「んくっ・・・ん・・んく・・・ぷは・・・・あなた・・・わたしはどうすれば・・・」
ほのかな灯火の中で一人、ワインをあおり続ける女性、ローランディアの宮廷魔術師にして大陸有数の魔術の使い手―
サンドラ・フォルスマイヤーは普段は寝付くために一口二口で済ます寝酒を普段は絶対することのない瓶から直接飲んでいた
時折、彼女の小さな嗚咽がひびく
「んくっ、んっ・・ん・・・ルイセ・・・ルイセ・・・・わが師、ヴェンツェル・・・・何故・・・何故ですか・・・」
彼女の愛する娘は久方ぶりに再会した恩師に魔力を抜かれ、更には魂と心も抜かれたような状態になってしまった。
ヴェンツエルの行動には彼女は何の帰責性もなかった、予想しうるはずもなかった。
だが、それでも自分の目の前で娘が壊れてしまうのを気づきもせずただ傍観していただけだった。
それがサンドラの心を苛み、彼女はそのつらさを酒に頼ろうとしたのだった。
(ふふ・・・弱い・・・ですね・・・カーマイン・・・あなたにえらそうにできる立場ではありません・・・)
自虐的な笑みを浮かべ、再び瓶をつかみ口元に寄せる
「・・・・?・・・空・・・ですか・・・」
空いた瓶を横に置くと代えの酒を求め、リビングにフラフラとした足取りで向かった
「あ・・・・・・」
「・・母さん・・・・・」
そこには彼女のもう一人の愛する子、義理の息子、カーマインが立っていた
「そのさ・・・眠れなくて・・・水を飲もうと思って・・・」
「え・・えぇ・・・そうれすね・・!!」
カーマインの言葉に返事を返そうと思ったサンドラは自分の言葉が呂律がまわっていないことに気づき、
ハッ、と口元を両手で覆った。彼女から放たれる甘い酒の匂いにも当然カーマインは気づいているだろう。
娘が大変な目にあっているというのに酒をあおっているとは、なんて母親だ――
そのようにカーマインは思っているかもしれない、軽蔑されたかもしれない、
その恐怖に彼女は口元を押さえたまま膝を曲げ小さくなった
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
小さく震えながらポロポロと涙を流し謝り続ける義母、普段からは想像もできない姿に焦り、カーマインはサンドラに駆け寄った
「か、母さん?どうしたんだ?一体なんで泣いて・・・・」
「わたし・・・わたし・・ルイセが・・・何もせず・・・ヴェンツェル老が・・・お酒・・・」
「・・・・?母さん?落ち着いて・・・ゆっくり落ち着いて話して・・・・」
「ごめんなさい・・・ごめんなさ・・ひっく・・ひっ・・・ごめんなさい・・・」
しゃくりあげるばかりで意味を成さない言葉をつむぐサンドラ、その様はまるで泣き虫の義妹の姿そのものだった。
そのときの義妹を落ち着かせるために一番の方法・・・・それをカーマインはサンドラにも自然と行った・・・
ぎゅっ・・・・・
「!!?」
「・・・・・・・・・落ち着いた?」
「あ・・・は、はい・・・・」
カーマインはルイセにしていたようにサンドラをやさしく抱きしめ背中をさする、
それはショック療法にも近かったがサンドラは自分をとり戻していた。
「・・・申し訳ありません、無様なところを見せました・・・・」
「・・・で、なんでいきなり泣き出したんだ・・・?」
「は、はい・・・それは・・・・・」
・
・
・
「・・・・・っく、ははははは!そんなことだったのか」
「そ、そんなこととは何です!!」
自分の恥をさらけ出したというのに突然笑い出したカーマインにサンドラは怒り非難した
「はは・・・ごめん・・・笑ったりして悪かったよ・・・だけど母さんは悪くない、絶対に悪くなんかない。
母さんはルイセが大事だから、大切だからそれだけ悩んで、苦しんでるんだ、そんな母さんを軽蔑するわけないだろ。
それに・・・どこまでできるか分からないけどルイセも俺が必ずなんとかしてみせるよ・・俺はあいつの兄貴なんだから、な」
「・・・・・・・そうですね・・・私も頑張らないといけませんね」
いつの間にこれほど大人びたのだろう、サンドラはカーマインの瞳を見ながらそれを感じていた
そして落ち着いたサンドラとカーマインは立ち上がり
「じゃあ・・・おやすみなさい」
「・・・母さん・・俺、酒あんまり飲んだことないけど・・・付き合うよ」
「まぁ、この子は」
「俺がこれまで旅してきた中で、ティピを通じて、じゃなくて、俺の口から話したいことがあるし、母さんの話も聞きたいし・・」
「・・・ええ・・・そうですね・・・・」
・
・
「カーマイン?・・・寝てしまったのですか・・・ほら、ここで寝てると風邪を引きますよ」
サンドラの自室で語り合っていた途中に返事をしなくなったカーマイン、テーブルに突っ伏しすっかり寝入っている。
サンドラはなんとかカーマインを椅子から立たせると自分のベッドにカーマインを寝かせると布団をかけ、自分はカーマインの部屋で眠ろうと振り返ったが何かにつっかえた
くんっ・・・
「?・・・まぁ・・・カーマイン・・・放しなさい・・・」
サンドラの髪の端をカーマインはしっかりと握っていた・・・
はがそうとするも強く握り、放そうとしないカーマイン、その様にサンドラは遠い日を思い出していた・・
「ふふ・・・昔もよく髪の毛をつかんだまま放してくれませんでしたね・・・」
微笑みながらカーマインの髪を撫で、カーマインについての占いを思い出しサンドラはひとりごちた
「あなたは世界を救う光と世界を滅ぼす闇、その双方をその目に宿していました・・・
だけど・・・今のあなたが世界を滅ぼす闇になるはずなんてありませんよね・・私の可愛いカーマイン・・・」
・・・・・だが、その愛する義理の息子の魂の中で・・暗い、暗い闇がカーマインの魂を上から塗り替え体を支配しようとしていることに、サンドラは気づいていなかった・・