任務の合間。経済面、時間共に多少の余裕が出来たので、ウェイン達一行は装備品や精霊石を揃える為、暫しの間魔法学院に滞在していた。 
 皆の心身が少しでも休まればいい、ウェインはそう思って仲間の自由行動を許可した。各々は買い物をしたり学院を散策したり、ちょっとした休暇を好きなように楽しんでいる。 
 そう、これは束の間の休息に、ひっそりと起こった出来事だった。 
 
 
「アリオストさん、こっちはどこに運べばいいんですか」 
 私的に必要なものは全て揃え、残りの時間をどうやって潰そうかと思っていたウェインは、学院内を何をするでもなくうろついていた。 
 そして中庭に知った顔を見つけたので、声を掛けた。 
 若き魔導研究家であるアリオストには幾度か世話になっていた。 
 丁度良かった、暇なら実験の手伝いをしてくれないか、と言われたので、特に断る理由もなく、彼の研究室で動いている現在に至る。 
「ああ、その辺りに置いていいよ」 
 実験の手伝いと言っても、別に薬品を調合したりする訳ではない。機具を整頓したり、装置を移動させたりするだけだ。 
 指定された位置に持ち上げ、下ろす。運ぶ。単純な作業だが、意外と力を使う。 
「これでよし、と。すまないね、雑用を押しつけてしまって」 
「いえ、体力ぐらいしか自慢できるものがないですから」 
 僕ももう少し鍛えなければいけないかな、とアリオストが苦笑う。つられてウェインも汗を拭いながら笑った。 
 張りついた前髪を掻き上げ、用意された椅子に腰を下ろす。 
 殊の他重労働だったので、すっかり息が上がってしまった。軽く喉が渇く。何か冷たい飲物でも口にしたいところだ。 
 ―――と思っていたら、書類や器具が散乱する机の上にオレンジ色の液体が入ったコップが置かれていた。アリオストが用意してくれたものだろうか。 
 くん、とにおいを嗅いでみれば、果実のそれだった。柑橘類のみの香りではなかったので、ミックスジュースと思われる。 
 どっちでもいい。そんなに甘い飲物は好きではないが、今は冷たくて喉を通るものなら何でも良かった。 
「これ頂きますね」 
「ん?」 
 ウェインがコップを手に取って口に運んだ後、試験管を手に持ったアリオストが、彼の方へ顔を向けた。 
 疑問符を浮かべた顔。それを見たウェインは、自分が飲むものではなかったのかと、ぎくりとした。 
 だが既に遅かった。それに気づいた時には、ごくごく、と喉を鳴らして液体が喉を通り嚥下されていた。 
「ああっ、ウェイン君!それはジュースじゃ…!」 
「……え?」 
 三口ほど飲んでしまったところで、ウェインが口を外す。と、アリオストが試験管を放り投げ、制止の手を伸ばし跳んできた。 
 鬼気迫る姿に、思わずウェインは後退った。 
 ―――その時、彼の身体に大きく震えが走った。 
 どくん、と鼓動が早まり、ぞくぞくと寒気が背筋を走る。反対に身体の内側から、凄まじい熱も襲った。 
 余りもの奇妙な感覚に、自分の身体を庇うように抱き締め、ウェインはその場に屈み込んだ。 
 と、同時に。 
 ―――ぽんっ! 
「うわあああぁっ!?」 
 何やら栓の抜けたような音がして、ウェインが叫ぶ。 
 この音は何だ。自分の身体から出たのか。何でだ。訳も解らず頭がぐるぐると回った。 
 が、その瞬間に身体を襲った震えが嘘のように消え去った。 
 代わりに何故か違和感が残る。 
 例えるなら、自分の身体が以前とは別物になってしまったかのような―――。 
「ウェイン、君…」 
 がしょん、という音と、地から響くような声に、ウェインは振り向いた。 
 眼下にあったのは床に激突したアリオストの姿と、試験管だった物の残骸だった。眼鏡の中の色素の薄い目を見開いて、ぱくぱくと口を動かしウェインを指差す彼。 
 何かおかしいところがあるのだろうか。不安になり、ウェインは自分の顔を身体をぺたぺたと触った。どこだ、どこに違和感が―――。 
 ―――むにゅ。 
「ひぁっ!」 
 ウェインの手が胸元をまさぐった時、彼はそれに気づいた。 
 ―――自分の胸に、ありえない皮下脂肪がついていることに。 
 
 
「……染色体を変異させる薬?」 
「ああ。話せば長くなるんだけど、まず人の細胞には四十六個の染色体があって…」 
「すみません。簡潔に、お願いしたいんですが」 
 棘のある声でアリオストの説明を遮るウェイン。 
 元々そう低くはなかったが、その声音は少女のように高くなってしまっていた。 
 腕を組み椅子に座るその姿は、一目見るだけなら普段の彼と変わりない姿に映るだろう。 
 が、よくよく近づいて見てみると、ほっそりとした腕やなよやかな首に殆ど筋肉はついてはいなかった。 
 全体に丸みを帯びた身体のラインに、膨らんだ胸が組んだ腕に押し上げられその存在を主張している。 
 黒いパンツは裾が余り靴が半分隠れていた。どうやら背丈も縮んだようだ。ただでさえ高い方ではないのにと、唯一そのままだった中性的に整った顔を歪める。 
 ―――そう、彼は、あのジュースに見せた薬品によって、女性になってしまったらしいのだ。 
「ええと、すまない」 
 咳払いをして、アリオストはもごもごと口篭った。普段は人当たりの良いこの少年を―――今は少女だが、珍しく怒らせてしまったので、余り強くは出られないのだ。 
 人の研究室にあるものを勝手に飲んだウェインも悪いと言えば悪いのだが。 
 いかにも清涼飲料水を思わせる外見に、不精してビーカーではなくコップに入れていた為どう見てもジュースにしか見えないそれを、しかも客人の居る机の上に置いておく方に非があると言われると何も言い返せない。 
 今度からはちゃんとビーカーを出しておこう、と反省し、解りやすい解説をしようとアリオストは口を開いた。 
「簡単に言うと、多分君の考えている通り。あれは性転換する薬なんだよ」 
「…性転換、ですか」 
 ウェインが形の良い眉を顰める。 
「そう。元は性同一性障害者の人の為に作ったものなんだけどね。性同一性障害というのは、染色体の異常かホルモンバランスの崩れか、原因はよく解っていないけど、身体と脳が別の性であるという病気なんだ。例えば…」 
「病気についての説明はいいから、早く治す方法を教えてください」 
 前に増して冷たい声がアリオストの耳を刺した。いけない、また長くなってしまうところだった。 
 そろそろ本格的に機嫌が悪くなってきているウェインに、冷や汗をかきつつ軽く謝罪をする。そしてなるべく刺激させないように、努めて笑顔を作り、言った。 
「方法は二つある。一つは、そのまま何もしないで効力が切れるのを待つことだ。その薬は試作品だからね、そう長くは持たないだろう」 
「本当ですか!」 
 ウェインは顔を輝かせた。 
 ―――良かった、すぐに戻れるらしい。何も心配することはなかったじゃないか。心底からほっとし、胸を撫で下ろす。 
「うん、人によって誤差はあるだろうけど、まあ二、三年もすれば」 
「……ちょっと待ってください」 
 三度ウェインはアリオストの言葉を遮った。安堵したのも束の間、彼の台詞に再びどん底へ突き落とされた。 
 ―――好い加減、目の前のにこやかな眼鏡の男が腹立たしくなってきた。 
 次に何かやらかしたら殴ってやろうと思いつつ、出来るだけ冷静に話を続けようと努める。 
「長くは持たない、じゃないでしょう。二、三年は充分長いですよ。……すぐに戻れる方法を教えてれませんか、頼むから」 
 頬に指を置き引き攣った笑みを浮かべる彼を、鋭く睨みつけた。我慢の限界が近い、そんな表情で。 
「二つあるんでしょう。もう一つの方法を、早く、教えてください」 
「あ、ああ。そうだね」 
 しどろもどろにアリオストは答える。 
「ええと、だね。もう一つは、染色体が変異した直後の女性体に、同種族の男性体の精子を抽入させることかな。方法は多分、性交が一番望ましい」 
「……せい、こう?」 
 何を言われたかよく解っていないような顔をしているウェインへ、もう一つ咳払いをし彼は続けた。 
「まあ端的に言えば、男とセックスをすればいいということだ」 
 ――――――沈黙。 
「……いや、性同一性障害者の為に作ったものなのに、どうして元に戻ってしまう方法がセックスなんですか。おかしいじゃないですか」 
「作った僕にもよく解らないんだけど、何かこう…成分やホルモン的にあるんだろうね」 
「そんな、無茶苦茶な!」 
 堪らずにウェインは叫んだ。目を見開き、そのまま額に手を当て、がくりと項垂れる。 
 ああ、どうしよう。当たり前だが、野郎になんて犯されたくない。そんな方法じゃ、元に戻ることなんて出来ない。 
 少女は深く沈んだ顔をした。―――俺は数年間をこのまま、女として過ごさなければいけないのか。 
 成さなければならないことが沢山あるのに。眩暈がして目が眩んだ。もう少しで泣いてしまいそうだ。 
 目の前で絶望に暮れるウェインを見て、アリオストも悩んだ。 
 可哀相だがこれ以外に方法は無い。今から研究しようにも、やはり時間が掛かりすぎる。 
 ああだこうだとアリオストは思案した。何か無いか、こう、スマートな解決策は―――。 
 ―――弾かれたように、アリオストが顔を上げた。 
「そうだね」 
 憑き物の晴れたような顔をして、ぽんと手を打つ。 
「こんな無防備な場所に薬を置いてしまった僕の所為だ。責任は取らせてもらうよ」 
「えっ」 
 何に納得しているのか、うんうんと頷いている。―――彼には悪いが、無性に嫌な予感がする。 
「今から僕が、君を抱こうじゃないか」 
 ――――――再び、沈黙。 
 予感は的中した。 
 ―――これは、やばい。直感的にウェインは思った。 
「い、いや、いいです、結構です」 
「そう遠慮しないで。勿論二人だけの秘密にするし、僕なら一番現状を理解出来る。何より、他の人には頼み辛いだろう?」 
 それはそうなのだが、アリオストに任せるのはとても良くない気がした。 
 にじり寄る歩き方が嫌だ。わきわきしている手付きが嫌だ。 
 ウェインを見る彼の目は先程までの優しく思慮深いものではなかった。爛々としていて、だがそこに宿っているのは色欲の類ではなかった。 
 例えにもなっていないが、実験動物を見る科学者のそれなのだ。 
 誰か助けてくれ。このままじゃ抱く抱かれる犯されるどころではない気がする。 
 ―――もうこの人以外なら誰でもいいと思った。他の男にやられてもいいとさえ思った。いや出来るなら、清潔そうで優しそうで信頼の置けそうな男がいいのだが。 
 ―――というか、男に掘られることだけでも本来なら御免被りたいのに、これ以上人体実験のサンプルだなんて酷い目には会いたくない。 
 誰か、助けて。―――ウェインがこれ以上無いくらい切実に願った時だった。 
「何だ、こんな所に居たのか」 
 ―――実は作業の為に開きっ放しだった研究室のドアから、低く男の声が響いた。 
 藁にも縋る思いでウェインは其方を振り返る。 
 運があるのかないのか、現れたのは見知った人物だった。 
「…部下がお前のことを探していたぞ」 
 黒のジャケットを翻し、音を立てずに歩み寄って来る。 
 ある程度近づいて、青年は赤い瞳を瞬かせた。ウェインの異変に気づいたのだろうか。彼女の全身を上から下へしげしげと見ていた。 
「た、助けてください!」 
「は?」 
 暫し固まっていた青年に、ウェインは急いで駆け寄った。その際に、至近距離までに接近していたアリオストを思い切り突き飛ばすことも忘れない。 
 きょと、と此方を見つめている彼の肩口に、身体をぶつける。否、抱きつく。彼の腕に柔らかな胸が押しつけられた。 
 見上げると整った面差しが怪訝そうに顰められた。何なんだ、と青年が口を開く前に、もう一度ウェインは、 
「助けて、ください」 
 切羽詰まったように言った。 
 青年の目が軽く見開かれる。腕を掴んだまま、ウェインはお願いしますと頭を垂れた。 
 うっかり選んでしまった相手は、たまたま通り掛かっただけの、ウェインの憧れる青年。 
 ―――元インペリアル・ナイトの、アーネスト・ライエルその人だった。 
 
 
 出立までの間は、魔法学院から比較的近いコムスプリングスに宿を取っていた。 
 本当なら明朝にでも任務に戻るつもりだった。が、このような事態になり、皆の前には出られなくなってしまったので。 
 急遽ウェインは自分の体調が崩れたこととし、もう少しだけ此処に留まることにした。 
 そんな訳で彼女は個室を取り、一人ベッドに臥せていた。一部身体の構造が変わってしまったことを除けば極めて健康なのだが、建前上は病人である。 
 それに出歩けば皆に見つかる。それだけは避けたい。事情を知るアリオストとライエルに仲間へのフォローを頼み、完全に部屋へ引き篭った。 
 一枚ドアを隔てたの向こうからは、シャルローネとハンスの声がしていた。本日何度目かの見舞いである。 
 先程のライエルの話に寄ると、何か彼等は自分に用があったらしい。出られない我が身とアリオストを呪い、心の中で二人に謝罪をした。 
 部屋から外を窺うことも出来ず、シーツを被りベッドへ潜り込んだ。隊長として部下には、自分が女になってしまったなんて知られたくないのだ。絶対に。 
 膨らんだ胸を押さえ、目を瞑る。何で俺がこんな目に会わなきゃいけないんだ、そんなことを思いながら。 
 数分程して、がちゃりと扉が閉まる音がした。立ち去っていく二つの足音。 
 そして、ベッドに近づいてくる一人分の足音。 
「―――あれで良かったのか?」 
 もそりとシーツの隙間から顔を出すと、無表情な赤い瞳が此方を見ていた。 
「はい。…すみません」 
 上半身を起こし、頭を下げる。訪ねて来る仲間への応対までさせて、ライエルには申し訳無いと思った。 
 ―――そしてあの場に通り掛かったのが彼で良かったと、ウェインは思う。何だかだと言っても彼は優しい。頼り甲斐もある。 
 もし他の男だったなら、どうなっていただろう。 
 ゼノスは一大事だ、とか何とか言いながらパーティ全員に報告しそうだし、カーマインなら秘密裏に協力してくれるかもしれないが、本人にそのつもりは無いにせよとても恩着せがましく致されそうだ。 
 ハンスなら親身になってくれるだろうが、彼に頼むのは上官としての沽券に関わる。ちょっと遠慮したい。 
 あの後、掻い摘んで事情を話し、ライエルへ協力を願った。断られても当然とは思っていたが、それでも一抹の期待と不安を寄せて言ってみた。 
 ウェインの気持ちを知ってか知らずか彼は、構わない、と呆気なく承諾した。調理当番を引き受けるのと同じような感覚に見えた。 
 アリオストは、それはもう残念そうにしていたが、まあ君にそちらの趣味があるのなら、と妙な納得をされてしまった。 
 思うところは物凄くあるが、敢えて誤解は解かなかった。ラットになるよりはマシである。 
「どうした」 
「いえ」 
 考えていると、ライエルが表情を覗き込んできた。慌てて顔を上げ、何でもないと首を振る。 
 咄嗟に通りすがった彼へ頼んでしまったけれど、こうして嫌がられることもなく引き受けて貰えた。 
 ウェインはライエルを上目に見る。優しさとはこういうものなのだろうか。良い男とはこう在るべきか。 
 俺もライエルさんが女になってしまったら喜んで治すことに協力しよう、と恐らく起こり得ないような出来事に対する誓いを自分に立て、ウェインは頷いた。 
 思考に耽っていると、きし、とベッドが音を立てたので、びくりと前を見た。際にライエルが腰掛けたのだ。 
 そのまま何をするでもなく、二人は暫くの間見つめあった。 
「……いいですか」 
 奥歯を噛み締め、ウェインは彼を真っ向から凝視した。 
 その目は悲壮な決意に満ちている。これから色事を行う顔では、決してない。死地にでも赴いてしまいそうだ。 
 葛藤はあった。先のような嫌悪感や絶望は不思議と無いが、それでも様々な感情が入り混じって、笑い出したくなるほど緊張している。ぎり、と爪を立て拳を握り締めた。 
「ああ」 
 ライエルは頷いた。 
 ―――そして、おもむろに固まったウェインの背をぽんと叩く。 
 意図の解らない行動に、ウェインはきょとんとライエルを仰いだ。 
 彼は何度か背中を叩いた後、今度は少女の艶やかな黒髪を撫でた。子供をあやすように髪を梳く。 
 そうする内に、ウェインの身体から、多少硬さが抜けた。 
 照れたような困ったような、微かな笑みがライエルに向けられる。彼は自分の緊張を読んでくれたのだろう。 
 それを見て漸く、ライエルは彼女へ手を伸ばした。 
 
 
 肩を掴み、そのまま後ろへ押し倒す。ぐ、と力が込められ、ウェインの上半身は再びベッドに沈んだ。 
 シーツを払い、ライエルがウェインの上に馬乗りになった。二人分の体重にスプリングがぎしりと軋んだ。 
 思わず起こされそうになる少女の半身を押さえつけ、ライエルは白い上着に手を掛ける。捲り上げると、柔らかな曲線を描いた膨らみが露になった。 
「あ」 
 ウェインが短く声を漏らした。目元をほんのり染めながら自分の胸を見遣る。薄紅色の先端は外気に晒され、ぷくりと立ち上がっていた。 
「本当に、女になっているんだな」 
「みたい…ですね」 
 ライエルは感心したように言うと、彼女の胸に指を置いた。ふに、とマシュマロのような感触。しっとりと吸いつく肌が指先に心地良い。 
 少しの力を込めると形を変える双丘を手のひらで包む。そのまま軽く揉んでみた。乳房は柔らかで、女の子のそれだとライエルに実感させる。 
 初めはくすぐったそうに身を縮めていたウェインだったが、ゆるりと撫ぜたり乳首を摘んだりしている内に、快感らしきものを示すようになってきた。 
 んん、と息を詰まらせるのでライエルが彼女の顔を覗く。頬は上気し目は潤んでいた。 
「ふ……、あんっ」 
 つんと固く尖った乳首を指の腹で潰せば、声が上がった。その甘ったるい響きに、ウェイン自身が驚き目を瞠る。慌てて手の甲を押し当て、口を塞いだ。 
 その間も指は先端を弄んでいた。爪先でくりりと転がし、抓り上げる。 
 右の胸を責めているかと思えば、左にはライエルの唇が落とされた。生温かい感触が敏感なそこを包む。ちゅ、とそこを吸い上げる音がした。 
 どくりどくりと鼓動が脳にまで煩く響いた。丁度、心臓の真上に居る彼にも聴こえるだろうか。 
 さらさらした短髪が肌を掠めるくすぐったさと、舐め吸われ甘噛みされる快感に、ウェインは耐える。 
 口で呼吸出来ない所為で、ふーふーと鼻から息が抜けた。息苦しい。熱い。でも、気持ち良い。 
 ―――つと、空いた方のライエルの手に、唇を押さえる手首を取られた。圧迫が無くなり、はあっと息を吐く。 
 そのまま離してくれるのかと思えば、取られた手首はシーツに縫い止められた。口を塞ぐな、ということなのだろうか。 
 もう片手を持って来ても良いが、そこまでする気にもなれなかった。多分、声は殺さなくてもいいのだろう。 
 乳房への愛撫は止めず、ライエルはウェインの腰を引き寄せる。そして、ウエストまでを覆うパンツのファスナーを下げた。 
 じ、という音と共に平らな腹と厚手の生地が現れる。その間には、男物の下着が見え隠れしていた。黒い皮のパンツごとそれを引っ掴み、膝まで擦り下ろす。 
 露になった股間には男のものは付いていなく、薄く黒い毛が覆う縦筋が見え隠れしていた。 
 明かりの下に下腹部が晒され、白い頬がぱっと朱色に染まる。好奇心、そして羞恥心が半分ずつ、といったところだろうか。 
 ぐしゃぐしゃになったパンツが下ろされ、片足首に引っ掛かり止まる。 
 何も覆うものの無くなった足の付け根にライエルは手を伸ばそうとしたが、すんでのところで、何故か止めた。 
「…自分で、開いてくれないか」 
 彼のほんの僅かな嗜虐心が頭をもたげた。太腿を撫でさすり、足を広げるよう促す。 
 ウェインは小さく頷くと、少しの躊躇の後、胸につくくらいに膝を曲げた。そのままそろそろと開脚していく。 
 自分の身体でありながら自分の身体ではないようなものなので、恥ずかしくてどうにかなりそう、ということはなかった。 
 ただ全く羞恥が無い訳でもなかった。自分の意思と反して顔が熱くなる。頭に血が昇って、ぼうっとしてきた。 
 所謂M字開脚という状態になったところで、ウェインは動きを止めた。その状態でライエルを窺い見る。 
「これ以上は、開き、ません」 
 付け根の筋は痛々しく浮き、その間に盛り上がった秘唇がちらちらと覗いていた。 
 足を大きく開ききっている所為で、うっすらとした陰毛では隠しきることは出来なかったようだ。 
 浮き上がるサーモンピンクの唇に、ライエルは軽く息を吐く。その様を見て、ウェインは自分の股間におずおずと手をやった。 
 人差し指と中指を引っ掛け、自分で広げる。なんとなく、こうした方が良いような気がした。 
 淵がゆっくりと開かれ、秘裂の間でくぱあ、と糸が引く。幾層かになっている桃色の肉からは、触れてもいないのに透明な粘液が滴っていた。 
「濡れているな」 
 揶揄うでもなく、やはり無表情にライエルは言った。その言葉に、ウェインはまた頬を赤くして俯く。彼女の眉根が困ったように寄せられた。 
 すみません、と小さく聞こえた気がする。別に謝る所ではないのだが、上手い言葉が見つからないので訂正はしなかった。 
 ぬるんだそこを、ライエルの指が軽くなぞる。入口がひくり収縮する。ぴくん、と爪先が跳ねた。 
 物欲しそうなその動きに、ライエルは人差し指をそっと押し当てた。そこは容易く彼の指先を飲み込み、つぷりと音を立て絡みつく。 
 ゆっくりと差し入れ、またゆっくりと引き抜く。そうして長い指が沈んでいくのを、ウェインはじっと見つめた。 
 最初は異物が出入りしているだけだった感覚が、奇妙な快楽に変わってきた。その内に抽送を繰り返すだけだった彼の指も、ぐるりと中を掻き回したり技巧を尽くされるようになった。 
 秘裂を広げる自分の指の間で、他人の指が音を立て抜き差される。よくよく考えると、見目のいやらしさに益々身体が熱くなった。 
 思う分だけ、そこがじわりと濡れる。ライエルの手のひらにまで愛液が垂れた。 
 次第に、ライエルの節ばった指が根元まで飲み込まれるようになっていた。くちゃくちゃと指先が膣内を出入りする。ウェインは苦しげに浅い呼吸を繰り返した。 
「痛いか」 
「……っ、痛くはないです、けど」 
 微妙な熱は形容し辛かった。何もかも初めての感覚で、じんと疼くそこを素直に気持ち良い、とは言えない。回らない頭で上手い言葉を探した。 
 何かを言い倦ね半開きになった彼女の唇を、ライエルは自分のそれで塞ぐ。ぅむ、とウェインが息を詰まらせた。開いた口の隙間に舌を滑り込ませてやると、大袈裟に腕の中の身体が震えた。 
 口内で逃げる舌を捕まえ、甘く噛み、絡め取る。瞠られた琥珀の目が、次第に潤みを帯びてとろんとした。 
 その間も秘所は掻き回され続ける。いつの間にか中指も差し入れられていて、二本に増えた指が彼女の狭い内壁を苛んだ。 
 くちゅりと静かな部屋に濡れた音が響いた。唾液の音か、それとも。 
「…っ…う、んん」 
 鼻から息を漏らし、ウェインはいやいやをするように首を振った。 
 苦しそうな呼吸にライエルは彼女から唇を離すと、指をずるりと引き抜いた。ぶる、と思わず身を竦め、ウェインは彼の腕を掴んでしまう。止めないで、と懇願するように。 
 そんな彼女を宥めるように、ライエルはぬるついた指先で秘唇をなぞった。スリットを辿るよう、上下に擦る。すると彼の指が小さな突起を探り当てた。 
 肉芽を摘み上げ、包皮を剥く。ウェインの腰がびくりと揺れた。ちょこんと頭を出したものは、赤く充血し膨らんでいた。 
「ライエルさん、そこ、…」 
 強い刺激に声が掠れた。男の頃に味わったものと似たような、だがそれよりもう少しきつい快感。神経がその一点に集中させられる。 
 秘裂から溢れる愛液を滑らせ、ライエルが剥き出しの肉芽を親指の腹で擦った。 
 一方では再度、中指と人差し指を膣口に付け根まで差し込む。ぎりぎりまで引き抜く。ゆっくり、激しくを繰り返し律動をするそれ。 
 つと、ライエルの指が中で曲げられた。く、と押し上げられると、眩暈がするほどの快楽がウェインを襲った。 
「っあぁ!」 
「…ここか」 
 ライエルは低く呟くと、探った箇所に指を強く押しつけた。ぐりぐりと中で擦られ、意図せず身体が跳ね上がる。 
 その上に、敏感な突起を指先で転がされる。感じてすぎて痛い程のそこが、内壁への刺激と相俟って、僅かな質量を更に増した。 
 股間が熱くてどうしようもない。ただ解放だけを望み、ウェインはねだるように彼の胸へ鼻先を擦りつけた。 
 先より一際きつく、肉芽を弄くられ、秘裂のそこを引っ掻かれた。くぷ、と愛液が泡立ち、溢れ出る。 
「ひあぁ……あん……!」 
 ふるふると、ウェインは白い爪先を引き攣らせながら、軽い絶頂を迎えた。 
 
 
 ―――浅く短い息を吐き、ぎゅうとライエルへしがみついた。ずるり、と指が抜かれる。粘膜がひくつき、痙攣をした。喪失感に身を震わせる。 
 ウェインがぐったりと呼吸を整えている間に、ライエルは金属の擦れる音を立てファスナーを下ろした。上着と同じ黒のジーンズを太腿まで下げると、上向いた彼の陰茎が現れる。 
 ぼんやりとライエルの方を見ていたウェインだったが、それを見て一瞬我に返った。 
 ―――負けた、と思ってしまったのだ。いや、男の価値は大きさだけではないけれど。 
 飛び抜けて規格外という訳では無いが、普通より少し太く長いそれをまじまじと見つめる。 
 果たしてこれが自分の中に入るのだろうか。無理なような気がしてきた。指だけでも一杯だったのに、こんなものを入れられたら、壊れてしまうんじゃ。 
 ―――と、ライエルが一つ咳払いをした。はっとウェインが視線を上げる。 
 漸く自分の取った行動に気づき、ウェインはかあっと顔全部を真っ赤にした。すみませんと、先刻よりも消え入りそうな声で謝った。いや、と此方も少し目を逸らして彼は言う。 
 気を取り直すように、ライエルはぐい、と腰を少女へ押しつけてきた。熱い彼の先端が入口にあてがえられる。 
「いいか?」 
 聞かれ、ウェインは息を呑んだ。そして一つ頷く。望んだのは自分だ。そう言い聞かせた。 
 一息に挿入した方が楽だろうと、ライエルはウェインの膝を掴み肩へ抱え上げた。そして、勢いに任せ突き入れようと、強引に腰を押し進めた。 
 くちゅ、ずっ―――。 
「った、…痛い……っ!」 
 ―――入りかけたところで甲高い悲鳴が上がった。 
 肩に爪が食い込む。ほんの少し挿入された肉棒が酷く締めつけられた。充分に濡れているのに、酷くきつい。 
「我慢、出来ないか」 
 千切れてしまいそうなほどの絞めつけに、ライエルも眉を顰める。気を紛らそうと額の汗を拭ってやったり、胸へ手をやったりした。 
 ゆるやかに揉むと、確かに気持ち良さげな反応はするけれど、それでも苦痛の方が勝っているらしい。何度も首を横に振られる。 
 未だ立ち上がっている乳首を摘み、れるりと舌先で舐める。そうしながら、力の抜けた隙に突き上げようと試みた。が、奥の内壁の狭さに思うように動けない。 
「駄目、です…これ以上、は、やっぱり…」 
 ウェインが涙ながらに声を上げた。もう少し舌が回れば、お願いしますやめてください位は言ったかもしれない。 
 仕方無いと一つ息を吐き、半分程度収めたところで、浅く抜き差しを始めた。 
 少し物足りなく思ったが、これはあくまでウェインを元に戻す為の行為だ。本人が嫌がるものを無理強いするのは彼の好みではなかった。 
 それに、ぐっしょりと濡れ切った彼女の秘裂に先端を滑らせるのは、それだけでとても気持ちがいい。 
 ぬるりと絡みつく内壁が直に亀頭を絞めつける。中は狭くて熱くて、蕩けてしまいそうな感覚。 
 ずりゅ、ずりゅ、と膣の浅い場所を掻き回す。ライエルは低く息を漏らした。 
「ふ、あ…ああっ…」 
 そうこうとしている内に、ウェインの方でも気持ち良さげな声が上がった。入口の近くが一番良いらしい。重点的に責めると、一際絞めつけがきつくなった。 
「あっ、あっ、……あぅ…っ」 
 突く度に、同じリズムでか細い喘ぎが上がった。 
 引っ切り無しに出る声に口も閉じられず、ウェインの唇から細く唾液の糸が流れた。顎にキスをし、舌でそれを辿る。琥珀色の瞳が甘く潤んだ。 
「…はあ……い、く…いっちゃ…」 
 無意識にそんな言葉が口をつく。彼女の限界が近かった。シーツを掴み、がくがくと全身を震えさせる。 
 腰を強く掴まれ、秘所を抉られる。淫らな水音と、切羽詰まった吐息だけが聴こえる中で、もう何も考えられなくなりウェインは身も世も無く喘いだ。 
 引っ掛けられる亀頭の感触だけが生々しく下半身に伝わる。 
 ―――ぐち、じゅぷ、っちゅ、ずぷっ…。 
 突かれ、ウェインはライエルの首へしがみついた。 
 反動で、中途半端に脱げかけた彼の黒い上着が腕を滑り落ちる。その剥き出しの肩に噛みつき、少女は身を戦慄かせた。 
「はあああん……!」 
 膣口がびくびくと収縮し、中のライエルもきつく絞られる。ぐちゅりと引き抜く瞬間、ウェインが達した。 
 伴って、彼の射精感も高まった。眉を顰め、先程よりほんの少し深い場所へ押し入る。愛液が溢れ幾分解れたそこは、抵抗少なく、且つきつく柔らかく締め上げながらうねった。 
 絶妙な感触にライエルは堪らず、強く腰を押し進めた。限界まで固くなった肉棒と、しとどに濡れひくつく内壁がじゅぷじゅぷと擦れあう。 
 彼の自身がウェインの中でびくりと震えた。ライエルが目を細め、背を震わす。 
「っく……」 
 低い声音が耳をくすぐる。それと同時に、熱い体液が胎内へ吐き出された。 
びゅる、びゅく―――。 
「ん、あ、あぁ…」 
 断続的に熱い精液が放たれるのを、ウェインも腰を震わせながら感じた。あったかい、そう恍惚とした表情で呟く。そこに嫌悪感はなく、安心感、そして圧倒的な快感が彼女を満たした。 
 絶頂の余韻に真っ白になる頭を無理に傾け、ライエルの唇をねだるように、ウェインは自分のそれを寄せた。 
 抵抗もなくキスが返される。触れるだけの軽いものが、望んだだけ唇に落とされた。 
 
 
 あれからまた幾度か求め合い、数刻の時間が過ぎて、気がつくと眠りに落ちていた。 
 ライエルが目覚めた時、隣にウェインは居なかった。中途半端に空いたシーツの隙間が一人分の空白を作っていた。まだそこは温かい。 
「ライエルさん」 
 背後から声を掛けられる。 
 振り向くと、水の入ったグラスを持ったウェインがすぐ傍に立っていた。既に着衣は済ませたようで、先に脱がされた服をきちんと身につけている。 
 差し出されたので、ライエルは水滴のつく冷たいグラスを受け取った。 
 何とはなしに、ウェインの手を見た。 
 鍛練で固くなった節と、長い指。辿ると、細いながらも筋肉のついた腕、そして引き締まった胸があった。そこに先程の膨らみは無く。 
「戻ったのか」 
「はい」 
 彼は、嬉しそうに頷いた。 
「そうか、良かったな」 
 ライエルが微笑を浮かべたので、ウェインもはにかんだように笑む。彼が珍しく笑顔など浮かべるものだから、もう女でもないのに胸を高鳴らせてしまった。 
 そう思うと少しだけ残念なような気もしてきた。宝物のように丁寧に触れられる立場も悪くなかったし、快感も想像以上のものだった。―――その分痛さも想像以上だったが。 
 何より相手は憧れの人だったのだ。もう少し、あのまま恋人同士のように居ても。 
 ―――って、何を考えているんだ、俺は。 
 ウェインは勢い良く首を振った。 
 自分はホモじゃない。彼のことは好きだが、そういう意味ではなくて。 
 全く、女というものは恐ろしい、と思った。これもホルモンか何かの所為なのだろうか。 
 男に戻れたことを安堵すると、ウェインは大きく息を吐く。 
 ほんの僅かに、少しだけ感じたあの情も嘘ではなかった。 
 複雑な思いで目の前のライエルを見る。彼はいつもの無表情より穏やかな目で此方を見ていた。 
 
 
 中途半端な思いを胸に仕舞い込んで、翌日には何事も無かったかのようにウェインは任務へと戻った。 
 その間も色々、本当に色々な出来事が起こったのだが、その辺りは割愛して―――。 
 またの問題が勃発したのは、戦が終わった後のことなのである。 
 
 
 バーンシュタインが誇るインペリアル・ナイトであるウェインは、休暇でもないのに何故か単身で魔法学院に赴いていた。 
 人格者で部下に優しく、名将であると民に慕われる彼だが、その時ばかりは様子が違っていた。 
 すれ違う学生や教師が思わず怯えてしまうほど、恐ろしい顔をしていた。今時の言葉にするなら、キレる寸前といった風である。 
 校舎には目もくれず、ものすごい勢いの早足で入口を突っ切り、中庭を抜ける。目指す場所は一つだった。 
 ―――その間ずっと、どうしてか彼の手は制服の胸辺りを掴んだままだった。 
 注視すれば、彼の胸元はいつもより膨らんで見えた。 
 そして、制服の隙間から、先輩のジュリア宜しく、柔らかそうな谷間を覗かせていたのだ―――。 
 
 
「女に戻った?二週間くらいで?」 
「……ええ」 
「え、と。…どうやら染色体の方に癖がついちゃったみたいだね。いや、こんな筈じゃあなかったんだけどな」 
「……」 
 ははは、と乾いた笑いを漏らすアリオスト。無言のウェイン。 
「まあ何度か繰り返せば徐々に落ち着くと思うよ、うん」 
「……」 
「どうだろう、それまで僕が君の相手を務めるというのは―――」 
 言い掛けたアリオストに、弱くない力の平手が飛んできた。 
 自分の身長よりは長い距離を盛大に吹っ飛び、彼は棚から一斉に降ってきた本の山へ埋もれた。 
 
 
「アーネスト、……ごめん」 
「またか」 
 人の気配の無い、迷いの森の小屋にて。 
 軒の下で読んでいた本を閉じ、やれやれといった風にライエルは立ち上がった。 
 ―――ナイツの制服の胸元を張らせたウェインが彼の元へ来るのは、もう習慣になったらしい。 
 
 
 
 
                                                               END

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