降りしきる雨のせいなのか、それとも土地が高いせいか。砦の中は、ひどく冷える。  
「で、弟は何処だ」  
 案内役の兵に問う。何度か見かけた顔だった。  
 こいつらの顔と名前が一致するようにしなきゃならんな。  
「こちらです」  
 声だけ聞けば冷静でも、顔色は蒼白。主人に捨てられた犬も、こんな風に鼻を青くするだろうか。  
 出迎える兵に張り付いた絶望、あるいは疲労。当然だ、彼らの努力は無に帰した。  
 砦の奥、簡素な掛け布に守られた遺体が、ぽつねんと横たえられていた。布をめくろうとする案内役を、片手で制する。  
「いいんだ、俺がやる」  
 案内役は何か言いたげに身を揺らしたが、一歩後ろに下がると壁際に立って不動の彫像となった。  
 いい部下を持ったな、おい。  
 女性を扱うときよりも優しく、遺体から覆いを取り除く。  
 冷たい石畳の上、曝された弟の死に顔は、もちろん自分と同じ顔をしていた。  
「てっきり、俺が先かと思ってた」  
 周囲の兵が軽く息を飲む。吐いた言葉に説得力を感じるほど、今のクリスが弱弱しかったからだ。  
 傍らへ跪き、瞑目する兄。もう動くことのない弟。坐臥と横臥。  
 切り取られた風景画のようだった。  
 決して誰も入り込めない、双子という額縁の中で起こっている遠景を、人々は外から見つめるしかなかった。  
 
 まあ、俺が殺したようなもんだな。  
 ロイヤルガード、正義、理想、そして戦争。皿に盛られた美味なる料理の数々。  
 俺はあんまり好きじゃないから、お前が食べていいぜ。  
 弟の方へ、皿を回した。ご丁寧にも、美食家ぶった仕草で。  
 ありがとう兄さん。嬉しいよ兄さん。兄さんこれはどう食べたらいいんだい。  
 本当は食べたくもない料理を、一生懸命に平らげる弟の苦しみを、クリスは知っていた。理解していた。  
 そうして胸を撫で下ろす、やれやれ、ゲロをぶちまける役目が俺でなくて良かった!  
 最も深い罪は、罰が届かない場所にこそある。  
「許せ、アルフ」  
 許される見込みは永遠にない。許しを与えてくれる唯一の半身は、目の前で完膚なきまでに死んでいた。  
 
 どうしたって男が女に成れないように、双子は「世界でただ一人の自分」をついに得ることが出来ない。  
 その事実を運命と呼ぼうが摂理と名づけようが、部外者の勝手だったが、  
クリストファーは彼なりにしっくりとくる呼び名を持っていた。  
 つまり、それは呪いだ。  
 
 髪留めによる支えの消えた淡い銀髪が、少女のうなじを滑る。  
 軽く頭を振り、クリスに向き直ると、媚のない笑みを浮かべる。  
「たいした役者だ」  
「務めの内です。美姫の微笑み、慈愛の涙。どちらも国民の好きなものでしょう? おろそかにはできません」  
 マーキュリア・ビーチの片隅、安普請が極まった浜小屋で始まった非公式会談は、まずまずの滑り出しをみせていた。  
 
 アルフォンス・オーディネルは死にました。もちろん、それだけでは済まない。  
 一人の死は残された人間にとっての始まりでもある。  
 クリスはオーディネル軍総指揮として、マーキュレイ首脳部との連携を強固にする必要があった。  
 さもなくば、オーディネル領深く入り込んだマーキュレイ軍が、一夜にして館へ侵入した盗賊団に変貌しかねない。  
 かといって、長く前線を離れることも避けるべきだった。  
 ヴァルカニアからの圧力を受け続けるオーディネル軍が、何とか勢いを失わずにいられるのは、  
クリス個人の魅力と能力に拠る処が大きい。  
 だらだらと王城で文官たちの囀りを楽しむ余裕など、どこにもない。  
 幸い、パイプならある。  
 なにしろマーキュレイの最高権力者に、見張りの目を盗んで「おでかけ」する方法を教えてやったのは、クリス自身だった。  
 
「さてアリシア・マーキュレイ」  
「なんでしょう、クリストファー・オーディネル」  
 恋の駆け引きならともかく、政治の腹芸はつまらない。  
「マーキュレイが今の俺たちに望むのは、なんだ」  
 動じず、アリシアは答える。  
「平和」  
 吹き出した。よりにもよって、平和ときたか。  
「そりゃいいな。誰もがそいつを望んでる」  
「すくなくとも五十年。人々が平和な日々の記憶を語り継げるだけの量、時間を稼ぎたいのです」  
「人が苦しむのは、なにも戦争だけが理由じゃない」  
「もちろん、そう。それを知るためにこそ」  
 口調に力強さはなく、静かな決意だけがあった。  
「平和が必要なのだと、アリシア・マーキュレイは考えます」  
 
 小娘め、よくもまあ。  
「似た様な事を言う奴が身内に居たよ。そいつは」  
 兄さん。僕はどうしたらいいんだろう。なにが正しいことなんだろう。  
「あっさりくたばった」  
 俺が殺した。血で汚れた手を懸命に伸ばしながら、助けてくれと叫んでいた弟を、そ知らぬふりで見送った。  
 アリシアの睫毛が不安で揺れている。そういえば、この少女もまた双子だ。  
 だからどうした。意味の無い、ささいな符号だ。  
 軽く息を吸う。吐く。少女の横で、アルフが微笑んでいる。  
 俺に続けろというのか。お前が望んでいるのか、アルフ。  
 くそ、俺はまた選ばなきゃならない。  
 
「いいだろう」  
 ようやく、クリスは言った。  
「お手手は繋いだまま、デートは続行。よし、オッケーだ」  
「では」  
「まあ、もともと贅沢が言える身分ではないしな。『マーキュレイの船は百年保つ』という評判を信じることとしよう」  
 そこで初めて、二人の表情が緩む。  
「さて、どこに誓約のサインをさせてくれるのかな? 書類、心、色々あるが。唇でも構わんぜ」  
 おどけたつもりが、  
「もちろん、体に」  
 とんでもない答えが返ってきて、クリスを凍りつかせた。  
 
 軽く眉の間を揉みほぐす。おいおい、ちょっと待て。  
「聞き違いかな。そうだと言ってくれ」  
 衣擦れの音がして、クリスの懇願は粉砕される。  
 次第にあらわになる国主の肌。南国の太陽から大事に守られてきた、きれいな白。  
「マジか。他に選択肢はないのか、君は若いんだぞ」  
 そうは言いつつも、視線は柔らかな曲線を追ってしまう。男好きのするふっくらとした質感、十代とは思えないゆたかな胸。  
 実に魅力的。だからこそ、罠として機能する。  
「私なりに考えた結果です。あなたを利益で縛ることはできない」  
 既に少女は下着姿だ。かすかに、安物の香水が香る。以前、変装用にと、クリスが選んでやった銘柄だった。  
 軽い酩酊。まるで、安手の淫売宿に居るようだ。  
「だから、情で縛らせていただきます。あなたは国主である私を裏切ることは出来ますが」  
「くそ、やめろ、その先を言うな、この猫かぶりめ」  
「国のために体を差し出す双子の姉だけは、裏切れない」  
 クリスの弱点を見事に突き刺してから、アリシア・マーキュレイは寂しげに笑った。  
 
 男の敗北だった。本当なら、薄布一枚でも床へ落ちる前に、小屋から出るべきだったのだ。  
 一回り齢の離れた女の子は、助平な男を容易く手玉に取ってみせた。  
「いざとなりゃ、女は怖いな」  
 服を脱ぎ捨てながらぼやく。と、まだ反撃の糸口が残っていたのに気がついた。  
「おい、託宣を受けた巫女は、結婚まで純潔を守る義務があるんだろ」  
「ええ、ですから、その」  
 先程までの威厳はどこへ消えたのか。  
 急に顔を真っ赤にして、アリシアは綺麗にたたんだ服から、あたふたと小瓶を取りだす。  
 中で、琥珀色の液体が重たく揺れる。香油か何かだろうか。  
「お、お、おし、りで」  
「ああ?」  
 嫌な予感。頬が引きつるのが自覚できた。  
「お、お、お尻で、おにゃがいしまう!」  
 取り乱しつつも、ひどいことを要求してきた。  
 いざとなれば、女は怖い。  
 
 上半身だけ裸になると、粗末な毛布の上に座り、背後からアリシアを抱きすくめ髪を嗅ぐ。  
 香水ではない、汗の匂いがする。  
 わずかに振り向いた少女の、震える睫毛。  
 強引に顔を向けさせると、口を吸いにいく。びくりとしたアリシアの、唇は閉じられたままだ。  
 合わせ目へと舌が動き、なぞるように往復する。あえぎとともに、隙間ができた。  
 舌を差し込んでいくと、半ば本能的にアリシアの舌も応じてくれる。  
 ぬるりとした舌の感触とやや粘りが少ない唾液、両方を味わいながら、下着のとれた胸へとクリスの両手が伸びる。  
 新たな箇所に触れるたび、体が跳ねる。早熟な肉体や物言いとは裏腹に、初々しい少女そのものの反応だった。  
 
 俺がもっとおっさんだったなら、大喜びして嬲り尽くす場面なのだろうが。  
 生憎と、クリスは政治的力学をベッドの上まで持ち込むのは苦手だ。  
 軟らかく人生を過ごすつもりだった彼にとって、そこは祈りを捧げるべき聖地だった。  
 いったん、唇が離れる。  
「まあ、そう心配するな」  
「は、はひ?」  
 泣き出しそうな目。言い出したのはそっちだってのに、可愛いもんだ。  
「なるべく優しくするよ、アリス」  
「クリスさん」  
 先ほどとは異なる感情で、アリシアの瞳が潤む。  
 しかし残念なことに、古来男がこの手の事を言い出して、最後まで守った例がなかった。  
 
 乳肉へと指を沈ませ、愛撫する。  
 指の腹だけを浮き沈みさせ、弾力を確かめているうち、アリシアの呼吸が貪るようなものへと変化していた。  
 キスの名残か、口の端から顎にかけ、ナメクジの這ったような跡があり、上気した頬と併せて艶かしさを演出している。  
 今度は手のひら全体で、発達した乳房を掴んだ。よく熟した、皮の薄い果実を思わせる感触。  
 ゆっくりと、やがて熱っぽく、揉みしだく動きを速めていく。  
「あ、う」  
 時々口を開け閉めするのは、欲情に染まりつつある体内の空気を、少しでも入れ替えようとする健気な頑張りなのか。  
 それとも、快楽に満ちたあえぎを抑制するための仕掛けだろうか。  
 すこし意地悪がしたくなり、クリスは尖り始めた突起の先端を口に含み、舌でねぶるようにする。  
「んあ!」  
 たまらず声が出てしまい、アリシアは慌てて口を塞いだ。  
「ううう、は、ああぅ」  
 やがて両の乳房が怪しく光沢を放ち、アリシア自身に淫蕩の証拠を突きつけだした。  
「いやぁ、こんなの、やぁ」  
 かぶりを振りつつも、既に声を抑えるのは止めていた。  
 
 唐突にすっくと立ち上がったクリスを、アリシアがぼんやりと見上げる。  
 ズボンを脱ぎ始めたのを目の当たりにして、ようやくクリスがしようとしていることと自身の立場が繋がったのか、  
「ひゃん」  
 慌てて俯いてしまう。  
「あー、いや、別に君からどうこうして貰おうとは思ってないから、顔を上げてくれないか」  
 おずおずと上がった顔の前に、クリスの屹立があった。  
「こ、れが、男の人の」  
「そういうことだな。今日のところは俺に任せてくれればいい」  
「で、でも私だって国主として」  
 クリスはかがみこむと、そっと耳打ちする。  
「手でしごいたり、口で咥えたり、胸で挟んだりしてくれるってんならそれも良いけどな」  
「むむむむむ無理ですそんなの無理です」  
「だろ?」  
 不思議な気分だ。  
 がくがくと、壊れたからくり人形みたいに首を振る少女に対し、奇妙な共感を感じつつあった。  
 あるいは、彼女が双子であることと関係が、  
「あるわけ、ないさ」  
「え?」  
 クリスはアリシアにのしかかると、無理やり四つん這いへ移行させ、最後に残る下着に手をかける。  
 一気に、引きおろした。  
 
 薄布の内側にこもっていた熱が、逃げ場を得て大気へと溶ける。  
 こんもりとした処女の茂み、そしてその上の小さな窄まりが露わになった。時折茂みが汗以外のもので、きら、と光った。  
 そっと茂みの上から撫でさする。  
「ひゃう」  
 もうすこし拒否反応を示すかと思っていたクリスだったが、やや拍子抜けする。  
 アリシアは緊張し、恥らってはいるものの、積極的な抵抗のサインは出さない。  
 尊貴な家に生まれついた女性で、自分の体を自由にする機会が庶民より少ない、というのはよくある。  
 王家ともなれば、自身の女性的魅力について、深く考えを巡らせなどはしないのかもしれない。  
 なんにせよ、面倒が少ないのはいいことだ。  
 それなりに遊んできたクリスでも、処女の相手は案外難しい。  
 処女という字面こそ神秘的でも、実際に痛がったり怯えたりする女性をなだめ、誉めそやしながら「いたす」のは、  
現実として結構骨が折れる。  
 これは相手への気遣いや愛情とはまた別の、労力の問題だった。  
 
「じゃ、とりあえずこっちからかな」  
 肉の合わせ目へのくちづけ。  
「きゃ」  
 マーキュリア・チーズのような発酵臭。  
 舌を出し、小器用に花びらをめくり上げると、内側まで存分に味わう。  
「こ、こんなの、って」  
 生まれて初めての体験に遭遇し、アリシアが酔った声音を出す。  
 精神だけでも自分から興奮してくれるのは、クリスにしてみるとずいぶん助かる。  
 悶えるアリシアが、無意識に前方へと腰を逃がそうとし、逆に太ももを両腕で抱え込まれる。  
「あ、あうう」  
 ピンク色に染まりつつある肌を横目に、舌が少女の肉芽を弾き、転がし、蹂躙し尽くす。  
 湧き出る清水をすすり、かぐわしい芳香で肺を満たす。  
「んう、やだ、どうして、これ」  
 マーキュレイ国主は、悶え方までどこかしら気品があった。  
 妙な部分に感心しながら、クリスはさらに頭部を動かし、菊門へと狙いをつけた。  
 
 すぼまりの皺を解きほぐしていく。  
 立て続けに送り込まれる官能が許容量を超えたのか、がくりとアリシアの膝が崩れ、体が腹ばいになってしまった。  
 がちがちに硬くなっているよりはましだな。  
 意に介さず、片足を持ち上げ、横向きで開脚させる。  
 傍らの香油壜から、とろとろとしたオイルを手に垂らすと、クリスは進入口のマッサージに取り掛かった。  
 
 じっくりと続けるうち、指が深くまで潜り込むようになってきた頃。  
 唐突に、アリシアが語りかけてきた。  
「あ、の。わ、私、邪魔になっていませんか、ちゃんと、ん、務めを、果たせて、いますか」  
 クリスの胸に元々あった痛みが、耐え切れないほど増幅する。  
 人々が彼女に望むのは、気高く賢いマーキュリア国主だ。それ以外ではない。  
 弟を気遣い、争いの中で心をすり減らす少女には、居場所は用意されていない。そのことを嘆く自由すら、ない。  
 思えば、誰しもがそうだった。  
 二組の双子も、今は敵国の将軍となった彼女も、戦乱の中で消えた無数の人々も。  
 人は生まれを選べず、自ら歩もうとする道でさえ、最後まで進むことを許されない。  
 俺は怒っているのか? とうに知っていたはずの、世界を統べる前提に対して?  
 わからなかった。何もわからなかった。  
 ただ、優しくアリシアの口を吸った。  
 
 お互いの獣臭と、局部に塗られた香油の香りが、浜小屋に充満する。  
 再び四つん這いとなったアリシアの、小さなすぼまりへ、肉茎がぴたりとあてがわれた。  
「じゃ、いくぞお姫様」  
「は、はいっ!」  
 さすがに入り口はきつく、亀頭すら侵入させてくれない。  
 アリシアの表情に苦痛が浮かぶ。  
 やがて、なんとか先端が埋め込まれた。  
「あ、うああああ!」  
 その後は最初ほど困難ではなかった。腰を押し進め、根元まで嵌める。  
「おい、あんまり辛かったら止めるぞ」  
 ほとんど聞こえていないのか、かすかなうわ言めいた言葉だけが戻ってくる。  
「うれ、しい。これで、役に、たてる」  
「そうかよ」  
 吐き捨てるように言った後、一瞬、クリスは凶暴な衝動を覚えた。  
 このまま少女を滅茶苦茶に犯し、どこかへと連れ去ってしまえ。  
 もしも彼が十代の少年なら、迷わずそうしていただろう。  
 眼下で蠢くアリシアの体は、それほど美しく、儚げだった。  
 
「動くぞ、アリス」  
 取り留めもない妄想。今繋がっている現実。  
 振り払うように、クリスはゆっくりと動き出す。  
 愛らしい菊門が、獰猛なけだものに踏み荒らされていく。  
 オイルを足しながら、慎重に突いた。  
 結合部から空気が漏れ、下品な音楽を奏で出す。  
「やぁ、はずか、しいっ」  
 可憐でかぼそいあえぎ。  
 
「は、は、はぁ」  
 うめきにもリズムが付き始めている。  
 もちろん、快楽を感じるところまでは行かないのだろうが、多少は苦痛が麻痺してきたらしい。  
 アリシアの陰毛を伝って、オイルと愛液がぽたぽたと床に垂れる。  
 一突きするたび、乳房が意思を持つかのようにぐねぐねと変形する。  
 いやらしい眺め。  
 相変わらず締め付けはきつく、肉茎の根元から痺れるような快感が駆け上がってきて、クリスに浅い呼吸を強いた。  
 
 思いついて、花びらへ手をあてがい、肉芽を押してみる。  
「はひゃああああ!」  
 クリスの加虐心を刺激する、鋭い反応。  
 出し入れと平行して、執拗に弄ってやっているうち、オイルと愛液の割合が逆転してきた。  
 アリシアの脇腹へ、溢れたそれを塗りつける。  
「んう!」  
 てらてらと光る筋が、アリシアの肉体の淫靡さを際立たせ、巧みに劣情を煽る。  
 仕事じゃなかったら、溺れてしまいそうだ。  
 
「あ、やべ」  
 痴態の観察にかまけ、自身の制御を忘れていた。  
 自覚したとたん、限界が押し寄せてきた。  
「もう溺れていたのかよ。修行が足りんな、俺も」  
 こみ上げる欲望。ブレーキの効く場所は通過してしまった。  
「ああ、うう、な、にか、変!」  
 律動が早まり、アリシアの声が嗚咽に変わる。  
 空洞の壁が揺れ、入り口が強く肉茎を抱きしめた。  
 その瞬間が、来た。  
 処女の直腸に欲望が吐き出され、粘膜に絡みつく。  
「う、こいつは」  
 しぶきを受け、ますます締め付けの輪がきつく閉じ、さらなる射精を促す。  
 二度、三度と腸壁を打つ。  
「で、てる。出て、ますう」  
 アリシアがぎゅっと目を瞑り、拳を固めた。  
 未知の感覚がアリシアの意識の一部を乗っ取り、愉楽に成長するつぼみを育て始めている。  
 つぼみが開ききる時まで、少女の道が続くと良いのだが。  
 クリスはその様子を見ながら、役目を終えた分身が引き揚げを開始するのに手を貸した。  
 
 あろうことか、アリシアは替えの下着を持ってきていなかった。  
 王族らしいといえばそうだが、ちょこんとお尻を押さえて歩く彼女を見ていると、  
果たしてオーディネルの未来を賭けてよかったものかどうか、不安になったのも事実だ。  
 
「あ、姉さん!」  
 アリシアとそっくりの、女性的な顔立ちをした少年が、花壇の向こうで手を振っている。  
「レムス!」  
 嬉しそうに駆け出そうとして立ち止まり、クリスへと視線を移す。  
「どうした、弟さんが待ってるぞ?」  
「クリストファー、私はあなたを傷つけてしまったの?」  
 驚いた。初めての交わりの最中にも関わらず、そこまで見抜いたのか。  
 そう、女達は、いつだって鋭いのだ。  
「違う。君は、俺のケツを叩いてくれただけだ」  
「え、あの、それはごめんなさい。気がつきませんでした」  
 生まれの良さから来る勘違い。思わず笑ってしまう。  
 この少女と二人で創る未来も、ひょっとしたらどこかに落ちていたのかも知れない。  
 今となっては、それも霞の中か。  
「これまた、違う。要するに俺は、君に感謝してる」  
「私こそありがとう、クリス。少しの間だけ、アリスで居られた」  
 アリシア・マーキュレイは、花壇の花に負けないくらいの華やかさで一礼すると、今度こそ本当に駆けて行った。  
 
 マーキュリア・ビーチの波音が、街中にも響いてくる。  
 寄せては返すさざめきに、クリスは耳をそばだてた。  
 
 
                                                おしまい  
 

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