〜序章 『蜘蛛』〜
・・・・
（どこまでいくんだろう・・・・と、いうよりも・・どこにいくのかしら・・？）
薄暗い地下迷路を進んでいく２つの人影のうち、
片方はそんなことを考えていた。
通路を進んでいく２つの姿は、要所要所の石造りの壁に灯してある松明に
緩やかに照らし出され、また薄暗い陰へと消えていく。
けれども、この空間は松明の光だけに頼っているわけでもなさそうだ。
赤黒く揺らめく炎の他に、人の目が効く程度に迷宮の通路全体をほのかに照らしている
光があるらしい。故に松明の掲げられていない場所は暗闇、というわけでもない。
ひょっとすると、松明がなくともこの場所の機能には差し支えは
ないのかもしれない。恐らくはこの場の空気をより陰鬱で異質な雰囲気を
かもしだすのを主要な目的としているのだろう。
陰鬱・・・
この場に良く似合う言葉だ。生ぬるく、重い空気が支配しており風は全く感じられない。
平坦とは言えない石が敷き詰められた無機質で表情の無い、薄汚れた床と壁。
床も壁も天井に至るまで全て作りは同じで、床が上下左右に広がっているのと変わりはない。
まるで内在する物を閉じ込める為に存在しているかのようだ。
これでは、例え迷宮を逆さまにしても誰も気づくまい。
だが・・・微かに体が感じ取る異質な雰囲気・・・・
空間全体をどこからか最低限の明るさで保っている謎の照明もそうだが、
ここはただの古びた迷路ではない。
確かに空気は淀んでいるが、地下特有の埃の匂いや
土の香りは全く無い。いや、それどころか
石で囲まれた壁や床は薄汚れているのではない。
全てそのように見えるよう作られているのだ。
そう・・ここはむしろ、
まだ『外』との関わりがほとんどない、それも・・
（・・・ここ・・まだ、新しいのかな・・？）
薄暗い通路を歩く忍服を着た少女は前を歩くすきやき屋の店主にに分からない程度に
辺りに目をやりながらそう感じた。
まだあどけなさの残る顔に後ろで束ねたサラリとした栗色の髪。
ゆっくりと通路を歩く柔らかな足をよりしなやかに際立たせるタイツは、
そのまま手首や首元まで肌の上から全身を包んでいる。
その上には、いかにも伸縮性に秀でているといった感じの黒い忍服に、
すらりとした足を強調するかのようなスパンデクス生地のレオタードが
忍服の裾から見え隠れしている。
少女の名はヤエ。くノ一としてゴエモン一行の仲間として
行動を共にしていたが、現在は各々分散しての別働調査の為に
単独でこの惑星に降り立った。
しかし、そこは独特の生活文化を持った
世界であり、一般における常識とはかけ離れた場所であった。
ここで、話は少し遡る・・・・
『・・・困っちゃったな・・どうしようかしら・・・・』
ヤエは惑星の陸に上がり、奇妙な町を歩いていた。
ここを更に詳しく調査し、ゴエモン達と合流するには
多額の金が必要であった。
しかし、ヤエ達がいる世界よりも遥かに貨幣の価値が低い
ここでは、ヤエ一人ではどうすることもできなかったのだ。
仕方なくお金を作る為に働き口を捜すヤエは、『比較的まともそうな店』
を見つける。しかし、その店の奥から地下へ続く空間は
まともではなかった。
とはいえ、短期でまとまったお金を稼ぐにあてが他にあるでもなし。
とりあえず、ヤエはその店の店主の後に続き、地下へと足を踏み入れた。
（お、お仕事って一体なんなのかしら・・それにここって・・・店の倉庫にしては
広すぎるし・・この惑星に来て今さら言うのもなんだけど・・変なの・・・）
この時ヤエは気付いていなかった。
ここは『異常な場所』であるということに。
いやむしろ気付いていたが故の盲目と言うべきか。
そう、普段のヤエであったらこのような場所へ
自ら足を踏み入れることなど無かったはずだ。
だが、周り全ての異常な状況を既に認知している
ヤエの感覚は、その光景から忍び寄る危機を
感じ取ることは出来なかったのだ。
森の中を飛び回る蝶が、木の一本一本を気に留めないように、
周りの全てが奇妙であるが故に自ら陥った罠。
『蝶が危険に気付くのは、蜘蛛の巣に身を絡め取られたその後だ・・』
暗い部屋。
凄まじい数の電光モニターがぼんやりと室内を照らす。
その中のヤエが写し出されたモニターを見ながら
誰かがそう呟いた。
この『巣』の主たる存在。
この『巣』の支配者たる存在。
・・・『蝶』の支配者たる存在・・
序章・終
次章『ヤエﾀﾝ謀られ踏んだり蹴ったりで候』に続く