「どうしたんだ。早く来い。」  
無造作に紅いジャケットを椅子に放り投げ、どさりと天蓋つきの豪華なベッドにカーマインは身を沈めた。  
さらに体を仰向けにして宙を見ている。  
私に先程までの勢いは既になく、戸惑いを隠せないまま彼を見つめてしまう。  
西日が窓から差込み、私の足元まで伸びる。それが軍事法廷のステンドグラスの明り取りを思い出させて、今まさに審判を仰いでいる惨めな罪びと……そんな薄暗さを感じた。  
 
「嫌ならいいんだ。俺は信用のない剣など必要としないから。」  
苦笑した彼の唇から紡がれた、諦めを促す残酷な言葉に動揺し、重い足取りで彼のそばに歩いてゆく。  
 
なぜこんな形になってしまったのだろう?  
 
 
「お前に愛される女は、果報者なんだろうな…  
私はこれまで男という存在を特別視したことはなかったが、どうやらお前はそういうものに値するやもしれん…。」  
昨晩の、彼との会話でそう口走ってしまった。  
馬鹿なことを。  
何を期待して言ってしまったものか、彼に気づかれなかっただろうか。  
振り払うように、チャンピオンと対戦してみないか、と名を告げず明日の闘技場での試合を申し込む。  
ちょっと思案した後カーマインは頷いた。  
これは、これからの私の未来、運命を賭けた勝負であり、その決意を確認するためだ。  
こうでもしないと、もう抑えきれないほど彼への思いが高まってしまっていたから。  
 
翌日、手合わせしてみれば、今や勝負にすらならいところまで技量は引き離されていた。  
鮮やかに舞う羽ような剣技の前に圧倒され、地に足をつきカーマインへの敗北を認める。  
闘技場の司会は新チャンピオンの誕生と祝賀を送る。  
観客からは歓声と罵倒。場内にはずれ札が舞い乱れる。  
心配げにティピが声をかけてくるのを笑い飛ばし、ヒーリングでこの身を癒す。  
後で控え室にくるようにカーマインに言い放ち、その場を後にする。  
清々しいほどの完敗。  
彼が来るまでに乱れた身だしなみを整え、深呼吸を何度もする。大丈夫だと何度も言い聞かせて。  
程なく控え室に入ってきたカーマインに、素直に今の実力を褒め、本題にはいる。  
 
「マイロード。そう呼ばせてはくれないか。」  
そう言ってかしずいた。  
彼の剣に、片腕になれる自信はあった。  
少なくとも大陸最強と詠われるIK(インペリアルナイト)まで登りつめた私だ。  
けして彼の足を引っ張ることはないだろうし、そうなりかけた時の覚悟はもう出来ている。  
 
が、カーマインからの返答はない。  
沈黙が怖くなり、恐る恐る見上げて彼の表情を探る。  
知らない人間からすると人形のように無表情。  
だが、落胆しているような悲しみが見えた……気がする。  
やはり言い出すべきではなかった。私では物足りなかったのだ。  
後悔をはじめたとき、カーマインのその金銀妖瞳に妖しい影が宿ったのを見た。  
 
「それが私の望みか。」  
「はい。」  
「……いいだろう。」  
安堵が広がり、その脇を飛ぶティピの、いいのかな〜っといった困惑が眼に入る。  
その彼女を肩に寄せるとぼそぼそと2.3言。仕方ないわねといった顔つきで、ティピは外に飛んでいった。  
それを見送ったカーマインが再び私に向き合う。  
いつもと変わらないし落ち着いた瞳で、よく通る凛とした声で私に言葉をかける。  
 
「ジュリア。」  
「はい。」  
「俺は自分が扱えない剣は持たない。その剣の全てのことを理解しないまま、受け入れたりはしない。」  
彼の言葉のひとつひとつをかみ締め、心で反復する。  
 
「お前の体を抱きたい。」  
 
意味が分からなかった。  
そのまま聞き返すべきかどうか、迷う。  
が、そうしようとしてこの身が金縛りにあったかのごとく、まったく動けないことに気づく。  
今なんと聞こえた? 私を、その、体を……抱きたい?   
抱くの意味を文字通りなわけがないと勘ぐり、いやまさかこのカーマインに限って、そのようなことを口走るとは想像も出来ない。  
どう受けとればいいのだ、この発言を。  
思考が上手く回らない。その困惑が表に出てしまったのだろう。  
ふっとカーマインの苦笑いが聞こえたような気がした。  
ゆっくりと私に背を向け階段に足をかける。  
 
「マイロード!」  
「いい加減な決意で、他人に忠誠など誓わないことだな。ジュリア。」  
彼が行ってしまう!   
あせりと動揺が私を突き動かし、立ち上がった。  
 
「私は本気です。それで私の誠意をご理解していただけるのなら、たいしたことではありません!。」  
何をいい加減な発言をしているのだ、私は。たいしたことではないか。  
だが、彼を留めることには成功したようだ。  
カーマインが振り向き微笑んだ。  
 
「では、実際に証明してもらおうか。ジュリア。」  
事態は落石のごとく、あらぬ方向へ転がってゆく。  
そのまま歩き出したカーマインの後ろを、少し遠慮深げに間を開けてついてゆく。  
闘技場を出て大通りをしばらく歩き、やがて彼が立ち止まったのは、私も何度か利用したことのある高級宿である。  
カウンターでカーマインがフロントの男と会話して鍵を受け取る。  
私はその時点でも、なぜか現実がつかめなかった。  
ゆるやかな瑠璃色の階段を2階まで登り少し奥へ、そして百合の香りがむせ返る一室に、彼が入ったのに後ろから続き、ドアを閉めた。  
 
そして今……  
私はここにいる。  
 
そっと腰をベッドに降ろし、カーマインをおずおずと見下ろす。  
宙を漂わせていた左右異なる色の瞳が私を視界に捉えたらしく、投げ出されていた右腕が思い出したように、私の髪を撫で、そして赤いリボンをほどく。  
縛っていた髪が自由を得て、軽く体全体に広がる。  
だが瞳はまだ生気を失ったままだ。  
 
「マイロード……。」  
その言葉が鍵となって意識を取り戻したのか、体を起こし、その瞳に私を映す。  
覗きこむように端正な顔を近づけたかと思った瞬間、頬に触れた。  
息を呑み、逃げようと身構えて、しかし踏みとどまる。  
カーマインはそんな私の態度に気づいているのか、触れるか触れないかの感触でその唇を頬、耳、首筋へと流し、そして力無く私の肩に頭をもたれた。  
軽い重圧。肩先に感じる吐息。両腕をまわし私を抱きしめる。  
最初はたどたどしく、やがてきつく。  
その仕草に私は抱きしめ返した。  
少しくらい埃にまみれても輝きを失わない漆黒の髪を優しく撫でる。  
 
「弟にも、いつもこうしてやっていたのか。」  
なぜここで無関係な弟の話題を口にするのか。  
もちろん父のことを除けば仲のよい兄(もとい姉)弟だった。  
よしよしとその髪を乱暴に撫でることも、肩を叩きあって身を寄せたこともある。  
だが、意味が違う。怒りを込めて否定する。  
 
「そんなわけありません。私はただ……。」  
「ただ?。」  
「貴方が愛しく感じられたから……です。マイロード。」  
 
多分頬は染まっていたことだろう。  
言葉に偽りはない。私は彼が好きだ。  
先程マイロード、我が主と認め誓い、主従関係を結んだことで、私の心に一種の自制を産み出せた。  
こんな言葉を口にしても、心はどこか静かだ。  
この枠がある限り、彼の前で無様な失態はしないだろうと、なんとなく期待していた。  
それは幻想であり、偽りともいうが、私が私を保つためならかまわなかった。  
 
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。  
カーマインは左腕に力を加え私をベッドに押し倒した。  
その勢いのまま、私のIK服の腰元を探りボタンをはずしてゆく。  
あわてて一瞬身構え、両手で胸元を抱きしめる私。苦笑するカーマインがささやく。  
 
「自分で脱ぐか?」  
 
人前で裸になる日がこようとは、男装をしていた頃は想像だに出来なかったな。  
そんなことを考えながら、IK服を調度机に脱ぎおいてゆく。  
隣の椅子にはカーマインのいつもの緋色のジャケットがかけてある。  
最後の下着……パンティまで手をかけて、この後どうやって彼の元に行けばいいのか迷った。  
タオルかシーツくらい、一緒に持ってくればよかったと後悔。  
 
が、そのタイミングを計ったかのように、背後からカーマインの気配が近づき、気がつけばあの昨夜のように、そのたくましい腕に抱きかかえられていた。  
慌てて自分の裸を隠そうとして、もう無理と判断し、思い切って彼に絡みつく。  
こうすれば今一時でも彼の視界にこの体を入れずにすむだろう。  
以前、怪我した女性をたまたま窮地から救い上げたときに学んだ知恵だ。  
もちろんその行為で隠せるのは視界だけで、むしろ余計な感触を彼に与えてしまうなんてところまで意識は回っていなかった。  
軽い足取りでベッドに自分を連れてゆこうとしているカーマインを見て、ふと私とは別の意味で女性の扱いに慣れている。その意味を考えつぶやいてしまった。  
 
「初めて……ではないのですね?」  
 
カーマインの口元が揺れた。  
馬鹿な質問をしたものだと後悔する。  
彼が外見内面問わず魅力的な男であることは誰の眼にも明らかだろうに。  
その苦笑いに自分の知らない女性の影を感じ取り震えた。  
同時に、どす黒い醜い感情が己のなかに潜んでいたことを知り、嫌悪する。  
彼の手馴れたこの腕を誰が知っていたのだろう。  
今もその女性は彼を捉えているのだろうか。いや一人ではないかもしれない。  
目端が利く女性なら彼を放っておくはずもない。  
彼がこのように気まぐれに関係を持たなかったと言いきれるわけもない。  
いったいどれほどの女性が彼を奪い合っていることだろう。  
 
私だけではない。  
それは冷たく言い知れぬ深淵に引きずりこまれた瞬間だった。  
 
ベッドに体を降ろされて移るように促されるものの、素直に降り立てずと動けなくなる。  
もとからこの体に自信などなかったし、見比べられるのは嫌だった。  
 
「ジュリアって意外に重いな……。」  
その言葉に一瞬で頬が染まる。  
慌てて彼から身を離し隠そうとする。  
が、強引に正面になぎ倒された。私を見下ろす視線に、恥ずかしさがこみ上げてくる。  
こんな傷だらけの醜い体を見られるくらいなら死んだほうがましだ。  
そう思うのに、彼の慎重に見定める様を気にしてしまう。その瞳は何を意味しているのだろう。  
 
真剣な眼差しをやっと緩めたカーマインが、その長い指先を私の腹にのばす。  
体の震えを止めることができない。  
わが身ひとつ操れないとは!   
情けなさと惨めさに打ちひしがれている間にも、カーマインはその指先を太ももまでずらし、ふと身を翻すと、自分の服を乱暴に脱ぎ捨てはじめた。  
 
後ろ向きにその裸体を露にしてゆくカーマインに息を呑む。  
西日が彼の肢体を照らす。  
華奢すぎもせず、必要以上の筋肉もついていない理想の、私がもし男であったのなら、こんな肉体がほしかった……と、思いながら見惚れる。  
そこでカーマインが振り向いてこちらを見たことで、眼があってしまい、慌てて背ける。  
闘技場で荒くれの男共にまぎれて勝ち進み、非道な戦場を体験し、多くの兵士を率いて、時に重症患者の手当てもしてきたが、成人男性の裸を間近で見たことはなかったのだ。  
動揺を最後まで気づかれずに、私は上手く彼とすごせるのだろうか。  
 
不安な私の心をよそに、カーマインはぐっと私に圧しかかり、身を屈めると私の心の臓に口づけた。  
跳ね上がる鼓動。カーマインの熱い吐息に眩暈を覚え、硬直がより一層強くなる。  
いきなりの洗礼。舌で指先で探られて、私の全てを絡みとられそうになる。  
 
「いや……!」  
思わず口走る拒絶。  
 
「どこが嫌だ?」  
「そこはや……。」  
「ここか。」「だ、駄目……ぇで……あう……っ。」  
戦場に出れば100人をなぎ倒すほどの長剣を、難なく振り回すこの腕も、今のカーマインを退けることはできない。  
力いっぱい振りほどこうともがくが、びくともしなかった。  
男性としては細いはずのこの腕にいったいどこまで力を秘めているのだろう。  
やがてその抵抗も、執拗に体を侵食するカーマインからの官能に屈してゆく。  
 
「ああ。……う……んん……ぅん。」  
今まで与えられたことのない快楽に、自分でも意識しないうちに声が漏れる。  
自身のその卑猥に乱れた声に驚き、慌てて硬く口を閉ざして自分を必死に抑えようとする。  
がすでにその声に応呼するかのように、カーマインが乳房に愛撫を続け、唇で舌でその敏感な乳首を攻め立てる。  
与えられる甘い痺れに、再び潤んだ瞳でカーマインに応えてしまう。  
恥ずかしさと耐え難い快楽のせめぎあいの中で、徐々に女としての本能が目覚めるのを感じた。  
 
抗えない。この呪縛から逃れられない。逃れたくな……い。  
IKとしての自制心など、彼への欲望の前には無力だった。  
軽い絶頂。感覚が麻痺して息があがる。  
 
やっと開放され、汗で私の顔にはりついていた髪を、しなやかな指で整えられる。  
彼が顔を近づけたかと思うとその額を私に重ねられた。  
ちょっと遊ばれている。そんな思いに笑みが零れる。  
私は上手く彼を納得させることが出来ただろうか。  
 
「あ! ま、マイロード、その先は……!」  
油断していたせいで、カーマインの次の行動に出遅れる。  
私が先に崩れてしまっていたのを、彼も同様と見てしまっていた失態。  
気づいた時には、恥部を覗かれていて、慌てて隠そうとして、またはじかれる。  
指先がその先に入り込み、その茂みの先の鋭敏な秘所へと進んでゆく。  
愛される恥ずかしさと、彼だけに許したくなる願望と……  
 
ふいに冷や水を浴びたような現実を思い出す。  
彼にとって私は何番目の女……?  
 
馴れた手つきがさらにその不安を駆り立てる。  
他の女と同じ扱いで、彼に抱かれたくない。  
私にとっては初めての経験だ。  
だから多分……負ける。カーマインの心を占めているその女性に、きっと負ける。  
先程感じたカーマインへの別の女の影に嫉妬し、その憎悪を隠したいがあまり、体が動き、口は心にもない言葉を投げつける。  
 
「マイロード。どうか、これ以上のお戯れは……およしください。」  
「それでは全てを知ったとはいえないな。」  
「所詮、戯れ……なのでしょう!? 私は。……わ、たし……は……貴方にとって……ことを……っ!」  
言葉が紡げない。  
嫌じゃない。この関係を望むなら、私は……彼だけがいい。  
忠誠のなかに戯れが含まれているとしてもかまわない。だけど、比べられるのは……嫌だ!  
なんとか説明しようと顔をあげれば、今まで向けられたことのない底冷えする狂気の表情に身がこわばる。  
 
「選べ。」  
「……。」  
「今、ここで、俺に全てを預けるか。信ずるに値せずと撤回するか。」  
「……。」  
「軽蔑してもいいし、もう目を合わせなくてもいい。俺はお前を抱きたい。」  
「……。」.  
「戯れを望むならそうするし、本気ならその体で応えてみろ。」  
 
息が出来ない。  
窒息してしまったほうがましだ。  
なんでこんな事態に。  
愛する人にこんな眼で恨まれて、惨めだ。  
どうにか取り繕おうにも、頭が、舌が回らない。  
肩で激しい息をして、なんとか均衡を保とうと自分をなだめている間にも、彼は立ち上がり服を着てしまった。  
 
「……宿代は払っておく。オスカーたちにも適当に話をつけておくから、落ち着いたら帰るといい。」  
戸口で最後の言葉を投げると、カーマインはノブに手をかけた。  
 
行ってしまう。今度こそ本当に。  
私の前から彼がいなくなってしまう。  
嫌だ。見苦しくても浅ましくてもいい。彼を失いたくない。  
ふらつきながらやっとの思いで彼の背中に追いついて、体が、指が、彼を必死に止めようともがいて、ただ嗚咽が漏れるだけなのをとめることができなかった。  
 
二人を見守っていた太陽が隠れた。  
 
グローシュランプに明かりがともる。  
彼が今ここにとどまっていてくれる。  
私はベッドに腰を降ろしたまま虚空を眺めていた。  
その前には、せわしく、しかし静かに動き回っているカーマインの姿があった。  
私に水のはいったグラスを差し出しそっと持たせ、飲み始めるのを確認し、次に現れた時にはタオルで洗い立ての私の髪を優しく拭きはじめる。  
カーマインの髪もぬれていて時折雫が落ちる。  
丁寧に繰り返し私の髪を拭くその度、少しゆるめに締めただけのローブから、カーマインのたくましい胸板や腹筋が動き見えた。  
 
「痛くないか。ルイセには毎回もう少し力を入れるように言われるんだが……。」  
彼の声をぼんやりと聞いている。  
 
「腹は減っていないか。希望ならルームサービスを取るが……。」  
ぱらぱらと机に腰をかけメニューをめくりながらこちらの様子を伺う彼がいる。  
彼の動きも視界に入っているけど、声は出なかった。  
 
彼の様子が少しおかしかった。  
どうしていいのか迷っているのだろう。  
でもさっき渡された水は飲めたのに、今はこの体も心も力が全然入らなくて、瞼ひとつ動かせないのだ。  
けだるい。ただ、いてくれるだけでいい。そう。  
そのまま側にいて。  
 
何故分かったのだろう。  
カーマインは私の傍らに座ると、優しくその指で髪をなでてはじめた。  
その肩に私を寄せて抱きしめてくれる。  
気持ちがいい。そっと体を預けたまま、なすがままに甘える。  
 
多分、これまでの人生で一番幸福な時間。  
 
大陸一の最強騎士団、我がバーンシュタイン王国の誉れと称されるIKとしての地位も、もう私を護る鎧に過ぎなくなっていた。  
マイロードと忠誠を誓ったことも、他国の騎士である彼をつなぎとめる絆が欲しかっただけ。  
 
いつからだろう。  
ずっと走り続けて、何度も倒れそうになってその度に己を叱咤して、立ち上がって、生きてきた。  
幼い頃父に甘えた思い出が遠くなったのは、いつからだろう。  
大切なはずの弟を疎んだのはいつから。  
父を見返したくて、気がつけば同じ立場のIKになるのが目標になって。  
それすらも、女というだけでなれないと一笑され、激高し出奔。  
男装までしてがむしゃらに這い回り、あげく家名を汚すという理由で勘当された。  
それは娘としては修羅の道だったのかもしれない。  
IKになったところで事態は変わらなかった。掴んだつもりのその剣を持つ意味すら、現実は移ろいやすくもろかった。  
多くの部下を死なせ、連戦連敗という汚名を受け、名誉挽回のために無理をし続け、彼の前で倒れた。  
もしその場にいたのが、彼でなければどうなっていたことだろう。  
 
何かにすがる、甘える前に立ち上がらないと負ける。自分の弱さに、運命に……  
その中には安らぎなんてなかった。  
私が求めるものは砂漠に浮かぶ蜃気楼に過ぎなくて揺らめいて零れ落ちていく幻。  
そう思っていたのだ、昨日までは。  
信じられないほど全てが好転し、望みどおり女としてIKを認められ、父とも和解した。  
なのに、自分が求めていたものは全て手にしたはずなのに…  
 
今なら分かる。  
本当の欲しいもの。必要なもの。  
 
「……。」  
「どうした?」  
カーマインが覗き込んでくる。  
声を絞る。  
 
「抱いて……ください。」  
カーマインが驚いて、その世にも稀な瞳を見開く。  
この瞳だ。降り注ぐ金の陽光と揺れる深く澄ん青。  
静かで落ち着いた湖畔に、優しく押し寄せる潮騒の中に、たたずんでいる様。  
揺れる草木のように、打ち上げられた貝殻のように、ただ彼に導かれるままここまでこれたのだ。  
彼がいなかったら、私はこの世に絶望してとっくに死んでいたかもしれない。  
 
「私を……抱いてください。マイロード。」  
唇でそっと彼に伝える。  
彼の戸惑いがありありと、やがて堰をきったように激しく求められる。  
荒い吐息と熱い体で抱きしめられベッドに沈む。  
なすがままに、いや今度は素直に応じながら、全てを預け彼を感じる。  
たくましいその腕で、そのしなやかな指先で、熱い唇で、鍛えきったその体が私を包み込んで、優しく強く甘くしびれさせる。  
そこに確かな関係を望む彼の心がはっきり伝わってくる、自分を壊れもののように大事に、触れてくれる。  
今受けている彼からの祝福は、切ないほど純粋で、愛しさにあふれてる。  
思うだけで、心は満たされ、涙がこぼれる。  
言葉にしても飽き足らないこの思いを伝えたくて、彼の頭を胸で抱きしめる。  
 
いいではないか。  
彼をこの一瞬。いや一晩だけでも私のモノにできるのなら。  
明日は別の女性のことを想うとしても、今だけは私を見てくれる。  
カーマインのそのローブに手をかけた。  
そして次に自分の胸元を開き、そっと引き寄せた。  
 
どうやったら彼を悦ばすことが出来るのだろう。  
見よう見まねで肌を寄せ、指や髪をからませて彼を縛ってみる。  
他の女性はこんな時、愛する男にどう伝えているのだろう。  
心に魔法がかかっているかのように、悪女になったつもりで、彼の耳元で囁いてみる。  
 
「抱いて……。」  
カーマインの行動は一層激しくなり、ぬくもりは熱い嵐に変わる。  
浴びせられた体は燃えて息をすることすら忘れそうになる。  
先程は拒んでしまったその指を、素直に恥部に導き彼に任せる。  
そうした後に彼のそこに向ける眼を見つけて、やはり恥ずかしさを覚え逃げだしたくなる。  
逃げてはいけない、逃げてはいけないと繰り返し心に言い聞かせ、ぎゅっと彼の腕を握りしめ耐える。  
彼の探る指の感触が、夕刻のあの絶頂を思い出させて身構える。  
と、その先端を刺激した。  
 
「はう……ん。」  
思わずもれてしまう快感への応え。  
時をおかず襲ってきた、最初に教えられた快楽とは別の部分への、もっと刺激的な感触にあえいだ。  
新しい獲物を得たかのような彼のみだらな扱いも、快感を高めるだけで不快さはなく、そのまま身を任せて味あわせる。  
ふいに何か……確かめたように、頭をあげると正面にむき、私の体を引き寄せた。  
優しく私の足を開かせ、その恥部にカーマインが、男のモノをそっとあてがった。  
高まりきっていたつもりの鼓動が一層跳ね上がる。  
想像していたモノよりかなり大きい。  
怖い。思わず見てしまったことを後悔する。  
 
なんとか動揺を悟られまいと、気丈に振舞おうとして顔を上げる。  
と、そこにいきなり神妙な顔つきになった彼を見て、なぜか顔がほころんでしまった。  
それを訝しげに見返し、すぐ真剣な眼差しに戻ってしまう彼に、不謹慎だと、心を言い沈めて静かに時を待つ。  
 
「いい……な?」  
「はい。」  
彼が動いた。  
 
「……!」  
怪我には慣れているはずのこの身が、内側から刻まれる痛みに悲鳴をあげる。  
 
「動かしても……大丈夫か?」  
彼の声が聞こえる。  
だが応えられない。  
必死に応えたいと唇を動かすのに、言葉にならない。ほんの一言発するだけだと言うのに。  
彼に応えないと……早く。意識が跳びそうになるなかで、気持ちだけが空回りをする。  
何とか伝えないと……そう思って目を見開くと、正面にカーマインの苦渋に満ちた顔があった。  
 
……?  
眼を閉じてじっと耐えている。別に動いていないのに、どうしてそんなに汗を……  
だが、なんとなく察した。カーマインは私と同じように苦しいのだ。  
気が緩んだ。  
 
彼のほうが経験豊かなのだから、遠慮することはない。  
彼に身を任せてしまえばいい。  
 
やっとその眼を開いてくれたところで、精一杯微笑み頷いた。  
おそらく歪んでいて分かりにくかったと思うが、伝わったらしい。  
ほっとしたような、彼にしては少々間が抜けたような顔がおかしかった。  
 
「ああ、う……。」  
初めは痛さだけが突き刺さるようで、同時に与えられる乳房への甘い痺れに身を震わす。  
耐えられず彼の肩にまわした手の指先、爪に力を込めれば、彼は黙って与えられる傷を享受する。  
ゆっくりと、しかしだんだん小刻みに揺れ動く波のような快楽が痛みと共に押し寄せる。  
 
「く……っ。」  
「ああ! あ……ああ……!」  
先程までの行為がうわべの快楽とすれば、今感じているのは深い愛。  
内側に確かに感じる彼からの想い。抱かれるの本当の意味を、今理解した。  
薄暗いグローシュランプの揺れる光と陰のなかで、時折垣間見えるカーマインの、粗く激しく快楽におぼれる表情をおぼろげに見つめる。  
その恍惚とした瞳に、自分がさせているんだ、と少し嬉しくて自慢に思う。  
 
「ジュリア……。」  
「マ……イロード。愛してます。一生をかけて貴方を……ん。」  
何を口走ってしまったのか、今の私にはどうでもよかった。  
彼がその全てを私に向けている。  
優しさを帯びて、繰り返し呼ばれる私の名。  
その腕に背に指先を這わせ、彼を感じる。  
 
満足をしてもらえないなら、明日からは他人扱いされるかもしれない。  
もう2度とこんな夜はこないかも、若い時の思い出になってしまうかもしれない。  
別の女の影への嫉妬を捨てきれず、吐息のなかにため息が混じる。  
それでも  
 
偽りの愛でもいい。刹那の気晴らしでもいい。  
この瞬間だけは、貴方は私のモノ。  
 
貴方のなかでひと振りの、  
―――――――――輝きを放つ剣でありたい。  
 
そう思ったときに内側に熱いほとばしりを感じて、そこで意識はついえた。  
 
 
fin  
 

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