「あーーー久々に飲んだな!…つか沢田、意外とお前いける口だったとはな」
「酒くらい負けられないからね」
今日は慎の二十歳の誕生日。
成人するまでは、とかたくなに飲みにいくのを拒まれて、
誕生祝いに奢ってやると連れられて飲んだ感無量の帰り道、
慎はどういう手を使ったか、さろげなく自分のマンションに久美子を連れ込んだ。
冷やされていた缶ビールを手に、ほろ酔いで気分もよい久美子はすっかりくつろいでいる。
「ま、どーせ大学では飲むもんだけどな、あたしも一応お前の恩師ってやつだし」
「まーね。めでたく二十歳になるまで待ったかいもあったよ」
慎は内心のもろもろをきれいに隠し、表情は笑みを含ませるくらいにとどめる。
久美子は酔いに目元をすこし赤く染め、にやーと笑って慎の赤毛をかき回す。
「なぁ、お前ももう二十歳か。早いもんだよなー」
今だ。
慎は、その髪をかき回す手をとり久美子の目を正面から見た。
「プレゼントくれよ」
「おう、なんだー?あんまり無茶なもんじゃなければいい…」
「あんたがほしい」
気配が変わったことに気づかない久美子が言いおえるまえにいいつなぐ。
きょとんと、久美子は手をとられたまま慎を見返した。
「は?」
「あんたがほしい。…青少年保護条例にもふれなくなった」
………。
白くなる久美子。
逃げられないようにもう一方の手から缶を奪い手首を取る。
慎重に、反射的に振り払われない程度に手加減するには結構な自制が要った。
「ちょ、沢田、おま…」
ようやく脳に意味が届いて、久美子は真っ赤になって口をぱくぱくさせる。
「俺ずいぶん待ったよあんたにも立場ってもんがあるだろうから。
……まだ一人前の男とはいえないかもしれないけど、俺じゃだめか?」
目を見たまま、最初にとった手にくちづける。
「あ〜〜〜う〜〜〜〜」
久美子は、今にも逃げ出しそうに真っ赤になったり真っ青になったりしながらも、
どうにか態勢を整え真顔になり、きっと慎の目を見返す。
「お前わかってるのか?うちのもんもお前には期待しちまってる。
そんなんなったら、わかったら、のっぴきならねぇことになるぞ」
「覚悟してるよ。
…好きだ。俺の一生をかけて。だから、久美子」
声は震えない。表情も余り動かない。けれども熱をたたえた真剣な目。
久美子は、しばらく迷ってようやくはらを決め、力強く頷いた。
「わかった。女に二言はねえ」
キスは今までも何度か不意をつかれてしたことはある。
そのたびにその手際には驚かされたが……
「何考えてんの」
恥ずかしくて死にそうだから、気をそらしてるとはいえないが。
「お前何でこんなに器用なんだ」
何かにつけ器用な慎は、こういうことにもとかく手際が良い。
今だって啖呵を切ったあと後悔する間もなく、二人は明かりを落とした寝室の
ベッドの上で向かい合っている。
「余計なこと考えないで、黙って」
そういうと慎は久美子の唇を塞いだ。
二度、三度。
いつも、というほど回数をしたわけではないが、これは…。
「んん!!」
割り入ってきた舌の感触に驚いて声をあげるが、とんとんと背中を叩かれる。
目顔で大丈夫だと言われて、それをどうにか受け入れる。
しばらくして久美子がぼうっとなったところを見計らい、服に手をかける。
「おい、自分で脱ぐから!」
はたと我に返るが、
「だめ。俺にさせて」
慎は取り合わない。
こっぱずかしいんじゃぁあああああ、と内心叫ぶものの、
自分の経験の浅さに引け目を感じ、ぐっとこらえる。
そうこうするうちに、下着を残して服は取り払われ、
ベッドに背をつける体勢となっている。
(慎の字…お前ってやつぁ…)
「……いいか?……多分、今なら結構大丈夫だと思う」
興奮だけのためだけではなく慎は息を上げていた。
久美子はなんだかんだとされているうちにぼうっとなったり我に返ったり暴れたりし、
それを抑えたり何だりと、沖縄の夜ほどの抵抗ではなかったが、
それなりに、互いに、既に体力を消耗させているところである。
「あぁ……来るなら来い」
久美子もベッドに手をつく慎を、きつく見上げる。
なんだかな、と思いつつもそういうところも好きだと思いながら
慎はすばやくゴムをつけ、それまでの努力で十分に潤ませたそこにあてがった。
「痛いと思うけど……ごめん」
そう言い置いて、ゆっくり進入させた。
「っ」
息を詰まらせたのはどちらだったか、互いによくわからなかった。
久美子は痛みに顔を歪めたが、さすがというか、声は上げない。
慎も、久美子と自分両方のために余裕ぶっていたが、実際のところ初めてなのだ。
挿入時の苦痛を減らすために、刺激を与えることに懸命になっていたが
今まで触れられなかったのびやかな腕、しなやかな脚、てのひらに納まるサイズの胸、
やたら強いのはよく知っているのに触れると意外なほど細い肩。
それらが全部自分の体の下にあって、その上に、自分を受け入れている。
その感動が衝動になりそうなのを感じながら、すべて収めてから慎はため息のように声をもらす。
「きつ…」
それを、痛みに耐える久美子は非難ととったか、呻く。
「……わるかったなぁああはじめてでぇえええ」
それを聞いて、慎はこらえきれず久美子をかき抱いて、口付け、
しかし動かすことだけはどうにか我慢する。
「あんたのはじめてが、俺でうれしい……愛してる」
(うあああああああ)
真っ赤になって黙る久美子にキスを深くして、先ほどから反応のよかったあちこちに触れる。
そのうちに、あ、と声が漏れる。
痛みには変わりはないが、すこし、すこしだけ…?と久美子は何かを追う。
「動いていい?……もう無理」
「あぁ…」
「すこし、我慢して」
そういいおくと、動き始め、そうするともう気遣ってゆっくりはできなくなった。
久美子は楔のように打ち込まれるそれをただ甘受していたが、見上げた慎の顔。
少し必死で、上気した顔を見て、何かが久美子の中に落ちた。
そろり、と背筋を何かが上っていく。あれ?
その何かをつかむ前に、
「……久美子っ」
名前を呼ばわりながら、慎は果てた。
「お前は若いくせにどーしてあんなに手際がいいんだこの女たらしっ」
照れのあまりか、久美子は慎の腕まくらされながら八つ当たり気味に責めてみる。
そんな様子さえもかわいいと内心にやにやしてしまう。
「あんたが好きで仕方ないからがんばっちゃうんじゃない?」
そんなすかしたことを言いながら、でも初めてにしてはがんばったはずだと慎は思う。
そのせりふに、真っ赤になって背を向けてしまう久美子の耳に口を寄せ、ささやく。
「早く痛くなくなるように、またしような」
後日、黒田一家では久美子には隠されてお赤飯が炊かれ、町内に配られたが、
しかしすぐに久美子の耳に届いて爆発したのは、また別の話。
その頃の黒田一家。
「お嬢、帰ってこないっすねー」
「20歳の誕生日っすからねー」
「あー…慎の字、ずっと待っていやがったかるぁなぁ…」
「これで慎の字も思いを遂げて」
なんだか虚脱したような男が四人。
おじいさんは、奥に引っ込んで出てこない。
「おじょぉおおおおおおおお…ひとよりゃちょっとおそかったかもしれねぇがぁあああ」
大島が、こらえきれずに泣きむせぶ。
「めでてぇことじゃねぇですか、お嬢が…うっ」
若松も感涙なのか、息を詰める。
「うっ……明日は赤飯だ。赤獅子の若大将がお嬢の亭主におさまりゃあ、
黒田一家も安泰だぁるぉ」
そうして、町内の和菓子屋に、大量の赤飯が注文されることとなった。