「眼鏡、返してくれないかしら」
後ろ手に縛られた女は、どこか焦点の合わない眼でぼんやりとこちらを見上げていた。
「こっちの質問に答えるってんなら、考えてやるよ」
土方はそう云いながら煙草に火を点ける。
「……煙草も、止めてほしいんだけど」
拘束されて畳に転がされ、それでも女は眉一つ動かさない。
擦り切れて変色した畳の上に、艶やかな蒼い髪が散っていた。
「なら、教えてくれるよなァ?何が目的だ、お姉さん」
土方は煙を吐き出しながら続ける。
「久しぶりだな、元・江戸城隠密お庭番衆、始末屋さっちゃん………
俺の事は覚えてるか?」
松平の横に立つ彼女となら、何度か会った事はある。
ひっそりと、しかし確実に任務をこなすと云うその女に、気付くと目が釘付けになっていた。
あの頃既に名を挙げていた真選組の副長である自分を、覚えていないはずがーーーー
「ごめん、どちら様ですか?」
「………………………」
この時ちょっと泣きそうになってしまった事は、土方だけの秘密だ。
「ごめんなさい、私眼鏡が無いと何も見えないし明日も見えないの」
「……ほら、これなら見えるだろ」
「ありがと。……ああ、多串君じゃない」
「だから誰だよ多串って!」
そこは真選組の屯所の奥にある一室で、主に捕まった攘夷派の尋問に使われる部屋だった。
尋問と云うか、合間に土方が毎日彼の「心のこもった手料理」を振る舞っていれば、
大抵の人間はその内あっさりと自白するのだが。
真心は誰に対しても効くもんだと土方は云うが、この部屋についたあだ名は「マヨネーズ地獄」である。
それでも口を開かない猛者には、真選組が誇るサディスティック皇子による責めが待っているのだ。
真選組の検挙率の高さの秘密は、実はこの辺に有ったりする。
「なぁ、一体何だって屯所の屋根なんかに登ってたんだよ」
「……煙草、消してほしいんだけど。」
「攘夷派の依頼か?それとも、ジャスタウェイの親父みてーに、幕府に何か恨みでもあるのか?
ーーーー洗いざらい話してくれたら、悪いようにはしないぜ」
「真選組の鬼の副長が、わざわざ女一人を尋問?ずいぶん暇なのね、土方さん」
当たり前だが、答える気はないらしい。
けれど、
「覚えてくれてて嬉しいぜ」
土方は云うが早いか煙草を携帯灰皿で揉み消すと、さっちゃんの横に膝をついて口付けた。
「……何を、んっ」
何か云いかけたさっちゃんを遮り、今度は深く唇を貪る。
歯列をなぞり、逃げようとする舌を絡め、徐々に力の抜けていく身体に手を回して支えてやる。
「………、!……っは、ん……」
つぅ、と唾液がさっちゃんの口の端から一筋漏れる。
「……苦い唇ってェのも、悪かねぇだろ?」
夕闇に包まれ始めた部屋の中で、土方はにやりと笑った。
忍者服に覆われた彼女の皮膚は、吸い付きそうに滑らかな感触をしていた。
「……っ、く……っ、う、」
「……辛いなら声出せよ」 土方はさっちゃんの胸をゆるゆると弄びながら云う。
さっちゃんは、どうやら必死に声を立てないよう耐えているらしかった。
はだけた胸には点々と赤い印が残され、すらりと伸びた四肢にはうっすらと縄目の痕が刻まれている。
「……ぅ、っ……はっ、く……ふ、う」
惚れた男にでも義理立てしているのか、畳に爪を立てて唇を噛み締めたその表情。
目尻には涙が浮かび、上気した肌で土方を睨んでいる。
ーーーー参ったな。
「どうやら俺ァ、アンタに惚れちまったみてーだ」
耳元でそう囁くと、びくりと震えてこちらを見返してくる。
ああだから、そんな眼で見るなって。
本気で、虐めたくなる。
土方は備え付けの冷蔵庫からそれを取り出した。
「愛してるぜ、さっちゃん」
彼女の瞳をまっすぐ見ながら、土方はマヨネーズの袋を開けた。
さっちゃんの身体を覆っていた最後の布を、土方はゆっくりと剥いでゆく。
「や、厭ッ……!」
力の抜けたさっちゃんはどうにかして逃げようと縛られたまま身を捩り、
自由になる脚をばたつかせて抵抗するが、
ゆらゆらと揺れる白い腿は、どう見ても自分を誘っているようにしか見えない。
「……可愛い事してくれんじゃねーか」
土方は下着をおろす手を止めず、もう一方の手でマヨネーズを掴むと
さっちゃんの豊満な胸に絞り出した。
黄味がかった乳白色の塊が、ぶちゅりと音を立てていやらしく肌の上に落ちる。
「ひゃ、ぁあぁんッ!?」
冷たい上にいきなりの刺激に、さっちゃんはついに悲鳴を上げた。
「いい声出すな、さっちゃん」やっと声を出してくれた事が嬉しくて、土方は笑いながら下着を取り去った。
黒いレースの布地は濡れて透明な液体が糸を引き、
それを見ただけで身体の奥から欲望がこみあげてくる。
……たまんねーよ、これは。
「や、ぁん……っ!」
土方は、マヨネーズをぬちゃりと塗り広げ始めた。
「……は、あぅ……っ」
さっちゃんの全身にマヨネーズを塗りたくりながら、
土方は豊満な胸の先端にむしゃぶりついていた。
彼女の体温でマヨネーズは溶けて、白い肌の上に薄く油の膜を張っている。
てらてらと光る胸の上で、突起が赤く尖って存在を主張していた。
ーーーーやっぱりマヨネーズはこうでなくちゃいけねェ。
「はーふ」も「くぉーたー」も邪道だ、と土方は思う。
味が全然違うし、塗る楽しみが半減するじゃねェか。
「……ぁ、はぁっ……、んぅぅ……」
艶を帯びた声は、さっちゃん自身が既に熱を持っている事をはっきりと告げている。
土方はもじもじと擦り合わされていた膝をそっと掴んで広げると、
その内股をれろりと舐め上げた。
「や、あぁぁぁっ!?」
マヨネーズの酸味と汗の塩気、それに雌の味が混じって口の中に広がる。
ぞくぞくと背筋を何かが走り抜けるのを感じながら、
土方はそのまま濡れそぼった秘所に舌を伸ばした。
「…ゃあっ、……は、ぁ、厭、いやぁ……」
自分の秘所に顔を埋める土方から目を背けて、さっちゃんは切なげに身を捩っていた。
蜜壺に舌を差し入れられて、もう太股まで愛液がつたっているのが自分でも解る。
ぴちゃぴちゃと淫らな音が響いているのに、縛られていて耳を塞げない。
時折じゅるる、と蜜を吸われて、一番敏感な花芽を強く刺激されるたびに
身体に電流が走る。
ただ犯されるなら、抗うことも簡単だった。隙をついて逃げることも用意だった。
なのに、この男は。
「……指、入れるぞ」
「やぁぁぁんっ!?」
くちゅ、と音を立てて土方の長い指がさっちゃんの中に侵入する。
鬼と恐れられる男の指は驚くほど優しく、甘く動いた。
一本、二本といつのまにか指は増やされて、
どうしようもなく彼女を高みへ導いていく。
「あぁ……っ、はっ、んっ、んぅぅ……」
もう、喘ぎが押さえられない。土方の愛撫はあまりにも心地よく、
記憶の中では何時だって殺気に似たものを放っていた眼は、今は、あまりにもーーーー。
「ん……、あぁ、は……っ、や、やだ、そこは……」 土方の指がある一点を掻き、思考が中断される。
「……ここがいいのか」
「!ん、ひっ、ぅ、駄目、や、あっ!」
硬い指の腹でそこを何度も撫でられ、さっちゃんはびくびくと身を震わせる。
ーーーー厭だ、この男にイかされるなんて厭だ。
だって。
私が、本当に、欲しいのはーーーー
その時、土方の親指がさっちゃんの芽をきゅうっと押した。
「あ、あぁぁぁぁっ、
銀さん、銀さぁぁん!」
背中を思い切り反らしながら彼女が呼んだ名前は、土方に深々と突き刺さっていた。
「……銀さん、ッてぇのは」
今度は本格的に泣きそうになっていた土方が、どうにか声を絞りだす。
「ひょっとして、ご飯に小豆をかけて食う糖尿天パヤローか?」
さっちゃんは目眩がした。銀時の素性が割れている。
それは即ち、元攘夷志士である彼が真っ先に疑われる事を意味する。
仮にそれが知られていないにしても、相手は真選組だ。
その事実を探り当てるまで、さほど時間が掛かるとは思えない。
だとしたら、自分はなんて事をしてしまったのだろう。
私のせいで、好きな人が危険に晒されてしまうだなんて、そんなーーーー
「さっちゃん、お前……泣いて、んのか……?」
自分を組み敷いている土方の驚いた声で、漸く頬を伝っている液体に気づく。
そう言えば、何だか眼鏡がさっきから曇って見えない。
泣いたって仕方がないのに。
ああ、何が忍者だ。何が始末屋だ。
なんて腑甲斐ない。
もう、私なんてーーーー
「……心配しなくても、アイツには手は出さねぇよ」
え。
一瞬、理解できなかった。
土方はいつのまにかシャツのボタンを外して、脇差しを手にしていた。
そのまま、ゆっくりと続ける。
「あいつには借りも有るしな。……癪だが、俺の刀に賭けて保証する。
あいつには、一切攘夷派絡みのことで手出しはしない。
だからーーーー」
言葉と同時に、刄が振り下ろされる。首を落とされるのかと思ったが、
ぶつん、と言う衝撃と共に切れたのはさっちゃんを拘束していた縄だった。
そのまま、触れるか触れないかの加減で抱き締められる。
壊れ物を慈しむような触り方。生粋のマゾヒストであるさっちゃんにとって、こんな風に抱擁されるのは殆ど初めてだった。
涙で曇って用を成さなくなっていた眼鏡を外され、視界が一気にぼやける。
覗き込む土方の瞳だけが、おぼろげな景色の中でやけに光を放って見えた。
いつのまにか、さっちゃんの腕が土方の背中に回されるような体勢にされている。
「あやめ」
その名前を呼ばれるのも、随分久しぶりだった。
「俺の事を、恨むなら恨んでいい。殺したきゃ、そうすればいい。何をされても文句は言わねェ」
けれど、今だけは。
たとえ一刹那の間でも。 たとえ想い人が他に居ようとも。
夢にまで見た彼女を抱いている瞬間だけは。
「俺だけを、見てくれ」
土方はそれだけ言うと、さっちゃんを一息に貫いた。
「……は、っあっ……ふぅっ、んん、んっ……」
畳に背中が擦れる痛みも、もう殆ど感じなくなっていた。
先端ぎりぎりまでをゆっくりと抜かれ、また突き入れられる繰り返し。
「んぁっ、や……はぁっ、はぁ、あ、あぁぁん!」
時折膣内を探るようにぐりぐりと腰を回され、嬌声と共に身体が跳ねる。
ぐちゅっ、ずちゅっと淫らな水音が響く真っ暗な部屋の中、
さっちゃんの白い脚が土方の腰に絡み付き、艶めかしく動いている。
「は……っく、ぅ、あやめ……」
「はぁぁ…はっ、ぁ、あぁっ、んっ、んぅっ」
次第に抽送は速さと激しさを増し、土方も限界に近づいていた。
互いの汗が交じり合い、背中に立てられた爪の痛みさえ心地好い。
身体を倒して唇を吸うと、さっちゃん自身も舌を絡めて応じてくれた。
甘い唾液を飲み込んで、土方は腰の動きを更に速める。
「あぁっ、あ……や、やだ、ぁ、んっ……駄目ぇ、ぁ、いくぅ!」
「っあ、は、ぁ……あやめ、あやめ……ッ!!」
さっちゃんの細い肢体をかき抱きながら、土方は白濁した欲望を彼女の中に放った。
数日後。
「すいません、遅くなりましブフゥッ!?」
「遅ェ!山崎ィ、お前が遅れたせいでとなりのペドロが始まっちまったじゃねェか!」
「ど、どうせ録画してるんじゃないですか」
「馬鹿、生で見てェのが人情ってもんだろ……で、買ってきたか」
「はい、にしても最近マヨネーズの量多くないですか?体に悪いですよ、いくらなんでも……
それに禁煙だなんて……みんな噂してますよ、
この前のでっかい犬が大発生するんじゃないかって」
しまった、と山崎は慌てて口を塞ぐが、土方は一向に意に介さない。
ご苦労さん、とうわの空で言うとそのまま去って行こうとする。
山崎はとうとうたまりかねて尋ねた。
「どうしたんですか、土方さん、最近変ですよ?」
「あ?別に大した事ねーよ。ただ、
煙草嫌いの猫が、たまに遊びにくるんでな」
意味が解らず立ちすくむ山崎を尻目に、土方は緩みそうになる顔をどうにか引き締めて歩いていった。
どっちがMだか。
終幕。