何気ない喧噪に耳を傾けながら、ゆっくりと時間を過ごすのはどれくらい振りだろうか?
階下で茶を喫していた慕白は最後の一口を啜ると、そのまま立ち上がり店の脇の階段を登る。
長らくを砂漠の旅に費やし、だがなお目的は達成されずに戻ってきた。
師匠と思昭の仇である碧眼狐狸は見つからず、徒労感だけが重く圧し掛かる。
早く事に蹴りを着けたいと焦る一方で、この旅を永遠に続けたいとも思う。
秀蓮と二人、西の果てから帰らずに、皆の前から姿を晦ますのはどうだろう?
否、義理堅い秀蓮がそんな事を承知するわけがない。
だから永遠に続く砂漠を越えて、ようやく人の住めるこの地方まで戻ってきたのだ。
久々の野宿ではない清潔な宿屋、盗賊の襲来を恐れて代わる代わる起きていることも今晩はない。
慕白は軋む階段を登り終え、自分のために主人が用意してくれた部屋に帰ろうと角を曲がった。
疲れた目のすみに白っぽい物が写りこむ。
視線を下げた先には、やはり生成りの布きれが落ちていた。
腰を屈め拾い上げると、それは縁に牡丹の刺繍をあしらった絹のはんかちだった。
明らかに見覚えのあるそれは、綺麗に畳まれ慕白の手の中で持ち主に返されるのを待っている。
慕白は自分の部屋を通り越し、秀蓮のいる部屋の戸を静かに叩いた。
中から反応はない。
先ほど残りの旅に必要な物資を揃えに町に買い物に出た彼女はまだ帰ってはいないらしい。
慕白は仕方なくそれを握ったまま自分の部屋に引き返した。
寝台に腰掛け何気なくはんかちを開いてみる。
彼女のお気に入りなのだろうか?よくこれを使っているのを目にする。
綺麗に折られてはいたが、今もそれは洗いたてではなく、そこはかとした使用感があった。
彼女はいつもこれで流れる汗を拭い、汚れた手を拭く。
これは秀蓮の肌身を離れず、彼女の温もりをいつも感じているのだろうか?
慕白は自分の手のひらに乗るはんかちを、瞬きもせずに見つめ続ける。
美しい縁取りは彼女のために呉姥が刺繍したのだろう。
慕白はおもむろにそれを目線の高さに掲げ、しげしげと眺めた。
目と鼻の先にそれは有る。今にも自分に触れんばかりの位置に。
慕白は不意に頭の中に警鐘が響くのを聞いた。低く高く鐘の音が頭の中に響く。
それは音叉のように脳内に反響し、疲れた思考を更に鈍く痺れさせてゆく。
時は夕暮れで、開いた窓からは乾いた空気と活気ある人々の生活音が流れ込んでくる。
しかしそれも慕白の耳には届かず、鳴り響く警鐘を無視して、はんかちをそっと鼻に押し当てた。
一旦息を止め目を瞑ってから、静かにゆっくりと息をを吸う。
部屋の空気に混じって秀蓮の匂いが鼻くういっぱいに吸い込まれていく。
秀蓮の使う香に、汗と皮脂の溶け込んだ甘く温かい匂い。
はんかちが秀蓮そのものにすら思える。
直ぐ其処にあり、永遠に手に入らないかも知れない女性を思い、慕白の心は締め付けられるように痛んだ。
自分が手にすることが出来るのはこれくらいなのだろうか?
しばらくもしない内に慕白は自分自身の変化に気が付いた。
無視しようとしてもどうにもならない身体的変化、長い間抑えていた性欲は秀蓮を思い出すだけで溢れ出てくる。
慕白は片手ではんかちを握り締めたまま、もう片方の手を硬い勃起に沿わせた。
武侠として何時も剣を握る右手、人々が恐れと畏敬をなす剣術を繰り出す右手。
多くの人間が自分のことを鑑にし、義侠心に溢れる優れた人物だと人物だと思っている。
真実は俗世間を捨てられぬ、汚れた恥ずべき人間なのに。
慕白の日に焼けた精悍な顔は、苦渋と快感の狭間に揺れ、苦しそうに歪められる。
我慢出来ずに下穿きに差し込まれた手を動かし、己の衝動に急き立てられ流されてゆく。
呼吸するたび感じられる秀蓮の匂いに、旅の間に感じた色々な欲望が一気に思い返される。
真っ暗な闇に灯った炎に照らされ、傍らで眠る秀蓮を犯してやろうかと思ったのも、一度や二度ではない。
前を歩く彼女の細い首筋に噛み付き、柔らかく膨らんだ乳房を千切れるほどに揉みしだきたいとも思った。
だが、全ては叶わぬ夢。彼女はいつでも絵に描いた餅のようなものだ。
だから、それを眺めて涎を垂らす。
見たことのない裸体を夢想し、想像の中で蹂躙する。
秀蓮の肌を舐め、乳首を噛み、剛直を肉襞に擦り付ける。
早まる自身の手の動きに、慕白は早い終わりを悟った。
欲望のままはんかちを勃起に押し当て、数珠のように迸る精液をそれで受け止める。
おびただしい量が秀蓮のはんかちに蒔かれ、それが慕白の頭をさらに痺れさせた。
一陣の風が窓から吹き込む。
そろそろ彼女が戻ってくるかもしれない。
慕白は大きく息を吐き、抜き取ったはんかちを自分の荷物に紛れ込ました。
秀蓮は失くしたはんかちに気付くだろうか・・・?
終り