ねじまがった愛とはかくも残酷なことができるものだ、と俺は思った。  
宿屋の一室の端に置かれた豪華な椅子に、無造作に緋色のジャケットを脱ぎ捨てる。  
既に夕暮れも近く、窓辺のベッドを通り越して西日が伸びる。  
その先に押し黙ったままのジュリアがいた。先程から戸口を背に沈んだ瞳で俺を見つめるだけだ。  
 
「どうしたんだ。早く来い。」  
どさりとキングサイズのベッドに自らの体を預け、ジュリアを見返す。  
言葉を失ったままのジュリアの態度に苦笑し、体を仰向けにして光の反射した天蓋を見つめる。  
 
「嫌ならいいんだ。俺は信用のない剣など必要としないから。」  
ジュリアの一途な瞳がゆれ、戸惑いの口元が言葉にならない動きをみせ、やがて諦めたようにゆっくりと俺の傍に歩み寄ってきた。  
 
何でこんな形になってしまったんだ?  
 
 
「お前に愛される女は、果報者なんだろうな……  
私はこれまで男という存在を特別視したことはなかったが、どうやらお前はそういうものに値するやもしれん……。」  
昨夜の、そんなジュリアの言葉にときめいた俺の気持ちはなんだったのか。  
チャンピオンとの対戦を望むジュリアの誘いに、ひょっとしたら何か褒美でももらえるのかと期待して受けてみれば、相手は当の本人とは。  
呆れながらも、もう実力差のつきすぎた剣はあっけなく勝敗の結果を出す。  
好きな女に怪我を負わせる痛みなど、彼女には分かるわけもないか、なんて溜め息をひとつ。  
闘技場を渦巻く歓声を背に、ゆっくりと彼女の待つ控え室にティピと共に歩いてゆく。  
そしていくつかの話を聞かされた後、ジュリアは俺にひざまずいた。  
 
「マイロード。そう呼ばせてはくれないか。」  
頭を殴られたような錯覚。軽い吐き気と不快感。俺が望んで得たことはこんなことだったのか。  
俺の剣として忠誠を誓うだと?  
ティピのちろちろと二人を見比べる動作を横目に感じながら黙っていると、ジュリアは不安げに俺を見上げた。  
 
その時だ。ふと意地悪をしたくなったのは。  
 
「それがジュリアの望みか。」  
「はい。」  
「……いいだろう。」  
ほっとした表情の彼女と、受けて良かったのって言いたげな顔をするティピ。ティピを肩に寄せて囁く。  
 
「悪いが、先に帰っていてくれないか。ティピ。これからちょっとジュリアに話したいことがある。」  
「……うん。」  
ティピはやけに素直に頷き、ふわりと燐光を散らしながら控え室の外へ飛んでいった。  
彼女なりに遠慮したのだろうし、まさかこれから俺が何を言い出すのか、想定していなかったせいかもしれない。  
 
「ジュリア。」  
「はい。」  
「俺は自分が扱えない剣は持たない。その剣の全てのことを理解しないまま、受け入れたりはしない。」  
何を言いたいのかと、不思議気に見上げるジュリアに言い放つ。  
 
「お前の体を抱きたい。」  
 
凍りつく……  
今のジュリアにふさわしい言葉だ。  
彼女の瞳に俺はどんな風に見えているのだろうか。  
醜く口元を歪めて、皮肉めいた瞳で、さぞかし意地の悪い汚らわしい男に映ったことだろう。  
望む愛が手に入らないなら、壊してしまえばいい。  
こんな体裁だけの関係を求められるくらいなら、赤裸々に欲望をさらけだし拒絶されたほうがまだましだ。  
ずいぶんと嫌な考えをするヤツになったな、と自嘲する。  
しばしの時間を置き、固まったまま身じろぎひとつしないジュリアに背を向けひとり出口に向かう。  
 
「マイロード!」  
「いい加減な決意で、他人に忠誠など誓わないことだな。ジュリア。」  
そう言うと、階段を降りかけた。その時背後の気配が動き、ジュリアがこちらに近づいてくるのを感じた。  
 
「私は本気です。それで私の誠意をご理解していただけるのなら、たいしたことではありません!」  
たいしたことではない。俺のこの気持ちはそんな程度でしかないわけか。己の惨めさを鼻で笑う。  
振り向いて笑みを浮かべると俺は応えた。  
 
「では、実際に証明してもらおうか。ジュリア。」  
闘技場を抜け、大通りをしばらく進んで選んだ宿は、グランシルではそれなりに通ったところだ。  
主に闘技大会を見物する王侯貴族ら上流階級を相手にしている。  
この時期、客はほとんどおらず閑散としていた。  
新チャンピオンとIKの組み合わせを見ても眉ひとつ動かさないフロントの男は、いくつかの確認を行い鍵を渡す。  
二人は黙って緩やかな高配を二階へ、瑠璃色のじゅうたんを踏みしめてゆく。  
比較的奥の割り当てられた一室をあけると、ふわりと百合の香りが漂った。  
 
ベッドに身を投げ出したまま天を見上げていた俺の視界に、ぎこちない動きでジュリアの、金にも銀にも取れる美しい髪が揺れて入ってくる。  
寄り添うようにベッドに腰を下ろしたジュリアの表情は硬いままだ。  
右手に零れ落ちてきたその髪を弄んで、それから後ろに手を伸ばし赤いリボンを解く。  
と、柔らなかな音を立ててジュリアの髪が広がり、夕日を受けて鮮やかに煌いた。  
 
このまま何もせず、帰してしまうのもいいかな、なんて妙に逃げたくなる気持ちが生まれてくる。  
本当はこんな関係を求めたんじゃない。  
ゆっくりと男と女、二人の間をつめていけばいい、そんな風に思っていたのだから。  
 
「マイロード……。」  
その言葉は、そんな思いに浸っていた俺の嗜虐心を呼び覚ます。  
体を起こしながら、ジュリアの頬に自分の顔をすり寄せる。  
びくりと反応し、少し引きかけて、かろうじて持ちこたえる様子が肌を通して伝わってくる。  
そのまま唇を頬、耳元、そして首筋に軽く落としてゆく。闘技場の埃にまみれた甘い汗が俺の鼻腔をくすぐる。  
こうして感じるのは、やっぱりジュリアは女だよな、ということだ。  
そのまま細い肩に顔をうずめる。ジュリアの腕をすり抜けて、両手を後ろに回し身を寄せる。  
柔らかくて温かい肌の感触と、胸元の押し返してくる女性としてのふくらみが、母と妹に感じているものとは別の、野蛮で残酷な感情と欲望を抱かせる。  
さらに強く抱きしめると、戸惑いながらもジュリアもそっと俺の背に手を当てて抱きしめ返してきた。  
ほんのり頬を染め、まるで我が子を抱きしめるように優しくさするジュリア。  
その扱いは違うだろう、とちょっと考え、それから思ったことを口にする。  
 
「弟にも、いつもこうしてやっていたのか。」  
ジュリアはばっと顔をあげその美眉をひそめて否定する。  
 
「そんなわけありません。私はただ……。」  
「ただ?」  
「貴方が愛しく感じられたから……です。マイロード。」  
なぜ、その言葉でその表情でマイロードと呼ぶ。  
年頃の娘が放つ、いじらしく愛くるしい顔を前にしてこみ上げてくる心の痛みにうめく。  
ただの男として求められていたのなら、これほどの祝福はなかっただろうに。  
左腕に力を入れ、ジュリアと体を入れ替え、ベッドに押し倒す。  
その勢いのままに、ジュリアのIK服の腰元を探りボタンをはずしてゆく。  
あわてて一瞬身構え、両手で胸元を抱きしめるジュリアに苦笑する。  
 
「自分で脱ぐか?」  
口が何かを言いかけて、つむんで、それから頷く。  
そっと開放すると、ジュリアはベッドから降りて、先程俺が自分のジャケットを置いた椅子の脇にある調度机に、次々に身にまとっていた服を脱ぎおいてゆく。  
その様子を見ながら、一旦決めるとジュリアも思い切りがいいんだよな、なんて他愛のないことを考えていたが、下着の段になるとちょっと様子が違った。  
彼女が後ろ向きに、きつく巻いてあったさらしをはずし始めて、自分の男としての欲望は健在だな、と俺は自覚する。  
それから割りきった。  
どうせ未練たらしく悩んでいてもコトは同じ。  
なら愉しんだ方がいい……と。  
 
ジュリアはちょうど最後の、脱ぐかどうか迷った末に脱いだ白のパンティをそっと机に置いたところだった。  
後ろからつかつかと近づき、ぐっと両手でジュリアを抱き上げた。  
その行動にあわてて身を隠そうとして無駄だと即理解し、俺の首筋にきつく抱きつく。  
長い髪がジュリアの体を覆いその先を見せない。  
 
「初めて……ではないのですね?」  
 
その言葉に苦笑いする。  
ジュリアが俺に、男としての未熟さを望んでいたとしたら残念だ。  
俺はこの容姿で、あの多くの民の集中するローランディア王都に十七年も住んでいたのだ。  
例の予言だって旅立ちの日まで知らなかったし、もちろん王都の民も同様だ。  
俺は金銀妖眼のせいで多少不自由があった程度の、宮廷魔術師の拾われた子というだけであった。  
もちろん母の名を汚すことは避けたし、妹の手前もある。  
 
それにあれは短い逢瀬だったから、恐らく誰にも気づかれもしなかっただろう。  
そう、あの日俺は……かけがえのない存在になるはずだった女性を失った記憶を、封印した。  
 
嫌な過去を思い出したものだ。  
振り切るようにジュリアをベッドに降ろす。が、ジュリアが離れない。  
疑問を浮かべて顔を見れば、そのまま離すと自分の露な体が見られてしまうことを怖がっているようだった。  
再び苦笑。これで四度目。でも今度はジュリアへのいじらしさから。鼻筋にそっと口づけて優しくささやく。  
 
「ジュリアって意外に重いな……。」  
効果はてきめんで、顔をしかめ恥ずかしげに慌てて手を離しうつ伏せに身を縮めようとする。  
それを半ば強引に正面に向けさせ転がす。  
朱に染まった顔をそむけながらも、目線だけはこちらに向けているジュリア。  
 
そんな彼女の美しい体をじっと見下ろす。  
思ったより傷は少なくほっとする。  
ヒーリングなんて所詮自己治癒力を高めるだけの魔法であり傷跡は残る。  
今日の闘技場での戦いでも、なるべく跡の残らないよう配慮したつもりだった。  
IKと言っても不敗ではない。戦場で幾度太刀を受けたことだろう。  
現時点で実力なら上をゆく俺だが、生傷が絶えることがない。  
 
その滑らかな肌に手を這わせると、はっきりと分かるほど震えが伝わってくる。  
優しくへそを撫で、そのまま太ももに指先を滑らしてゆく。  
両手でシーツを握り締めて、耐え忍ぶその様子がいじらしさを増長させて俺の欲望をたきつけた。  
自分の服を全て床に脱ぎ捨てると、体を埋めジュリアの心の臓に口づけた。  
ジュリアの硬直がより一層強くなるが、無視して体を押し付ける。  
体重がかからないように意識しながら、舌で指先で彼女の弱い部分を探しまわす。  
 
「いや……!」  
耐え切れなくなったジュリアは恥ずかしげに抵抗を試みるが、俺は強引にねじ伏せる。  
 
「どこが嫌だ?」  
「そこはや……。」  
「ここか。」  
「だ、駄目……ぇで……あう……っ。」  
嫌がる部分こそ、もっとも攻めがいのある敏感なポイント。  
願いを無視されジュリアの瞳は潤んだ。  
戦場に出れば百人をなぎ倒すほどの長剣を難なく振り回す彼女の腕が、力いっぱい振りほどこうともがくが、俺の腕を退けるほどの強さは持たなかった。  
いや、彼女が弱くなったのではなく、それを超える力を手に入れたに過ぎない。  
やがてその抵抗も執拗に体を侵食する俺からの官能に屈してゆく。  
 
「ああ。……う……んん……ぅ。」  
やがてジュリアの快楽が、あえぎ声となって口元からあふれる。  
その声にさらに呼び覚まされるように俺は、仰向けでも形が崩れない豊かで張りのある乳房に愛撫をし続け、舌だけでなくその口でその乳首をさらに強くはっきりと求めた。  
甘い痺れに溺れ、再び潤んだ瞳で俺に応えるジュリア。  
その表情を横目に見ながら途切らすことなく攻め続ける。  
ジュリアにこんな表情をさせている自分に自信を覚えた。  
 
そのままどれくらい時が過ぎたことだろう。  
ひとしきりジュリアを満足させた後、俺はその腕を離ししげしげとジュリアを見つめた。  
涙で塗れた瞳が、汗で濡れたしなやかな裸体を粗い息で上下させて、俺を見つめ返す。  
綺麗だ。とても可愛いと思う。どんな言葉を使っても、今の彼女を言い表すことは出来まい。  
そっと汗で乱れた額の髪を指先で整え、俺の額を当てる。ほんのり微笑むジュリアの瞳に微笑みかえす。  
 
ジュリアが軽く息を整えた頃を見計らって、先程は手を出さなかった下部の、銀の泉に手を伸ばす。  
ぎょっと動揺を隠せない眼差しで、俺の真意を探るジュリアに、ちょっと意地悪げに笑みを浮かべてみせる。  
そのまま指先で銀の茂みをかきわけその泉に侵入した。  
 
「あ! ま、マイロード、その先は……!」  
今まで聞いたことのないような、かすれるような悲鳴をあげて制止を求めるジュリア。  
その腰を掴み、自分の体をずらし、今度はその茂みの中をのぞく。  
銀糸に隠されていた泉のすじを優しく広げて、その中をじっくりと拝む。  
先程の余韻のせいかしっとりと熱を帯び、触れれば透明な糸を引く愛液がその奥へ誘う。  
が、次の瞬間強引にはね退けられた。  
いや蹴り飛ばされたというべきか。  
くらくらする頭をもたげてジュリアを見れば、もうこれ以上の屈辱はないと言う顔で、俺を睨みつけている。  
その声が怒気を帯びて、俺に再度の制止を求めた。  
 
「マイロード。どうか、これ以上のお戯れは……およしください。」  
「それでは全てを知ったとはいえないな。」  
「所詮、戯れ……なのでしょう!? わたしは。……わ、たし……は……貴方にとって……ことを……っ!」  
悲痛な表情を浮かべるジュリア。  
その瞳に再び冷や水をぶっかけられたような衝撃を食らい、不快な眩暈に教われる。  
 
ここまで応じておいて拒絶。  
いまさら何を言う。自らその立場を求めた女が。  
俺は容赦のない眼を初めてジュリアにぶつける。  
 
「選べ。」  
「……。」  
「今、ここで、俺に全てを預けるか。信ずるに値せずと撤回するか。」  
「……。」  
「軽蔑してもいいし、もう目を合わせなくてもいい。俺はお前を抱きたい。」  
「……。」  
「戯れを望むならそうするし、本気ならその体で応えてみろ。」  
時が止まる。  
俺の腕を振り払い、震える体を両手で押さえつけるようにジュリアは身を縮める。  
俺は黙って視線を落とす。分かっていたことだ。俺に対してだけでなく自分自身すら偽ろうとした彼女だ。  
目的がずれた関係などいずれ破綻する。だから破綻させた。俺の手で。  
偽りの愛などいらない。  
 
俺はゆっくりと立ち上がる。  
西日は最後の燃えるような血色を投げ落とし、罪びとよ、反省せよ、とばかりに俺の背を攻め立てた。  
身をかがめて先程脱ぎ散らかした服を集めてゆっくりと椅子まで歩いてゆく。  
てきぱきと服を着て紅いジャケットを着流す。今度は振り向くことなくドアに手をかける。  
 
「……宿代は払っておく。オスカーたちにも適当に話をつけておくから、落ち着いたら帰るといい。」  
ノブを回すことはできなかった。  
背後から、震えながらジュリアがその手を握り締めてきたからだ。  
涙声で、俺が去るのをとめようと必死で、でもまともに声にもならなくて、  
それでもなんとか留めようと、ただ泣きじゃくる彼女の体が俺を後ろから抱きしめていた。  
 
その時陽が力尽きたかのように落ちた。  
 
グローシュランプに明かりをともす。  
カーテンを閉め机の水差しからグラス一杯に注ぐ。  
そのグラスをそっとベッドに座り込んだローブ姿のジュリアに渡す。そのまま飲み干すまで待つ。  
 
バスルームから持ってきたタオルをジュリアの濡れたまま髪に載せ優しく拭いてやる。  
俺の髪は放って置けばすぐ乾く便利なものだ。  
柔らかいプラチナブロンドの髪がランプに照らされ煌いて揺れる。  
ジュリアは俺のすることに身を委ねたまま俯いている。  
 
「痛くないか。ルイセには毎回もう少し力を入れるように言われるんだが……。」  
返事はない。  
先程のやり取りは相当効いたらしい。  
あの後、俺に縋り疲れてしゃがみ込んでしまったジュリアにシャワーを浴びさせた。  
その後俺も軽く、昼間の闘技場でまみれた埃と汗を流した。  
もうこの時間だと皆を心配させていることだろう。しかしこのままジュリアをIKに復帰させるには不安がある。  
どうしたものか。  
 
「腹は減っていないか。希望ならルームサービスを取るが……。」  
そう言いながら机の引き出しからその一覧を取り出しめくる。反応はない。  
間をつぶせない一方的な会話。俺はそういう時ルイセには寄り添ってやる。  
不貞腐れていてもしばらくすると眠りについてくれる。  
ジュリアもそうだろうか。  
一瞬あんないやらしいコトをした男に近寄られるのは気分を害するのではないだろうかと考え、なら縋りついたりしないだろうと結論を出す。  
 
ジュリアの隣に腰を下ろしそっと抱き寄せた。  
まだ乾ききっていないジュリアの髪を何度も撫でてやる。  
このまま夜を明かすのも悪くない。  
好きな女を抱きしめて夜を過ごせるならティピの蹴りも怖くない。  
 
多分これで俺達の関係は終わってしまうんだろう。  
 
「……。」  
「どうした?」  
ふとジュリアに何か言われたような気がして応える。  
ジュリアは相変わらず身動きしていない。が、ぽつりと今度ははっきり俺の耳に届いた。  
 
「抱いて……ください。」  
俺はしばし言葉を失う。ジュリアの無表情な瞳を見て、今のは幻聴だろうかと思いなおす。  
 
「私を……抱いてください。マイロード。」  
やっと瞳に生気が宿ったジュリアはゆっくりと俺に振り返り口づけた。  
 
甘い唇のふれあい。やがて深く舌を絡ませあってベッドに崩れる。  
絶えることなく互いに求め、吐息がもれる。熱を帯びた潤んだ瞳に見つめ返され、俺の心も揺れた。  
 
いいのだろうか。 ―― 戸惑い ――  
望んでいいのだろうか。 ―― 期待 ――  
最後の別れを望んでの行為か。 ―― 不安 ――  
分からない。彼女の心が……何を……?  
 
ただ抱きしめて唇を重ねて眩暈に身を委ねる。  
再び熱く自分の男としての本能がたぎってくる危険さに、今度こそ勝てるだろうか。  
 
初めての出会った頃は圧倒的な強さに憧れて、いつか絶対追い抜くと決めた目標だった。  
敵として何度も刃を交えているうちに、俺の心に耐えがたい苦悩をもたらし始めて、その正体に動揺を覚えた。  
それは昨日、女性としてドレスをまとって俺の前に立った時に、はっきり悟った恋心。  
今日と変わらぬ夕暮れに、二人でバーンシュタイン王城に向かった時の、必死に隠した胸が躍る照れくささ。  
今と同じくらいの時間に夜の帳のなかで、王城のテラスで語らいながら、彼女のはにかむ笑顔に抱いた言い知れぬ幸福感。  
 
捕らわれて、縛られて、この関係だけではもはや満足できなくなった自分の身勝手さに呆れ返りながらも、  
俺のモノにできるのなら、どんな試練もクリアできるだろう、なんて思いに耽ってみたりした。  
 
まあ最後でもいいか。  
 
俺はひたすらジュリアを抱きしめ堪能した。  
その麗しい月の女神のごとき光を放つ髪を弄ぶ。金色の澄んだ輝きに満ちたその瞳を見つめ交わる。  
愛らしく整った唇を甘噛みする。ほのかに桃色に染まった頬に口づける。  
いつもは長剣を握り締める細い柔らかな指に、俺の無骨な指を絡ませる。  
しなやかで女性らしい体をローブの上から抱きしめ、その息遣いを感じとる。  
強い意思で荒波を乗り越えてきた、気高く美しい稀有な魂。その全てが愛しい。  
 
愛している。多分言葉にする日は来ないだろうが。  
 
ふとジュリアの瞳から涙がこぼれた。  
微笑を浮かべて、安らぎの女神はぎゅっと俺の頭を胸元に包み込んだ。  
ジュリアの鼓動が聞こえる。規則正しくて少し早い。  
いつもは隠している豊かな乳房も、今はローブ一枚隔てるだけで押付けられている。  
その谷間に、窒息してもおかしくないほど顔を埋めてみる。  
 
気持ちいいな。腹上死でもいいかも。  
 
結局いいところなのに余計なことばかり考えてしまう。  
そんな自分の悪癖にがっくりと肩を落としかけた時、ジュリアが動いた。  
二人して寝転がりながら愉しんでいたわけだが、ジュリアが俺のローブに手をかけ脱がせようとしているのだ。  
戸惑う俺をよそに肩を露出させ、今度はローブにしっかりと包まっていた自分の胸元を惜しげもなく開き寄せてきた。  
 
息を呑む。  
その柔肌を、しなやかな肢体を、俺の体に絡ませてくる。  
甘い女としての香りが俺の心を掻き乱し、男としての本能の楔を解き放つ。  
優しく俺の髪を撫であげ、その唇を耳元に寄せささやく。  
 
「抱いて……。」  
その誘惑に抗えるはずもなかった。  
与えられるままその肌を求め熱く唇を這わせる。  
優しい彼女の指先が俺の体を抱きしめ促す。先程は拒まれた泉へもあっけなく自ら導いてゆく。  
改めて銀の茂みをかきわけ、その溢れ出した愛液でランプの光を帯びる泉をじっと見つめた。  
白い肌のジュリアの、濡れきった秘割。  
ひだをめくり、その真ん中にある男性自身でいえば先端に当たる部分を見つける。  
その小さな突起を優しく指でつまんで刺激する。  
 
「はう……ん。」  
ジュリアの甘くしびれる声に、俺の理性は消し飛んだ。  
その先端を、舌で飽きるほど刺激して愛液を口にする。  
ほんのり女性特有の甘さが脳幹をつきぬけ、自分でも信じられないほどの欲望をたぎらせた。  
流されるまま、その涌きでる源泉に指をくぐらせようとして、その手前で進行は妨げられた。  
再度その入口の状態を確認した後体を起こした。  
ジュリアを正面に仰向けに転がして覆いかぶさる。  
そしてそのままジュリアの腰を引き寄せると、自分のモノをあてがってしばし息を整えた。  
 
「いい……な?」  
「はい。」  
痛みは一瞬で終わらせてやりたい。眼を閉じ大きく息を吸うと、俺は一気に突き通した。  
 
「……!」  
苦痛を必死に喉元で、両手で押さえ込んで耐えるジュリア。  
声をださず、身動きひとつしない。  
 
やっぱりやめるか……なんて言えるはずもない。その段階は今過ぎた。  
俺、ジュリアを泣かしまくりだな。  
ティピに今度こそ蹴り殺されるかも知れない、なんて余計な方へ思考が飛んでゆく。  
 
差し込んでしばらく互いに身動きせず、ジュリアの様子に身を任せる。  
歯を食いしばって耐えている姿を見ると、戦場でないのに彼女を傷つけている自分が許せなくなってくる。  
俺自身も実は、少々締め付けがきつい。初めての女性というのは癖があるものだからだ。  
だが自分のことはこの際後回しだ。ジュリアの表情を伺う。  
 
「動かしても……大丈夫か?」  
言葉が返ってこない。まだかかるか。  
欲望をたぎらせたモノを、そのなかで押さえつけるのは苦しかったが待つ。  
じんわりと滲んでくる汗が腕を伝い、ジュリアの肩先に落ちる。  
それを見て、無言のままジュリアは頷いた。  
 
そっと身をかがめ、ジュリアの感じるところを刺激する。  
夕刻と違い今度は素直に応えるジュリア。再び甘い吐息とあえぎ声が室内に満ちる。  
彼女の乱れた動きにあわせそっと揺り動かしてみる。  
互いのバランスとタイミングをその表情で計りながら、ジュリアを俺のペースに持ち込んでゆく。  
 
「ああ、う……。」  
やがてその動きに徐々に慣れてきたらしいジュリアの表情が、少しずつだが和らいできている。  
慎重にあせらず進めてゆく。玉雫の汗が互いを濡らしあい、吐息が交じり合う。  
 
「く……っ。」  
「ああ! あ……ああ……!」  
俺自身、制御できないほどの熱に浮かされ意識が飛びそうになる。  
ジュリアは本当に初めてなんだろうか……と、この快楽を疑い、さっき確かめただろうと心で言い聞かせる。  
 
「ジュリア……。」  
「マ……イロード。愛してます。一生をかけて貴方を……ん。」  
粗い息を吐きながら、マイロードだけ余計だと思ったが口にすることはしなかった。  
彼女自身、言っている意味を理解しているのだろうか。いや、今はどうでもいい。  
優しく名を呼んでやる。繰り返し繰り返し、言い聞かせるように彼女の名をささやく。  
 
剣として護って欲しいなんて思わない。俺が護る。俺がお前を護る。  
願わくば、その切っ先で俺の未来をほんの少し照らしてくれればいい。それだけで俺は……  
 
救われる。  
 
波は最高潮に達し、熱い精を放って俺は果てた。  
ふらつく身をジュリアの傍らに投げ出す。  
 
闇夜に潜む潮騒のように押し寄せてくる不安。  
自分は果たして人間であるのか。  
もしかして……存在してはならない生き物なのかもしれない。  
次々に起こる事件や出来事を通して、確信はやがて絶望を突きつけるのだろう。  
王母を連れ出したあの直轄領近くで見てしまった仮面騎士の、ラルフと同じ素顔の意味を。  
「気づいているのだろう?」「どのみちエラーは正さねばならん!」リシャールのあの言葉の意図するところを。  
その時、果たして闇に堕ちないと断言できるだろうか。  
 
俺に何が残る。  
何を残せる。  
俺は……  
 
汗にまみれた髪をかきあげながら、意識を失ったジュリアを見る。  
求める形が違ってしまったのなら、それはそれでいいだろう。  
俺が強ければいい。  
闇が深いなら、それに勝る光を求めよう。  
 
ジュリアに求めるもの。  
それは ――――――――― 光の道しるべ  
 
fin  
 

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