北斗心軒の二階、6畳敷の小さな和室で幾松は何度めかの溜め息をついた。
「だから、さっきから言ってるけど此処で寝ればいいでしょうに」
「だから、さっきから申しているように男女が同じ部屋で眠ると言う訳にはいかんだろうに」
隣家の屋根の上を歩いていた怪しい長髪――桂と名乗ったその男と幾松は衝立一枚を隔てて討論を続けていた。
「ウチは狭いんだよ!悪かったねぇ!この部屋以外フトン敷ける部屋がなくて!!我慢して寝とくれよ!」
「布団等なくても構わぬ。俺は厨房で寝る」
成り行き上、幾松は桂を住み込みで働かせることになってしまったのだが、その寝室をめぐって二人の意見が割れていた。
衝立を立てて同じ部屋で眠ればいいという幾松と、婦人と同じ部屋では眠れないという桂の意見は深夜になっても平行線を辿っていた。
この桂という男、いまいち素性は解らぬが律儀というか、生真面目というか、古風な性質らしい。
幾松はいい加減面倒臭くなっていた。明日も仕込みがあって早いのだし、いい加減眠りたい。
こんな男は放っておいて先に眠ってしまえばいいのだろうが、本当にこの真冬に布団も暖房も無しで寝かねないこの男のことが幾松は何故か放っておけない。
「風邪でも引かれたらそっちのほうが迷惑だって言ってんだよ!衝立越えてこなきゃ、あたしは気にしないっていってんだろ!
それとも何か?逆に襲われそうってか?私に襲われそうってか?」
眠気と頑なな桂の態度に苛々して幾松が衝立を退けると、幾松が敷いた布団の上に律儀に正座した桂がいた。
「…そうは言っていない。…俺が幾松殿に対して間違いを犯しそうで…怖いのだ」
予想外に真剣な瞳で見つめられて幾松は戸惑った。
「ま…間違いって何よ」
「それは硬く勃起させた俺の男根を幾松殿の女陰に無理やり挿入させてチョメチョ…」
「わかったから言うなァァァ!!そこまで具体的に言われんでもわかるわァァァ!!」
大体、素面で男根とか女陰とかいう奴初めて見たわ!!と顔を真っ赤にして突っ込む幾松に、何だと訊かれたので説明したまでだと桂が返す。
(本当にヘンな奴拾っちゃったよ…)
凄く疲れている筈なのに幾松は自分の口元が綻んでいることに気づいた。
大吾が死んでから一人で北斗心軒を支えてきた。大吾が死んでから一人で夜を過ごし、一人で朝を迎えてきた。
いつも一人で寝起きしていた部屋に今は人の温かさがある。例えそれが素性の知れない男でも。少々変人であったとしても。
男の体温の分、部屋は暖かかった。
桂には亡くなった大吾の寝巻きを貸してやっていた。桂には少し小さいその寝巻きを幾松は見詰めた。
大吾が寝ていた布団の上に大吾の寝巻きを着た男がいる。大吾以外は許せる筈の無いその光景も、桂だとなぜか許せてしまう自分が不思議でしょうがない。
(眠さと疲れのせいだ、きっと…)
「……間違ってもいいから此処で寝なよ…」
思わずついて出た自らの言葉も、疲れのせいだと幾松は思うことにした。
「…幾松殿…それは…」
桂は眼を見開いて、幾松を見詰める。
「それは幾松殿の女陰の中に俺の男根を入れたり出したりしてもよいと…」
「いちいち訊くなァァァ!!」
そんなに大声を出しては近所迷惑になるぞ、と桂が後ろから幾松を抱きしめる。
急に男の熱い息が首にかかって幾松の体がびくっと震える。
自分から言い出したとは言え、夫が死んでから誰にも体を触れさせていない幾松は動揺を隠せない。
「幾松殿…唇を…吸ってもよいか」
「だから…いちいち訊くなって…」
桂の手が幾松の顎を捉え上を向かせると、幾松は大人しく瞳を閉じた。
暖かい唇が触れ合う感覚の後、軽く開いた幾松の唇の間に桂の舌が割り込んできたのが分かった。
熱く滑る舌が幾松の舌を求めて絡み合い、歯列をなぞる。唾液が混ざり合ってくちゅくちゅと音を立てる。
息苦しさと恍惚に頬を上気させた幾松が桂から伝わる唾液を飲み干してこくん、と喉を上下させると漸く桂は唇を離した。
その間にも桂の右手は休むことなく幾松の寝巻きの裾を割って入り、膝から尻にかけて愛しそうに撫でさする。
「アンタ…ッ若いくせにやーらし……オヤジみたい」
「オヤジじゃない、桂だ。」
桂は構わず布団の上に幾松を優しく押し倒すと、幾松の寝巻きの帯を解きにかかった。
同時に幾松の肩に顔を埋めるとブラの肩紐を噛んで唇で脱がせていく。
半分だけ脱がされ、着乱されたのがかえっていやらしい。
男の指が自分の肌の上を滑る度に幾松は慌てた。
自分がご無沙汰のせいなのか、この男が上手いせいなのかほんの少し愛撫されただけで頭の芯が解けてしまいそうだった。
このままでは見っともない位に乱れてしまいそうだ。
大吾とだってこんなにならなかったのに。
まだ触れられてもいない自分の蜜壷から熱い液体が溢れてくるのが恥ずかしくて、ごまかす為に幾松は話しかけた。
「エロい!! アンタ生真面目そうに見えて物凄くエロいね!?」
「何がエロいのだ。これからもっとエロい行為をしようというのに。」
だが、これは逆効果でかえって桂の愛撫をエスカレートさせてしまう。
桂の唇が幾松の肌に噛み付き、着物から半分だけこぼれた乳房を強く吸い上げる。白い胸元に赤い印が舞い、快感で立ち上がった乳首は桂の唾液によってぬらぬらと光った。
幾松はびくんびくんと体を震わせ、息を押し殺してそれに耐えた。
貧乏長屋で隣に丸聞こえ、というのもあるが、やはり昨日今日会った男に簡単にイかされてしまうのが悔しい。
喘ぎをかみ殺して、時おり切なそうに漏れるだけの幾松の溜め息はかえって桂を興奮させているのだが、幾松はそれに気づかない。
「あ…っ!!」
そんな幾松が小さく悲鳴をあげた。
どろどろに蜜の溢れる場所にショーツの隙間から侵入してきた桂の指がぬぷっと第二関節までつきささったからだ。
「幾松殿…俺はこの中に早く入りたいのだが…いいか?」
二本、三本と指を増やしながらかき回される。
「だから…っいいって……何度も言わさないでよ…っばかっ」
馬鹿じゃない、桂だ、といって男は指を引き抜くと幾松の片足を高く抱えた。
下着はつけたままだったが、びっしょりと濡れた布地は透けてぴったりと張り付き、幾松の女陰の形を浮かびあがらせていた。
「や…っやめ…」
恥ずかしさに思わず抗議すると、桂は本当にそのままの姿勢で止まってしまう。
「やはり…駄目か」
「〜〜〜!!!もうっこのままじゃあたしがつらいでしょうが!!」
「では、どうすればいいのだ」
言って貰わねば分からぬ。と桂は至極真面目な表情で訊ねた。
「〜っ!!……あたしのヴァギナの中に…アンタのペニスを…入れたり出したり…して」
真っ赤になって幾松がそう言うと。
日本人なのに素面でヴァギナとかペニスとか言う奴を初めて見たぞ、と桂がにやりと笑った。
(コイツー!!!わざと言わせやがったー!!!)
幾松が怒りの余り涙を滲ませて二の句を告げずにいると、桂はそんな幾松を見つめたまま、硬く膨張した自身を幾松の下着の隙間から割りいれた。
布地が引っ張られて肉に食い込む。窮屈な拘束感が興奮を高める。
更に幾松の膣内に桂の昂ぶりが収められていくと、苦しさと快感の波がピークに達して、幾松の唇からは甘い溜め息が知らずに溢れてきてしまう。
反り返る硬い棒は幾松の中にある襞を捲り上げ、奥へと進む。
根元までゆっくりと時間をかけて沈められたそれは、幾松の奥に届き、彼女の理性を焼き切ろうとする。
「幾松殿の肌は冷たいのに、この中は物凄く熱いな」
真っ直ぐに幾松の瞳を覗き込みながら桂が言う。
幾松の襞の動きが彼に快感を与えるのか、心持ち呼吸が荒い。
桂の瞳に射抜かれると何故か呼吸が苦しくなって幾松はすぐに目を逸らしてしまう。
「動くぞ」
桂がゆっくりと前後に腰を動かし始めた。
ず…ずず…ずりゅぅ…
もどかしい腰の動きに幾松が桂の腕を強く掴む。
(アタマ、おかしくなる!)
桂のねちっこい責めに体が自分のものではなくなるような感覚に陥る。
淫靡な感情が体を支配してどんどん自分が堕とされていくような錯覚を覚える。
「っはぁぁぁぅ…っ、んっふぁっい、やだぁ…っ」
高く擦れた幾松の悲鳴を聞いて、また桂の動きが止まる。
幾松は「それぐらい訊かなくてもわかるでしょうが!!」と心の中で突っ込んだが、この朴念仁に女心を説いてもわかるまい。大人しく諦めて、素直に言った。
「い…やじゃない…から…もっと、かきまわして…」
桂は自分を見つめる幾松の目を真っ直ぐ見つめ返して、彼女の両腿を抱えなおす。
「もっと…?こうか?」
幾松を見つめたまま腰の動きを激しくする。
「ん…ッふぃ…っあふ…っ」
障子の中で濡れた吐息を漏らす男女の影が妖しく揺れていた。
真冬だと言うのにお互いの肌の上には珠の汗が浮かんでいる。
「幾松殿…どうなのか…言ってくれ…」
言ってもらわねば本当にわからぬのだ、と心底困った顔で桂が続ける。
その間、ずっと、幾松から瞳を逸らさずに。
幾松は体の中を行き来する桂の形を感じながら、その瞳を見つめ返した。
瞳が交わると、やはり胸が苦しい。
(あぁ…何でこんなに苦しい気持ちになるのか、分かったわ)
大吾を思い出すのだ。
大吾は無口な性質で、ラーメン屋の夢を語る時以外は言葉数も少なかった。
幾松には今は亡きこの亭主に口説かれた記憶が結婚前にも後にもほとんど無い。
ただ、夜寝所を共にする時、幾松を抱く時は決まって真っ直ぐに幾松の目を見て抱いていた。
大吾とは似ても似つかないこの男が、大吾と同じ目をして自分を見つめるので、それが幾松にはつらい。
新たに自分が愛してしまいそうな男が、自分が最も愛していた男を思い出させるのは、つらい。
幾松の瞳から涙が零れた。瞳は桂と交えたままだった。
「い…痛かったか?…よくなかっただろうか?」
桂が心配そうに訊ねる。律儀にいちいち訊かずとも…、と、幾松はおかしくなる。
「いいよ…いいから…もっと、強く抱いて…もっと…激しく…して…っ」
幾松の瞳からは涙が幾重にも流れた。ただ、涙でぼやけても今度は桂から目をそらさなかった。彼が幾松から目をそらそうとしなかったので。
「あぁ…っ幾松殿っ…はぁ…っ」
桂の呼吸がだんだんと荒いものになり、それにあわせて腰の動きが激しさを増す。
幾松の膣内も限界まで桂を引き絞った。
「いいよっ中に出して…っ熱いのたくさん…ちょうだい…っ」
桂の髪の中に両手の指をかきいれて、耳元で幾松が艶っぽい声を出すので、桂はその声に逆らうことができなかった。
障子に映った二つの影は体を大きく痙攣させ、同時に果てた。
桂は自分を見つめる幾松の目を真っ直ぐ見つめ返して、彼女の両腿を抱えなおす。
「もっと…?こうか?」
幾松を見つめたまま腰の動きを激しくする。
「ん…ッふぃ…っあふ…っ」
障子の中で濡れた吐息を漏らす男女の影が妖しく揺れていた。
真冬だと言うのにお互いの肌の上には珠の汗が浮かんでいる。
「幾松殿…どうなのか…言ってくれ…」
言ってもらわねば本当にわからぬのだ、と心底困った顔で桂が続ける。
その間、ずっと、幾松から瞳を逸らさずに。
幾松は体の中を行き来する桂の形を感じながら、その瞳を見つめ返した。
瞳が交わると、やはり胸が苦しい。
(あぁ…何でこんなに苦しい気持ちになるのか、分かったわ)
大吾を思い出すのだ。
大吾は無口な性質で、ラーメン屋の夢を語る時以外は言葉数も少なかった。
幾松には今は亡きこの亭主に口説かれた記憶が結婚前にも後にもほとんど無い。
ただ、夜寝所を共にする時、幾松を抱く時は決まって真っ直ぐに幾松の目を見て抱いていた。
大吾とは似ても似つかないこの男が、大吾と同じ目をして自分を見つめるので、それが幾松にはつらい。
新たに自分が愛してしまいそうな男が、自分が最も愛していた男を思い出させるのは、つらい。
幾松の瞳から涙が零れた。瞳は桂と交えたままだった。
「い…痛かったか?…よくなかっただろうか?」
桂が心配そうに訊ねる。律儀にいちいち訊かずとも…、と、幾松はおかしくなる。
「いいよ…いいから…もっと、強く抱いて…もっと…激しく…して…っ」
幾松の瞳からは涙が幾重にも流れた。ただ、涙でぼやけても今度は桂から目をそらさなかった。彼が幾松から目をそらそうとしなかったので。
「あぁ…っ幾松殿っ…はぁ…っ」
桂の呼吸がだんだんと荒いものになり、それにあわせて腰の動きが激しさを増す。
幾松の膣内も限界まで桂を引き絞った。
「いいよっ中に出して…っ熱いのたくさん…ちょうだい…っ」
桂の髪の中に両手の指をかきいれて、耳元で幾松が艶っぽい声を出すので、桂はその声に逆らうことができなかった。
障子に映った二つの影は体を大きく痙攣させ、同時に果てた。
「アンタが寝かさないから、結局一睡もできなかったじゃないか」
翌朝、桂が目を覚ますと幾松は既に厨房で仕込みをしていた。
布団に残った情交の跡をみても、いまいち実感が湧かなかった桂はこの幾松の第一声を聞いて漸く昨夜のことが夢ではなかったのだと実感した。
昨夜、自分の腕の中で涙を流して抱かれていたこの女を心底美しいと桂は思った。
ただ、その涙の理由は自分にはわからないのだけれども。
(言ってもらわねば分からぬ…か)
何故か、桂はその理由を尋ねることができなかった。訊いてはいけないような気がしたからだ。
今見る幾松は昨夜の涙など微塵も感じさせない。テキパキと仕事をこなしている。
今、朝の光で見る幾松も明るく力に溢れ、美しい。
ただ、昨夜見た儚い幻のように美しい幾松がその影に隠されているのを自分はしってしまった。
自分は攘夷志士でお尋ね者の身、彼女を幸せにすることはかなわぬが、全身で彼女のこの笑顔を守りたいと思った。
眠たくて商売上がったりだよ、と洩らす幾松に桂は寄り添った。
「かわりに出来ることは俺がやろう」
<了>