東の大国、バーンシュタイン。
「失礼します!」
その王都バーンシュタインの王城の中心部にある謁見の間に、一人の少年が飛び込むように入ってきた。
「ウェインか。時間ギリギリだぞ」
少年をウェインと呼んだのは金髪の男装の麗人。
「仕方ないよジュリアン。彼は深夜お楽しみだったんだからね」
その男装の麗人をジュリアンと呼んだのは、紫髪の優男。
「……あんなお楽しみなんて一生いらないですよ、リーヴス先輩」
紫髪の優男をリーヴスと呼びながら入ってきた少年、ウェイン・クルーズはため息をつく。
バーンシュタイン王国が誇る最高の騎士、インペリアル・ナイト。3人はそのインペリアル・ナイトのみ装着することを許された『ナイツの鎧』を着こんでこの場に立っていた。つまり、三人ともインペリアル・ナイトなのだ。
ちなみにこのナイツの鎧。特殊製法によって鋼を加工した物でミスリル銀を上回る強度を誇りながらも体には全く負担がかからないほど着心地が良く、46時中着ても全く問題ない作りになっている。故に戦時だけでなくこうして平穏時の朝でもこの服装が可能なのだ。
「皆、揃ったようだな」
そんな謁見の間の中央にいた三人のインペリアル・ナイトに、今度は長身の男が声を掛ける。
「あっ、アーネ……ス……と?」
「どうした?」
「ライエル……その服は?」
ウェインとジュリアンは眉を顰め長身の男、アーネスト・ライエルの着ている服を指差す。
「服も何も、お前達と同じナイツの鎧だが」
ライエルが言うとおり、彼が着ているのはナイツの鎧。3人とは若干色が違うが、それはライエルがナイツの筆頭である証拠として多少の改良が加えられている証拠だ。
「いや、それはそうなのだが……裸ジャケットは?」
「あのヘソだし乳首出しの破廉恥姿のお前はどこに行ったのだ?」
「何を言いだす2人とも?俺がいつそんな姿をこの謁見の間で晒した?」
二人の指摘にライエルは困ったような、またはあきれたような表情で首をかしげる。
「まあまあアーネスト、あの悪趣味で変質者的な私服は強烈だからね。彼らもつい意識が向いてしまうんだよ」
「オスカー、貴様……」
フォローになってない事を言うオスカーをライエルはギロリと睨む。
「皆さん、揃っているようですね」
「エリオット陛下!」
そんなナイツ達4人の前に、謁見の間の奥から育ちのよさそうな柔和な少年が姿を現した。
「朝早く呼んですみません」
「気にしないでください陛下。ところで、一体何の用でしょうか?」
「私の用ではないのですが、オスカーが重要な報告があると」
バーンシュタイン国王、エリオット・バーンシュタインはそう言ってオスカーに視線を向ける。
「はい、とても重要な報告をしなければいけません」
先ほどまでの雰囲気から一転、オスカーは重苦しいトーンでそう言葉を発した。
「恥ずべき事に、この中に…………裏切り者がいます」
その一言は、謁見の間の空気を極限にまで凍りつかせた。
「そっ、そんな!?リーヴス先輩!」
「いきなり何を言い出すんだリーヴス!」
「落ち着いてくださいウェインにジュリアン……オスカー。その言葉、偽りではないのですね?ここにいるのは」
顔を青くして狼狽するウェインとジュリアンを落ち着かせ、エリオットはオスカーに聞くが、
「ここにいるのは陛下を除けば我らインペリアル・ナイトだけでございます。それでもなお、裏切り者はいるのです……ね、アーネスト?」
ゆっくりと振り返り、冷たい瞳でオスカーは親友である男を睨みつけた。
ジュリアンは動けなかった。
ライエルは強い。インペリアルナイトになって間もない自分やウェインは勿論同期であるオスカーより……いや、普通の意味での『人間』で彼に勝る者はバーンシュタインどころか大陸の中ではいないと言ってもいい。
(3人がかりなら負けはしないが……殺さず、逃がさず、陛下を守りながらはきついな)
一方ウェインは動かなかった。
付き合いの長さ自体は短くとも、年が離れていようと、ウェインにとってライエルは間違いなく親友なのだ。
(アーネストが?いったい何故だ?とにかく何か理由があるはずだ。いくらアーネストでも俺達3人相手にいきなり襲い掛かったりしないだろうし)
告発したオスカーも、裏切り者と呼ばれたライエルも、彼らの主であるエリオットも動かない。そんな中、
「……何の話だ?」
「とぼけるのかい?諜報部から君の裏切り行動について、報告が上がっているんだよ」
静かに尋ねたライエルに、オスカーは涼しげに即答した。
「ただ内容について少々腑に落ちない部分があるんだけどね。そのあたりを教えてくれないかな。何故裏切ったかについても含めて」
「……俺は裏切っていない」
「いいや君は裏切っているんだ。申し訳ないと思わないのかい?エリオット陛下に、バーンシュタインに、そして……ジュリアンに」
「…………は?」
「へっ?」
徐々に重くなっていく雰囲気に気を張り詰めていたジュリアンとウェインの表情が、崩れる。
「バーンシュタインの為、エリオット陛下の為、あと一応ついでにジュリアンの為にカーマインをジュリアンとくっつけようとしているのに、君はその邪魔を――」
「ちょっと待てリーヴス!なんだその企みは!?あと一応ついでにって、ものすごくおざなりになっていないか!?」
「結果が全てだよジュリアン。それとも彼とくっつくのが嫌だと?今のままじゃ望み薄だからね」
「いやいや嫌なわけではない!マイロ、カーマインと共にいれるのはとても喜ばしいことだが……って、望み薄だと勝手に決めるな!」
「……一応カーマインさんとジュリアン先輩がくっつくと、国やエリオット陛下の為にもなるな」
オスカーの襟首を掴むジュリアンを見ながら、ウェインは納得したように頷く。
「はい、ですのでいろいろと外交や行事でちょっとお膳立てをしているのですが、どうもうまくいかないみたいで……やることはやっているみたいなのでまったく無駄というわけではないのが幸いですね」
「それはそうですよ。これでやってもいなかったらジュリアンが女として見られていないことになってしまいますよ陛下」
「ちょ!陛下!?ってリーヴスぅ!余計な世話だ!」
顔を赤くしリングウェポンで剣を作り出すとジュリアンは猛然とオスカーに斬りかかる。
「ってジュリアン先輩落ち着いて!ところでその件でアーネストが裏切り者という事は、他の誰かを応援しているって事なのか?」
「……そうだ」
ジュリアンを羽交い絞めしながらウェインが尋ねると、ライエルは小さくうなずく。
「そのあたりが不可解なんだよね。僕はてっきりルイセ君に脅され応援していると思ってたんだよ。彼女洒落にならないくらい怖いし。僕だって彼女に本気で脅されたらジュリアンの恋愛ごとなんかどうでも――」
「……さらばだオスカー・リーヴス」
「ジュリアン先輩マジで落ち着いて!リーヴス先輩も火に油を注ぎこまないで!」
必死にしがみつくウェインに、彼を引きずりながら斬りかかるジュリアンに、彼女の剣を両手での白刃取りで必死に止めているオスカー。
「ごほん。ルイセさんの脅威についてはあとで話し合うとして……アーネスト。話して――」
到底国民には見せられないナイツ3人の騒ぎを視線から離し、エリオットはライエルに尋ねようとした瞬間。
「この件については私が説明しよう」
少年の声が謁見の間に響いた。
その声には、王者の風格があった。
「リシャール様!」
現れたのは国王であるエリオットと顔がそっくりの少年。違いがあるとすれば服装と、そして纏う雰囲気だ。
「…………」
「…………」
一方急に動きが止まるジュリアンとウェイン。
「どうした、ジュリアンにウェイン。急に止まったりして」
「……え?いやだって、リシャール様は前国王で、でも本物の王ではないとしてカーマインさん達と戦った後幽閉されて、その後……」
「その後恩赦で牢から出て、カーマイン達と共にナイツマスターとしてヴェンツェルやジャスティンと戦ったんだよ……おかしいな、ウェインだけでなくジュリアンまで難しい顔をしている」
「あ、いや……確か時空制御塔でアーネストと共に戦い、その後……いや、気のせいなのか、うむ」
眉間に皺を寄せ、困惑した表情を浮かべるウェインとジュリアン。
「そもそも、ウェインはリシャール様と一緒に行動したじゃないか」
「ええっ!?俺が!?そんなはずは――」
オスカーの口から出た言葉に本格的に狼狽するウェイン。頭に手を添え考えるポーズをとって――
参入時
『待て、カーマインがこの騎士についていくなら、私も出よう』
『リシャールがですか?確かにウェインはまだ騎士として熟成はされていませんが、カーマインさんとゼノスがいるなら戦力としては十分だと思いますが』
『ローランディアと共同でチームを組むということは悪くないが、カーマインは名声が高すぎる』
『確かに。何か功績を挙げたときそれが全てカーマイン君個人のおかげになることは僕達にとっては嫌とは思わないけど、ローランディアの利になるのは国としては面白くないね』
『ナイツマスターであるリシャールが共にいれば、釣り合うということですか』
『ああ、コーネリウスに借りを作る口実を作らせる必要もなかろう。カーマインもそれで問題ないな?』
『俺は構わない。リシャールと共に戦えるのは俺も楽しみだ』
『しかし、リシャール様もカーマインもまだ半ば病み上がりのようなもの。エリオット陛下、私も付いていきたいのですが』
『ええ、アーネスト。あなたもついていくなら何一つ心配する要素はありませんね。お願いします』
『安心しなよアーネスト。バーンシュタインは僕とジュリアンで守っていく。リシャール様をよろしく頼むよ』
『……俺は帰るか。カレンも心配だし、何よりこの三人がいるなら俺の出番はないだろ』
対ゲーヴァス
『直接対峙している割には波動が弱く強さを感じん。ルイセがいないにもかかわらずこの程度なら、私とカーマインが二人でかかれば問題あるまい』
『リシャール、奴を倒すのはあの娘を助けてからだ。俺はウェインが部屋に行けるよう道を作る。リシャールは狐……セレブが奴の懐に潜り込む隙を作ってくれ』
『了解した、適当に相手をしておく。アーネストはユングの群れから仲間を守ってくれ』
ゲーヴァス戦後
『ということは……もう倒したのか?』
『俺を誰だと思ってるんだ?』
『愚問だな、ジュリアン。私にアーネスト、そしてカーマイン。我等3人がいて打ち滅ぼせない存在がいるとでも?』
『……それもそうだな』
『さすがですね』
対鎧兵
『……などと賊はおっしゃってますが?』
『インペリアルナイトを連れて来い……か。身の程を知らぬ賊が、あの世で後悔するがいい。アーネスト、ウェイン。一気に蹴散らすぞ』
対ウォルフガング
『……つまらん、歴戦の傭兵と聞いて手合わせをしてみたかったが、最後に頼るのは己の体や魂ではなく、そんなガラクタか。興が削がれた。ウェイン、本体は任せた。私は盾を潰すのでカーマインは武器を潰せ。アーネストは梅雨払いを頼む』
対マクシミリアン
『貴様が作りたい理想の結論が人形だけの世界とは、頭が切れる奴とは思っていたが、愚かにも程がある。操られる者の苦しみ、貴様には分からぬのだろうな』
『リシャール様。しかし、それで戦争が無くなり平和になるのなら……』
『そういう妄想は卓上だけにしておけ。貴様の妄執、私が砕く』
「……思い出しました、俺ってよくインペリアルナイトになれたなと感じましたけど」
思い出す前よりさらに首を傾げるウェイン。顔色も悪い。
「卑下することはありません。ウェインも十分活躍したと報告を受けていましたよ。ところで話を戻しましょう。リシャール、アーネストの話――」
「いえ、陛下。リシャール様は関係ありません。単に私の不徳の――」
「庇い立てする必要はない、アーネスト」
エリオットの言葉をライエルが遮り、さらにそれをリシャールが遮る。
「カーマインによって、私は命だけでなく、心も救われた。もしあの時延命ができず牢に閉じ込められたままであったら、その後どのような結果になろうとも、今の私はいなかっただろう」
当時を思い出すかのようにやや低い口調でリシャールは話す。
「私が今ここにいられることに関し一番恩があるのはカーマインだ。そしてその次といえば、延命装置である波動の指輪を作ってくれたあの女だ」
「ああ、あの田むゲフンゲフン!アメリアのことだね。なるほど、確かに彼女もリシャール様の恩人だ。ライエルが彼女を助けたいと思うのは当然のこと。本来なら、僕も力添えをするべきだろうけど……」
実際、アメリアが波動の指輪を持ってこなければ、極度の衰弱状態であったリシャールが牢から出てカーマインたちと共に行動することはなかった。それどころか、助命を盾にヴェンツェルやジャスティンに利用されるという未来もあったかもしれない。
「いや、やっぱり僕はこのままジュリアンを応援するよ。だからアーネスト、君はリシャール様の為に彼女を応援してくれ。フフッ、またあの時と同じパターンになったね」
少し悩んだ後首を横に振り、その後ライエルに対しオスカーはさわやかな笑みを浮かべた。
「感謝する、オスカー。お前がいるからこそ、俺はリシャール様の為に働けるのだ。よし!善は急げという。早速カーマインのところに行って彼女の恋を成就させる手伝いをしてくる」
「待て、今回は私も行こう。いつもライエルに任せたままなのは忍びないからな。行くぞ、アーネスト!」
「ハッ!お供します!」
リシャールとライエルはそう言って、溌剌とした足取りで謁見の間から出て行った。
「負けてられないよ、ジュリアン!陛下、今から私とジュリアンは作戦行動に入ります」
「分かりました。成果を期待しています」
「必ずや。さて、ジュリアン。あの二人とアメリアに負けるわけには行かないからね。君の肩にバーンシュタインの輝かしい栄光が掛かってるんだ。彼をバーンシュタインに引き込めれば、間違いなくインペリアルナイト黄金期が訪れる」
「たっ、確かにそうかも知れないが私の気持ちとか心構えとか乙女心とかはどうでも良いのか!?せっ、せめて湯浴みと化粧と着替えをしてから――!」
ずるずるとオスカーはジュリアンを引きずり、こちらもすぐに謁見の間からいなくなった。
「……陛下、いいんでしょうか?インペリアルナイトがナイツマスター含め4人一気に他国に行って」
「平和でいいと思いますよ。さて、僕達は僕達で仕事をしましょう。まずはもし今回ジュリアンが失敗した場合の次の手をハンスやシャルローネあたりを呼んで考えましょう」
「仕事ってそっちですか!?いやそれ以前にちょっとシャロは勘弁して欲しいというかだからといってリビエラやアリエータも困りますけど!」
結局、バーンシュタインの国王と誉れ高いインペリアルナイト達は、誰一人その日通常業務をすることがなかった。
カーマインの領地である『ティピちゃん王国』、その管理は全て前国王が土地の管理人として用意していた中年の男が執り行っている。この街の発展も彼の力量があっての結果といえる。
初期より面積も人口も増え、さすがに街の管理に携わる人間は増えたが、それでも彼がこの街の運営に関して一番重要な立場であることは変わりない。つまり、メルフィが頼みたい路頭に迷うフェザリアンの住居問題も彼に話す必要があるわけで。
「少しばかり、問題が起きます」
軽い朝食をとった後、そのまま執事室に向かう3人。メルフィが拙いながらも事情を話した後、男は口を開いた。
「今現在ローランディア王国では問題なく安全に移住でき、かつ5年以上は暮らすことができるできる場所が一箇所しかありません」
「そこまで完璧な条件は……必要かぁ。ただでさえフェザリアンと人間の間にはまだ溝があるし、移住しても一年もたたないうちに追い出されたりしたら意味ないし。それで、その場所って……ココよね、やっぱり」
「やっぱり今の時勢、他では厳しいのね」
アメリアがため息をつき、メルフィが目を伏せる。二人ともフェザリアンが人々の生活に溶け込み暮らすことの難しさを理解している故の反応だ。
「はい。ここ一年でフェザリアンも多く住み、古い風習や差別も無い。さらに新たに土地を開拓したので衣食住の問題もありません」
「それで、『問題が起きる』とは、どういうことだ?」
「国王の不興を買います」
カーマインが尋ねると、男はすぐさま答えた。
「はっきり言えばあの方はカーマイン様が嫌いなのです。カーマイン様が善行を行う、名声を上げる、自分の意に沿わないことをする……その全てが、王は気に入らないのです」
「そうか」
カーマインは頷き、
「なら問題ないな。メルフィが頼んできたフェザリアンの移住、すぐにでも頼む」
「了解しました」
どこかの誰かが聞いたら『政治だよ』としたり顔で言いそうな問題を、カーマインはそう斬って捨てた。
「えっと、カーマイン君?なんだかものすごい問題が起きそうな気がするんだけど……」
「起きるかもしれないが、それを含め問題ない。そうだろう?」
「はい。確かにこれで移住を受け入れれば間違いなくコーネリウス王は良い顔をしないでしょう。ですが、問題はありません」
二人の態度を見て慌てるアメリアに対しカーマインは涼しい顔で尋ね、男は軽く頷いた。
「いや、でもそれってここの国の王に喧嘩売るに等しい行為じゃない?確か、コーネリウス王ってタカ派で野心家なんでしょ?あまり色々しすぎると有形無形の嫌がらせをしてくるとか……」
「問題ありません、政でカーマイン様に害を与えることなど民や他国が許しませんよ」
真顔で男は答える。
「カーマイン君に直接害を与えてくるとか……」
「ご安心を、ここにいる5人のメイドは騎士レベルの強さを持つ相手を正面から倒せる精鋭です。さらにかのシャドーナイツに近い働きもできますので狙撃や暗殺、毒殺呪殺にも全て対応できます」
「素人じゃないって事は分かっていた……シャドーナイツって具体的な名前が出るのなんで?」
「これもカーマイン様の徳が成せる事、とだけ。ついでに言えば、カーマイン様の強さは貴女様が良く分かってらっしゃる筈」
さすがに物騒な名前が出てきたのでアメリアは尋ねるが、男はただそれだけを言った。
「……もし国王が完全に切れて、軍隊を差し向けてきたら?」
「ウォレス将軍やサンドラ様が止めるでしょう。それが無くともローザリアから出発する前にルイセ様の魔法で全滅するのがオチかと」
「ルイセちゃんならやりかねない。というか、絶対やる」
笑いながら隕石を降らせるルイセを脳裏に浮かべ、アメリアは暑くもないのに汗を流した。