アホ親父の葬儀が済んで、親戚やら弟子やら仲間やらが帰って、で、何故だかコイツと俺だけが残った。  
空には月が昇っている。縁側で、酒を酌み交わす。  
元同僚とは言え、今じゃお互いフリーの同業者。命のやり取りしたっておかしくない間柄なんだが。  
まぁ、コイツも親父の弟子の一人だし、今日位は思い出を肴に一緒に飲むのも親父への弔いになるかと。  
横に座る青い髪に目をやる。コイツとの付き合いもいい加減長い。コイツが親父に弟子入りしてからの付き合いだから、結構な年月だ。  
長い人生においてはちッぽけな時間だろうが、お互い生死を共にして生きていたのだし。それに俺たちには長い人生なんて無いと教わっていたのだし。  
いつでも戦場で死ねるように。いつでもお上の為に死ねるように。  
それがあのアホ親父はのんきに畳の上で死にくさって。  
(ま…幸せ者ってことだよな…)  
弟子や仲間に看取られて。最後までガキみたいだった親父。  
「……だが俺のジャンプを売り飛ばしたことだけは許せねエェェェ!!」  
「アンタまだ言ってんの?」  
横で青い髪を揺らす女――俺の元同僚、猿飛あやめ・通称さっちゃんは呆れた顔で俺を見た。  
 
「だって、お前アレは何年前から集めた代モンだと思ってんだ、中にはものすごいプレミア物がだなぁ…ッ」  
あーあーはいはい、とつれなく相槌を打って杯を煽るさっちゃん。  
そこで初めて俺はさっちゃんが一升瓶を一人で空けている事に気づいた。  
「おま…飲みすぎじゃねえか?」  
あんまり強くなかっただろうが、と新しく開けようとする酒瓶を取り上げる。  
「いいじゃないのよぅ、返して!」  
良く見れば目の周りが赤い。軽く出来上がっている。  
俺が心配する話じゃないが、この女は殺し屋としての自覚があるのだろうか?  
敵にも成り得る男の家で夜中二人きりでしかも酔っ払って。  
親父の死に対するショックで…て、柄でもないし。  
(あぁ…また、アレか。)  
思い至ってため息をつく。  
「お前また男にふられたんだろ」  
コイツは昔から男に振られるとすぐ自棄を起こす性質で。  
俺なんかはそれに巻き込まれたことも一度や二度ではなかった。  
「またって何よ!まだ振られてないわよ!!」  
素早く飛び退るとクナイを投げてくる。  
まあ、こんな酔っ払い女の攻撃余裕でかわせるけどな。  
「まだって何よ!!振られる予定なんてないわ!!」  
ガスッ!!!  
……まぁ、こんな酔っ払い女のクナイ当たっても余裕だけどな。  
「…ってイッテエェェ!!!まだってお前自分で言ったんだろ!!」  
俺は涙目で額にささったクナイを引き抜く。  
…あー、毒塗られてなくて良かったよ、コレ。俺も酔ってんのかコレ。  
 
顔中血まみれの俺にさっちゃんが頭を下げる。  
「…ごめんなさい。つい取り乱しちゃったわ。」  
お詫びに手当てさせて、と言ってさっちゃんは俺の口に膏薬を塗りこもうとする。  
「がぺぺぺっ…そこ傷じゃないから!!薬草苦い薬草臭い!  
コレ飲み薬じゃなくて塗り薬だろうが!!」  
いいからお前は眼鏡をかけろ!!と無理やり落ちた眼鏡を拾ってかけさせようとしたら。  
「………泣いてんのか。」  
さっちゃんの柔らかい頬には幾筋も涙の道が出来ていた。  
(何だよ…振られそうなのは図星かい…)  
「全くお前は成長しねえなぁ」  
「うるさいわね」  
涙を拭いて眼鏡をかけ直すさっちゃんに、あの銀髪か、と問いかける。  
「アンタには関係ないわ」  
涙を胡麻化す様に横を向く。  
(あぁもう‥隙だらけじゃねぇか)  
その姿に昔の面影がよぎる。弟子入りしたての頃、今より髪も短くて、ほんとにまだ小娘で。  
技の覚えは悪くないのに後一歩で詰めが甘い。一見クールに見えて、実はドン臭くて要領悪くて‥。  
(本当は隠密にも殺し屋にも向いてる女じゃねぇんだよな‥)  
あの頃も振ったの振られたのでなんだか騒いでいたような…。  
 
「‥お前は男運ねぇからなァ」  
呟く俺の頭をガッと掴んで、黙らないと傷口拡げるけどイイ?と聞くさっちゃん。  
「‥‥…ごめんなさい。」  
俺が大人しく謝るとさっちゃんは包帯を巻いて手当てしてくれた。  
「分かってるわよ‥自分に男運無いことくらい」  
ぽつりと呟く。だが次の瞬間にはその瞳がキラリと光る。  
「でもイイ事思いついたの!」  
‥俺はものすごく嫌な予感がするけど何?  
「マゾになっちゃえばいいのよ!そしたら相手にどんなに冷たくされても平気よ!!」  
‥お前は馬鹿ですか?  
喉まででかかるツッコミを飲み込む。俺が咄嗟に判断を下したその訳は。  
「‥そうでも思わないとさあ‥」  
見込みなさすぎてつらいんだもん、とうつむくその顔がまた泣きそうだったからで。  
(‥そんなん、全然マゾになってねぇじゃん‥)  
俺は呆れて物も言えない。  
さっちゃんは手当てが終わった後も包帯を握り締めたままうつむいて続ける。  
「もう、とことん相手に嫌われる迄つきまとって、ウザがられてキモがられんの。  
そしたら、忘れられないでしょ?」  
何とも思われないより嫌われた方が百倍マシよ、と笑うさっちゃんの顔はどうみても幸せそうには見えなくて。  
(もう、なんつーか‥ホンット要領悪いっつーか‥本末転倒っつーか…)  
技の覚えと一緒でどっかが抜けている。  
隠密としては致命傷で、仲間としたら真っ先に切った方がいい落ち零れ。の筈なのだが。  
(俺は不思議とコイツの面倒みちゃうんだよなァ‥)  
それはうちの親父もそうだったのだが。  
 
「お前さぁ、今晩うち泊まってけよ。」  
と、意識せず口をついて出た自分の言葉に俺はうろたえた。  
「ホ、ホラ、お前は親父のお気に入りだったからさ、供養のつもりでさ。」  
慌てて付け加えるけれども不自然だったろうか。  
きょとん、とするさっちゃんにミョーにうろたえる俺。  
「‥‥いいけど、」  
(いいけど、何?けど、何?ていうかこの間は何?)  
何でか緊張する俺に、  
「お風呂貸してねー、汗かいちゃったから」  
と続けてさっちゃんは風呂場へ歩いていった。  
(‥‥‥‥ていうか何動揺してんだ俺!!)  
あんなのよくうちに出入りしてたし、お庭番衆時代通して寝食共にしてたのに。  
(やっぱり俺も酔ってんのか‥)  
今夜は飲み過ぎた。あんまり馬鹿やってると阿保親父が化けて出て来るかもしれんし。  
(‥早めに寝よ‥なんだか、疲れた‥)  
浅いとは言え、傷を負ったので湯には漬かれないし、さっちゃんが出た後で軽く水を被ってから寝ようと待っていたのだが。  
(‥一向に風呂場から出て来ないのは何故だ…)  
心配になって脱衣所の前で声をかける。  
「‥おい」  
返事が無い。明かりもついていない。‥‥気付かないうちに帰ったとか?  
「おーい?返事しないと入るぞー?」  
カラリ。  
浴室の戸を開けるが誰もいない…と、思ったが。  
「うおっっ!!すまん!!!」  
俺の足元に突っ伏して蹲る白い女の背中が見えた。…いや、思いっきり白くて丸い尻も見ちゃったけど。  
明りを消した浴室の中は月の光だけで、白いさっちゃんの裸体は妙に艶かしく見えた。  
慌てて目を逸らして出て行こうとしたが、様子がおかしい。  
 
「…おい…大丈夫か!?」  
あんなに飲むから、と抱き起こしたら。  
ぎゅうぅぅっと反対に抱きつかれて固まる俺。  
さっちゃんのシャワーで濡れた体から水が滴って俺の服を濡らす。  
(…てか、全裸で生乳を!ぎゅうぎゅうに!押し付けられてるんですけど!!)  
いや、落ち着け、俺。童貞じゃあるまいし。しかも相手はさっちゃんだし。…にしても、乳でけぇなコイツ。  
ちょっと忍者としても有り得ない位うろたえる俺の首にさっちゃんがしがみつく。  
その肩が微妙に震えているのに俺は気づいた。  
「……っく、ぅく……っ」  
さっちゃんは酔い潰れていた訳ではなく、風呂場で気配を殺して、声を殺して…泣いていた。  
「……そんなに見込みないのか。あの銀モジャは。」  
「…わかんない…わかんないから…しんどいよぅ…」  
さっちゃんは俺の肩に顔を埋めて泣き続けた。  
…コイツは選ぶ男も最悪ならアプローチの仕方もぶっ飛んでるからなぁ…。  
(普通にしてればイイ女なんだけどけどな。)  
必要ない所で必要のない失敗をして…ほんとに不器用で。…見ていられなくなる。  
(なんだ俺…コイツに惚れてんのか)  
簡単な事に今更気づく。  
(…コイツ以上に俺の方が見込みはなさそうだがな…)  
さっちゃんの細い腰に腕を回して引き寄せる。強く、強く抱き締める。  
(俺には泣きたい時に胸貸してやるぐらいしかねぇのかもな…)  
さっちゃんからはボディーソープとは別の甘い匂いがした。この香をずっと嗅いでいたい。この体をずっと抱いていたい。  
でもコイツの心はあのむかつく銀モジャにあるのだろう。…ほんとにムカつく話だが。  
さっちゃんは少し落ち着いたのか俺に抱きつく力を弱めた。俺も腕の力を解いてバスタオルを彼女の肩にかける。  
「…とにかく、お前は飲みすぎだ。もう寝ろ」  
言って風呂場から出ようと踵を返すと。  
「待って…」  
今度は後ろから抱きしめられた。  
(…む…胸が背中に…)  
さっちゃんの立ち上がった乳首の感触まで伝わってきて、俺の体はまるで彼女が触れた部分だけに神経があるかのようだった。  
ていうか、これ以上の接触はいい加減半立ちから本気起ちになっちまうんですが。  
ていうか、なんかもう先走りで濡れ濡れなんですが。一人カウパー祭りを開催してしまいそうなんですが。  
さっちゃんのしなやかな腕が俺の腰に巻き付いて、身動きを封じる。こんな女の力振りほどけない訳がないのに俺は動けなかった。  
 
「抱いて…」  
続くさっちゃんの言葉に俺は耳を疑った。  
さっちゃんの細く長い指が俺の服の中に滑り込む。  
胸板を弄ったそれは濡れて張り付いた俺の服を脱がせ、そのまま下肢へと滑り落ちてゆく。  
固くなりはじめた俺自身に絡みついた指が優しく俺を扱き上げる。  
何?何事!?…て、言うか!  
(なんでこんなに…うまいんだよっ)  
自然と荒くなる呼吸の合間に、さっちゃんのくす…、と笑う声が聞こえた。  
(何考えてんだよコイツー!!俺をおちょくってんのか!?)  
さっきまで泣いてた女とは思えない。俺は後ろにぴったりと抱きつかれたままなのでコイツの顔が見えない。  
絶妙な指使いに意識が飛びそうになる。俺はすっかり限界まで膨れ上がり、熱を放射したくて堪らなかった。  
(あ…あと少しで…イク…!)  
と、思ったのに。  
急に手を離されて俺はちょっと泣きそうになった。  
その上。いつの間にか俺の両手の親指同士は細い糸できつく一つに括り付けられていて。  
ほ…解けません。…え!?何コレ!?  
ピン、とその糸が引っ張られて俺は万歳をした格好になる。しかも、チンコおったてたまま。  
ああ、どっちが一体隙だらけだったというのだろう。抜けているのはどっちだ。殺し屋に向いてないのはどっちだ。  
腐っても相手は同業者だぞ。俺の馬鹿。馬鹿馬鹿ばか。  
相手が全裸の女で悪酔いしていると侮った結果、俺は浴室で身包み剥がされて両手を吊り上げられてしまった。  
 
「イキたい?」  
さっちゃんが身動きの取れない俺の前に回りこんで下から見上げる。  
イキたかったら私を慰めなさい、と赤い眼鏡の奥の瞳が妖しく笑う。コレでね、と俺の抜き身を弾く。  
均整のとれた長い手脚に張りのある美しい肌、思わず捏ね回したくなるボリュームのある胸、後ろから掴んでぶち込みたくなるような尻。言われなくても抱きたくなる体を惜しげもなく晒してさっちゃんが俺に・・命令する。  
「…お前マゾになったんじゃ、なかったの」  
好きな人にだけよ、と返されてまた泣きたくなる。今俺好きじゃないって宣告されてしまいましたァ!  
「…お前みたいな小娘に、誰が…」  
ズタ襤褸のプライドを守って精一杯強がる。チンコ限界に近いけど。燃え上がる俺の何かが迸り出そうだけど。  
「そんな事言ってられるのも今のうちよ」  
そう言うとさっちゃんは自分の豊満な胸にボディーソープを垂らし始めた。  
てらてらとボディーソープでぬめる両の胸を自分でもみしだいて泡立てる。  
そのまま俺の股間の間に跪くと屹立する俺の肉茎をその両胸で挟みこんだ。  
「う…ぁ…っ」  
冷たいソープのぬめりと柔らかい乳房の圧迫が俺をさらに追い込む。  
さっちゃんは俺を挟みこんだまま、さらに彼女の胸の谷間から顔を覗かせた俺の先端にキスをする。  
全裸に赤い眼鏡をかけた女の赤い唇が俺の先端に吸い付き、赤い舌を絡ませてその頬を赤く染める。  
青白い浴室でその赤は俺の理性を奪おうとする。  
そのまま淫らな巨乳で揉みしだかれ、鈴口を舌の先でちろちろと舐められて。  
(こ、今度こそ限界だ…!)  
と、思ったのに。  
またしても寸止めを喰らって俺は本当に涙目になる。  
ぜいぜいと肩で息をする俺にさっちゃんは告げた。  
「九の一は男に比べて力が劣る分、色んな技を覚えるのよ。」  
師匠に教わらなかった?と聞かれて只でさえクラクラしているのに俺は更なる眩暈を覚えた。  
(あんのクソ親父一体何教えてんだー!!!)  
親父への怒りとか、銀髪への怒りとか、親父への怒りを抑えて俺は自分の本心と違うことを尋ねた。  
「…俺じゃなくて、惚れた男とした方がイイんじゃねぇのか」  
「…好きな人にこんな事出来ないわ。」  
泣いてイイ?泣いてイイ?またしても好きじゃないって宣言されちまいましたァァ!負けるな俺!!  
 
前髪の下で涙決壊の俺にさっちゃんが続ける。  
「それにあたし…今まで好きになった人と結ばれた事なんかないもの。」  
仕事で寝ることならあったけどさ、と自分を蔑む様な声を出す。  
(そんな声だすなよ…。)  
「いいから抱いて慰めなさいよ。もう限界でしょ?」  
これって慰めるっていうより傷つける行為なんじゃねぇのか。  
(やっぱりマゾ…ていうか、やっぱり馬鹿だよこの女…)  
俺はやりきれなくて俯く。でも俺にできることは他になくて。  
「いいよ…好きにしろよ、」  
俺が俯いて擦れた声を出すと、  
「あたしがイってイイって言うまで出しちゃダメよ」  
白く柔らかい女の肌が俺を包んだ。  
立ったままの俺に抱きつくさっちゃんの肌は月光で青く光っているように見えた。  
水を弾いて光るその肌は吸い付くように俺の肌に絡む。  
水に濡れた青い髪は白い裸体に張り付き妖艶さを増す。  
何よりも眼鏡の奥で妖しく光る瞳に魅入られて俺は…。  
さっきまでの情けない気分を忘れて獣になった。  
両手の自由を奪われていなければめちゃくちゃにしていたかもしれない。  
首を出来るだけ伸ばしてさっちゃんの体に触れられるところすべてに唇を落とす。吸い付いて、舌を這わせて、歯を立てて。  
さっちゃんも応えるように俺の体をまさぐってキスをしていく。  
ただ、唇同士は触れさせて貰えなかったが。  
獣のように絡み合って浴室に荒い息遣いだけが響く。  
さっちゃんが自分の片足を持ち上げて俺に絡ませる。  
ゆっくりと、その腰を俺の猛りの上に沈めていく。  
さっちゃんの中は凄く熱くて優しく俺を締め付けては俺の体の芯に電流のような快感を流す。  
「あっ…はぁっ……全蔵の…すっごく…おっきぃ」  
苦しそうな喘ぎと共にさっちゃんの口の端から透明な雫が流れた。  
立ったまま根元までさっちゃんと繋がった状態で俺は躊躇わず腰を振り続けた。  
結合部分からはじゅぶじゅぶといやらしい音が漏れ、溢れる愛液が泡になってお互いの脚を伝った。  
さっちゃんは白い喉首を仰け反らせて、淫らに喘いだ。  
俺は彼女を壊してしまうのではないかと思うくらい突き上げ続けた。  
必死に俺の喉首にしがみつく彼女の腕や腰に絡みつく脚が時たま痙攣した。  
彼女が達していた事には膣内の具合からも気づいていたが、構わず貪り続けた。  
「ぜんぞ…っやめ…ッも…だめぇぇっっ」  
眼鏡がずり落ちて、上気した頬に涙が伝っても俺はやめなかった。  
考える隙を与えないように。思い出す隙を与えないように。  
 
同じ箇所を激しく擦り上げると、やがてさっちゃんの上体が大きく仰け反って、膣内が強く引き絞られた。  
「ッあああっっ!!!……ぎんさぁん…ッ!!!」  
彼女は絶頂に達するその瞬間、愛する男の名を呼んだ。  
(あーぁ…その名前は聞きたくなかったんだがなぁ…)  
俺はさっちゃんの中に白濁した汁を注ぎ込みながら、その声を聞いた。  
しばらくは体を繋げたまま、お互いの息が落ち着くまでそのままでいた。  
さっちゃんは快楽の波に飲まれたまま、意識が戻ってきてないといった体だ。  
俺はさっちゃんの頬を伝う涙を舐めとりながら、低く囁いた。  
「あやめ…愛してるぞ」  
唇を寄せるとさっちゃんは俺の舌に舌を絡めて応えてくれた。  
今の彼女には俺が銀時に見えているに違いなかった。  
(眼鏡が外れて、俺の姿は見えなくなってもアイツの姿は思い描けるって訳ね…)  
今度は泣かなかった。  
なんだか、コイツが幸せそうな顔してそのまま寝ちまうからさ。  
俺は身代わりでも、なんでも、こいつが泣かないでいてくれたらそれでいい、と思った。  
(忍びの恋は忍ぶ恋…てか。クソ面白くもねぇ。)  
自嘲気味に一人ごちてから俺ははたと気づいた。  
(あれ…!?俺縛られたまんまなんですけど…!?)  
「うおぉぉぉいぃ!!!起きろ!!テメ、俺を解いてから寝やがれ!!」  
「……すぴーすぴーすぴー」  
 
朝までこの間抜け九の一は目を覚まさず、俺は風邪を引いたのに、同じ全裸で風呂場にいたこの女は風邪を引かなかったという。  
(やっぱり馬鹿だ!!!!)  
 
<完>  
 
 

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