インペリアル・ナイトというものは大変だ。つくづくウェインはそう思う。 
 
 
 休暇を返上し、必死の思いで片付けた書類をジュリアへ届けると、それを軽く二倍は上回る量の書類の山をその場で押しつけられた。勿論、此方は署名も捺印もされていなく、全くの未処理である。 
 金魚のように口をぱくぱくと動かし、ジュリアに文句を言おうとしたウェインだが、彼女の姿を見るとそんな気は失せてしまった。 
 顔色は悪く、常は威厳に満ちた金の瞳もどんよりと曇り、丁寧に束ねられたプラチナブロンドも所々ほつれている。何やら目の下には、うっすらと隈が。 
 ―――私も辛いんだ、お前も耐えてくれ。そう言う彼女の執務机には、自分が抱えている書類の量を更に三倍は上回るだろう紙の山が積み上がっていた。 
 こうして仕事は片付けられないまま今回の休暇は終わってしまった。明日からは事務処理と共に、部下達の訓練も指揮しなければならない。 
 ナイツだ将軍だといって、やっていることは雑用と同然のような気がする。憧れていた夢と実際の現実はこんなにもギャップがあるのか、とウェインは書類を抱え溜息をついた。 
 せめてアーネストが居ればもう少しは楽になったんだろうか、とか。 
 ジュリア先輩も限界が近そうだし倒れてしまったらどうしよう、とか。オスカー先輩なんてもう何日缶詰になったままなんだろう、とか。 
 気が滅入ることを考えながら俯き、永遠へと続いていそうな長い長い宮廷の廊下を、制服の裾を翻し、足を引き摺りながら歩いた。 
 それから後、擦れ違った部下に手にしていた書類の束を押しつけ、執務室まで運んでおくように託けた。もう自分で部屋に運ぶことすら億劫だった。 
 すぐには自室へ戻らず、ウェインは回廊の途中に在る上級士官の男子専用の化粧室に入った。 
 そしてぐったりと便座に腰を下ろす。一番に落ち着ける場所が手洗いとは、華麗であるはずのナイツの、何とも美しくない話である。 
「あー…」 
 膝に腕を置き、項垂れる。用を足す目的で入った訳ではないが、何となく癖で白いスラックスは膝まで下ろしていた。 
 だらしのない格好のまま思考に耽る。やはり頭に浮かぶのは職務についてのことばかりだ。 
 明日のこと、だとか。 
 翌朝は午前五時に起床だ。ダグラス卿の元へ必要な書類を届け、国王陛下に挨拶をした後、城内を見回り、リーヴス卿と実技訓練の内容について検討をする。 
 正午からは兵を指導しての訓練、それから―――。 
 途中までぼんやりと分刻みの日程について考えていたが、夕方辺りで思考を中断した。想像しただけでこんなにも疲れる。 
 はは、と自嘲気味に乾いた笑い声を上げ、再びがくりと項を垂れた。 
 自分がこの責務から逃れる術は無く、ただぼうっと座っていても仕事は片付かない。 
 ウェインは勢い良く頭を振ると、深呼吸をした。こうしていても溜まった仕事は何も終わらない。少しでも動ける時は働いておこう。そう前向きに思うことにし、腰を上げ、便座から立ち上がった。 
 ―――正確には、立ち上がろうとした。 
 しかし、それは叶わなかった。 
 ――――――どくん! 
「……っ!」 
 その時、怖気に似た冷たいものが、彼の背筋を、頭から爪先までを、全身をざっと走り抜けたのだ。 
 激しい動悸が胸を打ち、身体が内側からじりじりと熱を持つ。 
 それは、味わったことのある感覚だ。慣れざるを得なかった身体の変異。 
 また、なのか―――。 
 ウェインはぎゅうと目を瞑り、いつもの感触に身をぶるり震わせた。熱気、それに奇妙な快感が断続的に身体を襲う。 
 中腰のままでは辛くて、また便座の上に尻をついた。 
 は、と息を何度も吐いて、手をもぞりと脚の付け根や胸に這わせたり、擦るようにまさぐる。こうすれば少しは気が紛れる、感じがする。 
 股間で存在を主張する箇所を、自慰をする時のように輪郭をなぞり、布一枚越しにきつく撫でる。そこは下着をゆるく押し上げる程度に硬くなっていた。 
 自分の肩を抱き締め、身体を触り、どうにか違和感をやり過ごす。妙な気分になりながら時間が経つのをただ待った。 
 そうこうとしている内に。 
 ――――――ぽんっ! 
 例によって、何か抜けたような音がした。 
「……」 
 ウェインは恐る恐る自分の身体を見下ろしてみた。 
 ふっくらと存在を現した大きくも小さくも無い胸の膨らみと、逆に質量を無くした股間。 
 栄えあるナイツの制服の襟に手を掛け、ぶち、と乱暴に胸元を開けた。いかにも柔らかそうな白い谷間が身体の線ぴったりのシャツの中に、留め具が千切れそうなほど窮屈に収まっていた。 
 中途半端に脱げかけた下着をスラックスと同様に膝まで下ろし、直に足の間へ手を突っ込む。そこに先程まで触れていたものは無く、柔らかい感触の裂け目が中心を通っていた。 
 ―――また、この瞬間が来た。 
「……本気か」 
 タイミングが悪過ぎるんじゃないか。脱力し、信じられないような気持ちで呟く。 
 ウェインは再び、女になってしまっていたのだ。 
 
 
 さて、どうする。 
 相変わらず便器に腰掛けたままウェインは眉間に皺を寄せた。その表情は難しく、美しい琥珀色の目も険しく細まっている。 
 ―――明日までだ。 
 翌日には人の目のある場所に出て行かなければならない。陛下の御前にも、同僚の前にも、兵士の前にも、民の前にも。 
 いつもなら、女になった場合には、休暇を利用するか全ての職務を一時中断してある場所へ向かうため王都を発っていた。 
 迷いの森に住むライエルはウェインの親友であり、この事柄に関して常から協力してくれている。毎回このような事態になれば、真っ先に彼の所へ厄介になっていた。 
 今回もそうしたい。その思いは山々なのだ。が、仕事を放棄してまでとはいかなかった。 
 迷いの森へ行くには馬車等を使っても数日は掛かる。余裕のある時ならジュリアやオスカーに任せて時間を割くことも可能だが、自分の仕事を彼等には回せそうな状況ではなかった。 
 ならば、他に身近な男で手っ取り早く済ませるか。 
 ―――いや、それは駄目だ。ウェインはすぐさま自分の考えを却下した。 
 彼、いや彼女がライエルに拘っているのは、何も事情を知っていることばかりが理由ではない。 
 嫌悪感が無く、ついでに上手で、何よりも信用が置けるという拍子が揃っているからなのだ。 
 こう言うと都合が良いだけのように聞こえるが、結局は単に彼のことが好きなのだろう。ウェインは認めたがらないが。 
 とにかく、何かこう、出来るだけ早く彼の元に行ける方法はないか。 
 そう必死に思い起こす。と、ウェインの脳裏に一人のグローシアン少女の姿が浮かんだ。 
 アリエータならテレポートなる瞬間移動の魔法が使える。彼女へ伝達を送り、ライエルの元まで魔法で転送して貰うのはどうだ、と考えてみた。 
 だがそれを行うとなると彼女に一から事情を説明しなければいけない。彼女のことも憎からず思っている自分としては、とても嫌だ。 
 ならば、どうする。 
 どうすればライエルの居る場所に行けるのか。 
 どうすれば、男に戻れるのか―――。 
 そんなことをずっと、周りのものが目に入らなくなるくらい、それこそ周りの音が何も聴こえなくなるくらい考えていたものだから、扉一枚越しに隔てた人の気配にすぐは気づけなかった。 
 ――――――がちゃり。 
 眼前で金属の擦れる物音が立つ。 
 化粧室のものにしては彫刻等が施され、美しい造りのドア。 
 自分のすぐ側にあるそれが開いていくのを、少女は呆然と見た。真っ白になる頭。 
 ―――そういえば個室へ入る時、鍵をかけていなかった? 
 思い返し、彼女の顔がさあっと青褪める。ウェインは狐に摘まれたような気持ちで前を見た。 
 そう待たずドアは完全に開扉し、照明の下に一人の青年を映し出した。 
「……」 
 普通、手洗いに赴いてうっかり個室で先客と出くわしてしまった時、慌てて扉を閉めるとか謝るとか、とにかくそんな類のことをするだろう。 
 だが自分と同じ制服に身を包むその青年は、そうしてくれようとはしなかった。 
 むしろ束の間だが、碧眼を見開いて此方を凝視していたくらいで。 
 その整った面を驚愕に固まらせ、不可思議そうに歪める。信じられないものを目にしたように。 
 しかし、それも仕方の無い話かもしれない。 
 ここは上級士官の―――男子専用の化粧室、である。 
 別にウェインが居ること自体はおかしくない。ないのだが、如何せん現在の格好に問題があった。 
 胸元は大きく開き、白い乳房がこぼれ落ちそうに覗いている。スラックスと下着はずり下ろされ、ぴたりと閉じてはいるが股の間には片手が突っ込まれていた。 
 今し方まで自分で慰めていたかのような、何とも淫靡な姿。 
 いや、そんなことよりも―――。 
「ウェイン」 
 硬直していた青年が、ぎこちなく口を開く。 
 そしてその口元を手で押さえ、視線を泳がせる。今頃になって目のやり場に困り出したのか微妙に目線を外しながら、彼は眉根を寄せた。 
「君、は…」 
 短く言うと、唇を半開きにしたまま、また何かを言おうとしたり、だがその動きを止めたり、首を横に振ったりしてみせたりした。 
 明朗な彼らしからぬ煮え切らない態度。この状況では、やはり無理のない話ではあるが。 
 気まずさに耐えかね、先にウェインが話しかけようとした。が、やはり何を言えばいいのか解らず、そのまま唇を閉ざしてしまう。 
 そうして数秒の、少女に取っては永遠に近い沈黙が流れた。 
 そんなことをしていると、漸く青年が―――自分と同じインペリアル・ナイトであるオスカーが、意を決したように口を開き始めた。 
「君は」 
 その疑問は。 
「……女性だったのかい?」 
 ―――ウェインが思わず脱力し、便座からずり落ちそうになるほど、本当に、シンプルな問いだった。 
 
 
 実は女でした、と、もう一人の同僚であるジュリアのような落ちがある訳ではない。 
 ので、仕方無く一連の事情を説明した。 
 まず、とある事故で女になってしまったこと。 
 そして一度は治したものの、また女に戻ってしまったこと。それは今も続いていること。 
 自分の都合の悪いことは省きつつ隠しつつ、ああだこうだと考えながら話すものだから、時間が掛かり要領を得ないところもあった。 
 ただ、元に戻る方法云々の箇所は正直に打ち明けてみた。 
 自分が男に戻る為には、胎内に男の精子を注入しなければならないことと、簡単に言えば性交が必要になるということ。今までも、そうやって治してきたと伝えた。 
 勿論ライエルとのことも隠さずに話す。もしかしたら、オスカーが良い案を思いついて、彼の居場所まで届けてくれるかもしれない。その為なら多少の気まずさは覚悟の上だった。 
「それは、大変だったね」 
 あのまま外に出る訳にもいかなかったので、狭い個室の中、一人は相変わらずの格好で便座に座ったまま、一人は扉に背を凭せかけ、面と向かい合う。 
 オスカーが少し痛ましそうに顔を顰め、腕を組み直した。 
 もしかすると、笑い飛ばされるか呆れられるか、最悪、軽蔑されるかもしれないとも思ったのだが、彼は意外なほど真剣に、親身に聞き入れてくれている。 
 そう言えばライエルもそうだったなとウェインは思い返す。インペリアル・ナイトになれる者は、やはり人格者でもあるのだろうと思った。決して自画自賛している訳でなく。 
「なるべく皆に知られたくないんです。……情けないし、恥ずかしい、し」 
 ウェインがぎゅ、と膝の上で拳を握った。思いつめた表情をし、自分の爪先を見つめる。 
 その様をオスカーは、やはり神妙な面持ちで見遣った。 
「うん、解るよ」 
 言うと、青年は少女の頭に軽く手を置いた。 
 さらさらとした黒髪が彼の指に絡まり、ゆるりと撫でられる。ウェインが顔を上げた。大きな瞳がオスカーへ瞬く。 
 不安そうに揺れるそれが自分へ上向けられると、縋るような視線に、オスカーは柔和な微笑を返した。 
「そう心配しないで。僕も協力してあげるから」 
「……オスカー先輩」 
 青年の言葉を聞いて、少女の目が潤んだ。 
 ―――ああ、この人に相談して良かった。むしろ、どうして今まで思いつかなかったのだろう。 
 そう、神々しいものを目にしたかのような、うるうるとした感動の眼差しを彼へ向ける。 
 そんな大袈裟なくらいの喜びの表情を浮かべるウェインへにっこりと笑いかけると、オスカーは一歩足を踏み出し、彼女へ近づいた。 
 そして―――。 
 おもむろに身を乗り出すと、がたりと音を立て、何故か少女の背にある便器の蓋に手を置いたのだ。 
「大丈夫、治してあげるよ」 
 顔を上げれば、オスカーのそれが間近にある。覆い被さられるような体勢に目を見開いた。 
 自分の予想とは少し違った展開に、ウェインの思考回路は一瞬、停止してしまった。 
「ち、ちょっと…あの、オスカー先輩っ?」 
 じりじりと迫ってくる端麗な面に、思わずウェインは後退った。 
 とは言ってもこの狭い個室の中。しかも彼女は便座へ腰掛けているので、ただ背中が蓋に当たってがつんと音を立てただけなのだが。 
 それでも出来る限りオスカーから離れようと少女は身を捩り後ろへ下がった。 
「どうして逃げるんだい?」 
「え、いや…」 
「別にアーネストじゃなくても、男ならいいんだろう?」 
 ―――例えば、僕でも。そう続けた青年の表情はいつもの穏やかなものと全く変わりが無く、却ってウェインを不安がらせた。 
 どうしよう、俺、食われてしまうんだろうか。そう怯えた目を向ける。 
 オスカーは吐息がかかるほどに近づき、鼻先が触れるぎりぎりのところで止まった。ウェインの先程とは違った意味で潤む瞳に、くす、と笑む。 
「私的なことだけど、もうずっと執務室から出られていなくてね。欲求不満なんだ。色々な意味でさ」 
 薄紫色の癖づいた髪が額に触れた。余りにも近い位置にある碧の瞳に、少女は息を呑む。 
 仕事が山積みで身動きが取れないというのはナイツ全員に共通することだ。 
 況してオスカーは現在の筆頭である。ジュリアやウェインに対応しきれないものは全て、彼に回される。 
 結果、缶詰だったという訳だ。そしてその間は勿論、職務を成すこと以外は何も出来ない。 
 ナニも出来ない。 
 つまり、欲求不満というのは、そういう意味で。 
「君は元に戻れて、僕も良い思いをする。…ギブアンドテイクじゃないか」 
「……」 
「今からアーネストを呼ぼうにも、明日にはとても間に合いそうもないし」 
「……う…」 
「良い解決策だと思うんだけれど」 
 青年は悪戯っぽく笑った。さてどうする、と言わんばかりにウェインの顎に手袋に包まれた指先を掛ける。 
「……僕では不満?」 
「いえ、……そういう訳じゃあ…ないんですけど」 
 少女はもごもごと語尾を濁した。確かに不満な訳じゃない。不満な訳では、ないのだが。 
 別段この青年に対しての嫌悪も無かった。 
 むしろ彼のことは好きだ。ナイツとして憧れ、信頼し尊敬出来る仲間と思っている。 
 ウェインの脳内を様々な葛藤がぐるぐると巡った。嫌じゃないなら、良い。そんな簡単な問題なんだろうか。 
「それなら構わないね」 
 言ってオスカーは、未だ思考の海に浸る少女の前へ片膝をついた。 
 その様に気づき、驚いて目を瞠るウェインにゆったりと笑ってみせ、細い膝に絡まる脱げかけたスラックスを足首まで下ろさせる。下着も一緒に、片足から床へ抜け落ちた。 
 流石に王宮内の設備は美しい。化粧室とはいえ、素足で入っても問題の無い位に床も壁も磨き抜かれている。 
 オスカーがウェインの前に、騎士が主へ誓うかのごとく跪いた時、ぼんやり思った。一般兵士の使うそれより使用頻度も少なく、手入れも行き届いている場所だからこそ出来ることだろう。ウェインは感心する。 
 そんなことをぼうっと考えていたら、剥き出しの膝頭へキスを一つ落とされた。くすぐったさに思わず息を呑む。 
 青年の唇が滑らかな皮膚の感触を楽しむように足を滑る。膝から太腿、太腿から内股、足の付け根にじりじりと薄紫の頭が迫り来る。 
 羽根が掠めるような軽い口づけが幾度かされた後、オスカーは傷一つない真っ白な内腿にゆるく歯を立てた。 
 かぷりと可愛らしい音でもしそうなほど力無いそれは、だがそのままじゅう、ときつく吸い上げたことによって鋭利な痛みになる。 
「…っ、……」 
 少女の咎めるような視線に唇を離すと、赤い歯形がついていた。鬱血した皮膚を見て、新雪を踏み躙り足跡をつけるような暗い悦びをオスカーは覚えた。 
 ウェインが俯くと、青年の碧眼と視線が合った。下から此方を窺うように顔を覗き込み、長い睫毛が縁取る目をすうと細めてみせる。 
 痕をつけられたことに文句の一つも言ってやろうと少女は思っていたのだが、一連の動作に見惚れてしまい、止まった。容姿が整っているということはそれだけで得が出来る。 
 ―――このまま流されてしまってもいいか、とウェインは思い始めてきた。そんなには嫌じゃないし、気持ち良いとも思う。 
 それでもどこか釈然としないのだが。 
 そう難しく眉を寄せるウェインの様子は無視して、オスカーはおもむろに少女の膝の後ろへ手を掛けた。 
 そしてそのまま、ぐ、と左右に脚を開かせる。 
「…や」 
 慌ててウェインが手を伸ばし、そこを隠そうとした。が、一瞬早くオスカーがそれを掴み上げ、阻止してしまう。 
 彼の手に取られた手首は、ゆっくりとした動きで少女の開けかけた胸の辺りに戻された。オスカーがウェインに微笑みかける。 
「駄目だよ」 
 そして、穏やかな口調でそう言った。それだけでもう、抗う気が失せてしまう。 
 青年は再度、彼女の白い膝を持ち開脚させようと力を込めた。抵抗は、無かった。 
 開かせた脚の間を見て、オスカーは数度目を瞬かせた。やはり男のものは無く、代わりに綺麗な桃色をした秘唇が薄く陰毛の下から覗いている。 
 白い手袋の覆う指で、柔らかそうな花弁を少しだけなぞってみる。ふにゅ、と頼りない感触のそれがしっとりと絡みついた。布に水気が染み、指先が湿る。 
 間近にあるそれは、触るとひくん、と可愛らしい反応を返し、青年の指を呑もうと蠢いた。 
 入口にじんわりと蜜が滲み、濡れてくる。すぐ上にある肉の突起も、彼に触れて欲しそうにぷくりと勃っていた。 
 誘われるように、オスカーはそこへ顔を近づけた。そしてさも愛おしい恋人の唇へするかのように、ひくつく秘裂へゆっくりと口づけた。 
「んっ…」 
 ウェインが息を詰まらせる。瞠目しびくりと足を引き攣らせ、奥歯を噛み締める彼女に、オスカーは喉を低く鳴らして笑んだ。 
 ちゅ、ちゅ、と触れるか触れないかのキスを幾度か施すと、その唇はねっとりと潤んできた。一筋の透明な液体がオスカーの顎を辿り内腿を伝う。 
 秘所を覆う柔らかな黒い毛に鼻先を埋めて、もう少し深く唇を押しつけた。ちろりと舌先を伸ばし、間を探るように舐め上げる。肉芽を食まれ、熱い蜜がじわりと溢れ出た。 
 舌先で、表面全てで、それを吸い舐める。じゅると卑猥な音を立て、わざと少女の羞恥を煽るように。 
「ふ…あ……」 
 青年の髪が下腹を掠めた。ふわふわとしたそれを思わず掴み、動きを止めさせようと軽く引っ張る。 
 そんな彼女の意に反し、オスカーの生温かい舌はぬるりと中に侵入してきた。 
 舌先を窄め、蜜口をつつく。ぬぐ、と湿った舌を押し込まれ、動かされた。 
 内側から襞を舐め上げられる感触に、ウェインの全身の皮膚が粟立った。秘所がじくじくと熱を持ち、どうしようもない疼きが襲う。 
「先輩……きたない、からっ」 
 少女の泣きそうな声にオスカーは上向いた。 
 透明な液体に濡れる唇を手袋で拭い、つうと糸が引く唇の端を吊り上げてみせる。 
「汚くなんかないさ」 
 言いながら、ふ、と尖った肉芽に冷たく息を吹きかけた。面白いほど素直にウェインの身体が跳ね上がる。 
 やめてと口にしながら、もっと、と続きを望むように、目前で媚肉は愛液を垂らし蠢いている。ウェインは堪らなさそうに青年の頭を掻き抱いた。 
 オスカーは自分の手の甲に口を寄せると、指先までを包む白い布地を噛み、手から抜き取った。湿った手袋が足元にぱさりと落ちる。 
 剥き出しになった指先を、びっしょりと濡れた秘所に忍ばせた。膣口は悦びに震え、男にしてはやや華奢に見える指を嬉しそうに咥え込む。 
 何の抵抗も無く、つぷりと少女の秘裂を割り挿入されていった。 
 差し入れられた一本の指がとろとろの内壁を軽く擦っては抜き、未だ秘所から離れない舌がクリトリスを舐る。 
「あっ!…ひあぁ…」 
 切れ切れになる吐息の中、癖づいた髪を掴み、快楽に蕩け切った声でせんぱい、と呼ぶ。 
 くちゅくちゅと秘所を掻き回す動きは止めないまま、オスカーは顔を上げた。少女は泣きそうな表情で下を向き、彼を見返した。 
 腰をぶるりと震わせ、オスカーの頭を掻き抱く。絶頂が近いらしく、内壁が青年の指をきつく締めつけ、隙間からは許容量を越えた愛液が溢れた。ウェインが喉を反らせる。 
「…イキたいのかい、ウェイン?」 
 肉びらを唇で食みながら、オスカーが問い掛ける。彼女はこくこくと幾度か頷いてみせた。初めは恥ずかしそうに閉じがちだった内股もしどけなく開かれ、誘うように花弁から蜜を滴らせていた。 
「……そう」 
 オスカーは笑みを漏らし、目を細めて少女の乱れる姿態を見遣った。 
 探るような動きを繰り返す指の動きに、ウェインは浅く早く息を吐く。だらりと床に落としていた足がぴんと攣り、爪先がかつ、と音を立てた。入口を擦り、最も感じる箇所を押さえた愛撫に身悶えする。 
 陸に揚げられた魚が水を求めるかのようそこはひくりと収縮を繰り返した。与えられる刺激に、堪らず少女が絶頂を迎えようとした。 
 ―――と、その時。 
 ぴた、と前触れ無くオスカーの指戯が止められた。 
「んんっ……!」 
 もう少しで達してしまえそうだったのに、直前で流れを堰き止められてしまい。 
 半端な感覚に少女は思わず喉の奥から声を漏らした。もどかしさに、ウェインは薄紫の髪をくいと引く。 
 無意識のものだろう仕草に、オスカーの瞳が猫のように細められた。 
「イキたい?」 
 そう、重ねて問い掛ける。 
 少女は琥珀の瞳に涙をいっぱいに溜め、先よりも切羽詰まった表情で何度も首を縦に振った。 
 が、青年はそれにも笑ってみせるばかりで、指先は動かされなかった。 
 そればかりか。 
「じゃあ、お願いしてみせてくれないかな」 
 そう低く囁くと、ずる、と指を抜いてしまった。 
 喪失感にウェインが腰をびくりと跳ねさせる。蚊の鳴くような細い声が咽喉の奥から漏れた。 
 オスカーの手がすっと目の前に伸びてきた。愛液が滴るぬるんだ爪先。今し方まで自分の中に入っていたそれで、半開きになった唇をなぞられる。 
 指が小さな口の中へ入り込んだ。舌先に自身の流した淫らな愛液を感じ、身体が勝手に興奮する。ぬるついた青年の手指を甘く噛んで、舐め上げた。それだけでぞくぞくと背筋が震えた。 
 これを自分の中で激しく動かして欲しい。掻き回して欲しい。突いて欲しい。 
 ううん、もっと―――。 
 本当はこれ以上の熱が欲しかった。 
「何をしてほしいのか……ちゃんと、言えるよね」 
 宥めるような言い聞かせるような、優しく威圧的な声音。 
 決意をしたように目をきつく瞑り、ウェインは文字通りオスカーの目前で、自分から脚を大きく開いた。 
「……っく…」 
 股関節が引き攣る寸前まで開脚し、ぐっしょりと濡れ蕩けきった秘裂を照明の下に、青年の視線下に晒す。 
 それだけでは足りないと、両手を陰唇に添え、左右にぱっくりと開いて見せた。 
 秘所の全てがさらけ出され、充血した赤い肉芽も、膣口も、尿道孔さえ外気に触れた。生々しい幾層かの桃色の肉が愛液をたらたらと流し、むっとした雌の匂いがオスカーの鼻腔をくすぐる。 
「も…熱くて、どうしようも、ないんです。……お願…だから、オスカー先輩の…を、ここに、挿れて」 
 イかせて。 
 言いながら、膣を人差し指で弄った。ここ、と強調しながら、ねだるようにオスカーを見つめる。 
 こうするのも羞恥に死んでしまいそうだった。だが、直接的な言葉はどうしても口に出来ない。 
 それでも言った後、自らの台詞に腰がぶるぶると震えた。自分がこんな淫らな、こんないやらしい人間になってしまうなんて、と。 
 浅く早く息をつき、震える指で襞を開く。 
 ―――お願い。 
 お願いだから、早くイキたい。 
 硬くて熱いもので、貫いて、抜き差して、ぐちゃぐちゃに掻き回して―――。 
 想像するだけでまた、開帳しているそこが濡れてきた。とろりと蜜が臀部にまで滴り落ちる。 
 もういっそ、膣口を示している自分の指でしてしまおうかと、そこをぐりゅ、と弄くったその時だった。 
「っ、あん!」 
 桃のように白く柔らかな尻にオスカーの手が伸び、爪が食い込んだ。ちりりと痛みが襲う。だがそれにすら少女は快感を見出して鳴いた。 
 ウェインが自らしてみせていた以上に、割れ目がぐいと開かれ、びっしょりと濡れた花弁やその先にある蕾まで外気に晒される。 
 程無くして、秘裂にひたりと熱く固い先端があてがえられた。ひんやりとした空気と、気の遠くなりそうな熱さに、ウェインはふる、と背筋を震わせた。 
 そのまま、貫かれるのを焦がれる思いで待つ。 
 それなのに、オスカーは裂け目になぞらえて亀頭を滑らせてみたり、くにゅくにゅと膣口を擦ってみたりするばかりで。 
 熱くてもどかしくて気が狂いそうだった。こんなになってまで焦らそうとする青年を、目の縁に涙を溜めて咎めるように睨む。 
 余裕のある笑みでそれをかわして、オスカーはウェインの腰を大きく持ち上げた。収縮する膣口に丁度それがあてがえられるよう位置を調節して、そして。 
「よく出来たね、いい子だ」 
 ずぷ、と一息にそれを。 
 奥まで、充分な質量を持った肉棒を叩きつけた。 
「…ん、ああああっ!」 
 閉め切られた個室に、可憐な悲鳴が響いた。 
 蜜口を抉じ開け、膣内を擦り上げるそれ。ぐちゅりと粘液の混ざる音が耳につく。 
 ずん、と腹に響く感覚。少女は待ち侘びた灼熱の塊に全身を戦慄かせた。 
 身体が二つ折りになるほど足を高く抱え上げられ、付け根が軋んだ。だが痛みは全く無く、ただ圧倒的な快感に下半身が打ち震える。 
「欲しかったんだろう、僕の、これが」 
 オスカーが掠れた声で言った。ウェインは無我夢中に頷いた。目の前の首筋に顔を埋め、腕を回ししがみつく。 
「…こ、これ、が、…欲しかったんです……ひあっ!」 
 待ち侘びた肉の擦れ合う感触に、ウェインはひたすら悶えた。 
 自らもオスカーの背に抱きつき、一心不乱に腰を動かしてみせる。愛液が結合部からだらしなく流れ落ち、青年の制服を汚した。 
「……あ、ああぁ…」 
 動く度に淫らな水音が立ち、聴覚からも性感を刺激され、頭の中は快楽を追うことばかりになる。 
 そう、気持ちいい。そればかりに意識を奪われた。 
 胎内を出入りする肉棒だけが鮮明な感触をウェインに与える。鼻から抜けたような声が少女の唇から無意識に漏れた。 
 オスカーの腰が強く打ちつけられる。きつく締め上げる膣内を無理矢理ぐちゅぐちゅと掻き回し、華奢な肢体を揺さぶった。 
 散々焦らされた挙句の与えられたそれは、過ぎた快楽になり少女を追い詰める。 
 下腹部から蕩けていくような感覚。深く、早く、繰り返されるその律動にウェインはすすり泣いた。 
「もう、だめ…っ、イっちゃうぅ……!」 
 一際強く、ずぶり、と、最奥に猛ったものを突き立てられる。 
 そして、ぎりぎりまで引き抜かれる。 
 また根元までを勢い良く収められる。 
 激しい突き上げに内壁がきゅううと収縮し始めた。 
 がくがく揺すられ、乱れた制服の胸元からふるんと白い乳房がこぼれ落ちる。薄紅色の先端ごと手のひらで包み、指を食い込ませながらオスカーは少女の耳朶に口づけた。 
「イって、ウェイン」 
 荒く息をつきながら、青年の腰が痛いほどに打ちつけられた。 
 濡れそぼった膣内が、奥へ捩じ込まれようとする肉棒を、引き絞るように、きつくきつく締めつける。 
 ウェインは涙を流しながら背を仰け反らせた。 
「あ、も…こんな…やあああああ…!」 
 少女の内股の間で、熱く飛沫が弾けるのを感じた。 
 同時に、オスカーの肉茎がびくびくと痙攣する。断続的に吐き出されるそれを腹の奥に感じ、ウェインは唇を噛み締め青年の肩にしがみついた。 
 溢れた粘液が青年のそれをしとどに濡らし雫を垂らした。 
 
 
 こめかみがどくりどくりと脈を打つ。身体中が火照り、心臓と同じ鼓動を刻むそこは、熱さで今にも裂けてしまいそうに感じた。 
 額や頬、胸元に玉のような汗が流れ落ちる。オスカーの制服もじっとりと濡れていく。 
 彼の長い足にぴったりと張りついた清楚な白いスラックスなんて、どちらのものともいえない液体にまみれ悲惨なことになっていた。 
 今も尚、少女の太腿を伝い流れ落ちていく二人分の体液が、長い裾までを濡らしているというのに。 
「制服が」 
 ぐしゃぐしゃになった互いの衣服を見て、オスカーが掠れ声で呟いた。 
「汚れてしまったね」 
「……、すみません」 
「どうして君が謝るの?僕がやったことだろう」 
 頬を朱色に染めて下向く少女にオスカーは笑いかけた。汗で頬に張りついた黒髪を払ってやり、柔らかく笑む。仕草の一つ一つが様になる青年を見て、ウェインは胸を締めつけられた。 
 少女の視線に気づき、オスカーがその柔らかい物腰に相応しい、また優しい微笑を浮かべる。それを正面から直視出来ず、ウェインはそっと目線を外し俯いた。頬が熱い。 
 精液に満たされた膣内がじゅん、と疼く。あれだけ激しくされたのも初めてで、まだ奥が痺れているような気さえした。 
 熱を持った秘所へ意識を集中していると、きゅうと入口が収縮する。それは結果的に、未だ中にいる青年のものを締めつけてしまうことになった。ん、とオスカーが喉を鳴らす。 
「…まだ、したいのかい?」 
 聞かれ、ウェインは慌てて首を振った。先程以上にかあと頬を染め、明後日の方を向く。 
 内部にある青年のものは未だ硬度を保っていて、意識するとむず痒い快感が下腹部を襲った。 
 貫かれたままの入口がまた熱を帯び始める。愛液が溢れたような気がして、恥ずかしくなり、少女は彼から離れようとした。 
 が、引きかけた身は、程無くオスカーの手に捕まえられた。 
「わっ…」 
 そのまま何故か、ぐい、と抱き寄せられる。 
 汗ばんだ胸が押しつけられ、ウェインはきょとんと瞬きをした。 
「もう少しこのままでいよう」 
 そう、終わったらすぐさようならなんて即物的じゃないか、と。 
 彼女の耳元で囁いたついでにオスカーは腰も押しつけた。二人の足の間で流れ出た体液がくちゅりと音を立てる。微妙な動きに粘膜が刺激され、ウェインのそこはひくつき蜜を垂らした。 
「ん…あぁ…」 
 甘い声が漏れる。それを塞ぐようにオスカーの唇が少女のそれに重ねられた。 
 どうやら自分は、優しく、ほんの少し意地悪なこの同僚のことも嫌いではないようだった。 
 温かい唇も、背を撫でさする細い手指も、どれも胸を高鳴らせて止まないみたいで。 
 ―――ああ、どうしよう。 
 このままじゃ俺、本格的に変態になってしまう―――。 
 一刻も早く男に戻れるよう、更なる努力を誓って、ウェインはオスカーの胸にしがみつき目を閉じた。 
 数分の時間を置いた後、扉が軋む音と、がたがたと便器の蓋が立てる音が、個室から再び漏れ出してきた。 
 
 
 翌朝、無事にウェインは男の身体で出仕した。 
 そして。 
 半分以上は事務処理に消えたものの、休暇を終えたばかりのウェインが、疲労した表情でだるそうに身体を引き摺りながら現れたのと。 
 逆に、それまで休み一つ無く部屋に籠ったまま仕事漬けになっていたであろうオスカーは、血色も良くすっきりとした顔で現れたのと。 
 余りにも対照的な二人を見比べ、ジュリアはひどく不思議そうな顔をした。 
 理由を聞いても彼等は何でも無いと答えるばかりだった。 
 
 
 つくづくと。 
 ―――インペリアル・ナイトというものは大変だ。 
 
 
 
 
                                                               END

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