジュリア。  
 
「本当にそう言い切れるのか?」  
「断言できます!」  
「なら、信じさせてみせろ。」  
そう言いながら、指から口に変えてジュリアの唇をむさぼる。  
深く舌を絡めて、ジュリアを強く抱き寄せた。  
 
「ん。ま……ド。ここは宿直室で、廊下は頻繁に人が行き来を……。」  
「夜しか使わないってことだよな? お前が声を出さなければいい。」  
「それに私はエリオット陛下に呼ばれて……。」  
「俺のことでね。話はついてる。」  
「しかし……!」  
ジュリアが先程、鍵をかけたのは知っている。  
たぶん二人でいるところを、邪魔されたくなかった程度の意味しかないだろう。  
しかし今の俺が、それで済ませるはずもない。  
男の嫉妬は見苦しいとわかっていても、どうしようもなかった。  
 
「マイロー……。」  
ソファにジュリアを無理やり座らせると、少々荒めに唇を、舌を熱く這わせてゆく。  
頬からあごにかけて、そして耳に変えては首筋に落ちるように、何度も繰り返し求める。  
それだけでジュリアは激しく反応し、豊かなプラチナブロンドの髪を乱れさせ、柔らかい唇からは甘い吐息を放ちはじめる。  
そのしびれるような艶やかな態度が俺を狂わせてゆく。俺の心を必要以上に多弁にさせる。  
 
ジュリア。君は知らないだろう。  
救世の騎士は、自尊心しか能のない、保身と我欲にまみた貴族や役人どもを毛嫌いしている。  
その評判を返上するほど、今回奴らに媚へつらうような態度をとって見せたことを。  
先の両国戦争勃発の収拾を図るために、知る限りのあらゆる手段を用いて、必死に国の主要たちの間を駆けずり回った俺の姿を。  
お前と堂々と会いたい、ただそれだけの理由のためにだ。  
 
不安がよぎる。  
これからもまた形式上敵となるかもしれない。互いに異国の騎士であり、仕える相手が別ならば。  
この半年あまりの大陸中を巻き込んだ争乱も、結局傭兵国立国を潰しただけであり、根本的問題の解決にはなりえない。  
これから先も、間違いなく続く苦悩だ。それが俺をじわじわと痛めつける。  
 
ジュリアがIKになるために、IKであり続けるために、どれだけ血の滲むような努力を重ねてきたかを知らない俺じゃない。  
身に染みて分かっている。俺が君にとって、どういう存在かだってことは……!  
 
マイロードごっこは、所詮二人の間で交わされたお遊びにすぎない。  
こんな風に肉体関係がある程度の、恋人未満の、いい加減な関係がだらだらと続いている。  
愛人、そういう言い方をしたほうがが相応しいだろう。  
この見えない茨の垣根を取り払えない腹立たしさが、俺をどうしようもないほど怖がらせ急きたてる。  
 
変われるきっかけがほしい。  
IKの身分を捨てさせるだけの虜にしたい。  
俺にそれだけの魅力を感じてほしい。  
俺はお前にふさわしい男になるために、己を高め続ける努力は続けているが、まだ足りないか。  
どれだけ誘惑したら、ジュリア。君のすべてが陥落するんだ、と今すぐにでも声に出して、攻めたててみたい。  
 
俺だけが君を必要とし、俺だけにすべてを傾けてほしい。俺がお前の世界でありたい。  
いつでも振り返れば、見つめ返してくれる位置にいて欲しい。  
ローランディア側にまったく敵がいないわけではないが、それでも監視役を置かれるようなこんな場所に、  
ジュリアを置いたままにしておくのはいやだ。  
 
脱がしにかかる。  
上着のボタンを外しシャツをはだけさせると、女であることを隠す必要がなくなったためか、さらしは巻いていなかった。  
すぐに豊かな乳房が露になり、いつもと違ってあわてて両手で隠そうとする。  
それを強引に開かせて、顔をうずめ、乳房を舐めだす。  
舌が生み出す淫猥な音が、部屋に満ち始める。  
ジュリアの表情が次第に恍惚としてきたのを確認し、本気で嫌がっていないと判断する。  
 
突然ノックが響いた。  
びくりと反応した後、青ざめたジュリアは慌てて立ち上がろうとする。  
それを力尽くで押さえ込み、その口元を押さえて愛撫を続けた。  
俺の願いより、IKであることを優先させるつもりなら許さない。  
 
「誰かいるのかい?」  
オスカーの声がする。  
 
「……ジュリア将軍にあったら伝えてほしい。練兵場でのユニコーン騎士団の練習時間が変更になったそうだ。  
十五時とする。以上。」  
オスカーは、この部屋に誰がいるか知っているのか知らないのか、そう告げると去っていった。  
気配がなくなって、ほっと安堵の溜め息を漏らすジュリアの口元から手を離すと、すぐに抗議を受ける。  
 
「マイロード!!」  
「俺を捨てるか?」  
「……!」  
あえて意地の悪い切りかえしをしてみた。  
見開く黄金の瞳。ジュリアが切なげな顔をして、俯き押し黙った。  
 
そのまま続ける。  
 
パンティーごとズボンを引きずり落とすと、そのまま一気に脱がせる。  
今日は泉は濡れていなかった。  
縮れた銀の茂みを、執拗に撫でまわす。  
秘裂をなぞりあげては、もみあげる。  
ジュリアがそのたびに身を震わせて、必死に声を立てるのを抑えているのを横目に、ひだに指を滑り込ませて、その間を這いまわる。  
指先は、その奥の湿り気だけを帯びた小さな入口から、溢れるはずの水を求めて刺激する。  
 
やがて愛撫に誘われて、ほんのり指先がとろみを帯び始めた。  
さらに続けると、やっと泉は俺のことを思い出したかのように、少しずつ湧き出してくる。  
量が少し足りないかもしれない。  
ジュリアに、行為のために苦痛を伴わせるのはいやだったが、そろそろ次の段階に進みたい、と俺のモノが喚いた。  
 
先走りで少し濡れてきた俺のモノは、差込みかけて入口ではじかれる。  
軽く引きかけて、周囲に刺激を撒き散らしながら、俺の唾液を潤滑液として塗りたくると、再度挿入を試みる。  
少し深く進入したところで、またはじかれる。また唾液で濡らしたあと、差し込む。  
それを繰り返しながら、徐々にジュリアの内に入り込む。  
やっと奥には入りこめたものの、まだいつものように完全に埋まったとはいえない。  
泉から与えられる感触は、じりじりと攻め立てるのに、俺のモノは不思議なほど冷め切った動きで、彼女を愉しんでいる。  
滑りこそ悪いが、いつも以上の締め付け具合と、段違いのこすれる感触が、たまらなく気持ちがいい。  
 
ゆっくりと引いては、押し返してみる。  
その度にジュリアが快楽を抑えようとして、九の字に折れてはのけぞる様が、より鮮明に浮かび上がる。  
もっと泣かせてみたい。  
壁にかけられている時計を見る。  
まだ十一時を少し回ったばかりだ。  
訓練の身支度まで逆算すると三時間か。  
いつもは絶頂までの過程でしかないこの感触を、今日は本気で楽しみたいと思った。  
 
じらす。  
わざと。  
差し込んでは抜く。  
時にゆっくりと、そしてじっくりと攻めたてる。攻める場所も変えて、反応を見る。  
甘い吐息が、熱い喘ぎに変わる。潤んだ瞳が、切なげに物惜しげに俺に絡みつく。  
まだ理性を保っているのか、決して自分から欲しがらない様が、俺の嗜虐心を呼び起こす。  
さらに深くえぐりあげ、なかを乱してみる。  
 
「ああ……っ。」  
一瞬快楽に声をあげかけて、慌てて口を強く結ぶジュリア。  
今ので俺が心の奥底に隠している、この泣きたいくらいに切ない渇望の、何分の一かでも君にわかってもらえのだろうか。  
君の口から、俺を欲しがる言葉が聞きたい。  
お前の心の鎧を、すべて剥ぎ取りたい。  
望めばすぐにでも、俺のすべてを与え尽すというのに。  
 
時間なんて、過ぎるときにはあっという間だ。  
時計はすでに十四時半を切りそうだ。  
もう少し愉しみたいと、モノが訴えたが捻じ伏せる。  
あまり一方的な我侭ばかりでは、彼女が困るだけだ。  
欲しいのは、あくまで自主的な背徳なんだから。  
名残惜しさを振り切るように、ジュリアを開放すると、自分の乱れた特使の服を調えた。  
 
「マイロード?」  
「ここから練兵場まで、五分くらいかな。」  
ジュリアは先程まで与えられた快楽の余韻に、しばらくぼんやりとして見せたが、  
はっと意識を取り戻すと、即事態を理解し立ちあがった。  
同じように服を調えようとして崩れかけ、俺が支える。  
そこには快楽に悶える女ではなく、自らの遅れを叱咤するIKの姿があった。  
優しく抱きすくめ、その首筋に唇を寄せてささやいた。  
 
「慌てなくていい。俺が支える。」  
「しかし……。」  
「こんな状態で、練兵場まで堂々と歩いてゆけるのか。」  
押し黙るジュリア。  
それから五分程、この状態でジュリアの体の回復を待ち、衣装を調えるのを手伝う。  
乱れた輝く白金の糸のような触り心地のよい髪を手ですいてやり、床に落ちていた赤いリボンを、拾って結びなおしてやる。  
幼年時のルイセを、ずっと相手にしてきたらこれも結構得意だ。  
振り向いたところで、唇をまた奪いたくなるが、ぐっと押さえる。  
 
練兵場の門をくぐると、ユニコーン騎士団の女たちから元気な声があがった。  
俺が現在の立場、隣国から特使となってからは、このバーンシュタイン王城にも、以前にも増して出入りするようになった。  
だがその場所は限られている。  
外交官ゆえの特権と制約。  
不審な行動、態度や言動は、即ローランディアやこの国で懇意にしてくれる人々に、災いとなって降りかかるのだ。  
この練兵場も、本来他国の騎士が出入りしていい場所ではない。  
外交視察に当たるので、エリオットの許可が必要だ。  
 
「グローランサー様。あの…よろしければ、ぜひお手合わせいただけませんか。」  
「ああ、ずるい。それなら私もぜひ!」  
「抜け駆けしないでよっ。私は弓ですが、遠距離での戦闘についてアドバイスをいただければ……。」  
次々に詰め寄ってくる団員たちに、ジュリアが叱責を飛ばす。  
 
「こら、お前たち。こちらは特使の任務でこられているのであって……。」  
それを俺は制し、軽く彼女の肩を引き寄せては、後ろに下げてみた。  
それだけで腰が砕けそうになり、踏みとどまる様を感じ取る。  
ジュリアの性格なら、率先して剣を交え、指導を行っているはずだ。  
 
「無理するな。指揮官なら、カリスマを維持することは重要だ。」  
彼女にしか聞こえないように耳元でささやくと、特使のマントを脱ぎ捨てた。  
続けて見栄えだけが取柄の、上着にも手をかける。  
この服にも慣れてきたとはいえ、緋色のジャケットを着ていた頃が懐かしい。  
俺の隣にジュリアがいた。二人で先陣を切って戦いに挑んだ日々は、永遠の思い出だ。  
 
「こちらこそ大歓迎。最近どうも体がなまり気味でね。自信がないからお手柔らかに頼む。」  
「お願いしますっ!!」  
脇に立てかけてあった予備武器のなかから、練習用の刃先をつぶした銅剣を一本選ぶと、順番に相手にしてゆく。  
最初は個別に指導し、次に複数で同時にかかってくる訓練をさせる。  
騎士団ならば連携が大切だ。かくいう俺も、女のみとはいえ単独での集団相手は久しぶりだ。  
 
つい熱が入ってしまったのだろう。  
一人のレイピア使いの攻撃を、ぎりぎりのタイミングでかわしたとき、その少女が勢いあまって体勢を崩した。  
手前には、別の女から弾き飛ばして、突き刺さっていたままだった鎌の切っ先。  
あわやのところを、俺がその腕をとらえることに成功し、自分の元に引き寄せた。  
勢いあまって、二人は抱き合う形になる。  
周囲の女たちの間に、安堵の空気が広がった。  
目を優しげに細めて、感じ取ったその雰囲気が、俺の望む方向に流れているか確認する。  
 
グローランサーは、騎士の見本でなければならない。  
この剣は大切な民を守るため、愛すべき国を守護するため、信じる友と歩むため、そしてか弱き淑女たちを救うために、  
振るわれるべきなのだ。  
優しい笑みを絶えず浮かべ、心は常に余裕を忘れない。  
すべてをそつなく、優雅に完璧にこなす。  
決して品を疑うような、見っともない真似は絶対にしない。完全無欠な人格者、と思われている。  
 
はっきり言えば、そう思わせた。  
ダンディブックの内容を、そのまま実践したに過ぎない。  
突然英雄に祭りあげられた、世間知らずの口下手な餓鬼が、わずか二年そこそこであらゆる点に置いて  
『東のインペリアルナイツ、西の救世の騎士』と、並び称される程までになった。  
男なんて笑ってしまうほど、単純で純情で臆病で、そのくせプライドだけはやたら高い、どうしようもない生き物だ。  
愛する女の気を少しでも引けそうだなと考えたら、それこそ一直線に、死ぬまで頑張ってしまえる見本が、ここにいる。  
 
ジュリア、君はいつ悟ってくれるのか。  
出会って最初のころ、ジュリアが遠く憧れの眼差しを向けて、IKに選ばれるのがどれ程難しいか、と話してくれたことを思い出す。  
あの時男相手に言ったら殺される、と思い黙って聞いていたが、それは恋に恋する乙女の顔だった。  
俺はIKにはなれないが、君の望む理想に少しでも近づけたのだろうか。  
君の愛が欲しい。  
見上げた王城は、夜のベールをまとい美しく淡い光に包まれている。  
 
相手をしてきた団員たちにも、疲労の濃さが見え始めた。  
そろそろあがるべきかな、と持ちかけると、一部残念そうな顔をする者もいたが、  
ジュリアがその後の言葉を継いでくれたので、解散となった。  
汗を、普段から持ち歩いている腰のタオルでぬぐっていると、ジュリアが話しかけてきた。  
 
「これからお前はどうするのだ。どうせまた今回も、王城の賓客室泊まりなんだろう。」  
「そうだな。途中のブローニュ村で、去年モノだが貴腐ワインを手に入れたから、どこか味わえるところがあるといいな。」  
「この時期だと、こちらも最後のラムが出回る時期だ。  
特に今収穫を始めたばかりの、シュッツベルグ郊外でしか取れない、貴重な白トリュフを使った料理は最高だ。  
味は私が保障する。」  
「へえ。どこの店なんだ?」  
「……我がダグラス家の、別宅を取り仕切るコックの自慢料理だ。」  
 
ダグラス家は、北部の広大なシュッツベルグ領を治める大貴族だ。  
当然このバーンシュタイン王都にも、それなりの別宅を構えている。  
俺は笑みを浮かべると、ジュリアの右の手のひらをすくいあげ、手袋越しにお願いの口付けを落とす。  
 
「ぜひ味わいたいな。特使として用意されたあの部屋にも飽きてきたし、もっと刺激が欲しい。」  
 
このまま奇跡よ、突き進め。  
 
ダグラス邸で、愛しいジュリアと目を交わらせながらの、楽しい晩餐。  
貴腐ワインをあけて乾杯する。  
ジュリアと同じ、柔らかい光を帯びた琥珀色の雫が、グラスのなかで踊る。  
十分寝かせた年代モノの、ワインの深みは語るまでもないが、せっかく村人が溜め込んでいたそれを、  
無粋なヴェンツェルの奴が、倉ごと吹き飛ばしてくれたので、今はこれより古い物がない。  
 
でもこれは前菜だ。  
屋敷が眠りにつくこれからが、本当の主菜の登場となる。  
今朝の、恥虐に満ちた蜜の味を、何度も思い返しては酔いしれる。  
時間が思ったより経過してしまったようだ。  
かちりと音がして視線をずらすと、蝋燭の火が妖しく揺らめいて、愛する女を映し出した。  
入口で彼女はガウンを脱ぎ捨てた。  
一歩ごとに、薄すぎる下着の長い裾がその素肌にまとわりついて、見事なその女体を浮かび上がらせている。  
こんな誘惑、今夜の企みが成功すれば、何時でも味わえるのだ。沸き立つ心を必死に隠す。  
 
「マイロード。」  
「どうしたんだ? こんな夜更けに。」  
「……襲いに参りました。」  
その震える声音は、今まで聞いたどの愛の囁きよりも誘惑的で、俺はこのまま死んでもいいと思ったが、それをおくびにも出さない。  
ここでよろけてたまるものか。絶対に今夜こそ、聞き出したい言葉があるのだ。  
 
「好きにすればいい。」  
小躍りしたい欲望を抑えて彼女に任せる。  
俺の一大決心。この日のために、今の俺があると言っても過言じゃない。  
やっとここまで追い込んだ女鹿が、生け捕られるタイミングを待っている。  
 
俺は寝そべったまま、彼女に任せてみる。  
優しい指が俺の体を這う。  
その下着も脱ぐと、全裸になりベッドにあがる。  
少し恥じらいと戸惑いを残したまま、ジュリアはゆっくりと片足を開き、俺の体を後ろ向きに跨いだ。  
 
「マイロード、その……。」  
「……。」  
言葉は返さない。あくまで自分で、と笑みを送る。  
少しばかり膝を立てて、足元側からジュリアが攻めにくくした甲斐があった。  
よつんばいで俺のモノを攻めにかかる。  
 
が、すぐに何かをすごく訴えたそうな瞳で、俺を振り返った。  
予想通り、彼女は俺のモノがまったく勃っていないことに、困惑しているのだ。  
いつも以上に熱心にモノを刺激して、必死に頑張って勃ちあげようとしている様子を、そのまま眺め続ける。  
今夜の俺が、その程度であっけなく、イくと思うなよ?  
 
戦場に出たら、戦う相手に気を回してやるなど、命取りでしかない。  
昔橋の上でオスカーが愚かな余裕を見せて、俺たちにむざむざと勝機を与え、大敗したのがいい例だろう。  
だから心を一時的に殺す。  
目的を果たすため、今の打てる限りの手を張り巡らして、最初から全力で挑む。  
少しでも早く戦いを終わらせることが、敵味方問わず、一滴でも流す血の量を減らすことになる。  
その心理を、男の本能に向けているにすぎない。  
五感その他諸々の全神経を集中させて、心を制御、男の本能を完全に押さえ込む。  
俺の視界が捕らえているエロい世界を、ただの情報と判断するように仕向けているのだ。  
 
もちろん、これは口で言うほど生易しいものじゃない。  
実際には血を吐くような凄まじい精神鍛錬が必要だったが、やると決めたら絶対習得してみせるのが俺だ。  
少なくとも今夜のために、ジュリアを焦らせるくらいの忍耐力ぐらいまでは、がっちり鍛えてきたつもりだ。  
 
ジュリアがますます泣きそうな顔をして、俺の顔と萎えているモノを、何度も何度も見比べている。  
その涙目の表情も、動揺している態度も、いじらしくて仕方がない。  
本当にいたぶり甲斐がある可愛いジュリア。  
 
実のところ俺のほうも、かなりの攻勢にあっている。  
俺が選ばせた方法だが、いつもとは逆の姿勢ゆえに、可愛い尻を俺の視界いっぱいに寄せられているからだ。  
俺だっていつまでも、好きな女を見ただけで即発情、即昇天してしまう男でいてたまるか。  
普段は恥ずかしがって、強引に押さえ込まなければ、見せようとしないその付け根。  
その銀糸に縁取られた泉のすじが大きく開かれ、二対のひだはもちろん、剥きあがった芯も俺に見せつけている。  
だが、いつものようにしゃぶりつきたくなる欲望も、冷静に受け流し続ける。  
 
さあ、どうするジュリア?  
俺は自分の態度に満足しながら、彼女がどんな手を使ってくるのか、心を静めて見守る。  
まだまだ、俺にだけに見せてくれる、君の知らない君をたくさん見せてほしい。  
この愛しいジュリアの一挙一動を、優しい眼差しで見つめてやりたい。  
昼間とは逆のこの方法で、今度こそ泣き乞うまで、このまま焦らし続けるのも悪くない。  
 
しかしそれは結局、浅はかな自信でしかなかった。  
彼女は何を思いついたのか、姿勢を変える。  
俺のモノに夢中なのか、無防備に揺れ動くひだの間から、次第に愛液が溢れてきている泉。  
その泉が不意に俺の視界いっぱいから、どんどん近づいてきて……俺の顔面に、しっかりと覆いかぶさった。  
 
「……っ!」  
「!?」  
無知ほど危険すぎるものはない。  
窒息寸前の過激な誘惑に、あっけなく俺の理性は総崩れを起こした――……  
 
突然勃ちあがったモノに、驚いた彼女の尻が、すぐに俺の顔を開放してくれはした。  
しかし男の本能を自制しすぎていた反動は強烈だ。  
心臓は激しく高鳴り、久しぶりに意識を失う寸前の、血が昇りきったような眩暈が、俺を襲う。  
モノは欲望のあまり、火傷したかのような発狂間際の激痛に悶えている。  
この洗礼で、モノを暴発させなかっただけ、俺は本当に立派になったと思う。  
 
不思議そうに振り返った彼女に、男の意地をかけて平静を装い、引きつった笑みを贈ってやる。  
彼女には俺の額の冷や汗と、自分が塗り付けた愛液の区別がつかなかったようだ。  
勃ちあがってしまった俺のモノは、今までの忍耐を振り絞るような勢いで先走りを飛ばしまくる。  
 
そのジュリアが今度はその先走りに怯えて、また俺を振り返る。  
俺のほうは、気取られないように火照りを静めることに必死で、彼女が振り向くたびに、  
凝り固まりそうな笑みを返してやるのが、精一杯に成り果てていた。  
 
少しばかり時間が空いた。  
とにかくその間、俺はどうやって過ごしていたか、覚えがない。  
やっと周囲の状況に意識をめぐらすことができるようなところまで落ち着いたとき、水音に気づいた。  
 
音の源に目を向けると、俺が仕掛けた最初の難関を、攻め落した泉の先。  
動きに合わせてたわわに離れてはぶつけ合う乳房の間から、彼女が俺の先走りを舐めているのが見えた。  
俺は信じられずに、じっとその様子を眺めた。  
くすぐったく俺の勃ちあがりきったモノに伝わる舌の感触。  
彼女の愛らしい舌が確かにその液を舐め取っている。  
 
コムスプリングスでの失敗以来、怖がって触れることすら、逃げていたはずだろう?  
そこまでするほど、俺が欲しくてたまらなかったのか!  
 
あまりのことに愛しさがこみあげてきて、そのまま押し倒してめちゃくちゃにしたい発作に襲われる。  
もちろん時折様子を伺うために彼女が振り向けば、俺はそんな素振りを微塵も見せない。  
が、また舐め始めれば、そのまま精も、何もかもぶちまけてしまいたい欲望に再び駆られる。  
 
ちょっとだけ、少しだけ、さりげなく精も出していいか?  
大丈夫だ。ジュリア。きっとお前は気づかない。お前がこちらを向いた瞬間に出してやるから。  
もう不味くない。ちっとも怖くないんだ。  
俺の言いたいこと分かるよな?  
その味を、お前のその唇で、舌で確かめてくれ。じっくり味わってくれ!  
 
欲望にかられ生唾を飲み込んだところで、またジュリアが振り返ってくれたおかげで、俺は我にかえる。  
危うく本能に引きずられて、今夜の目的を見失うところだった。  
 
それでも、俺の先走りを彼女の舐める水音が響きつづけると、だんだん耐えられなくなってくる。  
ほんの少し顔を持ちあげれば芯を、愛液を味わえる、という誘惑に負けそうになる。  
いつものように俺が芯を熱く一舐めでもすれば、お前はきっと可愛い悲鳴をあげる。  
そしてじっと無言で悶えつつも、俺に欲情に濡れた瞳を向けて、もっと続けてくれ、絶頂を迎えるまで舐め続けてくれ、  
と催促するんだ。  
やばいな。平常心を一度失うと、あとは崩される一方だ。  
 
そろそろ次の段階に進んでやるか。  
またこちらの顔色を伺ったジュリアに、わざとつまらなそうな表情をして見せた。  
ジュリアは戸惑いを見せて、この策は失敗に終わったと考えたらしい。  
不満そうに離れると、俺を堕とすための、次の戦術を練っている。  
俺は最大の危機を脱したと、胸をなでおろす。  
やがて彼女は今度は俺に顔を向けて跨ぐと、膝を立てて俺のモノの具合を確かめる。  
それから、自分の泉も確認して、ゆるゆると腰を降ろしはじめた。  
 
初めて彼女のほうから、泉にモノを入れさせてもらう――  
その事実に、彼女の真剣な態度とは逆に、俺は不覚にも、でれでれに砕けてしまいそうな気持ちに駆られる。  
毎回俺が逢うごとに、何度も望んで口説いても、自分からするのはいやだと、決してやろうとしなかったよな?  
泉はモノの先端にぶつかって、彼女はびくりと一度逃げかける。  
それも数秒のことで、もう一度彼女は泉をモノにあてがった。  
俺は笑みを崩さない。  
しばらく見つめあった後、ジュリアはモノが逃げないように優しく握り、先端を泉に突き通した。  
 
「ん……く。あ……!」  
一瞬で欲情の味を知ってしまった女の顔が現れる。  
先端を咥え込んだだけで、呼吸は乱れはじめ、甘い吐息を放ち、潤んだ瞳で酔いしれてゆく。  
そのまま彼女は身動きをしなくなる。泉は俺の精を搾り取ろうと、程よく締めあげはじめる。  
不味い状況だな。  
そろそろ俺の狙いに、彼女がついてこれるように、誘導してやらないといけない。  
俺は少し起きあがって、つながったまま彼女を抱き寄せると、優しく唇を重ねる。  
驚きの表情を浮かべた後、彼女も応じはじめる。  
笑みを互いに浮かべ、小鳥が啄ばむような軽い口付けを交わしあう。  
 
「それじゃまずは一度、愉しませてくれないか?」  
「はい。……んっ! はあ……ぅん。ん。」  
行為にはいって、初めて声をかけてやると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。  
俺は動かないまま、彼女に任せ続ける。  
さらに甘い声をあげながら、ジュリアはモノを泉の奥まで飲み込んだ。  
泉は動きだし、俺のモノを気持ちよくこすりあげ、締めあげ、弄ぶ。  
前後に、浅く深くと動きを変えながら、彼女は自分の感じるところを探しているようだ。  
その色っぽすぎる仕草に、俺はまたしてもぐらつきそうになる。  
 
「ああ……ん! あぅん、う、ああ! はあ……ん!」  
喘ぎを一段と増して、一人俺の上で乱れるジュリア。  
潤んだ瞳は空を漂い、激しく腰を振っては、甘い歓喜の声をあげて酔いしれている。  
今夜一度も触れていないのに、乳首は硬くしこって、俺に早く食いついてくれと誘惑する。  
もみ心地の良い乳房が、俺の目前で動きにあわせて揺れまくっている。  
俺と夜を過ごせなくてそんなに辛く寂しかったのか。  
まるで腹をすかせた雌犬のような、この甘えっぷりは何なんだ?  
これが本当にあの、ジュリアか!?  
 
相変わらず他の男の気配はまったく感じないが、自慰くらいはしていそうだな。  
これからは自慰なんて、虚しい一人の夜をすごす必要はない。  
毎晩俺がたっぷり満足させてやるからな。  
 
そこまで思ったところで、また昼間のウェインとの会話に、怒りがわいてくる。  
絶対の忠誠とか、大陸最強の心身ともに優れたIKといっても、所詮女。  
男の味を知り、寂しい月日が続けば、甘い言葉によろめいて、下種な男に身を許してしまわないとも限らない。  
女友達と、色恋話に華を咲かせるべき少女の頃を、剣だけに生きてきたジュリア。  
男女の駆け引きの仕方を知らずに育った分、その過ちを犯す危険は大きいのではないか。  
 
そんな事態になる前に、お前を俺のこの体から、逃げられないように躾けてみせる。  
貞操の首輪で、その身も心も、がんじがらめに縛りつけてやる。  
そう改めて決意すると、ジュリアに笑みを浮かべたまま、冷静に見続ける。  
たっぷり半時ほど俺のモノで快楽をむさぼり続けている。  
ずっとジュリアにまかせっきりで俺のほうは動いていないことに、彼女はまだ気がついていない。  
 
「あ、あ……あ―――!!」  
やがて一際大きな嬌声をあげて、絶頂を迎えたジュリアは、俺の胸元にぐったりと倒れこんできた。  
泉は痙攣して、モノをきつく締め上げたまま、イった余韻に酔いしれている。  
肩で激しい息をしながら、やっと自分だけが勝手に動き続けていたことにも気がついたのか、  
ジュリアは大きく瞳を見開いて一瞬だけ俺を映した後、突っ伏した。  
勝手にイってしまった恥ずかしさに、悶え震えているジュリアを優しく抱きとめてあやす。  
やがて、声を殺した嗚咽が、俺の懐から響きだした。  
 
俺はぎくりとし、彼女の様子を伺う。  
これは快楽から泣いているわけじゃないな。  
少し悪ふざけが過ぎたか……  
 
普段絶対に弱音を吐きたがらない彼女だからか、実際に泣かれると俺はどうしようもなく弱くなる。  
だが――  
俺はまだ今夜の目的を果たしていない。  
彼女には悪いが、もう少し付き合ってもらわないと困る。  
次の段階にどうやってジュリアを誘い込むか、俺は再び思考を練り始める。  
罪悪感を埋めるために、優しく髪を撫でてやっているうちに、ふと蘇った記憶。  
 
……そしてその思いは強くなる一方です……これは……  
貴方を……愛してしまったからでしょう。  
 
なんだ?  
この俺の胸で泣き崩れているジュリアと重なる、声だけの……記憶は。  
暗闇の中で、か細く途切れ途切れに俺の耳に届く、彼女の悲しすぎる涙声。  
 
……でもそれは、私には過ぎた事です。  
私のような者では、貴方にふさわしくありません……  
女らしい振る舞いも十分にできない私のような者に、貴方を愛する資格はありません……だから……  
 
彼女を見る。  
今の彼女が言っているわけじゃないのに、心が張り裂けそうな痛みを思い出す。  
女らしくない?  
ここまで俺を翻弄し、心をかき乱し、狂わせ続けるお前が女らしくないだと?  
馬鹿だな。ジュリアらしい発想だが、そんな下らない思い込みだけの理由で、自分を抑えてきたのか。  
俺を愛して……くれているのか?  
ずっと前から、本当に?  
 
……でも、今この一瞬だけは、貴方を想うことをお許しください……  
貴方が眠りから覚めれば、私は今まで通り貴方を守るための剣となります。  
だから……この夜があけるまでのほんの少しの間だけ、貴方を想う娘でいさせて……  
 
何故今頃になって、これ程重要な出来事を思い出す?  
これは本当に俺の記憶なのか、泡沫のうちに紛れ込んだ夢じゃないのか?  
コムスプリングスでもグランシルでもない、もっと馴染みの……  
俺の部屋でか!?  
ゲヴェルの波動を失って、寄りにも寄ってアルカディウス王の御前でぶっ倒れた、あれか。  
あの時、こんなにも求められていたのに、俺は彼女に手を伸ばしてやることが出来なかった。  
撫でてやることも、抱きしめることも、指一つ動かすことすら許されずに、無様に聞き続けていた情けない俺。  
 
顔をあげて俺を見つめるジュリアの泣き顔に、現実に引き戻される。  
 
「マイ……ロード。お願いがあります。」  
「なんだ?」  
「貴方……の……が欲しいのです。」  
「寵ならくれてやってるだろう?」  
「違います! 私は……っ。」  
もう精一杯の微笑を浮かべてやることしか出来なかった。  
もう……いい。  
すまなかった。  
お前の本心を知らずに、いや、君の心を読み取りきれなかった、俺は愚かだ!  
お前を追い詰めることを、嬉々としてやってきたさっきまでの俺は、最低な男だ!  
 
「わ……たしは。」  
「ん?」  
何が望みだ。俺でよければ何でもかなえてやろう。  
どんな罰でも受けてやる。欲しいならこの命もすぐに絶ってやろう。   
そんな気分で、黄金の瞳から溢れた涙を指先で拭い取る。  
柔らかい肌を滑らせて、震える肩先を抱きしめてやる。  
俺を求める震える手を握り返してやる。長い銀の髪を撫でて、慰め続ける。  
 
「マイロードの……あ、愛が欲しいのです。」  
「愛?」  
「……はい。」  
それは俺が望んだ――愛なのか?  
動揺ともときめきとも違う、言葉にはならない感情がこみあげてくる。  
読み取られたくなくて、とっさに誤魔化そうと目が泳いだが、彼女にはばれなかっただろうか。  
彼女が望むことは分かっていた。  
俺がこの体を欲しがるように仕向けたから、彼女が今口にしている愛は、男への媚だ。  
だが、ジュリアのほうは、頂点を迎えたばかりでまだ辛いだろうに……  
 
「こんな感じにか?」  
「ああっ!」  
優しく俺のモノで彼女の体を突きあげてやる。  
いたぶる理由を失ってしまった俺には、ジュリアが可哀想過ぎて、三回目で続けることが出来なくなった。  
ジュリアは俺を最初から愛してくれていた――  
もっと早く気がついていたら――  
もっと優しく導いて、最高の夜と、生涯ジュリアの心に残るような形で、愛の告白をさせてやれたのに――  
 
「いやっ。やめないで……続けて!」  
ジュリアは激しく左右に首を振りながら、俺の手を振りはらうと、涙に濡れた瞳で俺を見つめた。  
 
「もっと……私を愛して……ください。」  
「俺だけが、お前を愛してやらないといけないのか。」  
「それも嫌です。二人で……愛し合いたいの、です。」  
「……。」  
「貴方の苦しみも、悩みも、歓びも、すべてを一緒に分かちあいたいのです――。」  
「ジュリア……。」  
すべてを一緒に――  
俺は静かに目を閉じた。  
 
俺たちは、どこまで互いのことを、理解出来ているというのだろう。  
こんなに肌を重ねて、言葉も交わしあっているはずなのに、心がいつもどこかですれ違っている気がする。  
許されるのか。出来るのか。  
これから先、一本の道を二人で歩き出すことが――  
 
無理をしているのが傍目にもはっきりと分かる彼女が、また俺を酔わせようと動き出した。  
今度は俺も、素直に応じてクッションを数枚背に挟み込んで体勢を整え、彼女がやりやすいようにしてやる。  
甘い声を出して、ジュリアが俺の上で揺れながら、再び喘ぎだす。  
 
「あああ、あ、あん、くうん、あん、あっ、あっああ―――!」  
「……くっ!」  
先程と違い、俺のモノが泉にぐりぐりと、容赦なく締めつけられては、激しくこすりあげられる。  
もう笑みを浮かべていられる状況じゃなかった。俺の体から汗が滴り始める。  
ゲヴェルとの時すら俺は無表情を装えたのに、もう駄目だ。もう我慢できそうにない。  
あんなに抑制できていた精も、既に一度揉み絞りされてしまった。  
 
そのとき、屋敷を取り巻く気配が変わった。  
やっと来たか……!  
 
ジュリアはこちらに夢中なのか、気づいていない。  
俺の研ぎ澄まされた感覚は、過去何度か話をした間柄の人物が、こちらに近づいていると告げる。  
酷く荒々しく大股で、後ろからおろおろと……これは屋敷の者だろう。  
深夜に、この屋敷に堂々と入れて、かつ誰も咎めることなど出来ない人物。  
たまたま今回来る途中の街道沿いで、彼が急な用事でスタークベルグに立ち寄っていると聞き、ちょっと流してみせた、  
彼女の情人との密会を告げる噂。  
 
「き、持ちいいですか?」  
「……ああ! 大分上手くなったな。ジュリア!」  
ジュリアの恍惚とした問いに、笑って応えると、とろけそうな無邪気な笑顔を俺に返してくれる。  
その愛しい微笑が、俺の重苦しい闇を、またしても吹き飛ばす。  
こんなに艶めいた君を抱ける俺は、最高の幸せ者だ。だから女神よ、俺に永遠の祝福を与えてほしい。  
間もなく俺も頂点を迎えそうだ。  
このまま続けられないのが、本当に悔しい。  
その思考も、ドアが開かれる音で終わる。  
 
「ち、父上!?」  
 
実に良いタイミングだ。  
慌ててジュリアが飛びのこうとしたが、俺とつながっている状態でそれは無理。  
彼女は機転を利かして、シーツで俺たちの半身を隠す。  
わなわなと、全身を震わせているダグラス卿を垣間見て、それから俺の上で、固まってしまったジュリアを見た。  
両手を胸元に添えシーツを握り締め、親に艶事をばらされて恥ずかしさに耐え忍ぶ彼女の、  
耳まで赤く染まった、少女のような愛らしい表情は絶品だった。  
眺めているうちに、妙な欲情に駆られて、今にもまた動き出しそうな俺のモノを、押さえ込むのに必死だったことは、  
多分言わなくていいことだろう。  
 
ダグラス卿が部屋を出た後、時を置いて、押し黙ったまま二人服を着なおした。  
気丈なジュリアの、今にも倒れそうな表情に心が痛みを覚えたが、声をかけるわけにはいかない。  
呼び出された居間に入ると、ダグラス卿は暖炉脇のレンガに身を預けて、一点を見ていた。  
俺たちはソファに座って、ダグラス卿が話しかけるのを待つ。  
 
「言い訳を聞こうか。」  
二人して顔を合わせる。  
俺はどうしようか、とわざと困った顔をしてみせた。  
ジュリアは大きく息を吸って吐き出した。  
彼女がどう出るのか。じっと動向をうかがった。  
 
「付き合っています。」  
「いつからだ。」  
「二年前、女性ナイトとしてエリオット陛下に任命されたときです。」  
「で、こんな風に関係をもつようになったのは。」  
「今夜です。」  
それはまさに、俺が待ち焦がれ続けてきた言葉。  
一部内容が違うものの、初めてジュリアから他人に、それも父親に恋人と俺を紹介したのだ。  
 
「フォルスマイヤー殿。これでも一応ダグラス家の娘だ。責任はとってくれるのだろうね。」  
「ダグラス家には、嫡男、ジュリアの弟君のフィリップ殿がいらっしゃるのでしたね。  
私はローランディアで爵位を賜っている身。我が領地を治めねばなりません。それを認めてくださるのなら……。」  
やんわりと、ジュリアを嫁に寄越せ、と言ってみる。  
驚きの表情で、ジュリアがこちらに視線を向けているのに気づいたが、無視してダグラス卿と話を続ける。  
やはりそこまで思考が回っていなかったか、と少々残念に思ったが、ここまで進んだら、後は勢いのまま済ませてしまうに限る。  
 
「フィリップか。しかし今頃どこにいるのやら。」  
「それならご心配に及ばないでしょう。先日、ランザック南部で勝負を挑まれました。」  
「ほう。貴方に、ですかな。」  
「姓は名乗っては頂けなかったのですが、一目でわかりました。剣技も態度も、そして容貌もそっくりでしたからね。」  
あれはなかなかの見ものだった、と我ながら思う。  
ウェインが時空制御塔で、落ちたマックス……シュナイダー大臣を探し回っていたころのことだ。  
 
俺はコーネリウス王らに、この傭兵国に関する事後報告した後、宮廷魔術師に正式に昇格したルイセとともに、  
テレポートでランザックに飛んだ。  
ランザックは今だ、王位をめぐる争いの渦中にあり、俺は傭兵国鎮圧後の国交の回復と、状況視察の任務を帯びていた。  
そこでウェーバー将軍から、南部の砂漠地帯に、強力な勢力を持つ継承者が現れたと聞き、当然様子を見に行った。  
そこでいきなり刺客と誤解されたうえ、彼らの前で、一人の腕自慢に勝負を申し込まれたのだ。  
見た瞬間、出会ったばかりころの男装していたジュリア――  
ジュリアンが、俺の妄想のあまり化けて出て来たのかと思った。  
彼はその継承者の思想にいたく共鳴したらしく、自ら彼の警護を買って出たらしい。  
誤解が解けたときの表情も、楽しいものだった。  
 
まあ余談だから、このあたりで収めておこう。  
入れ替わりでウェインが派遣されたし、数年続いたあの国の混乱も、これでやっと収まるかも知れない。  
 
「『次の闘技大会を楽しみにしていろ!』と言っていらしたから、そのうちまた会えるはずです。」  
「やれやれ。どうして私の子供たちは、こうも問題ばかり起こすのかね。」  
「先進的なだけかもしれませんよ。でもそろそろ、手綱を引き締めたいところですね。互いに……。」  
笑みを浮かべたまま、しばらく睨み合う。  
ばれたかな。  
さすが過去IKを勤めあげた男は、誤魔化せないようだ。  
やがてダグラス卿は再度溜め息をついた後、俺たちの結婚を認めた。  
部屋を出る寸前、ダグラス卿が「これでやっと花嫁姿が見れるか……」と、弱く呟いたのを俺は聞き逃さなかった。  
 
「……父上が認めるとは意外だった。」  
扉を閉めた瞬間に吐き出した、ジュリアの肩の荷が降りたといわんばかりの言葉に、俺は苦笑する。  
縁談の話が舞い込む度に、ジュリアがIKとしての立場を盾にして、蹴り飛ばしてきたのは知っている。  
ダグラス卿の威光をもってすれば、少々強引な手を使いさえすれば、ジュリアの意思などいくらでも曲げてしまえるものを。  
自分の愚かな妄執のあまり、愛する優しい娘を、息子として扱わざるを得ないところまで追い込んでしまった。  
その良心の呵責に苦しんだ父親の、せめてもの償いに、ジュリアは最後まで気づけなかった。  
 
横を歩くジュリアを見つめる。  
二年前のエリオットの戴冠式典。  
あのジュリアの初の女IK叙任のお披露目も兼ねた席で、ダグラス卿が俺に「ジュリアを頼む」と言ったことを思い出す。  
もうあのときから、男同士の胸の内は決まっていたのだ。  
俺も器用なようで、相当不器用だと思う。  
こんな回りくどい形でしか、彼女を攻め落とす方法を選べなかった。  
ダグラス卿にしばらくは、頭があがりそうにない。  
 
そのまま二人で、先ほどの寝室を抜けベランダに出た。  
夜風が冷たいが、とても清々しい気分だ。バーンシュタイン王都の秋は早い。  
ローランディア王都ローザリアや、俺の領地は、西海からの暖かい空気が流れ込んでくるため、冬場でも辛いと感じる期間は短い。  
俺はともかく、隣にたたずむジュリアの肩が冷えるのは避けてやりたい。  
 
「マイロ……。」  
「その呼び方はやめろ! 俺はもうお前の主じゃなくて、婚約者なんだ。」  
「……。」  
「ジュリアはどっちで見られたいんだ。結婚相手か。剣か。」  
その言葉に振り向いた彼女が俺を見るなり、瞳を大きく見開き、脅えた表情を見せた。  
そして一歩後ずさった後、そのまますぐに下を向いてしまった。よく見れば震えてもいる。  
 
俺は動揺する。  
俺が怖いのだろうか。  
今の言葉がきつかったかもしれない。でももう二度と、マイロード等という空々しい敬称で、俺のことを呼んで欲しくはない。  
ひょっとしたら、もう寒さで凍えているのか。  
途中で終わったとはいえ、行為の最中の汗が、彼女の体温を早く奪った可能性がある。  
ベランダに出てからかなり経つ。だから顔色が悪く見えているだけかも知れない。  
まさか、ここまできて……  
 
俺は愕然とする。  
考えたくはないが、彼女はあの頃とあまりにも違う俺に愛想をつかして、とっくに心変わりをして……  
本当に俺を主としてでしか見ていなかった、単なる交わりの相手に過ぎなくなっていた……  
という落ちはないだろう……な?  
その有り得すぎる危険性の前に、俺の笑みも凍りついてゆく。  
 
「いいのですか。私で……。」  
「つまり……お前以外を嫁にとれということなのか。それでお前は満足か?」  
さっきよりも暗く俯いてしまっている彼女に、俺ももう泣きたくなってきた。  
頼む。ジュリア。どうか嘘だと言ってほしい。  
沈黙に心が押しつぶされそうだ。  
 
次の瞬間、この心配を跳ね返す勢いで、ジュリアが俺の胸に飛び込んできた。  
腰先まで延びた彼女の美しい髪が、ふわりと三日月の光に煌いては、俺の体を優しく包み、俺の心は一瞬で氷解する。  
信じられないくらい情熱的で、唇も自ら激しく求めてきてくれた。  
俺も強く抱きしめ返す。  
一回り大きくなった今の体なら、十分彼女を寒さからしのげるだろう。  
 
「いやです。貴方が別の女のモノになるなんて……。  
いかに相応しくないか、裸足で逃げ出したくなるように仕向けてみせます。」  
「その言葉に偽りはないな。信じてしまいそう……だ。」  
「はい。貴方を愛しています。一生をかけて、貴方に証明してみせると、誓います。」  
 
涙をぬぐうことなく、俺を真っ直ぐ見つめる、揺るぎない黄金の瞳。  
貴方のすべてを護りたい、すべてを一緒に分かちあいたい、そう言ってくれた愛しい彼女は、やっと俺の妻になる。  
 
fin  
 

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