『ご褒美』
まだ新ちゃんが赤ん坊だった幼い頃。小さなお手伝いをした後に父から貰ったのは、
花や波をかたどった鮮やかな色彩の有平糖。
「新八には内緒だよ」
父の笑顔と口の中に広がる甘さは、私だけの秘密のご褒美。
秘密の味はいつだって甘い。
「アネゴオオオー!やめて!ゴリ死んじゃうアル!今度こそ本当に死んじゃうアルウウウ!!」
阿修羅の形相で近藤の腹に跨り、手首と腰の回転を思い切り利かせたパンチを顔面にめり込ませる妙に
神楽は必死で取り縋る。
涙も声も枯れ果てた近藤は、無言で妙の拳を受ける。殴られるまま右に左に、
動く頭は吹き飛びそうだ。
「アネゴオオオー!ゴリが死んだら殺人犯になるアル!アネゴが犯罪者になるアルウウウ!!」
不意に妙はピタリと動きを止めた。
「神楽ちゃん、正当防衛って知っているかしら?」振り返るのは花のような笑顔。
「私みたいに犯罪被害に遭った、可哀相な女の子の為にある言葉なの」
バキッ!妙の右フックが鮮やかに決まる。
「他人に不快な事をされてしまったら、誰だって嫌でしょう?」
バシッ!妙の左フックが華麗に炸裂する。
「だから相手を少しくらい、こんな風に懲らしめるのは正しい行いなのよ」
ドスッ!見事なボディブローが近藤を地の底まで沈める。
アネゴ、それは都合良過ぎな拡大解釈アルという、神楽の言葉は無視された。
「でもね、そんな大義名分が無くとも」
ベキッ!強烈なアッパーで近藤は天に召されそうだ。
「私はこのストーカーゴリラをぶっ潰す!誰にも邪魔されず、徹底的になアアア!!!」
妙の顔は再び阿修羅へと戻った。戦闘民族・夜兎の神楽ですら、たじろぐ程の気迫だった。
もう彼女を止める者は誰もいない。
なにが切っ掛けかは忘れてしまったけれど、あの人の気持ちを受け入れることを心に決め、
屋敷の防御装置を解除した夜。あの人が私を初めて抱いた夜。
あれから幾晩経ったのか、もう私は覚えていない。
最初の夜、決まり悪げに尻の他にも胸や肩や腹に毛がどうとか、いい訳じみたことを
言っていたけれど、私はちっとも気にならなかった。
小さな頃、父に頬ずりされた感触を思い出させてくれて、むしろ愛着を持ったというのに。
おかしな人。
あの人は震える手で、期待と不安と羞恥、僅かな恐怖を胸に横たわる私に、そっと触れた。
無骨な指で少しでも痛みを感じさせぬよう、細心の注意を払ってくれた。
それでも、どうしても拭えない緊張感と異物感、そして破瓜の痛み。
それでも、どうしても受け入れたかった、あの人の全部。
総てが終わった後、しきりに謝りながら私の頭を撫でる大きな手に、不安と恐怖は霧散した。
そうして心だけでなく、いつの間にか身体まで夢中になった。
何かの中毒者のように、あの人無しではいられなくなった。
時間が許す限り、あの人は屋敷の一番奥にある私の部屋を足繁く訪れる。
肌を晒して声を漏らし、二人のあらゆる体液で濡れる。
逢瀬の回を重ねるごとに、私の身体はあの人を覚える。
指で、唇で、肌で、これまで誰にも触れさせなかった秘密の場所で。
指であの人の肩をなぞる。唇で頬に触れ、肌が、あの人の重みを感じる。
あの人も身体で私を記憶する。
指で私の乳房を揉みしだき、先端を押し潰して、唇からこぼれ落ちる声を知る。
唇で肉芽を愛撫して、最も濡らす方法を覚える。
あの人の肉棒が私を貫き、一番高い声を上げさせる場所を探す。
繋がったまま、抱き起こされて突き上げられれば、更に奥であの人を感じる。
あの肩に必死でしがみつく。腰を揺らす。堪えても声が高まる。身体が跳ねる。体中の血が沸き立つ。
滅茶苦茶にして欲しくなる。耳元で呻くあの人の声。もう何も考えられなくなる。
もっと感じたい。あの人をもっと感じさせたい。
私がねだりあの人が欲しがる、あの昇り詰めるような感覚を、何度でも。
疲れ果て、二人して手足を絡ませあって布団の上で放心していると、時々私の中で悪戯心が騒ぐ。
逞しい胸に指を這わせると、胸毛に埋もれた乳首を探し出す。
これは私が見つけ出した、ちょっとした楽しみの合図。
爪の先で弄び、指で摘んでは引っ張り上げ、尖らせた舌で舐めて軽く歯を立てる。
低く感じ入る声を漏れさせるまで、再びあの人を昂ぶらせるまで。
ちょっと困った様な、照れた様な。そんな時の顔は、とてもゴリラでかわいい。
ほんの少しだけ、昼間の暴力を手加減しようかしら、などと手ぬるい事を考えてしまう。
でも、すぐにその考えは消えてなくなる。
お妙は悪い子だと、あの人がお仕置きをするから。
悪さが出来ないように夜着を着たまま、ありとあらゆる恥ずかしい形に縛られる。
乳房や腿に縄が食い込み、嫌がる場所も吸いつかれ、体に真っ赤な花が咲く。
やっと自由になった両手に張り型を二つ持たされると、あの人無しで二つの穴で、
よがり狂うよう命じられる。
上手に出来ない罰として、むき出しのお尻に平手を受ける。あの人の怒張を口に咥え込み、
痛みと快楽を持て余しながら。
私の身体はあの人の、好き放題にされてしまう。
もっともっと、お妙は悪い子。だからもっと。
責めさいなまれ涙を流したその後の、宥める様な口付けに、ひっそりと私はほくそえむ。
まるで、ご褒美の有平糖を、もう一つせしめた子供のように。
こうして私はどんどん厭らしい女になる。浅ましい女になる。
そんな風に私は変わった。すっかりあの人が変えてしまった。
でも、変わってしまう事は少し怖い。変わってしまったことを知られるのも少し怖い。
だから、表向きは何も無かったかのように。これは二人だけの秘密。
「ふごおおおおおおお!!!」
暴行を受ける近藤を庇おうとした為に妙の逆鱗に触れた山崎が、喉に正拳突きを受け宙に舞う。
気絶した近藤を介抱する土方の傍らで、沖田はのんびりと妙の攻撃を観戦する。
「相変わらず姐さんのパワーは凄いですねィ。一番隊の隊長にしたいくらいでさァ」
「ほー、てめぇは転職すんのか。じゃあさっさと白髪天パのとこにでも行っちまえ。
あのチャイナ娘と四六時中いっしょにいられて万々歳じゃねぇか。よかったなー、総悟」
土方は嫌味たらしい満面の笑みを向ける。
「胸糞わりぃ事言わねぇでくだせェ」心底嫌そうに、沖田は眉間に皺を寄せた。
「俺はあんたの代わりに副長やりますんで、土方さんが姐さんの代わりに『すまいる』で
働くんでさァ。ホステスとしてな」
「ひぎいいいいいいいいいいい!!!!!」
金的にアイアンクローをかまされた山崎の悲鳴が、江戸の空に響く。
秘密を持つのは心苦しい、あの人はたまにそう言う。
馬鹿な人。
その苦しさが、苦味が甘さに繋がっている事に、まだ気付かないのかしら?
私たちはもう、同じ物に溺れている共犯者だというのに。
新ちゃんも、あの人の部下たちも、誰も知らないご褒美。
そう、秘密の味はいつだって甘い。
完
*おまけ*
「土方の思いつきてぇのが気に食わねぇが、意外と悪くないかもしれねェなあ…
溜まった有給休暇を使えばなんとか…」
「あ、サディスト。ナニ一人でブツブツ言ってるアルか、キモイ」
「なあチャイナ、お前んとこの職場、もう一人従業員を雇う予定はねぇのかィ?」