女を捨てた
確かにそう言った。恥らうようなことなどないのだ。そのはずなのだ。
だが、あの男の前ではどうしてもそうそう思うように振舞えない。
「で、わざわざここまで何をしに?」
万事屋にて、ソファーにどっかりと腰をおく主は鼻をほじりながら聞いた。
「使いじゃ。」
金髪の来賓はそれだけ言って。黙った。
その来賓はいつもの死神のような和装ではなく、どこにでもいる女性のような極普通の和服をまとっている。髪も後頭部でまとめて結っていたのが、今日に限って全て下ろしている。ピン留めが綺麗に前髪をわけ、来賓の顔をハッキリと露出させていた。
来賓ーー月詠はどうにも困惑した。何分、こんなふうに街中を歩く娘のようなすこし洒落た格好をしたことはなかった。そもそもなぜただの使いでこんな格好をせねばならないのか、日輪の意図がまるで伺えない。
「日輪に頼まれた。・・・」
少し、鼓動が早い。
「その、」
「あんだよ早く言えよ。」
らしくもねぇ。
主ーー銀時は異様な月詠の姿に少し困惑した。理知的で空気の読める酒の飲めない、鍋くらいは料理ができるそこそこ出来た女が、どうにも顔を赤らめている。
女すてたんじゃねーのかよ。太夫?
そう聞きたくなる時もあるが、答えは月詠が出すまでもなく。そうやって肩肘を露出し、張っているのが常だったが、今日ばかりは様子がちがう。どこぞの道場の性倒錯者とはわけが違う。
こんな月詠をみるのは初めてでーー
「買い物じゃ。なんでも店に大事な来賓が来るので上物の酒を用意したいらしい。それで銀時、お主の行きつけの酒屋でいい物を教えてはくれぬか。」
「あ?ああ、なんだそんなこったか。」
ーー少し嬉しかった。
もう少し、見れないだろうか。
「最後にわっちが味見する。」
「ふーん。えっ」
「ん?」
「ん?じゃねーよ!お前過去四回の悲劇忘れたわけじゃねーだろなおいィィ!」
「それなら問題ない。」
「ああねーよ大問題しかな!」
冗談じゃない、歌舞伎町が壊滅する。
「あれから少しづつ飲んで慣れた。」
「・・・あ?」
「現に、わっちは一杯煽ってからここに来ている。そうでも・・・」
「?・・・」
銀時の鼻先を、酒精の香りが微かに掠めた。
そうでもしなければ、こんな格好でここまで来れん。
「よし、これにしよう。」
月詠は味見の猪口を店主に返して酒瓶を一つ頼んだ。
「おい銀時・・・?」
「え、なに、おれもつの?」
「ぬしに頼んだのはそのためでもありんす。」
「あ、そ、そう」
銀時の緊張は月詠からも店主からも見て取れた。
いつか爆発する。この酒乱ツェネ子絶対襲って来る。コナー少年の気分が今よくわかる・・・!!
銀時は一瞬たりとも月詠に隙を見せまいと一層ぎこちなくなる。店主もみるに見兼ねた。
「お客さん、顔色悪いよ?お代はいいから着付けに何か一杯やろうかい?」
「やめなんし。こいつに飲ませると店が潰れる。」
「おめーにだきゃいわれたくねんだよ!」
月詠が少し座った目で
「あ?」
と睨むと、銀時はすぐさま店の外へ出てから顔だけ出して店内を覗いた。
月詠は踵を返して代金を店主に払い、酒瓶を受け取った。
「ありがとうございやす。どうかまたご贔屓に。」
店主が頭を下げたとき、月詠が微かに微笑んだのを店主は見そこねた。
「さ、次へいくぞ。」
「あ?」
「来客を迎えるのだから、一本だけでは足りん。つまみも買うぞ。」
「ちょっ、」
「ん?」
「はいわかりました。太夫、次は魚介とワインなどどうでしょう?!」
月詠の満面の笑顔に、銀時はなす術も無かった。
つまみの材料、酒瓶数本、いっぺんに抱え、やっとの思いで万事屋にたどり着いた。
「銀時、すまぬが風呂を借りてもいいか?」
「ああ?」
「思ったより汗をかいてしまった。」
「ったく、」
「それから買った酒なりつまみなり食べるといい。少しなら構わないと日輪からいわれている。」
「へぇ、随分気前いいな。」
勝手を知ったように、月詠は風呂場へそそくさと向かって行った。
抱えた荷物をテーブルに置き、酒はあまり酔いが回らない焼酎を選んだ。杯を2つ用意して氷も袋ごと冷凍庫から引っ張り出し、銀時はロックで焼酎を嗜む。
あんな笑顔、一体何時の間にできるようになったのか。
「男でも出来たか・・・?」
そんな思いもよらぬことを口走ると、目出度いものよと喜ぶ面と、得体の知れない感覚が銀時の胸の内を襲った。結野アナの時とは また違った。