「ウォレス。SMはいいぞ、SMは」
「降りてきた途端、いきなり酒が不味くなる事言うんじゃねぇ」
すっきりとした表情のウェーバーを睨みながらウォレスは口をつけていたコップをテーブルに置く。
「唸る鞭!垂れる蝋燭!飛び交う罵声!肉体と精神に負荷をかけ、それが快楽に繋がる……まるで傭兵時代鍛錬に明け暮れた俺たちじゃないか」
「いや、そのりくつはおかしい」
思わず某ネコ型ロボットと同じツッコミを入れるウォレス。
「何を言っているウォレス。隊長のシゴキなど正にSMそのものだ。おまえも味わえば昔を思い出すぞ。そうだ、俺が今ぞっこんのキルチェンちゃんを紹介してやろう。ロリ系の15歳なのだがこれがまたツンツンツンデレでな。今日も俺の――」
「で、ウェインのほうはどうだった?」
熱く語りだすウェーバーをスルーし、ウォレスはウェーバーの後ろに突っ立っているウェインに声を掛ける。
「……良かったです」
体中を赤くしているウェインは、コクコクと力なく頷く。
「そうか……ところでカーマインはどうした?」
ウォレスが一階に降りてまったり酒を飲むこと2時間、ほぼ同時にウェインとウェーバーが降りてきたわけだが、最後の1人が降りてくる気配はない。
「むっ?そういえばグローランサー殿はまだプレイが終わっていないかも知れぬな。きちんと時間は守らぬといかん。部屋はわかっているから行ってみるとするか」
「いや、でも行って……その、やっている最中だろ拙いんじゃあ」
「なあに、相手の女も時間が超過してる事はわかっているだろうから、遅くても後戯している最中だろう……確かこの部屋に入ってたような?」
ウェーバーを先頭に二階に上がり、一番奥にある部屋の扉を開く。
「おーい、グローランサー……ど……の?」
「誰だ?」
「あら?」
「えっ」
「げっ」
「…………」
「ウェーバー将軍?」
部屋のキングサイズベッドにカーマインが胡坐をかいて座っていた。この辺りは部屋に入ったウェーバーも理解できたが……
「なっ、ななななな……」
感電したかのようにウェーバーは腕をプルプル痙攣させ、カーマインを指差した。
「……多いな」
ひょっこりウェーバーの後ろから覗き込んだウォレスが呟く。
「なんでこんなに人数がいるのだぁ!?」
まずカーマインの正面に正座している、20前半程の赤髪の女性。
次にベッドから離れた場所で両手に皿を持った、20前後ほどの緑髪の女性。
そしてカーマインの後ろにいて両腕をカーマインの首に回し抱きついている、10代後半に見える青髪の少女。
さらにカーマインの隣にいて指で摘んだ苺をカーマインの口に運ぼうとしている、10代半ばの桃髪の少女。髪は短いし眼の色もルイセとは違う。
そして最後に、カーマインの膝に座っている、10代……に入っていないほどに見える金髪の幼い女の子。
「ベーレンちゃんにケルンちゃんにツヴェちゃんにミラちゃんに……最後のロリ少女は見ぬ顔だがちょっとまて!?5人だと!?ここに週一で通ってる常連の俺でもこんなサービス受けたことないぞ!?」
「女将の指示だ。私も2人以上でサービスした事は今回が始めてだ」
そう答えたのはここで一番年上に見えるベーレンと呼ばれた赤い髪の女性。
「あっ、安心してくださいな。今回は人数や時間で追加料金はいただきませんから。ツヴェちゃんもミルクでいい?」
「ええ、それでいいわ姉様。ほら、ミラ。いつまでご主人様を待たせてるのよ」
「あっ、ごめんなさい……ちゅ、ご主人様、アーン」
ケルンと呼ばれた女性は慣れた手つきで飲み物をコップに注ぎ、ツヴェと呼ばれた少女はぎゅっと引っ付きながら指示し、ミラと呼ばれた少女は一度苺を己の口に付け、その後カーマインの口元に苺を運ぶ。
「あーん。うん、甘いな」
「しかも何だか俺の時よりみんな嬉しそうに奉仕してるぞ!?顔か!?やっぱり世の中ビジュアル系のイケ面がいいのか!?絶望した!同じ代価でのサービスですら差が出る顔偏差値社会に絶望した!」
「まあ、そりゃあ40近くになる髭オッサンより若い美男子のほうがいいだろうが、常識的に考えて」
「ですよねー」
過剰なポーズで嘆くウェーバーに、その肩をぽんと叩くウォレスに、その言葉に同意するウェイン。
「アプリも食べるか?」
カーマインは近くにおいてあるガラスの容器に手を伸ばし、そこから苺を摘み取ると膝の上に載せているアプリと呼ばれた女の子の口元に持っていく。
「……半分」
「そうか、なら……これでいいか」
「…………」
カーマインは苺を半分ほど食べ、残りをアプリの口元に持っていくと、その小さな口が開きカーマインの指ごと苺を口に咥える。
「しかも何だあのロリ少女は!?」
「えっと、アプリちゃんは未経験と言うか新人研修というか。見学の為に奉仕の邪魔にならないよう部屋の隅で待機させていたのですけど……」
「1人輪に入らないのは寂しいだろうってご主人様が」
「アプリちゃんは未経験!?じゃあ追加料金出すから今からでも俺と隣の部屋で!」
ケルンとツヴェの言葉にウェーバーは鼻息を荒くし、凄まじい勢いで右手を振り上げる。
「べっ、別に仕事とか奉仕とかしなくてもいいから!ただその未開地のロリ処女マンコを俺ので挿入膣D――」
「どりゃあっ!!」
「ぷるぷるぷる……GAKURI」
ウォレスの手刀が延髄に直撃し、ウェーバーはその場に倒れる。ちなみに殺す気の勢いで攻撃したのはウォレスだけの秘密だ。
「ハァ……ウェイン、とりあえずお前は今日はもう寝ろ。ここで宿を取って早朝馬で行けば間に合うだろ。ウェーバーの奴も一緒にな」
「あっ、はい。でも流石にウェーバー将軍運ぶのはちょっと。完全に意識刈り取られてますし、俺も力入らないし」
「俺も手伝ってやる。とりあえず下までは1人で運んでくれねえか?」
ウェーバーの首根っこを掴み上げ、そのままポイッと部屋の外に投げ捨てた。
「ウォレス。もう時間なのか?」
「まあ、普通ならそうなんだろうけどな?」
「さっきも言ったとおり時間で追加料金は取りませんから」
「そうそう。もうちょっといてくれないとヤダー」
「…………」
カーマインが立ち上がろうとするが、ミラとツヴェはそう言ってカーマインの体にしがみ付き、アプリはぎゅっとカーマインのインナーを掴む。
「そういうわけだ。お前は店が閉まるまでいろ。俺はウェーバー運んだ後下で待つ。あと……そこにいる女、ちょっと話があるから来てくれねえか?」
「はっ、はい。では少し席を放しますね。ついでに食べ物とか飲み物とか持って来ます」
ベッドから離れていたケルンは皆に向かい頭を少し下げた後、部屋から出たウォレスの後に付く。
「来たか……あの女将に考えがあって、それでカーマインを不自然に特別扱いする事に文句はねぇ。それで後でとんでもない金額を要求されるならともかく」
「そんな。先ほど言った通り追加料金は貰いません。一応通常の料金はいただくつもりですが」
「まあ、金に困ってるわけじゃねえからその辺りはどうでもいいんだが……それで、何でやらないんだ?ウェインやウェーバーを見る限り、ここではちゃんと行為もできるんだろ?」
ウォレスの聴覚嗅覚は常人より遥かに優れている。行為の有無を部屋にいた者の呼吸と部屋の匂いで判断する事ができるくらいは。
「は、はい。元よりそのつもりで私達4人と、アプリには見学させるため連れて来たのですけど……どうも、避けられているというか。やんわり拒絶されているというか……どうも間に入れずにいたんです。その気にさせようとしても全く誘惑に乗りませんし」
「そうか……仕方ねぇ。無理やり襲っちまえ。押し倒すとか、酒や薬で落とすとか」
「そっ、それは流石に店側としてもそのような不誠実な行動は」
ウォレスが言った過激な言葉にケルンは思わず首を左右に振る。
「構わねぇ。俺が許す。いろんな酒混ぜて酔わせてしまえ。ほろ酔いにでもさせればやるにも都合がいいだろ」
「そこまで言うなら……分かりました。そうさせていただきます」
ケルンはそう言ってウォレスに頭を下げた後、部屋には戻らず別の部屋に入っていった。
「ハァ……よかったな」
宿に戻り夕食と2度目になる風呂を済ませたウェインは、部屋の窓を開け入り込んでくる風を受け涼んでいる。今の季節ガラシールズは夜も暑いが、今夜は風が強くそれなりに気持ちよく寝られそうだ。
「手で擦ってもらうとか、舐めてもらうとか……気持ちよすぎだ」
風呂場での愛撫。のぼせて倒れ、意識が覚醒されてからのフェラ。どちらも今まで感じたことのない快楽。それを思い出し、ウェインの顔がにへらと歪む。
「リーラさんか……それにしても、何だかリビエラに似てたよな。他人とはいえ、まさかカーマインさんはそれで選んだのか?なんか、リビエラに顔合わし辛いな……ん?」
と、窓の外、宿の2階から眺めるガラシールズの夜の風景の一部に光が灯る。
「あれは……テレポートの光!?まさかアリエータが俺に会いに?」
ウェインは慌てて窓を閉める。リビエラもそうだがアリエータにも今は会い辛い。見つけられ、明日会見があるランザックではなくなぜガラシールズにいるのかを聞かれるのは拙い。そう思っての判断だった。
「いや、でも普通に考えてアリエータがここに来るはずないか。俺がここに飛んだことは来た人以外は学院長しか知らないし。それにまさかカーマインさんとウォレスさんがいる状態でやらしい店に足を運ぶとかアリエータも思わないだろうしな」
――そんなウェインが取った宿を、
「お兄ちゃん……こっちだよね」
桃色髪の少女が通り過ぎて行った……
「ささっ、どうぞどうぞ」
「ああ、悪いな」
先ほど酒を飲み干し空になったグラスに再び注がれ、ウォレスはすぐさまそれに口を付ける。
「なるほど、確かにいい酒だ。苦味が強く癖はあるが、後味はいい」
「あっ、よかったらこれどうぞ。酒にもきっと合いますよ」
ウォレスに酒を注いだ少女、この店ではじめに会った給仕娘のレーネはそう言って奥のカウンターから料理が載った皿を一つウォレスの前に持ってくる。
「いいのか?もう飯を出す時間は終わってるんだろ?」
「余った食材で作ったまかないですから。それにしても、連れのお客様まだ戻ってこないですね」
昏倒したウェーバーをウェインと共に宿屋に運び、戻ってきたウォレスは再びちびちび酒を飲みながら食べ物を口に入れること2時間……すでに一回には片づけをしている店員だけで客はウォレスだけしかいない。
「もうとっくに閉店時間だろ。俺を含めて出さなくていいのか?」
「上にいる女将が何も言わないって事はいいんですよ。なんたってあの光の救世主が懇意にしていただければ、この店も箔が付きますから」
「まあ、商売上はそうだろうな。それ以外、いやそれ以上の思惑もあるかも知れないがな」
コトリと、ウォレスはグラスから手を離す。
「えっ?お客様それは」
「ところで、お前さんの出身はバーンシュタインだろ?少なくとも、そこで長く生活している」
レーネの戸惑いの声を遮る様にウォレスはまっすぐ前を見ながら、レーネと眼を合わせないまま言葉を続ける。
「料理の出し方、酒の注ぎ方、片付け方……地方ごとに細かい所に違いがでる。接客マニュアルがあろうとも、長年の習慣、特に日常生活のちょっとした癖はまず消す事はできねぇ」
「す、凄いですねお客様!そんなことも分かるなんて!」
驚いたように一歩、レーネは後ろに下がった。
「ついでにいえばバーンシュタインとは違う場所にあるのに、少なくともここにいる奴ら全員バーンシュタインで人生の半分は暮らしている奴らばかりだ」
「……凄い偶然ですよねぇ」
「ああ、凄い偶然だな。その全員が軍隊による訓練を受けた者ばかりだということも凄い偶然だな」
ウォレスがゆっくり立ち上がると、店内の掃除をしていた……しながら徐々にウォレスを囲むように輪になっていた者達がそれぞれ身構える。
「分かっていると思うが今俺には酒が入っている。一斉に襲い掛かってくるのも構わんが……手が滑って大変な事になるかも知れねぇぜ?特に魔法でも使われようなら、手加減できんかも知れん」
そう言った後、ウォレスは目の前にあるダブルベッドに等しい面積を持つテーブルの縁を持ち……くいっと軽く浮かせた。
「とりあえずカーマインの奴の所に行くのが先か……邪魔するなら、コイツで叩き伏せ――」
「止めてくれないかしら、ウォレス将軍?」
二階に続く階段、その上に女将が姿を現した。
「それはそっちの態度次第だな……バーンシュタインの諜報員か?」
「ええ。私はオリビア。ここにいる全員が、ランザック方面の活動を任せられている諜報員よ。拠点は他にもあるから、ここにいないメンバーもいるけど」
二階で会った時とは違う口調と声で、オリビアはゆっくり階段を下りてくる。
「こういう方法をエリオットの奴は……エリオット国王は認めてるのか?」
「王に直接聞いた訳じゃないけど、納得は兎も角理解はしてるでしょうね。まあ、少なくともリシャール陛下やガムランがいた時とは違って無理はさせられていないわ」
二人の名前が出て、ウォレスはそっとテーブルから手を離し、拳をつくり身体の重心を下ろす。
「……シャドーナイツか」
「広義的にはそう呼ばれていたけど、ここにいる諜報員で貴方達と戦ったシャドーナイツに匹敵するほど戦闘能力の高い者は、一人しかいないわ」
「一人いれば十分だ。まあ、あそこにいた女達全員がシャドーナイツ級だろうが、カーマインは無事だろうけどな」
「どうしてそう思うんです?グローランサー様とて、酒が入った状態で不意を打たれれば……」
「不意を打つ?それであいつを殺せる程の実力の殺し屋がいるのなら、そいつは今の俺をこの瞬間にでも殺せるだろうよ。俺がこうしてのうのうと話せるってことは、それほどの奴はいない、もしくは危害を加えるつもりは無いってことだ」
フンと鼻で笑いながら、ウォレスは構えたままゆっくり周りを見回す。
「バーンシュタインからすれば、いや、どの国だってカーマインは喉から手が出るほど欲しい人材だろうな。それで五人も使って篭絡しようと……」
「したんだけどねぇ」
と、一階に下りたオリビアが肩を下げながら大きくため息をつく。
「……しようとした?」
「悪いけど、早く連れ帰ってくれない?むしろお願いですから連れ帰ってください。ここにいる男が入っても止めれそうにないし、女が入ったらミイラ取りがミイラになりかねないから」
「どういうことだ、おい?説明してく――」
ウォレスは構えを解き、オリビアに近づこうと、
「なにっ!?」
ウォレスが振り向いたのと、振り向いた先にったドアが粉砕されたのは同時であった。
「いっ、入り口の扉が……」
不幸にも近くにいた女給の1人が腰を抜かしながら、扉があった場所を凝視する。
「こ、粉々に」
吹き飛んだでもなく、割れたでもなく、壊れたでもなく……入り口の扉は、鉄で補強されていた木の扉は破片すら飛び散らせる事無く言葉通り粉になり、近くいた者達の頭や床の上に舞い落ちる。
ここまで完璧な破壊は、武器では有り得ない。魔法でも……まず、有り得ない。ここまで破壊力を有する上位魔法なら、発動までの詠唱や効果を顕すまでの間にどうしても音が出る。
壁一枚を隔てていようが、少なくとも戦闘状態のウォレスの耳に入るくらいは絶対に音はする。
「つまり、だ」
ウォレスは扉の奥にいる人影をじっと見る。勿論、ウォレスの目にはあくまでもぼんやりシルエットが見える程度だが……
「……つまりも何も、そんな魔力の持ち主なんて裏技(時空干渉能力によるチート的な魔力増幅)使ったヴェンツェルを除けば一人しかいないだろうが」
「ごめんなさい、お邪魔します」
ペコリと桃髪の頭を下げ、史上最凶の魔法少女が入ってきた。
「ルイセ、お前さんは扉を開けるのに何の攻撃魔法を使いやがった?」
「ただのマジックアローだよ。手でノックしたんだけど反応無かったから……ちょっと魔法でのノックは強すぎちゃったかな」
ルイセはそう言って、ウォレスのほうに視線を送る。
「あっ、ウォレスさんこんばんは。もしかして立て込んでました?」
「あー、いや。用件自体はどうでもいい。と言うかどうでもよくなった」
オリビア含め、ウォレスを囲んでいた者全て顔を青くして震えている。
「で、どうしてルイセはこんな所に――」
「ウォレスさん、お兄ちゃんはここにいるんだよね?あっ、上にいるんだ」
尋ねておきながらルイセはすぐウォレスから視線を外し上を……ウォレスが覚えている限り丁度カーマインの部屋があるあたりをまっすぐ見ている。
「……なあ、ルイセ。お前さん、カーマインの奴に何か居場所を知らせるような魔道器機でも付けてるのか?」
「そんな、ウォレスさん。私がお兄ちゃんにそんなものをつけるわけ無いよ。ただこれは女の感と、それと……お兄ちゃんへの愛の力の賜物だよ。てへっ」
少し恥ずかしいのか顔を赤くし、可愛らしく首を傾げるルイセ。
「……そうか」
絶対に何かが違うと思ったが、ウォレスは追及することを諦めた。
「で、なんだか綺麗な女の人が一杯いるけど……ウォレスさん、お兄ちゃんを私の所じゃなくてこんな所に連れて行くなんてちょっと私悲しいな」
「うっ!?あ、いや、これはな?うん、ウェーバーの奴に無理やりここに連れ込まれたわけでな。俺は別にここに連れ込むつもりは微塵もなかったんだぜ」
ルイセはただ悲しそうな顔をしているだけなのだが……ウォレスの本能が一瞬で傭兵時代の仲間を生贄にする選択を選び、そして口が実行した。
「そうなんだ。じゃあ今度お話しないとね。ウォレスさんともども」
「そっ、そうだルイセ!いまからカーマインの奴を連れ帰るところなんだ!早速カーマインの所に行こうじゃないか!」
「もう、ウォレスさんったら、そんなに私から逃げるように歩かなくてもいいのに」
苦笑しながら逃げるように二階に上がるウォレスに続くルイセ。
「ルイセ、カーマインはここに――」
「お兄ちゃんと、知らない女の声がする」
「そっ、そうか?俺には全く聞こえなかったが!き、気のせいじゃねえのか?」
ウォレスはビンと背筋を伸ばし、ルイセを見ないよう天井を見上げながら扉の前を譲る。ちなみにウォレスは本当にルイセが言ったような声は聞こえなかった。聴力も人並み以上にあるし、何よりルイセより一mほど部屋に近かったに関わらず。
「……そうなんだ。お兄ちゃん、困ってるんだよね。変な女に言い寄られて、困っちゃってるんだよね。大丈夫だよ、お兄ちゃん。すぐに私がお兄ちゃんが困っている原因を消してあげるから、塵一つ残すことなく、この世から完全に」
「うん、ルイセ落ち着け。アクセルをいつもより5割ほど押し過ぎだぞ?ってアクセルって何だよ!?って、ちょっと事前詠唱するのやめろって!しかもそれ、確かソウルフォー」
「ウォレスさん、黙ってて」
「わかった」
二ヶ月以上もまともにカーマイン分を摂取していないルイセの迫力に完全に押されウォレスは黙った。
「お兄ちゃん……今から助けてあげるね」
途方も無い魔力が篭った魔法文字を三つ宙に浮かべ、ルイセはドアノブに手を触れ、勢いよく押し開いた。