わたしは今、愛する人の腕のなかにいる。
休暇の前夜。彼がわざわざわたしの部屋を訪ねて来てくれて―――わたしを抱き締めてくれている。
「好き」「愛してる」って言っていないし、言われてもいない。
だけど、こうして優しくわたしを包んでくれているということは特別なことで、それだけ彼がわたしのことを想ってくれているのがよくわかる。
「いい匂い・・・。わたしを守ってくれている匂い・・・」
目を閉じて彼の背に手をまわす。
見えていなくても、その温もりと匂いでここに彼がいるって感じる。
その温もりと匂いはわたしの心を満たしてくれている。
「今夜は、ずっと、この匂いに包まれていたいな・・・」
もっと心を満たしてほしくて、彼の腕のなかでわたしは呟いた。
その言葉に応えるように、彼がわたしの髪と背中を撫でてくれた。
「嬉しいです・・・」
わたしは顔を上げて彼の瞳を見つめた。
その瞳が何かを問い掛けてくる。頷くかわりに一度まばたきをした直後、わたしの唇が彼の唇と重なっていた。
「んっ・・・」
ふんわり、しっとり。
唇から伝わる温もりと優しさに胸がきゅんっとなる。
このまま、彼の腕のなかでとけてしまいそう。
2人の唇が離れる。それでもわたしの唇には彼の感触がしばらく残っていた。
彼の唇がふたたび舞い降りる。今度は唇に、ではなくて。耳に。
わたしに伝わってくるのはさっきと同じ温もりと優しさと。
「あ・・・」
それだけじゃなかった。
彼の言葉がわたしの鼓膜を優しく揺さぶった。
「いい・・・ですよ」
わたしも、あなたと触れ合っていたいから。
あなたを、もっと感じていたいから。
「わたしも・・・あなたと結ばれたい・・・です」
本当はそのまま続けてもよかったのかもしれない。
でも、今日はまだお風呂に入っていないから、身体をきれいにしたくて、わたしは湯船のなかにいる。
恥ずかしかったけど、彼がわたしと一緒に入りたいって言うから、生まれたままの姿で2人で寄り添って入っている。
「こうやって2人で入るのって、久し振りですね」
日記を読み返して記憶を取り戻した時に、わたしは彼と一緒にお風呂に入ったことがあると知った。
「覚えていますか?小さかった頃のことを」
彼が頷く。
千年以上も前のわたしたちは、幼馴染で恋心を抱いていなかった。
だけど、今はお互いのことを想っていて、大人になった身体を見せ合っている。
「ふふっ。覚えていてくれて嬉しいです」
そう言ってわたしが微笑むと、彼はわたしの肩をぐっと掴んで引き寄せて、キスをしてくれた。
「ん・・・っ。んん・・・」
唇を重ねただけではなかった。彼の舌がわたしの口のなかに少しずつ入ってきた。
はじめは舌先だけで触れ合って。いつのまにかお互いを求めるようにわたしたちは舌を絡め合っていた。
キスが終わると彼の舌がわたしの頬を撫でた。
「や・・・っ。まだ、わたし」
洗っていないから、と抵抗の声を上げる。
それでも構わない、というように彼の愛撫はうなじへと続いてゆく。
「あっ・・・んっ・・・」
わたしは声を零してそれに応える。
彼の舌に触れられるたび、わたしはこのまま彼に身を委ねてもいいっていう想いが強くなっていった。
彼の手のひらがわたしの胸を包みこむ。
こころなしか、お湯よりも暖かい手。わたしの胸が彼の手のひらにも鼓動を刻む。
「あの・・・わかりますか?とくん、とくん、と鳴っているのが」
わたしは手を彼の手に重ねてしばらく2人で鼓動を感じていた。
「この胸の鼓動だけじゃなくて、わたしのすべてをあなたに・・・感じてもらいたいです」
彼はわたしの胸に軽くキスをしてから、わたしの胸を撫でまわす。
「はぁっ・・・あぁ・・・」
胸に触れている五指は強く、優しく動く。
かわるがわる左右の胸のふくらみが揉まれる。
ただ揉まれてるだけではなく、蕾を指先で突かれたり摘まれたり。
わたしは胸から伝わるその感覚を逃すように、身体を左右に捻って湯船のなかに幾つもの波を起こした。
「んっ・・・ふぅ・・・」
彼の指が胸から下腹部へとわたしの肌の上で見えない軌跡を描く。
もちろん、ウェストや腰も、彼の指で何度も撫でられた。
「はぁっ・・・んっ・・・」
指で撫でられているだけで、いっぱいいっぱいだというのに。
彼の唇が、舌が、首筋にたくさんの熱を落してくる。
気がついた時には、わたしの顔も身体もかぁっと熱くなっていた。
太腿を撫でまわしていた彼の指がその付け根の溝にあてがわれる。
「そ、そこは・・・。・・・ふ、あぁ・・・」
彼はそのやわらかな感触を楽しむように指を曲げては伸ばす。
身体の外か内か分からない境界に送られてくる刺激に対して、わたしは形ばかりの抵抗の声すらまともに紡ぐことができなかった。
自分でも触ったことがないところを指先で突かれる。
「ああっ」
少しぴりっとしたものが身体を駆けて、思わず身体がびくっと跳ねた。
敏感なところが彼の指で撫でられて、転がされて、突つかれて。
わたしの身体なのに、彼はわたしの身体を知っているみたいに。
わたしが知らなかった心地良さを与えてくれて。
「やっ・・・はぁ・・・ん・・・あんっ」
わたしは自分でも聞いたことがないような甘い声でその心地良さを彼に返して。
身体のなかからはお湯とは違う温かいものが溢れ出してきて。
頭がくらくらしてわたしがわたしじゃなくなったみたいな気分になって。
これらは全て彼への合図―――わたしは心も身体も「女の子」から「女のひと」になって、彼を受け入れようとしているという合図だと思う。
だけど―――。
指先がほんの少しなかに挿し入れられただけで痛い。
ちょっとずつなかに入ってくる。
お湯と、わたしの身体から湧き出るものが指の侵入を滑らかにしているけれども、無理矢理こじ開けられるような痛みが走った。
わたしは彼の身体をぎゅっと抱き締めてその痛みに耐えた。
「全部・・・入ったのですか?」
身体のなかを這うような指の動きが止まった。
彼が頷く。
痛みが身体に残っているけれど、それ以上に彼の指を受け入れることができて嬉しかった。
指が引き抜かれて、わたしは彼と見つめ合う。
さっきは指を受け入れたけど、彼と結ばれるというのは指じゃないものを受け入れるということ。その準備はできている。
「あなたと・・・んんっ」
言いかけたとき、彼の口がわたしの口を塞いだ。
言いたいことは分かっているっていう優しいキス。
唇を離すと、彼がわたしに指示を出した。
「えっ?・・・あ、わかり・・・ました・・・」
わたしはそれに戸惑いを隠せなかったけど、言われるままに四つんばい。おしりを彼に突き出しているという恥ずかしい格好になる。
本当は2人で抱き合ったまま結ばれることに憧れていたのだけど、湯船のなかでそんなことしたら、2人とも沈んじゃいますからね・・・。
彼が求めるのなら、彼とと結ばれることができるのなら、何でも出来るはずだから。
「んっ・・・うぅ・・・」
彼の両手がわたしの腰を掴む。
その直後、指とは違った異物感がわたしのなかに入ってくる。指で慣らしていたはずなのに痛みが身体を突き抜ける。
わたしが呻き声を漏らしたことで、彼が躊躇したようで動きが止まった。
「どう・・・して?」
答えはわかっているのに、思わず彼にきく。
予想通りの答えが返ってきた。
「ええ。・・・確かに、痛い、ですけど・・・」
だからといってここでやめてほしくない。
だって、心ではあなたと結ばれてひとつになりたいって思っているから。
「お願い。ここで、やめないで・・・ください」
ふたたび彼が動く。
彼を受け入れているとき、わたしの瞳から一筋の涙が頬を伝った。
この涙は痛いから、じゃない。彼を受け入れている嬉しさからのもの。
途中、一段と大きな痛みに襲われた。
たぶん、これが乙女の証を彼に捧げたって言う合図。即ち、破瓜の痛み。
ここでまた痛がったら優しい彼はわたしのなかに入ってくることができなくなってしまうと思うから、わたしは黙って耐えた。
動きが止まった。わたしはようやく彼を最後まで受け入れることができた。
「あ・・・」
彼の手がわたしの腰や背中を撫でまわす。
受け入れてくれてありがとう、というように。
「あの、わたし、大丈夫ですから。このまま、あなたと・・・」
彼の手がまたわたしの腰を掴む。
わたしのなかを彼がゆっくりと行ったり来たり。
湯船の中で波が立つ。その飛沫がわたしの頬にかかる。
「あぁ・・・はぁっ・・・やっ・・・」
彼がわたしに腰を打ちつけて揺さぶるたびに水面の波は大きく、激しくなる。
わたしはそれに流されて沈んでしまわないように腕で身体を支えるので精一杯。
もう、なかの痛みのことを忘れてしまうぐらいに彼と波に揺られている。
「んっ・・・あんっ・・・ああっ・・・」
わたしの身体のなかから、別の熱い波が寄せては返す。
顔は見えていないけど、心と身体で彼をいっぱい感じている。
彼もわたしをいっぱい感じてくれている。
千年以上の時を超えてふたたびめぐり合うだけでも奇跡だというのに。
そんなひとと結ばれているわたしは、なんて幸せなのだろう。
これからもずっと、ずっとふたりでいたい・・・。
彼の動きが止まって波が鎮まるまで、わたしはずっと結ばれた喜びを噛み締めていた。
わたしは今、愛する人の腕のなかにいる。
ベッドの上で、ありのままの姿で。
あのあと、彼がわたしの髪も身体もきれいに洗ってくれた。
さらに、お風呂から上がってからは丁寧に髪を梳いてくれた。
結ばれたことも嬉しかったけど、こうやってわたしの身体に触れてくれるだけでも十分幸せな気分になれた。
「愛しています」
彼の腕のなかではじめてこのことばを口にする。
同じことばを返して彼は私の頭を撫でてくれた。
とっても心地良くてこのまま眠りに落ちてしまいそうになったけど、その前に明日のことを彼と約束しておきたかった。
「明日も、2人きりで。いて、くれますか?」
答えるかわりに彼は私の頭を撫でてくれた。
ありがとう―――そのことばを口にする前にわたしは彼の温もりと匂いに包まれて眠りへと落ちてしまった。
いい夢が、できれば彼と同じ夢が見られたらいいなって思いながら。
(Fin)