第眼鏡訓「火事と喧嘩は江戸の華、なんて実際遭遇してから言ってみろってんだよコノヤロー」
「いや、面白かったな。あれは子供向けと見せかけて実は深いテーマがその中に」
「私、ビブリで泣いた人初めて見ましたよ土方さん」
「……まあ、その、なんだ。……飯でも食いに行くか、さっちゃん」
「ええ。土方スペシャルのないお店で」
「…………」
ある晴れた日の、かぶき町の昼下がり。一組の男女が肩を並べて歩いていた。 何時もの隊服ではなく着流しに身を包んだ土方は、傍らのさっちゃんを横目で見つめる。
忍者服ではなく、艶やかな藤色の着物。緩くまとめた青色の髪は着物に鮮やかに映えて、さらさらと軽く揺れている。
「……そんなに欲しいんですか?」
「いやいやいや、え!?ナニが!?」
「はい、これ土方さんの分です」
うろたえる土方の前に、さっき観た映画のパンフレットが差し出される。
成り行きで出会った二人の数少ない共通の趣味は、休日の映画鑑賞だった。
好むジャンルがまるで違うため、非番の度に交互にお互いの選んだ映画を観ることにした。
以前の自分なら一生観なかったであろう作品に触れるのは新鮮で、貴重なこの時間を二人ともそれなりに楽しみにしていたのだった。
「土方さんは本当に感受性が豊かなんですね〜、
今回の『ヅラとヅラ子の髪隠し』も、前の『アナと蛇』の時も、毎回泣いてません?」
「いや、前は別の意味で……だってお前、杉本アナがまさかあんな映画に出るなんて」
土方の息子も切なさのあまり涙を垂らしていたりしたのだが、それは彼だけの秘密である。
誤魔化すついでにどさくさまぎれで手を握ろうとしたが、レストランを発見したさっちゃんは小走りで入り口へと行ってしまう。
「何してるんですか?もう、意外にとろいんですから」
「………………うん……」
空を切った手が所在無げに、ぶらぶらと虚しく揺れている。
真撰組『鬼の副長』土方の、素人童貞を卒業して三ヵ月めの秋だった。
少々重めの扉を開けて、土方はさっちゃんを部屋に通す。
「うわー、案外広いんですね」
時刻は午後の三時。昼食の後ぶらぶらと街を歩いて(その間土方は三回手を繋ぐチャンスを逃した)、
適当に買い物をし、二人はごく当たり前にラブホテルの一室に居た。
爛れた恋愛という感じもするが、もうホテルなど恥ずかしがる歳でもない。
後ろ手に扉を閉めると、土方はすぐさまさっちゃんの細い背中を抱きすくめる。
がさり、と音を立てて、マヨネーズの入ったスーパーの袋が床に落ちた。
「……ん、土方さん、シャワー、浴びないん…ひ、ゃぁ」
白い首筋に舌を這わせ、土方は彼女の言葉を遮った。
「このままでいい」
早く、あやめに触りたい。耳元で囁く。
腰に回した手が握り返されると、彼は手触りのいい帯を解き始めた。
「私、Mなんです」
さっちゃんに性癖を打ち明けられた時は、正直戸惑った。
仕事上血も死体も平気ではあるし、拷問に近い尋問などは日常茶飯事だ。しかし、その対象が惚れた女となると話は別である。
その上、長年沖田の上司をしている所為もあり、土方に自覚はないが精神面ではマゾヒストに近かった。
けれど。
「お願いです、私を虐めてもらえませんか」
ーーーー惚れた女の期待に応えてやらねーで、侍なんざ名乗れねェよな。
土方はさっちゃんの着物をはだけさせ、後ろ手に両手をまとめて緩く縛った。
襟元から豊かな胸の谷間がのぞき、土方の欲を刺激する。
彼は着物を脱ぎ捨てるとマヨネーズを取出し、自らの猛った雄に塗った。
遠慮がちに、彼女が欲しがっている「命令」を口にする。
「……その、舐めちゃ、くれねェか?」
窓の外にはまだ、日が高く上っていた。
黄色がかった油に包まれた土方の欲を、さっちゃんは躊躇いもせず口に頬張った。
上顎と舌の粘膜で土方を挟み込みゆっくりと首を上下させ、舌先で時折亀頭を刺激する。
帯がなくなり開いた襦袢の前から露出した豊満な胸が、彼女の動きに合わせてふるふると揺れた。
「ん……っ、く、は……ぁ、いい……ぞッ、あやめ……」
解いた髪の毛を撫でながら土方は低く喘ぐ。
押さえようとしても時折漏れる声が我ながら情けなくなり、反撃とばかりにさっちゃんの胸を焦らすように触った。
「んぅ…ふ、ぅん……む」
くぐもった喘ぎに少し余裕を取り戻し、土方はさっちゃんに腰を高く上げさせる。
「そろそろ、物足りねェんじゃねぇか?」そう言ってマヨネーズを絞りだした指で双丘を鷲掴みにすると、
敢えて肝心の場所には触れず円を描くように揉んでやる。
「や、土方さ……そこ、じゃなくて……ん、あ」
「何処がいいんだ?」
眉をひそめて口の周りを油と汗と先走りで光らせ、さっちゃんはじれったそうに懇願する。
たまらず土方は顔中に接吻の雨を振らせた。絡ませた舌の上に広がる苦みさえも興奮を煽り、
夢中で口内を蹂躙する。
荒い息と共に唇が離れると、さっちゃんは唐突に言った。
「あの、これ解いてもらえますか?」
土方が縄を解くと、さっちゃんはぐいっと彼に躰を寄せて
自身にもう一度マヨネーズを塗ると、その胸の谷間に挟んでしまった。
「え、ちょ……おま、何して」
意表を突かれて軽く2ちゃん語になってしまった土方をよそに、さっちゃんは上半身を動かし始める。
マヨネーズが潤滑剤となった柔らかい肌に擦られて、さらに先端を舌先でつつかれる。
オイオイやっとカウンターパンチ決まったと思ったら金属バットで応戦ですか?立て、立つんだトシ!燃え尽きるにはまだ早い!
スキンヘッドに眼帯のオッサンを脳裏に描きつつ、土方は指をさっちゃんの中に一気に二本差し入れた。
「やぁぁっ!」
何の抵抗もなく滑り込んだ異物にさっちゃんはびくりと身を震わせたが、すぐに愛撫を再開する。
土方が右手の指を三本使って蜜壺を掻き回し、左手の親指で突起を刺激すると
さっちゃんは土方から口を離して嬌声を上げた。素直な反応が嬉しくて、両手をさらに加速させる。
「あ……やだぁ、トシさ、……ん、厭……は、ッ」
「う、あや…め、ちょ、ヤバい……」
さっちゃんは全身を小刻みに震わせて一足先に達した。
「は……ん、トシさん…」
軽く勝ったような気分になっている土方の裏筋を、さっちゃんはれろりと舐め上げる。
もう限界だったせいか、土方はあっさりと大量の白濁を放出した。
それも、さっちゃんの顔面に。
「あ……その、悪ィ…大丈夫か?」
未だびくびくと痙攣する自身を視界の隅に捉えつつ、土方は内心本気で狼狽えていた。
オイオイ今時顔射かよ俺、え?何で無言?
ヤバい?これヤバい?なんかもう眼鏡にぶっかけたせいで顔見えねーしどうする!?どうするんだ土方ッ!?
重苦しい雰囲気の中、脳内で赤ずくめの吸血鬼に追い詰められている土方はただ固まっているしかなかった。
そんな彼を知ってか知らずか、さっちゃんは用を為さない眼鏡を外すとーーーー
唐突に、そしてあまりにも自然に、その表面を覆う白濁を舐め取りはじめた。
ぴちゃり、ぺちゃりと舌とプラスチックの立てる音だけが静かな室内を満たしてゆく。
「……ん、これでよし、と」
レンズを綺麗にし終えたさっちゃんの満足気な笑顔を見た瞬間、土方の何かが音を立てて切れた。
唾液で濡れたままのレンズを拭こうと思ったのか、枕元のティッシュに伸ばした細い手首を掴み、
もう片方の手で腰を掴んでくるりとさっちゃんの躰を俯せにする。
「ごめん限界」
何か言いたげに振り向こうとする彼女の耳元に口を寄せて呟くが早いか、
土方はさっちゃんを後ろから貫いた。
「あぁぁぁ……っ!!」
既に十分潤っていたそこは易々と土方を迎え入れ、その事に彼は安堵する。
さっちゃんを傷つけたくはないが、今の彼には欲望を抑えることは不可能だった。
「んッ…は、ぁ、あッ!や、あぁっ!!」
さっちゃんのシーツを握る手に力が籠もる。腰を高く突き出させ、自分は膝をついて相手を抉る獣の体勢。
「あ…あ、トシ、さ、はぁッ、駄目、そこ駄目ぇ……」
鼻に掛かった甘い喘ぎは狼の本能を確実に煽り立てる。
汗の珠が浮いたうなじを舐め上げてそのまま唇を貪ると、くぐもった声が漏れた。
土方はさらに彼女を責め立てる。
膣壁の感触に酔い痴れながら最奥を突き、本能の儘に掻き混ぜる。
その度にさっちゃんは嬌声を上げて土方に応えた。
布団に頬を押しつけられた端正な顔は快楽に歪み、半開きになった口からはとろりと涎が溢れ出て染みを作っている。
土方はふと視線を動かしてすらりとした腕が伸びた先を辿る。長い指は無意識にかどうか、自ら敏感な肉芽を刺激していた。
「淫乱だな、あやめ」
その指先を手に取って口に含み、土方は今日初めて余裕を持った笑みを浮かべる。
昏く妖しい光を宿した、雄の瞳がそこに在った。
空いている手で容赦なく花芽を擦り、土方は更に激しく腰を動かす。
「あ…ぁ、や、ぁん!ひ…っ、あ、も、駄目ッ……!!
ぁ……トシさ…はあぁぁぁん……ッ!!」
さっちゃんが達するのに少し遅れて土方も果てる。
「……っ、あやめ……」
吐精の余韻に浸りながら、さっちゃんの手に指を絡めようとした所で。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!
「……………………」
「……………………」
火災報知器とスプリンクラーが作動して、二人は水浸しになった。
その後さっちゃんを右手に、キャバクラの客とはぐれたというやさぐれた巫女を左手に担いた土方は
燃え盛るホテルの非常階段を全裸で掛け降りる羽目になった。
あの粉ジジイ次に会ったら水に溶いて中華鍋に入れてやる、と喚く巫女を投げ捨てたい衝動に駆られつつも
さっちゃんの的確なナビを受け、走りぬいた侍を待っていたのはーーーー
「両手に花ですねィ、土方さん」
ポラロイドカメラを片手に持ったサディスティック皇子だった。
土方は倒れた。
冷たい。ひたひたと、顔が重点的に冷たい。
ああ、俺は死んだのか。土方は思う。ひんやりとした感触が心地よく、悪い気はしなかった。
なんだ、短けェ人生だったなオイ。まあ、でもやるだけの事はやったか。
人間五十年っつーがよォ、五十年生きられる保証なんざ何処にも有りゃしねェ。
俺がここまでなら、それでいいさ。こんな世で侍名乗るからには、その位の覚悟はある。
惚れた女さえ。
あやめさえ、無事ならもうーーーー
……ああ、にしても冷てェな。何だこりゃ。
……何だよ、あやめか。何だってそんな、泣きそうな顔してーーーー
「あやゴフゥ!!」
飛び起きた土方は、彼の顔を覗き込んでいたさっちゃんとまともに額をぶつけた。
数十秒の間、二人で地面を転げ回る。
「だ……大丈夫ですか……?」
涙目になったさっちゃんが問う。ふと自分の身体を見下ろすと、何故か隊服を着させられていた。
さっちゃんは明るい橙の着物を着て、冷たいものの正体であろう濡れ手拭いを握っている。
「お陰様で、火付けがまた一人捕まりましたぜ土方さん」
唐突に頭上から声が掛かる。見上げると、バズーカを担いだ少年がにやにやと笑って自分を見下ろしていた。
「被害は」
「大したこたァありやせん。どっかの家庭を顧みない片栗粉が軽く焦げただけです」
「そうか」
「何でも一緒に居た女を探そうとして火に巻かれたそうですが、まあ一週間くらいで治りまさァ」
土方は軽く溜め息を吐くと、報われない親父を少しだけ想った。
さっちゃんは着物を巫女に渡された、と説明した。襦袢だけじゃ帰れないでしょ、黙って受け取んなさいと押しつけられたそうだ。
近所にある店から取ってきた、予備の仕事着だという。
「にしても土方さん、水臭いじゃないですかィ。こんな菱縄縛りの似合いそうな可愛いお姉さんと、
真っ昼間からラブホですか?さすが鬼の副長、爛れた恋愛してますねィ」
「いや副長関係ねェだろ」
「あら、菱縄縛りが似合うだなんて…」
「エェェ何頬染めて照れてんの!?誉められてないから!明らかにそれ誉められてないから!!」
くくく、と沖田が笑う。いつもながら腹の立つ笑い方だった。
そのままさっちゃんへつかつかと歩み寄り、沖田は言う。
「ねェお姉さん、こんな尿道からマヨネーズ出すおっさんは放っといて、一辺俺に縛られてみませんかィ?
呼吸困難の向うにある新しい世界を見せてやりますぜ」
土方は無言でさっちゃんの手を掴む。
「帰る。後は頼む」
それだけ言うと、刀を腰に差してずんずんと去ってゆく。
「……ちょっくら、悪ふざけが過ぎたかねィ」
開き切った瞳孔を思い出し、沖田は心底つまらなさそうに呟いた。
「あーつまんねェ。幸せそーだなチキショー。守るモン見つけたって顔しやがって。写真は撮ったからいいけど。あーあ」
橙の混じり始めた空を見上げ、少年は溜め息を吐く。
「……しゃーねェ、放火犯の陰毛でもライターで炙っとくか」
その後、かぶき町では不審火が激減したという。
からからと、人通りの少ない道に下駄の音が響く。
「なんか今日は大変でしたね、トシさん」
そう言われて土方はやっと我に返る。慌てて歩を緩め、繋いでいた手に気付いてさらに動揺した。
「あ、いや、その、すまねェ」
「何で謝るんですか?」
くすくすと、さっちゃんの忍び笑いが耳を擽る。「トシさん、何時も私に気を遣ってくれてるんですから。……謝ることなんて、ないんですよ」
予想外の言葉に土方はぽかんと口を開けーーーー何時のまにか自分がトシさんと呼ばれるようになっている事に、初めて気付いた。
「……じゃあ帰るか、あやめ」
「はい」
繋いだ手を握り直し、土方はふと空を見上げる。そういえば、こうして空を眺めるなんて何年ぶりだろうか。
並んで歩いていく二人を、橙の光が柔らかく照らしていた。
幕。