好きな女に待たされるのは酷く不安をもたらすものだ。  
こつこつと軽く地面を蹴ったり、足を何度も組み替えたりしても紛らわせきれない。  
いつものお目付け役のティピを適当に撒いてきたものだから、話をする相手もいない。  
いや、視界一杯には、俺の言葉を待っている存在がいるにはいるんだが、今は社交辞令も口にする気にはなれなかった。  
彼女らの熱いまなざしに、むしろこの変な目の色のせいで好奇にさらされたあの頃を思い出し、俯いて時をつぶす。  
 
「遅くなりまして申し訳ありません!」  
ぴくっと体が反応する。  
振り返ればそこに待ち望んだ愛しいジュリアを見つけて顔が緩んだ。  
約束の時間をほんの少し過ぎただけ。  
それでも俺との約束を護ってくれたことに安堵する。  
互いに任務のせいで、待ち合わせてはすれ違う日々がどれほど続いたことだろう。  
 
「俺も今来たところだから。」  
「まずは一緒にお食事でもいかがですか? マイロード好みの、良い店を見つけておきました。」  
「食事か。」  
「……それとも先に温泉で疲れを癒しますか? でしたら、私がお背中を流して差し上げます。」  
その大胆な発言に苦笑する。  
不思議げに見返すジュリアは、多分自分で言った意味を理解していない。  
グランシルで彼女の体を求めてしまったから、そういう行為も受け入れるという彼女の俺への配慮なのか。  
華やぐ一大観光地、このコムスプリングスの午後の大通りを歩き出した。  
ジュリアの金とも銀ともとれる鮮やかな髪が乱れ、赤いリボンが解けかけているのが眼に留まる。  
 
「あの……ここしばらくは、お互い任務で会うことができませんでしたが、お体の方は大丈夫でしょうか?」  
「ああ。心配かけたな。もう大丈夫だが……ジュリア、埃まみれだぞ?」  
リボンに手を伸ばせば、汚れますと素気無く払われた。  
相変わらずの真面目ぶり。  
変わらないことに笑みを浮かべる。  
 
「申し訳ありません。」  
「先に宿に行って一度身奇麗にしたほうがいいだろう。」  
「はい。」  
 
何度もの改修で、すっかり入り組んでしまった温泉街の旧道に入る。  
その道順を確認しながら、やっと狭い路地の奥に門を見つけた。  
抜けると視界が開け、うっそうと茂った暑苦しそうな森と細い石畳が続いていた。  
東洋……というどこかの大陸のバンブー、シダとかフジという怪しい植物をわざわざこの地に持ち込んで、  
調度品も建物もすべて、それらの葉や蔓を使った編みこみで作られているらしい。  
そういえば俺の領地にもこれに似たような……確か和食三月?   
いや違う。  
とにかく月の名前がついてた店があったよな、と思い返す。  
 
出迎える人はなく、しばらく行った左手に掲げてあった地図を頼りに、本日の部屋の位置を確認する。  
枝分かれする小道をかきわけていくと、池のほとりに目的の棟が見えた。  
前もって渡されていた鍵で中に入ると、ジュリアはそのまま控えの間、多分化粧室に当たるところへ。  
俺は窓を開放し空気を取り入れる。  
そこで一息。  
二つあるベッドの手前側に座ると、傍にあったお茶うけに手を伸ばす。  
   
実は朝から何にも食べていない。  
ローランディアの王都ローザリアを、夜も明けないうちに飛びだして愛馬をかけてきた。  
街の反対側にあるバーンシュタイン軍の馬場まで行って、条約に従って馬を預け、あの場所まで走りこんで、  
時間ぎりぎりだったせいもある。  
昨夜は今日こそ彼女に逢えるだろうかと、不安で食が進まなかったことも理由だろう。  
ここだって、このコムスプリングスでも隠れた名湯と知られている激戦宿で、  
王都の宿を経営するご婦人に頼み込み、裏から手を回して予約しておきながら、何度無駄金を払って終わってしまったか。  
ばりばりと菓子を頬張りながら、これから予約していたレストランには間に合うな。  
なとど先の段取りを確認していた時……  
 
「うわ……!」  
大きな物音と何かが軽いものが落ちる音。  
それから多分ジュリアのこけたであろう上擦った声が響いた。  
 
「どうした?」  
慌てて化粧室を覗き見て苦笑する。  
ぺたりと床にへたり込んでいるジュリアの顔は真っ赤だ。  
ちょうどIKの白いシャツを脱ぎかけたところまで。  
右腕で庇ってはいるものの、はだけたシャツの合間から、豊かな胸の谷間や可愛いへそがのぞいている。  
やはりパンティの色は白。  
なんとも愛らしい様を、上から下まで不躾気味に見入ってしまう。  
 
無理もない。  
このコムスプリングスはバーンシュタイン領でありながら、その王都よりローザリアのほうが近いくらいだ。  
あの様子からしてさぞかし慌てて休む間もなく馬を走らせてきたのだろう。  
そりゃあ腰も膝もくるよな。  
それでも、同じ立場ならこんな失態をするつもりはない、俺のほうが鍛えている。  
と、にやりと笑みを浮かべて、戸口に肩を寄せて見下ろす。  
 
「着替えさせてやろうか?」  
首を限界まで振って否定する彼女に、悪いとは思いつつも笑いがこみ上げてきてしまった。  
ルイセならほっぺたを膨らませて、俺をなじりながら泣き出してしまうところだが、ジュリアからの反応はない。  
見ればその金の瞳をそらし、今にも涙が零れ落ちそうな様をぐっと堪えている。  
きっと自分の失態が許せずに恥じてでもいるんだろう。  
どんな時も真面目なジュリア。  
そのいじらしい魅力には気づいていないのか。  
 
「いいんだよ。いつも近寄りがたすぎるくらいだから、たまには弱みも見せてほしい。」  
「……そんなに近寄りにくい……ですか?」  
「まあ、一般的にはそうだろうな。女性だけど大陸最強と呼ばれたIKだ。隙がないし、実際怖い。」  
ちょっとショックだったのか、余計俯いてしまった。  
 
「だから俺以外の男を寄せ付けさせないと、信用している。」  
ばっと顔を上げて俺を見るジュリア。  
 
「あれから浮気、してみたか?」  
全身で否定してみせるジュリアの瞳を見て微笑む。  
手を貸し、立ち上がらせる。  
簡易椅子まで誘導し、待っていると後ろ手でゼスチャーしながら寝室へ戻る。  
それから先程のベッドに上半身を投げ出した。  
 
遠く鳥のさえずりが聞こえる。  
池をさざ波が駆け抜けていく。  
さわさわと窓辺にかかるシダの長い葉が揺れた。  
この世界、もとい大陸は、やっとあの大戦から立ち直りかけて、被災した人々の顔もどこか明るい。  
去年は一部の、ブローニュ村を除き各穀物地帯は近年になく豊作で、今年も続くと期待されている。  
全ては順調。  
死に体だった俺も全快。  
 
緑とは別の、絹づれの音を聞き取って、顔を上げる。  
ジュリアが気恥ずかしそうに、こちらに歩み寄ってきた。  
紺色の膝下まであるドレスがよく似合って……へそまで見れそうな程大胆にあいた胸元にまず目がいった。  
目線をずらせば、スリッドもほぼ腰まで入っているし素足だ。  
見方によっては、あのいつものドレスよりきわどいんじゃないか?  
ひょっとして下着を一切つけていないとか。  
と妄想し、思わず生唾を飲みこんだ。  
そこへジュリアの大きな咳払いを食らい、我に返って苦笑する。  
中身がともなっていない、ちぐはぐな彼女を引き寄せた。  
 
「今回は俺がおごる。」  
「ですが……。」  
「俺はジュリアにとって主なんだろ。なら面倒を見るのは当たり前。」  
「……は……い。お任せします。」  
主気取り――  
そうでもしなければ、ジュリアとこうして抱き合うことすら許されるはずもない男だ。  
マイロードでも、何でもいい。  
彼女を一時的にでも独占できれば……それでいい。  
 
宿を出ると、大通りをまたいで南側の繁華街に向かう。  
先程から、ジュリアの元気がない様子が気にかかる。  
心ここにあらず……そんな感じで急いて歩いていた彼女が、また体勢を崩したのを見て、慌てて抱き寄せる。  
 
「!」  
「大丈夫か?」  
「……マイロード……。」  
そのまま顔を寄せてみると、彼女は瞳を逸らしうつむいてしまった。  
やはり少し様子がおかしい。  
体調が悪いようには見えないが、ぎこちなさを感じて仕方がない。  
明らかにいつもの彼女とは違和感がある。  
 
「急がなくていい。飯は逃げない。」  
「……往来で抱き合うのは、恥ずかしいものですね。」  
このまま手放すのが心配になり、少々強引かと思ったが、また彼女が崩れないように腰元を引き寄せ、すがらせて歩かせる。  
街行く人々の目線が気にいらない。  
見るな。触るな。俺の女だ。  
 
予約していた店に入る。  
ここの自慢は内陸部には珍しく、三国の新鮮な魚介珍味を、時間無制限バイキング形式で振舞っているところだ。  
バリバリと派手な音でロブスターを割ったり、貝をこじ割る喧騒が響くなか、俺達も予約席につくと、早速料理を取りに立つ。  
取り皿にあふれんばかりに持ち帰り、持ち前の器用さで二人分にし終わったところで、ジュリアが戸惑いを見せた。  
 
「嫌いなものがあったのか?」  
「いえ。……その、マイロードの御前で、見苦しい食べ方になるかもしれません。」  
「俺もだ。今更そんなところに気を使う関係じゃないだろう? その場にあわせて愉しめばいいんだよ。」  
根っからの貴族の彼女には、この店は少々庶民的過ぎたようだ。  
男装時代もこんな店には立ち寄らなかったらしい。  
でもジュリアにはこんな俺の一面も見せておきたかった。  
彼女が微笑んでロブスターに手をかけた。  
どうやら俺に合わせてくれる気になったらしい。  
 
後は好き勝手に、互いに空腹をみたし、その足で温泉街を散策する。  
欲しいものがあるか、気にいったものがあれば買ってやると言うと、首を振りはにかんでその腕をからめてきた。  
彼女の素肌の心地よさが腕を通して伝わってくる。  
時折あたる柔らかい胸のふくらみに、俺の鼓動も跳ねあがる。  
白銀の透き通るような長い髪が、風にからかわれてふわりと揺れ、俺の肩先にかかっては誘う。  
 
ジュリアを見る。  
来る時の不安定なジュリアはもういない。  
やはり腹をすかせていたんだろうなと安堵する。  
うつむいて特徴である両目を隠して歩く俺。  
目印の紅いジャケットも脱いできた。  
女らしい装いのジュリア。  
さっき側の店で同色のショールを押し付けて、その目立ちすぎる衣装は隠させてある。  
行きかう人々の誰もが俺たちの正体に気がつかない。  
穏やかなひと時を愉しんだ。  
 
夕刻近くまで遊んだ後、再び宿に戻る。  
そのまま俺は、棟の一室を開放して造られた露天風呂で、溜めきっていた疲れを洗い流した。  
明かりが点々と燈った湯船で、のんびり浸かっていると、ジュリアがこそこそと入ってくるのが目にとまった。  
 
タオルで隠していても良くわかる、相変わらず溜め息が出るほど見事な女体の曲線ぶりに見入る。  
それも体を洗い終わった頃には、逆に張り付き意味を失う。  
透けた薄い白地にくっきりと浮かび上がる乳房や尻やら……銀糸に隠してあるはずの秘裂。  
 
昼間のドレスなど比較にならないほどの誘惑ぶりに、今にものぼせそうになるが耐える。  
それでもジュリア本人は、一応隠しになっていると、安心してでもいるんだろう。  
湯船にはいると、俺の側まで来ては、顔を背けてうつむいている。  
溜め息をつきつつ、彼女のうなじに今にも伸びそうになる手を押さえた。  
 
しばらく浸かった後、互いに背中を流し合う。  
染み一つない綺麗な背中に触れる。  
敵に背を向けるような戦いを望まなかった彼女だからか、目立つ傷は見当たらない。  
いつも正面から堂々と俺に挑んできたあの頃を思い出す。  
石鹸で優しく洗いつつ、少しばかりその肌の感触を愉しんだ。  
 
それからちょっとふざけてお湯を掛け合う。  
勢いで体を隠していたタオルが解け、生まれたままの姿を俺に晒してしまい、慌ててしゃがみこむジュリア。  
今更そんな仕草をしても……な。  
苦笑して、先に上がってやった。  
 
濡れた髪を夜風で乾かしていると、同じくガウン姿のジュリアが寄ってきた。  
今度は手を伸ばし、髪を乾かすのを手伝う。  
そのまま絡み合う瞳を愉しみながら、ベランダで抱き合った。  
やがて夜の闇が深くなり、少し肌寒さを感じて部屋に入る。  
先程空に舞い上がった月は、まだ窓にさしこむまでの高さはなく、暗い室内に静けさが漂う。  
 
悪戯けはここまで。  
 
自分の、戸口側のベッドに潜りこむ。  
まだ立っているであろうジュリアに背を向けて、小さく就寝の言葉をつぶやくと、体を布団の中で縮めた。  
 
あの夜から数ヶ月。  
確証通りの出自は、事態を複雑に転がす要素になり、創造主を失った体は、命の供給源を絶たれ死の淵をさまよった。  
ルイセを、母を、俺の大事な人たちを苦しめる、あの傲慢鼻くそ爺をあの世に先に蹴り落とすまで、死んでたまるか!  
そんな見苦しい信念だけを糧に、我武者羅に足掻きまくった挙句、まさに奇跡とも呼べるぎりぎりのチャンスを掴みとっていた。  
そして終わってみれば、過程はどうあれ、俺がゲヴェルによって作られたクローン人間だった、という事実だけが残った。  
俺の中に潜むヤツの血筋。  
この身を握りつぶしたくなる。  
 
「マイロード?」  
返事はしない。  
愛しい女の視線を後ろに、目をつぶって時を数える。  
 
はやく眠れ。  
眠ってしまえ。  
俺には……資格がない。  
 
眠れない。  
どれくらい時が流れたのか。  
 
ここには時計や、それらを計る術が置かれてはいなかった。  
ゆったりと時を忘れて――そんな宿のふれこみが、今は無性に辛い。  
ジュリアの気配も途切れない。  
まだ寝ていないのか。  
 
さらりとシーツの動く音が聞こえて、こちらのベッドを回ってくる息遣いが聞こえる。  
埋めたままだったこの顔に、その指先が触れた瞬間、掴んだ。  
下手に引き寄せないように距離を置いて、ジュリアの腕を離す。  
 
「……分かっているのか? 俺は……俺が生まれたのは!」  
それ以上の言葉がでない。体がこわばる。  
いくら俺でもこの残酷な真実を、正面から受け入れるのは簡単じゃない。  
 
この身がどれだけ人間に似せて作られていようと、中身はゲヴェルだ。  
どす黒い闇を抱えた俺が愛する女に、人間に何を許されると言うんだ?  
化け物の端くれと知りながら、救ってもらえただけでも感謝すべきこと。  
一緒に行動してきて、その事実を知らないはずのないジュリアは、ベッドに腰を降ろして俺を強く抱き寄せた。  
 
「もちろんわかっています。マイロード。」  
抱きしめ返す。  
すがりたい。  
俺は本当に生き延びてしまって良かったのか。その問いに答えて欲しい。  
 
いや、これは俺自身の問題で、俺だけで始末すべきこと。  
俺は一人でも生きてゆける。だから大丈夫だ。  
その気になれば、少し体をよじれば、彼女の優しい腕は簡単に払えるだろう。  
なのに体が動かない。  
 
熱いものがこみ上げてきて、声を殺してそれを受け止める。  
早く抑えないと、この空間に異常をきたしてしまうかもしれない。  
こんな自分の能力に嫌悪する。  
時空を操る力なんて、裏を返せば時空を乱し傷つける力だ。  
一人で鎮められなくてこの先どうする。  
 
拮抗する心のバランスを保とうと、天を見上げて息を整える。  
そんな俺の髪を、首を、ジュリアが優しく撫でる。  
甘いこの女の香りに、また心が乱される。  
何故俺はここまで、彼女にもろいのか。  
俺はいつからこんなに弱くなったのか。  
そんな自分が許せず、怒りの矛先をジュリアに向けた。  
 
「俺は……ゲヴェルなんだぞ。」  
「ゲヴェルだからどうだというのです?」  
ジュリアは不思議そうに俺を見る。そんな彼女の表情に動揺したじろぐ。  
 
「俺のなかに闇がある。それがどんどん俺を蝕んでいる。」  
「誰もが闇を持っています。貴方はそれに負ける方ではありません。」  
初めて他人に口走ってしまった、俺のなかのゲヴェル。  
創造主と入れ替わるように住みつきだした魔物。  
 
「俺が狂ったらどうなると思っているんだ!? お前を殺してしまうかもしれないんだ!」  
「命など惜しくはありません。正気に戻させます。」  
「ゲヴェルの力を引き出したヴェンツェルを、お前は醜いと言っていたよな。あの姿になるんだ。」  
「どのような姿をとろうとマイロードはマイロードです。貴方の心が気高く清らかであることは変わりありません。」  
 
ジュリアのその言葉に、哂いがこみ上げてくる。  
鈍感にも程がある。  
ちょっとは言っている意味を、事情を察してくれ。  
軽蔑して離れて欲しいと願っている男の必死の叫びを、何でこんな勘違いするんだ!?  
何でも自分の都合の良いほうに解釈してくれる。  
これだから女は……!  
 
「俺が清らかだって!? お前に俺の何がわかる!?」  
「誰も自分自身が一番見えていないものです。貴方は私が見込んだ素晴らしい方です。」  
「俺は闇の命じるまま、今すぐにでもお前を引き裂いて食い殺してみたくてたまらないんだ!」  
「マイロード……!」  
何故怯まない。怯んでくれない。どうしてだ。  
こちらは脅しているんだ。頼むから怯んでくれ。  
俺のなかの男の部分を、これ以上刺激しないでくれ!  
 
「わからないのか!? 俺の言いたいことが――!」  
「マイロード、落ち着いて。」  
「俺は……いずれ化け物になって、欲望のままこの世を滅ぼすって言ってるんだ!!」  
「そんなことはさせません。あなたの望みでない以上、全力で防いでみせましょう!」  
後悔する。  
今日やはり逢うべきじゃなかった。  
もう一度だけ愛しい女と最後の思い出を作りたい――その想いが仇になってしまった。  
今夜何事もなくすごして明日、別れ際にマイロードなんて下らない誓約を破棄するつもりだったのが……!  
 
「もし……! もし俺がこのままお前を犯して、ゲヴェルの……子が生まれたらどうする気……だ!?」  
「大切に育てます。」  
「!!!」  
俺は言葉につまり眩暈を覚えた。  
言葉が見つからない。息もあがった。次はどうすればいい?   
どうやったら彼女を引き剥がせる!?  
あの戦いのなかで思い知らされたことじゃないか。ルイセ、カレン、そしてミーシャ。  
腹をすえた女の真の怖さと度胸の前に、あっけなく男の小さなプライドや杞憂など吹き飛ばされてしまうことを。  
 
「マイロード。私の決意を軽く見ないでください。」  
「……。」  
「貴方のすべてを護りたいのです。あなたの剣になるときにそう誓ったのです。」  
「……。」  
「貴方自身の闇からも、あなたの心を護りきってみせましょう。」  
「俺は……っ。俺は――――――!!」  
心の任せるままに、前戯もなしにすべりこむように体をくぐらせると、モノを泉に投げ込んだ。  
 
激しい吐息を耳元に感じながら、ただ彼女のなかで喘ぎ乱れた。  
彼女の体を突き破らんばかりに、ひたすら激しく腰を動かし本能の望むまま撃ちつける。  
頂点に登り詰めて軽い疾走感。  
回復するまでしばらく息を整える。  
そしてまた執拗に彼女を貪る。  
幾度かそれを繰り返した後、ようやく気が晴れ体を投げ出したところで意識は潰えた。  
 
 
窓から差し込む光に眼が覚めた。  
傍らに身を寄せた愛する女のまどろむ姿を見て、溜め息をひとつ。  
あの真実を知ったときに誓った決意は、こんなにもろくあっけなく崩れ去ってしまった。  
己の意志の弱さに反吐が出る。  
結局片方に、二人で裸のまま包まって寝てしまっていたらしい。  
狭いベッドで身をひねらせようとして、少しばかり腰に疲れを感じた。  
そのとき隣のジュリアの気配を感じ、目を向けた。  
 
「ジュリア。」  
「よく眠れましたか。マイロード。優しい寝顔をしていらっしゃいましたね。」  
ジュリアは上半身を起き上がらせると、俺の髪に優しく手を伸ばす。  
繰り返し梳いてくれる指先が気持ちがいい。  
聖母のような慈愛に満ちた……でも彼女は母ではない。  
ジュリアの胸の谷間に身を寄せて目を閉じた。  
 
規則正しい彼女の鼓動が聞こえる。  
朝の清々しい空気。  
露天の湯船に湯が流れ込む音。  
シダの葉が揺れる音の後に続いて、鳥が羽ばたく音。  
自然に身を任せると、俺のなかの闇――ゲヴェルが完全に静まるのを感じる。  
ゲヴェルの反応は人の毒を感じたときと、同類に出会ったときに感じる程度まで沈んでいる。  
パワーストーンは結局ベルガーと同じで、ゲヴェルの波動を代用するエネルギーを提供しただけなんだろう。  
 
うずめていた顔を持ち上げて、すこし大きめな左の乳房にすがりついた。  
赤子のように乳首をしゃぶる。  
口の中ですぐにとがり始め、俺は舌で転がしたり歯を軽くたてたりして弄ぶ。  
 
「あ……。」  
ジュリアは感じたのか、甘い声をあげると、俺を子供のように抱きしめて優しくさする。  
この仕草にはグランシルで面食らったが、彼女の無意識のくせなんだろうと考えるようになっていた。  
赤子の頃の記憶はほとんどない。  
だが母は当時は一度も子を産んだことのない身だった。  
乳母という存在も知らない。  
俺を母乳で育てることはしなかったんだろう。  
 
彼女はそんな俺の仕草を見て、細い手を下腹まですべらせて、モノに触れた。  
俺はびくりと反応し、ジュリアを見上げた。  
俺を見下ろす笑みは変わらないのに、その手は俺のモノをそっとしごきはじめた。  
昨日酷使したはずのモノは、愛しい女に優しくなぶられて、現金すぎるほど悦びはじめる。  
そのうち彼女は本気になり始めた。  
体を俺の下半身にずらして、モノを弄ぶことに夢中になる。  
 
俺は戸惑った。  
彼女の表情を伺うが、とても愉しんでいる感じだ。  
先端を舌でからかっては唇を這わせ、裏筋をつつと幾度もなめあげてくる。  
ぎこちなさを感じるが、それ以上に好きな女からされているという衝撃。  
気を許せば、一瞬で昇天してしまいそうになる。  
 
と、いきなり玉袋に触れたかと思うと口に含んだ。  
俺は想定外の攻撃に硬直する。  
さすがに今の未熟なジュリアに、男の一番弱いところを預けるには、あまりにも危険すぎると感じた。  
その動きに気がついてくれたのか、口を離してこちらに目を向ける。  
 
「ジュリア……。」  
「はい。」  
「その、もう出……そうなんだが、退いてくれないか?」  
何時の間に、どこでこんな知識を身につけたのか。  
自信があるこの直感に問うても、彼女の肌から他の男の気配は感じない。  
俺はやはり人と違うのか、五感も並外れて鋭いし、いわゆる第六感、超感覚も常に感じ取ることができる。  
 
「嫌です。私の口ではご不満ですか。」  
「……止めておいたほうがいい。」  
「なら、その気になっていただくまで。マイロード。貴方の寵が欲しいのです。」  
「寵?」  
彼女が俺のモノを咥えなおす。  
繊細な舌ざわりで先端を満遍なく刺激しては、両手で優しくしごき続ける。  
再び過激な快楽に飲まれ、俺は悶えうめく。  
 
「く……っ。」  
「んん!」  
軽くイキかける。  
誘惑に負けて今朝はじめての精を出してしまった。  
彼女は顔をしかめた後、精を飲み込んだ。  
後味も悪いらしい。しばらくうつむいたまま押し黙った。  
 
「……。」  
「だから言っただろ。」  
俺のモノはまだ欲望のまま硬くそりたったままだ。  
行き場を求めてジュリアの体に手を伸ばす。  
抱き寄せて、腰から手を滑らせて谷間に降りると、縮れた銀糸の森を撫でまわす。  
濡れ具合を確かめるため、秘裂のひだをめくろうと中指を沈めかけたとき、ジュリアはびくりと引いてしまった。  
 
「も、申し訳ありません。その……。」  
言いかけて、ジュリアは黙り込む。  
その段になって俺が気がついた。  
昨夜俺はかなりジュリアに酷い扱いをしてしまったということに。  
 
相当痛い思いをさせてしまったに違いない。  
女の初めてが痛いという話は聞いていたし、次からまったく痛みがなくなるなど、そんなお手軽なはずないよな。  
某温泉宿では、浴場を素っ裸で歩き回る豪快などこぞのおっさんもいたし、  
体を洗うときには皆隠しをとるわけで、ジュリアに悪いが俺のモノは大きい方だ。  
 
昨夜のやりとりは、俺も消し去りたいほど無様だったと思う。  
自分のことばかり考えて、ジュリアに気を使ってやることが出来なかった。  
せっかく忙しい任務の間をぬって、ようやく逢ってくれたのに、あんな残酷な扱いをしてしまった。  
自分の不甲斐なさに、この身を殴り倒したくなる。  
 
「昨夜は、その……すまなかった……。」  
「……。」  
「止めておこう……か。」  
ふわりと空気が動いた。  
俺を抱きしめるジュリアのぬくもり。  
見つめる澄んだ金色の瞳が俺を映す。  
 
「私はマイロードの剣です。どうか……お気が済むまでお使いください。」  
そんなこと出来るわけがないだろう、ジュリア。  
俺は誓約を受け入れたが、本当は愛しているんだ。  
恋人になってはもらえないだろうが、せめて優しい主でいさせてくれ。  
 
ベッドのなかで座りなおして、改めて抱き寄せる。  
素直に応じた膝立ちのジュリアの後ろに手を回し、優しくその長い髪を撫でる。  
唇にそっと人差し指で触れると、彼女も応じて甘噛みしてきた。  
そのまま唇を重ねる。  
前回よりも一歩進めて、もっと深い官能の味を教えていく。  
 
舌を絡ませあいながら、両手で乳房を揉みしだく。  
あの夜と変わらない張り具合を確かめ、優しくパイズリさせてもらえたらどんなに気持ちいいだろうと、両乳房を寄せて手放した。  
たわわに揺れ動いたこの谷間で、俺のモノを挟み込んではすりあげる光景を思い浮かべる。  
舌が生み出している淫猥な水音のように、濡らした胸で俺のモノが……ちょっとにやけた。  
視線を戻せば、ジュリアの頬は染まり、瞳は潤み、うっすらと汗を滲ませてきている。  
 
乳輪をなぞり、赤みを帯びた桃色の乳首に触れる。  
とたんに体が大きく跳ねて、重ねていた口元からぐもった喘ぎ声が漏れた。  
俺はいい反応だなと満足する。  
このままなかに入れずに彼女を愉しませてやりたい。  
 
乳首を人差し指と親指でつまみあげて、優しくこりこりと転がす。  
中指で乳房に押しこんでつぶしてみると、ぷくりとすぐに硬く跳ね返してくる。  
そのたびに、彼女が艶かしい声を出しては悶えてみせた。  
逃げ出そうとするのを優しく留めて、そのままねちねちと弄び続ける。  
彼女も拒まない。  
 
と、突然悲鳴に近い嬌声をあげて、唇から唾の糸を引きながら俺に倒れかかってきた。  
どうやら忍耐力の限界まで、追い込んでしまったみたいだ。  
優しく抱きとめながらも、普段の彼女からはとても想像できないほど乱れる様に、俺の欲情もさらに増してくる。  
溢れた先走りがモノから垂れた。  
絶え絶えの熱い息を吐きながら、彼女が俺を見つめた。  
 
「マイロード。私に褒美をいただけませんか。」  
「褒美?」  
「私はその、マイロードに忠誠を誓いましたが、無条件でお従いするつもりはありません。」  
「……。」  
「私を抱いていただきたいのです。」  
こちらの様子を伺うように俺を見つめては、恥ずかしげに俯いてしまったジュリア。  
昨晩からとてつもない甘美な幻を見ている気分だ。  
俺は一度目を閉じて精神を落ち着かせた後、いじらしい彼女を見つめなおした。  
ここまでジュリアから誘わせてしまっておいて、俺が引けば、彼女を失望させてしまうだけだろう。  
 
彼女の体を反転させた後、俺は意識しながら背後から銀の茂みを探る。  
優しくひだをさすりながら、芯を刺激する。  
体を震わせて、その快楽に悶えるジュリア。  
温かいとろみは指先を伝って俺の手のひらを濡らす。  
その愛液を泉全体に塗りたくり道を作る。  
 
「ああ! マイ……ロード!」  
「感じるか?」  
「はい。きてください。」  
「……痛いならそう言ってくれ。」  
改めて彼女の濡れ具合を確かめた後、ゆっくりと腰に腕を回し、彼女の体を一度持ち上げる。  
俺の懐にしゃがませていきながら、徐々に背後からモノを泉に入れていく。  
その間も休むことなく優しくひだと芯を刺激続け、昨晩確認させてもらえただけだった、滑らかな背中を舐めまわす。  
 
「本当にいいんだな? 途中で止められる自信はない。」  
「大丈……夫です。とても、気持ちいいです。」  
熱く交わる吐息。  
完全につながった俺のモノが歓びで湧き勃つ。  
とても二度目とは思えない絶妙な締めあげ具合に、そのまますべてを搾り取られになる。  
今なら言えるかもしれない。  
冗談と聞き流してくれ。  
 
「愛してる。」  
「……。」  
「お前を愛している。俺の寵が欲しいなら喜んでくれてやる。  
だから今だけは……俺を、恋人と思ってくれないか。」  
こちらに首を向けていたジュリアの瞳が大きく開かれて潤み、涙が頬をたどる。  
その雫を舌で拭ってやりつつ、言った先から後悔がよぎる。  
やっぱり男の口から言うもんじゃないよな。  
 
「マイロードのお望みのままに。私もずっとお慕いしていました。」  
「名を呼んでくれないか?」  
「はい。カーマイ……ン様。」  
「呼び捨てでいい。」  
また唇を重ねて、互いに吐息を漏らす。  
それなりの成果があったようだ。  
ジュリアの潤んで光を帯びた金の瞳を見つめる。  
 
このときをどれほど夢見ただろう。  
ジュリアの言葉が偽りの、この場限りの演技であっても、嬉しかった。  
 
愛してます――グランシルの夜に一度だけジュリアが口にした言葉だ。  
以降、らしい言葉すら聞いていない。  
今振り返って考えてみると、男女の交わりは悪戯に感情を高ぶらせるから、  
ジュリアはあの時快楽のまま、口走っただけだったかも知れない。  
俺をひとりの特別な男として想ってくれているなら、マイロードなんて馬鹿馬鹿しい話を持ちかけるはずがない。  
 
ジュリアの本心はどこにあるのか。  
純粋な忠誠だけか。  
それとも、そのなかに潜んでいるかもしれない愛に期待していいのか。  
 
ゲヴェルを倒したあの日の出来事は、良く覚えている。  
フライシェベルグ奥の洞窟内に築かれていた、肉の城が大きく揺らぎ、俺の創造主は斃れた。  
どろどろと湯気を立てながら、崩れ去っていくゲヴェルを見ながら、  
同時に俺のなかで、見えない力が失われていくのをはっきり感じた。  
そして悟った。  
俺はもう終わる生き物だと。  
 
彼女を不幸にしてはいけない。  
彼女を諦めよう――  
そう洞窟の出口から漏れてきた光を浴びながら、俺は心に誓った。  
 
午後の日差しが点々と、沼地に光を落とし、皆の表情は明るく晴れ晴れとしていた。  
脅威は過ぎ去った。  
人の未来は守られた。  
皆が信じてやまない幸せな未来を、俺が共に歩むことはないだろう。  
 
ルイセの問いに「みんなの力の勝利だ」と返せば、ティピが「ああ、何だかいいわよね。こういうのって!」と笑顔で叫んだ。  
そのなかでひとり、俺だけが沈んでいった。  
ジュリアの「本来のナイツの仕事があるからな。城に戻らざるをえん」という言葉も遠くに聞こえた。  
 
それから半月もたたないうちに、俺は意識をたびたび失いかけるようになった。  
皆が心配するのを、大丈夫だと言いのける一方で、体が確実にその機能を低下させていく現実を突きつけられた。  
俺自身もどこまで持つかわからないなか、本性を現したヴェンツェルを、倒すことだけに専念しているつもりだった。  
同行するジュリアが俺をマイロードと呼びかけてきても、もう違和感を感じないほど間を取っていたはずだった。  
 
なのに毎晩夢ばかり見た。  
かつて見ていた創造主の波動の影響ではない、甘くほろ苦い残酷な夢。  
目が覚めると、絶頂寸前の俺のモノと、もう現実では二度と味わうことのない夢の抜け殻だけが残された。  
打ち払い続けてきた願望。  
 
また味わえるとは思わなかった。  
ヴェンツェルを葬った後、ローランディア王の間で皆の願いを受けて復活した後も、俺は打ち消すべきだとずっと考えてきた。  
押さえ込んできた欲望。  
 
「ああ、ぁあうう。ん。はあ、あ、あ、カーマイン。あああ!」  
「……っ! ジュリア……!」  
優しく深く、えぐるようにゆっくりと、彼女の泉をモノで幾度も突き上げては、確かめ続ける。  
飲み込みの早い彼女も、俺の動きに合わせ腰を振るようになっていた。  
普段の理性など脱ぎ捨てて、ひたすら互いに貪欲に求め合う心地の良さに、俺はのめり込んでいった。  
花の香りを漂わせた銀の髪にうずめていた顔をあげれば、後ろ向きに俺に抱かれて喘ぐジュリアの姿が映る。  
汗を散らせながら、彼女が呪文のように俺に囁き続ける。  
 
ああっ……カーマイン。貴方らしく望みのままに生きていけばいいのです。  
いつも前だけを見ていてください。私が阻むものをすべて切り伏せて見せましょう。  
強気なその瞳ですべてを切り開いていく。そんな貴方だから尊敬しているのです。  
だから……あ、あ、はあ……あ!  
 
その呪文が、今まで抱え込んできた気持ちを打ち砕いていく。  
彼女のなかに精を放つたびに、今まで溜め込んできた闇も一緒に抜けていく。  
もう止めた。  
後ろ向きに考えるのに飽きた。  
来るかどうかもわからない恐怖に慄いているだけの俺を、彼女が愛してくれるわけがない。  
 
俺のなかに彼女に誇れるものがひとつでもあるのなら、それを信じて突き進めばいい。  
俺の諦めの悪さを、今度は彼女に向けてやる。  
彼女のすべてを、俺のモノに出来る日まで―――――――――  
 
 
日が傾ききった頃、俺たちは宿を出る。  
門をくぐる前に、もう一度だけ強く抱きあう。  
 
「ありがとうございました。よい夢が見れました。」  
「……ジュリア。俺の寵はお前にある。それを忘れないでほしい。」  
昨日と同じ道をたどり、コムスプリングスに駐在しているバーンシュタイン軍の馬場へ。  
薄暗く、もう表情は灯りなしには読み取ることは出来ない。  
馬番から互いの馬を受け取る。  
体を馬上に引き上げながら、同じく騎乗したジュリアに馬を寄せる。  
 
「次に逢うときは、バーンシュタイン城で……。」  
驚きの瞳と交差。  
上半身を屈めると、彼女の後ろの赤いリボンに、別れの口づけを落とす。  
ジュリアが何かを口走る前に、馬の首をローランディアへと向けその腹を蹴った。  
いななく愛馬がその場で足を踏み鳴らし、次の瞬間走り出す。  
疾走する風景が、春の始まりを告げる妙に薄い風を感じさせた。  
 
 
次はローランディア側の特使として、君に甘えにいこう。  
 
fin  
 

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