『通り雨』  
 
1ヵ月半ぶりのオフは、なかなか充実したものだった。  
見たかった映画『ヤクザvsえいりあんvsれでぃがが』は非常に面白く、  
(世間の低評価はなんでだ?)今まで通った事のない道で『マヨネーズ専門店』  
と看板に書かれた小さな店を発見し、存分にマヨ料理を堪能した。信じられるか?!  
マヨのマヨ添えマヨ焼きのマヨネーズ乗せなんて!!生まれて初めて回り逢った  
同好の士であるマスターとは、お互い男泣きに泣きながら硬い握手を交わした。  
しかし、好事魔多しとはよくぞ言ったものだ。屯所に戻る途中で激しい雨に見舞われ、  
民家の軒下で足止めを食い、そのうえ、ライターの石が湿気りやがった。  
10回目のトライで着火を諦めて舌打ちをすると、俺は通りを渡って路地を抜け、  
角のタバコ屋まで走った。  
「残念ながら、今月は閉店じゃ。主もライターをやられたか」  
タバコ屋の店先で雨宿りをしていた、一目で色街の者と判る黒い着物を着た女が言った。  
「今月?今日じゃねぇのか」  
「毎年10月に、店主がバカンスで休みを取るのじゃと。すっかり忘れておった」  
「バカンスぅ??どこのラテン人なんだよここのジジイは!」  
しかしこの女、どこかで見たことがある。凛とした目、意志の強そうな口元、  
美貌に凄みを添える顔の傷。  
こんな小股の切れ上がったいい女、早々忘れるもんじゃない。  
「藪から棒な話で悪ぃが、姐さん、あんたとどこかで会った気がするんだが」  
「実はわっちも、主の顔には見覚えがありんす」  
顔を見合わせ、はてと首をかしげたところで、女が小さくくしゃみをした。  
日も暮れて冷えてきた。雨はまだ止まない。  
「こんな所じゃなんだ、火を借りられる場所に移動しねぇか?」  
 
タバコ屋から眺めてすぐ目に付いた居酒屋に、二人して駆け込む。よく考えて  
みれば、おかしな状況だ。  
仕切りのない座敷でしゃちほこばり、妙に背を伸ばして向かい合わせに座る。  
隣の団体客のはしゃぎ声がやけに耳につく。  
「吉原自警団「百華」二代目頭領、死神太夫こと月詠じゃ。よしなに」  
「武装警察・真選組副長 土方十四郎だ。こちらこそ宜しく」  
堅苦しく挨拶を交わすと、ぎこちない空気が漂う。  
お通しと一緒に店のマッチが届けられ、一服すると少し緊張感がほぐれる。適当に見繕った肴と  
酒を注文する頃には、二人とも万事屋の知人である事を知り、世間は狭いと感心した。酒と肴を  
口にしながら話をするうちに居合わせた状況を思い出し、二人揃って万事屋をボロクソにけなした。  
そして、その後はどうでもいい話題で盛り上がる。飲み屋での与太話という奴だ。  
杯を重ねて打ち解けてみると、月詠はさっぱりした中に気遣いのある女で、  
まともに話すのは初めてだというのに、親近感を持つ。  
「しかし、あのうつけにこんな立派な幕臣の知り合いがいるとは吃驚じゃ」  
媚のない女に面と向かって褒められるのは、悪い気がしない。  
「主のような色男はモテて困るじゃろう」  
「んなこたぁねーよ。決まった女すらいない野暮天をからかっちゃいけねぇ」  
気にもかけちゃいない女に言い寄られても嬉しくはない。欲しい女は一人だけだ。  
俺の中には空白がある。それはとうに亡くなったある女の形をしていて、誰も埋める  
ことが出来ない。他の者でたまに満たされても、それはその場限りの事。  
「ご謙遜を。わっちの知ってる、ちゃらんぽらんとは大違いじゃな」  
月詠はくすりと哂った後、しばし憂いを纏った表情で物思いにふけり、酒をすすった。  
もしかしたら彼女も俺と同じように、手に入らない、または失ってしまった誰かの形をした  
空白を抱えているのかもしれないと、ふと思った。  
やべぇ、この女。  
ちょっとグラッと来た。  
 
杯に注いだばかりの酒を一息に飲み干すと、月詠は満足そうに息を吐いた。  
「よし、決めた。今日から主はエロ方じゃ。エロ方エロ四郎じゃ!」  
「え?」  
月詠はずいとにじり寄ると、俺は袂をつかまれ、目を覗き込まれる。  
頬の赤みはあまり変わらないが、よく見るとその目は据わり瞳孔が開ききっている。  
なにこれ。怖えぇ。  
「のうエロ方、主はその男前で今まで何人の女をたらし込んだんじゃ?」  
「…あの、月詠さん酔ってる?」  
唖然とした隙を突かれた俺は座敷に押し倒され、リミッターの切れた酔っ払いの力で  
組み敷かれた。裾が捲くれて露になった白い太腿に、俺の身体は完全に押さえ込まれる。  
先に帰った団体客が残していった、飲み残しの一升瓶を月詠は掴んだ。  
それをぐいと呷ると据わった目を細めて俺の唇に人差し指を押し当てる。  
袂が乱れて胸の谷間が迫る。  
「わっちは主が。何人の女と。助平したのかと聞いておる」  
一言ごとに、指がゆっくりと唇から顎、顎から喉、喉から胸をなぞる。  
「恥ずかしくて言いたくはないか、エロ方」酒でとろりとした表情でにやりと笑う。  
指先はいつの間にか懐に滑り込み、俺は乳首をこねくりまわされる。  
「…っ!」  
歯を食いしばり、声を堪える。腰も抜けたが、魂も抜けそうだ。  
「答えぬならば、下の口に聞くまでよ」  
あの、下の口って、なに?  
「あ!」  
あろうことか、つきもちいい、もとい月詠は俺の股間を膝でぐりぐりと嬲り始めた。  
「あ、あ、あ、あっ!」  
あ、やめないででもやめて。公衆の面前でそんな、沽券と股間に色々かかわるからやめて。  
陰茎と玉に受ける刺激、恥ずかしさと焦りで俺は涙目になる。  
 
いよいよ俺の妖刀が起ちあがり始めたとき、月詠が体のバランスを崩し、膝に全体重がかかった。  
「ぎいやああああああああ!!!」  
畳の上でもがき苦しみ転げ回る俺に、気弱そうな店長が勘定書きを持ってやってくる。  
「お客さん…お楽しみの所申し訳ないが、あんたらのせいで他の人、みんな帰っちゃった  
んだよね…正直迷惑なんで、もう帰ってくれないかなあ…出来れば二度と来ないでくれる?」  
ねえ、さっきちょっとグラッと来ちゃったの、撤回していい?  
撤回してもいいかなああああああ???  
 
一升瓶を抱きしめて離さない月詠から強引にもぎ取ると、俺は自販機で買った  
トマトジュースを押しつけた。  
「これ飲んでスッキリしろ。マヨがなくてもの足りねーかもしれんが」  
「…すまんのう、わっちにはこれで十分じゃ」  
暖簾を下ろしすっかり店じまいしてしまった居酒屋の角で、俺は壁にもたれて煙草に火を点け、  
月詠はちびちびとトマトジュースを飲む。  
雨は止んでいたが路面はまだ濡れたままで、街灯を白々しく反射していた。  
何度か酔っ払いの怒号が聞こえたが、店の前の通りには誰もいない。  
飲み終えた後の缶を始末すると、月詠は帯のあたりを探った。  
「煙管はあるんじゃが…煙草入れがない」  
そう呟くと、俺の吸っている煙草に目を留め、ひょいと取り上げた。  
「あぁ?」  
「なんじゃこれは、紙の味しかせんぞ。不味い」一口吸うと顔をしかめ、道路の隅に放り捨てた。  
「あにすんだてめー!人のもん勝手に盗りやがって!そのくせ文句つけるなんざ  
どういうつもりだ!」  
「なにか口直しが欲しいのう」  
「すっとぼけたこと言ってんじゃねぇよ、この…!」  
しかし言葉は続かなかった。月詠の唇に封じられたからだ。  
 
唇から口角、頬、耳。暖かく柔らかい感触が移動していく。掴みかかるために  
上げたはずの腕は徐々に下がり、月詠の背中と腰を抱いていた。  
「もっと口直しが欲しい…主が欲しい」  
耳に押し付けられたままの唇は、それ自体よりももっと熱い言葉を吐いた。  
俺たちは縺れ合ったまま、店の脇の路地へと転がり込んだ。  
 
月詠の両腕が首に絡む。二人の舌も絡む。俺の両手はさらに下がり、月詠の尻を揉んだ。  
「はぁ…」  
鼻先を触れ合わせたまま唇を僅かに離すと、温かい息を感じた。  
首元から月詠の片腕がそろりと離れ、着流しの上から形を確かめる様に俺の陰茎を撫でさする。  
淫靡な手に俺はたちまち反応する。息が上がる、体温も上がる。  
再び月詠の唇に喰らいつき、貪り合いながら、月詠の袂を乱暴に広げ、下着を引き下ろす。  
夜目にも白い大きな乳房がこぼれ出る。俺は堪らず両手で乳房を鷲掴み、その先端を舐め、  
吸い上げ、指で挫く。暖かく柔らかい感触を貪欲に味わう。  
「ん…」  
月詠が鼻にかかった吐息を漏らす。  
「もっと…もっときつく…吸っとくれなんし」  
その艶を帯びた声に耳を侵される。  
もう我慢できねぇ  
俺は月詠を壁に押さえつけると、着物の裾を割り、片足をぐいと持ち上げた。  
「主は酷い男じゃのう…」  
言葉はなじる物だったが、その目は笑っていた。  
俺は口の端を歪ませて小さく笑うと、すっかり勃ちきった陰茎を着流しのから引き出して、  
下着の隙間から無理やり膣口に捻じ込んだ。  
 
「…あっ…はぁ」  
月詠は苦しげに眉を寄せ、顔を背ける。その横顔を見て、これは俺の物だと場違いな思いが  
頭をよぎる。何度か抜き差しを繰り返すうちに、内部は潤い、俺を妖しく締め付け始める。  
それに伴い月詠の表情も苦悶から悦楽へ変化する。  
「土方…主をわっちにくれなんし…今だけ、今だけくれなんし…」  
揺さ振ると、熱い息の合間に月詠がうわ言の様に言う。この女はやはり俺と  
同類だと確信した。それと同時に、腹の底から熱い物が込み上がる。  
てめぇの欲しいもん、全部くれてやる。  
そう答える代わりに月詠の唇を軽く噛むと二人分の体液にまみれた自身を抜き取った。  
はあはあと息を弾ませながら月詠に壁に手を着かせ、着物を捲り上げる。  
濡れそぼった下着を脚から引き抜くと、腰を掴み、一気に突き入れる。  
二人分の喘ぎ声と荒い息が響く。  
俺の動きに合わせ月詠も腰を動かし、感じる場所を突くと背を反らせ、一際高く啼く。  
俺も月詠の動きに持って行かれそうになり、思わずうめき声を上げる。  
「あっ…もっと!……とき…あっ!」  
「はぁ…お望み通り…もっと…きつく、してやらぁ!」  
腰にぐっと力を込める。  
「…ひっ!!」  
月詠が一層高い声を上げる。その声につられる様に、俺も更に律動の速さを上げる。  
肉と肉とが音を立ててぶつかる。髪を振り乱す月詠が懇願する。  
「あっ!…ひぃ!ああッ!あ!もう、もう駄目!」  
 
先に月詠が絶頂を迎えたが、構わず突きを繰り返す。  
息も絶え絶えに小さく声を上げ続ける背中に覆い被さると、陰茎を根元まで食い込ませ、  
さらに揺さぶりをかける。射精の前兆のむず痒さ。そして何もかもがはじけ飛ぶ。  
「うっ…くっ!あぁ…!」  
月詠の中で自身が激しく脈打ち、どくどくと精を垂れ流す。  
痙攣と荒い息遣い、全身が心臓になった様な感覚が収まらない。  
俺は今にも崩れ落ちそうな眼前の身体をきつく抱きしめたまま、  
自分のものか月詠のものか分からぬ鼓動を聞いていた。  
 
俺が煙草をふかす横で月詠は身なりを直し、髪を撫で付けながら問うた。  
「主はいつもこの様な、荒っぽい方法で女を抱くのか?まるで精以外の  
何かを女の中に吐き出す様な…」  
「そんな事はねぇ」  
携帯灰皿に短くなった吸いさしを押し込み、新たな一本を咥えた。  
「…いや、そうかもしれねぇな。何をぶちまけてんのか、自分でも解らねぇが」  
月詠は俺が差し出した煙草をなんの衒いもなく受け取り、火を点けると、  
深く吸い込みふうっと煙を吐いた。  
「なんだ、不味いんじゃなかったのかよ」  
「どこぞの野暮な男が、なかなか煙草を手離さぬものでの」俺を横目で見て薄く笑う。  
「主のやり方、なかなか気に入った…礼を言う」  
「言われるほどのもんじゃねぇよ」  
己の空白を埋めるため、互いの身体を利用して少しばかり慰め合っただけじゃねぇか。  
ほんの一時、満たされたつもりになれば、それぞれの場所に帰っていく。  
それ以上でもそれ以下でもない。それを寂しいとは思わない。  
思わないようにした。  
 
1ヶ月ぶりのオフは前回と違い、なかなかしょっぱい物だった。  
期待していた新作映画『となりのペドロvsマイコージャクソン』はいまひとつの出来で、  
(世間の高評価はなんでだ?)一見で入った定食屋では万事屋のバカと出くわした。  
俺は新メニューとして土方スペシャルを提案し、奴はイチゴ牛乳茶漬なる気色悪い  
食べ物を強要したところ、店の親爺の怒りを買い、二人揃って追い出される羽目になった。  
「どうすんだ!てめーの薄気味悪ぃメシのせいで俺まで出入り禁止じゃねーか!」  
「ちがいますぅー、土方君の犬のメシ丼が全部、ぜえーんぶ悪いんですぅー」  
「てめえまだ土方スペシャルを愚弄すんのか!」  
定食屋の戸をガラリと開けると、そこには風呂敷包みを持った月詠が立っていた。  
「土方?久しぶりじゃな」  
「月詠…?」  
「アレ?お二人さんてそんなに仲良かったっけ?つーか、知り合いだっけ?」  
「まあな」  
訝しげな万事屋の視線を俺は受け流し、月詠は逸らす。  
「ふーん」  
興味を失った体の万事屋は、ちらりと店主を振り返ると小声で月詠に告げた。  
「オイ、この店の親爺は融通が利かねぇぞ。メシ食うなら店を変えた方がいい」  
「余計なお世話じゃ、ちゃらんぽらんな主の言う事など当てにならん」  
月詠はまだ万事屋と目を合わせない。  
「こんなとこに何時までもいちゃ商売の邪魔だ、出るぞ万事屋。またな、月詠」  
「それもそうじゃな、またな、土方、…銀時」  
ぎんとき。  
あの時の嬌声がフラッシュバックする。  
月詠が声に出したのは、俺が当て推量したあんな言葉じゃない。  
ああ、そうか、この女は。  
一瞬、小さな炎が胸を掠めるような、チリリとした痛みを感じたが、これは  
俺が抱くにはおこがましい感情だ。  
とりあえず、目の前にいる唐変木の白髪頭を、一発はたく事でチャラにした。  
 
完  
 

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