深い眠りから覚めて、瞼を開けると柔らかな陽光がさし込んできた。  
「……もう、朝になったんか?」  
 メルはひとり呟きながら傍らを見ると、赤い髪の青年が穏やかな寝息を立てていた。  
 彼を起こしてしまわないようにゆっくりとベッドを抜け出し、銀色に縁取られた出窓へと歩く。  
 出窓の台の上にはふたり分の衣服が積み重なっており、そのてっぺんには木工細工が置かれていた。  
「まさかウチが持つことになるなんて、思っても見いへんかったわ。こうやって作ってたんやったなぁ」  
 メルは帽子を被ってグラブを嵌めてから、それを手にとった。  
 かけらの左片はクレヴァニールのこころ。メルは肌身離さず持ちつづけ、一年間ひとりで彼を待ちつづけた。  
 かけらの右片はメルのこころ。欠片は彼だけの一年を語ってはくれないけれど、彼と共に在り続けただけでも充分だと思える。  
 そんな一対のかけらをぴったりと合わせてハートの形となったラヴァーズオークのように、ふたりは昨夜ひとつになった。  
「してた時、ウチはめっちゃ幸せやった。けど……」  
 アンタはどう思ってくれてたんやろ、と心の中で続けた。  
 夜の闇では隠れていた身体の特徴を朝の陽光は隠させてくれず、窓硝子はその身体を鏡のようにまざまざと見せつける。  
 華奢な身体だけどラインが綺麗で胸もあるフレーネと違って自分は肋骨のラインがわかるぐらい痩せていて胸も無い。更に、自分の大切なところは必要以上に濃い毛で覆われている。  
 綺麗なアクセサリで身を装うことができてもありのままの姿だけはどうすることもできない。  
 自身のコンプレックスから逃れるようにメルは身を翻し、マントを敷いてから出窓にちょこんと腰掛けた。  
 ウチの身体がこんなんやったって知ってショックを受けたんちゃうかな―――まだ夢から覚めない彼の顔を見下ろす表情は、どことなく冴えない。  
 ラヴァーズオークの縁をグラブの先でなぞりながら、メルはただ彼の目覚めを待ちつづけた。  
 
 不安な気持ちを抱えたままで迎えた彼の目覚め。  
 おはよう、と交わしたはじめての朝の挨拶は澱んだものだった。  
 どこかいつもと異なるメルの様子に気付いたクレヴァニールは身を起こして髪をかきわけながら、どうしたのかと問い掛けてきた。  
「何にもあらへんって言いたいんやけどな……」  
 彼をまともに見ることができずに俯いてしまう。  
 続く言葉をなかなか切り出せないでいると、彼はメルのところへ歩み寄って帽子越しにメルの頭をぽんぽんと軽くたたいてくれた。  
「ありがとう」  
 今度は顔を上げて、彼の瞳をしっかりと見て答えた。  
 そしてそのまま、思い切ってメルは心の中に抱えている気持ちを言葉にし始めた。  
「昨日、アンタに抱かれてるとき、ウチはめっちゃ幸せやった。アンタもそう思ってくれてる?」  
 クレヴァニールはこくんと頷く。  
「ふふっ。やっぱりアンタと一緒になれて良かったわ。でもな、ウチがこんな身体やなかったら、もっと良かったと思ってもらえるんちゃうかなという気がしとるんや……」  
 彼は少し驚いたような表情をしている。  
「ほら、ウチってあんまし胸ないし、痩せすぎて、あんまり女っぽくない身体しとるやろ? せやから、アンタを満足させることができたんかどうか心配やってん」  
 充分満足している、と彼は優しく言いながら、メルの手からラヴァーズオークを取ってメルの目の前に差し出した。  
「これがその証やいうのは分かっとる。けど、別の証をゆうべみたいにウチの身体につけてほしいねん……」  
 メルは立ちあがってクレヴァニールの胸に顔を埋めた。  
 彼の鼓動と温もりが伝わってくる。  
 ゆうべと同じように、メルを優しく包み込んでくれる。  
 しばらくの間、何も言わずそのひとときに身を委ねていた。  
 
 突然、帽子が彼の手で脱がされて、替わりに頭の上に何かが置かれた。  
「ん? 何しとるん?」  
 顔を上げようとしたところ、そのままでいてと言われたのでその言葉に従う。一旦脱がされた帽子を、今度はきつめに被らされた。  
「もしかして、この中にラヴァーズオークを入れたんか?」  
 メルが見上げて尋ねると、彼は照れくさそうな表情をしてみせた。  
「アンタって意外とロマンチストなんやな。ええよ、このまま……んんっ」  
 この指摘が図星だったらしく、それをごまかすようなクレヴァニールのキスでメルは言葉を遮られた。  
 唇だけでなく、頬や額にも彼のキスが何度も落とされる。温もりを受け取るうちにメルの背中が少しずつ反っていった。  
「あっ……」  
 くっきりと肌に浮かび上がっている肋骨のラインをひとつひとつ彼の指がいとおしげに辿ってゆく。  
「ごめんな……こんなに痩せとって」  
 病的ではないにしてもお世辞にも綺麗とはいえないでこぼことしたところを愛撫してくれているクレヴァニールに対して申し訳無く思う。  
 だけど、彼は首を横に振って、尚も胸の下の不均整な輪郭を愛で続けてくれた。  
 その存在を確かめるように指の腹が滑る時には優しさを与えてくれる。  
 触れるか触れないかぎりぎりの距離を指先が掠める時にはくすぐったさを与えてくれる。  
「はっ……あぁ……」  
 自分が好きになれないでいるその場所から伝わる刺激は、メルを支配していたコンプレックスを薄れさせて、そのかわりに快感と甘い吐息を呼び覚ましてくれた。  
 身体を支えきれなくなって、メルは思わず出窓に腰を下ろす。腕をついて辛うじて身体を支える。それでもまだ、クレヴァニールの指は肋骨の上を這い回り続けていた。  
 
 ゆうべと同じようにささやかな膨らみを彼の手が覆う。  
 円を描くようにゆっくりと手のひらで撫でられたかと思えば、少し痛いぐらいに五指で乳房を揉み上げられ、固くなった頂を指の腹で摘まれる。  
「はぁ……」  
 メルが零すのは熱いため息だけでない。  
 身体の奥からも熱いものがこみ上げて、少しずつ腿を濡らして行く。  
 クレヴァニールの指が胸から下へと降りていき、下腹部へと辿りついた。   
「ホントに、ごめんな。……こんなんで」  
 クレヴァニールを見ながら、メルは言葉を漏らす。  
 胸のささやかさとは対照的に、脚の付け根の茂みは割れ目を隠してしまうほど濃く自己主張している。胸が自己主張して茂みがささやかだったら良かったんやけどな、と自虐的な冗談が脳裏を過ぎる。  
 だけど、次に彼が耳元で囁いた言葉にメルははっとさせられた。  
「せやな。さっきからウチは自分の身体の特徴を欠点としてしか見てなかったわ。アンタの言うとおり、身体だけで人の好き嫌いは決めるもんやない。そういうトコも含めてお互いに全てを好いてくれるっちゅうのがホントの愛なんやね……」  
 メルの返した言葉にクレヴァニールは頷き、濡れそぼったメルの茂みを指で何度も梳いた。それだけで、これまでコンプレックスに感じていた身体でも彼に満足してもらってることが伝わってきた。  
「ふふっ、それじゃ、ゆうべみたいにふたりで……」  
 メルがゆっくりと脚を開くと、位置を探るようにクレヴァニールのものがあてがわれた。そして、茂みに隠れたメルの入り口からゆっくりと熱い異物が沈み込んでくる。  
「…全部、入ったんか?」  
 クレヴァニールが返事のかわりにキスをひとつ、メルの眉間に落としてからメルの内壁を擦るように動き出す。  
 想いを打ちつけてくる彼にメルは腕と脚をぎゅっと絡めてしがみつく。  
 ふたりが繋がっているところだけじゃなくて、身体のすべてが熱くなって、次第に意識が蕩けてゆく。  
「くっ、クレヴァ…ニール……っ。……好…き……」   
 僅かに身体が強張って、意識がどこかへ沈み込んでゆく。  
 絶え絶えな息遣いのなかで、メルは彼の名と想いを言葉に紡いでいた。  
 
「ん……」  
 気がついた時には、メルは後ろにもたれかかっていた。  
 ぴったりと背中をくっつけている窓硝子は火照った身体を心地よく冷まし、窓硝子の向こうから差し込む光は結ばれたふたりを祝福するように照らす。  
 胸に妙なくすぐったさを感じてそこを見ると、クレヴァニールが頭を埋めて身体の重みを預けてきていた。  
 グラブを脱ぎ捨て、汗ばんだ手を彼の頭にまわす。  
「この身体、ウチはあんまし好きやなかったけど、アンタのお陰でコンプレックスっちゅうのを感じなくなったわ。アンタを好きになったように、この身体もちょっとずつ好きになれそうや……」  
 言いながらクレヴァニールの髪を指で梳くメルの表情はさっぱりとしていた。  
 そんなメルの顔を覗くように彼がゆっくりと頭を上げる。  
「ありがとう。……これからもよろしゅう頼むで」  
 メルは呟きながらクレヴァニールの前髪をかき分けて、彼の額にそっと唇をつけた。  
   
(Fin)   
 

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