「……しっかし、オメー年頃の娘なのに他に呑む相手とかいねーのかよ?」  
「うるせーな、俺ァとっくの昔に性別なんざ」  
「ティッシュにくるんで捨てたってか?」  
「…………」  
後に続く筈の台詞を横取りされた辰巳は、少しむっとした表情でカップ酒を干した。  
「わりぃわりぃ、そー怒んなって。ほらほらもう一杯」  
「……怒ってなんかねぇよ」  
赤い提灯をぶら下げた小さなおでんの屋台。隣の席の天然パーマは、にやにやと笑って辰巳に酒を奨めている。  
彼女は黙ってそれを受け取った。  
 
かぶき町の放火魔事件以来、辰巳と銀時はこうして時々呑みに行く。  
火消しの仕事が仕事だけになかなか遊びにも出掛けられず、  
男所帯に育ってきた彼女にとって、仕事仲間以外で呑む相手など銀時くらいしか居なかった。  
それに、不思議とこの男の隣が心地よいのも事実だった。  
 
「なぁ辰巳ちゃんよォ、どうなのよそこら辺?  
オメー黙ってりゃ可愛いんだからよォ、かっくいい彼氏とかいねぇの?  
ねぇ〜ン、ちょっとだけでもパー子に教えてェン」  
 その不思議と心地よい男は、今や只の酔っ払いオヤジに華麗に変身していたが。  
「だぁぁぁぁっ、酒くせェ!オメー糖尿持ちじゃなかったのかよ!  
くっつくな!シナを作るな気持ち悪ィ!明らかに呑みすぎだぞオイ!」  
辰巳はひとしきりツッコミを入れた後、ふと真顔になった。  
「…………まあ、確かにな、その……たまーにだけど、普通……の、女の子?……みてーなのに、憧れ……たり、とか」  
ああ、駄目だ。  
こんな事を口に出してしまうなんて、きっと自分も相当酔っているーーーー  
 
「するのか?」  
「……しないこともないこともないこともない気が」  
「どっちだよ」  
辰巳は軽く笑って、安い酒を口にした。  
広がる味は、眩暈を覚えそうな程、甘い。  
 
そう、自分にだって人並みに「女の子」に対する憧れくらいある。  
鮮やかな模様のかんざしや帯。友達との他愛のないお喋りとか、腕を組んで歩く相手とか。  
やはりそういうものには時々どうしようもなく惹かれるし、羨ましくもある。  
「けど、柄じゃねェんだよなァ……似合わねーんだ」  
へらへら笑っていた銀時が真顔になっている事にも気付かず、辰巳は続けた。  
どういう訳か知らないが、火付け騒ぎの少し前くらいだったか。め組の親方が女物の着物を一揃い、何も言わずに寄越した事があった。  
今思えば、あれは自分に女である事を気付かせようとしていたのだろうか。  
けれど四苦八苦しながら着付けたそれは、あまりにも自分に似合わなかった。  
古ぼけた鏡に映る自分の姿はひどく滑稽で、なんだか自分にまで笑われている気がして。無性に、着物に申し訳なかった。  
以来、それはタンスの奥に仕舞いこんだままでいる。  
「まぁ、火消しやってりゃそんなモン着てる暇ねェし、別にいいだろ」  
それに、火事で死んだらお洒落も何もありはしない。  
そんな奴を一人でも減らせるのなら。  
「俺の性別ぐらい、幾らだって捨ててやるさ」  
 
そう笑ってまた酒をあおる辰巳を、銀時はいきなり抱き上げた。  
驚いて手足をばたつかせようとしても、思ったより酒が回っているのかうまく動かない。  
「お客さん、お勘定は?」  
「真撰組の土方にツケといてくれ」  
 あいよー、という屋台のおっちゃんの返事を尻目に、銀時はそのまま辰巳を器用におんぶして歩きだした。  
「ちょっ、おま……何すんだよいきなり」  
「うるせーな。どうせ足腰立たねぇだろ?それに、  
銀さん、ちょっと火がついちゃってなァ。」  
 
銀時の返事すら遠くから聞こえる気がする。確かに、もう普通には歩けない程酔ってしまっていた。  
諦めて火照った頬を預けた背中が予想したより広いことに、辰巳はふと気付いた。  
 
銀時に背負われて連れられてきたのは、当然のようにラブホテルだった。  
 
別に辰巳にとっては珍しくも何ともない建物である。かぶき町で怒る火災の、一割以上はこの場所だ。  
この間も、確か真撰組のお偉いさんだか誰だかがたまたまその現場で巻き込まれて、  
全裸のまま、眼鏡をかけた彼女らしき女と他の男に置き去りにされた女を両手に担いで、  
ついでに刀とマヨネーズをくわえて崩れ落ちるホテルから脱出してきた、なんて事があったっけ。  
「確かその後、バズーカ持ってやってきた部下に写真撮られて泣きそうになってたな……」  
「あ?何か言ったか?」  
いや何も、と返事をしてから、初めてそこがベッドの上だと気付く。銀時の顔がやけに近くにあって、息がかかりそうだ。  
これから何が起こるのか。そんなの、とっくに知っているーーーーーーーー  
 
「好きだ、辰巳」  
……語彙が貧弱なんだよ、天パ。  
答えの代わりに、辰巳は目を閉じた。  
 
いつのまにか、服が殆ど脱がされてしまっている。「……ちょ、ストップ!無理無理!脱がすなよオイ!」  
「何で」  
「……いや、その」  
筋肉ついてるし、と辰巳はごにょごにょと呟く。  
同年代の娘と違い、自分の腕は正直かなり鍛えてある。消えない傷や火傷も、ちょっとやそっとでは片付けられない量がついている。  
だから、見ても楽しくないんじゃないかーーーーそう辰巳が俯いたまま言うと、銀時は頭を撫でて言った。  
「お前、本ッ当可愛いな」  
無理なんかじゃねーよ、全然OKむしろバッチ来い。  
そんな事を囁かれながらぼんやりと天井を見つめているうちに、辰巳は一糸まとわぬ姿にされていた。  
「……ぅ、う、く……は、……っ、やだ……」  
銀時の手が身体の上を這い回り、酔いで火照った身体がさらに熱くなる。  
敏感な場所を撫でられるたびに汗ばんでいく肌。銀時の愛撫はあくまで優しく、  
なんだかとろけてしまいそうな気さえする。  
「……ぅ、あぁっ!?」  
ちゅくちゅくと音を立てて、誰も触れたことのないその場所が掻き回される。  
「う、く……や、厭だ、っ、銀、時ッ……そこ、は、あぁっ……」  
恥ずかしさと初めての快感に耐えかねて懇願しても、銀時は許してくれなかった。  
「ひ、や、やだぁぁッ!?」  
足先をぴんと伸ばして辰巳が何度目かの絶頂を迎えると、銀時は漸く入れたままの指を抜いた。  
何故だろう、自分で抜いてくれと言った筈なのに、なんだか名残惜しい気がする。  
 
そんな辰巳の思考は、唐突に侵入してきた銀時自身によって遮られた。  
「…………って、痛でででででで!え!?ちょ、ギブ!ギブキブ!」  
想像していた以上の痛みに、辰巳は思わず場にそぐわない悲鳴をあげる。  
「う……ち、ちょっくら我慢してくれ辰巳……  
銀さんとしてもここでギブする訳にはいかねーんだよ。男として」  
「ん……ッ、うぅ、は……ぐ、ぅ」  
銀時にそう言われて、辰巳は懸命に歯を食い縛って痛みに耐える。  
何の経験もない辰巳に、銀時は本当に優しく触れてくれたのだ。だからせめて、自分の中で感じてもらいたかった。  
「俺……っ、は、大丈夫だから……動け、銀時っ……」  
「いや、でもお前」  
「いいからっ……!好きに、して、くれっ……」  
「…………わかった」  
涙を浮かべながらもそう言われて耐えられる筈がなく、銀時はゆっくりと動き始めた。  
熱い銀時の分身が辰巳の内部を解してゆく。  
「ふ……あ、あぁっ……いや、銀時ぃ……」  
がくがくと揺さ振られ、辰巳の口から嬌声が漏れる。こんな、甘えたような声が自分のものだなんて。  
「あ、は、はぁ……っ、銀、きもち、ぃ」  
「辰巳……っ」  
恥ずかしい台詞もするすると出てくるのが信じられない。指を絡めて貪りあう、その掌は自分のそれよりずっと大きい。  
普段は何処を見ているのか解らない目は、真直ぐに辰巳を見つめている。  
「あ……や、やだぁぁ、もう、だめぇ……ッ、あ、銀時、銀時ぃぃっ……!!!」  
「う……、く、はっ、辰巳ッ……!」  
身体の奥から燃え尽きてしまいそうな程、銀時の飛沫は熱かった。  
 
 
 
「なぁ辰巳、性別捨てたとかもう言うなよ?」  
「……何でだよ」  
銀時の腕の中、真っ赤になった顔を見られないように汗をかいた胸に顔を埋めて、辰巳は拗ねたように尋ねる。  
「だーもう、わかんねぇかなオイ……その、何だ  
…………お前が女の子辞めると困るヤローがここにいんだよ」  
あーもう、言わすなよこんな事と呻く男を見上げて、辰巳はその頬をいきなりがしっと掴む。  
そしてそのまま頭突きを食らわした。  
「ひでぶっ!?」  
どこかで聞いたような悲鳴をあげる銀時の唇に、辰巳はどさくさにまぎれて触れるだけの口付けをした。  
「ありがとよ、銀時」  
 
ーーーー次に会う時は、あの着物を着てこよう。  
さっきのたまらなく愛しい間抜け面を思い描いて、火消し小町は微笑んだ。  
 
 
 
 
 
幕。  
 
 

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