床板の不自然に軋む音が聞こえたのが原因か、それともランプの明かりのせいか。  
 リレ・ブラウは目を覚ました。彼女にしてみれば「解放された」と言った方が正解かもしれないが。  
自分の部屋の天井が目に入る。窮屈に感じたのは、寝台の上に普段着のまま寝かせられていたためらしい。  
長い髪が冷や汗で首筋にへばりついている。  
(え……ええと、夜? いつの夜? 私は確か廊下で……廊下?)  
「……?」  
 上半身を起こして、どうして自分は寝巻きではないのだろうと考える。  
 びっくりして話しかけてくるはずの世話役の声も何故か聞かれない。どこへ行ったのかときょろきょろ見回し、  
「あれ……アドヴォカート先生、ですか?」  
 リレは人影に気がついた。  
「……他人の手を煩わせておいて第一声がそれですか。あなたは実に厚かましい魂をお持ちだ」  
 ランプの明かりの向こう側に、黒魔術の教鞭を執る悪魔の姿がある。  
 通りがかったアドヴォカートに自室まで運ばれ、そのまま寝ているうちに夜になってしまった……要するに  
そういうことらしい。手足の生えた慇懃無礼がぺらぺら喋っているようなこの教師の言うとおりなら、嫌味は  
適当に聞き流して素直に礼を言う方が後腐れがなさそうだ。  
「わ、わざわざ運んでいただいて、ありがとうございます。心配をおかけしました。もう大丈夫ですわ」  
 苦笑いを浮かべて、リレは寝台を降りた。服を整え、帽子を被る。  
 昨日よく眠れなかったのが災いしたようで、廊下で倒れこんでしまったのだ。  
 健康には自信があるほうだが、不安定な睡眠は流石に体に響く。  
 しかし、昨日と同じ夢を見ようとは。これでは五日目が来るより先に精神が参ってしまうのではないだろうか。  
「時折うなされていたようですが」  
「は、はい。ちょっと怖い夢を見まして、それで」  
 リレは正直に答えた。夢の内容までは話す気になれなかったが。  
 喋ったところで彼は皆を助けてはくれない。つくづく孤独な戦いをしているものだと思う。  
 
 それでも目覚めて一番に見たのがこの教師で良かったと、少女は内心安堵していた。  
 もし掃除好きなエルフであったら、気が動転していたかもしれない。――また”戻った”のかと。  
 
「と、ところでガフは? 私の身の回りの世話をしてくれているのですが」  
「あのエルフですか? ……やはりいないようです」  
 アドヴォカートはドアを開けて廊下を見回すが、周囲にそれらしき姿はない。夜の冷たい空気が部屋の中に  
入るだけだ。  
「私があなたを抱えてきた時、怯えて部屋から出て行ったんですよ。御挨拶な使い魔だ」  
「実は先生がガフをいじめた、とか」  
 疑惑の眼差しを向けてくる生徒に、アドヴォカートはかぶりを振った。  
「しませんよ。そんなことをして何になると言うのです」  
 嘘ではないだろうとリレは判断した。確かに彼にしてみれば、自分をガフに引き渡して早々に去った方が  
面倒がなくて良い。  
「じゃあどこに行っちゃったんだろう」  
「放っておきなさい。そのうち戻ってくるでしょう。夜に生徒が部屋から出るのは禁じられています」  
「う……」  
 その通りだった。教師の前で堂々と規律違反をやらかす度胸はない。夜の廊下に飛び出したところで、どこに  
行ったか行方の知れぬ彼を見つける前に自分が倒れそうだ。  
 不本意でも大人しく帰ってくるのを待つべき、と頭の中では結論が出たが、少女はぼそりと独りごちた。  
 ……それまで誰もいなくなっちゃうんだ。  
 
 
「さて、そろそろお暇したいのですが。大分顔色も良くなったようですし。生徒リレ・ブラウ。健康を過信して  
いたのか知りませんが、以後気をつけるように」  
「本当にすみませんでした……」  
 気を落としてうつむくリレに一瞥を投げて、アドヴォカートは暇の了承を待たずに出て行こうとする。  
 変に時間を食ったが、これでお役御免だ。うわごとで魔王が悪魔がと繰り返していたのも、新入生にしては  
卓越した魔法の手腕も興味深いが、今問いただしてもはぐらかされそうな気がする。  
 まあそれでもこの生徒は面白そうだから覚えておくか。それだけ思うと、ドアに手をかけた。  
 
「アドヴォカート先生」  
 呼ばれて、アドヴォカートがリレのほうに向き直ると、少女はおずおずと申し出た。  
「ガフが帰ってくるまでで良いんです。……ここに、いてください。ええと、お話でも聞かせていただければと。  
黒魔術の講義でも歓迎です。実践は無理ですけど」  
「小鳥は早く休みなさい。羽繕いもせずに飛ぼうとしても地に落ちるだけです」  
「寝付けないんです。さっきまで眠っていましたから」  
 リレは食い下がった。黒猫の使い魔を召喚して眠りの魔法をかけてもらうことも考えたが、この部屋は  
魔法陣を描くには狭い。廊下で描くとしても、今は夜。魔女の霊の餌食になる危険が付きまとう。  
 何より今独りになるのは耐えられない。誰もいなくなった……皆死んでしまった五日目の夜を思い出してしまう。  
魔王と名乗る怨霊に胸を裂かれ、血を流したあの感触。老先生の体を乗っ取って、魔王の魂を喰らった悪魔の  
凍りつくような威圧感。つい今しがたまで自身を苛んでいた悪夢の内容は、あの災厄の夜だった。  
「私に子守唄を歌えと? 悪魔の歌声より夜の静寂のほうが、人間には心地よいでしょう」  
「だからその……私、怖くて。あ、ええと、夜に一人なのが」  
 
 
 子供じみたことを言い出すものだとアドヴォカートは思った。  
 その歳ならば恐怖を湧き立たせる夢など何度も見たことがあるだろうに、幼いことだ。  
 いや、そもそも縋る相手を間違えてはいないか? 助けを求めるなら、天に祈れば良いものを。  
 リレはというと、ああ違うんです先生が怖いと言おうとしてごまかした訳じゃありませんわ本当に夜が苦手で、  
と弁解に必死になっている。アドヴォカートが訝しげな顔をしたので、機嫌を損ねたのではと焦ったようだ。  
 そのうち言い開きは諦めたのか、寝台に力なく腰掛けてしょんぼりと下を向いてしまった。  
 
(……遊んでやろうか)  
 ふと、悪ふざけをしたい気持ちに駆られた。  
 彼女の目が覚めたら嫌味の二つ三つ並べ立ててさっさと帰るつもりだったが、小娘に夜まで付き合わされた  
挙句、素直に引き下がるのも癪に障るではないか。  
 望み通り、退屈を紛らわしてやろう。まだ誰も味わったことのない果実にかぶりつくのも悪くない。  
 
「そうですよね、こんな時間になっても引き止めるなんて、良くないです。講義はまた次の機会にし……」  
「いいでしょう」  
「は、はい?」  
 リレは目を丸くして顔を上げたが、当の教師は正面にはいない。髪を僅かに引っ張られた感触がして左肩の  
ほうを見やれば、アドヴォカートが隣に座って、リレの長い金髪を弄っている。  
「独りぼっちでお留守番は嫌だと駄々をこねられてはたまりません。使い魔はなかなか戻ってきませんし。  
塔のどこをほっつき歩いているのやら。戻ってきたら罰を与えねばなりませんね」  
 先程まで嫌がっていたのに何故承諾するのかと尋ねようとして、すぐさま本人に遮られた。  
「もちろん、無償ではありませんが」  
「……魂を差し出せと?」  
 一瞬考えて、リレは聞き返した。契約を迫るならまあ納得ではある。  
「若い娘の魂は十二分に魅力的ですが……今はそれよりも」  
 弄っていた少女の髪を掻き上げて、アドヴォカートは耳元で続きを囁いてやる。  
 途端、リレは真っ赤になって寝台からずり落ちた。  
 
 
 羞恥と尻餅をついた痛みとで表情の崩れたリレを、アドヴォカートは笑いを噛み殺しながら見下ろしていた。  
「つまり、その……する、ってことですか? 私と先生で?」  
「他に誰が」  
「……」  
 完全にリレの想定外の要求だった。交渉の材料に身体を求められるとは。  
 そういうのはもっと大人の女性に持ちかけるものではないのか?   
 返事に窮して、加えて恥ずかしさでまともに相手の顔を見られないので、視線を彷徨わせる。  
 ガフは帰って来ないのだろうか。まさかとは思うが、塔のどこかでさぼっている? あるいは魔女に襲われた?  
 間抜けな格好のままなのもみっともないからと立ち上がると、アドヴォカートが面白がるように声をかけてきた。  
「私を追い出すという選択もありますよ」  
「悪魔の言うことを素直に信用しろと言うほうが無理ですわ。狩に出た鷹は獲物を逃がしたりはしないでしょう?  
……獲物が手負いなら、なおさらです」  
 
 少女の表情に自嘲めいたものが浮かぶ。彼の言う選択を取るにはもう、時間切れだ。それくらいは分かる。  
「聞き分けの良いことですね。何か企みが?」  
「まさか。勘繰りすぎですわ……きゃ」  
 ぐいと腕を引っ張られて、リレはバランスを崩しそうになる。掴んでくる力の強さに身がすくんだ。いつもと違う  
目線の高さで顔を覗き込まれてどきりとする。  
「あ、頭では分かります!気持ちは……納得してませんけど」  
 リレは口を尖らせて答えた。掴まれた腕が痛い。  
「失礼」  
 掴んでいたリレの腕を解放したかわりに、アドヴォカートは楽しそうに彼女の頬を撫でる。  
「苦痛と快楽を以って人間を誘惑するのは、あの人に天から追放されて以来の我らの生業です。あなたも  
ご存知の通り、悪魔ですから」  
 頬に触れる手に、リレはぞっとした。警鐘だろうか、さっきからずっと心臓の鼓動がはげしいまま静まらない。  
危険な相手だと、恐ろしい悪魔だと、承知していたはずではないのか。それなのに私は彼を留めようとした。  
紛れもなく自分の意思で。  
「お望み通り、使い魔が戻るまであなたの孤独を慰めることにいたしますよ。  
……人間の男には興味の持てない体になるかもしれませんがね」  
 
 ――この身は破滅、か。今更悔やんでも詮無いことではあるけれど。  
 自分の頬を撫でるアドヴォカートの手に、リレは己の震える手を添えた。  
「あの……」  
「命まで奪いはしませんよ。何も言わず、心配もせず、一切をお任せなさい。……ああ、悪魔の言うことなど  
信用ならないのでしたな。それなら契約を交わしても構いませんが」  
 リレは首を横に振った。その必要はないと判断して。  
 
 
                       ◇  ◇  ◇  
 
 
 リレは落ち着かない顔でベルトを外した。彼女の服を脱がそうとしたアドヴォカートの手を、自分でやりますと  
突っぱねたためだ。それにしても、先程整えたばかりの衣服をすぐに脱ぐ羽目になろうとは。  
 恥じらいのせいで、裸になっていく手つきがどうにもぎこちないリレを、アドヴォカートがくつくつと喉を鳴らして  
笑いながら見ている。目のやり場に困るので、既に服を脱いでしまっている彼のほうを向くことはできないが。  
「これまでに男に抱かれたことはありますか?」  
「……ありません」  
「淫らな想像をして、自分の体でいけない遊びにふけったことは?」  
「あ、ありません!」  
 一度目は小声、二度目は恥ずかしさに震える声でリレは返事をした。どんな答えが返ってくるかは分かって  
いるのだろう。反応を見たいがために聞いているのだ。どこまでも人が悪い。  
 しばし躊躇った末、最後に残された下着に手をかけた。  
 胸や尻、脚の付け根に直に視線が注がれる。値積もりでもしているような、絡みつく視線。  
 大した値はつかないのだろうけれど、それでも自分の体だ。異性の目に晒すのはやはり抵抗がある。  
「どうかしたのですか」  
「……意地悪ですわ、先生」  
 少々むくれて、リレは言った。  
「意地悪と言われましても。……ほら、こちらへ」  
 呼ばれて、寝台に上る。その拍子に、枕元にあったぬいぐるみが床に転げ落ちた。  
   
 床に脱ぎ捨てられた衣服と、そのそばに転がっているぬいぐるみ。  
 大人の真似事を始めようとする自分と、そのくせ子供の自分を皮肉っているようだと、リレは思った。  
「何を見ているのです」  
「ぬいぐるみを」  
「やれやれ、ぬいぐるみの方が大事ですか。夜中にこの私を誘惑しておいて失礼ですね」  
「言い出したのは先生です!私は、そんな……」  
 自分から求めたような言い方をされるのは心外だと、つい声を荒らげると  
「やっ……」  
 急に背後から抱きしめられ、服を介さず直接肌と肌が触れる感覚にどきりとした。  
 
 アドヴォカートの手はまだ成長途中のリレの胸部を撫で回し、薄い桃色の頂を指で転がす。  
「あ、あの、やめてくださ……」  
 羞恥と恐怖で上擦る少女の声に、かすかに甘いものが混じる。  
「嫌なら最初から私を追い出せばよかったのです。今になって手離すなんてできませんよ」  
 リレの胸の中心で、アドヴォカートは心臓を鷲づかみにするように指に少し力を入れた。  
 突然走った痛みにリレの体がびくりと反応し、くぐもった悲鳴が上がった。爪を立てられて、皮膚に血が滲む。  
 抱える彼の腕から反射的に逃げ出そうとして――リレは、ふと我に返る。  
 大きな獣に捕らえられ、己が身の肉を引き裂かれるのを待つ小動物は、こんな気持ちになるのだろうか。  
 背後のアドヴォカートは、リレを抱きかかえたまま彼女のうなじに吸い付いて時折歯を立てる。今味わった  
恐怖が思い出されて拒絶できず、少女はそのまま抵抗する気力を奪われていった。  
   
 リレを仰向けに横たえさせて、アドヴォカートは先程つけた爪の跡に唇を寄せた。  
 傷の上を舌がなぞる感触に少女はぞくぞくした。外気にさらすことさえほとんどない白い肌に、彼の髪や髭が  
触れてどうにもくすぐったく、思わず体を振るわせる。  
 肌に触れるアドヴォカートの前髪を払おうと、無意識にリレの手が動く。と、顔を上げた彼と目が合った。  
「あ……」  
 彼女の視線をどう読み取ったのか、アドヴォカートは親指に唾液をつけて、リレの硬くなりつつある乳首の上を  
何度も滑らせた。体が慣れない刺激に敏感に反応して仰け反る。  
「はしたないですね。男の相手など、したことがなかったのでしょう? それなのにどうです」  
「だ、誰のせいですか……ん」  
 彼の手が、リレの胸から腹部へ、臍のまわりへと移動していく。  
 細いながらも健康的な体の上をなぞられるたび、触れられた部分が疼く。肌は熱でほのかに染まっていく。  
 アドヴォカートは脚を割らせて太ももの内側に口づけ、女の部分へ手を滑り込ませる。肉芽を指先で弄られ、  
少女は応じて喘いだ。甘えるような声が引き出せるのが面白いらしく、指はそこで動きを続ける。  
 下腹部から伝わってくる甘美な痺れ。初めての感覚にリレの体は弛緩していく。  
 
「……んっ……あ、やだ、何……?」  
 違和感を覚えた。リレの内部に指が入り込んできたらしい。指は窮屈なそこを解すように動いた。  
 爪や指の関節のせいで痛むが、快楽が勝る。アドヴォカートの指が内部を行き来するたび、リレの幼さの残る  
唇が嬌声を紡ぐ。膣をかき混ぜられる卑猥な音が自分の耳にも聞こえて、少女は恥ずかしさを余計に煽られた。  
自分の体を他人に自由にさせたことなんてこれが初めてなのに、与えられる快感に酔ってしまっている。  
朦朧とする頭の中とは反対に、体は適応していく。  
 体の自然な反応ですっかり濡れたリレの秘部に、アドヴォカートは挿れる指を増やした。そこは飢えたように  
吸い付いてくる。  
「や、やめて……ください、これ以上されたら、んっ……私……」  
「やめろですって? 何てことを仰るのでしょうねえ。体は欲しがっているのに」  
 指が動かされ、少女のまだあどけない顔には分不相応な艶かしさが浮かんだ。  
 
 リレは絶え間なく甘い声を上げた。上げさせられた。無意識に腰が動く。息が荒くなる。肌に汗が浮かぶ。  
 頭の片隅で見知らぬ誰かが囁いているようだ。  
 思考など止めてしまえ。意思など失くしてしまえ。ただこの愉悦に身を任せていればそれでよい、と。  
 それでもまだ理性の一欠片が残っていたのは、壁に映った二人の影が目に入ったからだろうか。  
 影は、昔どこかで見た、悪魔と悪魔に襲われる女の描かれたおどろおどろしい絵を連想させる。  
 あの絵の女性と置き換えるには、自分の体はまだまだ幼いけれど。  
 
 
「かすかに理性が邪魔をしているようですね。怖がらずに、素直に体の感覚に従いなさい」  
「……そんな、こと、言わ……れても」  
 リレは答えた。愉快だと言わんばかりのアドヴォカートが自分の火照った体を眺めるので、ああ私はおもちゃに  
されているのかと、整わぬ呼吸をしながら思った。前髪を払われ、額に軽くキスをされる。  
 あれだけ辱められてなお、脚の間は続けて欲しいと疼いている。自分の意思と体が切り離されていくようだ。  
 こんなことしちゃ駄目だと、これは大人のすることなんだと、頭では分かっているのに。  
 怖がるなというのも無理な話だろう。腕を掴んだり胸の真ん中で爪を立てたり、散々苛めたのは誰なのかと  
言ってやりたいのを、リレはぐっとこらえた。  
 
「私が楽しむだけなら容易いが、あなたに無茶をさせると後々面白くない事になりかねませんからな。  
行為そのものを嫌いになられてはかなわない」  
 と、唇で唇を塞がれた。アドヴォカートはリレの口に舌を捻じ込ませてその先を舐め、口腔内を無理やり  
犯してくる。体よりも心が遊ばれたような気がして、リレはより息苦しくなる。ようやく離された彼との唇の間に  
つうと唾液が糸を引いた。  
「こんなに面白い相手を見逃すなんて出来ませんから。魔法の扱いに慣れた新入生が現れたかと思えば」  
「それは……その」  
「夜に悪魔の私を引き止めて」  
「……ほっといてください」  
「そして今は私に組み敷かれている」  
「……」  
 返事に詰まった。繰り返される時間の中で、それでも記憶と経験の残る自分だけが勝手に信頼したところで、  
時間が戻っているのを知るはずがない彼には関係のないことだ。軽率な小娘だと、きっと心の底で嘲笑って……。  
「あなた、本当は私のことをよく存じているのでしょう? そう考えないと腑に落ちないことが多すぎる。   
喋る気はなさそうですが、いやはや、どうやったら口を割るんでしょうねえ」  
 アドヴォカートの顔に浮かぶのは嗜虐的な笑み。捕まえてきた鳥や鼠をいたぶって遊ぶ、猫の残酷さ。  
「……魔法勝負だったらな」  
 少女は嘆息した。一方的にやられるばかりの立場に置かれたことがもどかしい。  
 流石に勝てるかどうかまでは分からないが、そこそこ応戦はできるだろう。こんな時でなければ、だが。  
「私に勝つつもりですか? 少しばかり歌う事を覚えただけで、もう生意気な口を利く」  
 ひやりとした。魔法勝負だったら、は確かに不遜だったかもしれない。  
「そこまでは……。ただ学ぶものが多いと思っただけです」  
「これは勤勉だ。そうですとも、生徒は知識に貪欲でなくては。何事にも」  
 こんな状況で学生の本分を語られてもどう答えれば良いのかと、リレは何とも複雑な思案をした。話がそれた  
ことで、もしかしたらこのまま終えてくれるかもしれないと、都合の良い考えがちらりと頭を掠める。  
 今ならまだ、度は過ぎているが、からかわれただけだという事に出来る。  
 
 だが、淡い期待はすぐに打ち砕かれた。再び甘い感覚が下半身を襲い、リレの太ももが震える。  
 肉芽と膣口の間を滑るものが何か気がついて怖くなった。指じゃない。  
「そりゃあ教えられることはいくらでもあります。ですが慣れない生徒に多くの課題を与えては、無能な教師だと  
謗られても反論できませんし」  
 つい下半身に目を向けると、そそり立った男の証がリレの視界に入った。生々しい欲望を目にするなど  
初めての彼女は身が怯む。あれを自分の体が受け入れる? まさか……。  
「む、無理です! 私みたいな子供に……そこまで相手が務まるはずが……」  
「こうも淫らな姿を見せられて、おあずけを食うのもご免です。いい子にしていなさい。あまり暴れないように」  
 
 
「い、痛い……、やぁん、先生、やめ……いた……」  
 侵入を始めたそれが下腹部を無理やり押し広げていく痛みに耐え切れず、リレは悲鳴に近い声を出した。  
 内臓が圧迫され、どうしても体が後ずさろうとするが、アドヴォカートが彼女の細い腰を掴んで逃がさない。  
「い……やだ、いた……い、もう許して、抜いてくださ……お願い、やめてぇ」  
「その願いは聞けませんね」  
 淡々とした声が残酷な通知としてリレの耳に入る。苦しんでいる自分の様が、彼の加虐心をそそるのだろうか。  
 少女の懇願を聞き入れず、アドヴォカートはきつい内部を最奥まで貫いた。結合部から滴る愛液に赤いものが  
混じる。  
「……くうっ…ん、……い、いたい、……ああああぁ」  
 リレの喉の奥から搾り出すような声が漏れ、目にはうっすらと涙が浮かぶ。  
「悪魔に純潔を汚された気分はいかがです」  
 酷薄な言葉をかけられた。しかし、ろくでもない物言いだと怒ってやりたい気持ちも、痛みのせいで霧散する。  
「気分、なんて……ん、痛いし、ベッドに押し付けられてるし、息苦しい……」  
「上になりたいということですか? 夫も楽園も捨てて我らの同胞となった、アダムの最初の妻のように。  
……いきなり大胆ですね」  
「か、からかわないで、くだ、さい……! そういう、意味じゃ……ありま、せ……きゃぁ」  
 乳房の頂点を軽く引っかかれ、摘まれて、少女は反応する。  
 
 男の腰が打ち付けられ、淫猥な粘液の音が部屋に響く。少女の声と、それから時折男の声も。  
 アドヴォカートが愉しんでいるのがリレにもよく分かる。自分は身を裂かれるように痛いだけだが、彼の方は  
さぞ気持ちいいのだろう。漏れる息が緩い。  
 おまけに何だか機嫌が良さそうなのは、悪魔の仕事をして小娘を陥落させたからだろうか。  
「少しは可愛げのあるところを見せてもらいたいものです。お手手を留守にしていないで」  
「……?」   
 リレは彼の言わんとすることが何かほんのわずか逡巡して、シーツの上の手を両方とも男の背に回した。  
 何故情を乞うような振る舞いまでさせるのか、今ひとつぴんと来ない。おもちゃを得て喜んでいるのだろうと  
思っていたが、体だけでなく心まで弄らないと気が済まないのだとしたら、本当に残酷なことだ。  
 耳を噛まれ、下腹部の痛みからわずかに気がそれた。不平を鳴らそうとリレが唇をほんの少し動かした時、  
黙らせるかのようにキスをされる。唇を塞がれているうちに何を言いたかったか忘れてしまった。  
 
「く……ん、ぁあ……ひゃあん」  
 不意に異なる感覚がリレに訪れた。痛みに含まれた、わずかな、それでいて本人にも自覚できる甘い痺れ。  
深いところを小突かれると、いやらしい感覚が体中に響く。  
 気づかれたくはなかったが、悪魔は少女の変化を見逃さない。  
「良くなってきましたか? 女は初めての交渉では感じないのが常ですが」  
「ち、違います!……ん、そんなんじゃ、ありませ……ぁん」  
 咄嗟に口をついて出て来たのは否定の言葉だ。だがどれほど違うのだと訴えても、彼は取り合わないだろう。  
 遠まわしに淫乱な女だと言われたのが悔しいが、それでも押し寄せる苦痛と快楽に体は応じてしまう。  
「せ、んせえ……くうん、ああぁあ、ぁ……やぁ、ああぁん」  
 少女の華奢な体が揺さぶられ、突き立てられるたびに愛液と破瓜の血が溢れてシーツの染みが広がる。  
頭がぼうっとしてきたのは、痛いのもあるが、何より体が悦んでいるせいだとリレは嫌でも自覚させられた。  
 半泣きだった。痛みのせいで。快楽に抗えない情けなさで。  
「や、……先生、私の体……っ、どこか、おかしい……ぁん、ふあぁ、や……だぁ」  
 体の中心を出入りされ、かき回され、時に肉芽も弄られて、快感が引きずり出されていく。  
「気持ちいいのでしょう? これほど締め付けてくるんですから。体の反応を嫌悪する必要などありませんよ。  
ああそれから、私の背中に爪を立てるのはやめてください」  
 
 
 捕らえられたのは果たしてどちらなのだろう。  
 しがみついて来る少女の匂いと肌の感触を堪能しながら、アドヴォカートは快楽の狭間にそんなことを思った。  
 ここまで来ても本人の態度が素直でないのはご愛嬌か。爪を立てるのはやめろと言ったのに聞かないのは、  
ひょっとしたら彼女なりのささやかな仕返しなのかもしれない。     
 魔法の腕前同様、何も知らぬ初心な小娘というのは見せかけで、実際は娼婦のように振舞うというのを  
少し期待していないでもなかったのだが……まあこれもいい。幼いが熱い陰部が溢れる愛蜜とともに陰茎に  
絡み付いて、根元から先端まで絞り擦りあげてくる感覚に、アドヴォカートも呻き声を漏らした。  
 
 少女の青い双眸が訴えていたのは孤独だった。同時に、損得勘定のようなものも見えたが。  
 これで最悪は回避されるという打算。  
 悪夢とやらに煽られたとしても、悪魔の慰みになることよりも孤独のほうを忌避するとは。  
 恐怖による動悸を恋情のそれと錯覚しているのだろうか。  
 本人がどう思っているかは定かではないが、若い娘の未成熟な体は決して悪いものではない。初めて男を  
受け入れた部分の締め付けに、意識まで飲み込まれそうになる。自分から動かずに膣の収縮を味わっている  
だけでも気持ちがいい。   
 笑い話だ。小娘に酔わされているなど。  
 
「ん……、ああぁ、くぅ、はぁ、ん、ああ……やぁ……」  
 リレの悩ましい喘ぎ声が下から聞こえてくる。もっと欲しいと、催促するように。  
 少女の愛くるしい顔が歳に似合わぬ不健康な色気を醸している様に、支配欲を煽られる。  
「それにしてもよく乱れるものです。驚きました、あなた本当に先程まで純潔だったのですか? ……それとも、  
私はそんなに合いますかな」  
「あぁっ……! ……ぅん、ゃぁあ……ぁああ、くぅっ…ん……」  
 からかってやるが、リレの唇には既に意味のある言葉を紡ぐだけの力がこもらない。ただ官能に狂う声が  
漏れ、アドヴォカートの耳朶を打つ。  
 快楽を覚えて耐え難いほど熱くなった少女の内部が、女の体の宿命で自身を求めてくる。  
 
 どこで見聞きしていたのか見当もつかないが、私を自室に引き止めたのは私をよく知った上でのことだろう。  
 落ち着いたときにでも訊いてやろうか。私のことが嫌いか、と。いや、黙っていたほうが面白いだろうか。  
 いずれにせよこの小娘に関わっていれば、しばらく退屈はしないで済む。  
 ほら、私を楽しませろ。理性のたがを外して存分に乱れろ。どんな女なのかもっと私に教えるんだ、リレ・ブラウ。  
   
 
 
 突き上げられるたび、リレのあられもない喘ぎが部屋中に響く。これまで誰も知らなかった内部は何度も  
何度も蹂躙され、接合部から愛液が溢れる。  
 限界が近かった。先程よりも激しさを増した抽迭に、少女の体は追い上げられていく。  
「ふぁあ、やぁ、はぁ……あ、あぁぁああああっ……!」  
 ひときわ高い声で鳴いて、男のものを咥え込んだ部分がきゅうっと締まった。  
 絶頂を迎えた少女の体ががくがく震えるのを味わってから、アドヴォカートは彼女の胎内に白い血を放つ。  
 それまでの行為で出来た膣壁の小さな傷に、今注がれた体液がしみる感覚がリレの全身をめぐり、身体の  
奥深くから力が抜けていくような気だるさに襲われる。  
 引き抜かれると、膣口から白濁がどろりと溢れて寝床を汚した。  
 
 
 
 
                       ◇  ◇  ◇  
 
 
 
 
「……いい加減寝ませんか?」  
 半眼でこちらを見てくる教師の呆れたような声に、リレははたと文字を追う手を止めた。  
 ただでさえ二人寝そべって狭い寝台にグリモアを何冊も広げ、ここぞとばかりに黒魔術の質問を繰り返して  
いたのだが、確かに睦言にしては色気のない応酬ではある。よくよく眺めれば、アドヴォカートの顔には  
そんなもの昼間に聞きに来いと書いてあるようにも見えた。  
「でも、授業は生徒が望んだ時に行われるってガンメル先生が」  
「ガンメルもこの状況を想定して言ったわけではないと思いますが」  
 それはそうだ。あの老先生が知ったら一体どんな顔をするだろう。入学早々教師と床を共にする生徒……  
客観視してみたら当事者の自分でさえ頭がくらくらする問題児ぶりだ。リレの顔に疲れた笑いが浮かんだ。  
 そういえば何だか疲労感が。いやいや、魔法の知識はいくらあっても損はしない。質問の続きを……。  
「先生、それからここの呪文ですけど……詠唱、が……」  
 リレは寝転んだままグリモアの一ページを指差し、  
「……おや」  
 そのまま瞼を閉じて穏やかに寝息を立て始めた。  
 
 
 
 
 部屋の外からぱたぱたと足音が聞こえたのが原因か、それとも窓から僅かに差し込む日の光のせいか。  
 リレ・ブラウは目を覚ました。悪い夢には苛まれずに済んだようだ。「解放」などと大げさな目覚めではない。  
自分の部屋を見回すがリレ以外の人影はない。体中が痛むのは、つまり夜中のあれこれの証左であるらしい。  
胸元を見下ろすと爪跡がくっきり残っている。  
(先生? ガフ? 誰もいないの? ええと……とりあえず)  
 手早く着替えると寝台のシーツを引っぺがす。とにもかくにもまずは洗濯に行こう。  
 ついでに床に転がっていたぬいぐるみを拾い上げて、本棚にちょこんと置いた。  
 
 部屋を出たところでガフが駆け寄ってきたので、昨夜は一体どこに行っていたのか聞いてみる。  
「おいら? ガンメル様のとこだよ。喋ってたらいつの間にか日が暮れちまってさ。ごめんよリレ、夜の廊下は  
魔女の霊が……」  
「う、ううん、いいのいいの」  
 少し考えてみた。ガフは昨日リレの自室に来たアドヴォカートに会っている。ガンメルにそのことを喋って  
いてもおかしくはない。つまるところ、ガンメルは昨夜何があったか勘付いているか、もしくはアドヴォカートに  
直接尋ねて返答を得ているかもしれないわけで。……貞操を守れだの、せめてもう少し相手を選べだのと  
延々説教される覚悟はしておこう。最悪、退学処分になっても文句は言えない。  
「どうかしたのか? あ、そのシーツ洗うんならおいらが」  
 リレはぎくりとして断った。彼の仕事熱心は嬉しいが、これはちょっと他人に頼むのは気が引ける。  
「自分で洗うんなら別にいいけど。そうだ、明け方部屋に戻ってきたら、寝てるリレの枕元に鼠が一匹いてさ。  
ちゅーちゅー煩かったから箒で追い出してやったぜ。ったく、毎日掃除してるのにどこから来たんだか」  
「鼠……」  
 ――使い魔が戻るまであなたの孤独を慰めることにいたしますよ。  
 夜、アドヴォカートに言われた言葉を反芻する。彼が鼠に化けていたのを見たことがあるのだ。  
 契約も交わしていないのに律儀な振る舞いだと思った。彼なりの義務感か? いや……。    
 鼠を追い払ったのを武勇伝のように語るガフに礼を言って、リレは今度こそ洗濯に向かった。  
 
 
 一仕事終えた後、リレは廊下を歩いていた。  
 途中出くわしたマルガリタに、「あら? リレ、何だか昨日までと雰囲気が違いません?」などと言われて、  
引きつった笑顔で適当に誤魔化したりもしたが。さぞ怪しまれたことだろう。  
 廊下には日が差している。太陽は今日も昇った。夜は明けた。昨夜と比べれば、気分はずっといい。  
 明けない夜も、止まない雨もない。……だとしたら、悪い夢も?  
(仕事してくれた、ってこと? だとしても、私が寝た後は帰っちゃっても良かったわけだし……)  
 ふと見れば、探していた黒魔術の教師が廊下の向かいからこちらにやってくる。  
 顔を合わせれば、おそらくいつものように尊大に、あなたは世話役の躾がなっていないと詰ってくるのだろう。  
 リレはその様子を想像して――アドヴォカートのそばへ歩いていった。  
 
 
                        <了>  
 

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