「なんだてめーか」  
 無意識によっぽど残念な顔をしちまっていたのか、玄関口に立った月詠が僅かに嫌悪の目を向けた。  
「ずいぶんな挨拶じゃな。新八と神楽はどうした?」  
「お妙と一緒に出かけてて今日はいねーよ」  
「そうか、せっかく土産を持ってきたんじゃが」  
 言って、袖から包みを取り出した。「ひのや」の焼印がついた包み紙。日輪の茶屋の甘味だろう。  
「お、じゃありがたくいただくとするか」  
 早速包みをあけて出てきた三色団子を頬張る。近頃は三時のおやつにも苦労する財政事情だからありがたい。  
「行儀が悪いぞ。新八と神楽の分まで食うつもりか」  
「うるせー、いねーやつらの分の土産はいるやつで食うんだよ。で、何の用だよ?」  
「パチンコ屋に連れて行け」  
「は?」  
「気晴らしじゃ。さっさと支度しなんし」  
 
* * *  
 
「パチンコってのはな、運ゲーなんだよ。毎日数値と釘調整されて、当たるか当たらないかは完全ランダム。  
雀牌と違って手札も読めねぇ。そもそも当たり台の台数自体、店に調整されてんだよ。当たりは超絶ラッキーな  
わけ。それを楽しむのがパチンコなわけ。なのに何で最初からそんなぶち当たってんだテメェェェ!」  
 馴染みのパチンコ屋に連れて行き、打ち方を教えて一時間後。  
 玉いっぱいの箱を二列、ひざの高さまで積んだ月詠に俺はぶち切れた。完全な八つ当たりだ。  
 
「知らぬわ。だいたい、そっちの台で玉が出たから主と交代したじゃんろうが」  
「交代した途端に出なくなりやがったわ! 何、何なのお前チートなの? 俺ァ銀は銀でも福本先生のマンガの  
キャラじゃねーんだよ、天然チートなんか使えねぇんだよ!」  
「わかった、そんなに言うならパチンコはやめじゃ」  
 
* * *  
 
「ったく、こっちはただでさえ金欠なんだよ。いきなりパチンコ誘うなんてやめてくんない?」  
「前はわっちを誘っておったではないか」  
「あんときゃお前がへこんでると思ったから誘ってやったんじゃねぇか」  
「悪かったと思っておる。じゃからパフェもおごってやったじゃろうが。団子の上にパフェ三杯食べておいてま  
だ文句があるのか」  
「あんなもんで満足できるかよ。糖尿予備軍なめんな」  
 パチンコを早々に切り上げた後、喫茶店で月詠にパフェを奢らせて万事屋に戻った。  
 机に足を乗っけて椅子に座り、ソファーに座った月詠とうだうだ軽口をたたき合う。  
 悪い気はしない。最初の頃のこいつを考えれば、俺に気を許してくれているのが分かるからだ。  
 おまけに今日は甘いものをたらふく食えているので少々のことじゃ機嫌なんぞ悪くはならない。  
「で、どうしたんだよ」  
「え?」  
「パチンコに行きたかったわけじゃねぇんだろ?」  
 こいつはパチンコなんてがらじゃない。そもそも楽んでもいなかった。  
 ならそれ以外に何か目的があるんだろう。  
 切り出した俺に、ソファに座った月詠は少し黙ってから口を開いた。  
「大丈夫なのか」  
「あ?」  
「あれから……あの江戸城の件からじゃ」  
「見りゃわかんだろ。怪我なんざ……」  
「怪我ではない」  
「? なんだよ、はっきり言えよ」  
「……主の、師のことじゃ」  
 すっと、頭の芯が急に冷えたような気がした。  
 
「主は、辛くてもなんでもない顔をする。わっちには主が苦しんでいるのかすら分からん」  
「……大したことじゃねぇよ」  
「主があれだけ我を忘れることが、大したことでないとは思えぬ」  
 そういえばこいつは全部見ていたのだと思いだして、俺は内心舌打ちをした。あんな状況だったのによく見て  
いやがる。  
 確かにあの時はがらにもなく頭に血が上っていた。その上に先生を侮辱されてぶち切れちまった。  
「忘れてくれ。ありゃ俺らしくなかった」  
「……わっちは、力になれんのか」  
「そんなんじゃねぇ。テメェの面倒ぐらいテメェで見るのが大人ってもんだろ」  
「主が大人を語るか」  
「うるせぇ」  
「……全部打ち明けろなどと言うつもりもない」  
 静かに立ちあがった月詠は、俺の目の前まで歩いてきた。  
「ただ辛い時、少しは頼ってほしい……主の力になりたいんじゃ」  
 見上げると、紫色の真っ直ぐな目が苦しげに眉根を寄せて俺を見下ろしている。  
 やったことないパチンコに俺を誘ったのは、自分じゃなく俺の気晴らしのためか。俺はようやく気づいた。  
 基本、空気を読みすぎるくらい読めるこいつが他人を立ち入らせない俺の性格を分かっていないはずがない。  
 それでもここまで心配するほど、江戸城での俺はらしくなかったってことだ。  
 ――自分こそぎりぎりまで他人を頼らないくせに。  
 いつもならありがたいはずの月詠の気遣いに、何故か今回は心がささくれ立つ。  
   
 ――先生。  
 江戸城での一件からあと、最後に別れた満月の夜の背中を、最近よく思い出す。  
 俺の魂の誰にも触らせない場所に、先生はいる。  
 だから、俺は誰かに先生を語らない。  
 
「ありがたい申し出だけどな、パチンコ行ったし甘いもんも食べたし、今困ってるのは下の方の欲求不満解消す  
る金がねぇことぐらいだよ。お前が相手してくれるってんなら話は別だけどな」  
「……わかった」  
「あ?」  
 
 何のためらいもなく着物の帯止めを外そうとした手を慌てて掴む。  
「おい!」  
「主が言ったんじゃろうが。相手が欲しいと」  
「……あのなぁ、俺がらしくないとか言ってるけど、今日はお前も十分らしくねぇぞ。どうしたんだ」  
 掴んだ手が、力なく下がっていく。  
「……時折、ふいに背中を思い出すのじゃ」  
 一瞬、心の奥底を言い当てられた気がしてぎくりとした。  
「あの日背負った、軽い師匠の背中を」  
 ――地雷亜のことか。  
 俺のことじゃないことに、月詠に分からないように胸を撫で下ろす。  
「大切なものを失った時を思い出すのは辛い……主もそうではないのか」  
「……傷のなめ合いでもしようってのか?」  
 皮肉のこもった俺の返しに、掴んだ手がぴくりと震える。  
「……それでもいい」  
 俺の手の隙間から、細い指がしっかりと握り返す。  
「主の力になりたいんじゃ」  
 
 ――不器用なやつ。  
 上手に自分の傷を晒して頼ることも、隠して耐えることもできないくせに、他人の心配をしてやがる。  
「……お前、生き方下手だな」  
「主に言われとうないわ」  
 笑った俺に、ふ、と月詠も笑い返した。  
「……いいのか? 俺ァ、据え膳は遠慮なく食っちまうぞ?」  
 心配ついでとはいえ珍しくここまで弱さをさらけ出したこいつを慰められるなら、こいつの思う通りにさせて  
やろう。地雷亜の手からこいつを助け出した時、すがれと言ったのは俺自身だ。  
 まぁ、女旱りに飛び込んできたこいつに欲情していないこともないし。  
「食えばいい。気が済むまで」  
 きっとまだ未通女のくせに、俺を真っ直ぐ見詰めたまま月詠は軽く言ってのけた。  
「後悔すんなよ、このアバズレ」  
 掴んだ手を引き寄せて、俺は返事も待たず月詠の口を塞いだ。  
 

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