手の上なら尊敬のキス。
額の上なら友情のキス。
頬の上なら厚意と満足感のキス。
唇の上なら愛情のキス。
まぶたの上なら憧憬のキス。
掌の上なら懇願のキス。
腕と首なら欲望のキス。
さてそのほかは、みな狂気の沙汰。
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「ああ、それってフランツ・グリルパルツァーの『接吻』ですね」
「グリルなんとか……って誰それ?」
ベッドに腰を下ろしている秀三の問いに、
教授がトレードマークの白衣を脱ぎながら答える。
「1800年代前半に活躍したオーストリアの劇作家です。
『接吻』の他にも『サッフォー』『金羊皮』など、
たくさんの戯曲を世に出していますよ」
「へぇー、そりゃすごいなぁ」
芸術方面には疎い秀三には初耳であった。
パートナーの博識ぶりには感心しつつ、
目の前で繰り広げられるストリップショーに釘付けになる。
……もっとも観客は、秀三たった一人だけなのだが。
「1819年ごろ、グリルパルツァーは
従兄弟の妻と道ならぬ恋に陥っています」
「え? それって不倫なんじゃね?」
「ええ……さらに同じ年、母親が精神錯乱の末に自殺するなど、
かなり苦難に見舞われていたそうです」
解説しつつ、一枚また一枚、はらりはらりと脱いでいく。
「うへえ……キッツイなぁ」
「そんな最中に執筆したのが……『接吻』というわけですよ」
ショーツがするりと足元に落ちる。
「なるほど、ねぇ……」
秀三は生唾をごくりと飲みながら、完全に裸になった教授の身体を凝視する。
普段の白衣姿からは想像できない、大きな胸と引き締まったウェスト。
秀三でなくても見ほれるほど、なかなかのナイスバディだ。
それに加えて、どことなく年相応の女性の色香を漂わせていた。
「……と、四方山話はこれくらいにして」
教授は軽くステップを踏みつつ、秀三の隣に歩み寄り、
「早速はじめましょうか……いつもの『運動』を」
最愛のパートナーに向けて微笑んだ。
眼鏡の奥のその瞳には、淫靡な色欲の光が宿っていた。
「んじゃま、ここからが俺のターンだな」
「あ……」
教授を抱き抱え、ベッドにそっと横たわらせる。
「……それじゃ、お手柔らかに頼みますよ。秀三くん」
「まーかせとけって。
お姫様を優しくエスコートするのがナイトの役目だからな」
おどけながら教授の右手を恭しくとり、軽く手の甲に『尊敬のキス』をする。
「不肖長田秀三、心をこめて女王陛下にご奉仕いたします……なんつって」
「全く本当にお世辞がうまいナイトですね」
教授がくすぐったそうに微笑み、秀三の首に両手をまわす。
「…………あ、秀三くん」
「ん? 何?教授」
「今から……今は私のことを『教授』ではなく、
ちゃんと本名で呼んで……ください」
それは恋人同士睦み会うときに、秀三ただ一人だけに許された『特権』。
そして教授が秀三を本当に欲しているときの証でもある。
「ああ、わかっているって−−−−−『尊子』」
そっと軽く唇にキスした。
そしてそのまま舌をするりと侵入させていくと、待ちわびてたとばかりに
教授の舌が絡み付いてくる。
ちゅぐ……ぴちゃ……れろっ……ちゅぐ……ぴちゃぁ……
「んん……くぅ……ちゅ……」
「ん……はぁ……あふ……」
互いの舌と舌が生き物のように絡み合い、唾液が混ざり合う。
秀三が教授の舌を強く吸い、教授も自分の舌で秀三の舌をなぞる。
もしこの場に第三者がいたら、濃厚なディープキスを交わす彼らの姿に
思わず目を奪われていたことであろう。
「ぷはぁ……」
おおよそ3分くらい触れ合っていた唇が離れ、
二人の舌先をつないでいた細い銀の糸が伸びて、すーーっと切れる。
「『唇の上なら愛情のキス』、か……わかりやすいなぁ」
「ディープキスの場合、何のキスにあたるのかは
『接吻』には記されてませんけどね」
顔を赤らめながらも、いつもの調子で答える教授。
作者はディープキスなんてことしたことねぇのかな?と、苦笑しながら
秀三はツナギもトランクスも脱ぎ捨て教授と同じ全裸になり、
改めて彼女を抱きしめる。
「まずは『友情のキス』」
「あ……」
綺麗に切りそろえられた前髪を手で優しくかきあげて、
教授の額にキスを落とす。
「お次は『厚意のキス』っと」
ローズピンク色に染まった両方の頬へ交互に何回も何回も。
「尊子、眼鏡はずして」
「え?」
「眼鏡つけたまんまじゃキスできないから」
「あ……はい」
教授が慌てて眼鏡をはずし、あどけない素顔をさらす。
教授は普段めったに人前で眼鏡を外さない。
入浴時はともかくプールのときでさえも眼鏡をつけたままだ。
なぜ眼鏡を外さないのかは、彼女の口から未だに語られていない。
(『ザウラーズ最大の謎』って、拳一の奴もよく言ったもんだな……)
秀三は心の中で苦笑しながら
「……ほい、『憧憬のキス』」
「ん……っ」
教授の閉ざされたまぶたの上にそっと口付けを落とす。
「ええと、『懇願のキス』は……」
「掌の上ですよ、秀三くん」
「あーそうだった。さんきゅ」
さっきと同じように彼女の右手を丁寧にとり、今度は掌の上にキスをする。
機械いじりが趣味の教授にしては、マメやタコがひとつもない
綺麗な掌だ。
「尊子の指、いつみても本当に綺麗だなぁ」
秀三は唇を離し、まじまじと教授の整えられた白い指先を見つめる。
「そうですか?」
「うん、いかにも白魚のような指って感じ」
「またまたご冗談を」
「いや、本当だってば。
なぁ、口にいれてしゃぶってもいい?
これも『懇願のキス』ってことで」
「……何言ってんですか? 貴方は。
その発言はまるで変態みたいですよ?」
呆れたふうに苦笑いする教授。
「あーひっでえなぁ。
俺をそんな指フェチの変態に目覚めさせたのはどこの誰かなー?」
「はいはい、全部私のせいですよね」
教授はやれやれといった表情で微笑み、
「あとでいくらでもしゃぶらせてあげますから、
今はぐっと我慢してくださいな」
むくれるパートナーの鼻の頭を人差し指でツンとつついてたしなめる。
「ちぇっ、尊子のけちー」
秀三は不服そうに口を尖らせた。
それはともかく、気を取り直して
「んでもって『欲望のキス』っと」
耳の付け根に口付けし、舌を首から下へすべらせていく。
「あ……ん……」
教授の口から甘い声と熱い吐息が漏れる。
「ふ……あ……キスマークはつけ……ないで」
「わかっているよ」
秀三は苦笑いを浮かべ、鎖骨のくぼみにもチュッと口付ける。
「あんときは、えらい騒ぎになっちまったからなぁ」
以前、調子に乗って教授の首筋にキスマークをつけまくったら、
それを拳一たちに見られてしまい、仲間たちの間で『もうカオスって
レベルじゃないぞ』というくらいの大騒動にまでなってしまったのだ。
「拳一たちにはさんざんからかわれるし、
エリーやワンとツーから根掘り葉掘りしつこく聞かれるし、
あげくに五郎はばくはつするし、もー大変だったよな」
「ん……秀三くんの……せいですよぅ……あんっ!
跡を消すのに……んっ……かなり苦労しま……ふあぁ!!」
「はいはい、俺のせい俺のせいですよーだ」
顔を紅潮させながら抗議する教授の首筋や腕に跡が残らないように、
気をつけながら繰り返しキスの雨を降らしていく。
『所有の証』を残せないのは残念だが、仕方ない。
彼女の肌に口付けできるだけでも充分満足だと、秀三は思った。
しのぶの肌にキスマークをつけまくっている拳一がうらやましくも
あるのだが。
(ちなみに、金太は逆にユカからキスマークをつけられているほうである。)
教授の胸に視線を移すと、ふくらみにちょこんとついている桃色の乳首は、
すでに硬くなってぷっくり膨らんでいた。
「……さて、こっからが『狂気の沙汰』のキスってわけだな」
秀三は口をほころばせつつ、双丘にチュッチュッと口付ける。
「あっ!」
さらに乳首をそっと口に含み、舌でつんつんとはじいてみる。
「あん!」
教授の体が若鮎のごとくビクンとはねあがった。
「尊子……感じているんだ?」
「そ、そんなこと……やあっ、ああっ!」
秀三の唇が触れるたびに教授が艶やかな声を漏らす。
「うは、すっげえ反応」
乳首を舌先で転がしつつ両手で双丘をつかむと、
ほどよい弾力がむにむにと秀三の手のひらに伝わってきてくる。
「ふあ! あ……っ……! ひぁああ……らめ……っ!!」
付け根をもにゅもにゅと揉み解していくたびに教授は
顔を歪めて身悶えながら甘い嬌声をあげる。
「あー本当に尊子は可愛いなぁ」
「か、かわ……いい……だ、なんてっ……あぁん!」
可愛いといわれて当惑する彼女の様子がなんともいえない気持ちにさせられる。
「いやホント、とても可愛いよ……」
秀三はすっかり唾液まみれになった乳首から口を離すと、今度はへその穴に
狙いを定め、舌をきゅっとすぼめて縦に小さくくぼんだ穴に差し入れてみる。
「ああっ! ちょ……おへそは……!!」
たちまち教授の体が弓なりにのけぞり、びくびくと大きく痙攣する。
「へその穴で感じるなんて、尊子もすっかり淫乱になっちまってるな」
「そ……そんなこと……ひあぁ! ああんっ!!
しゅー……ぞーくんのっ……へんた……ひゃああん!!」
「へーへー、どうせ俺は指とへそが大好物の変態だよー」
秀三の舌がへその穴の中を穿り返すたびに、教授の息が荒くなりあえぎ声が
大きくなっていく。