わたしたち、ずっとこのままなのかな……。
漠然とした不安を抱えながら、フレーネはベッドの上で闇が漂う天井をぼんやりと見つめていた。
ファンデルシアで仲直りしたはずなのに、いざリーゼルの宿に着いてから部屋でふたりきりになっても一度も会話を交わすことがなく、気まずい雰囲気で眠りに入ろうとしている。
同じベッドの上、手を伸ばせばすぐに届くところにイライザさんはいるのに、心は手の届かない遠いところにあるような気がする。
このままでいるのは嫌だけれど、どのようにイライザさんと接したらいいのだろうか……。
空白の多い記憶のなかからその答えを導き出そうとしたその時。
「ねぇ、フレーネ。起きてる?」
イライザさんの方からフレーネに話しかけてきた。
ふたりきりになって初めての会話。
急に話しかけられたのでびっくりしたけど、フレーネはこれをきっかけにふたりの仲が戻ることを期待しながら返事をした。
しかし、イライザさんが次に投げかけてきた言葉はそれと逆のものだった。
「あの……私のこと、嫌い?」
「え?」
「レムス達とはちゃんと接しているのに、貴方は私を避けている。だって、こうしてふたりきりでいるのに全然口をきいてくれないじゃない」
違うんです、と言いたかったのにイライザの言葉はさらに続いた。
「確かに、事情を知らなくてファンデルシアで貴方を傷つけてしまったことは申し訳なかったと思うわ。だけど、それはちゃんと仲直りしたはずじゃない。それとも、あれは嘘だったの?」
さっきよりも口調の強いイライザに対して、フレーネは返す言葉が見当たらず、かすかに首を横に振った。
「だったらどうして私を避けるのかしら?」
「避けているわけじゃないです。ただ―――」
わからない。どういう言葉で気持ちを伝えたらいいのか、考えれば考えるほど、出口の見えない迷路にどんどん入りこんでしまう。その迷路でぐるぐる迷っているうちにフレーネは当たり障りの無い会話をすることさえできなくなっていた。
そんなフレーネの姿がイライザさんには避けているように映ったのかもしれない。
「……ごめんなさい、わたし……」
いつのまにか自らふたりの仲を隔ててしまってイライザさんを傷つけてしまった。
望んでいる結果と反対になってしまったことが悲しくて、こんな風にしてしまった自分が情けなくて、フレーネは思わず枕に涙を落とした。
「貴方を泣かせるために聞いたわけじゃないのだから、泣かないで頂戴」
イライザさんはそっと手を差し出して、フレーネの目尻からこぼれる雫を指抱きで拭った。
「私も、貴方にどう思われているのかって考えると、自分から話しかけるのが怖かったの。貴方に相手してもらえなかったらどうしようって思っちゃって」
これまでと違って寂しげに呟くイライザさん。
「それに、貴方の記憶のことが原因なのかもしれないって今頃になって思ったの。だとしたら、ファンデルシアのときと同じあやまちを繰り返してしまった私は謝らなくちゃならないわね」
「イライザさんがあやまること、ないです。わたしも知らないうちに記憶のせいにして逃げていたかもしれないですから」
「ふふふっ、それじゃ、またおあいこね」
イライザさんが笑ったのでフレーネもつられて笑った。
イライザさんもふたりの仲がこのままじゃいけないって思ってくれていたのが嬉しかった。
ふたりは同じ迷路に迷い込んでいたんだ。だけど、これから一緒にその迷路の中から仲直りという出口へ行ける……。
「今度こそ、本当に仲直りできるといいですね」
「できる、じゃなくて。する、ね。フレーネちゃん、私のこと、好き?」
「好きです」
「本当に?」
フレーネはこくんと頷く。
「じゃ、仲直りね。……目をつぶってくれるかしら?」
「えっ?」
少し戸惑いながらも言われるままにフレーネは目をつぶった。何が起こるのだろうとどきどきしながら。
「んっ……」
温かなものがふわりとフレーネの唇をふさぐ。
それを確かめるようにおそるおそる目を開けると、視界にはオレンジ色の瞳がすぐ前にあった。
ということは、今フレーネの唇に触れているのはイライザさんの唇らしい。
やがてイライザさんはまばたきしながらゆっくりと顔をフレーネから遠ざけた。
でも、どうしてキスをしてきたのだろうか―――答えるようにイライザさんは口を開いた。
「ただの仲直りじゃ、だめなの。初めて会った時からずっとずっと貴方のことを想っていたの」
唇に残る熱を感じながらそのことばを聞くフレーネ。
「仲直りよりも深い仲になりたい……」
そう言うとイライザさんはフレーネの頬に手を添えて再び唇を重ねた。
フレーネは自分でも不思議なぐらい、すんなりとそれを受け入れる。
そしてこの時、フレーネはイライザさんへの想いが胸の奥に眠っていたことに気付いた。
カーテン越しに微かに月の光が差し込むなかで、ふたりは大好きという気持ちだけをまとってありのままの姿を晒しあう。
イライザさんの瞳がフレーネに何かを語りかけてくる。
フレーネが首を小さく縦に振ると、イライザさんは何も言わずにフレーネを抱きしめた。
ぴったりとくっついた頬、背中にまわされた腕、少しむぎゅっと押し合う胸が熱い。
どちらのものか分からない、微妙にテンポのちがったふたりの鼓動と吐息が聞こえる。
これだけでもう十分じゃないかなって思うぐらいに気持ちが伝わってきてる。
イライザさんに背中を撫でられながら、フレーネはこのひとときに浸っていた。
「……あらっ、ないのね」
突然、手の動きをぴたりと止めてイライザさんは残念そうに呟いた。
「どうしたんですか?」
思わずフレーネは聞き返す。
「羽根……フレーネちゃんだったら生えていそうな気がしたの。ほら、ゆうべファンデルシアの宿で倒れた時、貴方は天使の夢を見ていたのでしょう? もしかしたら貴方は天使だったりして、って思っちゃったの」
「すみません」
何故か謝るフレーネ。
「貴方が謝る必要はないわ。だって、私の勝手な思いこみだからね」
「いえ、そうではなくて。倒れたことなんです。イライザさんが辛い時にわたしは迷惑をかけてしまったから……」
「ううん。いいのよ。もともと私が無理を承知でファンデルシアに行きたいって言い出したのが悪かったわ。……だから、これもおあいこ、ね?」
イライザさんは微笑んでからフレーネの耳たぶにそっと唇で触れた。
くすぐったさと温もりを受け取りながら、フレーネはイライザさんと一緒に後ろへ倒れこんだ。
「んっ……あぁ……」
耳元から首筋、そして鎖骨へとイライザさんの唇がなぞってゆくと、ぞくぞくっとした感覚にフレーネの肩がひとりでに震える。
フレーネは自分のことなのにこれからどうなってしまうのかが怖くてぎゅっと目をつぶった。
「怖いの?」
イライザさんの問いかけにフレーネが目を閉じたまま頷くと、イライザさんはフレーネのまぶたにそっとキスを落としてくれた。
「大丈夫。怖いことなんてしないから」
今度はお互いの唇を重ねた。
さっきあった恐怖感が遠のいてゆくぐらい、優しくて、柔かくて、うるおいのある感触。
「ん……んっ」
イライザさんの舌で軽くつつかれてフレーネは少し口を開けた。
フレーネの口の中でふたりの舌先が触れ合う。絡め合うなんて激しいものじゃなくて、ただちょんちょんと触るぐらいのもの。
それだけでもフレーネの顔は真っ赤になっていった。
「私よりも大きくて柔らかいわ」
フレーネの胸に顔をうずめながらイライザさんは嬉しそうに言う。
この状態で喋られるとフレーネの胸には直接言葉が響いて妙にくすぐったい。
「そ、そんなこと、ないです。イライザさんのだって、大きくて柔らかいと思いますよ」
フレーネのお腹のあたりに感じる圧迫感はイライザさんの胸。それは自分のとあんまり変わらないように思える。
「ありがとう。実はね、服を着ていても貴方の方が大きい気がしてうらやましかったの。だけど、今は私のもの……」
イライザさんの手がそっとフレーネの胸を包みこむ。
「もちろん、私の身体は貴方のものだから好きにしていいわよ」
そう言ってくれるけれど、イライザさんからの愛撫を受け取るだけでフレーネはせいいっぱい。
「ふぅ……はぁ……っ」
ふくらみを手で揉まれる。
最初は存在を確かめるようにゆっくりと軽く指が動いていき、だんだんと指に力が込められて激しく揉み上げられてゆく。
イライザさんの指から送られてくる刺激に、フレーネの乳首はしだいに硬さを増していった。
もちろん、イライザさんがそれを見逃すはずはなく、色づいたその部分を指先で摘んだ。
「ああっ」
少しぴりっとしたものがフレーネの中を駆け抜けた。
「食べてしまいたいぐらい可愛い」
音を立ててイライザさんの口に吸われる。
本当に食べられちゃうのかなと思うぐらい、舌で撫でられ、転がされる。
「ん……んぅっ……」
苦しいぐらいに胸を愛でられ続けるうちに、フレーネの頭はぼーっとしてくる。
その一方でイライザさんの手がフレーネのウェストや太腿を撫でまわしてから脚の付け根へと辿りついていた。
「あ、そこは……は……あぁ」
フレーネの形ばかりの抗議を無視してイライザさんは柔らかな扉を撫でまわす。
撫でまわされるうちにフレーネの身体の奥からは蜜がとめどなく溢れ出す。
「やっ……あんっ……」
イライザさんの指がフレーネの溝の感触を楽しむように泳ぐ。
ときには蕾を指先で擦られたり、ちょっとだけ指を挿し入れられたり。
フレーネの蜜とイライザさんの指が立てる水音がフレーネを煽りたて、フレーネの身体の芯から快感を引き出していった。
フレーネの身体が中途半端にたかめられたところで、突然イライザさんの指が離れた。
「……どうして」
ふわふわとしていた意識が現実へと押し戻されながら、フレーネは涙目で訴える。
イライザさんは何も言わずにフレーネの手を取って自分の脚の付け根へと導く。フレーネの指がぬるぬるとしたもので覆われるぐらいに、イライザさんからも蜜が溢れ出していた。
「私もフレーネちゃんにしているうちにこうなっていたの。だから、貴方と一緒に……」
イライザさんはフレーネの腿に跨って脚を絡めてから覆い被さってきた。
「愛してる」
フレーネの耳元でそっと囁いてからイライザさんはフレーネの腿で脚の付け根の蕾を擦るように動き出した。
「はぁっ……ん……んっ」
イライザさんの甘くて熱い吐息がフレーネの耳をくすぐる。
「貴方も、動いて」
言われるままにフレーネもイライザさんの腿の上で蕾を滑らせる。
「あっ……はぁ……あぁ……っ」
受け取った喜びを返すように、フレーネも声を上げる。
お互いを追いかけるようなふたりの動き。
聞こえてくる水音や呼気はどちらのものかわからないぐらい混ざり合っていた。
それだけじゃなくて。
鼓動も、温もりも、身体も、心も、ふたりでぴったりと合わせて一つのリズムを刻む。
このまま一つに溶け合ってしまいたくてむさぼるようにお互いを責めたてて、ふたりは更なる高みへとどんどんのぼりつめてゆく。
「あっ、あぁっ……イライザさんっ!」
「フレーネ、フレーネっ!」
お互いの名を呼びながらふたりは身体を強張らせて絶頂へと達した。
何処かへ意識が沈みこんでゆくなかで、フレーネはイライザさんの熱い吐息と飛沫を感じながら、イライザさんの背を労わるように撫でていた。
重くてどこかぼんやりとした意識から覚めても、フレーネの上にはイライザさんが覆い被さったままだった。
「ありがとう。私を受け入れてくれて」
イライザさんはフレーネの髪を指にくるくる巻きつかせながら結ばれた後の余韻に浸っていた。
「いえ。わたしこそ、イライザさんが求めてくれたから……」
仲直りしたいと思っていたのにフレーネがどうしたらいいのかわからなくて躊躇してしまった一方で、イライザさんは素直に気持ちをぶつけてきてくれた。今、こうしていられるのはイライザさんのお陰で、フレーネはずっと自分が受身だったように思えた。
「ごめんなさい」
「え、何が?」
フレーネの口から漏れた言葉にイライザさんが顔を上げて問い返す。
「イライザさんはしてくれたけど、わたしは何もしてないですから……」
「そういうことはもう言わないで頂戴。想いを受け入れてくれただけで十分満足しているから。いてくれるだけでお互い心を満たしてくれる―――そういうのが本当の仲が良いっていうんじゃないかな?」
不安そうな表情で話すフレーネをイライザさんは優しく諭した。
「あら、まだそれでいいのかなって顔してる。いいのよ、それで。どうしたらいいかわからなくて不安になったら、その気持ちを溜めこまないで遠慮無くぶつけてきて欲しいの」
イライザさんはフレーネの瞳をじっと見て、次の言葉を続けた。
「そうやってお互い素直に向き合うことで絆がどんどん強くなっていって、それがいつか思い出として積み重なってゆくと思うの。私は、ふたりの思い出で貴方の過去の記憶の欠けた部分も、これからの貴方の心も埋めていきたい」
「イライザさん……」
「それに、貴方は私より年が下なのだから、私の妹になったつもりでたまに甘えてきてほしいの」
イライザさんは髪をくるくる巻きつかせたままの指でフレーネの頬をくすぐった。
「あん、くすぐったいですよ……」
髪で頬を何度も撫でられてフレーネの表情がほころぶ。
「そうそう。こうしてわらってる方がフレーネちゃん可愛いわよ」
しばらくの間、イライザさんは嬉しそうにフレーネをくすぐり続けた。
「そういえば、自分は何もしていないって言っていたわね。それじゃ、今度はフレーネちゃんが私に、して、くれる?」
悪戯っぽくイライザさんが耳打ちをしてきた。
「えっ!?」
どうしたらいいのかわからずフレーネは戸惑ってしまう。
「なんてね。冗談のつもりだったんだけど、真に受けちゃったでしょう?」
「はい」
イライザさんに心の中を見透かされてるようでちょっと恥ずかしそうにしながら頷く。
「ふふっ、可愛い。でも、今は何もしてくれなくていいの。こうしているだけで幸せだから……」
フレーネはイライザさんの言葉の続きをしばらく待っていたけれど、イライザさんは何も言わなかった。
「イライザさん?」
返事のかわりに聞こえてきたのは規則正しい息遣いだった。
伏したまま眠っているイライザさんを起こしてしまわないように、フレーネは毛布を手繰り寄せてふたりの身体にそっと掛けた。
わたしたち、ずっとこのままでいたいな……。
仲直りを超えたふたり分の温もりに包まって、フレーネはそっと瞼を閉じた。
(Fin)