地面に死体が何体も横たわる。
兄のように頼りにしていたクライアスさんが、危なっかしくて守ってやらなきゃ、と思ってきたファニルが、冷静で皆のまとめ役だったランディさんがもの言わぬ死体になって横たわっている。
あの人は……すごく落ち着いていて、凛々しくて、カッコよくて、綺麗なあの人は俺の腕の中にいた。
だけど、あの人の顔はすごく苦しそうで…俺の手…もはや丸太ほどもある指が彼女の体を締め付けている。
俺が何度も願っていた彼女の腕の中に抱く、という行為からはかけ離れていた。
「あ…ぅ…」
彼女の口から一条の血がこぼれ落ちる、俺はその血を見た瞬間、理性が消し飛んで指に力をこめていた。
彼女の体がひしゃげていく感覚に心地好さを感じながら、 力を失い、虚ろな目の彼女の頭から落ちていく鳥の羽のついたフードを眺めていた……。
「うわああああっ!」
シーツをはぎとり、勢いよく体を起こす青年。髪はと体はびっしょりと汗に濡れ、気持悪さに顔をしかめる。
顔に手を置きながら荒い息を吐く。寝ている間に泣いていたのだろうか、汗以外の液体が流れたような痕を指に感じた。
ため息交じりにその場を見回し、宿屋に割り当てられた自分の部屋だと実感し、先程のことが夢だと確認して安堵する。
「また……あの夢か…」
はぁ…と一際大きなため息をついて彼、ゼオンシルトは体を起こす。
べたつく体が気持ち悪い、水が時には金塊よりも貴重なこの大陸ではシャワーなんてそうそう使うことはできない。
宿屋のシャワールームも一定の時間のみ使用して、その後濾過を何度も繰り返して農業用水に使っているくらいだからだ。
仕方ないので水にぬらしたタオルで体の汗をふき取り、気持ち悪さをぬぐう。
どさりと体をベッドに預けて目を瞑る。しかし…
10分…
20分…
1時間…
「……くそっ!」
眠れない、あの夢を見た日はいつもそうだ。
自分の体の中のあの化け物、スクリーパーの細胞…既にコリン、ファニル、みんなの助けもあって封印されはした。
しかし、自分の中にあの細胞があったのは事実だ。あの生理的嫌悪感を催す怪物の細胞が。
確かに移植されたのは母ロミナの細胞であり、自分の中に見たことも無かった母が一緒にいれるようにも思えて少しばかりの嬉しさを感じていた。
しかし、すべてを受け入れることがどうしても出来ない。あの化け物と自分が同じであるということがどうしても怖かったのだ。
その嫌悪感と、もしかしたら再発するかもしれないという恐怖感がああいう夢を見せているんだろうか…?
吐き捨てるように唸ると宿屋を出て、散歩でもしようと商店街をふらふらと歩く。
ふと、彼がなんとなく議会のほうを見ると、議会前の階段に腰掛けている女性が居た。
「……メルヴィナさん」
維持軍の兵士からは200m先からでも居るとわかるとか、あわてて資料室に入ろうとしたときに羽が頭に引っかかって転びかけたとかひどい言われようの彼女のフードを今はしていない。
だが、ゼオンシルトはそんな特徴的なフードが無くても彼女を見間違うはずがなかった。あの夢が思い出される。
「……戻るか」
少し歩みを彼女の方に歩みよるが、二、三歩足を進めてから立ち止まる。なんとなく、会うのが怖かった。
だが、振り返って歩き出したとき、夜闇にまぎれてわからなかったが犬の尾を踏んだ。
「ギャンッ!!ワンッ、ワンッ!!ワンワンワンッ!!」
「あ、ご、ごめん!って、こ、コラ吼えるな!」
縄につながれた犬が吼えてゼオンシルトに襲い掛かろうとするが、縄によってゼオンシルトまでは届かない。
しかしその鳴き声は大きく、夜の街に響き渡る。その声を収めようと悪戦苦闘しているゼオンシルトの後ろから声がかかった。
「こら、近所迷惑だぞ」
「あっ、す、すいませ……!」
苦情に来た市民かと思い振り向いた瞬間に、彼の顔が固まる。
会いたくないと思って離れようとしたのに、すぐそばに彼女、メルヴィナが居た。
「あ……」
「ほら、鳴かないの。ご主人様が起きちゃうでしょう?」
かがんで優しくその犬の頭を撫でるメルヴィナ。
鉄面皮とか氷の女とか言われているけど、子供とかこういう動物には優しい彼女を見るのがゼオンシルトは好きだった。
もっとも以前それを指摘したら、赤面しながら鎌の柄でこぶが出来るほど後頭部を強く打たれたが。